説明

透析促進剤および金属回収方法

【課題】
煩雑な工程を使用せず、かつ、比較的簡便な設備によって、リチウムイオン電池から有価金属を回収する方法を提供する。
【解決手段】
リチウム及び遷移金属元素とを含むリチウムイオン電池の正極材を酸性溶液に溶解させてリチウムイオンと遷移金属イオンとを酸性溶液内に生成させ、その酸性溶液と回収液とを陰イオン透過膜を挟んで流してリチウムイオンを酸性溶液から回収溶液へ透析させ、透析でリチウムイオンが溶解した回収液から、リチウムイオンを回収する。このときに、リチウムイオンの水和構造の水和構造を破壊する添加剤を添加することにより、リチウムイオンの透過膜透過速度が向上し、リチウム選択透過率及び回収率が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池の正極部材からの有価金属を回収する方法および透析処理液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の携帯化が進むにつれて2次電池の使用量が急激に増大している。携帯電話や携帯型音楽プレイヤーなどの比較的小電力の機器に限らず、電動工具、電動自転車、電気自動車などの高出力を要する機器へも2次電池の適用が広がるに至り、高エネルギー密度が得られるリチウムイオン電池に注目が集まっている。高出力機器への適用が増えたことにより、使用済み電池からの有価物回収の必要性が高まっており、リチウムイオン電池からの有価金属を回収するためのさまざまな技術が提案されている。
【0003】
例えば、非特許文献1にはリチウムイオン電池のリサイクル技術が特集されており、リチウムイオン電池を構成する有価金属類を回収する方法が系統的に説明されている。非特許文献1に掲載された典型的なリサイクル方法によると、例えば、使用済みリチウムイオン電池は開封・解体・粉砕などの機械的な処理の後に、酸滲出によって有価金属を溶解させ、そこから、所望成分毎の溶解特性の差を利用して、成分毎に分別して沈殿形成させる、あるいは所望成分を優先的に溶媒抽出するなどの処理によって所望成分毎に分別回収される。
【0004】
特許文献1では、陰極液として酸滲出によって得られる有価金属を溶解液と陽イオン交換膜を隔膜とする隔膜電解を用いる銅およびコバルトの回収技術が提案されている。この技術では、陰イオン交換膜を用いた拡散透析法の併用により、滲出酸を循環使用できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3675392号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Jinqiu Xu et al.,“A review of processes and technologies for the recycling of lithium−ion secondary batteries”, Journal of Power Sources, vol.177, pp.512−527(2008)
【非特許文献2】Yanjie Zhang et al.,“Specific Ion Effects on the Water Solubility of Macromolecules: PNIPAM and the Hofmeister Series”, Journal of American Chemical Society, vol.127, pp.4505‐14510(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1においては、さまざまな工夫により有価物の回収率向上と回収物の高純度化の両立を目指しているが、工程が煩雑であるうえ、多量の廃電池を処理するには莫大な設備投資が必要という点で改善の余地が大きい。
【0008】
特許文献1においては、イオン交換膜が有する特性を上手く活用して比較的簡単な設備で高純度な回収を実現している。具体的には、陽イオン交換膜が有するイオン選択特性を利用した比較的簡便な設備(特許文献1 図2に示す隔膜電解槽)と陰イオン選択膜の陰イオン選択性を利用した拡散透析設備(説明図なし)を用いる。より具体的に説明すると、隔膜電解による銅の電析回収→pH調整→隔膜電解によるコバルトの電析回収→pH調整→Fe(OH)およびAl(OH)の沈殿回収→炭酸塩添加によるLiCO回収という一連の処理により主要有価金属を全て回収できる。この技術によると、銅(2価イオン)およびコバルト (3価イオン)を電気化学的に還元して回収するので高純度な金属を得ることができるが、多量の廃電池を処理する場合には莫大な電気量の印加が必要という点で改善の余地がある。
【0009】
例えば、約100kgのコバルトを回収するためには、1アンペアの電流を約100時間流し続ける必要があるが、その前に銅の電析でもほぼ同等の電気量を印加するのであるから、隔膜電解だけで全ての金属を回収することは案外な手間を要するのである。さらに、多段のpH調整を経るごとに液量が増大するために一連の処理の最終段階でLiCOを回収する際にはリチウムの濃度が低下しており、炭酸塩を添加してもリチウムの回収率は必ずしも高くならないことが多い。炭酸リチウムの飽和溶解度は20℃で1.3wt%もあるので液量が多くなるほど未回収成分が増えるためである。これを避けるためには濃縮工程を追加するなどの処理が必要である。さらに、Fe(OH)やAl(OH)は弱酸性〜中性の水溶液中でゲル状化しやすい傾向があるため、特許文献1の技術に基づいてFe(OH)やAl(OH)を濾別回収する工程の操作は容易ではなく、一方、濾別操作を容易化するために液を希釈するとリチウムの回収率が低下する。また、Fe(OH)やAl(OH)のゲル状沈殿の表面はリチウムイオンを吸着する特性もあるので、この観点でもリチウム回収率を大幅に改善することは難しい。
【0010】
本願発明の目的は、上記先行技術のような煩雑な工程を使用せず、かつ、比較的簡便な設備によって、リチウムイオン電池から有価金属を効率よく回収する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願において開示される発明のうち代表的なものの概要を簡単に説明すれば次のとおりである。
【0012】
リチウムと遷移金属元素とを含む正極活物質を滲出して得られた溶解液に、リチウムイオンの膜透過速度に影響を与える物質として、水和構造を破壊してみかけのリチウムイオンサイズを小さくする機能をもつ物質を添加し、その後に透析を行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、透析前にリチウムイオンの水和水を除去し、みかけのリチウムイオンサイズを小さくし、その状態で透析することによりリチウムイオンの膜透過速度を大きくすることで、リチウムの選択透過率及び回収率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る第一の実施例の有価金属を回収するための工程フロー概略である。
【図2】本発明の実施例にかかる透析膜を用いた透析装置の1形態を示す概略図である。
【図3】本発明に係るリチウムイオンの水和構造を破壊する物質の中で、特にグアニジン酸塩類についての水和構造の破壊力の序列と分子構造因子との関係を示す図である。
【図4】本発明に係るリチウムイオンの水和構造を破壊する物質の中で、特に有機化合物についての水和構造の破壊力の序列と分子構造因子との関係を示す図である。
【図5】本発明に係る透析処理によるLi/Co濃度比の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本願発明を実施するための形態を説明する。なお、図を用いて説明する場合には図面を構成する各部品にはそれぞれ符号を付して説明を施すが、同一機能の場合には符号や説明を省略する場合がある。また、図中に示した各部品の寸法は実際の部品寸法を反映した縮尺には必ずしも一致していない場合がある。
【実施例1】
【0016】
本実施例の廃リチウムイオン電池(以下、廃電池)からの金属回収の工程フロー概略を図1に示す。
【0017】
廃リチウム電池(以下、廃電池)から有価金属を回収するためには、まず電池を解体(S101)する必要があるが、解体に先立って、電池内に残っているかもしれない電荷を放電する。
【0018】
本実施例では、電解質を含有する導電性液体中に電池を浸漬することによって電池内に残っている電荷を放電させる。本実施形態においては、電解質を含有する導電性液体として硫酸/γブチロラクトン混合溶液を用いた。この混合溶液中では硫酸が電解質として作用するので硫酸濃度を調節することによって導電率(抵抗値の逆数)を調整した。本実施例では、放電槽の右端〜左端までの距離間で溶液の電気抵抗を実測したところ、100kΩであった。溶液の抵抗値が小さすぎると、放電が急速に進みすぎて危険であるし、逆に、抵抗値が大きすぎると放電に時間がかかりすぎて実用性が低下する。本実施例では、溶液抵抗が1k〜1000kΩ程度の範囲にあることが望ましく、この抵抗値範囲に入るように電解質濃度を調整すると良い。
【0019】
本実施例で好適な電解質としては、硫酸のほか、塩酸や硝酸、蟻酸などの酸類、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸カルシウム、硫酸マグネシウムなどの塩類、水酸化カリウム、水酸化セシウム、水酸化リチウム、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドなどの塩基類などである。また、これらの電解質を溶解して導電性液体となすための溶媒としては、γブチロラクトンの他、スルホラン、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、NMP(N−メチルピロリジノン)、ジメトキシエタン、テトラメチル尿素、ジメチルイミダゾリジノン、ジメチルスルホン、水、アセトニトリル、あるいはこれらの混合物などが使用できる。
【0020】
改めて指摘するまでもないことであるが、本願発明の廃電池は、所定の充放電回数の限界に達して充電容量が低下してしまったいわゆる使用済み電池の他に、電池製造工程内での不具合などで発生する半製品、製品仕様変更に伴って発生する旧型式在庫整理品なども含む。
【0021】
放電処理後の電池は、適宜な方法を用いて、筐体、パッキン・安全弁、回路素子類、スペーサ、集電体、セパレータ、正極および負極の電極活物質などの電池構成部材をそれぞれ部材毎に分離する(S102)。なお、廃リチウムイオン電池は内部にガスが充満して加圧状態になっていることが多いので、作業安全上の配慮が必要であることは言うまでも無い。本実施例では、電解質を含有する導電性液体に浸漬した状態で冷却しながら湿式粉砕した。冷却下での湿式粉砕を採用したことにより、電池内部に充満しているガスを大気中に飛散させることなく安全に破砕できた。また、集電体表面に塗工・成形された正極活物質および負極活物質をそれぞれの集電体表面からの剥離を促進するために、電解質を溶解する電解質を含有する導電性液体の組成を調整することは差し支えない。なお、放電工程に使用する導電性液体では導電性が留意すべき特性であり、湿式粉砕工程に使用する導電性液体では粘度や誘電率が留意すべき特性である。放電工程と湿式粉砕工程では要求仕様が異なるので、工程毎に使用する導電性液体の組成を換えても良いが、その場合には2種類以上の導電性液体を準備する必要がある。本実施例では、簡便化や手間・コストの抑制の観点から、同一の組成とした。
【0022】
本実施例で使用可能な湿式粉砕法としては、例えばボールミルなどの方法があるが、必ずしもこれに限るわけではない。筐体、パッキン・安全弁、回路素子類、スペーサ、集電体、セパレータ、電極活物質などの構成部材のうち、正極の電極活物質(正極活物質)と負極の電極活物質(負極活物質)が優先的に破砕する条件で破砕した後に、篩い分け処理を施す。これにより、正極活物質と負極活物質は篩い下、それ以外の部材は篩い上に分別回収される。本実施例においては篩い分けを用いたが、もともと湿式にて粉砕しているのであるから、湿式粉砕によって得られたスラリーをそのまま比較的目の粗いフィルターを用いて濾別処理にて分別しても良い。湿式粉砕〜濾別の連続処理を導入することにより、回収率が向上する可能性もある。なお、筐体、パッキン・安全弁、集電体(アルミ箔、銅箔)などは、正極活物質(典型的にはLiCoO)や負極活物質(典型的にはグラファイト)よりも延展性が大きく、従って破断強度も大きい。この特性のために、電極活物質の破砕物はそれ以外の部材から得られる破砕物よりもサイズが小さくなり、その結果として、篩い分けあるいは濾別によって容易に分別回収できるのである。
【0023】
篩い下物の破砕物には負極活物質が混入しているため、正極活物質と負極活物質とを比重差分離で分離し、負極活物質を除去する。
【0024】
上記処理によって得られた負極活物質が分離されて、主な成分が正極活物質のみとなった篩い下物は、鉱酸、有機酸、純水などからなる滲出液で酸溶解(滲出)する(S103)。本実施例で使用できる滲出液のうち鉱酸としては、塩酸のほか、硫酸、リン酸、硝酸あるいはこれらの混合酸を用いることができる。有機酸としては、リンゴ酸、クエン酸、シュウ酸、ギ酸、酢酸あるいはこれらの混合酸を用いることができる。また、LiCoOを主とするリチウム化合物の溶解量を増やすため過酸化水素水などを添加してもよい。リチウム化合物の種類や組成、処理量、処理時間、コストなどを考慮して、これらの中から適宜選択できる。本実施例では、硫酸と過酸化水素水の混合溶液を滲出液として用いた。LiCoOと滲出液を混合し1時間攪拌した後、15000rpm、20℃、15分間遠心分離して溶解液A(S104)と残渣である固体成分B(S105)に分離した。
【0025】
上記の滲出処理が終了した後、溶け残っている固体成分B(遷移金属a,b,・・)は滲出液をろ過することによっても除去できる。
【0026】
滲出により得られた溶解液Aは透析膜を用いる透析槽へ運ばれて透析にかけられる(S106)。溶解液A中に含まれ透析回収される金属イオンはリチウムとコバルト(その他の遷移金属)であり、リチウムとそれ以外とはイオン価数の違いがあるため、透析処理によって分別回収できる(S108、S109)。滲出の残渣である固体成分Bの成分と透析処理により得られた溶液に含まれる遷移金属a,b,・・とは同一の成分を含んでいるので、S109で統合回収され、その後、各成分、遷移金属a,b,・・にそれぞれ分別されて回収される。遷移金属a、bには、例えば、コバルトが含まれる。
【0027】
S106の透析処理について詳細は以下の通りである。本実施例で使用する透析槽8の概略構造を図2に示す。
【0028】
図2に示した透析槽8には、ろ過処理後の溶解液を供給するための溶解液流入口2および透析を受けた溶解液で、コバルトなど遷移金属を含む回収液が流出する溶解液流出口3を備えた透析用加圧タンク6と、リチウムを透析回収するための回収液を供給するための回収液流入口4および透析膜1を透過して出てきた酸およびリチウムを溶かし込んでいる回収液が流出する回収液流出口5を備えた回収液タンク7が備え付けられている。また、上記透析用加圧タンク6と回収液タンク7とは透析膜1を介して接続された構造となっている。本実施例では透析膜1として旭硝子製の拡散透析用の陰イオン交換膜であるセレミオンDSV(登録商標)を加工して透析用加圧タンク6と回収液タンク7との間にはめ込んで使用した。本実施例では他のイオン交換膜を使用することもできるが、その場合、イオン輸率や耐酸化性を考慮して選定することが望ましい。ここに示した図2は概略図であるため詳細が省略されているが、各流入口・流出口にはそれぞれ流量計、圧力計が設けられ、また、透析用タンク6や回収液タンク7には液量計が設けられている。改めて指摘するまでも無いが、導電率計、pH計、イオン濃度計などのセンサ類のほか、液の流れを整流するための整流機構、加圧するための加圧機構、全体を制御するための制御機構など、透析槽8の機能を実現するために必要な機器・装備は過不足なく備え付けられている。また、透析機能を最大限発揮することを目的に、滲出液の流れと回収液の流れが透析膜の両面でほぼ向流となるような流路配置となっている。
【0029】
S104によって得られる酸滲出後の溶解液Aは、図2に示す透析槽8の溶解液流入口2から供給されて溶解液流出口3に向かって流れ、流入口2から流出口3に至る間に透析膜1の表面を通過するように工夫されている。透析膜1の表面を通過する際に、溶解液中に溶解しているリチウムイオン、酸などが透析膜1の表面に吸着し、透析膜1の内部を拡散していくことにより、回収液側とイオン交換する仕組みである。
【0030】
透析は、加圧や吸引、遠心など圧力をかけてもよいし、常圧で行ってもよい。ただし、拡散透析だけでは透析終了までに長時間を要するので、多量の廃電池の処理には適さない。加圧機構が不要で、また加圧に要するエネルギーも節約できるなどのメリットもあるため、小規模なリサイクルを低コストで実現したい場合であれば拡散透析だけでも対応できる。一方、特許第3675392号公報などに記載されている電気透析法を使えば、1段の透析処理で濃縮回収液を得ることができるが、濃縮には電気エネルギーが必要となるので、電気透析だけで莫大な量の滲出液を処理することは現実的とは言えず、圧力透析との併用が望ましい。
【0031】
本実施例では、透析処理する前に、溶解液Aに、リチウムイオンの水和構造を破壊する物質を添加する(S107)。イオンの水和構造を破壊する物質として、非特許文献2には、硫酸イオン、塩化物イオン、チオシアン酸イオンなどが例示されている。また、非特許文献2にはこれらの陰イオンの水和構造の破壊力の順列は、下記の通りであるという記載がある。
【0032】
硫酸イオン>塩化物イオン>チオシアン酸塩イオン
発明者らは上記3種類の陰イオン(硫酸イオン、塩化物イオン、チオシアン酸塩イオン)を対イオンとするグアニジン塩類、具体的には、グアニジン硫酸塩、グアニジン塩酸塩、グアニジンチオシアン酸塩の水和構造破壊力を計測する方法を開発して、窒素原子上の電荷密度と水和構造破壊力に相関があることを見出した。その計測方法では、非特許文献2に記載の陰イオンの水和構造の破壊力の順列を再現できたことに加えて、水和構造の破壊力を数値化して評価することを可能とした。その計測方法は、は、TLC(Thin‐Layer Chromatography)によって行った。
【0033】
まず、キャピラリーなどの針状物質でイオン性物質(リチウムイオンやコバルトイオン)を含む溶液をシリカ製のTLCの端にスポットする。各グアニジン塩の水溶液中にイオン性物質がスポットされたTLCの端面を浸漬すると、グアニジン塩水溶液とともにスポットした側と逆の端面に向かってイオン性物質のスポットが移動するので、その移動度を測定する。水和構造を有しているイオン性物質ほど、移動度が大きい。したがって、グアニジン塩が水和構造を破壊していれば、イオン性物質のシリカへの結合力が大きくなり、スポットの移動度は減少する。
【0034】
数1のように、イオン性物質の移動度Rfを、イオン性物質の移動距離D1をグアニジン塩水溶液の移動距離D2で除して定義する。Rfは、イオン性物質のTLC表面(シリカ)への結合力に関係する。
(数1) Rf=D1/D2
発明者らの測定によると、移動度Rfは、グアニジン塩水溶液の濃度C[M]に対し、ほぼ直線的に変化した。そのため、測定で得られた値を最小二乗法で数2のように近似した。m及びaは、定数である。
(数2) Rf=m・C+a
そして、グアニジン塩の水和構造破壊力Δmを、数3のように定義した。
(数3) Δm=mCo−mLi
mが小さい(負の値で絶対値が大きい)ほど、イオン性物質の水和構造が破壊されてシリカとの結合力が大きくなり、水溶液の移動に追従していかなくなることを示している。すなわち、Δmが大きいほど、コバルトイオンへの水和構造の破壊力に比して、リチウムイオンの水和構造の破壊力が大きいということである。高い選択透析性能を得るには、Δmは2以上であることが望ましい。
【0035】
発明者らは、種々のグアニジン塩について、濃度を変化させながら測定を行った。発明者らの検討の結果として、水和構造の破壊力は、当該物質の分子構造中に窒素原子が含まれている場合には、窒素原子の電荷密度(以下、電荷N)と相関性があることが確認できた。電荷密度の算出は、CS MOPAC(R)semi−emprical Computation(Cambridgesoft)を用いた。
【0036】
発明者らの実施した具体的な実験結果の一部を図3に示す。ここでは、縦軸に窒素原子の電荷密度(電荷N)、横軸には水和構造破壊力の指標(任意単位)をとって、上記3種類のグアニジン塩類の結果をプロットしている。なお、同一の水和構造破壊状態を形成するために要求される濃度を水和構造破壊力の指標とした。電荷Nの値が大きく(絶対値は小さく)なるほど、イオン水和構造破壊力が大きく、その順列は非特許文献2の記載と一致している。また、グアニジンスルファミン酸塩の窒素原子の電荷密度(電荷N)はグアニジンチオシアン酸塩の窒素原子の電荷密度(電荷N)とほぼ同等であることから、グアニジンチオシアン酸塩の水和構造破壊力は、チオシアン酸塩イオンとほぼ同等(若干小さい)と予測されるが、図3に示すとおり、グアニジンスルファミン酸塩の水和構造破壊力順位は、チオシアン酸塩イオンと塩化物イオンとの間に位置していることが発明者らの実験によって確認されている。
【0037】
発明者らは、さらに非イオン性のさまざまな物質についても水和構造破壊挙動を詳細に観察評価した結果、上記グアニジン塩類と同様に、非イオン性物質においても、分子構造中に窒素原子が含まれている場合には窒素原子の電荷密度(電荷N)と水和構造破壊力との間に相関性があることを見出した。分子構造内に窒素原子を含む非イオン性化合物の水和構造破壊力と窒素原子の電荷密度(電荷N)との関係性について発明者らが評価計測した具体的な実験結果の一部を図4に示す。電荷Nの値が大きな(絶対値は小さな)DMI(1,3−dimethyl‐2‐imidazolidinone)を用いると、大きなイオン水和構造破壊力が得られることがわかった。
【0038】
本発明では、イオン水和構造の破壊力が大きいほど、リチウムイオンの水和水を除去してLiイオンが透析膜を透過する速度が大きくなるので、酸滲出液の処理速度が向上するとともに。回収液のLi/遷移金属選択率が向上する。また、物質の添加量を低減でき、排水量の低減、処理コストの低減が可能となる。
【0039】
そこで、本実施例では、水和構造を破壊する物質として電荷Nの値が大きく、かつ、実用上の観点で、低価格かつ安全性が高い物質としてDMIを選択し、所定量のDMIを添加した(S107)。DMIをあらかじめ添加してから透析処理することにより、リチウムイオンの水和構造を破壊して、非透析処理溶解液中に含まれているリチウムイオンのみかけのイオンサイズ(ストークス径)を小さくすることができる。水和状態におけるリチウムイオンのストークス半径は相当に大きいが、非水和状態におけるリチウムイオンのストークス半径はすべての金属イオン中でも最も小さい部類に分類されることは周知の通りである。水和構造破壊物質が添加された被透析処理液中においては、非水和リチウムイオンが他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)よりも大きなイオン拡散速度を獲得し、被透析溶解液中の非水和イオンは、他の金属イオンと比べて透析膜表面へ到達しやすくなっている。
【0040】
つまり、本実施例のように水和構造を破壊する物質を添加した系においては、非透析溶解液から透析膜表面へのイオン供給律速(拡散律速)に起因する透析速度低下は、リチウムイオンについては小さく、安定した透析速度が得られる。一方、その他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)は、透析膜表面へのイオン供給律速(拡散律速)のためにすぐに透析速度が低下することになり、これらの結果として、リチウムイオンの選択的な透析回収が実現できる。逆に、水和構造破壊物質を添加しない場合は、水和リチウムイオンのストークス半径とその他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)の水和イオンのストークス半径の差が大きくないため、リチウムイオンは他の金属イオンと同様に拡散律速起因の透析速度低下が発生し、透析回収におけるイオン選択性を実現することが難しい場合がある。
【0041】
なお、透析膜表面に吸着した金属イオン種が透析膜内に取り込まれる(浸透する)際には、イオンの脱水和が必要といわれている。透析膜内は疎水性環境となっているためである。水和構造を破壊する物質を添加せずにで透析を実施する場合には、リチウムイオンも他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)も透析膜内に取り込まれる際に同じように脱水和させられるわけであるが、より複雑で多重な水和構造を有するリチウムイオンは、他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)よりも脱水和過程に必要な活性化エネルギーが高い。従って他の金属イオン(遷移金属a,b,・・)と比べると、イオン脱水和によるリチウムイオンの透析膜内浸透速度の抑制は大きい(リチウムイオンの逆選択性)。一方、本実施例のごとく、水和構造を破壊する物質をあらかじめ添加してから透析する場合、透析膜表面に金属イオン種が拡散到達した時点までに既に脱水和が始まっているため、脱水和に必要な活性化エネルギーが小さくなり、上記のようなリチウムイオンの逆選択性は発生しにくくなっている。
【0042】
透析膜内のイオン拡散速度は、通常、イオンの電荷数に依存しているといわれており、一般にリチウムイオンなどの1価イオンは、遷移金属イオンなどの多価イオンと比べて、透析速度が大きいことが知られている。本実施例では、水和構造破壊物質を添加してから透析を実施することによって、(1)被透析溶解液中でのイオン拡散(透析膜への到達)、(2)透析膜表面からの膜内透析、および(3)透析膜内での拡散、のいずれの素過程においても、リチウムが優先的であり、その結果として、透析回収による高いリチウム選択性が実現できる。逆に水和構造破壊物質を添加していなければ、(1)被透析溶解液中でのイオン拡散(透析膜への到達)、(2)透析膜表面からの膜内浸透の素過程では、リチウムにとって逆選択であるため、(3)透析膜内での拡散においてリチウム選択的であっても、透析回収だけで高いリチウム選択性を実現することは困難である。
【0043】
本実施例の効果を検証するために、溶解液Aと添加剤の混合溶液を透析槽8に供給した。本実施例では、硫酸:過酸化水素水の混合溶液で正極材からイオンを滲出し、添加剤としてDMIを添加して50時間拡散透析した。
【0044】
その結果を図5に示す。透析処理前の溶解液AのLi/Co濃度比は、1である。この溶解液の透析処理を50時間行った場合、回収液中のLi/Co濃度比は21に達した。これに対して、DMIを添加しないときは、Li/Co濃度比は2となった。従って、リチウムイオンの水和構造を破壊する物質を添加することにより、リチウムイオンの選択透析性を約10倍高めたことがわかる。
【0045】
なお、得られたリチウム回収液を、クロマトグラフィ技術などイオン交換樹脂によってリチウムとコバルトなど遷移金属とを分離して、さらにLi/Co濃度比を高めることもできる。
【0046】
このようにして不純物や過剰の酸が除去された回収液からは、高純度なリチウムが回収できる(S108)。具体的には、pH調整して水酸化リチウムとして沈殿回収するか、あるいは炭酸ナトリウムを添加して炭酸リチウムとして沈殿回収する、電気透析しながらCOガスを吹き込む、などの方法がある。
【0047】
なお正極活物質が、LiCoOの場合はリチウムの回収と同時にコバルトも高純度に回収ができる。
【0048】
正極活物質はLiCoOに限定されずCo以外の他の遷移金属を含む組成でもよい。リチウム化合物を含有する場合、例えば、LiNiO、LiMnO、LiCo1/3Ni1/3Mn1/3などを含有する場合も液のpH調整によってCo、Ni、Mnを水酸化物として沈殿回収できる。
【0049】
また、本実施例では、酸滲出液から固体成分を分離して溶解液A回収(S104)後に、添加剤を添加しているが、その前(例えば酸滲出液)に添加剤を添加しても良い。
【0050】
S109では遷移金属a,b,・・が混合しているので、pH調整後、溶液をろ過するなどして順次分離回収する(S110,S111)。
【符号の説明】
【0051】
1・・・透析膜、2・・・溶解液流入口、3・・・溶解液流出口、4・・・回収液流入口、5・・・回収液流出口、6・・・透析用加圧タンク、7・・・回収液タンク、8・・・透析槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム及び遷移金属元素とを含むリチウムイオン電池の正極材から金属を回収する金属回収方法において、
前記正極材を、酸性溶液に溶解させ、リチウムイオンと遷移金属イオンとを前記酸性溶液内に生成させる酸滲出工程と、
当該リチウムイオンと遷移金属イオンとを含む酸性溶液に、水和構造を破壊する添加物を添加する添加工程と、
前記水和水を除去する添加物を添加し前記リチウムイオンと前記遷移金属イオンとを含む酸性溶液と、回収液とを、陰イオン透過膜を挟んで流し、前記リチウムイオンを前記酸性溶液から前記回収液へ透析させる透析工程と、
前記透析したリチウムイオンを含む回収液から、前記リチウムイオンを回収するリチウム回収工程とを含む金属回収方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記添加物は、前記リチウムイオンの水和構造の水和水を除去することを特徴とする金属回収方法。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記酸滲出工程の後に、前記正極材の残渣を除去する残渣除去工程と含み、
前記残渣除去工程の後に、前記添加工程を行うことを特徴とする金属回収方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、
前記添加物は、DMI(1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン)を含むことを特徴とする金属回収方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、
前記添加物は、グアニジン酸塩を含むことを特徴とする金属回収方法。
【請求項6】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、
前記添加物は、尿素または尿素誘導体であることを特徴とする金属回収方法。
【請求項7】
請求項1乃至6において、
前記水和構造を破壊する添加物は、TLCにおける、その濃度[M]あたりのコバルトイオンの移動度とリチウムイオンの移動度との差が、2以上であることを特徴とする金属回収方法。
【請求項8】
リチウムイオン及び遷移金属イオンを含む溶液を透析する前に当該溶液に添加する透析促進剤であって、
リチウムイオンの水和構造を破壊する機能を有することを特徴とする透析促進剤。
【請求項9】
請求項8において、
前記透析促進剤は、グアニジン酸塩、DMI、尿素または尿素誘導体のいずれかを含むことを特徴とする透析促進剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−1951(P2013−1951A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133824(P2011−133824)
【出願日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】