説明

農作物中重金属の簡易分析方法

【目的】 本発明は、農作物中の重金属元素含有量を簡易に検定する方法を提供するもので、農作物の品質調査、及び農用地の土壌汚染調査を実施する際の化学分析分野で活用するものである。
【解決手段】
本発明は農作物中重金属の簡易分析方法において、農作物を灰化させることで分析の阻害となるマトリクス効果を減少させ、かつ試料中に含まれるカドミウム等の重金属類の相対濃度を高めることで、蛍光X線分析装置によって農作物中の重金属元素含有量を分析可能とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物中の重金属元素含有量を簡易に検定する方法を提供するもので、農作物の品質調査、及び農用地の土壌汚染調査を実施する際の化学分析分野で活用するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、農作物中の重金属含有量の検定は、農作物を強酸によって溶液化し、原子吸光法やICP発光分析法によって行われている。その例として、「農用地土壌汚染対策地域の指定要件に係るカドミウム量の検定の方法を定める省令」により定められている米、玄米中のカドミウムを定量分析する際の方法を以下に示す。
【0003】
検定対象地となる農用地およそ2.5haにつき1点の割合で玄米試料を採取し、まず、硝酸−硫酸を用いて加熱分解して溶液化する。その後、酒石酸カリウムナトリウム、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム、メチルイソブチルケトン等の試薬を用いて玄米試料溶液中のカドミウムをメチルイソブチルケトン層に抽出し、原子吸光分光光度計により検定する。
なお、米に含まれるカドミウムをダイヤモンド電極を用いて検出する方法およびそのための装置に関する発明は下記の特許文献に存在する。
【特許文献1】特開2005−49275公報掲載の発明
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の「農用地汚染対策地域の指定要件に係るカドミウムの量の検定の方法を定める省令」により定められている米や玄米中のカドミウム含有量の検定方法のように、農作物中の重金属含有量は、硝酸-硫酸で試料を加熱分解後、溶媒抽出し、原子吸光光度計により測定するという方法で求められている。
【0005】
同上の方法は非常に煩雑であり、遂行には多くの時間・費用を要するため、同方法の前段階に実施する調査として、重金属類に汚染された農耕地、農作物の絞り込み(スクリーニング)を目的とした、簡易な分析法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1は、農作物中重金属の簡易分析方法において、農作物中に含まれるカドミウム等の重金属類を揮散させずに灰化させるようにしたものである。
【0007】
本発明の第2は、第1の発明に係る農作物中重金属の簡易分析方法において、農作物を550℃から850℃、好ましくは600℃から800℃で加熱するようにしたものである。
【0008】
本発明の第3は、第1及び第2の発明に係る農作物中重金属の簡易分析方法において、農作物を灰化させることによりマトリクス効果を減少させるようにしたものである。
【0009】
本発明の第4は、第1及び第2の発明に係る農作物中重金属の簡易分析方法において、農作物を灰化させることにより重金属類の相対濃度を高めるようにしたものである。
【0010】
本発明の第5は、第1から第4の発明に係る農作物中重金属の簡易分析方法において、試料を蛍光X線分析装置を用いて簡易に分析するようにしたものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、危険薬品や専門知識を要する煩雑な処理を行わずに農作物中の重金属類の濃度を測定することが可能となり、汚染農耕地・農作物のスクリーニングが低コストで簡便に実施可能となる。
【0012】
そして、本発明方法を用いることで、これまでは検定の対象地から外れていた多くの農耕地・農作物についても、汚染の概要を気軽に、且つ高精度で調査することができ、汚染された農作物が市場に流通する危険性を大きく低下させることができる。
【0013】
なお、蛍光X線分析装置では、砒素、カドミウム、鉛などに代表される有害重金属を始めとして、環境調査を実施する上で必要となるほぼ全ての元素の含有量測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
エネルギー分散型蛍光X線分析装置は、粉体試料を専用の容器に詰めるだけの簡便な処理のみで、非破壊で化学組成分析が可能であり、前処理と装置自体の扱いの簡便さや、分析にかかるコストの低さ、分析時間の短さなどから、電子部品やプラスチック製品中の有害物質の検定や、重金属類による土壌汚染のスクリーニング等の分野で広く利用されている。しかし、共存元素によるマトリクス効果による影響が顕著に表れる手法であるため、一般に市販されている装置の重金属類の検出限界値はおよそ5〜10mg/kg程度であり、汚染農作物であるかどうかの判断として必要となる〜1.0mg/kg程度の重金属を定量分析することができず、これまで農作物の検定には利用されてこなかった。
【0015】
本発明は、試料となる農作物を高温加熱により重金属類を揮散させずに灰化させることでマトリクス効果を減少させると共に、重量を激減させることによって、試料中に含まれる重金属類の相対濃度を大幅に高め、蛍光X線分析装置によって分析可能となる。
【実施例】
【0016】
重金属類による農作物の汚染で現在最も問題となっているのは、カドミウムによる米、玄米の汚染である。よって本発明では、玄米標準試料3種(それぞれのカドミウム濃度は0.02mg/kg、0.32mg/kg、1.82mg/kg)を灰化させ、3種の蛍光X線分析装置によりそれぞれの試料中に含まれるカドミウムの量を測定した。
【0017】
玄米標準試料には、独立行政法人国立環境研究所より頒布されている玄米粉末標準試料を用いた。玄米標準試料を約50g程度秤量し、マッフル炉により600度で3時間加熱・灰化後、放冷した後に再び秤量し、灰化前と灰化後の重量から、試料中のカドミウムの濃縮率を計算する。その後試料を2mm以下の粒径になるまで乳鉢で粉砕した後に蛍光線分析装置用の専用容器に詰めて分析を行い、カドミウムの量(頒布機関による保証値×濃縮率)とX線(CdKα線)強度との関係を調査した。
【0018】
なお、蛍光X線分析装置は、テクノス社製TEXA500(タングステン管球装着、管球電圧60kV、管球電流30mA)(図1)、島津製作所製EDX-700(ロジウム管球装着、管球電圧50kV、管球電流500μA)(図2)、エスアイアイ・ナノテクノロジー社製SEA1000A(ロジウム管球装着、管球電圧50kV、管球電流1mA)(図3)の3種を用いた。
下記に玄米標準試料の調整状況とエネルギー分散型蛍光X線分析装置による結果表を示す。
【表1】

【0019】
表1のように、玄米試料は600℃で3時間加熱した場合、重量が約30分の1程度にまで減量し、成分が濃縮することがわかる。蛍光X線分析には1〜2g程度の試料を要することから、米、玄米試料として50g程度が必要となることが分かる。
【0020】
図2はタングステン管球を装着し、管球電圧60kV、管球電流30mAに設定した装置(テクノス社製TEXA500)において作成した検量線グラフである。R2乗値が0.9997と非常に精度の高い検量線である。
【0021】
図3はロジウム管球を装着し、管球電圧50kV、管球電流500μAに設定した装置(島津製作所製EDX−700)において作成した検量線グラフである。R2乗値が0.9998と非常に精度の高い検量線である。
【0022】
図4はロジウム管球を装着し、管球電圧50kV、管球電流1mAに設定した装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製SEA1000A)において作成した検量線グラフである。R2乗値が0.9993と非常に精度の高い検量線である。
【0023】
このように、各装置において非常に精度の高い検量線を作成することができた。一般に流通している蛍光X線分析装置の仕様はこれら3種と大差ないものがほとんどであり、よって、灰化によってマトリクス効果を減少させ、かつ元素の相対濃度を高めることで、一般に流通している蛍光X線分析装置の仕様でも十分に精度の高い米、玄米中カドミウム濃度の検定が実施可能であるといえる。
【0024】
食品や農作物中を高温で加熱すると、重金属及びその化合物の一部が揮散するが、揮散割合が分析精度に深刻な影響を与えるほど顕著になるのは850℃(F.-S.Zhang et al.,2001)以上の高温である。加熱温度を低くすると、重金属及びその化合物の揮散は激減するが、温度が低すぎると十分に灰化せず、加熱処理後の試料のマトリックス効果が無視できなくなる。そのため加熱温度を調整した結果、加熱温度の600℃が最適温度であり、重金属及びその化合物の揮散がなく、かつ灰化が十分に達成された。実施例においては、高精度の分析結果を得ることができたことから、加熱によるカドミウムの揮散は分析精度の点で無視できる程度であったと言える。
【0025】
有害重金属の中では比較的加熱により揮散しやすい元素とされているカドミウムを対象とした場合でも、600℃加熱によって良好な分析値を得ることができたことから、灰化の際の加熱温度は550℃〜850℃、好ましくは600℃〜800℃の範囲で、対象元素やその化合物の沸点等から決定するのが適当である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】農作物(代表例として米)中の重金属の簡易分析実施にかかるフローチャートである。
【図2】第1の例(TEXA500)のエネルギー分散型蛍光X線分析装置による灰化玄米標準試料中カドミウム測定結果図である。
【図3】第2の例(EDX700)のエネルギー分散型蛍光X線分析装置による灰化玄米標準試料中カドミウム測定結果図である。
【図4】第3の例(SEA1000A)のエネルギー分散型蛍光X線分析装置による灰化玄米標準試料中カドミウム測定結果図である。
【符号の説明】
【0027】
1……未処理の玄米標準試料
2……加熱し灰化させた玄米標準試料
3……乳鉢
4……乳棒
5……灰化後に粉砕した玄米標準試料
6……非金属製の2mmの目のふるい
7……ふるいを通過した、灰化後に粉砕した玄米標準試料
8……薬さじ
9……エネルギー分散型蛍光X線分析装置用試料容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物中に含まれるカドミウム等の重金属類を揮散させずに灰化させることを特徴とする農作物中重金属の簡易分析方法。
【請求項2】
農作物を550℃から850℃、好ましくは600℃から800℃で加熱する請求項1記載の農作物中重金属の簡易分析方法。
【請求項3】
農作物を灰化させることによりマトリクス効果を減少させる請求項1記載の農作物中重金属の簡易分析方法。
【請求項4】
農作物を灰化させることにより重金属類の相対濃度を高める請求項1記載の農作物中重金属の簡易分析方法。
【請求項5】
試料を蛍光X線分析装置を用いて簡易に分析する請求項1〜4記載の農作物中重金属の簡易分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−284378(P2006−284378A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−105064(P2005−105064)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000170646)国土防災技術株式会社 (23)
【Fターム(参考)】