説明

過活動膀胱の予防、改善剤のスクリーニング方法

【課題】過活動膀胱の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む過活動膀胱の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過活動膀胱の予防、改善剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過活動膀胱(overactive bladder:OAB)は、尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁等の排尿障害を呈する疾患である。過活動膀胱の症状は日常生活に支障をきたし生活の質を低下させること、特に高齢者に多く見られ40歳以上の罹患者は800万人を超えると推定されていることから、近年の高齢化社会に伴って注目が集まっている。健常人では膀胱内の蓄尿量と尿意は相関関係にあるが、過活動膀胱患者では尿の蓄積によらず膀胱の収縮が起こるため尿意切迫感を引き起こすと考えられている。しかしながら、その発症機構には未だ不明な点が多い。
【0003】
近年、過活動膀胱を引き起こす要因の1つとして、膀胱知覚神経系(膀胱求心性神経系)の興奮性の亢進が指摘されている。この知覚神経系の興奮は、蓄尿による膀胱の伸展刺激を受けて膀胱上皮細胞から放出される各種の伝達物質(アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:以下ATPとも略記する)、アセチルコリン(acetylcholine)等)によって引き起こされると考えられている。ヒトでは加齢により膀胱上皮から放出されるATP量が増加すること、及び過活動膀胱患者では膀胱伸展時のATP放出量が増大していること(非特許文献1)が報告されている。また、ラットの膀胱にATPを投与すると排尿筋の過活動が誘発されて排尿間隔が短縮するとの報告もある(非特許文献2)。
【0004】
現在のところ、薬物による過活動膀胱の治療には、膀胱収縮を促すアセチルコリンの作用を抑制する抗コリン薬が主に使われている。しかし、抗コリン薬は服用に伴う、口の渇き、便秘、排尿の困難性等の副作用を起こすことが知られている。このような実情から、より効果的な過活動膀胱の治療剤や治療方法の探索が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本脊髄障害医学会雑誌,2005年,第18巻,p.18-19
【非特許文献2】Journal of Urology,2002年,第168巻,p.1230-1234
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、被検物質を効率的に評価でき、簡便な手法で高精度かつ高感度に、過活動膀胱又は尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁等の排尿障害を予防及び/又は改善しうる物質をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。また、本発明は、被検物質を効率的に評価でき、簡便な手法で高精度かつ高感度に、膀胱求心性神経の活性化を緩和及び/又は抑制しうる物質をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、過活動膀胱の予防・改善剤として用いることができる新規素材を探索すべく、その探索方法を模索した。そして、過活動膀胱の原因とされる種々の要因の中から、特に上述した膀胱求心性神経の興奮性亢進に着目し、この興奮を引き起こしている膀胱上皮からのATP放出を抑制する物質が過活動膀胱の予防・改善剤として有用であると考えた。この考えの下、生体内での膀胱伸展刺激に伴うATP放出を再現しうる系の構築を鋭意検討したところ、継代が可能で多量に均一の細胞が得られる膀胱上皮細胞株を用い、当該細胞株に浸透圧刺激を与えることで、スクリーニングの精度と効率とを両立しうる系の構築が可能となることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む過活動膀胱の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法に関する。
また、本発明は、被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む排尿障害の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法に関する。
さらに、本発明は、被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む膀胱求心性神経活性化の緩和及び/又は抑制剤のスクリーニング方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、被検物質を効率的に評価でき、簡便な手法で高精度かつ高感度に、過活動膀胱又は尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁等の排尿障害を予防及び/又は改善しうる物質をスクリーニングすることができる。また、本発明の方法によれば、多数の被検物質を効率的に評価でき、簡便な手法で高精度かつ高感度に膀胱求心性神経の活性化を緩和及び/又は抑制しうる物質をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】(a)はHT−1376株での浸透圧変化とATP濃度との関係を示す図である。(b)はRT−4株での浸透圧変化とATP濃度との関係を示す図である。なお、図中のバーは標準偏差を表す。
【図2】HT−1376株における、カプサゼピンの添加とATP濃度との関係を示す図である。なお、図中のバーは標準偏差を表す。
【図3】HT−1376株における、低浸透圧液添加後のインキュベート時間(浸透圧刺激時間)とATP濃度との関係を示す図である。なお、図中のバーは標準偏差を表す。
【図4】HT−1376株における、カプサゼピン濃度とATP濃度との関係を示す図である。なお、図中のバーは標準偏差を表す。
【図5】HT−1376株における、低浸透圧液添加量とATP濃度との関係を示す図である。なお、図中のバーは標準偏差を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のスクリーニング方法は、被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含むことを特徴とし、当該スクリーニング方法により選択された被検物質は、膀胱求心性神経活性化を緩和及び/又は抑制する作用を有し、過活動膀胱若しくは排尿障害の予防及び/又は改善剤として有用である。本発明は、蓄尿による膀胱の伸展刺激を受けて膀胱上皮細胞からATPが放出され膀胱求心性神経系に作用するという過活動膀胱の発症機序に着目して、過活動膀胱の予防・改善に有用な新規素材を探索するものである。これは、従来治療法や治療薬の作用機序とは異なる側面から過活動膀胱の発症機序にアプローチすることによりなされたものである。
以下、本発明のスクリーニング方法について詳細に説明する。
【0012】
本発明のスクリーニング方法は、膀胱上皮細胞として膀胱上皮細胞株を用い、該細胞株を浸透圧刺激により伸展させる工程を有する。本発明で用いる膀胱上皮細胞株は、浸透圧変化による伸展刺激に対してATP放出応答能を有する。さらに、本発明で用いる膀胱上皮細胞株は樹立細胞株であるため、長期にわたる継代が可能で、しかも他種の細胞の混入の懸念もなく、均質の細胞を多量に継続的に得ることが可能である。例えば、初代培養膀胱上皮細胞のように、1個体から回収できる細胞数が少ない、他種の細胞の混入が避けられない、形質が変化し易く均質で多量の細胞を得ることが難しい等の懸念がない。そのため、膀胱上皮細胞株を用いる本発明のスクリーニング方法は、効率や精度、操作の簡便性等において優れている。
【0013】
これまでに、in vitroの系での伸展刺激に関する報告として、膀胱上皮組織を組織リングに固定し水圧を負荷して伸展することによりATPが放出されること(The Journal of Clinical Investigation,2005年,第115巻,p.2412-2422)、初代培養の膀胱上皮細胞を伸縮可能なストレッチプレート上で培養してプレートを伸縮する方法や低浸透圧液を還流させる方法により、初代培養の膀胱上皮細胞からATPが放出されること(Journal of Urology, 2001年,第166巻,p.1951-1956、及びAmerican journal of physiology Renal physiology, 2003年,第285巻,p.F423-F429)が報告されている。しかしながら、継代培養可能な膀胱上皮細胞株を用いた系において、低浸透圧液等の浸透圧変化による伸展刺激を与えた場合のATP放出応答については従来知られておらず、これは今回本発明者らにより得られた知見である。
さらに、上記文献に記載の伸展方法では特殊な装置を必要とし、用いている膀胱上皮組織や初代培養細胞は1個体から採取しうるサンプル数が少ない。また、上述のように初代培養細胞を用いる場合、その性質上他種の細胞が混入することが避けられない。そのため、これらの伸展方法や細胞等をスクリーニング系に適用した場合、操作の簡便性の点や、一度に多数のサンプルを評価しうる実験効率の点、及び実験系の精度の点から十分とはいえない。
本発明では、継代が可能で多量に均一の細胞が得られる膀胱上皮細胞株を使用し当該株細胞に浸透圧刺激を与えることで、スクリーニングに求められる簡便性や評価効率を向上させることができるとともに、過活動膀胱患者の生体内環境により近い実験系を確立することができ、スクリーニングされた物質の有用性・信頼性を向上させることができる。継代が可能で多量に均一の細胞が得られる膀胱上皮細胞株としては、UM−UC−3、SW780、1A6(RTA−556)、Hs195.T、J82、SCaBER、T24、TCCSUP、HT−1197、HT−1376、RT−4、NBT−II、TBN−54等が知られており、本発明ではこれらの細胞株を使用することができる。
【0014】
前述のように、ATPは蓄尿による膀胱の伸展刺激を受けて膀胱上皮細胞から放出されるが、このATP放出には膀胱上皮の伸展という機械的刺激を感知する受容体(メカノセンサー)が関与すると考えられている。ヒトの膀胱上皮には、ENaC(Epithelial Na channel)ファミリーやTRP(transient receptor potential)ファミリーに属するメカノセンサーが存在することが知られており、過活動膀胱や尿路閉塞患者の膀胱上皮細胞では、これらのメカノセンサーが健常人に比べて高発現しているとの報告がある(Urologia Internationals, 2006年, 第76巻, p.289-295、Urology View2, 第5巻,2007),p.31-36)。
【0015】
本発明に用いる膀胱上皮細胞株としては、上述のENaCファミリー属するメカノセンサーであるENaC及び/又はTRPファミリーに属するメカノセンサーであるTRPV1が発現している細胞株であることが好ましい。過活動膀胱患者では健常人に比べてこれら2つのメカノセンサーが高発現している。さらに、その機能を阻害することにより排尿反射が抑制されるとの報告もあり(Journal of Urology,2009年,第181巻,p.379-386、Urology,2007年,第69巻,p.590-595)、膀胱上皮細胞からのATP放出に関連する因子のなかでも特に重要である。そのため、これら2つのメカノセンサーを発現している細胞株を用いることで、系の再現性を高めて精度を上げることができる。
特にENaCは、健常人と罹患者とで、発現パターンが大きく違うことが指摘されている。ENaCにはα、β、γ、δのサブユニットが知られており、αβγ型又はδβγ型で機能していると考えられている。健常人においては、ENaCのα、δ及びγサブユニットの発現は非常に弱く、またβサブユニットの発現量も低い。これに対し、過活動膀胱ではいずれのサブユニットについても高い発現量を示している(Urology View2,2007年,第5巻,p.31-36)。そのため、本発明においてはENaCのαサブユニット、βサブユニット及びγサブユニットが発現している膀胱上皮細胞株、又はδサブユニット、βサブユニット及びγサブユニットが発現している膀胱上皮細胞株を用いることが好ましい。
【0016】
また、スクリーニングされた物質の有用性・信頼性の観点から、上記細胞株がヒト由来のものであることが好ましい。ヒトとヒト以外の動物で上記の伸展刺激によるATP放出に係わる分子の構造、シグナル伝達経路、メカノセンサーの発現パターン等が異なる場合を考慮したものである。
本発明に好ましく用いられる膀胱上皮細胞株として、HT−1376及びRT−4が挙げられる。これらの細胞株はいずれもヒト由来で、HT−1376株ではENaCのα、β、γ及びδの全てのサブユニット及びTRPV1が、RT−4株ではENaCのα、β及びγサブユニット及びTRPV1が、それぞれ高発現している。なお、HT−1376及びRT−4は、いずれもAmerican Type Culture Collection(ATCC)やEuropean Collection of Cell Cultures(ECACC)より入手可能である。
さらに、本発明では、これらの膀胱上皮細胞株を複数組合わせて、例えば、HT−1376とRT−4とを組合わせて、スクリーニングに用いることも好ましい態様である。発現パターンの異なる細胞を組合わせて用いることで、より生態環境に近い発現パターンを示すスクリーニング系を構築することができる。
【0017】
膀胱上皮細胞株は、その種類に応じてそれぞれに適した培地及び培養条件下で培養し、本発明に用いることができる。例えば、培地として10%FBSを含むMEM培地、DMEM培地、McCoy’s 5a培地、RPMI1640等を用い、37℃、5%CO環境下で約15〜約80時間培養し、培地の添加量が例えば96 well plateに0.1〜0.2mL/wellで培養を行うことが好ましい。
【0018】
本発明のスクリーニング方法では、上述した膀胱上皮細胞株と被検物質とを接触させたのち、当該膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる。被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株とは、被検物質と膀胱上皮細胞株とが直接又は間接的に接触しうるものであればよく、例えば、被検物質を予め培養液に添加した後、膀胱上皮細胞株の培養液に該培養液を添加すること、又は膀胱上皮細胞株の培養液を該培養液に交換すること、或いは、膀胱上皮細胞株が播種された培養液に被検物質を添加することにより行うことができる。なお、膀胱上皮細胞株の伸展は、被検物質接触下で行っても、非接触下で行ってもよい。
【0019】
膀胱上皮細胞株の伸展は、浸透圧変化により行う。細胞を伸展させる方法としては、浸透圧を変化させる方法以外にも、細胞を固定し水圧を負荷して伸展させる方法、伸縮可能なストレッチプレート上で細胞を培養し、プレートを一定のサイクルで伸縮させる方法等が挙げられるが、これらの細胞を機械的刺激により伸展させる方法に比べ、浸透圧変化により細胞を伸展させる方法は、多数の細胞に対して同時に同等の伸展刺激を与えることが可能である。そのため、浸透圧変化を用いた本発明の方法では、同一条件下で一度に多量の被検物質を評価でき、迅速かつ効率的なスクリーニングが可能となる。
【0020】
本発明において、浸透圧変化により細胞を伸展させる方法は、細胞環境を低浸透圧条件へと変化させ、細胞に低浸透圧刺激を与えうるものであればよい。低浸透圧条件下におかれることで細胞が膨潤して細胞膜の構造が変化し、細胞膜に伸展刺激が加わることとなる。このような低浸透圧刺激を細胞に与える方法としては、まず膀胱上皮細胞株を等張溶液(等浸透圧液)に接触させ、次いで低張溶液(低浸透圧液)に接触させて細胞に低浸透圧刺激を与えることが好ましい。あらかじめ等浸透圧液に接触させ安定化した後に、低浸透圧液に接触させることにより、物理的或いは化学的な刺激を低減し、低浸透圧液に特異的なATP放出応答をより正確に確認することができる。
本発明において、細胞を等張溶液又は低張溶液に接触させるとは、細胞がその細胞膜表面を介して等張溶液又は低張溶液に接触する状態を担保できればよい。本発明では、まず膀胱上皮細胞株を等張溶液に接触させ、次いでこの等張溶液に低張溶液を加えることで、低浸透圧条件を作り、膀胱上皮細胞株を低張溶液と接触させることが特に好ましい。等張溶液に更に低張溶液を加えることで浸透圧が徐々に低下するため、細胞外環境の急激な変化を防ぐことができるとともに、浸透圧の段階的な低下によって生体内での機械的伸展刺激により近い刺激が得られるので、スクリーニングの精度を高めることができる。
【0021】
本発明に用いることができる等張溶液は、スクリーニングに用いる細胞と同じ又は同程度の浸透圧をもつ溶液であればよく、浸透圧が280〜350mOsmの溶液を使用することができる。具体的には等張溶液として、105mM NaCl,6mM CsCl,1mM MgCl,5mM CaCl,10mM HEPES,90mM D−Mannitol,10mM glucoseのpH7.4溶液や、4.8mM KCl,120mM NaCl,1.1mM MgCl,2mM CaCl,11mM glucose,10mM Hepes溶液、PBS、生理食塩水などを用いることができる。
低張溶液は、スクリーニングに用いる細胞よりも低い浸透圧をもつ溶液であればよく、浸透圧が0〜300mOsmの溶液を使用することができ、好ましくは浸透圧が0〜250mOsmであり、より好ましくは浸透圧が50〜200mOsmである。具体的には低張溶液として、5mM CaCl,1mM MgCl,10mM Hepesから成るpH7.4溶液、希釈した生理的食塩水やPBS、Krebs溶液、蒸留水等をもちいることができる。
これらの等張溶液及び低張溶液は、その機能を損なわない範囲で、適宜他の成分を加えて用いてもよい。等張溶液及び低張溶液の浸透圧は、溶液中の溶媒のモル濃度から計算でき、例えば蒸気圧法又は氷点降下法(凝固点降下法)による浸透圧計を用いて計測することができる。
低浸透圧刺激の前後における浸透圧変化の度合いは、細胞に伸展刺激を生じさせることができれば特に制限されないが、等浸透圧液の浸透圧に対して10〜80%の範囲であることが好ましく、等浸透圧液の40〜70%の範囲であることがより好ましい。この範囲内で浸透圧を変化させると、細胞に伸展負荷することができ、十分なATP放出が認められるため好ましい。
等張溶液と膀胱上皮細胞株との接触時間は、特に制限はないが、5分以上120分以下であることが好ましく、30分以上90分以下であることがより好ましい。また、低張溶液と膀胱上皮細胞株との接触時間は、特に制限はないが、5分以上120分以下であることが好ましく、5分以上60分以下であることがより好ましい。この範囲で等浸透圧液を接触させると、バックグラウンドのATP放出量(低浸透圧液刺激非特異的に放出されるATP量)を低下させることができ好ましい。また、この範囲で低浸透圧液を接触させると、再現性の良い結果を得ることができるため好ましい。
また、浸透圧刺激時の温度は、特に限定されないが、35℃〜38℃であることが好ましい。
細胞に添加する等浸透圧液及び低浸透圧液の合計液量は、細胞表面を覆うことができればよく、例えば96穴であれば75〜200μL/wellが好ましく、100〜175μL/wellであることがより好ましい。この範囲の液量だと等浸透圧液と低浸透圧液がwell内で均一に混和されるので、スクリーニングの再現性が担保でき好ましい。
【0022】
膀胱上皮細胞株を上記浸透圧変化により伸展させた後、浸透圧変化によって当該膀胱上皮細胞株から放出されたATP量を測定する。具体的には、上述したように低張溶液に膀胱上皮細胞株を一定時間接触させた後、該溶液を回収し、これに含まれるATP量を下記のいずれかのATP量測定方法により測定することが挙げられる。
本発明におけるATP量の測定方法としては、ATP放出量の比較・評価に用いうる感度を有していれば特に限定されず、通常用いられるATP測定方法を適用することができる。例えば、生物発光法、電気化学測定法、酵素法等が挙げられる。本発明においては、検出感度及び迅速性の観点から、ルシフェリン・ルシフェラーゼ生物発光反応によるATP測定方法(ルシフェラーゼアッセイ)を用いることが好ましい。ルシフェラーゼアッセイによるATP測定方法は当業者には周知であるが、ATP含有サンプルに、ルシフェラーゼ及びルシフェリンを用いた生物化学発光反応試薬を作用させて生物化学発光に基づき生成した光を発光検出器で測定し、光の生成量がATP量に比例することを利用してATPを測定するものである。
【0023】
測定したATP量をもとに、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択し、ATP放出を抑制する作用を有する被検物質を過活動膀胱の予防・改善剤として判定する。具体的には、被検物質に接触させた膀胱上皮細胞株と接触させていない膀胱上皮細胞株とにおいて、浸透圧変化によって放出されたATP量を比較し、被検物質に接触させた膀胱上皮細胞株から放出されたATP量が被検物質と非接触の膀胱上皮細胞株から放出されたATP量よりも実質的に少ない場合に当該被検物質を過活動膀胱の予防・改善剤であると判定することができる。なお、測定されたATP量の比較の際は、用いたATP量の測定方法が記載された文献や当業者の常識から、実質的に変化しているか否かを判断することができる。本発明では被検物質の評価・判定をATP量の測定結果に基づき行うため、高感度かつ定量的な評価が可能となる。
【0024】
本発明のスクリーニング方法に用いる被検物質は特に限定されず、例えば、化合物、植物の抽出物、微生物の代謝産物、それらの誘導体等を用いることができる。被検物質としては通常1種の物質を用いることができるが、2種以上の物質を用いることにより、2種以上の物質の組み合わせについて過活動膀胱の予防・改善剤としての特性を判定することも可能である。
前述のように、過活動膀胱の原因の1つは、膀胱の伸展刺激によって放出されるATPが膀胱の求心性神経を興奮・活性化させ、膀胱の過活動を引き起こすことであると考えられており、膀胱過活動化の結果、患者は排尿障害を呈する。本発明のスクリーニング方法により得られた物質は、伸展刺激によるATP放出を抑制しうるため、膀胱求心性神経の興奮・活性化の抑制及び/又は緩和剤、過活動膀胱の予防及び/又は改善剤、及び排尿障害の予防及び/又は改善剤として有用である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
下記試験例及び実施例においては、特に断らない限り、細胞培養は下記の条件で行った。
(細胞培養)
膀胱上皮細胞株としてHT−1376(ATCCより購入)及びRT−4(ATCCより購入)を用い、各細胞はそれぞれ下記組成の培地にて37℃、5%CO条件下にて培養した。

HT−1376用培地
MEM Earle’s(Invitrogen製)に10%FCS(ウシ胎仔血清)、ピルビン酸ナトリウム(0.055g/500mL)、L−グルタミン(0.146g/500mL)を添加
RT−4用培地
McCoys 5A Medium(Invitrogen製)に10%FCS(ウシ胎仔血清)、L−グルタミン(0.146g/500mL)を添加
【0027】
試験例1 膀胱上皮細胞株におけるENaC各サブユニット及びTRPV1の遺伝子発現解析
膀胱上皮細胞株HT−1376又はRT−4(ともにATCCより購入)を24ウェルプレートに1×10cells/ウェルとなるよう播種し、上記培養条件にて24時間培養した後、RNeasy Mini Kit(QIAGEN製)を用いてtotal RNAを抽出した。得られたRNAを、High capacity cDNA reverse transcription kit(アプライドバイオシステムズ製)で逆転写反応後、ENaCの各サブユニットα、β、γ及びδ及びTRPV1の遺伝子発現量をTaqMan Fast Universal PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ製)を用いて解析した(試薬:TaqMan Fast Universal PCR Master Mix、装置:7500 Fast Real-Time PCR System)。各遺伝子の発現量は、内部標準としてGAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)を用いて補正し、GAPDHの発現量に対する相対値とした。なお、プライマー及びプローブはアプライドバイオイシステムズより購入したものを使用した(商品番号:GAPDH Hs99999905_m1、αENaC Hs00168906z_m1、βENaC Hs00165722_m1、γENaC Hs00168918_m1、δENaC 00161595_m1、TRPV1 Hs00218912_m1)。
結果を表1に示す。なお、表1はHT−1376株の発現量を基準として示した。
【0028】
【表1】

【0029】
表1から明らかなように、膀胱上皮細胞株HT−1376ではαサブユニット、βサブユニット、γサブユニット、δサブユニットの4つのサブユニットが全て発現していた。膀胱上皮細胞株RT−4ではαサブユニット、βサブユニット、γサブユニットがそれぞれ発現していた。また、表1から明らかなように、HT−1376株及びRT−4株はいずれも、TRPV1遺伝子を発現していた。
前述のように、ENaCは健常なヒト膀胱上皮細胞では一部のサブユニットのみが発現しているが、過活動膀胱患者の膀胱上皮細胞ではENaCのサブユニットすべてを発現している。また、TRPV1はヒト膀胱上皮細胞での発現が報告されており、過活動膀胱患者ではTRPV1の発現上昇が報告されている(Urologia Internationals,2006年,第76巻,p.289-295)。したがって、膀胱上皮細胞株HT−1376及びRT−4においては、ENaC各サブユニットの発現パターンが非過活動膀患者の膀胱上皮細胞とは異なり、過活動膀胱患者の発現パターンと類似するものであること、及び過活動膀胱患者において発現が確認されているTRPV1が発現していることがわかった。
【0030】
試験例2 浸透圧変化とATP放出量との関係性の検証
膀胱上皮細胞株HT−1376又はRT−4を、96ウェルプレートに4.1×10cells/ウェルとなるように播種し、上記培養条件にて24時間培養した。培地を吸引除去して下記表2記載の等浸透圧液で洗浄後、等浸透圧液75μL/ウェルを加えて37℃で1時間インキュベートした。その後、表2記載の低浸透圧液75μL/ウェル、又は表2記載の等浸透圧液75μL/ウェルをさらに加えて、37℃で5分間インキュベートし、溶液を回収した。回収したサンプル中のATP濃度を、ATP Bioluminescent Assay Kit(SIGMA製)を用いてルシフェリン・ルシフェラーゼアッセイ法により測定した。
結果を図1に示す。なお、図1(a)はHT−1376を、図1(b)はRT−4をそれぞれ用いた場合のATP濃度を示す。
【0031】
【表2】

【0032】
図1から明らかなように、低浸透圧液を添加した系では、等浸透圧液を添加した系と比較してATP濃度が有意に上昇していた。すなわち、等浸透圧から低浸透圧へと浸透圧を変化させることで膀胱上皮細胞を刺激し伸展させた系では、浸透圧の変化がない系に比べ、ATP放出量が有意に増加していた。このことから、浸透圧を変化させることで、膀胱上皮細胞からのATP放出量が増大する系を構築できたことが確認された。
【0033】
実施例1
膀胱上皮細胞株HT−1376を、96ウェルプレートに4.1×10cells/ウェルとなるように播種し、上記培養条件にて24時間培養した。培地を吸引除去して表2記載の等浸透圧液で細胞株を洗浄した。エタノールでカプサゼピン(SIGMA製)を濃度50mMとなるよう溶解した後、等浸透圧液で1/1000希釈して終濃度50μMとなるようにした等浸透圧液75μL/ウェルを加えて37℃で1時間インキュベートした。その後、表2記載の低浸透圧液にカプサゼピンを終濃度50μMとなるよう添加した溶液を75μL/ウェルさらに加えて、37℃で1時間インキュベートし、溶液を回収した。回収したサンプル中のATP濃度を、ATP Bioluminescent Assay Kit(SIGMA製)を用いてルシフェリン・ルシフェラーゼアッセイ法により測定した。なお、コントロールとしてカプサゼピンを添加する代わりにエタノールを終濃度0.1%になるように添加したサンプルを作製し、同様にATP濃度を測定した。結果を図2に示す。
なお、カプサゼピンはTRPV1の拮抗阻害剤として公知の物質である。膀胱上皮細胞への物理的伸展刺激及び低浸透圧刺激の両刺激においてTRPV1の阻害或いは欠損によりATP放出が抑制されることが報告されている(Nature Neuroscience,第5巻,2002年,p.856-860)。本実施例では、既報の伸展刺激と同様の経路でATP放出を検知できているか確認するため、被検物質としてカプサゼピンを用いた。
【0034】
図2から明らかなように、カプサゼピンを添加せずに浸透圧を変化させた系では、ATP濃度が大きく上昇していた。これに対し、カプサゼピンを添加し浸透圧を変化させた系では、ATP濃度の上昇が抑制されていた。これらの特徴は、過活動膀胱によって生じる膀胱上皮細胞からのATP放出の特徴として報告されている結果と一致していた。この結果から、本発明のスクリーニング系は生体内での伸展刺激による細胞上皮細胞からのATP放出を再現することができ、本発明のスクリーニング方法を用いることで、被検物質が細胞伸展により放出されるATPを抑制しうるかどうかを評価し、ATP放出を抑制する被検物質を過活動膀胱若しくは排尿障害の予防・改善剤、又は膀胱求心性神経活性化の緩和・抑制剤として判定・選択することが可能となることが確認された。
【0035】
実施例2
低浸透圧液を添加後のインキュベート時間(浸透圧刺激時間)を下記のように変更した以外は実施例1と同様に実験をして、浸透圧刺激時間とATP濃度との関係について比較・評価を行った。
浸透圧刺激は、まず、等浸透圧液(カプサゼピン終濃度50μM)75μL/ウェルを加えて37℃で1時間インキュベートした。その後、低浸透圧液(カプサゼピン終濃度50μM)を75μL/ウェルさらに加えて、37℃で、それぞれ5分間、20分間、60分間インキュベートした。結果を図3に示す。
【0036】
図3から明らかなように、浸透圧刺激時間が5分、20分、60分の各系はすべて、等浸透圧から低浸透圧への浸透圧変化によってATP放出量が増大しており、低浸透圧刺激に対するATP放出応答を確認することができた。また、カプサゼピンを添加した系ではコントロールと比べてATP濃度が低く抑えられ、被検物質のATP放出抑制作用についても確認することができた。特に、浸透圧刺激時間60分の系が各ウェル間のばらつきが最も小さく、再現性も良かった。
【0037】
実施例3
カプサゼピンの添加濃度を下記のように変更した以外は実施例1と同様に実験をして、被検物質の濃度変化とATP濃度との関係について比較・評価を行った。
カプサゼピン濃度については、まず、エタノールで濃度5mM、10mM、50mMとなるよう溶解したカプサゼピン(SIGMA製)を等浸透圧液で1/1000に希釈して、カプサゼピンの終濃度がそれぞれ5μM、10μM、50μMとなるよう調製した等浸透圧液75μL/ウェルを加えて37℃で1時間インキュベートした。その後、低浸透圧液にカプサゼピンを終濃度がそれぞれ5μM、10μM、50μMとなるよう添加した溶液を75μL/ウェルさらに加えて、37℃で1時間インキュベートした。結果を図4に示す。
【0038】
図4から明らかなように、添加したカプサゼピンの濃度が高いほど、ATP濃度は低い値を示した。すなわち、本発明のスクリーニング方法では、被検物質の濃度変化に応じたATP放出抑制作用を評価できることがわかった。
【0039】
実施例4
低浸透圧液の添加量を下記のように変更した以外は実施例1と同様に実験をして、浸透圧変化とATP濃度との関係について比較・評価を行った。
浸透圧変化は、まず、等浸透圧液(カプサゼピン終濃度50μM)75μL/ウェルを加えて37℃で1時間インキュベートした。その後、低浸透圧液(カプサゼピン終濃度50μM)を75μL/ウェル又は150μL/ウェルさらに加えて、37℃で1時間インキュベートした。結果を図5に示す。
【0040】
図5から明らかなように、低浸透圧液を75μL/ウェル、150μL/ウェル添加した各系では、等浸透圧から低浸透圧への浸透圧変化によってATP放出量が増大しており、低浸透圧刺激に対するATP放出応答を確認することができた。また、カプサゼピンを添加した系ではコントロールと比べてATP濃度が低く抑えられ、被検物質のATP放出抑制作用についても確認することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む過活動膀胱の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む排尿障害の予防及び/又は改善剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
被検物質と接触させた膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程、及び浸透圧変化後、該細胞株から放出されたATP量を測定し、ATP放出を抑制する被検物質を評価又は選択する工程を含む膀胱求心性神経活性化の緩和及び/又は抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記膀胱上皮細胞株がヒト由来であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記膀胱上皮細胞株がHT−1376又はRT−4であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記膀胱上皮細胞株HT−1376及びRT−4を併せて用いることを特徴とする請求項5記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記膀胱上皮細胞株を浸透圧変化により伸展させる工程が、下記(a)及び(b)の工程を含むものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
(a)膀胱上皮細胞株を等張溶液と接触させる工程
(b)膀胱上皮細胞株を低張溶液と接触させる工程
【請求項8】
前記工程(b)が下記工程(b’)であることを特徴とする請求項7記載のスクリーニング方法。
(b’)前記(a)の等張溶液に低張溶液を添加することにより、膀胱上皮細胞株を低張溶液と接触させる工程

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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