説明

送達性物質およびそれを利用した薬物デリバリーシステム

【課題】生体内において長期に渡って薬物を有効に存在させることのできる送達性に優れた物質を創製し、該物質を利用した薬物デリバリーシステムを構築する。
【解決手段】ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物を反応させて共有結合を形成した送達性物質を全身または局所に投与すれば、該物質が生体内のターゲット部位で長期間滞留するので、1回の投与で長期に渡り薬効を持続させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物を反応させて共有結合を形成する送達性に優れた物質であり、また、該送達性物質を全身または局所に投与することで、身体の特定部位に長期間薬物を滞留させることを可能にする薬物デリバリーシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
網膜、視神経、硝子体等の内眼部における疾患には難治性疾患が多く、その効果的な治療法の開発が望まれている。眼疾患に対しては、薬物を点眼投与して治療するのがもっとも一般的であるが、網膜等の内眼部へは薬物はほとんど移行しない。このことが、内眼部における疾患の治療をより困難にしている。
【0003】
そこで、薬物を直接身体の特定の部位に投与する方法が試みられ、例えば、薬物を含有させたリポソームやマイクロスフェアーを硝子体等の内眼部へ投与する技術が報告されている(特許文献1、特許文献2など)。
【0004】
しかし、リポソームを用いて薬物の放出を制御することは容易でなく、また、リポソームやマイクロスフェアーでは粒子径が大きいために、例えば、硝子体などの内眼部に投与する場合には透明性を維持できなくなることがある。
【0005】
一方、薬物を経口投与する場合は、薬物が胃、小腸、大腸、肝臓等で吸収、代謝され易く、薬効を発揮させる程度の濃度になるまで特定部位に薬物を移行させることは困難である。
【特許文献1】特表平6−508369号公報
【特許文献2】特開平4−221322号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このようなことから、生体内において長期に渡って薬物を有効に存在させることのできる送達性に優れた物質を創製し、該物質を利用した薬物デリバリーシステムを構築することは重要な課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、送達性物質およびそれを利用する薬物デリバリーシステムに焦点を当てて鋭意研究した結果、ポリエチレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物を反応させて共有結合を形成する送達性に優れた物質を創製した。また、該送達性物質を硝子体内に投与すれば、これが網膜内および硝子体内に長期間滞留することから、かかる送達性物質およびそれを用いた全身または局所への薬物デリバリーシステムは、身体の様々な部位における疾患の治療に利用できることを見い出した。
【発明の効果】
【0008】
本発明の送達性物質は、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物を反応させて共有結合を形成する送達性に優れた物質である。そして、本発明の送達性物質を利用する薬物デリバリーシステムは、硝子体、網膜、視神経などの後眼部に送達性物質を長期間滞留させることができる。したがって、本発明の送達性物質を全身または局所に投与する薬物デリバリーシステムは、1回の投与で身体の特定部位の種々の疾患を長期に渡って治療または予防することを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物を共有結合させた送達性物質および該物質を利用する薬物デリバリーシステムである。本発明の送達性物質を全身または局所に投与すると、該物質が生体内のターゲット部位で長期間滞留するので、1回の投与で長期に渡り薬効を持続させることが可能となる。
【0010】
本発明は、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質および薬物が共有結合した下記一般式[1]で表される送達性物質を含有する眼疾患の治療剤、予防剤または検査剤である。
【化1】

【0011】
(式中、AおよびBは同一かまたは異なって薬物の残基を、Xはポリアルキレングリコールまたはポリアルキレングリコールの一方または両方の末端にアミノアルキル基、カルボキシアルキル基、メルカプトアルキル基、ヒドラジドアルキル基、マレイミドアルキル基、スルホニルアルキル基、ビニルスルホニルアルキル基若しくはビニルカルボニル基を導入したものを、Yはリン脂質の残基を、mは0または1以上の整数を、nは0または1を表し、mおよびnの少なくとも一方は0でなく、A、B、XおよびYはいずれも共有結合している。すなわち−は共有結合を表す。)
ここで、ポリアルキレングリコールとは、[−O−アルキレン−]を繰り返し単位として含むポリマーであって、該アルキレンは低級アルキル基又はヒドロキシ基で置換されていてもよく、好ましい具体例としては、該アルキレンが2〜3個の炭素鎖で形成されるものが挙げられ、より好ましい具体例としてはポリエチレングリコールまたはポリプロピレングリコールが挙げられる。また、ポリアルキレングリコールの反応性誘導体とは、ポリアルキレングリコールが薬物またはリン脂質と共有結合することができるように、ポリアルキレングリコールの末端を化学修飾したものをいう。ポリアルキレングリコールの反応性誘導体の好ましい例としては、ポリアルキレングリコールの一方または両方の末端にアミノアルキル基、カルボキシアルキル基、メルカプトアルキル基、ヒドラジドアルキル基、マレイミドアルキル基、スルホニルアルキル基、ビニルスルホニルアルキル基、ビニルカルボニル基などを導入したものが挙げられ、より好ましい例としてはアミノエチル基、アミノプロピル基、カルボキシメチル基、カルボキシエチル基、メルカプトエチル基、ヒドラジドメチル基を導入したものが挙げられる。
【0012】
なお、一般式[1]において、mが0である場合、ポリアルキレングリコールの片方の末端に位置するOH基は、アルキル基、アシル基等で保護されていてもよい。
【0013】
本発明において、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体は、鎖状型、星型、枝分かれ型のいずれでもよく、ターゲット部位における送達性物質の濃度、送達性物質を存在させる期間等を考慮して適宜選択できる。星型、枝分かれ型のポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体を用いることにより、1つの送達性物質に複数個の薬物を共有結合させることが可能となる。
【0014】
結合形態としては、薬物−ポリアルキレングリコール−リン脂質の形で結合していることが好ましいが、ポリアルキレングリコール−リン脂質−薬物の形で結合することもでき、また、薬物−ポリアルキレングリコール−リン脂質−薬物の形で結合することもできる。
【0015】
また、ポリアルキレングリコールの種類を選択することにより、ポリアルキレングリコールに複数個の薬物を結合させることもできる。さらに、リン脂質に薬物を結合させることにより、送達性物質に複数個の薬物を結合させることができる。
【0016】
本発明の送達性物質を構成するポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体の分子量には、特に制限はなく、生体内の薬物デリバリー部位、共有結合する薬物の種類・性質、送達性物質の要求濃度、送達性物質を滞留させる期間等を考慮して適宜選択できるが、通常、500〜200000であり、より好ましくは1000〜50000である。
【0017】
本発明において、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と共有結合させる薬物の化学構造には、特に制限はなく、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と結合し得る官能基を有しておればよい。具体例を挙げると、ヒドロキシ基、カルボキシル基、カルボニル基、アミノ基、アルケニル基等を有する薬物である。薬物の種類としては、各種の疾患に対して治療効果若しくは予防効果を有する全身または局所用の薬物であれば特に制限はなく、例えば抗炎症薬、免疫抑制薬、抗ウイルス薬、抗菌薬、抗真菌薬、抗腫瘍薬、神経保護薬、血流改善薬、抗緑内障薬、鎮痛薬、麻酔薬、血管新生阻害薬、検査薬などが挙げられる。また、網膜、視神経、硝子体などの疾患の治療または予防に用いられる薬物の場合には、種々の原因による内眼部炎症、ウイルスや細菌の感染症、新生血管や網膜細胞の増殖変化を伴った増殖性硝子体網膜症、種々の原因による網膜出血、網膜剥離、網膜芽細胞種などに有効な薬物が挙げられる。例えば、内眼部手術に伴う炎症の場合には、リン酸ベタメタゾン等の抗炎症薬が、自己免疫性ブドウ膜炎の場合には、シクロスポリン等の免疫抑制薬が、ウイルス性感染症の場合にはガンシクロビル等の抗ウイルス薬が、術後感染症の場合にはオフロキサシン等の抗菌薬が、増殖性硝子体網膜症の場合には塩酸ドキソルビシン、カルムスチン等の抗腫瘍薬、眼科用の検査薬などが用いられる。
【0018】
ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と薬物を共有結合させるには、薬物の官能基とポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体の官能基を考慮してこれらを化学反応させればよく、汎用される方法を用いて結合させることができる。ポリアルキレングリコールそのままでも共有結合を形成することができるが、その反応性誘導体を用いれば種々の薬物と共有結合を容易に形成することができる。例えばアミノ、チオール、カルボキシル、サクシニミジルカルボキシレート、エポキシド、アルデヒド、イソシアネート、マレイミド、アクリレート、ビニルスルホン等の種々の官能基を有するポリアルキレングリコールの反応性誘導体が市販されているので、これらの反応性誘導体と官能基を有する薬物とを化学反応させて共有結合を形成することができる。
【0019】
送達性物質において形成される共有結合としては、例えばエステル結合、アミド結合、エーテル結合、カルバメート結合、ウレア結合、チオウレア結合、スルフィド結合、ジスルフィド結合、スルホン結合、カーボネート結合、炭素炭素結合などが挙げられる。薬物の官能基、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体の官能基、リン脂質の官能基、生体内の滞留期間、患部の部位などを考慮して所望の共有結合を有する送達性物質を合成することができる。
【0020】
本発明において、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と共有結合するリン脂質には、特に制限はないが、例えば下記一般式[2]で示される化合物またはその塩が挙げられる。
【化2】

【0021】
(式中、RおよびRは、同一または異なっていて、水素原子、アルキル基、アルキルカルボニル基、アルケニル基またはアルケニルカルボニル基を、Zはアミノアルキル基、ジアミノアルキル基、ヒドロキシアルキル基またはジヒドロキシアルキル基をそれぞれ示す。)
リン脂質としては、毒性が低く、安全性に優れているものであれば、特に制限はなく、例えば大豆レシチン、卵黄レシチン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジン酸、合成レシチン等が挙げられる。一般式[2]で示される化合物中のRおよびRとしては、例えばラウロイル基、ミリストイル基、パルミトイル基、ステアロイル基、オレオイル基、リノレオイル基、薬物の残基などが、また、Zとしては、例えばアミノエチル基、ヒドロキシエチル基または2,3−ジヒドロキシプロピル基などが挙げられる。
【0022】
ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体とリン脂質が共有結合するためには、リン脂質に反応活性を有する官能基が必要であるが、その官能基は特に制限されない。例えばホスファチジルエタノールアミンにおけるアミノ基、ホスファチジルグリセロールにおける水酸基、ホスファチジルセリンにおけるカルボキシル基等の反応活性を有する官能基が挙げられる。特に好ましいリン脂質の具体例として、ホスファチジルエタノールアミンが挙げられる。
【0023】
ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体とリン脂質を共有結合させる方法としては、酸無水物を用いる方法、塩化シアヌルを用いる方法、カルボジイミドを用いる方法、グルタルアルデヒドを用いる方法などがあり、これらから最良の方法を適宜選択してポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体を有する化合物とリン脂質を共有結合させることができる。
【0024】
リン脂質と共有結合させることのできる薬物の化学構造は、特に制限されないが、リン脂質と結合し得る官能基を有しておればよい。薬物の種類としては、例えばポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と共有結合させる薬物として前記した薬物が挙げられる。また、リン脂質と共有結合させる薬物は、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体と共有結合させる薬物と同一の薬物であっても、異なる薬物であってもよく、疾患、症状、薬効等を考慮して適宜組み合わせることができる。
【0025】
本発明の送達性物質は、種々の方法により製造することができる。例えば、下式に示すように 化合物[A]をN−ヒドロキシコハク酸イミドと、縮合剤(例えばN,N−ジシクロヘキシルカルボジイミド)の存在下で反応させれば、化合物[B]の活性エステル体が得られる。次いで、化合物[B]の活性エステル部分にアミノ基を有するリン脂質を反応させると、化合物[C]のアミド体が得られる。化合物[C]のアミド体の保護基として導入していたt−ブトキシカルボニルを酸性下で脱保護し、化合物[D]のアミン体とし、このアミン体に活性カルボニル体(例えば、イソチオシアネート)を反応させることにより、本発明の送達性物質[E]を得ることができる。
【化3】

【0026】
(式中、RおよびRは前記と同意義であり、tは1以上の整数を表す。)
本発明の送達性物質を全身または局所に投与すれば、送達性物質が身体の特定の部位に滞留し、代謝されることが少ないので、当該部位において薬物が徐々に放出されることによって長期に渡って疾患の治療・予防効果を発揮する。また、身体の特定の部位に滞留した本発明の送達性物質自体が疾患の治療・予防効果を発揮することもある。したがって、本発明の薬物デリバリーシステムは、特にこれまで治療の困難であった身体の特定部位の治療を1回の投与で長期に渡って治療することを可能とする。
【0027】
本発明の薬物デリバリーシステムは、本発明の送達性物質を全身または局所に投与することによって、身体の特定部位における種々の疾患の治療または予防のために利用できる。具体的疾患としては、種々の原因による炎症、ウイルスや細菌の感染症、免疫不全、腫瘍、新生血管や網膜細胞の増殖変化を伴った増殖性硝子体網膜症、視神経疾患、網膜出血、網膜剥離、網膜芽細胞腫などが挙げられる。また、種々の検査薬が共有結合した送達性物質を全身または局所に投与すれば、各種の検査に利用することができる。
【0028】
送達性物質中の薬物含有率は、当該薬物の有効濃度を経時的に維持するのに適当な含有率とすることが望ましい。
【0029】
本発明の効果は、後述の眼内滞留性試験で詳細に説明するが、モデル薬物としてフルオレセインを共有結合させた送達性物質について、硝子体内注入後の内眼部(硝子体及び網膜)における当該送達性物質の滞留性を検討した結果、本発明の送達性物質は、硝子体ばかりでなく網膜においても、長期間(56日以上)に渡って滞留することが明らかとなった。また、視神経保護作用を有することが報告されているDizocilpine(薬物)およびDizocilpineを共有結合させた送達性物質の硝子体内注入後の眼内動態を比較検討したところ、本発明の送達性物質の硝子体、網脈絡膜および視神経における濃度はDizocilpineを用いた場合よりも100倍以上も高く、消失半減期も著しく延長されることが明らかとなった。
【0030】
これらの試験結果より、本発明のポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体および/またはリン脂質と共有結合させる薬物を適宜選択することにより、全身または局所の種々の疾患を少ない投与回数で有効に治療することが可能となる。また、本発明の薬物デリバリーシステムを用いれば、網膜、視神経、硝子体をはじめ身体の特定の部位に送達性物質を効率よく滞留させることができるので、ポリアルキレングリコール若しくはその反応性誘導体、リン脂質等と共有結合させる薬物の量を低減することが可能となり、副作用の軽減効果も期待できる。
【0031】
本発明の送達性物質は、生体内の特定の部位に効率よく滞留するので、局部の疾患の治療に特に有効であり、その製剤形態は、特に限定されないが、注射剤、輸液、錠剤、軟膏剤、乳剤、懸濁剤などが挙げられる。例えば眼部の疾患に対しては点眼剤、注射剤、灌流液、イオントフォレーシス、針なし注射等の各種の剤型、投与方法を利用できる。本発明の薬物デリバリーシステムにおける送達性物質は、汎用される処方により、その投与方法(眼内投与など)に適した製剤形態に調製できる。例えば、注射剤は、具体的調製例を実施例の項で説明するが、前記の製造方法で製造した送達性物質をBSS(Balanced Salt Solution)溶液、グリセリン溶液、ヒアルロン酸溶液などに溶解させて調製することができ、必要に応じ安定化剤、等張化剤、緩衝剤、pH調節剤、保存剤などを適宜添加することができる。
【0032】
安定化剤としては、例えばエデト酸、エデト酸ナトリウム等を挙げることができる。等張化剤としては、例えばグリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ソルビトール、マンニトール等を挙げることができる。緩衝剤としては、例えばクエン酸、ホウ酸、リン酸水素ナトリウム、氷酢酸、トロメタモール、イプシロン-アミノカプロン酸等を挙げることができる。pH調節剤としては、例えば塩酸、クエン酸、リン酸、酢酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等を挙げることができる。保存剤としては、例えばソルビン酸、ソルビン酸カリウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、パラオキシ安息香酸エステル、安息香酸ナトリウム、ジブチルヒドロキシトルエン、クロロブタノール、グルコン酸クロルヘキシジン等を挙げることができる。
【0033】
以下に実施例を挙げて本発明を説明するが、これらの実施例は本発明の理解を助けるためのものであって、発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0034】
a.送達性物質の製造
本発明の薬物デリバリーシステムに使用できる送達性物質の製造例を以下に示す。
【0035】
実施例1
(1)送達性物質A:
i)ポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルコールの一方の水素原子がチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がカルボニルエチルで置換されたもの、
ii)フルオレセインおよび
iii)L−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの[化学式6]
ポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルココールの一方の水素原子がフルオレセイニルチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がサクシニミジルオキシカルボニルエチルで置換された活性エステル体[Fluor-NHS-5k:日本油脂社製](0.20g、約40μmol)とL−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(61mg、82μmol)に塩化メチレン(10ml)、クロロホルム(5ml)、トリエチルアミン(25μl、0.18mmol)を加え一夜室温で攪拌した後、トシル酸(40mg,0.21mmol)を加え減圧濃縮した。2−プロパノール(5ml)を加え室温で30分間攪拌後結晶を濾取し、その結晶にメタノール(10ml)を加えて不溶物を濾去した。濾液を減圧濃縮し、残留物に2−プロパノールを加えて濾取すると、送達性物質A151mgがオレンジ色結晶として得られた。
【0036】
mp:56.5−64.5℃
IR(KBr,cm−1):2886、1741、1611、1468、1344
【化4】

【0037】
(2)送達性物質B:
i)ポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルコールの一方の水素原子がチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がカルボニルエチルで置換されたもの、
ii)フルオレセインおよび
iii)L−α−ジオレオイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの
mp:49.0−51.0℃
IR(KBr,cm−1):2889、1741、1613、1468、1344
(3)送達性物質C:
i)ポリエチレングリコール(分子量1000)の末端アルコールの一方の水素原子がチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がカルボニルエチルで置換されたもの、
ii)フルオレセインおよび
iii)L−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの
mp:55.0−65.0℃
IR(KBr,cm−1):3313、2917、2850、1748、1617、1540、1468、1349
(4)送達性物質D :
i)ポリエチレングリコール(分子量10000)の末端アルコールの一方の水素原子がチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がカルボニルエチルで置換されたもの、
ii)フルオレセインおよび
iii)L−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの
mp:55.0−60.0℃
IR(KBr,cm−1):2885、1745、1614、1468、1343
(5)送達性物質E:
i)ポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルコールの一方の水素原子がチオウレイドエチルで置換され、他方の水素原子がカルボニルエチルで置換されたもの、
ii)フルオレセインおよび
iii)L−α−ジミリストイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの
mp:65.0−75.0℃
IR(KBr,cm−1):2886、1774、1618、1467、1344
実施例2
送達性物質F:
i)ポリエチレングリコール(分子量5000)の両末端アルコールの水素原子をカルボニルエチルで置換したもの、
ii)(±)−3,4−ジヒドロ−2−[5−メトキシ−2−[3−[2−(3,4−メチレンジオキシ)フェノキシエチルアミノ]プロポキシ]フェニル]−4−メチル−3−オキソ−2H−1,4−ベンゾチアジンおよび
iii)L−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの[化学式7]
(±)−3,4−ジヒドロ−2−[5−メトキシ−2−[3−[2−(3,4−メチレンジオキシ)フェノキシエチルアミノ]プロポキシ]フェニル]−4−メチル−3−オキソ−2H−1,4−ベンゾチアジン 一シュウ酸塩[この化合物は、特開昭62−123181号公開公報にその製造方法が開示されている。](54mg、88μmol)にクロロホルム(5ml)を加え、室温で攪拌した。トリエチルアミン(0.04ml、0.3mmol)、次いでポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルココールの一方の水素原子がL−α−ジステアロイルホスファチジルオキシエチルアミノカルボニルエチルで置換され、他方の水素原子がサクシニミジルオキシカルボニルエチルで置換された活性エステル体[DSPE-NHS-5000:日本油脂社製](0.30g、約50μmol)を加えた。一時間後パラトルエンスルホン酸一水和物(0.20g、1.1mmol)を加え減圧濃縮した。2−プロパノール(20ml)を加え、室温で15分間攪拌後不溶物を濾取すると、送達性物質F0.28gが無色結晶として得られた。
【0038】
mp:51.7-56.1℃
IR (KBr,cm−1):2887, 1742, 1467, 1113
【化5】

【0039】
実施例3
送達性物質G:
i)ポリエチレングリコール(分子量5000)の両末端アルコールの水素原子をカルボニルエチルで置換したもの、
ii)[5R,10S]−(+)−5−メチル−10,11−ジヒドロ−5H−ジベンゾ[a,d]シクロヘプテン−5,10−イミン[Dizocilpine]および
iii)L−α−ジステアロイルホスファチジルエタノールアミンを共有結合させたもの[化学式8]
窒素雰囲気下、[5R,10S]−(+)−5−メチル−10,11−ジヒドロ−5H−ジベンゾ[a,d]シクロヘプテン−5,10−イミン[Dizocilpine] マレイン酸塩(0.12g、0.36mmol)に塩化メチレン(6.4ml)を加え、室温で攪拌した。トリエチルアミン(0.18ml、1.3mmol)、次いでポリエチレングリコール(分子量5000)の末端アルココールの一方の水素原子がL−α−ジステアロイルホスファチジルオキシエチルアミノカルボニルエチルで置換され、他方の水素原子がサクシニミジルオキシカルボニルエチルで置換された活性エステル体[DSPE-NHS-5000:日本油脂社製](1.9g、約0.32mmol)を加え一夜攪拌した。反応溶液を減圧濃縮後0.1N塩酸(100ml)を加え、クロロホルム(100ml)で3回抽出した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。減圧濃縮後、残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分離精製し、生じた結晶をジエチルエーテルで濾取すると、送達性物質G0.27gが無色結晶として得られた。
【0040】
mp:52.4-56.9 ℃
IR (KBr,cm−1):3434, 2885, 1742, 1715, 1467, 1344, 1149, 1120
【化6】

【0041】
b.製剤例(注射剤)
送達性物質G30mgに滅菌した2.6%グリセリン溶液10mLを加え、この液を攪拌しながら60℃に加温し、送達性物質Gを溶解させた注射液を調製した。本発明の送達性物質の種類および添加物の混合比を適宜変更することにより、所望の注射液を得ることができる。
【0042】
c.フルオロフォトメトリー法による眼内滞留試験
蛍光色素を含有する送達性物質AおよびBを用いて、以下の方法で眼内滞留試験を行った。
【0043】
送達性物質の調製:
送達性物質AおよびB各36mgに滅菌した2.6%グリセリン溶液10mLを加え、この液を攪拌しながら60℃に加温し、送達性物質A、Bを溶解させて注射液を調製した。また、比較のために、送達性物質A、Bの代わりにフルオレセインナトリウムを用い、上記と同様の操作をして、フルオレセインナトリウムの10μg/mLの注射液を調製した。
【0044】
投与方法及び測定方法:
1)塩酸ケタミン水溶液(50mg/mL)と塩酸キシラジン水溶液(50mg/mL)の7:3混合溶液を白色家ウサギに筋肉内投与し麻酔した。
【0045】
2)両眼にトロピカミド(0.5%)/塩酸フェニレフリン(0.5%)点眼液を点眼し散瞳させた。
【0046】
3)両眼に塩酸オキシブプロカイン(0.5%)点眼液で眼表面麻酔した。
【0047】
4)眼毛様体扁平部より30G針の注射器を用いて、上記各注射液を硝子体中央部に投与した。
【0048】
5)硝子体内投与直後、投与後1、4、7、15、35および56日後にフルオロフォトメトリー装置を用いて、経時的に眼内蛍光強度を測定し、検量線を作成して硝子体および網膜における濃度推移を求め、それぞれの半減期を算出した。なお、眼内蛍光強度を測定する前に、上記1)と2)の操作を行った。
【0049】
結果:
送達性物質AおよびB、並びにフルオレセインナトリウムの硝子体内における半減期を表1に、また、これらの網膜内おける半減期を表2に示した。なお、表1および表2中の数値は、各3例の平均値を示す。
【表1】

【0050】
(表中の値は、硝子体注入後1〜35日間のデータからモーメント法を用いて算出した値を示す。)
【表2】

【0051】
(表中の値は、硝子体注入後1〜56日間のデータをモーメント法を用いて算出した値を示す。)
考察:
表1から明らかなように、本発明の送達性物質AおよびBの硝子体内における半減期は5.0〜7.0日であるのに対し、フルオレセインナトリウムの注射液では5時間未満にすぎないので、本発明の送達性物質は硝子体内における滞留期間を顕著に延長する。また、表2により、本発明の送達性物質の網膜における半減期は16.5〜19.5日であるのに対し、フルオレセインナトリウムの注射液では2.5時間未満にすぎないことから、硝子体内に投与した本発明の送達性物質は網膜に移行して網膜内で長期間滞留していることが窺える。
【0052】
d.放射性同位体を用いた眼内滞留試験
送達性物質Gの内眼部(硝子体、網膜、視神経等)における滞留効果を検討するために、以下の方法で放射性同位体を用いた眼内滞留試験を行った。
【0053】
薬液調製:
送達性物質G9 mgを秤取り、5 mLメスフラスコ内で2.6%グリセリン溶液に溶解させ、全量を5mLとした。また、別の試験管に送達性物質Gをトリチウム[H]で置換した化合物(以下「送達性物質G[H]」という)37 MBq/mLのトルエン/エタノール溶液(1:1) 200μLを加え、窒素気流下でトルエン/エタノールを留去した。この試験管に、先に調製した5 mLの送達性物質Gの溶液を加えて撹拌し、投与液とした。一方、[5R,10S]−(+)−5−メチル−10,11−ジヒドロ−5H−ジベンゾ[a,d]シクロヘプテン−5,10−イミン[Dizocilpine] マレイン酸塩(以下「比較物質X」という)0.96 mgを秤取り、10mLメスフラスコ内で2.6%グリセリン溶液に溶解させ、全量を10mLとした。また、別の試験管に比較物質Xをトリチウム[H]で置換した化合物(以下「比較物質X[H]」という)37 MBq/mLのエタノール溶液を400μL加え、窒素気流下でエタノールを留去した。この試験管に、先に調製した10 mLの比較物質Xの溶液を加えて撹拌し、投与液とした。なお、調製に際しては、すべて滅菌した器具を用いた。
【0054】
硝子体内への注入:
日本白色ウサギに、 塩酸ケタミン水溶液と塩酸キシラジン水溶液の7:3混合溶液を1 mL/kgの割合で筋肉内注射し,麻酔した.つぎに、塩酸オキシブプロカイン(0.5%)点眼液で眼表面麻酔した後,各被験物質の投与液(100μL /eye)を30G針を用いて硝子体に注入した.注入は、網膜に針を刺さないように、針にストッパーをつけて行った。表3に各投与液の濃度、投与量等を示す。
【表3】

【0055】
試料採取:
投与後所定日に、ペントバルビタールナトリウム水溶液(50 mg/mL) 5 mLを日本白色ウサギの耳静脈に投与し麻酔致死させた。眼球を約10 mLの生食で洗浄した後、目頭または目尻にハサミを入れて眼球の周囲を切り、眼球を摘出した。眼球は生理食塩水で 2 回洗浄し、過剰の水分を紙で拭き取った。眼球結膜を取り除いた後、房水を1 mLシリンジを用いて約0.2 mL採取した。次に、眼球を液体窒素に浸し凍結させ、カミソリで赤道部分から 2分割し、前部より硝子体、水晶体、虹彩・毛様体、及び角膜、後部より硝子体、網脈絡膜、視神経を採取した。
【0056】
測定用試料の調製:採取した硝子体、網脈絡膜および視神経の湿重量を測定した。測定後、組織溶解剤を用いて溶解させた後、液体シンチレーターを加えた。
【0057】
標準放射能試料の調製:
送達性物質G[H]投与液および比較物質X[H]投与液をそれぞれ1000倍希釈して、これらを標準放射能試料とした。
【0058】
定量方法:
調製した測定試料および標準放射能試料の放射能濃度を液体シンチレーションカウンターで測定した。各標準放射能試料の放射能より、被験物質 1 ng当たりの放射活性 A(dpm/pmol)を求め、次式より各組織中放射能濃度を算出した。
【数1】

薬物動態パラメーターの算出:
硝子体内に注入後1〜21日間の眼内組織における各被験物質濃度推移から、モーメント法により消失半減期を算出した。
【0059】
結果:
送達性物質Gおよび比較物質Xの硝子体内注入後の硝子体、網脈絡膜、視神経における各濃度推移をそれぞれ図1、図2、図3に示す。また、送達性物質G、比較物質Xの硝子体および網膜における半減期をそれぞれ表4、表5に示す。なお、表4および表5中の数値は、各3例の平均値を示す。
【表4】

【表5】

【0060】
考察:
図1〜3から明らかなように、送達性物質Gを硝子体に投与した場合に、当該送達性物質が硝子体、網脈絡膜および視神経などの後眼部に移行して長期間に渡って高濃度で滞留している。また、表4および表5より、送達性物質の半減期は、比較物質Xの半減期よりも6〜10倍程度延長される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】硝子体組織における経時的濃度変化(21日間)を示す図である。
【図2】網脈絡膜組織における経時的濃度変化(21日間)を示す図である。
【図3】視神経組織における経時的濃度変化(21日間)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアルキレングリコール、リン脂質および薬物が共有結合した下記一般式[1]で表される送達性物質を含有する眼疾患の治療剤、予防剤または検査剤。
【化1】

(式中、AおよびBは同一かまたは異なって薬物の残基を、Xはポリアルキレングリコールまたはポリアルキレングリコールの一方または両方の末端にアミノアルキル基、カルボキシアルキル基、メルカプトアルキル基、ヒドラジドアルキル基、マレイミドアルキル基、スルホニルアルキル基、ビニルスルホニルアルキル基若しくはビニルカルボニル基を導入したものを、Yはリン脂質の残基を、mは0または1以上の整数を、nは0または1を表し、mおよびnの少なくとも一方は0でなく、A、B、XおよびYはいずれも共有結合している。)
【請求項2】
ポリアルキレングリコールの分子量が500〜200000である請求項1記載の治療剤、予防剤または検査剤。
【請求項3】
眼疾患が網膜、視神経または硝子体疾患である請求項1記載の治療剤、予防剤または検査剤。
【請求項4】
薬物が、抗炎症薬、免疫抑制薬、抗ウイルス薬、抗菌薬、抗真菌薬、抗腫瘍薬、神経保護薬、血流改善薬、抗緑内障薬、鎮痛薬、麻酔薬、血管新生阻害薬または検査薬である請求項記載の治療剤、予防剤または検査剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−262078(P2007−262078A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−130010(P2007−130010)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【分割の表示】特願2001−103947(P2001−103947)の分割
【原出願日】平成13年4月2日(2001.4.2)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】