説明

近位尿細管上皮細胞(RPTEC)の培養方法

【課題】機能的活性が回復可能な状態のまま、バイオ人工尿細管等に用いる上で十分な数に増殖できる程度にまで分裂寿命を延長することができ、かつ医療用途における安全性の高い手法を用いた、近位尿細管上皮細胞(RPTEC)の培養方法を提供する。
【解決手段】p16INK4A、p53、RBまたはp21Cip1の発現を抑制するASO(アンチセンスオリゴヌクレオチド)またはsiRNAを正常な近位尿細管上皮細胞(RPTEC)に導入するステップを含むことを特徴とするRPTECの培養方法。上記ASOまたはsiRNAとしては、たとえば、特定の塩基配列を有するものが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形質転換によらない培養条件下において近位尿細管上皮細胞(RPTEC)の固
有の寿命を延長するためのバイオテクノロジーに関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者らはすでに、腎不全の治療のためのバイオ人工尿細管を開発している(特許文献1)。このような装置の生産にあたって、ヒトなどの近位尿細管上皮細胞(Renal Proximal Tubule Epithelial Cells: RPTEC)が中空糸の内面または外面に単層を形成するよ
うに播種されるが、総面積1平方メートル前後の中空糸内面全てを被覆するためには多量のRPTECが必要とされる。しかしながら、RPTECの初代細胞には他の正常ヒト細胞と同様に寿命の限界があり、通常12PD(Population Doublings:集団倍加数)以内に増殖を停止して老化する。そのため、バイオ人工尿細管の実用化を可能なものとする、一定の品質を有する十分な数のRPTECを供給することは困難とされてきた。
【0003】
一般的に、ヒトの組織に由来する正常細胞は培養条件下で分裂回数に限界がある。細胞の調査および技術における必要性から、形質転換によらずに正常ヒト細胞の寿命を延長するために多くの努力が費やされてきた。齧歯類の細胞はテロメラーゼ遺伝子を導入することにより不死化することができるが、ヒト組織由来の細胞は通常はテロメラーゼ活性単独による不死化に抵抗性を示す。代わりに、retinoblastoma (RB), p53, p16INK4A, p21Cip1 などの細胞周期関連因子の調節が各種のヒト細胞の培養における寿命延長に効果的であることを示す証拠が、多くの研究によって得られている。
【0004】
いくつかの研究では、そのような細胞周期抑制因子のmRNAを無効にすることでヒト細胞の寿命を延長することに成功している。たとえば、Haraら(非特許文献1)は、RBに対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)によってヒト線維芽細胞TIG-1の寿命を通常よりも約10PD延長できること、p53に対するASO単独では寿命延長効果が見られないにもかかわらず、RBに対するASOとp53に対するASOを併用した場合には相乗効果が現れてRBに対す
るASO単独よりもさらに寿命を延長できることなどを記載している。また、Hagaら(非特
許文献2)は、RNA干渉(RNAi)を応用し、ウイルスのプロモーターとともにベクターに
組み換えられたショートヘアピンRNA(shRNA)によってp16INK4Aを抑制することで、ヒト乳腺上皮細胞(HMEC)の寿命を延長できることを記載している。
【0005】
しかしながら、細胞種により分裂能や分裂速度は異なり(たとえば線維芽細胞は他の細胞に比べて増殖性が非常に強い細胞として知られている)、各種の手法の効果も変動する。上記文献には、RPTECに対してどのような細胞周期関連遺伝子の調節が、特にバイオ人
工尿細管の実用化に向けて適したように、寿命を延長する効果を有するのかは記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2008/047760号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Hara et al. "Cooperative effect of antisense-Rb and antise nse-p53 oligomers on the extension of life span in human diploid fibroblas ts, TIG-1" Biochem. Biophys. Res. Comm., 179:528-534, (1991)
【非特許文献2】Haga et al. "Efficient immortalization of primary human ce lls by p16INK4a-specific short hairpin RNA or Bmi-1, combined with introd uction of hTERT" Cancer Sci., 98:147-154, (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
バイオ人工尿細管の生産を実用的なものとする上で、中空糸に播種される培養されたRPTECは (i) 十分な数の細胞であり、(ii) 医療への応用に安全であり、(iii) 機能的に活
性でなくてはならない。
【0009】
特に、(ii)の条件について、発がん遺伝子またはウイルスによるRPTECの形質転換は
無限に増殖できる細胞株を生み出すことができるかもしれないが、バイオ人工尿細管のような医療用途においては危険性がある。また、そのような株化されたRPTECをバイオ人工
尿細管の中空糸に播種した場合、正常な(株化されていない)RPTECよりも、中空糸膜表
面を単層で被覆(コンフルエンス)した後も増殖し続けて中空糸の閉塞やバイオ人工尿細管としての機能低下を招くという問題が起こりやすくなる。したがって、RPTECは正常細
胞として増殖させたものを用いることが望ましい。
【0010】
(iii)の条件について、一般的に、細胞を通常のマルチウェルプレート、ディッシュ
等の平板な基盤上で培養した場合、ある遺伝子の発現レベルが低下するなど、生体の組織内で発現される元来の機能的活性(分化形質)を徐々に失ってゆく傾向にある。しかしながら、増殖させたRPTECを播種して中空糸内部を被覆させたときに、RPTECとしての性質を失ってしまっていれば、バイオ人工尿細管としての機能を果たすことはできない。そのため、RPTECとしての機能的活性を失わないまま、あるいは少なくとも播種後に機能的活性
を回復することが可能な状態のまま、培養する必要がある。
【0011】
従来の分裂寿命延長方法はRPTEC以外のタイプの細胞のために発展したものであり、上
記のような条件全てを満たすRPTECのための分裂寿命延長方法はこれまで知られていなか
った。本発明は、上記のような条件全てを満たす、RPTECの分裂寿命延長効果を有する培
養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、細胞周期制御因子であるp16INK4A、p53、RBおよびp21Cip1について、ASO
またはsiRNAの導入(トランスフェクション)によりそれらの遺伝子の発現を抑制(ノッ
クダウン)することで、機能的活性が回復可能な状態のまま十分な数に達するようRPTEC
の寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明によるRPTECの培養方法は、p16INK4A、p53、RBまたはp21Cip1の発現
を抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)またはsiRNAを正常な近位尿細管上皮細胞(RPTEC)に導入するステップを含むことを特徴とする。上記RPTECは、ヒト由来のものとすることができる。
【0014】
上記ASOまたはsiRNAとしては、たとえば、配列番号1〜6のいずれかで表される塩基配列を有するものが好ましい。
【0015】
5'- TGCTGCTCCCCGCCGCCC -3'(配列番号1)
5'- AGGCAGUAACCAUGCCCGCAUAGAU -3'(配列番号2)
5'- CGGCTCCTCCATGGCAGT -3'(配列番号3)
5'- CCAGUGGUAAUCUACUGGGACGGAA -3'(配列番号4)
5'- GTGAACGACATCTCATCTAGG -3'(配列番号5)
5'- AGCCGGTTCTGACATGGC -3'(配列番号6)
上記所定のASOまたはsiRNAの導入により、RPTECの分裂寿命は、少なくとも12PD(通常
の分裂寿命)以上、好ましくは18PD以上に延長することができる。
【0016】
さらに、本発明のRPTECの培養方法は、上記RPTECを多孔質膜上で培養するステップを含んでいてもよい。上記多孔質膜は、バイオ人工尿細管に用いられるような中空糸膜であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によるRPTECの培養方法は、バイオ人工尿細管を生産するためにこれまで課題と
されていた前述のような問題をすべて解決することができる。
【0018】
第一に、本発明の培養方法はRPTECの分裂寿命を通常よりも延長することができるため
、中空糸に播種するために十分な数のRPTECを効率的に産生することができるようになる

【0019】
第二に、本発明の培養方法では、形質転換のような手法を用いず、ASOまたはsiRNAの断続的な導入により標的遺伝子の発現を抑制しているので、バイオ人工尿細管などの医療用途にも適した安全性の高いRPTECを供給することができる。
【0020】
第三に、本発明の培養方法は、多孔質膜上への移植により機能的活性の回復が可能な状態を保ったままRPTECを培養することができるため、増殖させたRPTECを多孔質の中空糸に播種しても、バイオ人工尿細管としての所定の機能を果たすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例で測定された、p16INK4A(配列番号1)、p53(配列番号3)、RB(配列番号5)またはp21Cip1(配列番号6)の発現を抑制するASOを導入した場合、あるいはネガティブコントロールASOを導入した場合、何も導入しなかった場合、それぞれのRPTECのPDの経過を示すグラフ。
【図2】実施例で測定された、p16INK4A(配列番号2)またはp53(配列番号4)の発現を抑制するsiRNAを導入した場合、あるいはネガティブコントロールsiRNAを導入した場合、何も導入しなかった場合、それぞれのRPTECのPDの経過を示すグラフ。
【図3】実施例で測定された、p16INK4Aに対するsiRNAの導入を所定の日数で中止した場合およびしなかった場合の、RPTECのPDの経過を示すグラフ。
【図4】実施例で測定された、p16INK4Aに対するsiRNAを導入したRPTECの通常のプレート上での培養時または多孔質膜上への移植後における、γ-glutamyltransferase 1 (GGT1)の発現量(18SrRNAの量に対する比)を示すグラフ。
【図5】実施例で測定された、p16INK4Aに対するsiRNAを導入したRPTECの通常のプレート上での培養時または多孔質膜上への移植後における、glucose transporter-1 (GLUT1)の発現量(18SrRNAの量に対する比)を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の培養方法の適用対象となるRPTEC(近位尿細管上皮細胞)は、ヒト、イヌ、ブ
タなどの哺乳類に由来するものであれば特に限定されないが、増殖させたRPTECをバイオ
人工尿細管に利用する場合は、ヒト由来のものを用いることが好ましい。また、形質転換等により無限増殖能を獲得していない(株化されていない)、RPTECの正常細胞を適用対
象としている。
【0023】
本発明の培養方法は、RPTECのp16INK4A、p53、RBまたはp21Cip1(本発明において、こ
れらを単に「標的遺伝子」とよぶこともある。)の発現を抑制することにより分裂寿命を延長させるものである。上記標的遺伝子およびそれらの成熟したmRNAの塩基配列はいずれ
も公知である。RPTECは、以下に記載するようなASOまたはsiRNAを導入するステップに関
すること以外、一般的な培養方法に準じた条件で培養することができる。
【0024】
標的遺伝子の発現を抑制するために、本発明では二つの手法が用いられる。一つは、標的遺伝子のmRNAの一部と相補的な塩基配列を有するASOをRPTECに導入(トランスフェクション)する手法であり、mRNAのその部位にASOが結合することでタンパク質への翻訳の進
行が阻止される。もう一つは、標的遺伝子のmRNAの一部に対応する塩基配列を有する二本鎖のsiRNAをRPTECに導入する手法であり、RNAiによりmRNAが切断、分解されやはりタンパク質への翻訳の進行が阻止される。なお、標的遺伝子の発現抑制効果を有するASOは、1
種単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよく、同様にsiRNAも、1種単独で用
いても2種以上を組み合わせて用いてもよく、さらに、ASOとsiRNAを併用してもよい。
【0025】
標的遺伝子それぞれに対するASOまたはsiRNAは、公知の手法に従って設計、作製することができる。標的遺伝子のmRNAの所定の部位に対応する塩基配列を有するものとなるよう、ASOであれば通常15〜30塩基程度の一本鎖のRNAまたはDNAが合成され、siRNAであれば21〜25塩基の二本鎖RNAが合成される。
【0026】
ASOおよびsiRNAは一般的に、mRNAのどの部位に対応する塩基配列を有するものであるかによって発現抑制効果が変動しうるものである。たとえば、ASOであれば、mRNAの5'末端
側、好ましくは翻訳開始部位を含む領域の塩基配列に対応したものにすると、標的遺伝子の発現抑制に最も効果的であるといわれている。また、標的遺伝子に対するASOまたはsiRNAについて、他の遺伝子のmRNAと相互作用がないことや、それらの塩基配列内で二次構造を取らないことなどを確認しておくことも重要である。
【0027】
本発明においても、標的遺伝子の発現抑制効果に優れたASOまたはsiRNAを選択して用いることが望ましい。たとえば、下記の塩基配列を有するASOまたはsiRNA(後記実施例に示すようにこれらは市販されているものである)は、標的遺伝子の発現抑制によりPRTECの
分裂寿命を延長する効果に優れた、好ましいASOまたはsiRNAとして挙げられる。
【0028】
p16INK4A用ASO:
5'- TGCTGCTCCCCGCCGCCC -3'(配列番号1)
p16INK4A用siRNA:
5'- AGGCAGUAACCAUGCCCGCAUAGAU -3'(配列番号2)
p53用ASO:
5'- CGGCTCCTCCATGGCAGT -3'(配列番号3)
p53用siRNA:
5'- CCAGUGGUAAUCUACUGGGACGGAA -3'(配列番号4)
RB用ASO:
5'- GTGAACGACATCTCATCTAGG -3'(配列番号5)
p21Cip1用ASO:
5'- AGCCGGTTCTGACATGGC -3'(配列番号6)
標的遺伝子の発現抑制効果およびそれによる分裂寿命延長効果は、全体的にsiRNAの方
がASOよりも優れている傾向にある。後述する実施例に示すように、たとえば、配列番号
1,3,5,6で表されるASOを用いれば、分裂寿命を通常(12PD)より6〜10PD長い、18〜22PDにまで延長することができるが、配列番号2,4で表されるsiRNAを用いれば、分
裂寿命をそれぞれ45PDおよび75PDにまで飛躍的に延長することができる。また、4種類の標的遺伝子のうちでは、p16INK4Aの発現を抑制したときの分裂寿命延長効果が、p53、RB
またはp21Cip1よりも優れている。
【0029】
分裂寿命(PD)の延長により、収穫できるRPTECの数を指数関数的に増加させることが
できる。たとえば、通常(12PD)よりも約10PD分裂寿命が延長されれば(配列番号1のp16INK4Aに対するASO)、通常の約1,000倍(2^10 = 1024)のRPTECを収穫することができ、約40PB分裂寿命が延長されれば(配列番号4のp53に対するsiRNA)、通常の約1,000,000,000倍(2^30 = 1.07374x10^9)のRPTECを収穫することができる。
【0030】
ただし、本発明における標的遺伝子に対するASOまたはsiRNAは配列番号1〜6のいずれかで表される塩基配列を有するものに限定されるわけではなく、RPTECの分裂寿命を所望
の程度にまで延長することのできる発現抑制効果が現れるものであれば、その他の塩基配列を有するものを用いてもよい。ASOまたはsiRNAの発現抑制効果は、RPTECに移入させた
後、標的遺伝子のmRNAないしタンパク質を公知の手法を用いて定量することによって評価することができ、たとえばmRNAの量はRT-PCR法により測定することができる。
【0031】
ASOまたはsiRNAの導入は、培養液に添加して自然なエンドサイトーシスによりRPTECに
取り込ませる手法でもよいが、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法など、導入効率を向上させる公知の手法を適用することもできる。各手法に関する種々の条件は、導入効率と細胞障害の程度の兼ね合いも考慮しながら、公知のプロトコールに準じて適切に調整すればよく、市販されているキット(トランスフェクション試薬等)を利用することもできる。
【0032】
ASOまたはsiRNAを導入するステップは、RPTECの培養における適切な時期に行えばよい
。分裂寿命延長および機能的活性回復の効果を最大限に引き出すためには初代培養のときから上記ステップを行うことが好ましいが、継代(植え継ぎ)された後から、細胞の老化が始まる前(対数増殖時:log phase)に開始してもよい。また、そのステップの回数も
特に限定されるものではなく、発現抑制効果が持続されるよう適切に調整すればよい。たとえば、初代および継代ごとの培地として、その期間中標的遺伝子の発現を抑制するために十分な量のASOまたはsiRNA(必要に応じてさらにトランスフェクション試薬等)を含むものを用意し、そこで培養するようにして、定期的に上記ステップを行うような方法が好適である。必要であれば、継代以外の時期に定期的にASOまたはsiRNA等を培地に添加するようにしてもよい。
【0033】
このような本発明の方法は、発現ベクター(プラスミド、ウイルス等)を用いてASOま
たはsiRNAを恒常的に細胞内で産生する方法とは異なり、培養途中でASOまたはsiRNAの導
入を中止すれば、ほどなく(たとえば2週間程度で)標的遺伝子の発現抑制が解除されるため、必要以上にRPTECを増殖させないようにすることができる。逆に言えば、ASOまたはsiRNAを導入し続け、標的遺伝子の発現を抑制している限り、(後記実施例でASOについて見られたように限界はあるかもしれないものの)所望する数に達するまでRPTECを増殖さ
せることができる。したがって、バイオ人工尿細管の中空糸に移植するために大量にRPTECを増殖させる必要があるときは、その培養期間中ASOまたはsiRNAを導入する一方、移植
がすんでそれ以上の大量の増殖が必要なくなれば、バイオ人工尿細管内での培養期間中はASOまたはsiRNAを導入しないといった方法をとることができる。
【0034】
本発明の培養方法により分裂寿命が延長されたRPTECは、γ-glutamyltransferase 1 (GGT1)やglucose transporter-1 (GLUT1)などの遺伝子の発現能力など、生体の組織内で有
していた機能的活性を完全には失わない。通常のマルチウェルプレート、ディッシュ等の平板な(多孔質でない素材で形成された)基盤上でRPTECを培養している間は、そのよう
な機能的活性は徐々に低下する傾向がある。しかしながら、一定程度に増殖させた後、そのような細胞を多孔質膜に移植し、多孔質膜上で再び培養すると、機能的活性を回復させることができる。上記多孔質膜は、RPTECを培養できるものであれば特に限定されるもの
ではないが、たとえば、バイオ人工尿細管などに用いられる、酢酸セルロース、ポリスルホン、ポリイミド、エチレン・ビニールアルコール共重合体などの合成高分子で形成され
た、多数の微細孔(好ましくは孔径0.03〜1μm)を有する中空糸膜が挙げられる。さらに、アルブミンを含有するなど尿細管により近い状態の培養液中に上記多孔質膜を配置してRPTECを培養すれば、機能的活性の回復の効果を一層向上させることができる。なお、大
量培養用の多孔質膜を備えた培養器が用意できれば、その多孔質膜上でRPTECを培養しな
がら標的遺伝子に対するASOまたはsiRNAを導入することにより、機能的活性を低下させないまま、分裂寿命を延長して増殖させることも可能であると考えられる。
【0035】
このような本発明の培養方法により得られたRPTECは、たとえばバイオ人工尿細管に用
いる上で好適であるが、用途は特に限定されるものではない。換言すれば、本発明の培養方法は、どのような用途を想定したRPTECを増殖させるために利用してもよい。
【実施例】
【0036】
材料および方法
細胞培養:ヒト近位尿細管上皮細胞、培養培地(REGM)および継代培養試薬はLONZA (Basel, Switzerland)から購入した。1万5千個の細胞を6ウェルプレート(IWAKI培養用
マイクロプレート,旭硝子(株))の1つのウェルに播種し、37℃、5% CO2雰囲気下でインキュベートした。培地は一日おきに交換した。コンフルエンスの前に、0.025%トリプシンを用いて細胞を収穫した。細胞数を計測し、一部を継代培養した。他の細胞はタンパク質/RNAの調製のために-80℃で保管した。機能回復のために、一部の細胞を多孔質膜(Costar Transwell permeable supports 3450, Corning, NY. 材質:ポリエステル,孔径:0.4μm)に播種した。細胞は適当なインキュベーション期間の後に収穫した。
【0037】
アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO):ASOはつくばオリゴサービス(株)(牛久市、日本)から購入した。ヌクレアーゼで分解されないようヌクレオチドの主鎖はホスホロチオエート化した。p53のASO (5'- CGGCTCCTCCATGGCAGT -3':配列番号3), p16INK4AのASO
(5'- TGCTGCTCCCCGCCGCCC -3':配列番号1), RBのASO (5'- GTGAACGACATCTCATCTAGG -3':配列番号5), p21Cip1のASO (5'- AGCCGGTTCTGACATGGC -3':配列番号6) およびコントロールのオリゴヌクレオチド (5'- ACGTGACACGTTCGGAGA -3') それぞれを1mM溶液にな
るよう蒸留水に溶解し、-20℃で保管した。ASOおよびコントロールを濃度が10 μMになるよう培養液中の細胞に添加した。
【0038】
RNA干渉:二本鎖siRNA (ステルスRNAi)、トランスフェクション試薬 RNAiMax、およびOpti-MEM I 培地はInvitrogen (Carlsbad, CA)から購入した。p53のsiRNA (5'- CCAGUGGUAAUCUACUGGGACGGAA -3': 配列番号4), p16INK4AのsiRNA (5'- AGGCAGUAACCAUGCCCGCAUAGAU -3':配列番号2), およびネガティブコントロール (Medium GC) それぞれを20 μMの濃度になるようDEPC蒸留水に溶解し、-20℃で保管した。継代培養(約2週間毎)の際、400 μLのOpti-MEM I 培地中で5 μLのsiRNA溶液をトランスフェクション試薬と混合した
。室温で20分間インキュベートした後、siRNA混合物を抗生物質を含有しない1.6 mlのREGM中で細胞に添加し、37℃、5% CO2雰囲気下でインキュベートした。翌日、siRNA混合物を含有するREGMに培地を交換した。
【0039】
定量的RT-PCR:全RNAをRNaqueous kit (Qiagen, Germantown, MD)で精製し、SuperScript III kit (Invitrogen)でcDNAを合成した。Taqman Gene Expression Assay kit (Applied Biosystems, Foster City, CA)を用いてhuman γ-glutamyltransferase 1 (Hs00359124#g1)およびhuman glucose transporter-1 (Hs00197884#m1)の定量的PCR混合物を調製し
た。ABI PRISM 7700 (Applied Biosystems)でリアルタイムPCRおよび結果の解析を行った。標的mRNAの相対量の比較のための基準として18S rRNAを用いた。
【0040】
結果および考察
・ASOによるRPTECの寿命の延長
材料および方法で記載したように、ASOまたはコントロールのオリゴヌクレオチドを含
有する培地でRPTECを培養した。各系列の細胞の集団倍加数(Population doublings: PD
)を図1に示す。コントロールのオリゴヌクレオチドを用いた細胞は約12PDで増殖を停止し、これは通常のRPTECの寿命の限界と一致している。しかしながら、細胞周期に関連す
る転写産物に対するASOで処理した細胞にはPDの顕著な増加が見られた。特に、p16INK4A
に対するASOは分裂寿命を10PD延長した(22PD)。その他のものは6-8PDの延長とやや弱い効果を示した(p53に対するASOは18PD、RBおよびp21Cip1に対するASOは20PD)。ASOは細
胞分裂回数に影響するが増殖速度には影響しないようにみえる。この処理により、無処理の細胞の1,000倍(2^10 = 1024)の数の細胞を収穫することが可能になる。
【0041】
・RNAiによるRPTECの寿命の延長
p53 およびp16INK4A に対するsiRNAを別個に2週間毎にRPTECにトランスフェクトした
。トランスフェクション混合物と24時間共培養した後、細胞を継代培養した。各系列の細胞の集団倍加数(PD)を図2に示す。コントロールのsiRNAを用いた細胞はそれら固有のPDで増殖を停止したが、p53 および p16INK4A に対するsiRNAで処理した細胞は、それぞれ45PDおよび75PDと、PDの顕著な増加を示した。それらは同じ標的に対するASOよりも高い
有効性を示した。また、ASOの場合と同様にsiRNAも細胞分裂回数を増加させるが増殖速度は増加しているようには見えず、むしろ試料とsiRNAの組合せによっては増殖速度が一旦
減少し、そのままの速度で分裂回数を重ねていくこともあった。結果的に、この処理により、培養開始時の10億倍(2^30 = 1.07374x10^9, 2^60 = 1.15292x10^18)の数の細胞を収
穫することが可能になる。
【0042】
トランスフェクトされたsiRNAの有効期間を検証するために、培養における様々な時点
から、一部の細胞に対するsiRNAの断続的なトランスフェクションを中止した(図3)。
培養初期にトランスフェクションを中止すると(13d, 32d, 46d)、細胞はそれら固有の
寿命まで増殖し続けた。対照的に、寿命延長の中期になってからトランスフェクションを中止すると(69d, 96d, 117d)、それらの細胞は2週間以内にすぐに増殖を停止した。このようにsiRNAの影響が早期に枯渇することは、分裂寿命のコントロールにとって有利だ
と考えられる。
【0043】
・寿命が延長された間のRPTECの機能回復
一般的に、初代培養細胞はインビトロでの培養期間とともに多くの機能的特性を失う傾向にある。寿命が延長されたRTECの機能的能力を調査するため、インビボのPRTECにおい
て特異的に発現する遺伝子を定量的PCR法で調査した。2種類の特異的な遺伝子、γ-glutamyltransferase 1 (GGT1) および glucose transporter-1 (GLUT1)の発現を定量した(
図4および5)。普通のプレートの平板な基質の上で培養されると、時間経過とともにこれらの遺伝子の発現は次第に減少して極めて低い状態になった。しかしながら、ひとたびこれらの細胞を多孔質膜上に移植するとこれらの遺伝子の発現は回復した。この回復は、多孔質膜によってインビボに似た細胞環境が再び生み出されたことに起因するものと思われる。特に、尿細管の状態を模して4% アルブミンを添加したことで外部容器の浸透圧が
上昇したことが、GLUT1の発現をさらに刺激した(図5)。これらのデータは、分裂寿命
が延長されたRPTECは適当な環境下ではそれら固有の遺伝子の発現を回復しうることを示
している。
【0044】
結論
細胞周期関連遺伝子の発現を抑制することにより、RPTECの複製分裂寿命の延長が実現
された。これらの遺伝子の転写産物に対するアンチセンスオリゴデオキシリボ核酸は、単に細胞培地に添加するだけで寿命を6-10PD延長した。これらの転写産物に対する定期的なRNAiは寿命を延長する効果に優れていた。たとえば、p53 および p16INK4A に対するRNAiはそれぞれ寿命を45PDおよび75PDにまで延長した。細胞増殖はRNAi処理を中止することに
より2週間以内に見られなくなった。平板なプレート上で培養されるうちに、本来の組織が有するいくつかの機能はこれらの寿命が延長されたRPTECから失われたが、多孔質膜上
で培養することにより回復することができた。このような手法は人工腎臓器官の製造に貢献するものと期待される。
【配列表フリーテキスト】
【0045】
配列番号1:p16INK4A用ASO
配列番号2:p16INK4A用siRNA
配列番号3:p53用ASO
配列番号4:p53用siRNA
配列番号5:RB用ASO
配列番号6:p21Cip1用ASO

【特許請求の範囲】
【請求項1】
p16INK4A、p53、RBまたはp21Cip1の発現を抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)またはsiRNAを正常な近位尿細管上皮細胞(RPTEC)に導入するステップを含むこと
を特徴とするRPTECの培養方法。
【請求項2】
前記RPTECがヒト由来のものである、請求項1に記載のRPTECの培養方法。
【請求項3】
前記ASOまたはsiRNAが配列番号1〜6のいずれかで表される塩基配列を有するものである、請求項1に記載のRPTECの培養方法。
5'- TGCTGCTCCCCGCCGCCC -3'(配列番号1)
5'- AGGCAGUAACCAUGCCCGCAUAGAU -3'(配列番号2)
5'- CGGCTCCTCCATGGCAGT -3'(配列番号3)
5'- CCAGUGGUAAUCUACUGGGACGGAA -3'(配列番号4)
5'- GTGAACGACATCTCATCTAGG -3'(配列番号5)
5'- AGCCGGTTCTGACATGGC -3'(配列番号6)
【請求項4】
前記ASOまたはsiRNAの導入によりRPTECの分裂寿命が12PD以上に延長される、請求項1
に記載のRPTECの培養方法。
【請求項5】
前記ASOまたはsiRNAの導入によりRPTECの分裂寿命が18PD以上に延長される、請求項1
に記載のRPTECの培養方法。
【請求項6】
前記RPTECを多孔質膜上で培養するステップを含む、請求項1に記載のRPTECの培養方法。
【請求項7】
前記多孔質膜が中空糸膜である、請求項6に記載のRPTECの培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−50358(P2011−50358A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−204926(P2009−204926)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】