説明

近赤外線カットフィルタガラス

【課題】可視域透過率を高く維持しつつ、近赤外域透過率を低く抑えることができる近赤外線カットフィルタガラスを低コストで提供すること。
【解決手段】下記酸化物換算の質量%表示で、P 65〜74%、Al 5〜10%、B 0.5〜3%、LiO 0〜10%、NaO 3〜10%、LiO+NaO 3〜15%、MgO 0〜2%、CaO 0〜2%、SrO 0〜5%、BaO 3〜9%、MgO+CaO+SrO+BaO 3〜15%、CuO 0.5〜20%、を含み、KOを実質的に含まず、NaO/(LiO+MgO+CaO+SrO+BaO) 0.5〜3、であることを特徴とする近赤外線カットフィルタガラス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体撮像装置の視感度補正フィルタに使用される近赤外線カットフィルタガラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
デジタルスチルカメラやビデオカメラには、イメージセンサであるCCDやCMOS等の固体撮像素子が用いられている。近年、これらのカメラは、高画素化に伴う画像解像度の向上が進展しているが、その反面、固体撮像素子の受光面積を大きくすることなく高画素化を行うと、単位画素サイズの面積縮小に伴う入射光の絶対量の減少により、出力信号の元になる画素毎の電子数が減少し、センサ感度が低下するという問題が生じる。
【0003】
これに対して、固体撮像素子の感度を向上するためのいくつかの手法が提案されており、そのひとつに素子の半導体層の膜厚を厚くする方法が知られている(特許文献1:段落0006)。これによれば、半導体層の膜厚が厚いほど光の吸収量が多くなり、光量に応じた電流の出力が増加するとされている。
しかし、半導体層の膜厚を増加すると、長波長成分(赤外領域の光)の感度が上がるという別の問題が生じる。これは、特許文献2(段落0018、0094)等に詳細に説明されているが、要約すると、半導体層による電磁波の吸収係数は、長波長側の成分の方が、短波長側の成分よりも小さいという特性がある。このことは、半導体層に入射した電磁波の内の短波長側の成分は、半導体層での吸収の割合が大きく、半導体層の表面で吸収されてしまう度合いが大きいのに対して、長波長側の成分は、半導体層での吸収の割合が小さいので、半導体層の表面で吸収されてしまう度合いが小さく、より深いところまで達することを意味する。このため、半導体層の膜厚を増加することにより固体撮像素子の感度を向上する場合、固体撮像素子への入射光における長波長の成分を従来以上に確実にカットする必要がある。
【0004】
他方、固体撮像素子は、可視領域から1100nm付近の近赤外域にわたる分光感度を有しているため、そのままでは良好な色再現性を得ることができない。そのため、赤外線を吸収する特定の物質が添加された近赤外線カットフィルタガラスを用いて視感度を補正している。この近赤外線カットフィルタガラスは、近赤外域の光を選択的に吸収し、かつ高い耐候性を有するように、アルミノリン酸塩系ガラスやフツリン酸塩系ガラスにCuOを添加した光学ガラスが提案されている(特許文献3、4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−119494号公報
【特許文献2】特開2009−135550号公報
【特許文献3】特開平6−234546号公報
【特許文献4】特開平6−16451号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の近赤外線カットフィルタガラスの分光特性は、特に600〜700nm付近の波長域において、急峻なカットオフ特性を実現できないという問題がある。そのため、可視域透過率を高く維持しつつ、近赤外域の光を選択的にカットすることができる分光特性を備えるガラスが求められている。
近赤外線カットフィルタガラスにおける近赤外域の光のカット性能を向上する方法としては、以下に述べる方法が知られている。
1つの方法として、近赤外域の光を吸収するCu2+成分を含むCuOのガラスへの添加量を増やすことである。しかしながら、CuOの添加量を単に増やすだけでは近赤外域の透過率は低く抑えられるものの、可視域透過率も併せて低下するという弊害が生じる。
【0007】
他の方法として、屈折率差のある2種類以上の誘電体薄膜を数十層にも交互積層した誘電体多層膜(近赤外線カット膜)を近赤外線カットフィルタガラスの光学作用面に形成することで、ガラスの近赤外線カット性を補うことが行われている。誘電体多層膜により近赤外域の光をカットするしくみは、ガラス中のCu2+成分による光の吸収作用とは異なり、屈折率差を有する物質の干渉による光の反射作用によるものであり、急峻なカットオフ特性を実現できる。しかしながら、誘電体多層膜に入射した近赤外域の光は、誘電体多層膜により反射されるものの減衰することなく固体撮像装置内で迷光となり、この迷光が再度誘電体多層膜に斜入射することで、誘電体多層膜では十分にカットできずに固体撮像素子に到達し、ノイズとして認識される可能性がある。また、この方法は近赤外線カットフィルタガラスの製造コストが高くなるという問題がある。
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、可視域透過率を高くすることおよび近赤外域透過率を低く抑えることとの両立ができ、かつ高い耐候性を備えた近赤外線カットフィルタガラスを低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、リン酸塩系ガラス組成を特定範囲とすることで、リン酸塩系ガラスやフツリン酸塩系ガラスからなる従来の近赤外線カットフィルタガラスに比べ、可視域透過率を高くすることおよび近赤外域透過率を低くすることとの両立が可能な近赤外線カットフィルタガラスが得られることを見出した。
具体的には、ガラス成分中の銅イオンについて、紫外域に吸収を持ち可視域の透過率を低くする要因となるCu成分よりも近赤外域に吸収を持つCu2+成分の比率が極力多く存在するようにした。
また、ガラス中のCu2+の構造の歪みが小さい場合、Cu2+の近赤外域の光の吸収性が上がることに着目し、ガラス中の修飾酸化物のフィールドストレングスが弱い方が非架橋酸素を配位させやすく、Cu2+周りの歪みが小さくなると考えた。これは、Cu2+周りの歪みが小さくなると、2gのバンド間のエネルギー差が小さくなり、Cu2+の吸収ピークが長波長側へ移動するためである。
これらにより、ガラス中のCu2+の存在比率が高く、かつCu2+による近赤外域の光の吸収を一層高く機能させることができる近赤外線カットフィルタガラスとして好適なリン酸塩系ガラス組成を見出した。
【0009】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、
下記酸化物換算の質量%表示で、
65〜74%、
Al 5〜10%、
0.5〜3%、
LiO 0〜10%、
NaO 3〜10%、
LiO+NaO 3〜15%、
MgO 0〜2%、
CaO 0〜2%、
SrO 0〜5%、
BaO 3〜9%、
MgO+CaO+SrO+BaO 3〜15%、
CuO 0.5〜20%、
を含み、KOを実質的に含まず、
NaO/(LiO+MgO+CaO+SrO+BaO) 0.5〜3、
であることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、
/Al 6.5〜10、
(BaO+B)/Al 0.3〜2.4、
であることを特徴とする。
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、実質的にF、PbO、As、Sb、CeO、V、SiO、希土類元素を含まないことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、リン酸塩系ガラス組成を特定範囲とすることで、ガラス中のCuOの含有量を増やしたり、誘電体多層膜(近赤外線カット膜)を設けることなく、可視域透過率を高く維持しつつ、近赤外域の光の透過率を低く抑えることができる近赤外線カットフィルタガラスを低コストで提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例および比較例の近赤外線カットフィルタガラスの分光透過率を示す図である。
【図2】Cu2+の吸収ピークの波数と各元素のフィールドストレングスとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、上記構成により目的を達成したものであり、本発明の近赤外線カットフィルタガラスを構成する各成分の含有量(質量%表示)を上記のように限定した理由を以下に説明する。
【0014】
は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、近赤外線カット性を高めるための必須成分であるが、65%未満ではその効果が十分得られず、74%を超えると溶融温度が上がり、可視域の透過率が低下するため好ましくない。好ましくは67〜73%であり、より好ましくは68〜72%である。
【0015】
Alは、耐候性を高めるための必須成分であるが、5%未満ではその効果が十分得られず、10%を超えるとガラスの溶融温度が高くなり、近赤外線カット性および可視域透過性が低下するため好ましくない。好ましくは6〜10%であり、より好ましくは7〜9%である。
【0016】
は、ガラスの溶融温度を低くするための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、3%を超えると近赤外線カット性が低下するため好ましくない。好ましくは0.7〜2.5%以下であり、より好ましくは0.8〜2.0%である。
【0017】
LiOは、必須成分ではないものの、ガラスの溶融温度を低くする効果があるが、10%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは0〜5%であり、より好ましくは0〜3%である。
【0018】
NaOは、ガラスの溶融温度を低くするための必須成分であるが、3%未満ではその効果が十分得られず、10%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは4〜9%であり、より好ましくは5〜9%である。
【0019】
LiO+NaOは、ガラスの溶融温度を低くするための必須成分であるが、3%未満ではその効果が十分ではなく、15%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは4〜13%であり、より好ましくは5〜10%である。
【0020】
Oは、本発明のガラスにおいては実質的に含有しない。KOはガラスの溶融温度を下げる効果が知られている。しかしながら、本発明者が確認したところ、リン酸ガラスにおいてKOとNaOとの両者を含有すると、KOを含有せずNaOのみ含有する場合と比較し、ガラスの溶融温度が高くなる結果となった。その理由としては、以下が考えられる。PとNaOとを等モル混合した場合の液相温度は2成分系の相図から約628℃である。これに対し、PとKOを等モル混合した場合の液相温度は2成分系の相図から800℃を超える。これは、リン酸ガラスにおいて、NaOの一部をKOに置換すると、液相温度は上がる方向となり、溶融温度も上昇することを示唆している。なお、本発明における実質的に含有しないとは、原料として意図して用いないことを意味しており、原料成分や製造工程から混入する不可避不純物については実質的に含有していないとみなす。また、前記不可避不純物を考慮し、実質的に含有しないこととは含有量が0.05%以下であることを意味する。
【0021】
MgOは、必須成分ではないものの、ガラスの安定性を高める効果があるが、2%を超えると近赤外線カット性が低下するため好ましくない。好ましくは1%以下であり、含有しないことがより好ましい。
【0022】
CaOは、必須成分ではないものの、ガラスの安定性を高める効果があるが、2%を超えると近赤外線カット性が低下するため好ましくない。好ましくは1.5%以下であり、含有しないことがより好ましい。
【0023】
SrOは、必須成分ではないものの、ガラスの安定性を高める効果があるが、5%を超えると近赤外線カット性が低下するため好ましくない。好ましくは0〜4%であり、より好ましくは0〜3%である。
【0024】
BaOは、ガラスの溶融温度を低くするための必須成分であるが、3%未満ではその効果が十分得られず、9%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは3〜8%であり、より好ましくは4〜8%である。
【0025】
MgO+CaO+SrO+BaOは、ガラスの安定性を高め、ガラスの溶融温度を低くするための必須成分であるが、3%未満であるとその効果が十分ではなく、15%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは3〜12%であり、より好ましくは4〜10%である。
【0026】
CuOは、近赤外線カット性を高めるための必須成分であるが、0.5%未満であるとその効果が十分に得られず、20%を超えると可視域透過率が低下するため好ましくない。好ましくは1〜15%であり、より好ましくは2〜10%である。もっとも好ましくは3〜9%である。
【0027】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスにおいて、可視域透過率が高く、近赤外域の光の透過率が低い分光特性を得るには、ガラス成分中の銅イオンについて、紫外域に吸収を持ち可視域透過率を低くする要因となるCuよりも近赤外域に吸収をもつCu2+を極力多く存在させることが重要である。
ガラス成分中の銅は、ガラスの溶融温度が高いほど還元される、つまりCu2+が還元されてCuになる、傾向にある。よって、Cu2+を多く存在させるためには、ガラスの溶融温度を極力低くすることが有効である。なお、本発明の近赤外線カットフィルタガラスの溶融温度は、1150℃以下が好ましく、1100℃以下がより好ましく、1080℃以下がさらに好ましい。
そのため、ガラスの溶融温度を高くする効果があるAlに対してガラスの溶融温度を低くする効果があるBaO、Bの比率を大きくする。これらのガラス成分中のバランスは、(BaO+B)/Alを大きくすればいいが、大きすぎる場合、耐候性の低下につながるため、これらの比は0.3〜2.4の範囲である。さらにこれらの比は、0.3〜2.0が好ましく、0.5〜1.5がより好ましい。
【0028】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスにおいて、可視域透過率が高く、近赤外域の光の透過率が低い分光特性、具体的には600〜700nm付近の光の急峻なカットオフ特性を得るためには、ガラス中のCu2+の6配位構造の歪みを小さくし、Cu2+の吸収ピークを長波長側に移動させる、つまりガラス中のCu2+による近赤外域の光の吸収を一層高く機能させることが重要である。
そのため、ガラス中のCu2+の6配位構造の歪みを小さくするには、ガラス中に非架橋酸素の数が多く、かつ、修飾酸化物のフィールドストレングス(フィールドストレングスは、価数Zをイオン半径rの2乗で割った値:Z/rであり、カチオンが酸素を引き付ける強さの程度を表す)が小さいことが必要であると考えた。
【0029】
ガラス中の非架橋酸素の数を多くするためには、ガラスのネットワークを形成する網目状酸化物におけるPを他の網目状酸化物に比べて多くする必要がある。Pは、AlやBと比べて分子中に酸素を多く含有するため、Cu2+は非架橋酸素を配位しやすくなり、Cu2+周りの歪みが小さくなる。他方、ガラスの耐候性を高めるには、耐候性に影響があるAlをPとの比率において高くすることが有効である。
そのため、ガラスに含有する網目状酸化物のバランスは、P/Alが6.5〜10の範囲である。さらにこれらの比は、7〜10が好ましく、7〜9.5がより好ましい。
【0030】
ガラス中の修飾酸化物のフィールドストレングスについて、P:70%、Al:10%、CuO:4%、XO(XはLi、Na、K、Ba、Sr、Ca、Zn、またはMgを表し、XがLi、Na、Kの場合には、nは2を表し、XがBa、Sr、Ca、Zn、Mgの場合には、nは1を表す。):20%(全てモル数を示す。P、AlおよびXOの合計100%に対し、CuOを外掛けで4%添加する。)のリン酸塩系ガラスにおいて修飾酸化物であるXOの種類を変えた場合のCu2+の吸収ピークの波数と各元素のフィールドストレングスとの関係を図2に示す。修飾酸化物のフィールドストレングスが小さいほど、吸収ピークの波数が小さくなり、Cu2+の近赤外域の光の吸収性が上がることがわかる。
これらより、ガラス中の修飾酸化物のフィールドストレングスの平均値を小さくするためには、フィールドストレングスが相対的に小さいNaOを他の修飾酸化物と比較し多く含有することが効果的であることがわかる。
そのため、ガラスに含有する修飾酸化物のバランスは、NaO/(LiO+MgO+CaO+SrO+BaO)を大きくすればよいが、大きすぎる場合、耐候性の低下につながるため、これらの比は0.5〜3の範囲である。さらにこれらの比は、0.5〜2.5が好ましく、0.7〜2がより好ましい。
【0031】
本発明のガラスは、F、PbO、As、Sb、CeO、V、SiO、希土類元素を実質的に含有しないことが好ましい。F、As、Sb、CeOは、幅広い温度域で清澄ガスを発生できる優れた清澄剤として従来のガラスに用いられている。また、PbOはガラスの粘度を下げ、製造作業性を向上させる成分として用いられている。しかし、F、PbO、As、Sbは環境負荷物質であるため、できるだけ含有しないことが望ましい。また、CeO、Vは、ガラスに含有するとガラスの可視領域の透過率が低下するため、可視領域の透過率が高いことが要求される本発明の近赤外線カットフィルタガラスにおいては、できるだけ含有しないことが望ましい。また、SiO、希土類元素は、ガラスに含有するとガラスの近赤外領域のカット性が低下するため、本発明の近赤外線カットフィルタガラスにおいては、含有しないことが好ましい。
【0032】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスの分光特性は、波長600〜700nmの分光透過率において、透過率50%を示す波長が631nmとなるように換算したときに、波長430〜565nmの平均透過率が87.2%以上であることが好ましく、87.5%以上であるとより好ましく、88.0%以上であるとさらに好ましい。同様に、波長700〜725nmの平均透過率が10%以下であることが好ましく、9.5%以下であるとより好ましく、9%以下であるとさらに好ましい。同様に、波長1000〜1200nmの平均透過率が3%以下であることが好ましく、2.5%以下であるとより好ましく、2%以下であるとさらに好ましい。
【0033】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、次のようにして作製することができる。まず得られるガラスが上記組成範囲になるように原料を秤量、混合する。この原料混合物を白金ルツボに収容し、電気炉内において900〜1200℃の温度で加熱溶融する。十分に撹拌・清澄した後、金型内に鋳込み、徐冷した後、切断・研磨して所定の内厚の平板状に成形する。
【0034】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、上記のガラス構成を備えることにより、ガラスが安定であることも特徴である。ガラスが安定であるとは、液相温度付近の温度域での安定性とガラス転移点Tg付近の温度域での安定性の2つが挙げられる。具体的には、液相温度付近の温度域での安定性は、液相温度が低いこと、また、液相温度付近で失透の成長が遅いことであり、ガラス転移点Tg付近の温度域での安定性は、結晶化温度Tcや結晶化開始温度Txが高いこと、Tc・Tx付近で失透の成長が遅いことある。これにより、ガラスの溶融成形工程において失透が発生しにくく、歩留まりが高い製造し易いガラスとすることが可能である。
【0035】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、上記のとおり近赤外線カット性に優れ、さらに安定したガラスであるため耐失透性に優れている。このため、固体撮像素子の視感度補正フィルタとして好適に用いることが可能である。
そして、ガラス中のCuOの含有量を増やしたり、誘電体多層膜(近赤外線カット膜)を設けることなく、近赤外線カットフィルタガラスの可視域透過率を高く維持しつつ近赤外域の光のカット性を向上することが可能である。なお、所望の分光特性を得るために本発明の近赤外線カットフィルタガラスに誘電体多層膜(近赤外線カット膜)を設けることは当然可能であるが、ガラスの近赤外線カット性が高いため、設ける誘電体多層膜の層数を少なくすることが可能であり、ガラスに誘電体多層膜を設ける場合であっても近赤外線カットフィルタガラスの製造コストを従来と比べて低くすることができる。
【実施例】
【0036】
本発明の実施例および比較例を表1および表2に示す。なお、本明細書において、例1〜例8は実施例であり、例9〜例11は比較例である。表中、各成分の空欄は、含有量が0質量%であることを意味する。
これらガラスは、表に示す組成(質量%)となるよう原料を秤量・混合し、内容積約1000ccの白金ルツボ内に入れて、900〜1200℃で1〜3時間溶融、清澄、撹拌後、およそ100〜400℃に予熱した縦100mm×横100mm×高さ20mmの長方形のモールドに鋳込み後、約1℃/分で徐冷してサンプルとした。また、上記サンプル作製時に目視で観察し、得られたガラスサンプルには泡や脈理のないことを確認した。なお、各ガラスの原料は、Pの場合はHPOまたはメタリン酸塩原料を、Alの場合はAl(POまたはAl(OH)を、Bの場合はHBOを、LiOの場合はLiCOを、NaOの場合はNaCOを、KOの場合はKCOを、MgOの場合はMgOを、CaOの場合はCaCOを、SrOの場合はSrCOを、BaOの場合はBaPOを、CuOの場合はCuOを、それぞれ使用した。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
以上のようにして作製したガラスについて、分光特性、ガラス溶融温度を以下の方法で評価した。
【0040】
分光特性は、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社製、商品名:V−570)を用いて評価した。具体的には、縦30mm×横30mm×厚さ0.3mmの両面を光学研磨したガラスサンプルを準備し、透過率の測定を行った。測定した透過率について、透過率が50%を示す波長が631nmとなるように換算した透過率特性について、波長430nm〜565nmの平均透過率、波長700nm〜725nmの平均透過率、波長1000nm〜1200nmの平均透過率を算出したものを表に示す。
なお、上記において、ガラスの分光特性は、透過率50%を示す波長が631nmとなるように換算(半値補正)した透過率特性を用いている。これは、ガラスの透過率は厚みによって変化するが、均質なガラスであれば、光の透過する方向におけるガラスの厚さと透過率がわかれば、所定の厚さの透過率を計算によって求めることができるためである。半値補正の具体的な方法としては、紫外可視近赤外分光光度計にて測定した透過率と、ガラスの屈折率から算出した反射率とからガラスの吸光係数を求め、波長631nmの透過率が50%となる肉厚を計算し、この肉厚での透過率に換算する。
ガラスの溶融温度は、異なる温度で溶融したガラスブロックを目視観察し、異物の混入が見られない一番低い温度を表に示す。
【0041】
図1、表に示した実施例および比較例のガラスの分光特性より、実施例の各ガラスは比較例の各ガラスと比べて、波長430〜565nmの平均透過率が高く、波長700〜800nmおよび波長1000〜1200nmの平均透過率が低く抑えられており、近赤外域の光のカット性と可視域の高い透過率を両立している。比較例の例9は可視域の透過率は高いが、近赤外域の光のカット性は悪く、例10と例11は近赤外域の光のカット性は良いが、可視域の透過率が低い。このような分光特性となる要因の一つとして、実施例の各ガラスは比較例の各ガラスと比べてガラスの溶融温度が低いことが考えられる。
このため、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、近赤外線カット能を補うための近赤外線カット膜(誘電体多層膜)をガラス表面に設ける必要がなくなるため、近赤外線カットフィルタガラスを低コストで製造することが可能となる。また、ガラスの可視域透過率が高く、近赤外線カット性が高いため、固体撮像素子用の近赤外線カットフィルタ用ガラスとして好適に用いることができる。
【0042】
ガラスの耐候性評価として、例1(実施例)、例9(比較例)のガラスについて、可視域透過率の平均透過率劣化度を調査した。調査方法としては、高温高湿に所定時間保持する前後のガラスの透過率をそれぞれ測定し、波長430nm〜565nmの平均透過率が低下した割合を劣化度とした。なお、高温高湿の条件としては、光学研磨したガラスサンプルを温度85℃、相対湿度85%の高温高湿槽中に168時間保持した。結果として、例1のガラスは劣化度が8.7%であり、例10のガラスは劣化度が61.1%であった。よって、本発明のガラスは従来のリン酸ガラスと比較し高い耐候性を備えていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、リン酸塩系ガラスのガラス組成を特定範囲とする際、ガラスの溶融温度を低くすることで、ガラス中の銅イオンにおけるCu2+の存在比率を高くする。また、修飾酸化物のフィールドストレングスが小さくなるようにすることで、ガラス中のCu2+による近赤外域の光の吸収を一層高く機能させることができる。これらにより、可視域透過率を高く維持しつつ、近赤外域の光の透過率を低く抑えることができる近赤外線カットフィルタガラスを低コストで提供することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記酸化物換算の質量%表示で、
65〜74%、
Al 5〜10%、
0.5〜3%、
LiO 0〜10%、
NaO 3〜10%、
LiO+NaO 3〜15%、
MgO 0〜2%、
CaO 0〜2%、
SrO 0〜5%、
BaO 3〜9%、
MgO+CaO+SrO+BaO 3〜15%、
CuO 0.5〜20%、
を含み、KOを実質的に含まず、
NaO/(LiO+MgO+CaO+SrO+BaO) 0.5〜3、
であることを特徴とする近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項2】
/Al 6.5〜10、
(BaO+B)/Al 0.3〜2.4、
であることを特徴とする請求項1に記載の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項3】
実質的にF、PbO、As、Sb、CeO、V、SiO、希土類元素を含まないことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の近赤外線カットフィルタガラス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−224491(P2012−224491A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92142(P2011−92142)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】