連続エタノール製造方法
【課題】発酵阻害物質リモネンに耐性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法を提供する。
【解決手段】濃度0.1〜0.5wt%のリモネンの存在下で増殖することが可能な、リモネンに耐性を有するサッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)であるアルコール発酵性酵母及びこれを使用するエタノール製造方法。
【解決手段】濃度0.1〜0.5wt%のリモネンの存在下で増殖することが可能な、リモネンに耐性を有するサッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)であるアルコール発酵性酵母及びこれを使用するエタノール製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵阻害物質リモネンに対して耐性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果物の脱汁液に酵母を加えてエタノール発酵させることで、代替液化燃料であるバイオエタノールを製造することができる。廃棄物である脱汁液の発酵によるバイオエタノールへの変換技術は、食料と競合しないバイオマスを原料としているため、非常に有益である。
この脱汁液を用いたエタノール製造技術として、柑橘類から脱汁液を生成し、この脱汁液を濃縮して得られた柑橘糖蜜を遠心分離等によりパルプ除去し、サッカロミセス属酵母等によりエタノール発酵させる技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−153231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、柑橘類には、テルペノイド系油成分であるリモネン(化学式:C10H16)が0.2〜0.5wt%含まれている。このリモネンはエタノール発酵を阻害をすることが知られており、大部分が皮に含有されている。しかし、搾汁工程や脱汁工程で、果皮を含む果実を機械的に絞ることにより、その一部は液中に放出され、脱汁液の中に主としてミセル状で存在している。発明者の行った測定結果によれば、脱汁液中のリモネン(0.2〜0.5wt%)のうち、ミセル状で存在しているリモネン濃度は0.01〜0.04wt%と微量である。
ところが、YPD培地にミセル状(油状)のリモネンを添加し、一般酵母を使ってエタノール発酵させた実験の結果によれば、添加したリモネン濃度が高くなると、エタノール生成率が急激に低下した。例えば、リモネンを0.1%v/v添加した場合は、エタノール生成率は約20%まで大きく低下した。一般に、酵母は糖液中に固体微粒子として存在し、油状の物質を吸着しやすい。そのため、このような実験結果となった理由は、添加された微量(0.05%v/v)のリモネン(油状)が酵母に吸着し、発酵阻害を引き起こしたものと推定される。従って、脱汁液の中から発酵阻害物質であるリモネンを除去するためには、リモネンの存在比率で75%以上を占める固形分を除去するとともに、軽液分(油状物質)として存在するミセル状のリモネンをも除去する必要があった。ただし、三相遠心分離等の処理によって事前に原料からリモネンを除去しても、従来の一般酵母には誘導期間があるため、発酵が安定せず、発酵速度も遅かった。そのため、コンタミネーション等の影響で発酵性が不安定になりやすく、長期に亘って高い発酵性を維持することが困難であった。
本発明は、かかる事情に鑑みてなされるもので、発酵阻害物質リモネンに耐性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的に沿う第1の発明に係るアルコール発酵性酵母は、リモネンに耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属である。
【0006】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、更に高温耐性を有する。
【0007】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)である。
【0008】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)である。
【0009】
前記目的に沿う第2の発明に係るエタノール製造方法は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母を使用する。
【0010】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、柑橘類を原料とすることができる。
【0011】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、柑橘類脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料とすることができる。
【0012】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、酸性物質が添加された柑橘類脱汁液を原料とすることができる。
【0013】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、前記酸性物質が硝酸であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜4記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりもリモネン耐性が高いので、エタノールを効率的に生成することができる。
【0015】
特に、請求項2記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりも高温耐性が高いので、高温下でエタノールを効率的に生成することができる。
【0016】
請求項5〜9記載のエタノール製造方法においては、一般酵母を使用する場合よりも、リモネンを含む原料からエタノールを効率的に生成することができる。
【0017】
特に、請求項6記載のエタノール製造方法においては、リモネンを含む柑橘類を原料とした場合、一般酵母を使用する場合に比べて、エタノールを効率的に生成することができる。
【0018】
特に、請求項7記載のエタノール製造方法においては、リモネン濃度が低くなるので、エタノールを更に効率的に生成することができる。
【0019】
特に、請求項8記載のエタノール製造方法においては、雑菌の繁殖が抑制されるので、エタノールを更に効率的に生成することができる。
【0020】
特に、請求項9記載のエタノール製造方法においては、エタノール製造装置に使用される鋼材を腐食させる心配がない。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例1に係るP−890株の塩基配列を示す説明図である。
【図2】同P−890株の顕微鏡写真(倍率1000倍)である。
【図3】同P−890株のリモネン耐性を示すグラフである。
【図4】同P−890株の高温耐性を示すグラフである。
【図5】(A)、(B)はそれぞれ、同P−890株のバッチ発酵特性を示すグラフ及び一般酵母のバッチ発酵特性を示すグラフである。
【図6】同P−890株の流加培養によるエタノール発酵特性を示す説明図である。
【図7】本発明の実施例3に係るエタノール製造方法の各工程を示す工程図である。
【図8】エタノール発酵工程で用いる連続発酵装置の概要を示す構成図である。
【図9】エタノール製造結果を示すグラフ(1)である。
【図10】エタノール製造結果を示すグラフ(2)である。
【図11】(A)、(B)はそれぞれ、一般酵母のエタノール製造結果を示すグラフ(3)及び同P−890株のエタノール製造結果を示すグラフ(4)である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明の実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。本発明の一実施の形態に係るアルコール発酵性酵母は、リモネン耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属である。このアルコール発酵性酵母は、更に高温耐性を有している。本実施の形態に係るアルコール発酵性酵母を使用して、エタノールを製造する場合、みかん(柑橘類の一例)を原料とする。
なお、以下「リモネン耐性」とは、原料中、濃度0.1〜0.5wt%のリモネンの存在下において、86%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。「高温耐性」とは、発酵温度40℃以上の環境下において、86%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。また、リモネン耐性及び高温耐性のないサッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)を「一般酵母」ともいう。
以下、本発明を実施例により説明する。
【実施例1】
【0023】
(新規酵母の分離)
愛媛県内で収穫された柑橘類ジュース工場の製造ラインからみかん脱汁液を採取した。このみかん脱汁液を1000倍の濃度に希釈し、YPD寒天培地(酵母抽出物1%、ペプトン2%、グルコース2%含有)に塗沫し、30℃にて約2日間培養した。
培養シャーレにコロニー形成した各種酵母を、各々ピックアップしてYPD培地(酵母抽出物2%、ペプトン2%、グルコース10%含有、pH6.5〜7.0)にて純粋培養した。
【0024】
(酵母のスクリーニング)
純粋培養した各酵母の中から、リモネン耐性を有する酵母をスクリーニングした。
具体的には、リモネン濃度が0.02〜0.2%v/vの範囲でそれぞれ異なる数種類の糖液を原料として、それぞれエタノール発酵を行った。その結果、各リモネン濃度の糖液に対し、エタノール発酵性の優れた株をリモネン耐性株とした。そして、これらリモネン耐性株の中でも特にリモネン耐性が高い株を寄託した(受託番号 NITE P−890)。以下、本明細書中において、この寄託した株を「P−890株」と呼ぶ。
【0025】
(P−890株の同定)
P−890株からDNAを抽出し、D2LSUrDNA領域をPCRにより増幅した。得られたPCR産物について、ダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定した(図1参照)。この塩基配列に基づいて、データベース上で既知の微生物のD2LSUrDNA配列とのブラスト(BLAST)検索を行い、近縁種と推定される微生物を特定した。その結果、表1に示すように、P−890株はサッカロマイセス(Saccharomyces)属セルビジエ(Cerevisiae)種の酵母であることが明らかとなった。
【0026】
【表1】
【0027】
(菌学的性質)
P−890株は、以下の菌学的性質を有する。
1.細胞形状 :球状(図2参照)
2.コロニー形状 :白色(光沢無)、皺状
3.増殖形式 :多極出芽
4.最適生育温度 :30℃
5.最適生育pH :4.0
6.凝集性 :なし
7.資化糖 :スクロース、グルコース、フルクトース
【実施例2】
【0028】
(リモネン耐性試験)
P−890株について、任意の濃度のリモネンを添加してバッチ発酵(振とう培養)を行い、エタノール発酵性を調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.発酵温度:30℃
2.振とう数:120rpm(振幅10mm)
3.発酵時間:24時間
4.原料:YPD培地
【0029】
結果を図3に示す。図中、横軸はYPD培地へのリモネン添加量(%v/v)を示し、縦軸はエタノール生成率(%)を示している。
図から明らかなように、一般酵母については、リモネン濃度が高くなるに従って、エタノール生成率が低下する。一方、P−890株については、リモネン添加濃度が0.1%v/v程度になるまで、エタノール生成率は90%を超え、エタノール生成率が低下しなかった。
【0030】
(高温耐性試験)
YPD培地を用いて、発酵温度30℃、37℃、40℃、42℃、45℃にて、24時間バッチ発酵実験を実施した。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
【0031】
その結果を図4に示す。図中、横軸は温度を表し、縦軸はエタノール生成率を示している。なお、エタノール生成率が100%を僅かに超える部分があるが、測定誤差によりエタノール生成率が大きめに算出されたものと考えられる。
【0032】
図から明らかなように、一般酵母は、発酵温度37℃までしか発酵できなかったが、P−890株は、発酵温度40℃まで90%以上の高収率で発酵可能であった。即ち、P−890株は、高温耐性を有することが判明した。また、P−890株は42℃においてもエタノール生成率が約70%であり、比較的高い収率にて発酵できることが明らかとなった。
【0033】
(エタノール発酵試験[1])
リモネン存在下でバッチ培養を行い、エタノール生成及び酵母の生育について調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.発酵温度:30℃
2.攪拌速度:120rpm
3.発酵時間:24時間
4.原料:みかん(温州みかん)脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分(硝酸添加によりpH3.5に調整)
P−890株についての結果を図5(A)に示す。図中、横軸は時間を表し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
図5(B)に示す一般酵母については、8時間程度の誘導期間が存在した。しかし、P−890株については誘導期間が存在せず、培養開始後より増殖を開始した。また、P−890株は、一般酵母に比べて、酵母増殖速度及びエタノール生成速度ともに速かった。このような特性により、P−890株をエタノール発酵に用いた場合、一般酵母に比べてより短期間で安定した培養が可能であり、かつ平均滞留時間の短い効率的な発酵が可能である。
【0034】
更に、みかん脱汁液に対する三相遠心分離の有無及び硝酸添加の有無の条件を変更し、以下の3つの原料に関して同様にエタノール生成について調べた。
1)硝酸添加によりpH3.5に調整したみかん脱汁液(三相遠心分離なし)
2)みかん脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分(pH調整なし)
3)みかん脱汁液(三相遠心分離なし、pH調整なし)
なお、三相遠心分離の効果はリモネンの除去である。ここで、P−890株は、リモネン耐性を有することからリモネンの除去は不要とも思われる。しかし、1)P−890株がリモネン耐性を有するとはいえ、リモネン濃度が低ければエタノール生成率の更なる向上が期待できること、及び2)三相遠心分離によりリモネンを完全に除去することはできないことから、みかん脱汁液に対する三相遠心分離の有無を条件として考慮している。また、硝酸添加の効果は、雑菌繁殖の抑制である。三相遠心分離と硝酸添加の効果の詳細については後述する。
これら条件による結果をそれぞれ表2〜表4に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
表2は、一般酵母及びP−890株について、それぞれ発酵前後のスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及びエタノール生成率(%)を測定したものである。
【0037】
【表3】
【0038】
表3は、一般酵母及びP−890株について、それぞれ発酵前後のスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及びエタノール生成率(%)を測定したものである。
なお、発酵後については、発酵後(1)及び発酵後(2)として、データを2回計測している。平均エタノール生成率(%)は、この2回計測したエタノール生成率(%)の平均である。
【0039】
【表4】
【0040】
表4は、表3と同様のデータである。
【0041】
表2〜表4から明らかなように、いずれもP−890株の方が、一般酵母よりもエタノール生成率が高い結果となった。特に、遠心分離処理もpH調整もないみかん脱汁液(無処理原料)では、P−890株を使用した場合、一般酵母に比べてエタノール生成率が15%も高かった(表4参照)。
【0042】
(エタノール発酵試験[2])
みかん脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料として流加培養を行い、エタノール生成及び酵母の生育について調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.温度 :30℃
2.攪拌速度 :150rpm
3.原料供給 :3.3ml/min
4.リアクタ容量:5L
5.空気吹込み量:0.05vvm
6.添加酵母量 :3.0%v/v
7.原料 :みかん(温州みかん)脱汁液
結果を図6に示す。図中、横軸は時間を表し、縦軸はエタノール濃度(g/L)及び酵母濃度(cells/槽)を示している。
図から明らかなように、三相遠心分離処理したリモネン濃度の低い液において、一般酵母については約4時間の誘導期間が存在する。これに対して、P−890株については誘導期間が存在せず、培養開始直後より増殖を開始している。また、P−890株は、培養開始直後よりエタノール生成を開始し、15時間目にはエタノール生成がピークに達した。つまり、P−890株は、一般酵母よりもエタノール生成速度が速いことが分かった。即ち、三相遠心分離したリモネン濃度の低い原料に対してもP−890株は、誘導期間がなく、安定して発酵することができる。
【実施例3】
【0043】
(P−890株を使用したエタノール製造[1])
P−890株を使用し、伊予かんを原料の一例としてエタノール製造を行った。まず、その製造方法について説明する。
エタノール製造方法は、図7に示すように前工程と後工程で構成されている。前工程は、搾汁工程P1、混合工程P2、及び脱汁工程P3を有する。後工程は、三相遠心分離工程P4、酸混合工程P5、発酵工程P6、及び蒸留工程P7を有する。以下、各工程について説明する。
【0044】
搾汁工程P1は、伊予かんをインライン方式やチョッパーパルパー方式等の搾汁機により搾汁する工程である。本工程により、搾汁残さ11とジュース12が生成される。
【0045】
混合工程P2は、搾汁工程P1にて生成された搾汁残さ11にアルカリ性物質の一例である消石灰を混合する工程である。搾汁工程P1で生成された搾汁残さ11は、ゲル又はスラリー状であるため、プレスして効率よく脱汁することができない。そこで、消石灰を添加・混合することで効率よく脱汁することができる。
【0046】
脱汁工程P3は、混合工程P2にてプレスしやすくなった搾汁残さ11をプレスし、脱水処理する工程である。本工程により、脱汁液13と脱汁粕14が生成される。
【0047】
三相遠心分離工程P4は、脱汁工程P3にて生成された脱汁液13を重液分15、軽液分16及び固形分17に三相遠心分離する工程である。
三相遠心分離工程P4にて、脱汁液13に含まれる発酵阻害物質であるリモネンを、軽液分(油状物質)16、及び固形分17として共に除去する。これにより、重液分15の液中リモネン濃度を0.01wt%以下とすると共に、固形分を含めた全体のリモネン濃度を0.1wt%以下に低減することが可能である。
【0048】
このように、本工程において脱汁液13を三相遠心分離して発酵阻害物質を除去することにより、エタノール発酵時の酵母の増殖性が向上する。その結果、発酵性が安定するとともにエタノール生成率が増大する。
なお、本工程で使用する三相遠心分離機は、比重差の少ない軽液、重液を分離することから、沈降面積を大きくすることが可能なディスク型の遠心分離機を用いることが好ましい。遠心力としては、工業的には5000G以上有すれば、分離可能である。
【0049】
酸混合工程P5は、三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15に酸性物質の一例である硝酸を混合して、酸混合液18を生成する工程である。具体的には、三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15に60%濃硝酸を添加し、攪拌ポンプ又は攪拌機により攪拌して混合する工程である。これにより重液分15のpHを3.5に調整し、酸混合液18を生成する。
硝酸は三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15よりも比重が重いため、硝酸添加後は常時又は定期的に攪拌する。
【0050】
本工程により、酸混合液18中の雑菌は硝酸混合前の1/10〜1/1000程度に減少する。なお、このpHは、1)雑菌の生息に最適なpHが5.0〜7.0であること及び2)次工程にてエタノール発酵させるために必要な酵母の生育に最適なpHが3.5〜6.0であることを考慮して決定する。即ち、本工程においては、雑菌の繁殖を抑制した状態で酵母が生育できるようにpHが調整される。このpHは、例えば3.0〜4.0である。
【0051】
発酵工程P6は、酸混合工程P5にてpHが調整された重液分15(酸混合液18)にサッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)P−890株を加え、エタノール発酵させる工程である。なお、この発酵は連続発酵であるが、バッチ発酵でも良い。
【0052】
蒸留工程P7は、発酵工程P6にて生成されたエタノール発酵液を蒸留する工程である。本工程により、エタノール19を精製することができる。
【0053】
上記製造工程に従い、P−890株を使用してエタノール製造を行った。
【0054】
まず、搾汁工程P1にて原料としての伊予かんを搾汁した。次に、混合工程P2にて、生成された搾汁残さ11に消石灰を混合した。次に、脱汁工程P3にて、消石灰が混合された搾汁残さ11をプレスし、脱汁液13を生成した。次に、三相遠心分離工程P4にて、脱汁工程P3で生成された脱汁液13を三相分離機にかけ、重液分15を分離した。次に、酸混合工程P5にて、硝酸を添加し重液分15のpHを3.5に調整すると共に2時間混合して酸混合液18を生成した。そして、発酵工程P6にて連続発酵を行った。
【0055】
ここで、発酵工程P6で用いる連続発酵装置20について説明する。図8に示すように、発酵工程P6では、ポンプ21から原料としての酸混合液18(pH3.5)をバイオリアクタ22に送り込んだ。そしてバイオリアクタ22にて連続発酵(平均滞留時間:24時間)させた。発酵液は、連続発酵装置20の上部よりオーバーフローにて流出する。発酵中は、このバイオリアクタ22中の発酵液に滅菌空気を吹き込んだ。また、3枚羽インペラ25により発酵液を常時攪拌した。なお、バイオリアクタ22の内部温度は、恒温槽26により維持した。
【0056】
詳細な発酵条件は以下の通りである。
<連続発酵条件>
1.発酵温度 :30℃
2.攪拌速度 :150rpm
3.発酵時間 :24時間(滞留時間)
4.添加酵母量 :3.0%v/v
5.リアクタ容量 :5L
6.希釈率 :0.04(1/h)
7.滅菌空気吹込量:0.05vvm
8.その他 :連続発酵中に希釈率Dを0.014〜0.04の範囲で変更
【0057】
結果を図9に示す。図中、横軸は経過時間を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(sells/ml)を示している。
本実施例では、希釈率Dを0.014〜0.04の範囲で変更したが、希釈率Dの変更にかかわらず、安定してエタノールが生成された。平均エタノール生成率は、105.4%であった。なお、平均エタノール生成率が100%を超えているが、その理由は以下の2つが考えられる。第1に、平均エタノール生成率を計算する際に考慮した糖は、スクロース、グルコース、及びフルクトースであり、酵母がこれら以外の糖を資化したためであると考えられる。第2に、測定誤差により平均エタノール生成率が大きめに算出されたものと考えられる。
【実施例4】
【0058】
(P−890株を使用したエタノール製造[2])
本実施例は、遠心分離工程P4を省略している点と希釈率Dの変更範囲の2点が実施例3と相違する。即ち、脱汁工程P3にて脱汁液を生成した後、遠心分離工程P4を省略し、酸混合工程P5にて、脱汁液に硝酸を添加しpH3.5の酸混合液を生成した。酸混合液をバイオリアクタ22に送り込み、発酵工程P6を実施した。なお、脱汁液13のpHを調整した酸混合液のリモネン濃度(固形分に付着したリモネンと液中に存在するリモネンの合計値)は0.2%v/vであった。
【0059】
結果を図10に示す。図中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
本実施例では、希釈率Dを0.04〜0.08の範囲で変更したが、希釈率Dの変更にかかわらず、安定してエタノールが生成された。平均エタノール生成率は、88.5%であった。
【実施例5】
【0060】
(P−890株を使用したエタノール製造[3])
本実施例は、連続発酵装置20(図8参照)の運転条件が前述の実施例3と相違する。具体的には、一般酵母及びP−890株を使用し、それぞれについて発酵処理と発酵処理の停止とを繰り返す運転条件にて連続発酵させた。なお、脱汁液13のpHを調整した酸混合液のリモネン濃度は約0.03vol%であった。
【0061】
連続発酵装置20の運転条件の詳細は以下の通りである。
<運転条件>
1.エタノール発酵させる発酵期間(12時間)と発酵を停止する停止期間(12時間)を繰り返す(原料を半日で処理し、残りの半日は処理を停止する)。
2.発酵期間中の希釈率Dは、0.08(平均滞留時間12時間)とする。
3.停止期間中、バイオリアクタ22の内部温度は30℃に維持した。攪拌及び滅菌空気の吹込は継続する(原料供給のみを停止した)。
【0062】
一般酵母、P−890株についての結果をそれぞれ図11(A)、(B)に示す。同図(A)中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、流入液全糖濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
また、同図(B)中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、流入液3糖の合計濃度(g/L)及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
本実施例では、一般酵母については、停止状態において、栄養不足などにより酵母が死滅して減少した。そのため、その後の発酵性が悪化した。一方、P−890株については、酵母の減少はみられず、安定して高い発酵性が維持された。即ち、P−890株は、一般酵母よりも発酵安定性が高いことが判明した。
【0063】
なお、本発明は、前述の実施の形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能である。
前述の実施例3及び実施例4においては、脱汁工程P3にて得られた脱汁液13からエタノール発酵を行ったが、搾汁工程P1にて得られた搾汁残さ11を原料としてエタノール発酵(固体発酵)を行うことも可能である。
【符号の説明】
【0064】
11:搾汁残さ、12:ジュース、13:脱汁液、14:脱汁粕、15:重液分、16:軽液分、17:固形分、18:酸混合液、19:エタノール、20:連続発酵装置、21:ポンプ、22:バイオリアクタ、25:3枚羽インペラ、26:恒温槽
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵阻害物質リモネンに対して耐性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果物の脱汁液に酵母を加えてエタノール発酵させることで、代替液化燃料であるバイオエタノールを製造することができる。廃棄物である脱汁液の発酵によるバイオエタノールへの変換技術は、食料と競合しないバイオマスを原料としているため、非常に有益である。
この脱汁液を用いたエタノール製造技術として、柑橘類から脱汁液を生成し、この脱汁液を濃縮して得られた柑橘糖蜜を遠心分離等によりパルプ除去し、サッカロミセス属酵母等によりエタノール発酵させる技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−153231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、柑橘類には、テルペノイド系油成分であるリモネン(化学式:C10H16)が0.2〜0.5wt%含まれている。このリモネンはエタノール発酵を阻害をすることが知られており、大部分が皮に含有されている。しかし、搾汁工程や脱汁工程で、果皮を含む果実を機械的に絞ることにより、その一部は液中に放出され、脱汁液の中に主としてミセル状で存在している。発明者の行った測定結果によれば、脱汁液中のリモネン(0.2〜0.5wt%)のうち、ミセル状で存在しているリモネン濃度は0.01〜0.04wt%と微量である。
ところが、YPD培地にミセル状(油状)のリモネンを添加し、一般酵母を使ってエタノール発酵させた実験の結果によれば、添加したリモネン濃度が高くなると、エタノール生成率が急激に低下した。例えば、リモネンを0.1%v/v添加した場合は、エタノール生成率は約20%まで大きく低下した。一般に、酵母は糖液中に固体微粒子として存在し、油状の物質を吸着しやすい。そのため、このような実験結果となった理由は、添加された微量(0.05%v/v)のリモネン(油状)が酵母に吸着し、発酵阻害を引き起こしたものと推定される。従って、脱汁液の中から発酵阻害物質であるリモネンを除去するためには、リモネンの存在比率で75%以上を占める固形分を除去するとともに、軽液分(油状物質)として存在するミセル状のリモネンをも除去する必要があった。ただし、三相遠心分離等の処理によって事前に原料からリモネンを除去しても、従来の一般酵母には誘導期間があるため、発酵が安定せず、発酵速度も遅かった。そのため、コンタミネーション等の影響で発酵性が不安定になりやすく、長期に亘って高い発酵性を維持することが困難であった。
本発明は、かかる事情に鑑みてなされるもので、発酵阻害物質リモネンに耐性を有するアルコール発酵性酵母及びこれを用いたエタノール製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的に沿う第1の発明に係るアルコール発酵性酵母は、リモネンに耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属である。
【0006】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、更に高温耐性を有する。
【0007】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)である。
【0008】
第1の発明に係るアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)である。
【0009】
前記目的に沿う第2の発明に係るエタノール製造方法は、第1の発明に係るアルコール発酵性酵母を使用する。
【0010】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、柑橘類を原料とすることができる。
【0011】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、柑橘類脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料とすることができる。
【0012】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、酸性物質が添加された柑橘類脱汁液を原料とすることができる。
【0013】
第2の発明に係るエタノール製造方法において、前記酸性物質が硝酸であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
請求項1〜4記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりもリモネン耐性が高いので、エタノールを効率的に生成することができる。
【0015】
特に、請求項2記載のアルコール発酵性酵母においては、一般酵母よりも高温耐性が高いので、高温下でエタノールを効率的に生成することができる。
【0016】
請求項5〜9記載のエタノール製造方法においては、一般酵母を使用する場合よりも、リモネンを含む原料からエタノールを効率的に生成することができる。
【0017】
特に、請求項6記載のエタノール製造方法においては、リモネンを含む柑橘類を原料とした場合、一般酵母を使用する場合に比べて、エタノールを効率的に生成することができる。
【0018】
特に、請求項7記載のエタノール製造方法においては、リモネン濃度が低くなるので、エタノールを更に効率的に生成することができる。
【0019】
特に、請求項8記載のエタノール製造方法においては、雑菌の繁殖が抑制されるので、エタノールを更に効率的に生成することができる。
【0020】
特に、請求項9記載のエタノール製造方法においては、エタノール製造装置に使用される鋼材を腐食させる心配がない。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例1に係るP−890株の塩基配列を示す説明図である。
【図2】同P−890株の顕微鏡写真(倍率1000倍)である。
【図3】同P−890株のリモネン耐性を示すグラフである。
【図4】同P−890株の高温耐性を示すグラフである。
【図5】(A)、(B)はそれぞれ、同P−890株のバッチ発酵特性を示すグラフ及び一般酵母のバッチ発酵特性を示すグラフである。
【図6】同P−890株の流加培養によるエタノール発酵特性を示す説明図である。
【図7】本発明の実施例3に係るエタノール製造方法の各工程を示す工程図である。
【図8】エタノール発酵工程で用いる連続発酵装置の概要を示す構成図である。
【図9】エタノール製造結果を示すグラフ(1)である。
【図10】エタノール製造結果を示すグラフ(2)である。
【図11】(A)、(B)はそれぞれ、一般酵母のエタノール製造結果を示すグラフ(3)及び同P−890株のエタノール製造結果を示すグラフ(4)である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明の実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。本発明の一実施の形態に係るアルコール発酵性酵母は、リモネン耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属である。このアルコール発酵性酵母は、更に高温耐性を有している。本実施の形態に係るアルコール発酵性酵母を使用して、エタノールを製造する場合、みかん(柑橘類の一例)を原料とする。
なお、以下「リモネン耐性」とは、原料中、濃度0.1〜0.5wt%のリモネンの存在下において、86%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。「高温耐性」とは、発酵温度40℃以上の環境下において、86%以上の収率でエタノール発酵することが可能な酵母の性質をいう。また、リモネン耐性及び高温耐性のないサッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)を「一般酵母」ともいう。
以下、本発明を実施例により説明する。
【実施例1】
【0023】
(新規酵母の分離)
愛媛県内で収穫された柑橘類ジュース工場の製造ラインからみかん脱汁液を採取した。このみかん脱汁液を1000倍の濃度に希釈し、YPD寒天培地(酵母抽出物1%、ペプトン2%、グルコース2%含有)に塗沫し、30℃にて約2日間培養した。
培養シャーレにコロニー形成した各種酵母を、各々ピックアップしてYPD培地(酵母抽出物2%、ペプトン2%、グルコース10%含有、pH6.5〜7.0)にて純粋培養した。
【0024】
(酵母のスクリーニング)
純粋培養した各酵母の中から、リモネン耐性を有する酵母をスクリーニングした。
具体的には、リモネン濃度が0.02〜0.2%v/vの範囲でそれぞれ異なる数種類の糖液を原料として、それぞれエタノール発酵を行った。その結果、各リモネン濃度の糖液に対し、エタノール発酵性の優れた株をリモネン耐性株とした。そして、これらリモネン耐性株の中でも特にリモネン耐性が高い株を寄託した(受託番号 NITE P−890)。以下、本明細書中において、この寄託した株を「P−890株」と呼ぶ。
【0025】
(P−890株の同定)
P−890株からDNAを抽出し、D2LSUrDNA領域をPCRにより増幅した。得られたPCR産物について、ダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定した(図1参照)。この塩基配列に基づいて、データベース上で既知の微生物のD2LSUrDNA配列とのブラスト(BLAST)検索を行い、近縁種と推定される微生物を特定した。その結果、表1に示すように、P−890株はサッカロマイセス(Saccharomyces)属セルビジエ(Cerevisiae)種の酵母であることが明らかとなった。
【0026】
【表1】
【0027】
(菌学的性質)
P−890株は、以下の菌学的性質を有する。
1.細胞形状 :球状(図2参照)
2.コロニー形状 :白色(光沢無)、皺状
3.増殖形式 :多極出芽
4.最適生育温度 :30℃
5.最適生育pH :4.0
6.凝集性 :なし
7.資化糖 :スクロース、グルコース、フルクトース
【実施例2】
【0028】
(リモネン耐性試験)
P−890株について、任意の濃度のリモネンを添加してバッチ発酵(振とう培養)を行い、エタノール発酵性を調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.発酵温度:30℃
2.振とう数:120rpm(振幅10mm)
3.発酵時間:24時間
4.原料:YPD培地
【0029】
結果を図3に示す。図中、横軸はYPD培地へのリモネン添加量(%v/v)を示し、縦軸はエタノール生成率(%)を示している。
図から明らかなように、一般酵母については、リモネン濃度が高くなるに従って、エタノール生成率が低下する。一方、P−890株については、リモネン添加濃度が0.1%v/v程度になるまで、エタノール生成率は90%を超え、エタノール生成率が低下しなかった。
【0030】
(高温耐性試験)
YPD培地を用いて、発酵温度30℃、37℃、40℃、42℃、45℃にて、24時間バッチ発酵実験を実施した。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.振とう数:120rpm(振幅10mm)
2.発酵時間:24時間
3.原料:YPD培地
【0031】
その結果を図4に示す。図中、横軸は温度を表し、縦軸はエタノール生成率を示している。なお、エタノール生成率が100%を僅かに超える部分があるが、測定誤差によりエタノール生成率が大きめに算出されたものと考えられる。
【0032】
図から明らかなように、一般酵母は、発酵温度37℃までしか発酵できなかったが、P−890株は、発酵温度40℃まで90%以上の高収率で発酵可能であった。即ち、P−890株は、高温耐性を有することが判明した。また、P−890株は42℃においてもエタノール生成率が約70%であり、比較的高い収率にて発酵できることが明らかとなった。
【0033】
(エタノール発酵試験[1])
リモネン存在下でバッチ培養を行い、エタノール生成及び酵母の生育について調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.発酵温度:30℃
2.攪拌速度:120rpm
3.発酵時間:24時間
4.原料:みかん(温州みかん)脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分(硝酸添加によりpH3.5に調整)
P−890株についての結果を図5(A)に示す。図中、横軸は時間を表し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
図5(B)に示す一般酵母については、8時間程度の誘導期間が存在した。しかし、P−890株については誘導期間が存在せず、培養開始後より増殖を開始した。また、P−890株は、一般酵母に比べて、酵母増殖速度及びエタノール生成速度ともに速かった。このような特性により、P−890株をエタノール発酵に用いた場合、一般酵母に比べてより短期間で安定した培養が可能であり、かつ平均滞留時間の短い効率的な発酵が可能である。
【0034】
更に、みかん脱汁液に対する三相遠心分離の有無及び硝酸添加の有無の条件を変更し、以下の3つの原料に関して同様にエタノール生成について調べた。
1)硝酸添加によりpH3.5に調整したみかん脱汁液(三相遠心分離なし)
2)みかん脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分(pH調整なし)
3)みかん脱汁液(三相遠心分離なし、pH調整なし)
なお、三相遠心分離の効果はリモネンの除去である。ここで、P−890株は、リモネン耐性を有することからリモネンの除去は不要とも思われる。しかし、1)P−890株がリモネン耐性を有するとはいえ、リモネン濃度が低ければエタノール生成率の更なる向上が期待できること、及び2)三相遠心分離によりリモネンを完全に除去することはできないことから、みかん脱汁液に対する三相遠心分離の有無を条件として考慮している。また、硝酸添加の効果は、雑菌繁殖の抑制である。三相遠心分離と硝酸添加の効果の詳細については後述する。
これら条件による結果をそれぞれ表2〜表4に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
表2は、一般酵母及びP−890株について、それぞれ発酵前後のスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及びエタノール生成率(%)を測定したものである。
【0037】
【表3】
【0038】
表3は、一般酵母及びP−890株について、それぞれ発酵前後のスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及びエタノール生成率(%)を測定したものである。
なお、発酵後については、発酵後(1)及び発酵後(2)として、データを2回計測している。平均エタノール生成率(%)は、この2回計測したエタノール生成率(%)の平均である。
【0039】
【表4】
【0040】
表4は、表3と同様のデータである。
【0041】
表2〜表4から明らかなように、いずれもP−890株の方が、一般酵母よりもエタノール生成率が高い結果となった。特に、遠心分離処理もpH調整もないみかん脱汁液(無処理原料)では、P−890株を使用した場合、一般酵母に比べてエタノール生成率が15%も高かった(表4参照)。
【0042】
(エタノール発酵試験[2])
みかん脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料として流加培養を行い、エタノール生成及び酵母の生育について調べた。実験条件は以下の通りである。
<実験条件>
1.温度 :30℃
2.攪拌速度 :150rpm
3.原料供給 :3.3ml/min
4.リアクタ容量:5L
5.空気吹込み量:0.05vvm
6.添加酵母量 :3.0%v/v
7.原料 :みかん(温州みかん)脱汁液
結果を図6に示す。図中、横軸は時間を表し、縦軸はエタノール濃度(g/L)及び酵母濃度(cells/槽)を示している。
図から明らかなように、三相遠心分離処理したリモネン濃度の低い液において、一般酵母については約4時間の誘導期間が存在する。これに対して、P−890株については誘導期間が存在せず、培養開始直後より増殖を開始している。また、P−890株は、培養開始直後よりエタノール生成を開始し、15時間目にはエタノール生成がピークに達した。つまり、P−890株は、一般酵母よりもエタノール生成速度が速いことが分かった。即ち、三相遠心分離したリモネン濃度の低い原料に対してもP−890株は、誘導期間がなく、安定して発酵することができる。
【実施例3】
【0043】
(P−890株を使用したエタノール製造[1])
P−890株を使用し、伊予かんを原料の一例としてエタノール製造を行った。まず、その製造方法について説明する。
エタノール製造方法は、図7に示すように前工程と後工程で構成されている。前工程は、搾汁工程P1、混合工程P2、及び脱汁工程P3を有する。後工程は、三相遠心分離工程P4、酸混合工程P5、発酵工程P6、及び蒸留工程P7を有する。以下、各工程について説明する。
【0044】
搾汁工程P1は、伊予かんをインライン方式やチョッパーパルパー方式等の搾汁機により搾汁する工程である。本工程により、搾汁残さ11とジュース12が生成される。
【0045】
混合工程P2は、搾汁工程P1にて生成された搾汁残さ11にアルカリ性物質の一例である消石灰を混合する工程である。搾汁工程P1で生成された搾汁残さ11は、ゲル又はスラリー状であるため、プレスして効率よく脱汁することができない。そこで、消石灰を添加・混合することで効率よく脱汁することができる。
【0046】
脱汁工程P3は、混合工程P2にてプレスしやすくなった搾汁残さ11をプレスし、脱水処理する工程である。本工程により、脱汁液13と脱汁粕14が生成される。
【0047】
三相遠心分離工程P4は、脱汁工程P3にて生成された脱汁液13を重液分15、軽液分16及び固形分17に三相遠心分離する工程である。
三相遠心分離工程P4にて、脱汁液13に含まれる発酵阻害物質であるリモネンを、軽液分(油状物質)16、及び固形分17として共に除去する。これにより、重液分15の液中リモネン濃度を0.01wt%以下とすると共に、固形分を含めた全体のリモネン濃度を0.1wt%以下に低減することが可能である。
【0048】
このように、本工程において脱汁液13を三相遠心分離して発酵阻害物質を除去することにより、エタノール発酵時の酵母の増殖性が向上する。その結果、発酵性が安定するとともにエタノール生成率が増大する。
なお、本工程で使用する三相遠心分離機は、比重差の少ない軽液、重液を分離することから、沈降面積を大きくすることが可能なディスク型の遠心分離機を用いることが好ましい。遠心力としては、工業的には5000G以上有すれば、分離可能である。
【0049】
酸混合工程P5は、三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15に酸性物質の一例である硝酸を混合して、酸混合液18を生成する工程である。具体的には、三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15に60%濃硝酸を添加し、攪拌ポンプ又は攪拌機により攪拌して混合する工程である。これにより重液分15のpHを3.5に調整し、酸混合液18を生成する。
硝酸は三相遠心分離工程P4にて生成された重液分15よりも比重が重いため、硝酸添加後は常時又は定期的に攪拌する。
【0050】
本工程により、酸混合液18中の雑菌は硝酸混合前の1/10〜1/1000程度に減少する。なお、このpHは、1)雑菌の生息に最適なpHが5.0〜7.0であること及び2)次工程にてエタノール発酵させるために必要な酵母の生育に最適なpHが3.5〜6.0であることを考慮して決定する。即ち、本工程においては、雑菌の繁殖を抑制した状態で酵母が生育できるようにpHが調整される。このpHは、例えば3.0〜4.0である。
【0051】
発酵工程P6は、酸混合工程P5にてpHが調整された重液分15(酸混合液18)にサッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)P−890株を加え、エタノール発酵させる工程である。なお、この発酵は連続発酵であるが、バッチ発酵でも良い。
【0052】
蒸留工程P7は、発酵工程P6にて生成されたエタノール発酵液を蒸留する工程である。本工程により、エタノール19を精製することができる。
【0053】
上記製造工程に従い、P−890株を使用してエタノール製造を行った。
【0054】
まず、搾汁工程P1にて原料としての伊予かんを搾汁した。次に、混合工程P2にて、生成された搾汁残さ11に消石灰を混合した。次に、脱汁工程P3にて、消石灰が混合された搾汁残さ11をプレスし、脱汁液13を生成した。次に、三相遠心分離工程P4にて、脱汁工程P3で生成された脱汁液13を三相分離機にかけ、重液分15を分離した。次に、酸混合工程P5にて、硝酸を添加し重液分15のpHを3.5に調整すると共に2時間混合して酸混合液18を生成した。そして、発酵工程P6にて連続発酵を行った。
【0055】
ここで、発酵工程P6で用いる連続発酵装置20について説明する。図8に示すように、発酵工程P6では、ポンプ21から原料としての酸混合液18(pH3.5)をバイオリアクタ22に送り込んだ。そしてバイオリアクタ22にて連続発酵(平均滞留時間:24時間)させた。発酵液は、連続発酵装置20の上部よりオーバーフローにて流出する。発酵中は、このバイオリアクタ22中の発酵液に滅菌空気を吹き込んだ。また、3枚羽インペラ25により発酵液を常時攪拌した。なお、バイオリアクタ22の内部温度は、恒温槽26により維持した。
【0056】
詳細な発酵条件は以下の通りである。
<連続発酵条件>
1.発酵温度 :30℃
2.攪拌速度 :150rpm
3.発酵時間 :24時間(滞留時間)
4.添加酵母量 :3.0%v/v
5.リアクタ容量 :5L
6.希釈率 :0.04(1/h)
7.滅菌空気吹込量:0.05vvm
8.その他 :連続発酵中に希釈率Dを0.014〜0.04の範囲で変更
【0057】
結果を図9に示す。図中、横軸は経過時間を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(sells/ml)を示している。
本実施例では、希釈率Dを0.014〜0.04の範囲で変更したが、希釈率Dの変更にかかわらず、安定してエタノールが生成された。平均エタノール生成率は、105.4%であった。なお、平均エタノール生成率が100%を超えているが、その理由は以下の2つが考えられる。第1に、平均エタノール生成率を計算する際に考慮した糖は、スクロース、グルコース、及びフルクトースであり、酵母がこれら以外の糖を資化したためであると考えられる。第2に、測定誤差により平均エタノール生成率が大きめに算出されたものと考えられる。
【実施例4】
【0058】
(P−890株を使用したエタノール製造[2])
本実施例は、遠心分離工程P4を省略している点と希釈率Dの変更範囲の2点が実施例3と相違する。即ち、脱汁工程P3にて脱汁液を生成した後、遠心分離工程P4を省略し、酸混合工程P5にて、脱汁液に硝酸を添加しpH3.5の酸混合液を生成した。酸混合液をバイオリアクタ22に送り込み、発酵工程P6を実施した。なお、脱汁液13のpHを調整した酸混合液のリモネン濃度(固形分に付着したリモネンと液中に存在するリモネンの合計値)は0.2%v/vであった。
【0059】
結果を図10に示す。図中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
本実施例では、希釈率Dを0.04〜0.08の範囲で変更したが、希釈率Dの変更にかかわらず、安定してエタノールが生成された。平均エタノール生成率は、88.5%であった。
【実施例5】
【0060】
(P−890株を使用したエタノール製造[3])
本実施例は、連続発酵装置20(図8参照)の運転条件が前述の実施例3と相違する。具体的には、一般酵母及びP−890株を使用し、それぞれについて発酵処理と発酵処理の停止とを繰り返す運転条件にて連続発酵させた。なお、脱汁液13のpHを調整した酸混合液のリモネン濃度は約0.03vol%であった。
【0061】
連続発酵装置20の運転条件の詳細は以下の通りである。
<運転条件>
1.エタノール発酵させる発酵期間(12時間)と発酵を停止する停止期間(12時間)を繰り返す(原料を半日で処理し、残りの半日は処理を停止する)。
2.発酵期間中の希釈率Dは、0.08(平均滞留時間12時間)とする。
3.停止期間中、バイオリアクタ22の内部温度は30℃に維持した。攪拌及び滅菌空気の吹込は継続する(原料供給のみを停止した)。
【0062】
一般酵母、P−890株についての結果をそれぞれ図11(A)、(B)に示す。同図(A)中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース(ショ糖)濃度(g/L)、グルコース(ブドウ糖)濃度(g/L)、フルクトース(果糖)濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、流入液全糖濃度(g/L)、及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
また、同図(B)中、横軸は経過時間(h)を示し、縦軸はスクロース濃度(g/L)、グルコース濃度(g/L)、フルクトース濃度(g/L)、全糖濃度(g/L)、エタノール濃度(g/L)、流入液3糖の合計濃度(g/L)及び酵母濃度(cells/ml)を示している。
本実施例では、一般酵母については、停止状態において、栄養不足などにより酵母が死滅して減少した。そのため、その後の発酵性が悪化した。一方、P−890株については、酵母の減少はみられず、安定して高い発酵性が維持された。即ち、P−890株は、一般酵母よりも発酵安定性が高いことが判明した。
【0063】
なお、本発明は、前述の実施の形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能である。
前述の実施例3及び実施例4においては、脱汁工程P3にて得られた脱汁液13からエタノール発酵を行ったが、搾汁工程P1にて得られた搾汁残さ11を原料としてエタノール発酵(固体発酵)を行うことも可能である。
【符号の説明】
【0064】
11:搾汁残さ、12:ジュース、13:脱汁液、14:脱汁粕、15:重液分、16:軽液分、17:固形分、18:酸混合液、19:エタノール、20:連続発酵装置、21:ポンプ、22:バイオリアクタ、25:3枚羽インペラ、26:恒温槽
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リモネンに耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属のアルコール発酵性酵母。
【請求項2】
請求項1記載のアルコール発酵性酵母において、更に高温耐性を有するアルコール発酵性酵母。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項4】
請求項3記載のアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルコール発酵性酵母を使用するエタノール製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のエタノール製造方法において、柑橘類を原料とするエタノール製造方法。
【請求項7】
請求項5記載のエタノール製造方法において、柑橘類脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料とするエタノール製造方法。
【請求項8】
請求項5記載のエタノール製造方法において、酸性物質が添加された柑橘類脱汁液を原料とするエタノール製造方法。
【請求項9】
請求項8記載のエタノール製造方法において、前記酸性物質が硝酸であるエタノール製造方法。
【請求項1】
リモネンに耐性を有するサッカロマイセス(Saccharomyces)属のアルコール発酵性酵母。
【請求項2】
請求項1記載のアルコール発酵性酵母において、更に高温耐性を有するアルコール発酵性酵母。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(Saccharomyces.Cerevisiae)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項4】
請求項3記載のアルコール発酵性酵母において、サッカロマイセス・セルビジエ(受託番号 NITE P−890)であるアルコール発酵性酵母。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルコール発酵性酵母を使用するエタノール製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のエタノール製造方法において、柑橘類を原料とするエタノール製造方法。
【請求項7】
請求項5記載のエタノール製造方法において、柑橘類脱汁液を三相遠心分離して得られた重液分を原料とするエタノール製造方法。
【請求項8】
請求項5記載のエタノール製造方法において、酸性物質が添加された柑橘類脱汁液を原料とするエタノール製造方法。
【請求項9】
請求項8記載のエタノール製造方法において、前記酸性物質が硝酸であるエタノール製造方法。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【公開番号】特開2012−187115(P2012−187115A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−130192(P2012−130192)
【出願日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【分割の表示】特願2010−175712(P2010−175712)の分割
【原出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【出願人】(592134583)愛媛県 (53)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【分割の表示】特願2010−175712(P2010−175712)の分割
【原出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【出願人】(592134583)愛媛県 (53)
【Fターム(参考)】
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