説明

過敏性腸症候群治療剤

【課題】過敏性腸症候群(IBS)治療剤として有用な医薬組成物を提供すること。
【解決手段】発明者等は、IBS治療剤について鋭意検討した結果、N−(1H−テトラゾール−5−イル)−1−フェノキシ−4H−キノリジン−4−オン−3−カルボキサミドが、良好な活性を示すことを確認し、本発明を完成した。
さらに、上記化合物は、種々のセロトニン5−HT3受容体拮抗剤と併用することでも優れたIBS治療効果が得られることを知見した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過敏性腸症候群治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome(IBS))は、その症状を説明しうる炎症、腫瘍などの器質的疾患を伴わず、大腸を中心とした下部消化管の機能異常により、腹痛・腹部不快感と下痢、便秘などの便通異常を主体とし、これらの消化器症状が長期間持続もしくは再燃・寛解を繰り返す機能性疾患である。2006年に発表されたRome III(Gastroenterology 2006; 130; 1480-1491)において、その便性状から下痢型 (IBS-D)、便秘型 (IBS-C)、下痢と便秘を交互に繰り返す混合型 (IBS-M) 及び非分類型 (IBS-U) の4つに分類されている。IBSは致死的な疾患ではないが、その症状により患者は行動制限を受けることで社会的活動に支障をきたすことも明らかになっている。また、海外における調査では一般人口におけるIBS有病率は10%-15%、1年間の罹患率は1%-2%と概算されている。さらに、IBS患者は消化器外来を受診する患者の20-50%を占めるとも言われ、極めて高頻度な慢性の機能性消化器疾患である。男女比は人種を問わず1:2と女性に優位であり、若年者に有病率が高い。
IBSの病態発症には心理的あるいは身体的ストレスが強く関連するため、代表的なストレス病とされ、症状改善にはストレスマネージメントが重要であると言われている。実際に、IBS患者に情動ストレスを負荷すると異常な消化管運動が顕著に亢進し、症状が悪化することが知られている。
【0003】
IBSの薬物療法としては、日本国内では腹痛には抗コリン薬が、消化管の疼痛閾値低下の改善には三環系抗うつ薬が、便通異常の改善には下痢に対して止寫薬、整腸薬などが、便秘に対しては塩類下剤などが用いられるが対症療法に過ぎず、効果も明白ではない。下痢にも便秘にも効果の期待できる薬剤としてポリカルボフィルカルシウムがあり、腸管内でゲル状になって便の硬さを調整するが、投与初期に腹部膨満感がある上、効果発現に時間がかかり、非常に限られた効果しか発揮しない。抗不安薬や抗うつ薬はストレスにより不安や緊張が極度に増した場合に使用されるが、精神科領域での使用量よりも低用量が投薬されるため、精神症状が改善されない場合や、便通異常には効果を示さない場合がある。以上のように、IBSの治療は幾つかの薬剤の併用あるいは薬剤と心理療法の併用などにより治療がなされているものの、十分に効果的な治療法は確立されていない。
【0004】
近年注目されている薬剤として、5-HT3受容体拮抗剤であるアロセトロンおよび5-HT4受容体作動薬であるテガセロッドがあり、それぞれ下痢型および便秘型のIBS患者に使用される。これらの薬剤は腸管の運動を調節することで便通を改善し、その効果発現は早い。しかし、アロセトロンは腹部症状と下痢に対しても50%程度の改善率しか示さず、さらには30-35%の患者で便秘が出現し、重篤な副作用として虚血性大腸炎(死亡例含む)を起こすことからその使用に制限が設けられている。また、テガセロッドは女性の短期使用に限局されている上に便秘型への効果は十分とはいえず、タキフィラキシーの懸念もある。従って、IBS治療剤のアンメットニーズは非常に大きく、より有効な薬剤の開発が急務であると考えられている。
【0005】
近年、心理的・身体的ストレスに加え、腸管内における微小炎症、感染、アレルギーといった背景もIBSのリスクファクターとして重要であることが報告されている。肥満細胞は古典的には抗原刺激によってのみ活性化するとされていたが、現在ではストレス、微小炎症及び神経系メディエーターによっても活性化し、その結果放出されたヒスタミン等の顆粒メディエーターや脂質メディエーターさらにはサイトカインにより腸管機能が制御され、IBS病態である腸管知覚過敏や腸管運動異常といった症状を呈する機序が考えられるようになってきた。
【0006】
このような状況下、肥満細胞脱顆粒抑制剤に関する以下の報告がある。
非特許文献1〜3には、肥満細胞脱顆粒抑制剤であるクロモグリク酸ナトリウム(クロモリン)が食物アレルギーを有した特定のIBS患者に対して、1日当たり1,500〜2,000 mgを投与して有効性が認められたことが開示されている。
非特許文献4には、肥満細胞脱顆粒抑制作用を有するドキサントラゾールが、ラットの腸管知覚過敏に有効であることが開示されている。
また、特許文献1において、ヒスタミンH1アンタゴニストであるケトチフェンがラット肥満細胞プロテアーゼII(RMCPII)の分泌阻害に良好な結果を示したことが開示されている。なお、特許文献1では、クロモグリク酸ナトリウムはホスファターゼ阻害剤に分類され、肥満細胞脱顆粒抑制活性は有するものの当該文献の発明には含まれないとの記載がある。更に、抗女性ホルモン剤、ヒスタミンH3アンタゴニスト、ヒスタミンH1アンタゴニストを始めとする多種多様の化合物が肥満細胞脱顆粒抑制剤として定義されているものの、その肥満細胞脱顆粒抑制活性の有無が不明の化合物が多く、ヒスタミンH1アンタゴニスト以外の肥満細胞脱顆粒抑制剤がIBSの治療に有効であるか否かは、明らかにされているとはいえない。
一方、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドは肥満細胞脱顆粒抑制作用を有し(非特許文献5)、アレルギー、潰瘍(特許文献2)、咳、痰(特許文献3)、鎮痛、結膜炎、関節リウマチ(特許文献4)、間質性肺炎、炎症性腸疾患、血管肥厚(特許文献5)に有効であることが報告されているが、IBSに関する効果は報告されていない。
【0007】
【特許文献1】国際公開WO95/21611号パンフレット
【特許文献2】特開昭60-222482
【特許文献3】特開平6-256187
【特許文献4】国際公開WO94/07491号パンフレット
【特許文献5】国際公開WO96/25932号パンフレット
【非特許文献1】Clinical and Experimental Allergy, 1991, 21, 569-572
【非特許文献2】The American Journal of Gastroenterology, 1992, 87 (1), 55-57
【非特許文献3】Scandinavian Journal Gastroenterology, 1995, 30, 535-541
【非特許文献4】Journal of Veterinary Science, 2004, 5 (4), 319-324
【非特許文献5】Japanese Journal of Pharmacology, 63, 73-81 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、新規なIBS治療剤の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、IBSの治療剤として有効な化合物について鋭意検討した結果、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドがIBS治療剤として有効であることを知見し、更には、当該化合物と種々の5-HT3受容体拮抗剤を併用することで優れたIBS治療効果が得られることを知見し、本発明を完成した。
即ち、本発明は、以下に関する。
(1) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物を含有することを特徴とするIBS治療剤。
(2) IBS治療剤の製造のための、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物の使用。
(3) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物のIBS治療のための使用。
(4) (有効量の)N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物を患者に投与することからなるIBSの治療方法。
(5) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤とを組合わせることを特徴とするIBS治療剤。
(6) IBS治療剤の製造のための、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤の使用。
(7) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤のIBS治療のための使用。
(8) (有効量の)N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤を患者に投与することからなるIBSの治療方法。
(9) 5-HT3受容体拮抗剤が、ラモセトロン及びアロセトロンから選択される薬剤である上記(5)〜(8)の治療剤、使用又は治療方法。
(10) 5-HT3受容体拮抗剤が、ラモセトロンである上記(5)〜(8)の治療剤、使用又は治療方法。
(11) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物が、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドのナトリウム塩・1水和物である上記(1)〜(10)の治療剤、使用又は治療方法。
(12) IBSが下痢型である上記(1)〜(11)の治療剤、使用又は治療方法。
(13) IBSが便秘型である上記(1)〜(11)の治療剤、使用又は治療方法。
(14) IBSが混合型である上記(1)〜(11)の治療剤、使用又は治療方法。
(15) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤とからなる医薬組成物。
(16) 5-HT3受容体拮抗剤が、ラモセトロン及びアロセトロンから選択される薬剤である上記(15)の医薬組成物。
(17) 5-HT3受容体拮抗剤が、ラモセトロンである上記(15)〜(16)の医薬組成物。
(18) N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物が、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドのナトリウム塩・1水和物である上記(15)〜(17)の医薬組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明医薬の有効成分であるN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドはIBSの治療剤として有用であり、更に当該化合物と5-HT3受容体拮抗剤と組合わせてもIBSの治療剤として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドは、特許文献2〜5に開示の化合物であり、種々の塩や溶媒和物の形態が存在し、更にそれらは結晶多形も存在しうる。例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基、メチルアミン、エチルアミン、エタノールアミン、リシン、オルニチン等の有機塩基との塩等が存在しうる。本発明の薬剤の有効成分としてはいずれの形態であっても良いが、好ましくは、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドのナトリウム塩・1水和物(以下、「化合物1」と表記することがある)であり、特に特開平1-104073に開示の結晶形態が好ましい。製造法は、上記特許文献の他、特開昭62-77385や特開昭63-284174に開示の方法が適用できる。
【0012】
「IBS」とは、Rome IIIにおける下痢型 (IBS-D)、便秘型 (IBS-C)、混合型 (IBS-M)及び非分類型 (IBS-U) を包含する。好ましくは、下痢型 (IBS-D)、便秘型 (IBS-C)及び混合型 (IBS-M)であり、より好ましくは下痢型 (IBS-D)及び便秘型 (IBS-C)であり、更に好ましくは下痢型である。
「IBSの治療」とは、診断によりIBSの罹患或いはその可能性が確認された患者において、下痢、便秘、及び/又は腹部不快感を生じた場合のそれら症状の軽減もしくは取除く目的、或いはそれらの症状が予測される場合に発症前に、抑制する目的での薬剤の投与を包含する。
「腹部不快感」とは、腸管知覚過敏や腸管運動異常、或いはその他の要因による、腹部の痛み、違和感などの不快感を包含する。
「5-HT3受容体拮抗剤」とは、ラモセトロン、アロセトロン、グラニセトロン、オンダンセトロン、アザセトロン、トロピセトロン、ドラセトロン、シランセトロン等の、一般に5-HT3受容体拮抗剤として報告されている化合物を包含し、好ましくはラモセトロン又はアロセトロンであり、より好ましくはラモセトロンである。
【0013】
本発明の「N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と5-HT3受容体拮抗剤とを組合わせることを特徴とするIBS治療剤」としては、有効量のN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と有効量の5-HT3受容体拮抗剤を含有してなる、IBS治療用の医薬組成物(合剤)、並びに、第一製剤としてN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物を有効成分とするIBS治療剤と、第二製剤として5-HT3受容体拮抗剤を有効成分とするIBS治療剤の2種類の製剤を含むキットを包含する。ここに、2種類の製剤は同一又は異なる投与ルートで同時に若しくは別々に投与されるものである。
「2種類の製剤を含むキット」とは、それぞれの有効成分を含む2種類の製剤を、これらの有効成分の併用療法に用いることができるように組み合わせて含むものであり、所望によりプラセボ剤等のそれぞれの投与時期に合わせた投与を容易にする追加的な製剤や表示部材を含んでいてもよい包装品が挙げられる。また、「同時に」とは、第一製剤と第二製剤を一緒に同じ投与経路で投与することを意味し、「別々に」とは、第一製剤と第二製剤を同一若しくは異なる投与経路で、同一若しくは異なる投与頻度若しくは投与間隔で、別々に投与することを意味する。好ましくは、各製剤のバイオアベイラビリティー、安定性等を考慮し、それぞれの製剤に適した製剤処方、投与経路、投与頻度等の投与条件下にて、同時に若しくは別々に投与される。
【0014】
本発明のIBS治療剤は、その有効成分であるN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド、又は更に5-HT3受容体拮抗剤を含有する製剤として、当分野において通常用いられている薬剤用担体、賦形剤等を用いて通常使用されている方法によって調製することができる。
投与は錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤等による経口投与、又は、関節内、静脈内、筋肉内等の注射剤、坐剤、点眼剤、眼軟膏、経皮用液剤、軟膏剤、経皮用貼付剤、経粘膜液剤、経粘膜貼付剤、吸入剤等による非経口投与のいずれの形態であってもよい。
【0015】
本発明による経口投与のための固体組成物としては、錠剤、散剤、顆粒剤等が用いられる。このような固体組成物においては、1種又は2種以上の有効成分を、少なくとも1種の不活性な賦形剤、例えば乳糖、マンニトール、ブドウ糖、ヒドロキシプロピルセルロース、微結晶セルロース、デンプン、ポリビニルピロリドン、及び/又はメタケイ酸アルミン酸マグネシウム等と混合される。組成物は、常法に従って、不活性な添加剤、例えばステアリン酸マグネシウムのような滑沢剤やカルボキシメチルスターチナトリウム等のような崩壊剤、安定化剤、溶解補助剤を含有していてもよい。錠剤又は丸剤は必要により糖衣又は胃溶性若しくは腸溶性物質のフィルムで被膜してもよい。
経口投与のための液体組成物は、薬剤的に許容される乳濁剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤又はエリキシル剤等を含み、一般的に用いられる不活性な希釈剤、例えば精製水又はエタノールを含む。当該液体組成物は不活性な希釈剤以外に可溶化剤、湿潤剤、懸濁剤のような補助剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、防腐剤を含有していてもよい。
非経口投与のための注射剤は、無菌の水性又は非水性の溶液剤、懸濁剤又は乳濁剤を含有する。水性の溶剤としては、例えば注射用蒸留水又は生理食塩液が含まれる。非水溶性の溶剤としては、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール又はオリーブ油のような植物油、エタノールのようなアルコール類、又はポリソルベート80(局方名)等がある。このような組成物は、さらに等張化剤、防腐剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、安定化剤、又は溶解補助剤を含んでもよい。これらは例えばバクテリア保留フィルターを通す濾過、殺菌剤の配合又は照射によって無菌化される。また、これらは無菌の固体組成物を製造し、使用前に無菌水又は無菌の注射用溶媒に溶解又は懸濁して使用することもできる。
【0016】
吸入剤や経鼻剤等の経粘膜剤は固体、液体又は半固体状のものが用いられ、従来公知の方法に従って製造することができる。例えば公知の賦形剤や、更に、pH調整剤、防腐剤、界面活性剤、滑沢剤、安定剤や増粘剤等が適宜添加されていてもよい。投与は、適当な吸入又は吹送のためのデバイスを使用することができる。例えば、計量投与吸入デバイス等の公知のデバイスや噴霧器を使用して、化合物を単独で又は処方された混合物の粉末として、もしくは医薬的に許容し得る担体と組み合わせて溶液又は懸濁液として投与することができる。乾燥粉末吸入器等は、単回又は多数回の投与用のものであってもよく、乾燥粉末又は粉末含有カプセルを利用することができる。あるいは、適当な駆出剤、例えば、クロロフルオロアルカン、ヒドロフルオロアルカン又は二酸化炭素等の好適な気体を使用した加圧エアゾールスプレー等の形態であってもよい。
【0017】
通常経口投与の場合、1日の投与量はN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドとして、体重当たり約0.01〜10 mg/kg、好ましくは0.1〜1 mg/kgが適当であり、これを1回あるいは2回に分けて投与する。静脈内投与される場合は、1日の投与量は、体重当たり約0.001〜10 mg/kgが適当で、1日1回乃至複数回に分けて投与する。また、経粘膜剤としては、体重当たり約0.01〜10 mg/kgを1日1回乃至複数回に分けて投与する。投与量は症状、年令、性別等を考慮して個々の場合に応じて適宜決定される。
5-HT3受容体拮抗剤は、公知の投与経路や投与量が適用できる。例えば、ラモセトロンは、WO2005/072730に記載の投与量を適用することができ、経口投与の場合、塩酸ラモセトロン1日量として好ましくは約0.001〜0.05 mg、より好ましくは約0.002〜0.02 mgである。
【0018】
本発明の治療剤の有効成分であるN-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドは、5-HT3受容体拮抗剤、或いは他の種々のIBS治療剤と併用することができる。当該併用は、同時投与、或いは別個に連続してもしくは所望の時間間隔をおいて投与してもよい。同時投与製剤は、配合剤であっても別個に製剤化されていてもよい。
【実施例】
【0019】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。本発明は下記実施例に記載の範囲に限定されるものではない。
【0020】
実施例1:酢酸誘発IBSモデルの作成
Jun-Ho Laらの方法(World J. Gastroenterol., 2003, 9 (12), 2791-2795)を参考に以下の方法でIBSモデルの作成を行った。一晩絶食下の雄性スプラグ・ダウレー (Sprague-Dawley:SD) 系ラット又はウィスター (Wistar) 系ラットを用いた。エーテル軽麻酔下で10 cm長のプラスチックゾンデをラット肛門より挿入し、ゾンデ先端が肛門から8 cmの位置になるように調節した。4%酢酸を含む生理食塩水1 mLをプラスチックゾンデより注入後30秒間静置し、その後1 mLの生理食塩水にて2回直腸内を洗浄した。本処置7日後のラットを「IBSラット("4%酢酸")」として、実施例2及び3に示す試験を行った。また、同様の操作により生理食塩水の注入を行ったものを「対照群("生食")」とした。
なお、酢酸処置1〜2日後は腸内の炎症の指標であるミエロパーオキシダーゼ(MPO)活性が上昇するものの、7日後にはMPO活性は対照群と同等にまで戻り、炎症像も観察されないことを確認した。
【0021】
実施例2:拘束ストレス排便試験
クロモリンを生理食塩水に、化合物1及びケトチフェンを0.5%メチルセルロース水溶液にそれぞれ溶解して使用した。4%酢酸処置又は生理食塩水処置7日後の非絶食下雄性SD系ラットに被験化合物を腹腔内投与(クロモリン)もしくは経口投与(化合物1及びケトチフェン)し、その30分後に動物を拘束ストレスケージ(商品名:KN-468(B)、夏目製作所)内に挿入した。拘束ストレス負荷開始から1時間後までに排泄した便の個数及び重量を測定した("ストレス")。一方、正常群は個別ケージに入れ、同様に1時間で排泄した便の個数及び重量を測定した("正常")。図1に薬剤非投与群の拘束ストレス排便の結果を、図2〜4に薬剤投与群の結果をそれぞれ示す。図2及び3より、化合物1及びクロモリンは用量依存的に拘束ストレス排便に対して抑制作用を示し、それぞれ1 mg/kg, po及び100 mg/kg, ipではほぼ完全に抑制した。一方、ケトチフェンは最大で30%程度の抑制作用しか示さなかった(図4)。上記結果より求めた、酢酸誘発IBSモデルの拘束ストレス排便に対する化合物1及びクロモリンの50%阻害用量 (ED50値) はそれぞれ 0.0071 mg/kg, po 及び 19.9 mg/kg, ipであった(表1)。
また、ラット腹腔肥満細胞を用いた抗原抗体反応によるヒスタミン遊離に対する化合物1及びクロモリンの阻害活性をo-フタルアルデヒドを用いる Shore らの方法(The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, 1959, 127, 182-186)を改変した蛍光法により測定した。その結果、50%阻害濃度 (IC50値) はそれぞれ 0.0074 μg/ml 及び 2.2 μg/mlであった(表1)。
【0022】
【表1】

表1に示すように、化合物1はクロモリンと比べ、その肥満細胞脱顆粒抑制作用から予測されるよりもはるかに強力に、IBSの便通異常に対する抑制作用を有することが認められた。
【0023】
実施例3:腹部屈曲回数を指標とした大腸拡張刺激による腹痛試験
クロモリンを生理食塩水に、化合物1、アロセトロン及びラモセトロンを0.5%メチルセルロース水溶液にそれぞれ溶解して使用した。4%酢酸処置又は生理食塩水処置7日後の非絶食下雄性Wistar系ラットを用いた。エーテル軽麻酔下で5-6 cm長のラテックスバルーンをラット肛門より挿入し、バルーン終端が肛門から2 cmの位置になるように調節した。バルーンから続くカテーテルは尾根部にテープで固定し、三方活栓を介して圧トランスジューサーに接続した。バルーン内圧信号はひずみ圧力用アンプにて増幅した。ケージ (23.5 x 19 x 19 cm)中でエーテル麻酔から回復させた後、結腸−直腸拡張 (15, 30, 45, 60 mmHg) を段階的に5分間づつ負荷した際のラットの痛み行動(腹部収縮回数)を測定した。図5に示すように、生食投与群に比較して 4%酢酸処置群において有意な腹痛増強が認められた。なお、被験化合物は拡張刺激負荷の30分前に投与した。
図6に化合物1に関する結果を示す。図6より、化合物1は結腸拡張刺激による腹部屈曲反応に対して用量依存的に抑制作用を示し、IBSの腹痛においても症状改善作用を示すことが確認できた。
また、クロモリン(20 mg/kg, ip)、化合物1(0.01, 1 mg/kg, po)、アロセトロン(0.1 mg/kg, po)及びラモセトロン(0.01 mg/kg, po)を用い、図7に化合物1とラモセトロンとの併用、図8に化合物1とアロセトロンとの併用及びクロモリンとアロセトロンの併用の結果を示す。なお、アロセトロン及びラモセトロンは本用量において腹痛に対して最大抑制作用を示すことを確認した。
この結果、化合物1はラモセトロンやアロセトロンと相加的に腹痛に対する抑制作用を示すのに対し、クロモリンでは効果の増強は認められなかった。
【0024】
実施例4:マウス自然便排出モデル
ドキサントラゾールは5% (w/v) の NaHCO3 水溶液に、化合物1は0.5%メチルセルロース水溶液に溶解して使用した。非絶食下の雄性ddY系マウスを実験前日夕方より個別ケージにて飼育した。実験当日に被験化合物を腹腔内投与(ドキサントラゾール)又は経口投与(化合物1)し、その30分後から2時間後までの排泄した自然便の個数を測定した。
結果を図9に示す。図9(a) に示すように、化合物1はマウス自然排便に対して無作用であったのに対し、図9(b) に示すように、ドキサントラゾールはマウス自然排便に対して抑制傾向を示した。更に、ドキサントラゾールは500 mg/kg投与群において全例の死亡が認められた。
【0025】
上記の各試験の結果、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドは、IBSにおける便通症状及び腹部症状の改善作用を有することが確認され、その作用は他の肥満細胞脱顆粒抑制剤から予測されるよりもはるかに強力であり、更に、正常動物の自然排便抑制を引き起こさない、安全なIBS治療剤となりうることが明らかである。
更に、N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドは、5-HT3受容体拮抗剤と併用することにより、一方の薬剤のみでは抑制できないIBSの便通症状及び腹部症状を軽減する作用を有することから、その組合せからなる薬剤も、IBS治療剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、実施例2における薬剤非投与群の酢酸誘発IBSモデルの拘束ストレス排便を示すグラフである(N=5-10)。グラフの縦軸は1時間の拘束ストレス負荷中の排便個数を示す。##は正常群に対するストレス群のP値<0.01を、###は正常群に対するストレス群のP値<0.001を、*はストレス群における生食処置群に対する4%酢酸群のP値<0.05を示す(Student's t検定)。
【図2】図2は、実施例2における酢酸誘発IBSモデルの拘束ストレス排便に対する化合物1の作用を示すグラフである(N=6-10)。グラフの縦軸は1時間の拘束ストレス負荷中の排便個数を示す。横軸の投与量単位はすべてmg/kgである。###は正常群に対するストレス群のP値<0.001を(Student's t検定)、*は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.05を、**は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.01を、***は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.001を示す(Dunnettの多重比較)。
【図3】図3は、実施例2における酢酸誘発IBSモデルの拘束ストレス排便に対するクロモリンの作用を示すグラフである(N=8-10)。グラフの縦軸は1時間の拘束ストレス負荷中の排便個数を示す。横軸の投与量単位はすべてmg/kgである。###は正常群に対するストレス群のP値<0.001を(Student's t検定)、*は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.05を、***は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.001を示す(Dunnettの多重比較)。
【図4】図4は、実施例2における酢酸誘発IBSモデルの拘束ストレス排便に対するケトチフェンの作用を示すグラフである(N=6-10)。グラフの縦軸は1時間の拘束ストレス負荷中の排便重量を示す。横軸の投与単位はすべてmg/kgである。###は正常群に対するストレス群のP値<0.001を(Student's t検定)、*は非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.05を示す(Dunnettの多重比較)。
【図5】図5は、実施例3における薬剤非投与群の酢酸誘発IBSモデルの結腸拡張刺激に対する腹痛を示すグラフである(N=12、○は生食処置群、●は4%酢酸処置群を示す)。グラフの縦軸は5分間のバルーン内圧負荷中の腹部屈曲回数を、横軸はバルーン内圧を示す。*は生食処置群に対する4%酢酸群のP値<0.05を、**は生食処置群に対する4%酢酸群のP値<0.01を示す(Student's t検定)。
【図6】図6は、実施例3における酢酸誘発IBSモデルの腹痛に対する化合物1の作用を示すグラフである(N=6-8)。○は生食処置群、●は4%酢酸処置群、□は4%酢酸+化合物1(0.01 mg/kg, po)処置群、■は4%酢酸+化合物1(1 mg/kg, po)処置群を示す。なお、グラフの縦軸は5分間のバルーン内圧負荷中の腹部屈曲回数を、横軸はバルーン内圧を示す。*は4%酢酸処置の非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.05を、**は4%酢酸処置の非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.01を示す(Dunnettの多重比較)。
【図7】図7は、実施例3における酢酸誘発IBSモデルの腹痛に対する化合物1とラモセトロンの併用効果を示すグラフである(N=6、○は生食処置群、●は4%酢酸処置群、□は4%酢酸+ラモセトロン (0.01 mg/kg, po)処置群、■は4%酢酸+化合物1(0.01 mg/kg, po)+ラモセトロン(0.01 mg/kg, po)処置群を示す)。各グラフの縦軸は5分間のバルーン内圧負荷中の腹部屈曲回数を、横軸はバルーン内圧を示す。*は4%酢酸処置の非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.05を、***は4%酢酸処置の非薬剤投与群に対する薬剤投与群のP値<0.001を示す(Student's t検定)。
【図8】図8は、実施例3における酢酸誘発IBSモデルの腹痛に対する化合物1もしくはクロモリンとアロセトロンの併用効果を示すグラフである(N=6-12、○は生食処置群、●は4%酢酸処置群、□は4%酢酸+アロセトロン(0.1 mg/kg, po)処置群、■は4%酢酸+アロセトロン(0.1 mg/kg, po)+クロモリン(20 mg/kg, ip)処置群、◆は4%酢酸+アロセトロン(0.1 mg/kg, po)+化合物1(0.01 mg/kg, po)処置群を示す)。グラフの縦軸は5分間のバルーン内圧負荷中の腹部屈曲回数を、横軸はバルーン内圧を示す。*は4%酢酸処置のアロセトロン単独処置群に対する化合物1併用処置群のP値<0.05を示す(Student's t検定)。
【図9】図9は、実施例4におけるマウス自然排便に対する化合物1並びにドキサントラゾールの作用を示すグラフである。(a)は化合物1の作用を、(b)はドキサントラゾールの作用を、それぞれ示す (N=10)。なお、各グラフの縦軸は実験開始後2時間の自然排便個数を示す。横軸の投与量単位はすべてmg/kgである。(b)の*は全例死亡を意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物を含有することを特徴とするIBS治療剤。
【請求項2】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドのナトリウム塩・1水和物を含有することを特徴とするIBS治療剤。
【請求項3】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤とを組合わせることを特徴とするIBS治療剤。
【請求項4】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミドのナトリウム塩・1水和物と、5-HT3受容体拮抗剤とを組合わせることを特徴とするIBS治療剤。
【請求項5】
IBSが下痢型である請求項1〜4に記載の治療剤。
【請求項6】
IBSが便秘型である請求項1〜4に記載の治療剤。
【請求項7】
IBSが混合型である請求項1〜4に記載の治療剤。
【請求項8】
N-(1H-テトラゾール-5-イル)-1-フェノキシ-4H-キノリジン-4-オン-3-カルボキサミド又はその製薬学的に許容される塩、或いはその溶媒和物と、5-HT3受容体拮抗剤とからなる医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−214340(P2008−214340A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26037(P2008−26037)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】