説明

透過膜の阻止率向上剤、阻止率向上方法、透過膜及び水処理方法

【課題】ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜を用いる膜分離において、膜を使用している場所で簡便かつ安全に、透過流束を極端に低下させることなく、無機電解質、水溶性有機物などの阻止率を向上させた状態を長時間維持することができる透過膜の阻止率向上剤、該向上剤を用いる阻止率向上方法、該方法により処理されて阻止率が向上した透過膜及び該透過膜を用いる水処理方法を提供する。
【解決手段】重量平均分子量10万以上のイオン性高分子を含有することを特徴とする透過膜の阻止率向上剤、該阻止率向上剤を用いて透過膜を処理することを特徴とする透過膜の阻止率向上方法、該方法により処理されてなることを特徴とする透過膜及び該透過膜を用いることを特徴とする水処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過膜の阻止率向上剤、阻止率向上方法、透過膜及び水処理方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜を用いる膜分離において、無機電解質、水溶性有機物などの阻止率を向上することができる透過膜の阻止率向上剤、該向上剤を用いる阻止率向上方法、該方法により処理されて阻止率が向上した透過膜及び該透過膜を用いる水処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜の無機電解質や水溶性有機物の阻止率は、水中に存在する酸化性物質や還元性物質などの影響や、あるいはその他の理由による素材高分子の劣化によって低下し、必要とされる処理水質が得られなくなる。この変化は、長期間使用しているうちに少しずつ起こることも、事故によって突発的に起こることもあり得る。その際、膜を装着しているモジュールから取り外さずに劣化した状態から回復させ得ること、さらに可能であるならば、供給水を処理する操作を継続しながら回復させ得ることが求められている。
【0003】
このような事態に対処するために、未使用の透過膜の阻止率を長期にわたり維持する方法や、低下した透過膜の阻止率を回復させる補修方法が開発されている。例えば、アニオン性基を有する有機物質が沈積した選択性透過膜の再生方法として、第4級アミノ基を有する両性界面活性剤又はカチオン性界面活性剤の水溶液で処理する方法が提案されている(特許文献1)。また、未使用の逆浸透膜の性能を長期にわたり維持し、使用により低下した脱塩率を回復する方法として、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸などの膜処理剤を高濃度の状態で逆浸透膜と接触させたのち、膜処理剤を低濃度の状態で連続して逆浸透膜と接触させる方法が提案されている(特許文献2)。半透膜の不透過性の能力と持続性を改善する方法として、アセチル基を有する補助ポリマーを半透膜に加える処理法が提案されている(特許文献3)。さらに、使用済半透膜に限らず未使用の半透膜にも適用して、溶媒透過性と溶質分離性を向上させる半透膜処理剤として、側鎖としてアセトキシ基及び末端カルボキシル基を有する有機基を有するビニル系ポリマーを含有する処理剤が提案されている(特許文献4)。しかし、これらの処理方法や処理剤には、向上可能な阻止率が小さい、透過流束の低下が著しい、阻止率向上状態の持続性が不十分であるなどの問題がある。
【0004】
酢酸セルロース膜を対象とした処理方法又は処理剤として、例えば、膜がモジュールにセットされてから見いだされる小さい欠陥の補修復元に有効な方法として、該膜と相溶性があり、可塑化作用を有する液状物質を欠陥部に塗布して平滑化させる方法が提案されている(特許文献5)が、対象となる膜素材が限定される上に、加温などの煩雑な操作が必要となる。また、水透過性の低下が少なく、耐久性のある溶質分離性向上処理剤として、側鎖にアルコキシル基、カルボキシル基及びアルコキシカルボニル基を有するビニル重合体を主成分とする処理剤が提案されている(特許文献6)。
【0005】
分子量7万のポリエチレンイミンをナノろ過膜に吸着させた例が報告されている(非特許文献1)。NaClの阻止率は15%程度であるが、MgCl2の阻止率はpH4の条件で90%以上が得られている。ただし、15時間後に3%低下しており、ポリエチレンイミンの分子量が小さいことが大きな要因になっていると考えられる。逆浸透膜透過水中の溶質濃度低減効果を長時間持続させることができ、非電解質有機物や中性領域では解離しないホウ素なども高い阻止率で分離できる逆浸透膜の処理方法として、ポリアミドスキン層を有する逆浸透膜エレメントを膜分離装置内の圧力容器に充填したのち、該エレメントに臭素を含む遊離塩素水溶液を接触させる方法が提案されている(特許文献7)。この方法では、膜表面に臭素を導入して化学的に変化させるものであるが、高い濃度の塩素、臭素を使用するために、反応条件の制御や安全性の確保に留意する必要があり、膜を使用している場所で阻止率向上操作を行うことは難しい。
【特許文献1】特開昭57−119804号公報(第1頁)
【特許文献2】特開昭53−28083号公報(第1−2頁)
【特許文献3】特開昭50−140378号公報(第1頁)
【特許文献4】特開昭55−114306号公報(第1−2頁)
【特許文献5】特開昭56−67504号公報(第1−2頁)
【特許文献6】特開昭55−11048号公報(第1−2頁)
【特許文献7】特開2003−88730号公報(第2頁)
【非特許文献1】浦入ら、Journal of Membrane Science,70(1992)153−162.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜を用いる膜分離において、膜を使用している場所で簡便かつ安全に、透過流束を極端に低下させることなく、無機電解質、水溶性有機物などの阻止率を向上させた状態を長時間維持することができる透過膜の阻止率向上剤、該向上剤を用いる阻止率向上方法、該方法により処理されて阻止率が向上した透過膜及び該透過膜を用いる水処理方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、重量平均分子量10万以上のイオン性高分子水溶液を用いて透過膜を処理することにより、透過流束を大きく低下させることなく、阻止率を向上させることができ、この処理は、使用により阻止率が低下した透過膜に適用して阻止率を回復させるばかりでなく、未使用の透過膜に適用して阻止率を向上させ得ることを見いだし、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)重量平均分子量10万以上のイオン性高分子を含有することを特徴とする透過膜の阻止率向上剤、
(2)透過膜が、ナノろ過膜又は逆浸透膜である(1)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(3)イオン性高分子が、カチオン性高分子である(1)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(4)カチオン性高分子が、複素環を有する(3)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(5)複素環を有するカチオン性高分子が、ポリビニルアミジン又はその誘導体である(4)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(6)イオン性高分子が、アニオン性高分子である(1)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(7)アニオン性高分子が、ポリアクリル酸又はその誘導体である(6)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(8)アニオン性高分子が、ポリスチレンスルホン酸又はその誘導体である(6)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(9)無機電解質又は水溶性有機化合物からなる阻止率確認トレーサーを含有する(1)記載の透過膜の阻止率向上剤、
(10)(1)ないし(9)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤を用いて透過膜を処理することを特徴とする透過膜の阻止率向上方法、
(11)透過膜の阻止率向上剤を用いて、透過膜を複数回処理する(10)記載の透過膜の阻止率向上方法、
(12)(3)ないし(5)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤と、(6)ないし(8)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤とを交互に用いる(11)記載の透過膜の阻止率向上方法、
(13)(1)ないし(9)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤を含む水溶液を、透過膜が装着されたモジュールに通水する(10)ないし(12)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法、
(14)未使用の透過膜又は阻止率が未使用の透過膜と等しい透過膜を、透過膜の阻止率向上剤を用いて処理する(10)ないし(13)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法、
(15)阻止率が未使用の透過膜よりも低下した透過膜を、透過膜の阻止率向上剤を用いて処理する(10)ないし(13)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法、
(16)(10)ないし(15)のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法により処理されてなることを特徴とする透過膜、及び、
(17)(16)記載の透過膜を用いることを特徴とする水処理方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の透過膜の阻止率向上剤及び阻止率向上方法によれば、ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜を用いる膜分離において、膜を使用している場所で簡便かつ安全に、透過流束を極端に低下させることなく、無機電解質、水溶性有機物などの阻止率を向上させ、かつその状態を長時間維持することができる。本発明の透過膜及び水処理方法によれば、高い阻止率と透過流束を長時間維持したまま、水中の無機電解質のみならず、水溶性有機物をも効果的に分離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の透過膜の阻止率向上剤は、重量平均分子量10万以上のイオン性高分子を含有する。本発明において、イオン性高分子の重量平均分子量は、30万以上であることがより好ましく、100万以上であることがさらに好ましい。イオン性高分子の重量平均分子量が10万未満であると、イオン性高分子を透過膜に安定に吸着させ、その状態を長く維持することが困難となり、阻止率が十分に向上しないおそれがある。本発明において、重量平均分子量は、イオン性高分子の水溶液をゲル浸透クロマトグラフィーにより分析し、得られたクロマトグラムからポリエチレンオキシド標準品の分子量に換算することにより求める。ポリエチレンオキシド標準品が入手し得ない高分子量の領域においては、光散乱法、超遠心法などにより重量平均分子量を求めることができる。
【0011】
本発明の透過膜の阻止率向上剤は、ナノろ過膜又は逆浸透膜に好適に適用することができる。本発明の透過膜の阻止率向上剤を適用するナノろ過膜は、粒径が約2nm以下の粒子や高分子を阻止する液体分離膜である。ナノろ過膜の膜構造としては、セラミック膜などの無機膜、非対称膜、複合膜、荷電膜などの高分子膜などを挙げることができる。逆浸透膜は、膜を介する溶液間の浸透圧差以上の圧力を高濃度側にかけて、溶質を阻止し、溶媒を透過する液体分離膜である。逆浸透膜の膜構造としては、非対称膜、複合膜などの高分子膜などを挙げることができる。本発明の阻止率向上剤を適用する透過膜の素材としては、例えば、芳香族系ポリアミド、脂肪族系ポリアミド、これらの複合材などのポリアミド系素材、酢酸セルロースなどのセルロース系素材などを挙げることができる。これらの中で、芳香族系ポリアミドに特に好適に適用することができる。本発明の阻止率向上剤は、未使用の透過膜又は使用済みの透過膜のいずれにも適用することができる。ナノろ過膜又は逆浸透膜のモジュールに特に制限はなく、例えば、管状膜モジュール、平面膜モジュール、スパイラル膜モジュール、中空糸膜モジュールなどを挙げることができる。
【0012】
本発明の透過膜の阻止率向上剤に用いるイオン性高分子に特に制限はなく、例えば、カチオン性高分子、アニオン性高分子、両性高分子などを挙げることができる。これらの中で、カチオン性高分子及びアニオン性高分子を好適に用いることができる。両性高分子は、カチオン性構造単位又はアニオン性構造単位が他の構造単位より多く、全体としてカチオン性又はアニオン性に偏っていることが好ましい。
【0013】
本発明に用いるカチオン性高分子としては、例えば、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリアクリルアミド、キトサンなどの第一級アミン化合物、ポリエチレンイミンなどの第二級アミン化合物、ポリ(アクリル酸ジメチルアミノエチル)、ポリ(メタクリル酸ジメチルアミノエチル)などの第三級アミン化合物、ポリスチレンに第四級アンモニウム基を付加したものなどの第四級アンモニウム化合物、ポリビニルアミジン、ポリビニルピリジン、ポリピロール、ポリビニルジアゾールなどの複素環を有する化合物などを挙げることができる。カチオン性高分子としては、これらの構造を複数種有する共重合体も用いることができる。これらの中で、複素環を有する化合物を好適に用いることができ、ポリビニルアミジンを特に好適に用いることができる。
【0014】
ポリビニルアミジンは、一般式[1]で表される構造単位を有するカチオン性高分子である。ただし、一般式[1]において、R1〜R4は、水素又はメチル基等のアルキル基である。
【化1】

一般式[1]で表される構造単位を有するカチオン性高分子は、アクリロニトリル又はメタクリロニトリルと、N−ビニルカルボン酸アミド、N−イソプロペニルカルボン酸アミド、N−ビニルカルボン酸イミド又はN−イソプロペニルカルボン酸イミドを共重合し、得られた共重合体を加水分解し、アミジン化することにより製造することができる。このような方法により製造されたポリビニルアミジンは、一般式[1]で表される構造単位の他に、アクリロニトリルなどに由来するシアノ基、シアノ基の加水分解により生成するカルバモイル基、N−ビニルカルボン酸アミド単位などの加水分解により生成するアミノ基などを有する可能性がある。市販製品としてダイヤニトリックス社製カチオン系高分子凝集剤「ダイヤフロック(登録商標)KP7000」を利用できる。ポリビニルアミジンは、複素環の窒素原子と第一級アミンの窒素原子がカチオン性を有するので、カチオン密度が高く、水中のカチオン種に対して高い阻止率向上効果が発現する。他の複素環を有する高分子の場合も、第一級アミンなどのカチオン性の官能基を付与することによって、カチオン密度を高めることができる。
【0015】
カチオン性の高い重量平均分子量10万以上のカチオン性高分子、例えば、ポリビニルアミジンのような構造単位中に第一級ないし第三級アミン又は第四級アンモニウム塩構造を有する高分子を透過膜の膜表面に吸着させることによって、水中のカチオン種の阻止率を効果的に向上させることができる。すなわち、透過膜の膜表面が一般的に負の荷電を有することと、カチオン性高分子の分子量が大きいことにより、安定に高分子が膜表面に吸着されて阻止率を向上させることができ、さらにカチオン性高分子の親水性が高いために透過流束が大きく低下することがない。
【0016】
本発明に用いるアニオン性高分子としては、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸などのカルボキシル基を有する高分子、ポリスチレンスルホン酸、デキストラン硫酸、ポリビニルスルホン酸などのスルホン酸基を有する化高分子などを挙げることができる。アニオン性高分子としては、これらの構造を複数種有する共重合体も用いることができる。ポリスチレンスルホン酸のスルホン酸基は、アニオン性が強いために、透過膜の膜表面に安定に吸着して阻止性能を向上させ、それを長く保持させ、しかも、透過流束を大きく低下させることがない。
【0017】
透過膜の膜表面には、負の荷電の対となる正の荷電も存在しており、特にポリアミド結合が解離したような阻止率が低下した膜においては、これが顕著である。従って、アニオン性高分子でも膜表面に存在する正荷電と相互作用をもち、重量平均分子量が10万以上に大きくなると、より安定に結合状態を維持し、水中のアニオン種に対して阻止率向上効果を発現することができる。
【0018】
高分子化合物による透過膜の阻止率向上は、従来より行われているが、ポリビニルアルコールなどのイオン性を有しない高分子の場合は、透過流束の低下に対して、阻止率の向上効果が十分でなく、また向上状態の安定性も十分とはいいがたい。ポリビニルアルコールは、重量平均分子量が10万以上になると常温で水に溶解させることは難しくなり、40℃以上の高温処理も必要となる。また、荷電を有する高分子でも分子量が小さい場合は、阻止率の低下の原因となっている膜の粗な部分だけではなく、緻密な部分への吸着も起こるために、透過流束の低下に対して阻止率の向上効果が小さい。また、低分子量であるために、吸着状態の安定性にも欠けるおそれがある。
【0019】
ポリビニルアルコールやポリエチレングリコールなどを使用して、透過膜の阻止性能を向上させる方法では、透過流束が著しく低下する。本発明の阻止率向上剤に使用するイオン性高分子は、荷電基を有するために親水性が高く、分子量が大きくても透過流束を大きく下げることはない。阻止率向上剤は、阻止率を向上させ、膜に安定に吸着するという目的を達成しながら、透過流束を著しく低下させるものであってはならない。従って、使用可能な高分子を決定するために、未使用の透過膜の透過流束をJ0、阻止率向上処理後の透過流束をJとしたとき、J/J0≧0.7を満たすことを目安とすることが好ましい。ただし、ナノろ過膜や阻止率の低い耐塩素性膜の阻止率を大きく向上させる場合など、未使用膜とは基本性能が異なる別の膜として使用することを前提として、阻止率向上操作を行う場合はこの限りではない。
【0020】
本発明の透過膜の阻止率向上剤において、イオン性高分子は、対イオンを有する塩としても用いることができる。対イオンを有する塩としては、例えば、ポリビニルアミジン塩酸塩、ポリアクリル酸ナトリウム塩、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム塩などを挙げることができる。
【0021】
本発明の透過膜の阻止率向上剤は、無機電解質又は水溶性有機化合物からなる阻止率確認トレーサーを含有することができる。イオン性高分子とともに、トレーサーを含有する水を透過膜に通水することにより、透過膜の阻止率を経時的に確認して、処理の継続又は停止を判断することができる。透過水のトレーサー濃度が所定の値に達したとき、透過膜の阻止率は所定の値になったと判断し、阻止率向上処理を終了する。この方法によれば、阻止率向上剤水溶液と透過膜との接触時間を必要十分な最小限の長さに制御することができ、透過膜の通常運転を直ちに開始することができる。また、他の阻止率向上剤を用いて複数回の阻止率向上処理を行う場合も、切り替えのタイミングを逸することなく、複数回の処理を効率的に行うことができる。トレーサーとして用いる無機電解質としては、例えば、塩化ナトリウムなどを挙げることができる。トレーサーとして用いる水溶性有機化合物としては、例えば、イソプロピルアルコールなどを挙げることができる。透過膜への通水中のトレーサーの濃度は、100〜1,000mg/Lであることが好ましく、300〜700mg/Lであることがより好ましい。
【0022】
本発明の透過膜の阻止率向上方法においては、本発明の透過膜の阻止率向上剤を用いて透過膜を処理する。透過膜の処理方法に特に制限はなく、例えば、透過膜を装着したモジュールに阻止率向上剤を含む水溶液を通水することができ、あるいは、阻止率向上剤を含む水溶液に透過膜を浸漬することもできる。透過膜をモジュールに装着して、あるいは、モジュールに透過膜が装着されたままの状態で、阻止率向上剤を含む水溶液を通水する場合、阻止率向上剤を含む水溶液は、純水や透過膜の透過水から調製することができ、あるいは、透過膜へ通水する被処理水から調製することもできる。透過膜へ通水する被処理水から阻止率向上剤を含む水溶液を調製した場合は、被処理水中に含まれる成分の阻止率を測定することにより、阻止率の変化を経時的に確認することができる。阻止率向上剤を、被処理水中に常時注入することもできる。
【0023】
透過膜に阻止率向上剤を含む水溶液を通水するときの圧力に特に制限はなく、例えば、透過膜に被処理水を通水するときの圧力、あるいは、それ以下の圧力で阻止率向上処理を行うことができる。阻止率向上剤を含む水溶液のイオン性高分子の濃度は、0.5〜50mg/Lであることが好ましく、1〜10mg/Lであることがより好ましい。イオン性高分子の濃度が0.5mg/L未満であると、阻止率向上処理に長時間を要するおそれがある。イオン性高分子の濃度が50mg/Lを超えると、水溶液の粘度が高くなり、透過膜への通水抵抗が大きくなるおそれがある。阻止率向上剤を含む水溶液を通水する時間は、1〜48時間であることが好ましく、2〜24時間であることがより好ましい。水溶液中のイオン性高分子の濃度を高くすると、通水時間を短縮することができるが、透過流束の低下が大きくなるおそれがある。
【0024】
透過膜を、阻止率向上剤を含む水溶液に浸漬して阻止率向上処理を行う場合、水溶液中のイオン性高分子の濃度は、50〜10,000mg/Lであることが好ましく、100〜5,000mg/Lであることがより好ましい。浸漬時間は、2〜48時間であることが好ましく、6〜24時間であることがより好ましい。浸漬処理したのち、透過膜の表面に吸着されない状態で付着しているイオン性高分子を除去するために、透過膜を水洗することが好ましい。
【0025】
本発明の透過膜の阻止率向方法においては、透過膜の阻止率向上剤を用いて、透過膜を複数回処理することができる。阻止率向上処理を複数回行うことにより、阻止率の向上性、阻止率向上状態の安定性、膜汚染物質に対する耐性などを高めることができる。複数回の処理において、透過膜の阻止率向上剤は、同一の阻止率向上剤を繰り返して使用することができ、あるいは、異なる阻止率向上剤を順次使用することもできる。芳香族系ポリアミド膜にイオン性高分子を吸着させることにより、疎水性吸着を起こしやすい芳香族部分を覆って、汚染物質の吸着を低減することができる。例えば、分子量の大きいイオン性高分子を吸着させて、まず阻止率を大きく向上させたのち、分子量の大きいイオン性高分子が吸着されない隙間に分子量の小さいイオン性高分子を吸着させることにより、阻止率をさらに向上させることができる。分子量の大きいイオン性高分子の重量平均分子量は100万〜1,000万であることが好ましく、分子量の小さいイオン性高分子の重量平均分子量は、10万〜100万であることが好ましい。
【0026】
本発明の透過膜の阻止率向上方法においては、カチオン性高分子を含有する阻止率向上剤と、アニオン性高分子を含有する阻止率向上剤を交互に用いて透過膜を処理することが好ましい。透過膜にカチオン性高分子とアニオン性高分子を交互に吸着させることにより、阻止率を向上させることができる。被処理水中の無機電解質に由来するNa+やCa2+などのカチオンは、正荷電のみが存在するカチオン性高分子層において強く排除され、対となるカチオン性高分子層の上にアニオン性高分子層が形成されている場合は、それぞれの層が個別にカチオンとアニオンの阻止に寄与し、阻止率が向上する。また、カチオン性高分子層とアニオン性高分子層が、透過膜に吸着した状態で強い相互作用を有することにより、吸着状態が安定化して剥がれにくくなり、阻止率向上状態が安定化する。さらに、カチオン性高分子とアニオン性高分子を交互に吸着させることにより、親水性を維持しながら、膜表面の荷電を極端に正又は負にすることがなく、吸着層が安定化することによって膜汚染物質の吸着を抑制し、膜汚染物質による透過流束の低下を減少することができる。
【0027】
本発明の透過膜の阻止率向上方法は、未使用の透過膜又は阻止率が未使用の透過膜と等しい透過膜に適用することができる。未使用の透過膜又は阻止率が未使用の透過膜と等しい透過膜を、阻止率向上剤を用いて処理することにより、阻止率を向上し、透過流束の経時的な低下を低減することができる。
【0028】
本発明の透過膜の阻止率向上方法は、阻止率が未使用の透過膜よりも低下した透過膜に適用することができる。阻止率が低下した透過膜を、阻止率向上剤を用いて処理することにより、阻止率を向上することができる。
【0029】
本発明方法によって阻止率を向上させた透過膜は、阻止率向上処理に使用したモジュールに装着した状態で使用することができ、あるいは、モジュールから脱着して別のモジュールに装着して使用することもできる。すなわち、モジュールAから脱着した透過膜を、モジュールBに装着して阻止率を向上させた後に脱着し、モジュールCに装着して使用するとしたとき、モジュールA、モジュールB及びモジュールCは、同一のモジュールであっても、すべて異なるモジュールであってもよい。浸漬によって阻止率を向上させる場合は、モジュールBに装着して通水する代わりに浸漬操作が行われる。
【0030】
本発明の透過膜の阻止率向上方法により処理されてなる透過膜の用途に特に制限はなく、例えば、未使用の透過膜よりも高い阻止率が求められる用水系や、未使用の透過膜よりも阻止率が低下した透過膜の阻止率を回復させた場合の排水処理系などを挙げることができる。本発明方法においては、イオン性高分子の吸着によって阻止率を向上させているために、排水処理系において要求される処理水質を満たすのみならず、被処理水中に含まれる汚染物質の吸着を低減することができ、通常のナノろ過膜や逆浸透膜よりも高い透過流束を得ることができる。
【実施例】
【0031】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
なお、実施例及び比較例において、阻止率及び透過流束は、下記の方法により求めた。
(1)塩化ナトリウムの阻止率
被処理水、透過水及び濃縮水の電気伝導率を測定し、下式により算出した。
阻止率(%)=
{1−(2×透過水電気伝導率)/(被処理水電気伝導率+濃縮水電気伝導率)}×100
(2)イソプロピルアルコールの阻止率
阻止率(%)=
{1−(2×透過水TOC値)/(被処理水TOC値+濃縮水TOC値)}×100
ただし、イソプロピルアルコールの濃度は、イオン性高分子を含めた他の成分のTOC値への寄与が小さくなるよう設定(例えば、イソプロピルアルコールのTOC値に対して2%程度)する。イソプロピルアルコール以外のTOC成分がイオン性高分子のみである場合、以下に示す回収率を考慮し、上式の(被処理水TOC値+濃縮水TOC値)からイオン性高分子のTOC値への寄与を除くことで、より正確な阻止率を求めることができる。
回収率(%)=(処理水量/被処理水量)×100
イオン性高分子のTOC値への寄与(mg/L)=
被処理水に加えたイオン性高分子のTOC値 ×{1+100/(100−回収率)}
(3)透過流束
透過水を1時間採取し、下式により算出した。
透過流束(m3/(m2・d))= 透過水量/(膜面積×採取時間)
【0032】
比較例1
阻止率が低下した芳香族系ポリアミド膜に対して、重量平均分子量22,000のポリビニルアルコールの10mg/L水溶液を、操作圧力1.2MPaで20時間通水したところ、透過流束が1.2m3/(m2・d)から0.6m3/(m2・d)以下に低下し、500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率は86%から96%に向上した。NaCl阻止率は、24時間後に95%、96時間後には94%に低下した。また、ポリビニルアルコール水溶液の濃度を1mg/Lとして、同様の処理を行った場合は、透過流束は0.7m3/(m2・d)であったものの、NaCl阻止率は94%までしか向上しなかった。
比較例2
芳香族系ポリアミド膜を用いて、重量平均分子量7,100のポリエチレングリコールの1mg/L水溶液を操作圧力1.2MPaで20時間通水したところ、純水透過流束が1.1m3/(m2・d)から0.4m3/(m2・d)以下に低下し、500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率も99%から98%に低下した。透過流束、阻止率ともに低下したために、ポリエチレングリコールは、阻止率向上剤としては使用できないことが分かった。
【0033】
比較例3
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量1万のポリエチレンイミンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は90%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量7.5万のポリエチレンイミンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は92%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。NaCl阻止率は、24時間の塩化ナトリウム水溶液の通水で90%に低下した。
比較例4
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量1.6万のキトサンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は89%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量8万のキトサンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は91%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
実施例1
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量16万のキトサンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は94%となり、透過流束は0.9m3/(m2・d)となった。NaCl阻止率は、96時間通水後も94%に維持されていた。
実施例2
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量16万のポリビニルピリジンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は93%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
実施例1〜2及び比較例3〜4の結果を、第1表に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
第1表に見られるように、重量平均分子量1万又は7.5万のポリエチレンイミンを用いると、NaCl阻止率が2〜4%向上し、透過流束が0.2〜0.3m3/(m2・d)低下している。重量平均分子量1.6万又は8万のキトサンを用いると、NaCl阻止率が1〜3%向上し、透過流束が0.1〜0.2m3/(m2・d)低下している。重量平均分子量16万のキトサン又はポリビニルポリジンを用いると、NaCl阻止率は5%以上向上し、透過流束の低下は0.2〜0.3m3/(m2・d)である。また、重量平均分子量7.5万のポリエチレンイミンの場合、処理後24時間の塩化ナトリウム水溶液の通水でNaCl阻止率は90%に低下したが、重量平均分子量16万のキトサンの場合は、処理後96時間塩化ナトリウム水溶液を通水してもNaCl阻止率は94%に維持されていた。分子量が10万以上のカチオン性高分子を使用することにより、阻止率向上処理における阻止率向上効果、安定性が高まることが分かる。
実施例3
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が86%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量350万のポリビニルアミジンの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は96%となり、透過流束は0.8m3/(m2・d)となった。NaCl阻止率は安定に維持され、120時間後も変化がなかった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が86%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、カチオン性高分子である重量平均分子量350万のポリビニルアミジンの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は96%となり、透過流束は0.6m3/(m2・d)となった。NaCl阻止率は安定に維持され、120時間後も変化がなかった。
実施例3の結果を、第2表に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
第2表に見られるように、濃度1mg/L又は10mg/Lポリビニルアミジン水溶液を通水することにより、NaCl阻止率が86%から96%に向上し、いずれの濃度においてもNaCl阻止率は安定に維持され、120時間後も変化がない。重量平均分子量が100万以上のカチオン性高分子は、重量平均分子量が10万台のものよりも透過流束の低下は大きいが、比較例1に挙げたポリビニルアルコールよりも高い阻止率向上効果と安定性が得られることが分かる。
実施例4
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が84%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの0.2mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は88%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が84%に低下し、透過流束が1.4m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの1mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は92%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が84%に低下し、透過流束が1.4m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は94%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
実施例4の結果を、第3表に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
第3表に見られるように、濃度0.2mg/L、1mg/L又は10mg/Lのポリスチレンスルホン酸ナトリウム水溶液を通水すると、NaCl阻止率が向上する。
比較例5
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量5万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は88%、透過流束は1.2m3/(m2・d)であり、NaCl阻止率、透過流束ともに変化しなかった。
実施例5
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量10万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は92%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が87%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量15万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は94%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量100万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は94%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.1m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は95%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
比較例6
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量4万のデキストラン硫酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は89%、透過流束は1.3m3/(m2・d)であり、NaCl阻止率、透過流束ともに変化しなかった。
実施例6
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量10万のデキストラン硫酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は90%となり、透過流束は1.1m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.4m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量50万のデキストラン硫酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は92%となり、透過流束は1.2m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量140万のデキストラン硫酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は94%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
比較例7
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が87%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量5万のポリアクリル酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は89%となり、透過流束は1.2m3/(m2・d)となった。
実施例7
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が88%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量10万のポリアクリル酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は92%となり、透過流束は1.0m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が87%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量100万のポリアクリル酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は96%となり、透過流束は0.8m3/(m2・d)となった。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウムの10mg/L水溶液を、1.2MPaで20時間通水した。NaCl阻止率は95%となり、透過流束は1.2m3/(m2・d)となった。
実施例5〜7及び比較例5〜7の結果を、第4表に示す。
【0040】
【表4】

【0041】
第4表に見られるように、アニオン性高分子である重量平均分子量10万以上のポリスチレンスルホン酸ナトリウム、デキストラン硫酸ナトリウム又はポリアクリル酸ナトリウムの水溶液を通水することにより、NaCl阻止率が87〜89%に低下した芳香族系ポリアミド膜の阻止率が90〜96%に向上する。また、アニオン性高分子の重量平均分子量が大きいほど、阻止率の向上効果が高くなる傾向が見られる。特に、重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウムと重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウムの場合、大きな透過流束の低下もなく、阻止率を95%まで向上させている。アニオン性高分子の重量平均分子量が4万又は5万であると、NaCl阻止率はまったく又はわずかしか向上しない。
実施例8
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が89%に低下し、透過流束が1.2m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド膜に、アニオン性高分子である重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、1.2MPaで20時間通水することにより阻止率向上処理を行った。図1に、透過流束とNaCl阻止率の経時変化を示す。ポリアクリル酸ナトリウム・塩化ナトリウム水溶液を20時間通水することにより、NaCl阻止率は96%以上に達し、透過流束は1.1m3/(m2・d)になった。その後、純水を通水し、さらに500mg/L塩化ナトリウム水溶液を100時間以上通水した。透過流束には変化がなかったが、NaCl阻止率は93%まで徐々に低下した。アニオン性高分子は、カチオン性高分子と比較して、濃度が10倍でも透過流束の低下が小さいが、阻止率の向上効果と安定性が若干低いと言える。
【0042】
実施例9
アニオン性高分子水溶液とカチオン性高分子水溶液を順次通水し、NaCl阻止率が低下した芳香族系ポリアミド膜の阻止率向上処理を行った。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が87.5%に低下した芳香族系ポリアミド膜に、重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、1.2MPaで20時間通水し、純水と500mg/L塩化ナトリウム水溶液の通水性能を評価したのち、重量平均分子量350万のポリビニルアミジン1mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を1.2MPaで20時間通水し、純水を通水したのち、500mg/L塩化ナトリウム水溶液を100時間以上通水した。複数の溶液による阻止率向上操作で、NaCl阻止率は96%を上回り、最後に100時間以上NaCl水溶液を通水している間もその値は維持された。図2に、透過流束とNaCl阻止率の経時変化を示す。
すなわち、アニオン性高分子の透過流束の低下が小さいという特徴と、カチオン性高分子の阻止率向上効果と安定性が高いという特徴を引き出した上に、アニオン性高分子とカチオン性高分子の交互吸着させることによって安定性をさらに向上させることができた。
【0043】
実施例10
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が97%であり、透過流束が0.9m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド低圧膜に対して、アニオン性高分子水溶液とカチオン性高分子水溶液を順次通水し、阻止率向上処理を行った。
重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、1.2MPaで4時間通水し、純水と500mg/L塩化ナトリウム水溶液を通水したのち、重量平均分子量350万のポリビニルアミジン1mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、1.2MPaで4時間通水し、純水を通水したのち、500mg/L塩化ナトリウム水溶液を通水した。
NaCl阻止率は99%となり、透過流束は0.7m3/(m2・d)となった。
実施例11
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が94%であり、透過流束が0.9m3/(m2・d)である芳香族系ポリアミド超低圧膜に対して、アニオン性高分子水溶液とカチオン性高分子水溶液を順次通水し、阻止率向上処理を行った。
重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、0.75MPaで4時間通水し、純水と500mg/L塩化ナトリウム水溶液を通水したのち、さらに重量平均分子量350万のポリビニルアミジン1mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、0.75MPaで4時間通水し、純水を通水したのち、500mg/L塩化ナトリウム水溶液を通水した。
NaCl阻止率は98%となり、透過流束は0.7m3/(m2・d)となった。
実施例10〜実施例11の結果を、第5表に示す。
【0044】
【表5】

【0045】
第5表に見られるように、NaCl阻止率が97%又は94%の芳香族系ポリアミド膜に対して、アニオン性高分子水溶液とカチオン性高分子水溶液を順次通水することにより、透過流束が大きく低下することなく、NaCl阻止率がそれぞれ99%、98%に向上している。
実施例12
塩化ナトリウム500mg/Lとイソプロピルアルコール(IPA)1,000mg/Lを含む水溶液のNaCl阻止率が88%、IPA阻止率が38%の芳香族系ポリアミド膜に、重量平均分子量350万のポリビニルアミジン1mg/L、塩化ナトリウム500mg/L及びイソプロピルアルコール1,000mg/Lを含む水溶液を、1.2MPaで24時間通水し、純水、500mg/L塩化ナトリウム水溶液及び1,000mg/Lイソプロビルアルコール水溶液の通水性能を評価したのち、重量平均分子量300万のポリスチレンスルホン酸ナトリウム1mg/L、塩化ナトリウム500mg/L及びイソプロピルアルコール1,000mg/Lを含む水溶液を1.2MPaで24時間通水し、純水を通水したのち、500mg/L塩化ナトリウム水溶液、1,000mg/Lイソプロピルアルコール水溶液を通水した。図3に、透過流束、NaCl阻止率及びIPA阻止率の経時変化を示す。
複数の水溶液による阻止率向上操作で、NaCl阻止率は96%、IPA阻止率は73%に達した。カチオン性高分子水溶液を通水した後に、アニオン性高分子水溶液を通水することにより、透過流束を低下させることなく、NaCl阻止率とIPAの阻止率をさらに1%程度上昇させ、阻止率向上処理を行った膜の安定性も高めることができる。
実施例13
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が99%であり、透過流束が0.9m3/(m2・d)の未使用の芳香族系ポリアミド膜と、酸化によりNaCl阻止率が94%に低下した同じ芳香族系ポリアミド膜に、実施例10と同様にして、重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液と、重量平均分子量350万のポリビニルアミジン1mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を順次通水して、NaCl阻止率を98%に向上させた透過流束が0.9m3/(m2・d)である阻止率向上処理膜について、アルキルエーテル型界面活性剤であるヘプタエチレングリコールモノドデシルエーテル1mg/L含む有機排水を、操作圧1.2MPaで通水し、透過流束の経時変化を測定した。
結果を、図4に示す。通水初期の透過流束は、未使用膜より阻止率向上処理膜の方が小さいが、24時間以降は、阻止率向上処理膜の方が透過流束の低下が抑えられ、透過流束が大きい。これは、未使用膜の緻密部位が、阻止率向上処理に使用された高分子で一部置き換えられ、膜表面が親水的なイオン性高分子で被覆されたことによって、汚染物質であるノニオン界面活性剤が吸着し難しくなったためと考えられる。
【0046】
実施例14
ポリアミド系ナノろ過膜の阻止率向上処理を行った。
500mg/L塩化ナトリウム水溶液のNaCl阻止率が85%に低下し、透過流束が1.3m3/(m2・d)であるポリアミド系ナノろ過膜に、重量平均分子量600万のポリアクリル酸ナトリウム10mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、0.5MPaで20時間通水し、純水と500mg/L塩化ナトリウム水溶液を通水し、分子量350万のポリビニルアミジン1mg/Lと塩化ナトリウム500mg/Lを含む水溶液を、0.5MPaで4時間通水し、純水を通水し、500mg/L塩化ナトリウム水溶液の通水性能を評価した。
次いで、ポリアクリル酸ナトリウム・塩化ナトリウム水溶液の通水、純水の通水、塩化ナトリウム水溶液の通水、ポリビニルアミジン・塩化ナトリウム水溶液の通水及び純水の通水を、第1回目と同様にして繰り返したのち、500mg/L塩化ナトリウム水溶液を50時間通水した。
第1回目のポリアクリル酸・塩化ナトリウム水溶液、ポリビニルアミジン・塩化ナトリウム水溶液処理後のNaCl阻止率は93%、透過流束は0.9m3/(m2・d)mであり、第2回目のポリアクリル酸・塩化ナトリウム水溶液、ポリビニルアミジン・塩化ナトリウム水溶液処理後のNaCl阻止率は96%、透過流束は0.7m3/(m2・d)となった。最終的に得られたNaCl阻止率は、50時間の間維持された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の透過膜の阻止率向上剤及び阻止率向上方法によれば、ナノろ過膜、逆浸透膜などの選択性透過膜を用いる膜分離において、膜を使用している場所で簡便かつ安全に、透過流束を極端に低下させることなく、無機電解質、水溶性有機物などの阻止率を向上させ、かつその状態を長時間維持することができる。本発明の透過膜及び水処理方法によれば、高い阻止率と透過流束を長時間維持したまま、水中の無機電解質のみならず、水溶性有機物をも効果的に分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】NaCl阻止率と透過流束の経時的変化を示すグラフである。
【図2】NaCl阻止率と透過流束の経時的変化を示すグラフである。
【図3】NaCl阻止率、IPA阻止率と透過流束の経時的変化を示すグラフである。
【図4】透過流束の経時的変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量10万以上のイオン性高分子を含有することを特徴とする透過膜の阻止率向上剤。
【請求項2】
透過膜が、ナノろ過膜又は逆浸透膜である請求項1記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項3】
イオン性高分子が、カチオン性高分子である請求項1記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項4】
カチオン性高分子が、複素環を有する請求項3記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項5】
複素環を有するカチオン性高分子が、ポリビニルアミジン又はその誘導体である請求項4記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項6】
イオン性高分子が、アニオン性高分子である請求項1記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項7】
アニオン性高分子が、ポリアクリル酸又はその誘導体である請求項6記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項8】
アニオン性高分子が、ポリスチレンスルホン酸又はその誘導体である請求項6記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項9】
無機電解質又は水溶性有機化合物からなる阻止率確認トレーサーを含有する請求項1記載の透過膜の阻止率向上剤。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤を用いて透過膜を処理することを特徴とする透過膜の阻止率向上方法。
【請求項11】
透過膜の阻止率向上剤を用いて、透過膜を複数回処理する請求項10記載の透過膜の阻止率向上方法。
【請求項12】
請求項3ないし請求項5のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤と、請求項6ないし請求項8のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤とを交互に用いる請求項11記載の透過膜の阻止率向上方法。
【請求項13】
請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上剤を含む水溶液を、透過膜が装着されたモジュールに通水する請求項10ないし請求項12のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法。
【請求項14】
未使用の透過膜又は阻止率が未使用の透過膜と等しい透過膜を、透過膜の阻止率向上剤を用いて処理する請求項10ないし請求項13のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法。
【請求項15】
阻止率が未使用の透過膜よりも低下した透過膜を、透過膜の阻止率向上剤を用いて処理する請求項10ないし請求項13のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法。
【請求項16】
請求項10ないし請求項15のいずれか1項に記載の透過膜の阻止率向上方法により処理されてなることを特徴とする透過膜。
【請求項17】
請求項16記載の透過膜を用いることを特徴とする水処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−110520(P2006−110520A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−303125(P2004−303125)
【出願日】平成16年10月18日(2004.10.18)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】