透過型回折格子及び検出装置
【課題】 入射光の偏光方位に偏りがなく、かつ、回折層の偏光依存性が高くても、高い回折効率が得られる透過型回折格子及びそれを用いた検出装置を提供すること。
【解決手段】 透過型回折格子10は、偏光変換層20と、偏光変換層の一面側に配置される第1回折層30と、偏光変換層の他面側に配置される第2回折層40と、を有する。第1回折層30及び第2回折層40は共に、第1方向Aに沿って周期Pで配列される屈折率変調構造32,42を有し、かつ、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも高い。
【解決手段】 透過型回折格子10は、偏光変換層20と、偏光変換層の一面側に配置される第1回折層30と、偏光変換層の他面側に配置される第2回折層40と、を有する。第1回折層30及び第2回折層40は共に、第1方向Aに沿って周期Pで配列される屈折率変調構造32,42を有し、かつ、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも高い。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型回折格子及び検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラマン分光器等の分光装置に用いられている回折格子の多くは反射型である。反射型の回折格子として、例えば断面が鋸歯状に形成されたブレーズ化格子がある(例えば、特許文献1に記載の回折格子)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−354176号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、反射型の回折格子には、波長分解能を向上させることと、高回折効率が得られる波長帯域を広げることの両立が困難であるという課題がある。例えば、ブレーズ化回折格子では、断面形状がブレーズ化されていることで、回折効率が向上する。しかしながら、ブレーズ化回折格子では、波長分解能を向上するために格子周期を短くすると、高回折効率が得られる波長帯域がきわめて狭くなってしまう。
【0005】
図12に、本実施形態の比較例として、ブレーズ化回折格子の例を示す。図12に示すように、ブレーズ化回折格子の格子周期をPaとし、入射光の波長をλaとし、入射光の入射角度をαaとし、一次回折光の回折角度をβaとする。
【0006】
まず、波長分解能について考える。回折格子の波長分解能Δβ/Δλは下式(1)で表される。下式(1)より、波長分解能Δβ/Δλを高めるためには、格子周期Paを小さくし、回折角度βaを大きくすればよいことがわかる。
【0007】
Δβ/Δλ=1/(Pa・cosβa) (1)
図13は、上式(1)において波長λa=633nm、格子周期Pa=333nmとした場合の、回折角度βaに対する波長分解能Δβa/Δλaの特性例である。この例では、波長と格子周期の比はλa/Pa=1.9である。このとき、回折角度βaは72度となり、波長分解能Δβa/Δλaはおよそ0.01まで向上する。
【0008】
次に、一次回折光の回折効率について考える。反射型回折格子の場合には、その断面形状をブレーズ化することで回折効率を高めることが可能である。しかしながら、波長分解能Δβa/Δλaを向上させるために格子周期Paを小さくすると、断面形状をブレーズ化しても高い回折効率を得ることは難しい(最新 回折光学素子 技術全集,技術情報協,p.107-p.120(2004))。このように、ブレーズ化回折格子等の反射型回折格子では、高い波長分解能と高い回折効率を同時に実現することは困難となってしまう。
【0009】
例えば、ラマン分光器等の分光装置では、高い波長分解能と高い回折効率を広い波長域で同時に満足する回折格子が求められている。ラマン分光では、試料からの散乱光は、主にレイリー散乱光とラマン散乱光である(以下では、レイリー散乱波長λrayよりも長いラマン散乱波長λray+Δλを有するストークス成分に注目する)。このラマン分光では、実用上課題となることがいくつかある。まず、ラマン散乱光の強度は、レイリー散乱光の強度と比べて極めて微弱である。次に、ラマン分光により物質を特定する場合、試料から散乱されるラマン散乱光を0.5nm程度の波長分解能で分光する必要がある。さらに、レイリー散乱光とラマン散乱光の波長差が100nm程度まで広く求められる場合もある。これらの点を考慮すると、ラマン分光に使用される回折格子では、可視から近赤外(波長400nm〜1100nm)において0.5nm程度の高い波長分解能を得られることが要求される。加えて、100nm程度の広い波長帯域において高い回折効率が得られることが要求される。
【0010】
加えて、回折格子の光学特性が入射光の偏光状態に大きく依存する場合には、偏光方位に偏りがない散乱光のごく一部しか検出器へ取り込むことができず、また、信号対ノイズ比も低くなるため、検出器に対して過剰な仕様を求めることになる。
【0011】
本発明の幾つかの態様によれば、入射光の偏光方位に偏りがなく、かつ、回折層の偏光依存性が大きい場合に、高い回折効率が得られる透過型回折格子及びそれを用いた検出装置を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明の一態様は、
偏光変換層と、
前記偏光変換層の一面側に配置される第1回折層と、
前記偏光変換層の他面側に配置される第2回折層と、
を有し、
前記第1回折層及び前記第2回折層は共に、第1方向に沿って周期Pで配列される屈折率変調構造を有し、かつ、TE偏光成分に対する一次回折効率がTM偏光成分に対する一次回折効率よりも高い透過型回折格子に関する。
【0013】
ここで、屈折率変調構造のうちの同一屈折率構造が第1方向と交差して延びる方向を第2方向とする。偏光方位が第2方向と平行な直線偏光がTE偏光であり、偏光方位が第2方向と垂直な直線偏光がTM偏光である。
【0014】
本発明の一態様によれば、偏光方位に偏りがない入射光が例えば第1回折層に入射されると、TE偏光成分に対する回折効率は高いためにTE偏光成分の多くは回折され、他方TM偏光成分に対する回折効率は低いためにTM偏光成分の多くは透過する。次に、偏光変換層では、TE偏光成分がTM偏光成分に、TM偏光成分がTE偏光成分に偏光変換される。さらに、第2回折層でもTE偏光成分に対する回折効率は高く、TM偏光成分に対する回折効率は低いために、TE偏光成分の多くは回折され、TM偏光成分の多くは透過する。
【0015】
ここで、TE偏光に対する第1,第2回折層の各々の一次回折効率をαとし、TM偏光に対する第1,第2回折層の各々の一次回折効率をβとすると、透過型回折格子の光利用効率は、光利用効率=α+(1−2α)βとなる。一次回折効率の偏光依存性が大きく、例えばα≒1、β≒0の場合、上式の光利用効率はほぼαに等しい。すなわち、透過型回折格子の光利用効率は、それを構成する回折格子のTE偏光に対する一次回折効率にほぼ等しくなる。こうして、回折層における一次回折効率の偏光依存性が大きくても、高い回折効率が得られる。
【0016】
(2)本発明の一態様では、分光波長帯域中の波長をλとしたとき、前記偏光変換層はλ/2波長板とすることができる。λ/2波長板は、TE偏光成分をTM偏光成分に、TM偏光成分をTE偏光成分に偏光変換する。
【0017】
(3)本発明の一態様では、前記偏光変換層は積層された複数の水晶板を含むことができる。複数の水晶板でも使用波長帯域にて180度に近い位相差を実現でき、TE偏光成分をTM偏光成分に、TM偏光成分をTE偏光成分に偏光変換できる。
【0018】
(4)本発明の一態様では、前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、前記偏光変換層に接合されるベース層をさらに含み、前記ベース層上に前記屈性率変調構造を有することができる。こうすると、偏光変換層に接合されるベース層を、リソグラフィ、インプリントまたは干渉縞露光等により加工して、ベース層の表面に屈性率変調構造を形成することができる。
【0019】
(5)本発明の一態様では、前記屈性率変調構造は、凹凸パターンとすることができる。凸部の屈折率は凹部である溝の屈折率(空気の屈折率)と異なるので、屈性率変調構造が実現できる。
【0020】
(6)本発明の一態様では、前記屈折率変調構造は、凹凸パターンに代えて、第1屈折率の物質と第2屈折率の物質とが前記第1方向にて交互に積層された構造としても良い。
【0021】
(7)本発明の一態様では、前記屈折率変調構造の高さをhとしたとき、1.5<λ/P<2.0でかつ1.75<h/P<2.50を満たすことができる。
【0022】
こうすると、一次回折光の効率が高くかつ同効率の偏光依存性が大きい透過型回折格子を実現できる。ここで、λ/Pの下限は、一次回折効率の偏光依存性が大きいという要求から決まる。λ/Pの上限は、一次回折光を空気中に取り出せるという要求から決まる。また、h/Pの上限及び下限は、両者の間に存在する一次回折効率の最大値のおよそ90%以上の効率を与えるという条件から決まる。
【0023】
(8)本発明の一態様では、前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、誘電体により形成される傾斜面を有し、前記傾斜面は、基準線に対して傾斜して配列され、入射光の入射角度を前記基準線に対して角度αとし、回折光の回折角度を前記基準線に対して角度βとする場合に、前記入射角度θ1は、前記傾斜面に対するブラッグ角度θよりも小さい角度であり、前記回折角度θ2、前記ブラッグ角度θよりも大きい角度とすることができる。
【0024】
本発明の一態様によれば、誘電体により形成される傾斜面が、基準線に対して傾斜され、配列される。そして、透過型回折格子に対する入射光が、ブラッグ角度θよりも小さい角度θ1で入射され、回折光が、ブラッグ角度θよりも大きい角度θ2で出射される。これにより、波長分解能を向上し、高回折効率を得られる波長帯域を広げること等が可能になる。
【0025】
(9)本発明の他の態様は、
上述した透過型回折格子と、
標的物からの散乱光または反射光を前記透過型回折格子に入射させる光学系と、
前記透過型回折格子からの回折光を検出する検出器と、
を含む検出装置を定義している。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態に係る透過型回折格子の概略説明図である。
【図2】回折格子中の第1回折層とそれへの入射光とを示す図である。
【図3】複数の水晶板を積層して成る偏光変換層の波長−位相差の特性図である。
【図4】図4(A)(B)は回折格子の作用を示す特性図であり、図4(A)は入射光中のTE偏光成分に対する回折及び偏光変換作用を示し、図4(B)は入射光中のTM偏光成分に対する回折及び偏光変換作用を示している。
【図5】図5(A)は回折効率と格子深さとの関係を示す特性図であり、図5(B)は回折効率と波長との関係を示す特性図である。
【図6】入射角度と回折角度との関係を示す特性図である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る透過型回折格子を示す図である。
【図8】本発明の第3実施形態に係る傾斜した屈折率変調構造を有する回折層を示す図である。
【図9】回折角度と波長分解能の関係を示す特性図である。
【図10】図10(A)はλ/PとTE偏光成分に対する一次回折効率との関係を示す特性図、図10(B)はλ/PとTM偏光成分に対する一次回折効率との関係を示す特性図である。
【図11】図11(A)、図11(B)は、検出装置を説明する図である。
【図12】従来技術であるブレーズ化回折格子を説明する図である。
【図13】図12に示すブレーズ回折格子における回折角度に対する波長分解能の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0028】
1.第1実施形態
1.1.回折格子
図1は、本実施形態に係る分光装置である回折格子10を示している。この回折格子10は透過型であり、使用波長に対して透明な一種または二種以上の誘電体から構成することができる。透過型回折格子(以下回折格子とも言う)10は、偏光変換層20と、偏光変換層20の一面側に配置される第1回折層30と、偏光変換層20の他面側に配置される第2回折層40と、を有する。
【0029】
第1回折層30は屈折率変調構造32を有し、第2回折層40は屈折率変調構造42を有する。第1回折層30は、偏光変換層20に接合されるベース層34をさらに含むことができる。この場合、第1回折層30は、ベース層34上に屈性率変調構造32を有する。同様に、第2回折層40は、偏光変換層20に接合されるベース層44をさらに含むことができる。この場合、第2回折層40は、ベース層44上に屈性率変調構造42を有する。
【0030】
ここで、本実施形態では、屈折率変調構造32,42は、誘電体による凹凸パターンとしている。例えば、レーザー干渉露光でベース層34,44上にジストパターンを作成し、リソグラフィやインプリントによりレジストパターンをベース層34,44上へ転写すれば、凹凸パターンを形成できる。
【0031】
図2は、第2回折層40と同一構造(周期、深さ、線幅)を有する第1回折層30の一部を示している。図2に示すように、第1回折層30の屈折率変調構造32は、ベース層34から例えば垂直に延びる凸部32Aと、2つの凸部32A間の凹部(溝)32Bとを第1方向Aにて交互に有する凹凸パターンである。第2回折層40の屈折率変調構造42も同一である。
【0032】
つまり、屈折率変調構造32(42)は、屈折率n1の凸部32A(42A)と屈折率n2(空気の屈折率1)の凹部32B(42B)とが交互に第1方向Aに沿って周期Pで配置されたものである。
【0033】
第1及び第2回折層30,40の屈折率変調構造32,42の各々は、例えば、周期P:400nm、深さh:800nmであり、線幅d/周期P(fill factor):0.45である。
【0034】
1.2.TE偏光及びTM偏光
ここで、回折格子10への入射光は、偏光方位には一般に偏りがない。図2では、回折格子10の凹部(溝)32Bの方向が紙面に垂直な方向(第2方向)であるので、電場ベクトルの振動方向(偏光方位)が紙面に垂直な方向にある偏光がTE偏光であり、電場ベクトルの振動方向(偏光方位)が紙面に平行な方向にある偏光がTM偏光である。よって、図2に示す回折格子10への入射光Qは、TE偏光とTM偏光の双方を含んでいる。
【0035】
偏光変換層20は1/2波長板としての機能を有し、入射する直線偏光の方位を90°だけ回す。すなわち、偏光変換層20はTE偏光をTM偏光へ変換し、TM偏光をTE偏光へ変換する。この偏光変換層20は、特定の角度で斜めに入射する光に対して1/2波長板として機能するように設計されている。このような波長板は、例えば、斜方蒸着により実現できる。偏光変換層20は、例えば特開2007−310052に開示された広帯域波長板を使用することができる。
【0036】
また、特開2004−170853に開示されているように、特定の結晶方位で切り出した複数枚の水晶板を積層したものを偏光変換層20として用いることもできる。一例として、2枚のY−cut水晶板を張り合わせ成る偏光変換層20の位相差と波長の関係を図3に示す。波長680nmに対して位相差は180度であり、波長帯域600−760nmにおいて172度以上の位相差が得られる。これは、本発明をラマン分光へ用いる上で十分な特性である。
【0037】
1.3.回折効率と偏光依存性
図4(A)(B)に、透過型回折格子10の作用を示す。図4(A)(B)では、TE偏光に対する第1,第2回折層30,40の各々の一次回折効率をαとし、TM偏光に対する第1,第2回折層30,40の各々の一次回折効率をβとしている。
【0038】
本実施形態では、第1,第2回折層30,40の各々は、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも大きい。つまり、α>βであり、波長λ、格子周期Pに対して1.5<λ/P<2.0が満たされる場合はα≫βであり、α≒1、β≒0とみなすこともできる。
【0039】
図4(A)に示すように、TE偏光成分に対する回折効率αは大きいので、TE偏光成分の多くは第1回折層30で回折され、偏光変換層(1/2波長板)20を通過するときにTM偏光成分へ変換される。TM偏光成分に対する回折効率βは小さいので、TM偏光成分の多くは第2回折層40では回折されずに透過する。
【0040】
他方、図4(B)に示すように、TM偏光成分に対する回折効率βは小さいので、TM偏光成分の多くは第1回折層30では回折されずに透過し、偏光変換層(1/2波長板)20を通過するときにTE偏光成分へ変換される。TE偏光成分に対する回折効率αは大きいので、TE偏光成分の多くは第2回折層40では回折される。
【0041】
上述した回折効率α及びβを用いると、回折格子10の光利用効率は、
光利用効率=α+(1−2α)β (2)
の通り与えられる。
【0042】
ここで、一次回折効率の偏光依存性が大きく、α≒1、β≒0の場合、式(2)はほぼαに等しい。すなわち、回折格子10の光利用効率は、それを構成する格子のTE偏光に対する一次回折効率にほぼ等しくなる。このようにして、回折格子10へ入射した光のほとんどを回折、すなわち分光することができる。
【0043】
他方、一次回折効率の偏光依存性が小さく、α≒βの場合、式(2)は2α〈1−α〉となる。したがって、利用効率はα=0.5のときに最大となるが、その値は0.5にとどまり、一次回折効率の偏光依存性が大きい場合の利用効率のほぼ半分である。このことから、本発明においては、偏光依存性の大きな回折格子を用いることが必須であることがわかる。
【0044】
このように、本実施形態に係る透過型回折格子10では、回折効率特性の偏光依存性が大きい2つの回折格子(第1,第2回折層30,40)を用いることにより、高い回折効率を達成し、同時に、偏光依存性を解消することに成功している。
【0045】
また、2つの回折格子(第1,第2回折層30,40)を偏光変換層(1/2波長板)20の基板表面へ形成すれば、回折格子10全体の厚さを2mm以下にすることも可能であり、分光器へ搭載するときに、その厚さが支障となることはない。
【0046】
図5(A)(B)に、格子の回折効率特性の一例を示す。図5(A)は透過回折光率と格子深さの関係を示し、図5(B)は一次回折効率と波長の関係を示している。この格子の周期は400nmであり、断面の形状はほぼ矩形である。光の入射角度は58度であり、波長680nmに対してブラッグ回折条件が満足される。ラマン分光へ用いる一次回折光の効率は、図5(B)に示すように、中心波長680nmに対して、TE偏光のときに93%、TM偏光のときに0%である。このように、回折効率の偏光依存性がきわめて大きい。図5(A)に示すように、格子の深さを700−1000nm(R1)とすると、TE偏光の効率はほぼ80%以上となり、格子の深さを500−1200nm(R2)とすると、TE偏光の効率はほぼ60%以上となる。また、図5(B)に示すように、格子の使用波長帯域を630−730nmとすると、TE偏光の効率は80%以上となり、TM偏光の効率7%以下である。
【0047】
1.4.波長分解能
第1回折層30の屈折率変調構造32では、図6に示すように、入射角度θ1、角度θ2である。ここで、波長分解能は、
波長分解能=Δθ2/Δλ(rad/nm)=1/Pcosθ2 (3)
が成立する。よって、格子間隔Pを狭く、回折角度θ2を大きくすれば、波長分解能は高くなることが分かる。
【0048】
このように、波長分解能を高くできれば、短い距離で分光が可能となり、回折格子を含む検出装置の小型化が図られる。こうして、本実施形態では、高い回折効率、偏光依存性の解消、及び高い波長分解能を同時に達成することができる。
【0049】
2.第2実施形態
図7は本発明の第2実施形態に係る透過型回折格子50を示している。図7に示す透過型回折格子50もまた、偏光変換層20と、偏光変換層20の一面側に配置される第1回折層60と、偏光変換層20の他面側に配置される第2回折層70と、を有する。
【0050】
第1回折層60は屈折率変調構造62を有し、第2回折層70は屈折率変調構造72を有する。第1回折層60は、偏光変換層20に接合されるベース層64と、屈折率変調構造62を保護する保護層66と、のいずれか一方または双方をさらに含むことができる。同様に、第2回折層70は、偏光変換層20に接合されるベース層74と、屈折率変調構造72を保護する保護層76と、のいずれか一方または双方をさらに含むことができる。
【0051】
ここで、本実施形態では、屈折率変調構造62,72は、第1実施形態のように誘電体による凹凸パターンでない。屈折率変調構造62,72は、第1屈折率n1の物質と第2屈折率n2の物質とが第1方向Aにて交互に積層された構造であり、第1実施形態のように空気の屈折率である凹部(溝)32B(42B)は用いていない。
【0052】
このような屈折率変調構造62(72)では、例えばベース層64(74)をレーザー等にて干渉縞露光して、乾式または湿式現像することで、ベース層64(74)の表面に第1,第2屈折率n1,n2の分布構造を得ることができる。
【0053】
従って、第1実施形態に係る回折格子10に代えて回折格子50を用いても、高い回折効率、偏光依存性の解消、及び高い波長分解能を同時に達成することができる。
【0054】
このように、後述する第3実施形態と比較すると、第1,第2実施形態では傾斜がない回折格子に対して本発明を適用している。したがって、回折効率の偏光依存性が大きいために従来注目されなかった高密度な回折格子(λ/P>1.5)を、分光装置へ用いることができるようになる。
【0055】
3.第3実施形態
本実施形態では、ブラッグ反射を生じる周期構造を傾斜させて、回折角度をより大きくすることで、波長分解能の向上と回折効率の広帯域化を行う。図8に、図6に示す凸部32A(42A)に代えて傾斜した凸部32C(42C)を有する回折層80の断面図を示す。
【0056】
凸部32C(42C)は第1方向Aに沿って周期P/cosφ(格子間隔)で配列される。凸部32C(42C)は、例えばベース層34(図2参照)の主面に直交する基準線Lに対して角度φ(φ>0°)だけ傾斜して形成される。より具体的には、凸部32C(42C)には、基準線Lに対して角度φで傾斜する傾斜面32D(42D)が形成される。傾斜面32D(42D)は、傾斜面32D(42D)に垂直な方向での周期がPであり、回折光(ブラッグ反射光)は、この周期Pの周期構造により生じる。なお、使用波長λと格子周期Pが1.25<λ/P<2.0、さらに好ましくは1.5<λ/P<2.0を満たすことが望ましい。また、格子周期Pが250−550nmであり、凸部32C(42C)の高さが500〜1100nmであることが望ましい。また、傾斜角度がφ<45°であることが望ましい。
【0057】
図8に示すように、回折格子には波長λの入射光が角度θ1で入射し、回折光が角度θ2で回折されて透過する。ここで波長分解能Δθ2/Δλは、下式(4)で表される。なお、下式(4)でφ=0とすると上式(3)が得られ、傾斜がない場合の波長分解能を表す式となる。
【0058】
Δθ2/Δλ=cosφ/(P・cosθ2) (4)
次に、本実施形態による波長分解能と回折効率を向上させる手法について説明する。図8に示すように、本実施形態では傾斜面32D(42D)の周期構造によるブラッグ回折を利用している。図8の例を、傾斜角度φ=0°の場合(図6)と比較して考える。ブラッグ回折が生じる入射光の入射角度をブラッグ角度θとすると、ブラッグ条件は空気(媒質)の屈折率をnとして下式(5)で表される。図8では、ブラッグ角度θは、傾斜面32D(42D)に対する角度とほぼ等しい。
【0059】
2nPsinθ=λ (5)
先に説明したように、波長分解能Δθ2/Δλを大きくするためにはブラッグ角度θ(回折角度)を大きくする必要がある。上式(5)より、ブラッグ角度θを大きくすると、Pを小さくしなければならないことが分かる。しかしながら、先に説明したように、周期Pを小さくすると回折効率の高い波長帯域が狭くなってしまう。そこで、本実施形態では、図8に示すように凸部32C(42C)を傾斜させることで、回折角度θ2を大きくしている。このとき、入射角度θ1は近似的にθ1=θ−φであり、回折角度θ2は近似的にθ2=θ+φである。なお、厳密には入射角度θ1=θ−φ、回折角度θ2=θ+φであるとは限らない。このように、凸部32C(42C)を傾斜させることで回折角度θ2をブラッグ角度θよりも大きくできるため、回折角度θ2により波長分解能Δθ/Δλを大きくするとともに、φ=0°の場合に比べて周期Pをより大きな値にできる。
【0060】
図9に、回折角度に対する波長分解能の特性例を示す。図9は、波長λ=633nm、格子周期P=366nm、傾斜角度φ=10°の場合の例であり、一次透過回折光のブラッグ角度はθ=59.9°である。格子周期P=366nmは、従来技術での格子周期Pa=333nmに比べて10%大きい値である。また、この回折格子の波長分解能は、周期がP/cosφ=366/cos(10°)=372nmである傾斜がない回折格子の波長分解能と同じである。
【0061】
格子の傾斜がないφ=0°の場合には、回折角度がブラッグ角度θ=59.9°の近傍で、一次回折光の回折効率は最大となる。このとき、図9に示すように、波長分解能は0.005[rad/nm]にとどまる。一方、格子をφ=10°傾斜させた場合には、回折角度はθ2=73°まで広がるため、波長分解能はφ=0°の場合から約1.8倍向上して0.009[rad/nm]以上となる。このように、回折格子を角度φ=10°で傾斜させることで、回折角度β=73°の近傍において高い回折効率を実現している。
【0062】
このような傾斜した凸部32C(42C)を有する回折層60を単体で用いると、偏光依存性が大きい。図10(A)(B)に、一次回折効率とλ/Pの関係を示した。図中、屈折率変調構造の厚さhをパラメータにとってある。λ/P=1.7の条件では、屈折率変調構造の厚さhが十分に大きい(溝が深い)場合には、TE偏光に対して80%を越える高い効率が得られる(図10(A)参照)。しかし、TM偏光に対する効率はほとんど期待できない(図10(B)参照)。
【0063】
そこで、この第3実施形態では、図1に示す偏光変換層20の両側に、傾斜した凸部32C(42C)を有する第1,第2回折層を設けることで、第1実施形態と同様にして、偏光依存性も解消できる。しかも、第3実施形態では、回折角度θ2をより大きくして波長分解能を向上することと、必要な波長分解能が得られる範囲で周期Pをできるだけ大きくして回折効率を広帯域化することを同時に実現できる。
【0064】
第3実施形態にて説明した傾斜を有する屈折率変調構造は、第1実施形態の凹凸パターンに適用されるものに限らず、図7に示す第2実施形態の屈折率変調構造にも適用することができる。
【0065】
また、第3実施形態にて説明した傾斜を有する屈折率変調構造の製造方法は、本願出願人により先願の特願2010−111124に開示されたものを採用することができる。
【0066】
なお、第1〜第3実施形態において、使用波長λと格子周期Pとの関係を1.5<λ/P<2.0としたとき、屈折率変調構造の厚さhと格子周期Pとの関係は、1.75<h/P<2.50とすることが望ましい。
【0067】
4.第4実施形態
本発明の第4実施形態として、上述した第1〜第3の実施形態のいずれか一つの回折格子を有する検出装置について説明する。
【0068】
図11(A)、図11(B)に、本実施形態の回折格子が適用される検出装置の第1の構成例を示す。この検出装置は、ラマンセンサー300(センサーチップ、光デバイス)、第1の凹面鏡310、バンドパスフィルター320、回折格子340、第2の凹面鏡350、アレイ光検出器360(検出器)、光源370、エッジフィルター380を含む。この検出装置は、1つの回折格子340と2つの凹面鏡310、350が所定の位置関係に配置されたシングル分光装置である。なお、以下では、ラマン分光測定を行うための検出装置について説明するが、本実施形態の回折格子は、他の分光手法を用いた検出装置にも適用できる。また、回折格子340は、例えば図8に示す第3実施形態に係る傾斜した屈折率変調構造を有する回折格子とする。
【0069】
図11(B)に示すように、光源370からのレーザー光は、エッジフィルター380により反射され、ラマンセンサー300上の試料390(標的物)に照射される。例えば、光源370は、連続発振のHe−Neレーザー(波長633nm、出力20mW)である。レーザー光が照射された試料390は、ラマンセンサー300による表面増強ラマン散乱により、レイリー散乱光とラマン散乱光を発生させる。これらの散乱光は、エッジフィルター380に入射される。このエッジフィルター380は、レーザー光の波長(633nm)の光を反射し、それより長波長の光を透過する。すなわち、エッジフィルター380によりレイリー散乱光は反射され、ラマン散乱光は透過される。透過したラマン散乱光は凹面鏡310に入射され、凹面鏡310により平行光にされる。
【0070】
次に、図11(A)に示すように、凹面鏡310からの反射光は、バンドパスフィルター320を通過し、回折格子340に所定の入射角度θ1で入射される。バンドパスフィルター320は、さらにレイリー散乱光を遮断し、ラマン散乱光のみを透過する。回折格子340への入射光は、図4(A)(B)にて説明した通り、第1回折層30、偏光変換層20及び第2回折層40にて、偏光変換、回折角度θ2での回折または透過され、分光される。分光されたラマン散乱光は、波長毎に僅かに異なる回折角度であり、各波長では平行光である。この分光されたラマン散乱光は、凹面鏡350へ入射され、凹面鏡350によりアレイ光検出器360上に集光され、スペクトル分布を形成する。そして、アレイ光検出器360によりラマン散乱光のスペクトル分布が検出される。
【0071】
次に、この検出装置の波長分解能について具体的に説明する。アレイ光検出器360上でのレイリー散乱光の位置をX(λ)とし、ラマン散乱光(ストークス光)の位置をX(λ+Δλ)とすると、これらの位置間の距離は下式(6)で表される。ここで、fは凹面鏡350の集光距離(焦点距離)、Δθ2/Δλは回折格子340の波長分解能である。
【0072】
X(λ+Δλ)−X(λ)=f・Δλ・(Δθ2/Δλ) (6)
上式(6)より、波長分解能Δθ2/Δλが十分に大きい場合には、凹面鏡350の集光距離fが短くても、ラマン散乱光とレイリー散乱光の間を広く分光できることが分かる。そのため、本実施形態の高分解能な回折格子を用いることで、凹面鏡350の集光距離fを短くし、各構成要素をコンパクトに配置して分光器を小型化できる。
【0073】
例えば、図11(A)の回折格子340として図2で説明した回折格子10を用いた場合では、回折格子の周期は400nm(2500本/mm)、傾斜角度は0度、波長分解能は0.005rad/nmであり、凹面鏡の焦点距離fは20mmである。この場合、波長差が0.5nmのふたつの散乱光成分はアレイ光検出器の上で50μmだけ離れており、一般的なアレイ検出器を用いても十分に解像される。さらに、レイリー散乱光からラマン散乱光までの距離は、ラマンシフト量を50nmとすると、20μmx50/0.5=2mm程度あり、十分に遠い。したがって、図11(B)に示されたエッジフィルター380の特性に対する負荷は大きく軽減される。比較的精度がゆるい分光用途では、エッジフィルター380が不要になる。
【0074】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できるであろう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語(回折格子、センサーチップ、検出器等)と共に記載された用語(透過型回折格子、ラマンセンサー、アレイ光検出器等)は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また回折格子、分光装置、検出装置等の構成、動作も本実施形態で説明したものに限定に限定されず、種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0075】
10,50 透過型回折格子(回折格子)、20 偏光変換層、30,60 第1回折層、32,42,62,72 屈折率変調構造、32A,42A 凸部、32B,42B 凹部(溝)、32C,42C 傾斜した凸部、32D,42D 傾斜面、34,44,64,74 ベース層、40,70 第2回折層、66,76 保護層、80 回折層、300 ラマンセンサー、310 凹面鏡、320 バンドパスフィルター、340 回折格子、350 凹面鏡、360 アレイ光検出器、370 光源、380 エッジフィルター、390 試料、θ1 入射角度、θ2 回折角度
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型回折格子及び検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラマン分光器等の分光装置に用いられている回折格子の多くは反射型である。反射型の回折格子として、例えば断面が鋸歯状に形成されたブレーズ化格子がある(例えば、特許文献1に記載の回折格子)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−354176号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、反射型の回折格子には、波長分解能を向上させることと、高回折効率が得られる波長帯域を広げることの両立が困難であるという課題がある。例えば、ブレーズ化回折格子では、断面形状がブレーズ化されていることで、回折効率が向上する。しかしながら、ブレーズ化回折格子では、波長分解能を向上するために格子周期を短くすると、高回折効率が得られる波長帯域がきわめて狭くなってしまう。
【0005】
図12に、本実施形態の比較例として、ブレーズ化回折格子の例を示す。図12に示すように、ブレーズ化回折格子の格子周期をPaとし、入射光の波長をλaとし、入射光の入射角度をαaとし、一次回折光の回折角度をβaとする。
【0006】
まず、波長分解能について考える。回折格子の波長分解能Δβ/Δλは下式(1)で表される。下式(1)より、波長分解能Δβ/Δλを高めるためには、格子周期Paを小さくし、回折角度βaを大きくすればよいことがわかる。
【0007】
Δβ/Δλ=1/(Pa・cosβa) (1)
図13は、上式(1)において波長λa=633nm、格子周期Pa=333nmとした場合の、回折角度βaに対する波長分解能Δβa/Δλaの特性例である。この例では、波長と格子周期の比はλa/Pa=1.9である。このとき、回折角度βaは72度となり、波長分解能Δβa/Δλaはおよそ0.01まで向上する。
【0008】
次に、一次回折光の回折効率について考える。反射型回折格子の場合には、その断面形状をブレーズ化することで回折効率を高めることが可能である。しかしながら、波長分解能Δβa/Δλaを向上させるために格子周期Paを小さくすると、断面形状をブレーズ化しても高い回折効率を得ることは難しい(最新 回折光学素子 技術全集,技術情報協,p.107-p.120(2004))。このように、ブレーズ化回折格子等の反射型回折格子では、高い波長分解能と高い回折効率を同時に実現することは困難となってしまう。
【0009】
例えば、ラマン分光器等の分光装置では、高い波長分解能と高い回折効率を広い波長域で同時に満足する回折格子が求められている。ラマン分光では、試料からの散乱光は、主にレイリー散乱光とラマン散乱光である(以下では、レイリー散乱波長λrayよりも長いラマン散乱波長λray+Δλを有するストークス成分に注目する)。このラマン分光では、実用上課題となることがいくつかある。まず、ラマン散乱光の強度は、レイリー散乱光の強度と比べて極めて微弱である。次に、ラマン分光により物質を特定する場合、試料から散乱されるラマン散乱光を0.5nm程度の波長分解能で分光する必要がある。さらに、レイリー散乱光とラマン散乱光の波長差が100nm程度まで広く求められる場合もある。これらの点を考慮すると、ラマン分光に使用される回折格子では、可視から近赤外(波長400nm〜1100nm)において0.5nm程度の高い波長分解能を得られることが要求される。加えて、100nm程度の広い波長帯域において高い回折効率が得られることが要求される。
【0010】
加えて、回折格子の光学特性が入射光の偏光状態に大きく依存する場合には、偏光方位に偏りがない散乱光のごく一部しか検出器へ取り込むことができず、また、信号対ノイズ比も低くなるため、検出器に対して過剰な仕様を求めることになる。
【0011】
本発明の幾つかの態様によれば、入射光の偏光方位に偏りがなく、かつ、回折層の偏光依存性が大きい場合に、高い回折効率が得られる透過型回折格子及びそれを用いた検出装置を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明の一態様は、
偏光変換層と、
前記偏光変換層の一面側に配置される第1回折層と、
前記偏光変換層の他面側に配置される第2回折層と、
を有し、
前記第1回折層及び前記第2回折層は共に、第1方向に沿って周期Pで配列される屈折率変調構造を有し、かつ、TE偏光成分に対する一次回折効率がTM偏光成分に対する一次回折効率よりも高い透過型回折格子に関する。
【0013】
ここで、屈折率変調構造のうちの同一屈折率構造が第1方向と交差して延びる方向を第2方向とする。偏光方位が第2方向と平行な直線偏光がTE偏光であり、偏光方位が第2方向と垂直な直線偏光がTM偏光である。
【0014】
本発明の一態様によれば、偏光方位に偏りがない入射光が例えば第1回折層に入射されると、TE偏光成分に対する回折効率は高いためにTE偏光成分の多くは回折され、他方TM偏光成分に対する回折効率は低いためにTM偏光成分の多くは透過する。次に、偏光変換層では、TE偏光成分がTM偏光成分に、TM偏光成分がTE偏光成分に偏光変換される。さらに、第2回折層でもTE偏光成分に対する回折効率は高く、TM偏光成分に対する回折効率は低いために、TE偏光成分の多くは回折され、TM偏光成分の多くは透過する。
【0015】
ここで、TE偏光に対する第1,第2回折層の各々の一次回折効率をαとし、TM偏光に対する第1,第2回折層の各々の一次回折効率をβとすると、透過型回折格子の光利用効率は、光利用効率=α+(1−2α)βとなる。一次回折効率の偏光依存性が大きく、例えばα≒1、β≒0の場合、上式の光利用効率はほぼαに等しい。すなわち、透過型回折格子の光利用効率は、それを構成する回折格子のTE偏光に対する一次回折効率にほぼ等しくなる。こうして、回折層における一次回折効率の偏光依存性が大きくても、高い回折効率が得られる。
【0016】
(2)本発明の一態様では、分光波長帯域中の波長をλとしたとき、前記偏光変換層はλ/2波長板とすることができる。λ/2波長板は、TE偏光成分をTM偏光成分に、TM偏光成分をTE偏光成分に偏光変換する。
【0017】
(3)本発明の一態様では、前記偏光変換層は積層された複数の水晶板を含むことができる。複数の水晶板でも使用波長帯域にて180度に近い位相差を実現でき、TE偏光成分をTM偏光成分に、TM偏光成分をTE偏光成分に偏光変換できる。
【0018】
(4)本発明の一態様では、前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、前記偏光変換層に接合されるベース層をさらに含み、前記ベース層上に前記屈性率変調構造を有することができる。こうすると、偏光変換層に接合されるベース層を、リソグラフィ、インプリントまたは干渉縞露光等により加工して、ベース層の表面に屈性率変調構造を形成することができる。
【0019】
(5)本発明の一態様では、前記屈性率変調構造は、凹凸パターンとすることができる。凸部の屈折率は凹部である溝の屈折率(空気の屈折率)と異なるので、屈性率変調構造が実現できる。
【0020】
(6)本発明の一態様では、前記屈折率変調構造は、凹凸パターンに代えて、第1屈折率の物質と第2屈折率の物質とが前記第1方向にて交互に積層された構造としても良い。
【0021】
(7)本発明の一態様では、前記屈折率変調構造の高さをhとしたとき、1.5<λ/P<2.0でかつ1.75<h/P<2.50を満たすことができる。
【0022】
こうすると、一次回折光の効率が高くかつ同効率の偏光依存性が大きい透過型回折格子を実現できる。ここで、λ/Pの下限は、一次回折効率の偏光依存性が大きいという要求から決まる。λ/Pの上限は、一次回折光を空気中に取り出せるという要求から決まる。また、h/Pの上限及び下限は、両者の間に存在する一次回折効率の最大値のおよそ90%以上の効率を与えるという条件から決まる。
【0023】
(8)本発明の一態様では、前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、誘電体により形成される傾斜面を有し、前記傾斜面は、基準線に対して傾斜して配列され、入射光の入射角度を前記基準線に対して角度αとし、回折光の回折角度を前記基準線に対して角度βとする場合に、前記入射角度θ1は、前記傾斜面に対するブラッグ角度θよりも小さい角度であり、前記回折角度θ2、前記ブラッグ角度θよりも大きい角度とすることができる。
【0024】
本発明の一態様によれば、誘電体により形成される傾斜面が、基準線に対して傾斜され、配列される。そして、透過型回折格子に対する入射光が、ブラッグ角度θよりも小さい角度θ1で入射され、回折光が、ブラッグ角度θよりも大きい角度θ2で出射される。これにより、波長分解能を向上し、高回折効率を得られる波長帯域を広げること等が可能になる。
【0025】
(9)本発明の他の態様は、
上述した透過型回折格子と、
標的物からの散乱光または反射光を前記透過型回折格子に入射させる光学系と、
前記透過型回折格子からの回折光を検出する検出器と、
を含む検出装置を定義している。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態に係る透過型回折格子の概略説明図である。
【図2】回折格子中の第1回折層とそれへの入射光とを示す図である。
【図3】複数の水晶板を積層して成る偏光変換層の波長−位相差の特性図である。
【図4】図4(A)(B)は回折格子の作用を示す特性図であり、図4(A)は入射光中のTE偏光成分に対する回折及び偏光変換作用を示し、図4(B)は入射光中のTM偏光成分に対する回折及び偏光変換作用を示している。
【図5】図5(A)は回折効率と格子深さとの関係を示す特性図であり、図5(B)は回折効率と波長との関係を示す特性図である。
【図6】入射角度と回折角度との関係を示す特性図である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る透過型回折格子を示す図である。
【図8】本発明の第3実施形態に係る傾斜した屈折率変調構造を有する回折層を示す図である。
【図9】回折角度と波長分解能の関係を示す特性図である。
【図10】図10(A)はλ/PとTE偏光成分に対する一次回折効率との関係を示す特性図、図10(B)はλ/PとTM偏光成分に対する一次回折効率との関係を示す特性図である。
【図11】図11(A)、図11(B)は、検出装置を説明する図である。
【図12】従来技術であるブレーズ化回折格子を説明する図である。
【図13】図12に示すブレーズ回折格子における回折角度に対する波長分解能の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0028】
1.第1実施形態
1.1.回折格子
図1は、本実施形態に係る分光装置である回折格子10を示している。この回折格子10は透過型であり、使用波長に対して透明な一種または二種以上の誘電体から構成することができる。透過型回折格子(以下回折格子とも言う)10は、偏光変換層20と、偏光変換層20の一面側に配置される第1回折層30と、偏光変換層20の他面側に配置される第2回折層40と、を有する。
【0029】
第1回折層30は屈折率変調構造32を有し、第2回折層40は屈折率変調構造42を有する。第1回折層30は、偏光変換層20に接合されるベース層34をさらに含むことができる。この場合、第1回折層30は、ベース層34上に屈性率変調構造32を有する。同様に、第2回折層40は、偏光変換層20に接合されるベース層44をさらに含むことができる。この場合、第2回折層40は、ベース層44上に屈性率変調構造42を有する。
【0030】
ここで、本実施形態では、屈折率変調構造32,42は、誘電体による凹凸パターンとしている。例えば、レーザー干渉露光でベース層34,44上にジストパターンを作成し、リソグラフィやインプリントによりレジストパターンをベース層34,44上へ転写すれば、凹凸パターンを形成できる。
【0031】
図2は、第2回折層40と同一構造(周期、深さ、線幅)を有する第1回折層30の一部を示している。図2に示すように、第1回折層30の屈折率変調構造32は、ベース層34から例えば垂直に延びる凸部32Aと、2つの凸部32A間の凹部(溝)32Bとを第1方向Aにて交互に有する凹凸パターンである。第2回折層40の屈折率変調構造42も同一である。
【0032】
つまり、屈折率変調構造32(42)は、屈折率n1の凸部32A(42A)と屈折率n2(空気の屈折率1)の凹部32B(42B)とが交互に第1方向Aに沿って周期Pで配置されたものである。
【0033】
第1及び第2回折層30,40の屈折率変調構造32,42の各々は、例えば、周期P:400nm、深さh:800nmであり、線幅d/周期P(fill factor):0.45である。
【0034】
1.2.TE偏光及びTM偏光
ここで、回折格子10への入射光は、偏光方位には一般に偏りがない。図2では、回折格子10の凹部(溝)32Bの方向が紙面に垂直な方向(第2方向)であるので、電場ベクトルの振動方向(偏光方位)が紙面に垂直な方向にある偏光がTE偏光であり、電場ベクトルの振動方向(偏光方位)が紙面に平行な方向にある偏光がTM偏光である。よって、図2に示す回折格子10への入射光Qは、TE偏光とTM偏光の双方を含んでいる。
【0035】
偏光変換層20は1/2波長板としての機能を有し、入射する直線偏光の方位を90°だけ回す。すなわち、偏光変換層20はTE偏光をTM偏光へ変換し、TM偏光をTE偏光へ変換する。この偏光変換層20は、特定の角度で斜めに入射する光に対して1/2波長板として機能するように設計されている。このような波長板は、例えば、斜方蒸着により実現できる。偏光変換層20は、例えば特開2007−310052に開示された広帯域波長板を使用することができる。
【0036】
また、特開2004−170853に開示されているように、特定の結晶方位で切り出した複数枚の水晶板を積層したものを偏光変換層20として用いることもできる。一例として、2枚のY−cut水晶板を張り合わせ成る偏光変換層20の位相差と波長の関係を図3に示す。波長680nmに対して位相差は180度であり、波長帯域600−760nmにおいて172度以上の位相差が得られる。これは、本発明をラマン分光へ用いる上で十分な特性である。
【0037】
1.3.回折効率と偏光依存性
図4(A)(B)に、透過型回折格子10の作用を示す。図4(A)(B)では、TE偏光に対する第1,第2回折層30,40の各々の一次回折効率をαとし、TM偏光に対する第1,第2回折層30,40の各々の一次回折効率をβとしている。
【0038】
本実施形態では、第1,第2回折層30,40の各々は、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも大きい。つまり、α>βであり、波長λ、格子周期Pに対して1.5<λ/P<2.0が満たされる場合はα≫βであり、α≒1、β≒0とみなすこともできる。
【0039】
図4(A)に示すように、TE偏光成分に対する回折効率αは大きいので、TE偏光成分の多くは第1回折層30で回折され、偏光変換層(1/2波長板)20を通過するときにTM偏光成分へ変換される。TM偏光成分に対する回折効率βは小さいので、TM偏光成分の多くは第2回折層40では回折されずに透過する。
【0040】
他方、図4(B)に示すように、TM偏光成分に対する回折効率βは小さいので、TM偏光成分の多くは第1回折層30では回折されずに透過し、偏光変換層(1/2波長板)20を通過するときにTE偏光成分へ変換される。TE偏光成分に対する回折効率αは大きいので、TE偏光成分の多くは第2回折層40では回折される。
【0041】
上述した回折効率α及びβを用いると、回折格子10の光利用効率は、
光利用効率=α+(1−2α)β (2)
の通り与えられる。
【0042】
ここで、一次回折効率の偏光依存性が大きく、α≒1、β≒0の場合、式(2)はほぼαに等しい。すなわち、回折格子10の光利用効率は、それを構成する格子のTE偏光に対する一次回折効率にほぼ等しくなる。このようにして、回折格子10へ入射した光のほとんどを回折、すなわち分光することができる。
【0043】
他方、一次回折効率の偏光依存性が小さく、α≒βの場合、式(2)は2α〈1−α〉となる。したがって、利用効率はα=0.5のときに最大となるが、その値は0.5にとどまり、一次回折効率の偏光依存性が大きい場合の利用効率のほぼ半分である。このことから、本発明においては、偏光依存性の大きな回折格子を用いることが必須であることがわかる。
【0044】
このように、本実施形態に係る透過型回折格子10では、回折効率特性の偏光依存性が大きい2つの回折格子(第1,第2回折層30,40)を用いることにより、高い回折効率を達成し、同時に、偏光依存性を解消することに成功している。
【0045】
また、2つの回折格子(第1,第2回折層30,40)を偏光変換層(1/2波長板)20の基板表面へ形成すれば、回折格子10全体の厚さを2mm以下にすることも可能であり、分光器へ搭載するときに、その厚さが支障となることはない。
【0046】
図5(A)(B)に、格子の回折効率特性の一例を示す。図5(A)は透過回折光率と格子深さの関係を示し、図5(B)は一次回折効率と波長の関係を示している。この格子の周期は400nmであり、断面の形状はほぼ矩形である。光の入射角度は58度であり、波長680nmに対してブラッグ回折条件が満足される。ラマン分光へ用いる一次回折光の効率は、図5(B)に示すように、中心波長680nmに対して、TE偏光のときに93%、TM偏光のときに0%である。このように、回折効率の偏光依存性がきわめて大きい。図5(A)に示すように、格子の深さを700−1000nm(R1)とすると、TE偏光の効率はほぼ80%以上となり、格子の深さを500−1200nm(R2)とすると、TE偏光の効率はほぼ60%以上となる。また、図5(B)に示すように、格子の使用波長帯域を630−730nmとすると、TE偏光の効率は80%以上となり、TM偏光の効率7%以下である。
【0047】
1.4.波長分解能
第1回折層30の屈折率変調構造32では、図6に示すように、入射角度θ1、角度θ2である。ここで、波長分解能は、
波長分解能=Δθ2/Δλ(rad/nm)=1/Pcosθ2 (3)
が成立する。よって、格子間隔Pを狭く、回折角度θ2を大きくすれば、波長分解能は高くなることが分かる。
【0048】
このように、波長分解能を高くできれば、短い距離で分光が可能となり、回折格子を含む検出装置の小型化が図られる。こうして、本実施形態では、高い回折効率、偏光依存性の解消、及び高い波長分解能を同時に達成することができる。
【0049】
2.第2実施形態
図7は本発明の第2実施形態に係る透過型回折格子50を示している。図7に示す透過型回折格子50もまた、偏光変換層20と、偏光変換層20の一面側に配置される第1回折層60と、偏光変換層20の他面側に配置される第2回折層70と、を有する。
【0050】
第1回折層60は屈折率変調構造62を有し、第2回折層70は屈折率変調構造72を有する。第1回折層60は、偏光変換層20に接合されるベース層64と、屈折率変調構造62を保護する保護層66と、のいずれか一方または双方をさらに含むことができる。同様に、第2回折層70は、偏光変換層20に接合されるベース層74と、屈折率変調構造72を保護する保護層76と、のいずれか一方または双方をさらに含むことができる。
【0051】
ここで、本実施形態では、屈折率変調構造62,72は、第1実施形態のように誘電体による凹凸パターンでない。屈折率変調構造62,72は、第1屈折率n1の物質と第2屈折率n2の物質とが第1方向Aにて交互に積層された構造であり、第1実施形態のように空気の屈折率である凹部(溝)32B(42B)は用いていない。
【0052】
このような屈折率変調構造62(72)では、例えばベース層64(74)をレーザー等にて干渉縞露光して、乾式または湿式現像することで、ベース層64(74)の表面に第1,第2屈折率n1,n2の分布構造を得ることができる。
【0053】
従って、第1実施形態に係る回折格子10に代えて回折格子50を用いても、高い回折効率、偏光依存性の解消、及び高い波長分解能を同時に達成することができる。
【0054】
このように、後述する第3実施形態と比較すると、第1,第2実施形態では傾斜がない回折格子に対して本発明を適用している。したがって、回折効率の偏光依存性が大きいために従来注目されなかった高密度な回折格子(λ/P>1.5)を、分光装置へ用いることができるようになる。
【0055】
3.第3実施形態
本実施形態では、ブラッグ反射を生じる周期構造を傾斜させて、回折角度をより大きくすることで、波長分解能の向上と回折効率の広帯域化を行う。図8に、図6に示す凸部32A(42A)に代えて傾斜した凸部32C(42C)を有する回折層80の断面図を示す。
【0056】
凸部32C(42C)は第1方向Aに沿って周期P/cosφ(格子間隔)で配列される。凸部32C(42C)は、例えばベース層34(図2参照)の主面に直交する基準線Lに対して角度φ(φ>0°)だけ傾斜して形成される。より具体的には、凸部32C(42C)には、基準線Lに対して角度φで傾斜する傾斜面32D(42D)が形成される。傾斜面32D(42D)は、傾斜面32D(42D)に垂直な方向での周期がPであり、回折光(ブラッグ反射光)は、この周期Pの周期構造により生じる。なお、使用波長λと格子周期Pが1.25<λ/P<2.0、さらに好ましくは1.5<λ/P<2.0を満たすことが望ましい。また、格子周期Pが250−550nmであり、凸部32C(42C)の高さが500〜1100nmであることが望ましい。また、傾斜角度がφ<45°であることが望ましい。
【0057】
図8に示すように、回折格子には波長λの入射光が角度θ1で入射し、回折光が角度θ2で回折されて透過する。ここで波長分解能Δθ2/Δλは、下式(4)で表される。なお、下式(4)でφ=0とすると上式(3)が得られ、傾斜がない場合の波長分解能を表す式となる。
【0058】
Δθ2/Δλ=cosφ/(P・cosθ2) (4)
次に、本実施形態による波長分解能と回折効率を向上させる手法について説明する。図8に示すように、本実施形態では傾斜面32D(42D)の周期構造によるブラッグ回折を利用している。図8の例を、傾斜角度φ=0°の場合(図6)と比較して考える。ブラッグ回折が生じる入射光の入射角度をブラッグ角度θとすると、ブラッグ条件は空気(媒質)の屈折率をnとして下式(5)で表される。図8では、ブラッグ角度θは、傾斜面32D(42D)に対する角度とほぼ等しい。
【0059】
2nPsinθ=λ (5)
先に説明したように、波長分解能Δθ2/Δλを大きくするためにはブラッグ角度θ(回折角度)を大きくする必要がある。上式(5)より、ブラッグ角度θを大きくすると、Pを小さくしなければならないことが分かる。しかしながら、先に説明したように、周期Pを小さくすると回折効率の高い波長帯域が狭くなってしまう。そこで、本実施形態では、図8に示すように凸部32C(42C)を傾斜させることで、回折角度θ2を大きくしている。このとき、入射角度θ1は近似的にθ1=θ−φであり、回折角度θ2は近似的にθ2=θ+φである。なお、厳密には入射角度θ1=θ−φ、回折角度θ2=θ+φであるとは限らない。このように、凸部32C(42C)を傾斜させることで回折角度θ2をブラッグ角度θよりも大きくできるため、回折角度θ2により波長分解能Δθ/Δλを大きくするとともに、φ=0°の場合に比べて周期Pをより大きな値にできる。
【0060】
図9に、回折角度に対する波長分解能の特性例を示す。図9は、波長λ=633nm、格子周期P=366nm、傾斜角度φ=10°の場合の例であり、一次透過回折光のブラッグ角度はθ=59.9°である。格子周期P=366nmは、従来技術での格子周期Pa=333nmに比べて10%大きい値である。また、この回折格子の波長分解能は、周期がP/cosφ=366/cos(10°)=372nmである傾斜がない回折格子の波長分解能と同じである。
【0061】
格子の傾斜がないφ=0°の場合には、回折角度がブラッグ角度θ=59.9°の近傍で、一次回折光の回折効率は最大となる。このとき、図9に示すように、波長分解能は0.005[rad/nm]にとどまる。一方、格子をφ=10°傾斜させた場合には、回折角度はθ2=73°まで広がるため、波長分解能はφ=0°の場合から約1.8倍向上して0.009[rad/nm]以上となる。このように、回折格子を角度φ=10°で傾斜させることで、回折角度β=73°の近傍において高い回折効率を実現している。
【0062】
このような傾斜した凸部32C(42C)を有する回折層60を単体で用いると、偏光依存性が大きい。図10(A)(B)に、一次回折効率とλ/Pの関係を示した。図中、屈折率変調構造の厚さhをパラメータにとってある。λ/P=1.7の条件では、屈折率変調構造の厚さhが十分に大きい(溝が深い)場合には、TE偏光に対して80%を越える高い効率が得られる(図10(A)参照)。しかし、TM偏光に対する効率はほとんど期待できない(図10(B)参照)。
【0063】
そこで、この第3実施形態では、図1に示す偏光変換層20の両側に、傾斜した凸部32C(42C)を有する第1,第2回折層を設けることで、第1実施形態と同様にして、偏光依存性も解消できる。しかも、第3実施形態では、回折角度θ2をより大きくして波長分解能を向上することと、必要な波長分解能が得られる範囲で周期Pをできるだけ大きくして回折効率を広帯域化することを同時に実現できる。
【0064】
第3実施形態にて説明した傾斜を有する屈折率変調構造は、第1実施形態の凹凸パターンに適用されるものに限らず、図7に示す第2実施形態の屈折率変調構造にも適用することができる。
【0065】
また、第3実施形態にて説明した傾斜を有する屈折率変調構造の製造方法は、本願出願人により先願の特願2010−111124に開示されたものを採用することができる。
【0066】
なお、第1〜第3実施形態において、使用波長λと格子周期Pとの関係を1.5<λ/P<2.0としたとき、屈折率変調構造の厚さhと格子周期Pとの関係は、1.75<h/P<2.50とすることが望ましい。
【0067】
4.第4実施形態
本発明の第4実施形態として、上述した第1〜第3の実施形態のいずれか一つの回折格子を有する検出装置について説明する。
【0068】
図11(A)、図11(B)に、本実施形態の回折格子が適用される検出装置の第1の構成例を示す。この検出装置は、ラマンセンサー300(センサーチップ、光デバイス)、第1の凹面鏡310、バンドパスフィルター320、回折格子340、第2の凹面鏡350、アレイ光検出器360(検出器)、光源370、エッジフィルター380を含む。この検出装置は、1つの回折格子340と2つの凹面鏡310、350が所定の位置関係に配置されたシングル分光装置である。なお、以下では、ラマン分光測定を行うための検出装置について説明するが、本実施形態の回折格子は、他の分光手法を用いた検出装置にも適用できる。また、回折格子340は、例えば図8に示す第3実施形態に係る傾斜した屈折率変調構造を有する回折格子とする。
【0069】
図11(B)に示すように、光源370からのレーザー光は、エッジフィルター380により反射され、ラマンセンサー300上の試料390(標的物)に照射される。例えば、光源370は、連続発振のHe−Neレーザー(波長633nm、出力20mW)である。レーザー光が照射された試料390は、ラマンセンサー300による表面増強ラマン散乱により、レイリー散乱光とラマン散乱光を発生させる。これらの散乱光は、エッジフィルター380に入射される。このエッジフィルター380は、レーザー光の波長(633nm)の光を反射し、それより長波長の光を透過する。すなわち、エッジフィルター380によりレイリー散乱光は反射され、ラマン散乱光は透過される。透過したラマン散乱光は凹面鏡310に入射され、凹面鏡310により平行光にされる。
【0070】
次に、図11(A)に示すように、凹面鏡310からの反射光は、バンドパスフィルター320を通過し、回折格子340に所定の入射角度θ1で入射される。バンドパスフィルター320は、さらにレイリー散乱光を遮断し、ラマン散乱光のみを透過する。回折格子340への入射光は、図4(A)(B)にて説明した通り、第1回折層30、偏光変換層20及び第2回折層40にて、偏光変換、回折角度θ2での回折または透過され、分光される。分光されたラマン散乱光は、波長毎に僅かに異なる回折角度であり、各波長では平行光である。この分光されたラマン散乱光は、凹面鏡350へ入射され、凹面鏡350によりアレイ光検出器360上に集光され、スペクトル分布を形成する。そして、アレイ光検出器360によりラマン散乱光のスペクトル分布が検出される。
【0071】
次に、この検出装置の波長分解能について具体的に説明する。アレイ光検出器360上でのレイリー散乱光の位置をX(λ)とし、ラマン散乱光(ストークス光)の位置をX(λ+Δλ)とすると、これらの位置間の距離は下式(6)で表される。ここで、fは凹面鏡350の集光距離(焦点距離)、Δθ2/Δλは回折格子340の波長分解能である。
【0072】
X(λ+Δλ)−X(λ)=f・Δλ・(Δθ2/Δλ) (6)
上式(6)より、波長分解能Δθ2/Δλが十分に大きい場合には、凹面鏡350の集光距離fが短くても、ラマン散乱光とレイリー散乱光の間を広く分光できることが分かる。そのため、本実施形態の高分解能な回折格子を用いることで、凹面鏡350の集光距離fを短くし、各構成要素をコンパクトに配置して分光器を小型化できる。
【0073】
例えば、図11(A)の回折格子340として図2で説明した回折格子10を用いた場合では、回折格子の周期は400nm(2500本/mm)、傾斜角度は0度、波長分解能は0.005rad/nmであり、凹面鏡の焦点距離fは20mmである。この場合、波長差が0.5nmのふたつの散乱光成分はアレイ光検出器の上で50μmだけ離れており、一般的なアレイ検出器を用いても十分に解像される。さらに、レイリー散乱光からラマン散乱光までの距離は、ラマンシフト量を50nmとすると、20μmx50/0.5=2mm程度あり、十分に遠い。したがって、図11(B)に示されたエッジフィルター380の特性に対する負荷は大きく軽減される。比較的精度がゆるい分光用途では、エッジフィルター380が不要になる。
【0074】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できるであろう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語(回折格子、センサーチップ、検出器等)と共に記載された用語(透過型回折格子、ラマンセンサー、アレイ光検出器等)は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また回折格子、分光装置、検出装置等の構成、動作も本実施形態で説明したものに限定に限定されず、種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0075】
10,50 透過型回折格子(回折格子)、20 偏光変換層、30,60 第1回折層、32,42,62,72 屈折率変調構造、32A,42A 凸部、32B,42B 凹部(溝)、32C,42C 傾斜した凸部、32D,42D 傾斜面、34,44,64,74 ベース層、40,70 第2回折層、66,76 保護層、80 回折層、300 ラマンセンサー、310 凹面鏡、320 バンドパスフィルター、340 回折格子、350 凹面鏡、360 アレイ光検出器、370 光源、380 エッジフィルター、390 試料、θ1 入射角度、θ2 回折角度
【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏光変換層と、
前記偏光変換層の一面側に配置される第1回折層と、
前記偏光変換層の他面側に配置される第2回折層と、
を有し、
前記第1回折層及び前記第2回折層は共に、第1方向に沿って周期Pで配列される屈折率変調構造を有し、かつ、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも高いことを特徴とする透過型回折格子。
【請求項2】
請求項1において、
分光波長帯域中の波長をλとしたとき、前記偏光変換層はλ/2波長板であることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項3】
請求項1において、
前記偏光変換層は、積層された複数の水晶板を含むことを特徴とする透過型回折格子。
【請求項4】
請求項2または3において、
前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、前記偏光変換層に接合されるベース層をさらに含み、前記ベース層上に前記屈性率変調構造を有することを特徴とする透過型回折格子。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかにおいて、
前記屈性率変調構造は、凹凸パターンであることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかにおいて、
前記屈折率変調構造は、第1屈折率の物質と第2屈折率の物質とが前記第1方向にて交互に積層された構造であることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかにおいて、
前記屈折率変調構造の高さをhとしたとき、1.5<λ/P<2.0でかつ1.75<h/P<2.50を満たすこと特徴とする透過型回折格子。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかにおいて、
前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、誘電体により形成される傾斜面を有し、前記傾斜面は、基準線に対して傾斜して配列され、入射光の入射角度を前記基準線に対して角度θ1とし、回折光の回折角度を前記基準線に対して角度θ2とする場合に、前記入射角度θ1は、前記傾斜面に対するブラッグ角度θよりも小さい角度であり、前記回折角度θ2は、前記ブラッグ角度θよりも大きい角度であること特徴とする透過型回折格子。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の透過型回折格子と、
標的物からの散乱光または反射光を前記透過型回折格子に入射させる光学系と、
前記透過型回折格子からの回折光を検出する検出器と、
を含むことを特徴とする検出装置。
【請求項1】
偏光変換層と、
前記偏光変換層の一面側に配置される第1回折層と、
前記偏光変換層の他面側に配置される第2回折層と、
を有し、
前記第1回折層及び前記第2回折層は共に、第1方向に沿って周期Pで配列される屈折率変調構造を有し、かつ、TE偏光成分に対する回折効率がTM偏光成分に対する回折効率よりも高いことを特徴とする透過型回折格子。
【請求項2】
請求項1において、
分光波長帯域中の波長をλとしたとき、前記偏光変換層はλ/2波長板であることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項3】
請求項1において、
前記偏光変換層は、積層された複数の水晶板を含むことを特徴とする透過型回折格子。
【請求項4】
請求項2または3において、
前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、前記偏光変換層に接合されるベース層をさらに含み、前記ベース層上に前記屈性率変調構造を有することを特徴とする透過型回折格子。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかにおいて、
前記屈性率変調構造は、凹凸パターンであることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかにおいて、
前記屈折率変調構造は、第1屈折率の物質と第2屈折率の物質とが前記第1方向にて交互に積層された構造であることを特徴とする透過型回折格子。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかにおいて、
前記屈折率変調構造の高さをhとしたとき、1.5<λ/P<2.0でかつ1.75<h/P<2.50を満たすこと特徴とする透過型回折格子。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかにおいて、
前記第1回折層及び前記第2回折層の各々は、誘電体により形成される傾斜面を有し、前記傾斜面は、基準線に対して傾斜して配列され、入射光の入射角度を前記基準線に対して角度θ1とし、回折光の回折角度を前記基準線に対して角度θ2とする場合に、前記入射角度θ1は、前記傾斜面に対するブラッグ角度θよりも小さい角度であり、前記回折角度θ2は、前記ブラッグ角度θよりも大きい角度であること特徴とする透過型回折格子。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の透過型回折格子と、
標的物からの散乱光または反射光を前記透過型回折格子に入射させる光学系と、
前記透過型回折格子からの回折光を検出する検出器と、
を含むことを特徴とする検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2013−7830(P2013−7830A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139527(P2011−139527)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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