説明

透析膜の評価方法

【課題】これまでTACBUNを測定すること等により間接的に行われてきた透析膜の評価・判定を、尿毒症物質、酸化ストレス惹起物質、染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する物質を含む腎不全物質の検出、定量によって行うための方法を提供することにある。
【解決手段】血液透析後に、被検血液試料中に存在するカチオン性物質(1−メチルアデノシン、オフタルミン酸、クレアチニン、3−メチルヒスチジン、アラントイン、トリメチルアミン−N−オキシド、ヒドロキシプロリン、シトルリン、メチオニンスルホキシド、非対称性ジメチルアルギニン、N,N−ジメチルグリシン、グアニジノコハク酸等)及びアニオン性物質(システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、マロン酸、シトラコン酸、クエン酸、シス−アコニット酸、イソクエン酸、3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、イセチオネート、ピメリン酸、馬尿酸等)からなる腎不全物質を検出又は定量することによって透析膜を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透析膜の評価方法、より詳しくは、腎不全物質の透析前後の挙動を解析することによる透析膜の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腎不全患者等の腎疾患を有する患者、特に腎透析を受ける患者の数は年々増加の一途を辿り、現在20万人の患者が維持透析療法を行っており、さらに毎年3万人以上が新たに透析導入に至っている。透析療法には、一人あたり年間約500万円の費用がかかるため、20万人に対して約1兆円の医療費が恒常的に必要となっている。また、近年、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)という疾患概念が提唱され、その予防・治療の重要性に対する認識が高まりを見せている。CKDはCommon Diseaseであり、糸球体濾過量(GFR)60未満の対象者が1926万人にも上ることから、CKD対策が急務の課題となっている。以上のような状況下において、腎不全やCKD等の腎疾患の症状の予防法や、そのような症状を緩和し、透析導入を遅らせる治療法が開発されれば、患者のQOL(クオリティオブライフ)に資するだけでなく、医療費の大幅な削減が可能となり社会に大きく貢献することができる。
【0003】
腎不全に罹患すると、健常の場合では腎臓より排泄される様々な物質が体内に蓄積する。これらの物質は、腎不全の病態を診断するマーカー物質として利用されることもある。例えば、尿中に排泄されるアルブミン等の腎疾患マーカータンパク質の増加を指標として腎疾患の検出・診断する方法等が一般的に用いられている。その他の方法として、例えば、腎疾患患者の血液中でヒトリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の濃度が上昇することを利用した腎疾患の検出方法(特許文献1参照)や、腎不全等の患者の血液中や尿中でENDO180受容体ポリペプチドの濃度が上昇することを利用した腎症の診断方法(特許文献2参照)が知られている。また、本発明者らは、キャピラリー電気泳動質量分析計(capillary electrophoresis mass spectrometry:CE−MS)を用いて腎機能低下時に蓄積し毒性を示す新規代謝性物質を網羅的に解析し、該物質を腎疾患マーカー物質として用いた腎疾患の判定方法を提唱している(特許文献3参照)。
【0004】
以上の通り、腎疾患の早期判定方法の開発は進んでいるものの、腎不全が進行した患者にとって、尿毒症を防止するための方法は人工透析のみである。透析評価に用いられてきた指標の代表的なものは、TACBUNである。これは、血液中の尿素を血中尿素窒素(BUN)として測定し、1週間の透析中および非透析時のBUNを時間的に平均した値であり、この値が65mg/dl以下であれば透析が順調に行われていると考えられている。しかし、尿素は尿毒症物質ではないため、透析による尿毒症防止を直接的に評価する指標にはなり得ない。実際、人工透析を長期間にわたり行うことにより、尿毒症物質が徐々に蓄積されていき、動脈硬化、貧血、心不全、骨病変、アミロイドーシス等の合併症が顕れる。しかしながら、人工透析によって腎不全物質がどのように挙動するかは、これまで調べられておらず、長期透析患者における合併症発症のメカニズムや、透析膜の種類ごとの腎不全物質除去能には不明な点が多かった。
【0005】
なお、CE−MSとは近年開発された、少量のサンプルから500種類以上の物質を同時測定できる新たなシステムである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−146980号公報
【特許文献2】特表2007−519394号公報
【特許文献3】特願2009−205033号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、これまでTACBUNを測定すること等により間接的に行われてきた透析膜の評価を、尿毒症物質、酸化ストレス惹起物質、染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する物質を含む腎不全物質の検出、定量によって行うための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、High performance biocompatible dialyzerを用い、4時間/回、週3回の標準的な血液透析を行っている慢性維持透析患者11名の透析前後の血清に対し、CE−MSにてメタボローム解析を行った。その結果、本発明者らがすでに報告した腎機能低下に伴い蓄積する腎不全物質に対し、透析前後の血清中濃度(μM)をもとに血液透析による除去率を算出した。さらに、本発明者らは、腎不全物質に含まれる尿毒症物質、酸化ストレス惹起物質、及び、染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する腎不全物質を同定し、それらの透析前後における挙動を解明した。さらに、本発明者らは、腎不全物質量をCKDの各ステージの非透析患者と比較することにより、腎不全物質の量がどのCKDステージに相当するかを評価した。その結果本発明者らは、予想に反して腎不全物質の中には従来の透析膜では十分に除去できないものが含まれていることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は(1)血液透析後に、被検血液試料中に存在する以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の腎不全物質を検出又は定量する工程、及び血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果に基づき透析膜の腎不全物質除去能を評価する工程を有することを特徴とする透析膜の評価方法に関する。
(カチオン性物質):クレアチニン、対称性ジメチルアルギニン(SDMA)、グアニジノコハク酸、シトルリン、1−メチルアデノシン、N−アセチルグルコサミン、γ−ブチロベタイン、オフタルミン酸、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、トリメチルアミン−N−オキシド、アラントイン、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N−ε−アセチルリジン、キヌレニン、シトシン、インドール−3−酢酸、ヒポタウリン、N,N−ジメチルグリシン、7−メチルグアニン、メチオニンスルホキシド、アスパラギン
(アニオン性物質):イセチオネート、グルコン酸、トランス−アコニット酸、ピメリン酸、3−インドキシル硫酸、イソクエン酸、N−アセチル−β−アラニン、N−アセチルグルタミン酸、セバシン酸、4−オキソペンタン酸、シス−アコニット酸、ホモバニリン酸、アジピン酸、シトラリンゴ酸、2−イソプロピルリンゴ酸、トレオン酸、馬尿酸、N−アセチルアスパラギン酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシマンデル酸、オキサミン酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、クエン酸、マロン酸、シトラコン酸、キナ酸、コハク酸、システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸
【0010】
また、本発明は、(2)血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、前記腎不全物質の血液透析前の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする上記(1)に記載の透析膜の評価方法や、(3)血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、正常被検体の血液試料中に存在する前記腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする上記(1)記載の透析膜の評価方法や、(4)血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、慢性腎臓病(CKD)の各ステージの非透析患者の血液試料中に存在する前記腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする上記(1)記載の透析膜の評価方法に関する。
【0011】
さらに、本発明は、(5)腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の尿毒症物質であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載の透析膜の評価方法に関する。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、マロン酸、シトラコン酸、3−インドキシル硫酸
【0012】
また、本発明は、(6)腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の酸化ストレス惹起物質であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載の透析膜の評価方法に関する。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、オフタルミン酸、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)
(アニオン性物質):3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、シス−アコニット酸
【0013】
さらに、本発明は、(7)腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する物質であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載の透析膜の評価方法に関する。
(カチオン性物質):クレアチニン、3−メチルヒスチジン、アラントイン、トリメチルアミン−N−オキシド、ヒドロキシプロリン、シトルリン、メチオニンスルホキシド、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N,N−ジメチルグリシン、グアニジノコハク酸
(アニオン性物質):クエン酸、シス−アコニット酸、イソクエン酸、3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、イセチオネート、ピメリン酸、馬尿酸
【0014】
また、本発明は、(8)腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の透析難除去性物質であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載の透析膜の評価方法に関する。
(カチオン性物質):非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):ピメリン酸、アジピン酸、馬尿酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、マロン酸
【0015】
さらに、本発明は、(9)腎不全物質の検出又は定量が、キャピラリー電気泳動質量分析法で行われることを特徴とする上記(1)〜(8)のいずれか記載の透析膜の評価方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の透析膜の評価方法によると、透析前後における腎不全物質の挙動と性質を介した透析膜の評価が可能となり、これまでは直接的には尿毒症に関与しない物質に基づき透析膜の性能評価を行っていたのに対し、尿毒症物質、酸化ストレス惹起物質、染色体優性多発性嚢胞腎発症において蓄積する物質、及び透析難除去性物質等の腎不全物質の挙動に基づき透析膜の性能評価ができる。本発明の透析膜の評価方法は、透析膜における腎不全物質除去能の判定や、優れた透析膜のスクリーニングに適用することができ、その結果、より尿毒症発症を低減させることのできる高性能の透析膜を開発することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】ADMAに関して、透析患者の仮想eGFP値算出のための換算式を示す図である。
【図2】γ−ブチロベタインに関して、透析患者の仮想eGFP値算出のための換算式を示す図である。
【図3】細胞毒性試験の結果を示す図である。
【図4】ROSアッセイの結果を示す図である。アスタリスクはコントロールに対するP<0.05の有意差を示す。
【図5】ROSアッセイの結果を示す図である。アスタリスクはコントロールに対するP<0.05の有意差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の透析膜の評価方法としては、血液透析後に、被検血液試料中に存在する以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の腎不全物質を検出又は定量する工程、及び血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果に基づき透析膜の腎不全物質除去能を評価する工程を有する方法であれば特に制限されない。
(カチオン性物質):クレアチニン、対称性ジメチルアルギニン(SDMA)、グアニジノコハク酸、シトルリン、1−メチルアデノシン、N−アセチルグルコサミン、γ−ブチロベタイン、オフタルミン酸、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、トリメチルアミン−N−オキシド、アラントイン、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N−ε−アセチルリジン、キヌレニン、シトシン、インドール−3−酢酸、ヒポタウリン、N,N−ジメチルグリシン、7−メチルグアニン、メチオニンスルホキシド、アスパラギン
(アニオン性物質):イセチオネート、グルコン酸、トランス−アコニット酸、ピメリン酸、3−インドキシル硫酸、イソクエン酸、N−アセチル−β−アラニン、N−アセチルグルタミン酸、セバシン酸、4−オキソペンタン酸、シス−アコニット酸、ホモバニリン酸、アジピン酸、シトラリンゴ酸、2−イソプロピルリンゴ酸、トレオン酸、馬尿酸、N−アセチルアスパラギン酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシマンデル酸、オキサミン酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、クエン酸、マロン酸、シトラコン酸、キナ酸、コハク酸、システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸
【0019】
さらに、血液透析後の被検血液試料中に存在する腎不全物質の検出結果又は定量結果を、血液透析前の被検血液試料中に存在する腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較することにより、透析によりどの程度腎不全物質が除去できるかを評価する工程を有することが好ましい。血液透析前の被検血液試料中に存在する腎不全物質量は患者ごとに異なるが、この工程により患者ごとの個人差を補正しうる腎不全物質の除去率に基づき、透析膜の評価を行うことが可能になる。
【0020】
また、血液透析後の被検血液試料中に存在する腎不全物質の検出結果又は定量結果を、正常被検体の血液試料中に存在する腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程を含んでもよい。この工程により、透析後の腎不全物質量を、より健常者の血中腎不全物質量に近づけることのできる透析膜と評価することができる。
【0021】
また、血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、慢性腎臓病(CKD)の各ステージの非透析患者の血液試料中に存在する前記腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程を含んでもよい。CKDの各ステージは、糸球体濾過量(GFR)又は推算糸球体濾過量(eGFR)によって定義されるCKD診療のための指標であり、ステージ1[GFR(mL/min/1.73m)≧90]:腎障害は存在するが、GFRは正常又は亢進;ステージ2[GFR(mL/min/1.73m)60〜89]:腎障害が存在し、GFR軽度低下;ステージ3[GFR(mL/min/1.73m)30〜59]:腎障害が存在し、GFR中等度低下;ステージ4[GFR(mL/min/1.73m)15〜29]:腎障害が存在し、GFR高度低下;ステージ5[GFR(mL/min/1.73m)<15]:腎不全・透析期;の5ステージに分類される。
【0022】
本発明者らは、41名の非透析CKD患者のCE−MS解析により、各ステージの非透析CKD患者について腎不全物質の血清中濃度を定量した(Hypertens Res in press)。非透析CKD患者の腎不全物質の血清中濃度とeGFRから求められた、腎不全物質血清中濃度とeGFRとの換算式を用いて、血液透析後の各腎不全物質の血清中濃度が非透析患者ではどの程度のeGFRに相当するかを算出できる。さらに、得られた仮想のeGFRをもとに、腎不全物質濃度をCKDステージに分類することができる。この工程を含むことより、透析膜を段階的に評価・判定することができる。
【0023】
本発明において指標とされる前述の尿毒症物質は、公知の細胞毒性試験において細胞毒性が認められ、細胞毒性試験として具体的にはヒト胃癌(renal cell adenocarcinoma)由来ACHN細胞に腎不全物質が入った培地を添加し、生細胞数測定試薬 Cell Count Reagent SF試薬(ナカライテスク(株)製)を用いて50%半数致死量(LC50)を算出する方法を好適に例示することができる。尿毒症物質のLC50は、例えば10mM以下、好ましくは5mM以下、より好ましくは3.5mM以下である。尿毒症物質として、具体的には公知の尿毒症物質である3−インドキシル硫酸以下のLC50値(3.05mM以下)を示す以下のカチオン性物質及びアニオン性物質を好適に例示することができる。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、マロン酸、シトラコン酸、3−インドキシル硫酸
【0024】
本発明において指標とされる酸化ストレス惹起物質は、公知の酸化ストレスアッセイにおいて酸化ストレス惹起活性が認められ、酸化ストレスアッセイとして具体的にはOxiSelectTM ROS Assay Kit(Cell Biolab社製)を用いる方法を例示することができる。また、酸化ストレス惹起物質としては、10mM以下、好ましくは3mM以下、より好ましくは1mM以下、さらに好ましくは0.3mMの濃度で酸化ストレスを惹起する物質を好適に例示することができ、具体的には以下のカチオン性物質及びアニオン性物質を特に好適に例示することができる。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、オフタルミン酸、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)
(アニオン性物質):3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、シス−アコニット酸
【0025】
本発明において指標とされる染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する物質は、染色体優性多発性嚢胞腎に罹患したヒト又は非ヒト動物において蓄積する物質で、染色体優性多発性嚢胞腎に罹患した非ヒト動物として染色体優性多発性嚢胞腎モデルラットであるHan:SPRD Cy/+ラットを例示することができる。染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する腎不全物質としては、具体的には以下のカチオン性物質及びアニオン性物質を特に好適に例示することができる。
(カチオン性物質):クレアチニン、3−メチルヒスチジン、アラントイン、トリメチルアミン−N−オキシド、ヒドロキシプロリン、シトルリン、メチオニンスルホキシド、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N,N−ジメチルグリシン、グアニジノコハク酸
(アニオン性物質):クエン酸、シス−アコニット酸、イソクエン酸、3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、イセチオネート、ピメリン酸、馬尿酸
【0026】
本発明者において指標とされる透析難除去性物質は、公知のHigh Performance Biocompatible Dialyzer等の透析膜において除去されにくい物質で、具体的には以下のカチオン性物質及びアニオン性物質を例示することができる。
(カチオン性物質):非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):ピメリン酸、アジピン酸、馬尿酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、マロン酸
【0027】
また、上記の被検血液試料としては、被検者(被検血液試料の提供者)の血液に由来する試料である限り特に制限されず、血液試料そのものであってもよいし、その血液試料から得られた血清試料や血漿試料であってもよいが、検出や定量のより高い精度を得る観点から、血漿試料を好適に例示することができる。
【0028】
上記の本件腎疾患マーカー物質の検出又は定量方法としては、本件腎疾患マーカー物質を検出又は定量し得る限り、物理化学的方法であっても生物学的方法であってもよいが、検出感度の点で物理化学的方法を好適に例示することができ、中でも、液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)やキャピラリー電気泳動質量分析計(CE−MS)等の質量分析計(MS)を用いた方法をより好適に例示することができ、少量のサンプルから数百種類以上の物質を同時測定できることから、CE−MSを用いた方法を特に好適に例示することができる。
【0029】
以下実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はかかる実施例により制限されるものではない。
【実施例1】
【0030】
透析患者の解析
High Performance Biocompatible Dialyserを用い、4時間/回、週3回の標準的な血液透析を行っている慢性維持透析患者11名の透析前後の血清に対しCE−MSにてメタボローム解析を行った。患者の背景を表1に示す。なお、使用したHigh Performance Biocompatible Dialyserは、APS−15SA(旭化成クラレメディカル社製:患者1、6、9、11)、VPS−15HA(旭化成クラレメディカル社製:患者2、3、4)、APS−18SA(旭化成クラレメディカル社製:患者5、7、8)、FDX−150GW(日機装社製:患者10)である。
【0031】
【表1】

【0032】
患者から血漿サンプルを採取し、内標準物質を調整したメタノール溶液を添加して撹拌し、さらにクロロホルムを加えて撹拌し、4600gで5分間遠心分離した後、上清を限外ろ過フィルター(分画分子量5000)にとり、4℃、9100gで2時間遠心分離した後、ろ液を遠心濃縮してCE−TOFMSにて測定を行った。その際、312種類の陽イオンと193種類の陰イオンを網羅的に同時測定した。その結果から、腎不全物質を定量した(表2、表3)。
【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
1.除去率
本発明者らがすでに報告した腎機能低下に伴い蓄積する腎不全物質(Hypertens Res in press)のうち48物質(カチオン性物質21、アニオン性物質27)に対し、透析前後の血清中濃度(μM)をもとに血液透析による除去率を算出した。除去率は(透析前濃度−透析後濃度)/透析前濃度×100(%)で算出した。また透析により除去が有意に行われているかをPaired-t testで検定した。
【0036】
2.血清中濃度の非透析CKD患者との比較
本発明者らは、41名の非透析CKD患者のCE−MS解析により、各ステージの非透析CKD患者について腎不全物質の血清中濃度を定量した(Hypertens Res in press)。その結果得られた非透析CKD患者における腎不全物質の血清中濃度とeGFRの散布図から求められた近似式を用い、患者を非透析患者と仮定したときに、腎不全物質ごとに血清中濃度からeGFR値を算出した(すなわち近似式のyに血清中濃度の値を代入し方程式を解きxを求めた)。さらに得られた仮想のeGFRをもとにCKDステージ分類を示した。以下にADMA及びγ−ブチロベタインを例として示す。
【0037】
例1)ADMA
透析前は平均2.8μM、透析後は平均1.5μMとなっている(表2)。換算式(図1)ではeGFRを0としてもADMA濃度は0.6957μMとなり、透析前後の濃度はいずれもeGFR換算でマイナスの値となる。これは、透析患者におけるADMA濃度が、非透析CKD患者でeGFRが0になったと仮定した場合よりも高値であることを意味する。このように血清中濃度が非透析CKD患者でのeGFR=0換算値よりも高い場合、CKDステージは便宜上Highと示した。逆に、透析患者における腎不全物質濃度が非透析CKD患者で想定される値より低い場合、CKDステージ分類では便宜上Lowと示した。
【0038】
例2)γ−ブチロベタイン
透析前は平均4.9μM、透析後は平均1.9μMとなっている(表2)。換算式(図2)より透析前後の血清中濃度のeGFR換算は−66.4→40.4、CKDステージはHigh→3となる。
【0039】
解析の結果、透析前後に関わらず常に非透析CKD患者より高値である透析難除去性物質(透析前後に関わらずCKDステージがHigh)である以下のカチオン性物質及びアニオン性物質が同定された。
(カチオン性物質):非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):ピメリン酸、アジピン酸、馬尿酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、マロン酸
【実施例2】
【0040】
細胞毒性試験
細胞毒性試験を、ヒト胃癌(renal cell adenocarcinoma)由来ACHN細胞を用いて行った。対数増殖期にある細胞を5000細胞/ウェルの濃度になるように計数し、96穴マイクロタイタープレートの各ウェルに100μLずつ播き、炭酸ガスインキュベーター内で24時間前培養した。その後、腎不全物質を各ウェルに目的の濃度になるように添加し、炭酸ガスインキュベーター内で48時間培養した後の生細胞数を計数した。生細胞数の計数は、生細胞数測定試薬 Cell Count Reagent SF試薬(ナカライテスク(株)製)を各ウェルに10μLずつ添加し、炭酸ガスインキュベーター内で1−4時間呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーを用いて450nm(参照波長600nm以上)の吸光度を測定することで行った。各腎不全物質に関して50%半数致死量(LC50)を算出した結果を図3に示す。
【0041】
細胞毒性試験の結果、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質が、公知の尿毒症物質である3−インドキシル硫酸以下のLC50値(3.05mM以下)を示した。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、マロン酸、シトラコン酸、3−インドキシル硫酸
【実施例3】
【0042】
活性酸素種(ROS)アッセイ
酸化ストレス惹起物質を同定するため、ROSアッセイを行った。ROSアッセイは、OxiSelectTM ROS Assay Kit(Cell Biolab社製)を用いて行った。1×104k個のヒト腎癌由来ACHN細胞を96穴マイクロタイタープレートの各ウェルに播き、炭酸ガスインキュベーター内で24時間前培養した。翌日細胞をダルベッコPBSで3回洗浄した後1mMの2’,7’−Dichlorodihydrofluorescin diacetate(DCFH−DA)で1時間前処理を行った。さらにダルベッコPBSで3回洗浄し、DCFH−DAで負荷した細胞を各腎不全物質が入った培地で1時間培養した。1時間後、マイクロプレートリーダーを用い、励起波長480nm、放射[発光]波長530nmの蛍光を測定した(図4、図5)。その結果、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質が、コントロールと比較して有意に蛍光強度が高かった。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、オフタルミン酸、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)
(アニオン性物質):3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、シス−アコニット酸
【実施例4】
【0043】
染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する腎不全物質の同定
14週齢の野生型ラット(n=5)、及び、藤田保健衛生大学から入手した14週齢の染色体優性多発性嚢胞腎モデルラット(Han:SPRD Cy/+ラット、n=5)から血漿サンプルを採取し、内標準物質を調整したメタノール溶液を添加して撹拌し、さらにクロロホルムを加えて撹拌し、4600gで5分間遠心分離した後、上清を限外ろ過フィルター(分画分子量5000)にとり、4℃、9100gで2時間遠心分離した後、ろ液を遠心濃縮してCE−TOFMSにて測定を行った。その際、69種類の陽イオンと59種類の陰イオンを網羅的に同時測定し、Cy/+ラットにおいて野生型ラットと比較して有意に(P<0.05)蓄積する腎不全物質を同定した(表4)。
【0044】
【表4】

【0045】
その結果、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質が、染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する腎不全物質であることが示された。
(カチオン性物質):クレアチニン、3−メチルヒスチジン、アラントイン、トリメチルアミン−N−オキシド、ヒドロキシプロリン、シトルリン、メチオニンスルホキシド、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N,N−ジメチルグリシン、グアニジノコハク酸
(アニオン性物質):クエン酸、シス−アコニット酸、イソクエン酸、3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、イセチオネート、ピメリン酸、馬尿酸
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明により、尿毒症及び酸化ストレス惹起、並びに、染色体優性多発性嚢胞腎発症に関与する物質の挙動に基づき透析膜の性能評価ができる。その結果、より尿毒症発症を低減させることのできる高性能の透析膜を開発することが可能になり、長期透析患者のQOL向上につながる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液透析後に、被検血液試料中に存在する以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の腎不全物質を検出又は定量する工程、及び血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果に基づき透析膜の腎不全物質除去能を評価する工程を有することを特徴とする透析膜の評価方法。
(カチオン性物質):クレアチニン、対称性ジメチルアルギニン(SDMA)、グアニジノコハク酸、シトルリン、1−メチルアデノシン、N−アセチルグルコサミン、γ−ブチロベタイン、オフタルミン酸、3−メチルヒスチジン、ヒドロキシプロリン、トリメチルアミン−N−オキシド、アラントイン、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N−ε−アセチルリジン、キヌレニン、シトシン、インドール−3−酢酸、ヒポタウリン、N,N−ジメチルグリシン、7−メチルグアニン、メチオニンスルホキシド、アスパラギン
(アニオン性物質):イセチオネート、グルコン酸、トランス−アコニット酸、ピメリン酸、3−インドキシル硫酸、イソクエン酸、N−アセチル−β−アラニン、N−アセチルグルタミン酸、セバシン酸、4−オキソペンタン酸、シス−アコニット酸、ホモバニリン酸、アジピン酸、シトラリンゴ酸、2−イソプロピルリンゴ酸、トレオン酸、馬尿酸、N−アセチルアスパラギン酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシマンデル酸、オキサミン酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、クエン酸、マロン酸、シトラコン酸、キナ酸、コハク酸、システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸
【請求項2】
血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、前記腎不全物質の血液透析前の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の透析膜の評価方法。
【請求項3】
血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、正常被検体の血液試料中に存在する前記腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の透析膜の評価方法。
【請求項4】
血液透析後の腎不全物質の検出結果又は定量結果を、慢性腎臓病(CKD)の各ステージの非透析患者の血液試料中に存在する前記腎不全物質の検出結果又は定量結果と比較する工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載の透析膜の評価方法。
【請求項5】
腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の尿毒症物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の透析膜の評価方法。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):システイン−S−硫酸、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、マロン酸、シトラコン酸、3−インドキシル硫酸
【請求項6】
腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の酸化ストレス惹起物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の透析膜の評価方法。
(カチオン性物質):1−メチルアデノシン、オフタルミン酸、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)
(アニオン性物質):3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、シス−アコニット酸
【請求項7】
腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の染色体優性多発性嚢胞腎において蓄積する物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の透析膜の評価方法。
(カチオン性物質):クレアチニン、3−メチルヒスチジン、アラントイン、トリメチルアミン−N−オキシド、ヒドロキシプロリン、シトルリン、メチオニンスルホキシド、非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、N,N−ジメチルグリシン、グアニジノコハク酸
(アニオン性物質):クエン酸、シス−アコニット酸、イソクエン酸、3−インドキシル硫酸、トランス−アコニット酸、イセチオネート、ピメリン酸、馬尿酸
【請求項8】
腎不全物質が、以下のカチオン性物質及びアニオン性物質からなる群から選ばれる1種又は2種以上の透析難除去性物質であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の透析膜の評価方法。
(カチオン性物質):非対称性ジメチルアルギニン(ADMA)、インドール−3−酢酸
(アニオン性物質):ピメリン酸、アジピン酸、馬尿酸、グルタル酸、アゼライン酸、フタル酸、マロン酸
【請求項9】
腎不全物質の検出又は定量が、キャピラリー電気泳動質量分析法で行われることを特徴とする請求項1〜8のいずれか記載の透析膜の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−112785(P2012−112785A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−261678(P2010−261678)
【出願日】平成22年11月24日(2010.11.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本腎臓学会発行、「日本腎臓学会誌第52巻・第3号学術総会号」、平成22年5月25日発行
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】