説明

軽油組成物の製造方法及び軽油組成物

【課題】バイオ燃料時のCO2削減のために含水ブタノールの利用を前提に、エマルジョンに頼らずとも、排出ガス(特に、PM)の低減に効果があり、且つ燃焼効率(燃費)が悪化しない軽油組成物及びその製造方法を開発する。
【解決手段】全芳香族分が4容量%以上の軽油基材に、軽油基材及び含水ブタノールの合計に占める含水ブタノールの割合が8〜35容量%になるように含水ブタノールを混合し、前記含水ブタノールから前記軽油基材中にブタノールを抽出して、ブタノール混合軽油組成物を得ることを特徴とする軽油組成物の製造方法である。また、上記製造方法により得た軽油組成物であって、15℃での密度が0.780〜0.840g/cm3、全芳香族分が3〜40容量%、硫黄分が10質量ppm以下、セタン価が43〜70、水分が2容量%以下、ブタノールの含有量が6〜33容量%であることを特徴とする軽油組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼルエンジン用の軽油組成物及びその製造方法、特には、含水ブタノールから軽油基材にブタノールを直接抽出して該ブタノールと該軽油基材とを混合させる工程を含む軽油組成物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大気環境の改善は緊急且つ極めて重要な世界的な課題であり、自動車には「CO2と有害排出ガスの同時削減」が強く求められている。自動車業界はこの社会的要求に答えるためにエンジンや排出ガス浄化触媒の改良、車体の改造(軽量化など)、ハイブリッド車の導入などを行っている。また、石油業界では燃料品質の向上(例えば、燃料中の硫黄分の削減など)、バイオ燃料の導入などによるCO2と有害排出ガスの削減を行っている。特に、カーボンニュートラルである植物油由来のバイオ燃料は、大気環境の改善に加えて、非石油系燃料の導入によるエネルギーセキュリティーの観点からも重要であると認識されている。
【0003】
そこで、ガソリンとしては、バイオマス由来の無水エタノールを直接混合したエタノール混合ガソリンや、エタノールからエチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)を製造して該ETBEを混合したETBE混合ガソリンが実用化されている。一方、軽油としては、植物油脂から脂肪酸メチルエステル(FAME)を製造して軽油に混合したFAME混合軽油が実用化されている。また、植物油からFT合成や水素化分解で製造したパラフィン系軽油も商業化が計画されている。さらに、エタノールの利用拡大に加えて、ディーゼルエンジンの欠点である粒子状物質(PM)を低減するために、軽油にエタノールを混合することも注目されている(非特許文献1)。
【0004】
一方、食料と競合しないセルロース系バイオマスから生産できるブタノールは、エタノールのように吸湿性がないこと、エタノールとは異なり軽油に溶解すること、エタノールよりもセタン価が高いことなどから、軽油への混合が注目されている(非特許文献2)。しかしながら、発酵法で得られるブタノールは、ブタノール自身が強い細胞毒性を示すために、発酵液中のブタノール濃度は2%程度までしか高めることができず、エタノールの場合よりもはるかに効率が悪く、且つ発酵の制御が困難である。さらに、ブタノールは水と共沸混合物を形成するので、ブタノールの純度を高めるためには、多大なエネルギーを要することとなる。すなわち、軽油に直接混合する無水ブタノールを生産するためには、製造段階で多大なCO2を排出することとなる。
【0005】
ブタノールの脱水に係わるCO2排出量を算出した研究は見当たらないが、バイオエタノールの精製のための蒸留には、エタノール製造に伴う総CO2排出量の23%が費やされ、また、脱水のためには14%が費やされているとの試算があり(非特許文献3)、ブタノールの脱水が重要な工程であることを示している。また、このような認識のもとに、脱水を効率的に行うための研究も注目されている(特許文献1)。
【0006】
したがって、無水ブタノールの軽油への混合では、ブタノール製造時のCO2排出量の増大が問題となり、目的を十分には達成し得ないこととなる。さらに、ブタノールの直接混合により、PMの低減効果を得るためには、相当量のブタノール(例えば、10容量%以上)を混合する必要があることが判っている(非特許文献2)。
【0007】
したがって、PMの削減に効果があり、且つ、燃費(軽油消費時のCO2)を悪化させずに、含水ブタノールを軽油に混合して利用した軽油組成物を開発できれば、軽油の製造から消費までの総CO2排出量を削減でき、且つ石油代替燃料の導入によるエネルギーセキュリティーの向上に大きく貢献することとなる。さらに、CO2削減の観点から、ガソリンエンジンよりも燃費特性が優れているディーゼルエンジンの普及・拡大が望まれている現状では、ディーゼルエンジンの欠点である有害排出ガス成分(特に、粒子状物質(PM))の排出抑制に効果的な燃料が求められており、「CO2と排出ガスの同時削減」に効果のある含水ブタノール混合軽油組成物は、極めて有益である。
【0008】
ところで、軽油と水のエマルジョンは、排出ガスの低減に加えて燃費の向上に効果があり、欧州の都市部では、PMを低減するクリーン軽油としてバスなどのディーゼル車に供給され、一時期ではあるが、実用に供されている。しかしながら、エマルジョン製造方法や界面活性剤の開発が行われ、技術的な進歩があったにもかかわらず、エマルジョンのPM低減効果は比較的小さく、PM低減に着目した費用対効果の観点などから、軽油と水のエマルジョンは、現在では実用化されていない(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−45139号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Ludivine Pidol, “Ethanol as a Diesel Base Fuel: Managing the Flash Point Issue - Consequences on Engine Behavior”, SAE Paper 2009-01-1807 (2009)
【非特許文献2】Scott A. Miers, et al, “Drive Cycle Analysis of Butanol/Diesel Blends in a Light-Duty Vehicle”, SAE Paper 2008-01-2381 (2008)
【非特許文献3】Daniel L. Flowers, “Improving Ethanol Life Cycle Energy Efficiency by Direct Utilization of Wet Ethanol in HCCI Engines”, SAE Paper 2009-01-1867 (2009)
【非特許文献4】E. Tzirakis, “Diesel-water Emulsion Emissions and Performance Evaluation in Public Buses in Attica Basin”, SAE Paper 2006-01-3398 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況下、本発明者らは、上述の大気環境改善とエネルギーセキュリティーの向上の観点から、PMの削減に効果があり且つ燃費を悪化させずに、含水ブタノール混合軽油組成物を製造する手法として、含水ブタノールと軽油基材からエマルジョンを製造する方法を提案しているが、エマルジョンの長期安定性を確保することは困難で、一般消費者が利用する燃料としての商品性には課題が残る。
【0012】
そこで、本発明者らは、エマルジョンに頼らずに含水ブタノールを直接利用できるブタノール混合軽油組成物の開発を目指したところ、ブタノールの炭化水素や水への溶解特性が利用できることに想到し、含水ブタノールから軽油基材へブタノールを直接抽出して、目的とするブタノール混合軽油組成物を製造できることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明の目的は、地球温暖化の防止とエネルギーセキュリティーの向上を「カーボンニュートラルであるバイオ燃料としてバイオブタノールを利用する軽油組成物」で達成することであり、より詳しくは、「バイオ燃料時のCO2削減のために含水ブタノールを直接利用する」ことを前提に、エマルジョンに頼らずとも、「排出ガス(特に、PM)の低減に効果があり」、且つ「燃焼効率(燃費)が悪化しない」軽油組成物及びその製造方法を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、含水ブタノールに軽油基材を混合し、含水ブタノールから軽油基材中にブタノールを抽出することで、ブタノール混合軽油組成物を製造し、該ブタノール混合軽油組成物をディーゼルエンジン車に供給することによって、燃焼効率を悪化させることなく排出ガス(特に、PM)を低減できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
即ち、本発明の軽油組成物の製造方法は、全芳香族分が4容量%以上の軽油基材に、軽油基材及び含水ブタノールの合計に占める含水ブタノールの割合が8〜35容量%になるように含水ブタノールを混合し、前記含水ブタノールから前記軽油基材中にブタノールを抽出して、ブタノール混合軽油組成物を得ることを特徴とする。
【0016】
なお、本発明において、含水ブタノールとは、製造時に、ブタノール中に溶解している水分が飽和状態であるか又は飽和に近い状態にあるブタノール溶液を意味し、具体的には、ブタノール中に溶解できる最大水分量(飽和水分量)に近い水分が含まれているブタノール溶液であり、含水ブタノール中の水分量は、温度に依存するものの、通常10〜30容量%である。
【0017】
また、本発明の軽油組成物は、上記の製造方法により得た軽油組成物であって、15℃での密度が0.780〜0.840g/cm3、全芳香族分が3〜40容量%、硫黄分が10質量ppm以下、セタン価が43〜70、水分が2容量%以下、ブタノールの含有量が6〜33容量%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、エネルギーセキュリティーや地球温暖化防止に貢献し、且つ排気ガス中の粒子状物質(PM)を低減する効果を奏し、更には、流通系での水分管理を特別に強化する必要がなく、燃焼効率が良好であるという格別な効果を奏する軽油組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<軽油組成物の製造方法>
以下に、本発明の軽油組成物の製造方法を詳細に説明する。本発明の軽油組成物の製造方法は、全芳香族分が4容量%以上の軽油基材に、軽油基材及び含水ブタノールの合計に占める含水ブタノールの割合が8〜35容量%になるように含水ブタノールを混合し、前記含水ブタノールから前記軽油基材中にブタノールを抽出して、ブタノール混合軽油組成物を得ることを特徴とする。
【0020】
本発明の軽油組成物の製造方法において、上記含水ブタノール中の水分量は、通常10〜30容量%であり、好ましくは16〜25容量%である。
【0021】
(軽油基材)
上記軽油基材は、全芳香族分が4容量%以上である必要があり、好ましくは4〜40容量%、更に好ましくは4〜10容量%である。また、上記軽油基材は、15℃での密度が好ましくは0.780〜0.840g/cm3、更に好ましくは0.785〜0.840g/cm3であり、硫黄分が好ましくは10質量ppm以下、更に好ましくは9質量ppm以下であり、90%留出温度が好ましくは280〜360℃、更に好ましくは320〜340℃、セタン価が好ましくは43〜70、更に好ましくは45〜70である。特に、軽油基材の全芳香族分が4容量%未満では、該軽油基材を用いた含水ブタノールからのブタノールの抽出が不十分な場合があるため、全芳香族分は4容量%以上である。また、本発明の製造方法で得られる軽油組成物が、「排出ガス(特に、PM)の低減に効果があり」、且つ「燃焼効率(燃費)が悪化しない」軽油組成物であるためには、上記軽油基材の全芳香族分、密度、硫黄分、90%留出温度、及びセタン価を、それぞれ上記の範囲にすることが好ましい。
【0022】
上記非特許文献2に記載される既存の技術では、アセトブタノール発酵(AB発酵)等で製造されたバイオブタノールを蒸留等で濃縮し、その後、脱水された無水ブタノールを軽油に混合しているが、本発明の軽油組成物の製造方法においては、例えば、既知の方法で得られたバイオブタノールを蒸留等で濃縮して含水ブタノールを得、該含水ブタノールからブタノールを直接抽出し、その抽出液(エキストラクト)をブタノール混合軽油組成物として得ることができる。従って、本発明の製造方法によれば、無水ブタノールを製造する工程を省くことができる。また、抽出残液(ラフィネート)については、バイオブタノールの濃縮工程に戻すことができる。本発明の製造方法では、ブタノールの軽油基材への溶解度と水への溶解度の差を利用するため、両者の差を大きく保つ必要があり、また、ブタノール混合後の燃料油としての品質を保持する必要もあるため、上記の性状を有する軽油基材を用いることが好ましい。上記の溶解度の差を大きく保つためには、例えば、上記軽油基材の全芳香族分を4容量%以上とすることが有効である。
【0023】
なお、本発明で用いる軽油基材には、既存の製油所で市販軽油を製造する方法(軽油留分の水素化脱硫)で得られる市販型軽油基材、公知の方法で天然ガスからFT合成したパラフィン系燃料であるGTL、既存の製油所で製造される市販型軽油基材などを水素化分解して得られる低芳香族軽油基材(水素化分解軽油)等の基材を用いることができる。
【0024】
更に、上記軽油基材には、灯油留分、BTXを製造する際の副生成留分、潤滑油を製造する際の副生成留分、ノルマルパラフィン化合物、ノルマルパラフィン系溶剤、イソパラフィン化合物、イソパラフィン系溶剤、芳香族化合物、芳香族系溶剤、バイオマス由来の燃料基材、ナフテン化合物、ナフテン系溶剤等を適宜配合することで、上述の性状、品質に合った軽油基材を調製することができる。
【0025】
本発明の軽油組成物の製造方法において、含水エタノールと軽油基材との混合工程及び含水ブタノールからのブタノール抽出工程は、特に限定されず、既知の混合装置及び抽出装置を用いた手法によって行うことができ、例えば、規定量の含水ブタノールと軽油基材とをタンクに輸送して、該タンク内で含水ブタノールと軽油基材とを常温(5〜35℃)にて攪拌・混合し、得られる混合物から油層(上層)を抜き出すバッチ式の混合・抽出方法を用いても良いが、石油精製設備で広く用いられている微分接触型(連続塔型)の混合・抽出方法が効果的である(石油学会、新石油精製プロセス、幸書房)。
【0026】
また、本発明の軽油組成物の製造方法においては、全芳香族分が4容量%以上の軽油基材に、軽油基材及び含水ブタノールの合計に占める含水ブタノールの割合が8〜35容量%になるように含水ブタノールを混合する。含水ブタノールの混合量が少なすぎると、排出ガスの低減効果が少なくなる為、含水ブタノール混合量(含水ブタノール/軽油基材及び含水ブタノールの合計)は8容量%以上であり、好ましくは10容量%以上、更に好ましくは13容量%以上、特に好ましくは15容量%以上である。また、含水ブタノールの混合量が多すぎると、軽油基材のセタン価を高める必要があることや、軽油組成物の燃焼が安定化し難くなることから、含水ブタノール混合量は、35容量%以下であり、好ましくは30容量%以下、更に好ましくは20容量%以下である。軽油基材と含水ブタノールとの容量比(軽油基材/含水ブタノール)は、ブタノールの抽出を良好にする観点から、2〜12であることが好ましく、更に好ましくは2〜8、特に好ましくは3〜5である。
【0027】
更に、本発明の軽油組成物の製造方法において、含水ブタノールから軽油基材中にブタノールを抽出することで得られるエキストラクト(ブタノール混合軽油組成物)は、15℃での密度が0.780〜0.840g/cm3、全芳香族分が3〜40容量%、硫黄分が10質量ppm以下、セタン価が43〜70、水分が2容量%以下、ブタノールの含有量が6〜33容量%であることが好ましい。このため、かかる性状を有するエキストラクトが得られるように、混合条件及び抽出条件を選択することが好ましい。
【0028】
<軽油組成物>
次に、本発明の軽油組成物を詳細に説明する。本発明の軽油組成物は、上述の製造方法によって得られることを特徴とし、好ましくは、品質が以下の性状を有するディーゼルエンジン用の燃料である。
【0029】
(密度)
本発明の軽油組成物は、15℃での密度が0.780〜0.840g/cm3であることが好ましい。軽油組成物の密度が0.840g/cm3を超えると、ブタノールの含酸素効果による粒子状物質(PM)の削減効果が低下する場合があり、この場合、大気環境の改善に貢献できないので、密度は、好ましくは0.840g/cm3以下、更に好ましくは0.835g/cm3以下、特に好ましくは0.830g/cm3以下である。一方、密度が0.780g/cm3未満では、容量基準の発熱量が低下して燃費や出力の低下が顕著になるので、密度は、好ましくは0.780g/cm3以上、更に好ましくは0.785g/cm3以上、特に好ましくは0.790g/cm3以上である。
【0030】
(硫黄分)
本発明の軽油組成物は、硫黄分が、好ましくは10質量ppm以下であり、更に好ましくは9質量ppm以下、特に好ましくは7質量ppm以下である。本発明の軽油組成物の硫黄分が10質量ppm以下であれば、燃焼生成物である硫黄酸化物が少なく、環境負荷の低減に寄与できる。また、硫黄分は、PMを酸化・除去するDPF(ディーゼルパティキュレートフィルター)触媒を被毒するので、硫黄分の低減は、PMの浄化率を維持するために極めて重要である。更に、NOx吸蔵還元触媒を装着した車輌においては、該触媒の硫黄被毒の再生に燃料を使用するので、硫黄分の低減は、燃費の向上にも寄与する。そして、これらの効果は、硫黄分が低い程顕著であるため、本発明の軽油組成物中の硫黄分は、更に好ましくは9質量ppm以下、特に好ましくは7質量ppm以下である。
【0031】
(セタン価)
本発明の軽油組成物は、セタン価が、好ましくは43〜70であり、更に好ましくは45〜70、特に好ましくは46〜65である。セタン価が43未満では、ディーゼルエンジンの低温始動条件下での着火性の悪化によって、排出ガスの悪化や運転性の悪化を起こすおそれがあるため、セタン価は、好ましくは43以上であり、更に好ましくは45以上、特に好ましくは46以上である。一方、セタン価がある値以上になると、セタン価の向上に伴う着火遅れの短縮が得られないので、必要以上に高くすることは、エンジン性能上からは無意味である。また、セタン価を高めるためには、軽油基材のセタン価を高める必要があるので、製造時のCO2排出量が増加するばかりではなく、燃料の製造価格が高くなる。そのため、経済性の観点からも、エンジンが要求する最低のセタン価に設定する必要があるので、本発明の軽油組成物のセタン価は、好ましくは70以下であり、更に好ましくは65以下である。
【0032】
(蒸留性状)
本発明の軽油組成物の蒸留性状は、初留点(IBP)が、好ましくは115〜190℃であり、更に好ましくは115〜185℃である。例えば、軽油基材として市販型軽油を用いると、初留点は、ブタノールの沸点に依存するので、115℃以上となるが、軽油基材として極端な低沸点成分を有する軽油基材を用いると、高温条件下では燃料の噴射系に燃料蒸気が発生し、必要な燃料噴射量を確保できなくなることが懸念される。また、初留点が低過ぎると、燃料の流通系における取り扱いに伴う危険性が増すことからも、初留点は115℃以上であることが好ましい。また、初留点が190℃を超えると、軽油の霧化や気化特性が悪化するので、低温条件下でのエンジン運転性の悪化が懸念される。更に、初留点が高過ぎる軽油は、軽油基材中の軽質留分を軽油として利用していない事となり石油のノーブルユースの観点からも好ましくない。
【0033】
一方、本発明の軽油組成物の終点(EP)は290〜380℃であることが好ましく、更に好ましくは290〜370℃、特に好ましくは290〜360℃である。終点が380℃を超えると、粒子状物質(PM)の排出量が増加する場合があり、この場合、環境負荷を十分に低減できない。また、終点が低下すると、PM排出量は削減されるが、軽油基材中の重質留分を利用しないことになるので、石油のノーブルユースの観点から好ましくない。更に、終点が低過ぎると発熱量が顕著に低下するので、容量燃費が悪化することからも、終点は290℃以上であることが好ましい。
【0034】
(芳香族分)
本発明の軽油組成物は、全芳香族分が3〜40容量%であることが好ましく、更に好ましくは3〜20容量%、特に好ましくは3〜10容量%である。軽油基材中の芳香族の含有量が増大し過ぎると、粒子状物質(PM)の排出量が増加するので、ブタノールの含酸素効果によるPM低減効果が相殺されるため、本発明の軽油組成物中の全芳香族分は40容量%以下であることが好ましい。また、特に限定されるものではないが、2環以上の芳香族が1環芳香族よりもPM排出量への影響が大きいので、本発明の軽油組成物中の2環以上の芳香族の含有量(以下、2環以上の芳香族分ともいう)は、好ましくは5容量%以下、更に好ましくは2容量%以下である。また、前述のとおり、軽油基材中の全芳香族分は、少なすぎると極性が低下し、軽油とブタノールが分離し易くなるので、4容量%以上を必要としている。本発明の製造方法によって得られる軽油組成物中の全芳香族分は、上記軽油基材中の全芳香族分に依存するので、上記軽油組成物の全芳香族分は3容量%以上が好ましい。
【0035】
(元素分析)
本発明の軽油組成物は、特に限定されるものではないが、モル比基準で水素/炭素比(H/C)が好ましくは1.84以上、更に好ましくは1.85以上、特に好ましくは1.87以上である。軽油組成物のH/C比が小さくなると、粒子状物質(PM)の排出量が増加することに加えて、燃料の単位発熱量当たりのCO2排出量が増すので、エンジンから排出されるCO2が増大する。
【0036】
(水分)
本発明の軽油組成物は、燃焼性の悪化を招かず、ブタノールの含酸素効果によるPM低減効果を発揮するために、軽油組成物中の水分が2容量%以下であることが好ましい。水分が多すぎると発熱量が低下し、容量当たりの燃費が悪化し易くなるので、上記軽油組成物の水分は2容量%以下であることが好ましく、更に好ましくは1.5容量%以下、特に好ましくは1.1容量%以下である。
【0037】
(ブタノール)
本発明の軽油組成物は、ブタノールの含有量が6〜33容量%であり、好ましくは10〜26容量%、更に好ましくは15〜20容量%である。ブタノールの含有量が6容量%未満では、ブタノールを添加したことによる本発明の効果が十分に得られないおそれがあり、一方、33容量%を超えるブタノール含有量とするためには、セタン価の高い軽油基材を多量に利用する必要があり、経済性の観点から困難であるため、ブタノールの含有量は6〜33容量%が好ましい。すなわち、含水ブタノールから軽油基材を用いてブタノールを抽出するためには、一定量の芳香族が必要であるが、セタン価を高めるためには、芳香族を削減する必要がある。従って、経済性を考慮した上で、このトレードオフの関係をクリアーにする軽油基材を利用することが好ましく、このような軽油基材を用いた場合、得られる軽油組成物中のブタノール含有量は、6〜33容量%の範囲内にある。
【0038】
(セタン価向上剤)
本発明の軽油組成物には、必要に応じて、添加剤としてセタン価向上剤を添加しても良く、該セタン価向上剤としては、アルキルナイトレート系セタン価向上剤や、有機過酸化物系セタン価向上剤が挙げられる。ここで、上記アルキルナイトレート系セタン価向上剤としては、炭素数6〜12のアルキルナイトレートが好ましく、2−メチルヘキシルナイトレートが特に好ましい。また、上記有機過酸化物系セタン価向上剤としては、炭素数6〜12のジアルキルパーオキサイドが好ましく、ジ−t−ブチルパーオキサイドが特に好ましい。そして、これらセタン価向上剤の添加量は、0.5質量%以下が好ましく、0.1質量%以下が更に好ましい。セタン価向上剤の添加量を増すとセタン価は高くなるが、その増加の割合は、添加量が0.5質量%を超えると極めて小さくなるので、セタン価向上剤添加の費用対効果の観点から、添加量は0.5質量%以下とすることが好ましい。
【0039】
(その他の添加剤)
また、本発明の軽油組成物には、任意に、軽油組成物の安定性を確保するための酸化防止剤、軽油組成物の低温流動性を確保するための低温流動性向上剤、軽油組成物の潤滑性を確保するための潤滑性向上剤、エンジンの清浄性を確保するための清浄剤等を適宜添加することができる。
【0040】
ここで、上記酸化防止剤としては、2,6−ジ−t−ブチルフェノール、2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール、2,4−ジメチル−6−t−ブチルフェノール、2,4,6−トリ−t−ブチルフェノール、2−t−ブチル−4,6−ジメチルフェノール、2−t−ブチルフェノール等のフェノール系酸化防止剤や、N,N’−ジイソプロピル−p−フェニレンジアミン、N,N’−ジ−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン等のアミン系酸化防止剤、およびこれらの混合物が挙げられる。ここで、これら酸化防止剤の添加量は、0.001〜0.10質量%の範囲が好ましい。酸化防止剤の添加効果は大きいので、実用的には0.10質量%の添加で十分な効果が得られるからである。
【0041】
上記低温流動性向上剤としては、公知のエチレン共重合体等が挙げられ、特に、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル等の飽和脂肪酸のビニルエステルが好ましい。これら低温流動性向上剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【0042】
上記潤滑性向上剤としては、長鎖(例えば、炭素数12〜24)の脂肪酸またはその脂肪酸エステルが挙げられる。そして、軽油組成物に対し該潤滑性向上剤を10〜500質量ppm、好ましくは50〜100質量ppm添加することにより、軽油組成物の潤滑性を向上して燃料噴射器の摩耗を抑制することができる。
【0043】
上記清浄剤としては、コハク酸イミド、ポリアルキルアミン、ポリエーテルアミン等が挙げられる。これら清浄剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0044】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0045】
<軽油組成物の調製>
以下のように調製した軽油組成物(燃料−1〜燃料−11)を評価した。これらの燃料の分析結果を表1〜3に示す。なお、ブタノールを含有する燃料―4〜燃料―11は、「各軽油基材(燃料―1〜燃料―3)」と「83.6容量%の1−ブタノールと16.4容量%の水との混合物(含水ブタノール)」とを、みやもと理研社製シェーカー タイプMW−Sによって25℃で5分間攪拌混合し、一昼夜静置後に軽油層(上層)を回収して、供試燃料とした。
【0046】
・燃料−1:市販JIS 2号軽油
・燃料−2:天然ガスからFT合成したパラフィン系燃料であるGTL(JOMOサンエナジーからモスガス品として入手)
・燃料−3:全芳香族分が10容量%以下になるように水素化分解した低芳香族軽油基材(韓国油公社から購入)
・燃料−4:95容量%の燃料−1と5容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−5:80容量%の燃料−1と20容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−6:70容量%の燃料−1と30容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−7:60容量%の燃料−1と40容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−8:80容量%の燃料−2と20容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−9:80容量%の燃料−3と20容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−10:40容量%の燃料−1と40容量%の燃料−2を混合して80容量%の軽油基材とし(全芳香族分は11容量%)、20容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
・燃料−11:10容量%の燃料−1と70容量%の燃料−2を混合して80容量%の軽油基材とし(全芳香族分は2.8容量%)、20容量%の含水ブタノールを混合してブタノールを抽出した軽油組成物。
【0047】
<燃料の性状分析>
・密度:JIS K2249「原油及び石油製品の密度試験法」
・蒸留性状:JIS K2254「蒸留試験法」(なお、燃料−5〜燃料11では、水分が高く、蒸留性状を測定することができなかった。)
・硫黄分:JIS K2541−6「硫黄分試験法(紫外蛍光法)」
・全芳香族分、2環以上の芳香族分:石油学会法JPI−5S−49−97「石油製品−炭化水素タイプ試験方法−高速液体クロマトグラフ法」
・セタン価:JIS K2280「石油製品−燃料油−オクタン価およびセタン価試験方法並びにセタン指数算出法」
・H分、C分、O分:有機元素分析装置(LECO社製CHN−1000型)を用いて測定した。
・水分:JIS K2275「原油及び石油製品−水分試験方法」カールフィッシャー式容量滴定法
・軽油組成物中のブタノールの含有量:供試燃料をジクロロメタンで希釈し、Agilent社製6890型FID検出器付きガスクロマトグラフ装置で定量した。条件は以下の通りである。
カラム:J&W社製 DB−5 0.25mm×30m df=0.25μm
カラムオーブン温度:50℃(10分)→25℃/min→300℃(10分)
水素流量:40ml/min
空気流量:450ml/min
カラム流量:1.0mL/min(He)
メークアップ流量:45mL/min(He)(カラム流量+メークアップ流量=一定)
【0048】
<供試機関諸元と運転条件>
直噴ディーゼルエンジン
気筒数:1
排気量:1007(cm3
圧縮比:20
燃料噴射系:コモンレール、高圧噴射
【0049】
エンジン回転速度を1300(rpm)に固定し、20(%)及び80(%)負荷条件での排出ガス、燃焼効率を測定した。
【0050】
<エンジン性能評価方法>
燃焼解析:圧力センサーで燃焼室内圧力を検出して司測研製燃焼装置で、図示平均有効圧力、燃焼変動などの燃焼挙動を解析した。
排出ガス:堀場製排出ガス分析装置を用いて、排出ガス中のPM、NOx、HC、CO、CO2を分析した。
燃焼効率:司測研製燃料流量計で燃料消費速度(ml/分)を測定し、上述の燃焼解析で得た図示平均有効圧力(kg/cm2)から、効率を算出した。
【0051】
<エンジン性能の評価・判定方法>
エンジン試験で各燃料からの排出ガスは、含水ブタノールとの混合に用いた燃料−1を基準燃料として相対評価し、基準燃料よりも排出ガスが多い燃料を(×)、少ない燃料を(○)、やや多い燃料を(△)として表した。また、燃焼性については、燃焼効率や燃焼変動を基準燃料との比較で相対評価し、燃焼性が悪い燃料を(×)、やや悪い燃料を(△)、良好な燃料を(○)として表した。これらの結果を表1〜3に示す。
【0052】
<ブタノール抽出率>
含水ブタノールと軽油基材との混合で、軽油基材層に移行した(抽出された)ブタノール濃度(上述の方法により測定される分析値)から、抽出率(%)を算出した。抽出率が80%以上を○(良い)、60%未満を×(悪い)とし、60%以上で80%未満を△(やや悪い)とする。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
<燃料評価結果>
表1〜3に示したように、各燃料の評価結果は、以下の通りである。
本発明に従う燃料−5、燃料−6、燃料−9、燃料−10は、含水ブタノールから効果的にブタノールを抽出でき、これにより、燃焼性を維持しつつ排出ガス中のPMの低減に効果があり、目的を達成している。
【0057】
一方、他の燃料の評価結果は以下の通りであり、目的を達成しなかった。
・燃料−4:ブタノール濃度が低く、ブタノールによる排出ガスの低減効果が得られない。
・燃料−7:ブタノール濃度が高すぎて、安定した燃焼が得られず、排出ガスの測定も困難で(測定不可)、燃料として使用できなない。
・燃料−8:ブタノールの抽出率が悪く、且つ基準である燃料−1と排出ガスが同等であり、ブタノールによる排出ガスの削減効果が得られない。
・燃料−11:ブタノールの抽出率がやや悪く、且つ基準である燃料−1よりも排出ガスが多い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全芳香族分が4容量%以上の軽油基材に、軽油基材及び含水ブタノールの合計に占める含水ブタノールの割合が8〜35容量%になるように含水ブタノールを混合し、前記含水ブタノールから前記軽油基材中にブタノールを抽出して、ブタノール混合軽油組成物を得ることを特徴とする軽油組成物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法により得た軽油組成物であって、
15℃での密度が0.780〜0.840g/cm3、全芳香族分が3〜40容量%、硫黄分が10質量ppm以下、セタン価が43〜70、水分が2容量%以下、ブタノールの含有量が6〜33容量%であることを特徴とする軽油組成物。

【公開番号】特開2011−207996(P2011−207996A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−76387(P2010−76387)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】