説明

遅れ破壊試験装置

【課題】遅れ破壊試験装置において、試験条件を安定に維持して、遅れ破壊の評価のばらつきを抑制することである。
【解決手段】遅れ破壊試験装置10は、試験容器20を用いて試験片8を試験液に浸漬し引張負荷を与える負荷試験部12と、試験容器20との間で試験液を循環させるための循環試験液タンク40と、新しい試験液を収容する新液タンク60と、循環試験液タンク40と新液タンク60との間に設けられる開閉弁50と、循環試験液タンク40に設けられ、ヒータ用熱源48に接続されるヒータ46とを備える。制御部70のpH調整部72は、pH検出器42の検出値に基づいて開閉弁50を制御して試験液82のpH調整を行い、温度調整部74は、試験液温度計44の検出値に基づいてヒータ用熱源48を調整して試験液82の温度調整を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遅れ破壊試験装置に係り、特に、試験片に試験液を供給して鉄鋼材料の遅れ破壊特性を評価する遅れ破壊試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鉄鋼材料において、腐食環境下で引張応力を負荷すると、所定時間後に破壊を起こす応力腐食割れまたは遅れ破壊と呼ばれる現象が知られている。遅れ破壊の原因としては、酸洗い、メッキ処理等によって鋼材に水素が導入され、応力集中部において水素が堆積し、亀裂が発生し、発生した亀裂が粒界に沿って伝播する等のモデルが提案されている。
【0003】
そして、遅れ破壊を加速評価して事前に危険予知する遅れ破壊試験装置として、試験片に定常的な引張応力を印加し、水素を導入するための試験液を試験片の応力集中部等に供給する手段を設ける等の工夫がされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、過酷な使用環境下を想定した応力腐食割れ試験を行う装置として、上・下つかみ装置に上下両端をそれぞれ取り付けられる試験片の中間部を液密かつ気密に覆う透明アクリルのカバーと、カバーに接続され、腐食性の液体をカバー内に循環させて供給する液体供給装置を備える構成が開示されている。ここで腐食性液体としては、硫化水素水、高温海水、アンモニア水等が挙げられている。
【0005】
【特許文献1】特開平3−287046号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の試験装置によれば、試験片に定常的引張応力を印加でき、また、試験片に腐食性の液体を循環させて供給することができる。ところで、遅れ破壊試験においては、水素の存在が関係するので、試験液のpH、温度等の条件を試験期間中一定にすることが好ましい。特許文献1の試験装置においては、液密、気密のアクリルケースに腐食性の液体を循環供給するが、時間と共にpHが変化する可能性があり、また、温度変化も生じ得る。したがって、遅れ破壊の評価結果にばらつきが生じる可能性がある。
【0007】
本発明の目的は、試験条件を安定に維持して、遅れ破壊の評価のばらつきを抑制できる遅れ破壊試験装置を提供することである。さらに他の目的は、常温の水中では従来1100MPa以下では遅れ破壊しないとされていたが、50℃以上の水中では遅れ破壊することについて評価することを可能とする遅れ破壊試験装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る遅れ破壊試験装置は、試験片の周囲を試験液で満たすための容器であって、試験片を液漏れのしないように両端を外部に出して保持し、試験液の供給口と排出口とを有する試験容器と、試験容器に保持された試験片の両端に遅れ破壊試験用の負荷をかける負荷試験機と、試験容器の供給口と排出口との間に試験液循環路を介して接続され、試験容器の内容積よりも大量の試験液を収容できる循環試験液タンクと、循環試験液タンクに開閉弁を介して接続され、未使用試験液を収容する新液タンクと、循環試験液タンクに設けられるpH検出器と、pH検出器の検出値に基づいて開閉弁の開閉を制御し、試験容器に供給される試験液のpHを所定の範囲に調整するpH調整部と、を備えることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る遅れ破壊試験装置において、循環試験液タンクに設けられるヒータと、循環試験液タンクに設けられる試験液温度計と、試験液温度計の検出値に基づいてヒータの通電を制御し、試験容器に供給される試験液の温度を所定の範囲に調整する温度調整部と、を備えることが好ましい。
【0010】
また、本発明に係る遅れ破壊試験装置において、新液タンクは、試験液としての水または酸性液を収容し、循環試験液タンク及び試験容器には水または酸性液が循環し、温度調整部は、試験容器に供給される試験液としての水または酸性液の温度を50℃以上100℃以下に調整することが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る遅れ破壊試験装置において、試験容器は、試験容器中の試験液体積V1と,試験容器中の試験片が試験液に接触する面積Aとの比である比液量V1/Aが、30mm以上60mm以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る遅れ破壊試験装置において、循環試験液タンクに収容される循環試験液体積V2と、試験容器中の試験液体積V1との比であるV2/V1が、150倍以上300倍以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
上記構成により、遅れ破壊試験装置は、負荷試験機にかけられるように試験片の両端を外部に出し、液漏れのしないように試験片の周囲を試験液で満たす試験容器と、循環試験液タンクとの間を試験液循環路で接続し、循環試験液タンクには開閉弁を介して新液タンクが接続される。そして循環試験液タンクのpHに応じて開閉弁を開閉し、試験容器に供給される試験液のpHを所定範囲に調整する。これにより、遅れ破壊試験中において、試験片は、所定範囲のpHを維持する試験液に曝されることになり、試験条件を安定に維持して、遅れ破壊評価結果のばらつきを抑制できる。
【0014】
また、循環試験液タンクにはヒータと、試験液温度計とが設けられ、試験液温度計の検出値に基づいてヒータの通電を制御し、試験容器に供給される試験液の温度を所定の範囲に調整するので、遅れ破壊試験中において、試験片は、所定範囲の温度を維持する試験液に曝されることになり、試験条件を安定に維持でき、遅れ破壊評価結果のばらつきを抑制できる。
【0015】
また、特に、試験液を水とする場合には、水の温度を50℃以上100℃以下に調整する。大気遮断の下で、約50℃以上の水に鉄を置くと、Feの腐食反応とH2発生反応とが生じることが知られている。この現象はシコール反応と呼ばれているが、上記条件を維持することで、シコール反応による遅れ破壊試験を評価することができる。
【0016】
また、試験容器中の試験液体積V1と,試験容器中の試験片が試験液に接触する面積Aとの比である比液量V1/Aを、30mm以上60mm以下とするので、試験片の周囲面積にわたって十分な量の試験液が供給される。これにより、試験片の表面から局部的な反応が生じても、試験液は十分に均一化され、試験条件を安定に維持して、遅れ破壊の評価のばらつきを抑制できる。経験では、この比液量の範囲であれば、試験容器中の試験液のpH変化を、1日当り0.5程度に抑制できる。
【0017】
また、循環試験液タンクに収容される循環試験液体積V2と、試験容器中の試験液体積V1との比であるV2/V1を、150倍以上300倍以下とするので、試験容器中の試験液のpHはほぼ一定に保たれる。これにより、試験片の表面から局部的な反応が生じ、pHが変化しても、試験容器よりも容量の大きい循環試験液タンクからの試験液の供給によって十分に均一化され、試験条件を安定に維持して、遅れ破壊の評価のばらつきを抑制できる。経験では、この体積比の範囲であれば、試験容器中の試験液のpH変化を、3日当り0.5程度に抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき詳細に説明する。以下における寸法、材料等は、説明のための1例であり、用途に応じ、適宜変更が可能である。
【0019】
図1は、遅れ破壊試験装置10の構成を示す図である。図1には、遅れ破壊試験装置10の構成要素ではないが、試験の対象である試験片8が示されている。遅れ破壊試験装置10は、試験片に定常的な引張負荷を与え、試験液に浸漬して保持し、時間経過によって応力腐食破壊が生じる様子を試験する装置である。遅れ破壊試験装置10は、試験片8を試験液に浸漬し引張負荷を与える負荷試験部12と、試験液を循環させるための循環試験液タンク40と、新しい試験液を収容する新液タンク60と、試験液の状態を所定条件に保持するための制御部70を含んで構成される。
【0020】
負荷試験部12は、試験片8を液漏れしないように両端を外部に出して保持する試験容器20と、試験容器20から両端が出ている試験片の両端をそれぞれ掴み、その間に所定の引張負荷を与える負荷印加部14,16とを含む。負荷印加部14,16は、例えばロードセル等で試験片8の両端に一定の引張力を与えるようにしながら、試験片8の長さの変化が現れるときにはこれを検出する検出機能を有するものとして構成することができる。
【0021】
図2は、試験容器20の詳細な構成を示す図である。試験容器20は、外形が円筒形で、内部に試験液を収容するための空間である試験液室23を有する筐体22からなり、筐体22の外周には、試験液室23と連通する試験液供給口24と試験液排出口26とが設けられる。また、試験片8の両端から液漏れしないように、試験片8を保持する部分にはシール部材28が設けられる。かかる試験容器20としては、内部の状況が観察できるように、例えば、透明なアクリル樹脂を成形したものを用いることができる。
【0022】
試験容器20において、試験液排出口26が上部に近い位置に設けられ、試験液供給口24はそれよりも低い位置に設けられる。これにより、酸素を含む空気を巻きこまずにゆっくりと試験液を試験容器20に充満させることができる。図1に示されるように、試験液供給口24と循環試験液タンク40の底部に設けられる供給口41との間は、供給パイプ30で接続される。また、試験液排出口26は、戻りパイプ32の一方端に接続され、戻りパイプ32の他方端は、循環試験液タンク40の上部で開口する。したがって、試験液は、循環試験液タンク40の供給口41から供給パイプ30を経由して、試験容器20の試験液供給口24より試験容器20の試験液室23に供給される。そして試験液室23から試験液排出口26を経て戻しパイプ32によって循環試験液タンク40の上方に導かれ、循環試験液タンク40の中に注がれる。このようにして、試験液が試験容器20と循環試験液タンク40の間を循環する。
【0023】
なお、試験片8としては、図2に示されるように、円柱状に成形され、切欠部4を有する丸棒材とし、両端にネジ部6,7が設けられるものが用いられる。このネジ部6,7が、それぞれ負荷試験部12の負荷印加部14,16に接続され、負荷試験部12の機能により、試験片8の両端の間に所定の引張力負荷が印加される。
【0024】
試験容器20の試験液室23には、図1に示されるように試験液80が満たされ、試験片8の周囲がこの試験液に曝される。ここで、試験容器20の中には空気が残らないように試験液80が満たされる。試験片8は、負荷試験部12の機能により引張力負荷が印加され、試験容器20は、上記のように気密、液密に保たれるので、試験片8の試験状況としては、その外周が酸素欠乏状態で試験液に曝された状態で、引張力負荷が印加されていることになる。つまり、水素発生反応を助長し、遅れ破壊が起こりやすい試験状況とされる。
【0025】
試験容器20の試験液室23の容積は、試験片8の外周が十分に試験液80に曝されて外周において腐食反応が生じたときに、特に酸性試験液についてその結果としてのpHが変化しにくいように、十分な量を確保できることが好ましい。すなわち、(試験液室23の中の試験液80の体積)V1/(試験片8が試験液80に曝される外周面積)Aの比が十分に大きいことが好ましい。このV1/Aを、比液量と呼ぶことにすると、比液量は、厚さの次元を有し、試験片8の外表面からの試験液80の液厚さを示すことになる。
【0026】
具体的寸法の一例を上げると、試験片8の外径を8mmとして、試験液室23の内径が38mm、高さが55mmとすることができる。このとき、(試験片8が試験液80に曝される外周面積)Aは、π×8mm×55mmで計算され、約1380mm2である。一方、(試験液室23の中の試験液80の体積)V1は、(π/4)×{(38)2−(8)2}mm2×55mmで計算され、約59,580mm3である。この場合の比容積(V1/A)は、約43mmである。つまり、試験片8の外周は、およそ43mmの試験液80の厚さで囲まれていることになる。
【0027】
試験片8を試験液80に曝したとき、特に、酸性試験液の場合、腐食反応によって試験液80のpHが変化するが、比液量が十分あれば、pHの変化等を抑制することができる。循環試験液タンク40との間の試験液の循環がない状態で、試験容器20の中の試験液80のpH変化と比液量との関係を調べると、試験液80が酸性試験液の場合、比液量が30mm以上60mm以下とすることで、試験容器20中の試験液80のpH変化を、1日当り0.5程度に抑制できる。
【0028】
また、試験液80の温度を室温よりも高くして応力腐食試験を行いたい場合にも、比容積が大きいほど、熱が放散される試験容器20の外壁部から試験片8までの距離が長くなるので、試験液80の温度の低下を少なくすることができる。
【0029】
図1に戻り、循環試験液タンク40は、試験容器20に供給される試験液の状態を試験期間の間、ほぼ同じ条件に維持するための機能を有する試験液バッファタンクである。この機能は、2つの方法によって実現される。
【0030】
1つは、試験容器20との間で試験液を循環させることで、試験容器20の中において腐食反応によって生じる試験液の状態の変化を均一化する。そのために、循環試験液タンク40に収容される試験液の容積V2は、試験容器20の試験液室23の容積よりも十分大きく設定される。一例を上げると、試験容器20の大きさを上記の例として、循環試験液タンク40の試験液容積部分の大きさは、縦235mm、横135mm、高さ350mmの直方形で、その容積V2は、235mm×135mm×350mmで計算され、約11,103,750mm3となる。上記のV1を用いると、(循環試験液タンク40の試験液容積)V2/(試験容器20の試験液容積)V1は、約186倍である。
【0031】
試験容器20の中の試験液80を、循環試験液タンク40の中の試験液82との間で循環させることで、V2/V1が十分大きければ、試験容器20の中の試験液80のpHの変化等を抑制することができる。試験容器20と循環試験液タンク40との間で試験液を循環させる状態で、試験容器20の中の試験液80のpH変化とV2/V1の大きさとの関係を調べると、試験液80が酸性試験液の場合、V2/V1が150倍以上300倍以下とすることで、試験容器20中の試験液80のpH変化を、3日当り0.5程度に抑制できる。
【0032】
同様に、試験液80の温度を室温よりも高くして応力腐食試験を行いたい場合にも、V2/V1が大きいほど、試験容器20における試験液80の温度低下を少なくすることができる。例えば、循環試験液タンク40において室温より高い試験液82を収容し、試験容器20と循環試験液タンク40との間で試験液を循環させれば、V2/V1が大きいほど、試験容器20において試験液80の温度低下があっても、循環試験液タンク40に戻して循環させることで、全体の温度を均一化できる。
【0033】
試験容器20に供給される試験液の状態を試験期間の間、ほぼ同じ条件に維持するための第2の方法として、循環試験液タンク40は、その中の試験液82のpHを調整し、また、試験液82の温度を調整する。
【0034】
図1において、新液タンク60と、開閉弁50と、pH検出器42とは、循環試験液タンク40の中の試験液82のpHを調整するためのものである。ヒータ46と、ヒータ用熱源48と、試験液温度計44とは、循環試験液タンク40の中の試験液82の温度を調整するためのものである。制御部70は、pH調整と温度調整とを実行する機能を有し、pH検出器42の検出値に基づいて開閉弁50を制御して試験液82のpH調整を行うpH調整部72と、試験液温度計44の検出値に基づいてヒータ用熱源48を調整して試験液82の温度調整を行う温度調整部74を含んで構成される。ここで新液とは、試験液が中性の場合、未使用の中性試験液であり、試験液が酸性の場合は、塩酸または硝酸または硫酸とする。
【0035】
新液タンク60は、未使用の試験液84を収容する容器である。未使用の試験液とは、上記の新液で、未使用の中性試験液あるいは塩酸、硝酸、硫酸である。開閉弁50は、新液タンク60と循環試験液タンク40とを接続する流路の間に設けられる電磁流体制御弁で、制御部70の指令に応じて開閉し、開くときに新液タンク60の中の未使用の試験液84を循環試験液タンク40に供給することができる。pH検出器42は、試験液82のpHを検出し、制御部70にその検出値を出力する電気信号式計測器である。
【0036】
ヒータ46は、ヒータ用熱源48から供給される熱によって、循環試験液タンク40の中の試験液82を加熱する機能を有するもので、ヒータ用熱源48を電源とするときは、抵抗加熱型ヒータとすることができる。ヒータ用熱源48を温水等の高温流体媒体とするときは、ヒータ46を加熱流体と試験液82との間で熱交換を行う熱交換器とすることができる。試験液温度計44は、試験液82の液温を検出し、制御部70にその検出値を出力する電気信号式温度計である。
【0037】
制御部70のpH調整部72は、pH検出器42の検出値に基づき、その検出値が所定の閾値範囲を超えるときに、開閉弁50を開けて、循環試験液タンク40の中の試験液82のpHを所定の閾値範囲に維持する機能を有する。腐食反応が生じると、試験容器20の中の試験液80のpHが変化し、それに応じて循環試験液タンク40の中の試験液82のpHも変化し、新液タンク60の中に収容されている未使用の試験液84のpH、すなわち未使用の中性試験液のpH、または塩酸、硝酸、硫酸のpHとの間に相違が生じる。そこで開閉弁50を開けて、未使用の試験液84である未使用の中性試験液、または塩酸、硝酸、硫酸を循環試験液タンク40の中に補充することで、pHの変化を抑制することができる。
【0038】
なお、未使用の試験液84である未使用の中性試験液、または塩酸、硝酸、硫酸を補充することで、循環試験液タンク40の中に収容されている試験液82の容積が増加しすぎるのを防止するため、図示されていないドレイン弁を適宜開けて、循環試験液タンク40の中の試験液82を外部に排出することが好ましい。
【0039】
ここで、遅れ破壊試験に用いられる試験液と、そのpH調整、温度調整について説明する。遅れ破壊現象は、上記のように水素の存在が原因の1つと考えられている。したがって、遅れ破壊試験に用いられる試験液としては、鋼との腐食反応によって鋼に水素を導入できる液が用いられる。例えば、上記の特許文献1に挙げられている硫化水素水、高温海水、アンモニア水等の腐食性試験液のほか、水、塩酸、硝酸、硫酸、あるいは酸等を加えて適当なpHに調整した水等が用いられる。また、試験片が実際に置かれる環境条件下で遅れ破壊が生じるか否かを確かめるために、試験片が置かれる酸性雨に近い液体、潤滑油に近い液体等が用いられる。
【0040】
試験片として鉄鋼材料、特に高強度鋼において遅れ破壊現象が生じることが指摘されている。ここで、遅れ破壊試験を行うと、試験液によって鋼材が腐食されて変色するが、その変色に2種類あることが分かってきている。1つはFe23の赤錆系で、もう1つはFe34の黒錆系である。黒錆系の生成は、シコール反応によるものである。ここで、シコール反応とは、シコール氏によって指摘されたもので、1)大気遮断の下で、2)50℃以上で、3)水分の存在の下で、Feの加水分解反応において、H2発生反応が生じるものであり、赤錆が生成する反応よりも多量の水素が発生する。図3に、赤錆系、黒錆系の腐食についての反応の様子を示す。
【0041】
このように、遅れ破壊の評価を行う場合、常温の水中では遅れ破壊しない強度レベルの鋼材でも、シコール反応が生じる50℃以上の水中では水素発生反応を伴うため、遅れ破壊する可能性がある。したがって、その試験を行う必要があり、その場合には、上記のように、大気遮断の下で、50℃以上の水に、引張力が負荷された試験片をさらす必要がある。この場合には、試験液は、50℃以上の水となる。
【0042】
したがって、遅れ破壊試験に用いられる試験液としては、実環境を想定して、たとえば、酸性液、塩水、50℃以上の水等が好ましい。
【0043】
試験液を酸性液として、塩酸、硝酸、硫酸等を用いるときは、腐食反応により、pHが変化するので、試験期間に渡って腐食の条件を一定に維持するには、pHを所定の範囲に調整することが好ましい。例えば、pHを、3±0.5程度に調整する場合に、図1における新液タンク60における未使用の試験液は、pH1以下の塩酸、硝酸、硫酸等とし、制御部70のpH調整部72は、pH検出器42の検出値がpHで3±0.5の範囲を超えるときに、開閉弁50を開けて、pH1以下の未使用の試験液84を循環試験液タンク40に補充して調整する。
【0044】
また、制御部70の温度調整部74は、試験液温度計44の検出値に応じてヒータ46を用いて試験液82の温度を所定の範囲に調整することができる。試験液に、塩酸、硝酸、硫酸等の強酸を用いるとき、これらを高温にすると、試験環境の危険性が増す可能性があるので、所定の温度範囲としては、室温±5℃程度が好ましい。
【0045】
試験液を塩水とするときは、未使用の試験液84のpHを6程度とし、開閉弁50の作動のための閾値範囲をpHで、6±0.5程度とすることができる。温度調整については、沸騰すると試験条件が不安定になることが考えられるので、常温から沸点以下の間に試験温度を設定し、ヒータ46の作動のための所定の温度範囲を(試験温度±5℃)程度とすることができる。
【0046】
シコール反応を想定して試験液を水とするときは、未使用の試験液84のpHを7ないし8の間とし、開閉弁50の作動のための閾値範囲をpHで、(7ないし8)±0.5程度とすることができる。温度調整については、50℃以上100℃以下の間に試験温度を設定し、ヒータ46の作動のための所定の温度範囲を(試験温度±5℃)程度とすることができる。試験温度を100℃以下とするのは、沸騰による試験液の蒸発等の試験条件の不安定性を避けるためである。
【0047】
上記遅れ破壊試験装置10を用いて試験を行った結果について以下に説明する。なお、以下では図1、図2における符号を用いて説明する。
【0048】
試験片の材料としては、図4に示すように、JISのG4105に準じた成分の鋼材を用いた。試験片の機械的特性は、図5に示すように、11.9T級の高強度鋼である。ここで、11.9Tとは、1100MPa以上の引張強度を示す。図5に示すように、試験片の引張強度は、1190MPaである。0.2%耐力とは、歪が0.2%のときのオフセット応力を示し、図5では、1082MPaである。粒度No.は、JISで規定されている方法によって表される結晶粒の大きさで、粒度No.が大きいほど結晶粒が細かくなる。
【0049】
試験片の形状は、図2に示すように、直径8mmの丸棒で、中央部に応力集中のための切欠部4を設け、両端にM8のネジ部6,7を形成したものである。
【0050】
試験液としては、常温の水と、80℃の水とを用いた。それぞれについて、ヒータ46の作動を制御し、循環試験液タンク40の試験液82の温度を調整して、試験容器20に供給される試験液の温度を、常温±5℃、80℃±5℃とした。常温としては、例えば25℃とすることができる。また、それぞれについて、開閉弁50の作動を制御し、循環試験液タンク40の試験液82のpHを調整して、試験容器20に供給される試験液のpHを、7±0.5、または、8±0.5とした。
【0051】
そして、負荷試験部12において、応力比0.95σ、すなわち引張強度の95%の応力に相当する引張力を試験片8の両端のネジ部6,7の間に印加して数百時間保持した。その結果、試験液に80℃の水を用いた場合に、試験片は100時間以下で破断し、試験液に常温の水を用いた場合に、試験片は数百時間でも破断しなかった。
【0052】
図6は、試験後の試験片の状態を模式的に示す図で、図6(a)が試験液に80℃の水を用いた場合、(b)が試験液に常温の水を用いた場合である。図6に示されるように、試験液に80℃の水を用いた図6(a)の場合に黒錆が生じているのに対し、試験片に常温の水を用いた図6(b)では黒錆が発生していない。
【0053】
図7は、試験後の試験片について拡散性水素量を測定した結果を示す図である。ここでは、横軸に試験片が破断した破断時間をとり、縦軸に拡散性水素量を質量ppmで示してある。ここで、○印は、試験液に80℃の水を用いた試験片の実験結果を示し、△印は、試験液に常温の水を用いた試験片の実験結果を示す。△印のデータに矢印が加えられているのは、その試験時間では破断が生じていず、破断時間がもっと長いこと、もしくは破断しないものであることを示すためである。この実験結果は、図7のように、従来の遅れ破壊の定義において、11.9T級の強度レベルの鋼材においては、水中で遅れ破壊が生じないとされていたことと異なるものであるが、シコール反応が生じる50℃以上の水中では遅れ破壊が生じることを示すものである。
【0054】
拡散性水素量は、試験片をアルゴン雰囲気中の加熱炉に入れて、一定の昇温速度で加熱して温度範囲を変化させ、アルゴン中に放出される水素の濃度をガスクロマトグラフ方式の分析装置によって検出する方法によって測定した。図7に示されるように、試験液に80℃の水を用いて数十時間で破断した試験片の方が、試験液に常温の水を用いて数百時間でも破断しなかった試験片よりも、拡散性水素量が多い。
【0055】
図6、図7の結果から、試験液に80℃の水を用いて密閉された試験容器の中で引張力の負荷が印加された試験片は数十時間で破断し、かつ、破断後の試験片には黒錆が発生し、拡散性水素が多量に検出されることが分かった。この破断の原因は、図3に関連して、シコール反応によるH2発生反応によるものと推定される。
【0056】
この試験は、試験期間中、試験液のpHが一定の範囲に維持され、試験液の温度も一定の範囲に維持されているので、図7に示されるように、遅れ破壊の評価についてばらつきが少ない。このように、上記の遅れ破壊試験装置10によれば、高強度鋼において、試験液に50℃以上100℃未満の水を用いるときに遅れ破壊が生じることを、評価のばらつきを少なくして確かめることができた。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係る実施の形態において、遅れ破壊試験装置の構成を示す図である。
【図2】本発明に係る実施の形態において、試験容器の詳細な構成を示す図である。
【図3】本発明に係る実施の形態において、赤錆系の腐食、黒錆系についてシコール反応と推定したときの腐食についての反応の様子を説明する図である。
【図4】本発明に係る実施の形態において用いた試験片の材料を説明する図である。
【図5】本発明に係る実施の形態において用いた試験片の機械的特性を説明する図である。
【図6】本発明に係る実施の形態において、遅れ破壊試験後の試験片の状態を模式的に説明する図である。
【図7】本発明に係る実施の形態において、遅れ破壊試験後の試験片について拡散性水素量を測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
4 切欠部、6,7 ネジ部、8 試験片、10 遅れ破壊試験装置、12 負荷試験部、14,16 負荷印加部、20 試験容器、22 筐体、23 試験液室、24 試験液供給口、26 試験液排出口、28 シール部材、30 供給パイプ、32 戻りパイプ、40 循環試験液タンク、41 供給口、42 pH検出器、44 試験液温度計、46 ヒータ、48 ヒータ用熱源、50 開閉弁、60 新液タンク、70 制御部、72 pH調整部、74 温度調整部、80,82,84 試験液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験片の周囲を試験液で満たすための容器であって、試験片を液漏れのしないように両端を外部に出して保持し、試験液の供給口と排出口とを有する試験容器と、
試験容器に保持された試験片の両端に遅れ破壊試験用の負荷をかける負荷試験機と、
試験容器の供給口と排出口との間に試験液循環路を介して接続され、試験容器の内容積よりも大量の試験液を収容できる循環試験液タンクと、
循環試験液タンクに開閉弁を介して接続され、未使用試験液を収容する新液タンクと、
循環試験液タンクに設けられるpH検出器と、
pH検出器の検出値に基づいて開閉弁の開閉を制御し、試験容器に供給される試験液のpHを所定の範囲に調整するpH調整部と、
を備えることを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項2】
請求項1に記載の遅れ破壊試験装置において、
循環試験液タンクに設けられるヒータと、
循環試験液タンクに設けられる試験液温度計と、
試験液温度計の検出値に基づいてヒータの通電を制御し、試験容器に供給される試験液の温度を所定の範囲に調整する温度調整部と、
を備えることを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項3】
請求項2に記載の遅れ破壊試験装置において、
新液タンクは、試験液としての水または酸性液を収容し、
循環試験液タンク及び試験容器には水または酸性液が循環し、
温度調整部は、試験容器に供給される試験液としての水または酸性液の温度を50℃以上100℃以下に調整することを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項4】
請求項1に記載の遅れ破壊試験装置において、
試験容器は、
試験容器中の試験液体積V1と,試験容器中の試験片が試験液に接触する面積Aとの比である比液量V1/Aが、30mm以上60mm以下であることを特徴とする遅れ破壊試験装置。
【請求項5】
請求項1に記載の遅れ破壊試験装置において、
循環試験液タンクに収容される循環試験液体積V2と、試験容器中の試験液体積V1との比であるV2/V1が、150倍以上300倍以下であることを特徴とする遅れ破壊試験装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−151675(P2008−151675A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−340713(P2006−340713)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】