説明

過活動膀胱治療剤

【課題】前立腺肥大症などの膀胱出口部閉塞によりしばしば引き起こされる、止めようのない強い尿意が出現する過活動膀胱に対し、副作用として膀胱収縮力の低下を引き起こさない優れた治療薬を提供する。
【解決手段】筋原性の過活動膀胱におけるギャップジャンクションの機能を、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩が抑制して、膀胱の過活動を抑えると共に、膀胱の収縮力を低下させない優れた過活動膀胱治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリチルレチン酸類の新規医薬用途に関する。具体的には、本発明はグリチルレチン酸類を含む過活動膀胱治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
過活動膀胱は、前立腺肥大症などの膀胱出口部閉塞によりしばしば引き起こされる、有病率の高い臨床症状である。
【0003】
過活動膀胱の要因としては、神経原性と筋原性の2つが考えられている(非特許文献1及び2)。従来から、神経原性の要因については研究が進んでおり、様々な神経伝達物質や神経成長因子の関与が明らかになっている(非特許文献3及び4)。神経原性の要因に対しては、抗コリン剤(商品名:ポラキス、バップフォー、ベシケア、デトルシトール、ウリトス、ステーブラ等)が有効であるが、膀胱収縮力低下を引き起こすために、前立腺肥大症などの閉塞膀胱症例では使用できない難点がある(非特許文献5)。従って、膀胱収縮力の低下を引き起こさない、新たな過活動膀胱の治療薬の開発が望まれている。
【0004】
一方で、筋原性の要因に関しては未解明な部分が多い。これまでに、過活動膀胱では、細胞細胞間電気的結合を形成するギャップジャンクションの構成タンパク質コネキシン43の発現が増強することが報告されているが、過活動膀胱との明確な因果関係は証明されていない(非特許文献6〜8)。
【0005】
本発明者らはこれまでに、過活動を呈する閉塞膀胱において、bFGFが病態を制御していることを明らかにしている(非特許文献9)。
【非特許文献1】Ouslander, J.G., N Engl J Med, 2004. 350(8): p.786-799
【非特許文献2】Yoshimura, N. and M.B. Chancellor, J Urol, 2002. 168(5): p.1897-1913
【非特許文献3】de Groat, W.C., Urology, 1997. 50(6A Suppl): p.36-52; discussion 53-56
【非特許文献4】Yoshimura, N. Neurourol Urodyn, 2007. 26(6 Suppl): p.908-913
【非特許文献5】Abrams, P. and K.E. Andersson, BJU Int, 2007. 100(5): p.987-1006
【非特許文献6】Haefliger, J.A., et al., Exp Cell Res, 2002. 274(2): p.216-225
【非特許文献7】Haferkamp, A., et al., Eur Urol, 2004. 46(6):p.799-805
【非特許文献8】Li, L., et al., Am J Physiol Cell Physiol, 2007. 293(5): p. C1627-1635
【非特許文献9】Imamura, M., Am J Physiol Renal Physiol, 2007. 293(4): p.F1007-1017
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、膀胱収縮力の低下を引き起こさない、優れた過活動膀胱の治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、bFGF徐放製剤を膀胱に投与することによりラット過活動膀胱モデルを作製した上で、筋原性要因としてのギャップジャンクションの関与を明らかにし、過活動膀胱の新たな治療方法の確立を目指した。
その結果、過活動膀胱においては、bFGFにより膀胱筋層においてギャップジャンクションの構成タンパク質であるコネキシン43の発現が上昇し、グリチルレチン酸によりギャップジャンクションの機能を抑制することで、膀胱の過活動を抑制し得ることを見出した。驚くべきことに、グリチルレチン酸は膀胱の収縮力を低下させなかった。
以上の知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩を含む、過活動膀胱治療剤。
[2]過活動膀胱が筋原性のものである、[1]記載の治療剤。
[3]過活動膀胱が膀胱出口部閉塞を伴うものである、[1]記載の治療剤。
[4]過活動膀胱の治療に使用するためのグリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩。
[5]哺乳動物に、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩の有効量を投与することを含む、該哺乳動物における過活動膀胱の治療方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の治療剤を用いることにより、過活動膀胱を効果的に治療し得る。特に、膀胱の収縮力を低下させずに、膀胱の過活動を抑制できる点で本発明の治療剤は優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩を含む、過活動膀胱治療剤を提供する。
【0011】
グリチルレチン酸類としては、グリチルレチン酸、グリチルレチン酸のエステル、グリチルレチン酸の糖抱合体、グリチルレチン酸の糖抱合体のエステル等を挙げることができる。グリチルレチン酸としては、α−グリチルレチン酸、β−グリチルレチン酸を挙げることができる。グリチルレチン酸のエステルとしては、α−グリチルレチン酸ステアリル、β−グリチルレチン酸ステアリル、α−グリチルレチン酸ピリドキシン、β−グリチルレチン酸ピリドキシン、α−グリチルレチン酸グリセリン、β−グリチルレチン酸グリセリン等を挙げることができる。グリチルレチン酸の糖抱合体としては、グリチルリチン酸(α−グリチルリチン酸又はβ−グリチルリチン酸)等を挙げることができる。グリチルレチン酸の糖抱合体のエステルとしては、α−グリチルリチン酸メチルエステル、β−グリチルリチン酸メチルエステル等を挙げることが出来る。
【0012】
グリチルレチン酸類の医薬として許容される塩には、例えば、無機塩基又は有機塩基との塩が含まれる。前記無機塩基としては、例えば、アンモニア、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム等の水酸化物、炭酸塩、又は重炭酸塩等である。前記有機塩基との塩としては、例えば、モノ−、ジ−、若しくはトリ−アルキルアミン塩(例えば、メチルアミン、ジメチルアミン、トリエチルアミンなど)、ヒドロキシルアミン塩、グアニジン塩、N−メチルグルコサミン塩、又はアミノ酸塩等を挙げることができる。グリチルレチン酸類の医薬として許容される塩の好ましい具体例としては、α−グリチルリチン酸トリナトリウム、α−グリチルリチン酸モノカリウム、α−グリチルリチン酸ジカリウム、α−グリチルリチン酸モノアンモニウム、β−グリチルリチン酸トリナトリウム、β−グリチルリチン酸モノカリウム、β−グリチルリチン酸ジカリウム、または、β−グリチルリチン酸モノアンモニウム等を挙げることが出来る。
【0013】
哺乳動物に、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩の有効量を投与することにより、該哺乳動物における過活動膀胱を治療し得る。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物;ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜;イヌ、ネコ等のペット;ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を挙げることができる。
【0014】
過活動膀胱とは、突然、止めようのない強い尿意が出現する“尿意切迫感”を有する状態をいう。通常、過活動膀胱は頻尿(昼間8回以上、夜間1回以上)を伴うが、切迫性尿失禁の有無は問わない(2002年の国際禁制学会で定義)。過活動膀胱には、その原因により神経原性の過活動膀胱と、筋原性の過活動膀胱とに分類される。神経原性の過活動膀胱とは、脳から膀胱(尿道)排尿筋の神経受容体に至る神経回路上の異常により生じる過活動膀胱をいう。筋原性の過活動膀胱とは、排尿筋自身の興奮性の亢進により生じる過活動膀胱をいう。本発明の治療剤は、これらのいずれの型の過活動膀胱にも有効であるが、特に筋原性の過活動膀胱に有利である。
【0015】
また、過活動膀胱は、脳卒中や脳梗塞などの脳血管障害、パーキンソン病などの脳の障害、脊髄損傷や多発性硬化症などの脊髄の障害の後遺症として生じたり、前立腺肥大症等の膀胱出口部閉塞に随伴して発症する。本発明の治療剤は、これらのいずれの型の過活動膀胱にも有効であるが、グリチルレチン酸類は、膀胱収縮力の低下を引き起こすことなく膀胱の過活動を抑制することが可能であるため、本発明の治療剤はとりわけ膀胱出口部閉塞を伴う過活動膀胱に有効である。
【0016】
本発明の治療剤は、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩と医薬として許容される担体とを混合して、常套手段に従って製剤化することができる。
【0017】
例えば、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩は、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などとして経口的に使用できる。あるいは、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩は、水もしくはそれ以外の医薬として許容し得る液との無菌性溶液、または懸濁液剤などの注射剤又は膀胱内注入剤の形で非経口的に使用できる。これらの製剤は、例えば、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩を、医薬として許容される公知の担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤などとともに、一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態で混和することによって製造することができる。
【0018】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖またはサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射剤又は膀胱内注入剤のための無菌組成物は、活性成分を、適切な無菌の水溶液や油性液中に溶解又は懸濁させるなどの通常の製剤実施に従って処方することができる。水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例:エタノール)、ポリアルコール(例:プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン性界面活性剤(例:ポリソルベート80TM、HCO−50)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。
【0019】
また、本発明の治療剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などと配合してもよい。調製された注射剤や膀胱内注入剤は通常、適当なアンプルに充填される。
【0020】
また、グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩を含有するデルマクリン、ハイデルマート、強力ミノファーゲンC、グリチロン等の市販された医薬を本発明の治療剤に適用してもよい。
【0021】
本発明の治療剤におけるグリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩の含有量は、製剤の形態によって相違するが、経口製剤の場合、通常、製剤全体に対して約0.1〜99.9重量%、好ましくは約1〜99重量%、さらに好ましくは約10〜90重量%程度であり、非経口製剤の場合、通常、製剤全体に対して約0.1〜99.9重量%、好ましくは約1〜99重量%、さらに好ましくは約10〜90重量%程度である。
【0022】
このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、上記の哺乳動物に対して投与することができる。
【0023】
グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩の投与量は、投与ルート、症状、患者の年令などにより差異はあるが、経口投与の場合、一般的に例えば、過活動膀胱の患者(体重60kg)においては、一日につき約1〜2000μg/kg程度、好ましくは約5〜1000μg/kg程度を投与するのが好都合である。また、非経口投与の場合、一般的に例えば、過活動膀胱の患者(体重60kg)においては、一日につき約1〜2000μg/kg程度、好ましくは約5〜1000μg/kg程度を投与するのが好都合である。
【0024】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
[実施例1]
原料及び方法
(試薬)
ディスパーゼは合同酒精(東京、日本)から、IV型コラゲナーゼ及びα−グリチルレチン酸(GA)はSigma(セントルイス、MO)から、PD98059はCalbiochem(サンディエゴ、CA)から、Immobilon−P膜はMillipore(ベッドフォード、MA)から、そしてジアミノベンチジン テトラヒドロクロライド(DAB)はDojindo Laboratories(熊本、日本)から購入した。組換えヒトbFGFは科研製薬株式会社(東京、日本)から提供を受けた。
【0026】
抗体は以下に記載した製造者から購入した:抗カルポニン、抗β−アクチン(Sigma)、抗bFGF(Upstate、レイクプラシッド、NY)、抗コネキシン43(Zymed, サンフランシスコ、CA)、抗コネキシン45(Chemicon, テメクラ、CA)、HRP抱合抗マウス及び抗ウサギ抗体(Pierce,ロックフォード、IL)、ビオチン化抗ウサギ抗体(Vector Laboratories, バーリンガム、CA)、FITC抱合抗マウス抗体(Dako、グロストラップ、デンマーク)。Alexa Fluor 555抱合ストレプトアビジンは、Molecular Probes(ユージーン、OR)から購入した。
【0027】
BioRadプロテインアッセイキットは、BioRad Laboratories(ハーキュルス、CA)から、SuperSignal West Pico ケミルミネッセンスサブストレイトはPierce(ロックフォード、IL)から、Vectastain Elite ABC Kit (マウスIgG)は、Vector Laboratoriesから購入した。
【0028】
(細胞培養)
膀胱平滑筋細胞を9週齢メスSDラット(Japan Slc Inc., 静岡、日本)から、以前記載した方法を用いて単離した(Am J Physiol Renal Physiol, 293: F1007-1017, 2007;Am J Pathol, 166: 565-573, 2005)。2回継代後の細胞を、ウェスタンブロット解析用は6ウェルプレートに、免疫蛍光法試験用はチャンバースライドに、2×10個/mlで播き、各アッセイの前に0.5%ウシ血清を含む低血清DMEM中で培養することで、血清の影響を除外した。細胞をbFGFで4日間刺激した(0、10又は50ng/ml、n=3)。bFGFの下流の経路を調べるため、細胞を10ng/ml bFGF+10μg/ml抗bFGF抗体又は5μM PD98059で2日間刺激した(n=3)。コネキシン43の発現を、ウェスタンブロット及び免疫蛍光法により評価した。
【0029】
(動物)
Japan Slc Inc.から体重170〜190gの7週齢メスSDラットを購入した。動物はNIH動物ケアガイドラインに従って取り扱い、全ての実験は京都大学動物実験委員会により承認された。
【0030】
(ラット膀胱閉塞モデル)
6匹のラットにおいて、膀胱閉塞(bladder outlet obstruction: BOO)を以前記載した方法に従い作製した(J Urol, 170: 1427-1431, 2003;J Urol, 170: 1022-1026, 2003)。方法を簡潔に述べると、まず近位尿道を膣壁から剥離し、長軸方向に切断した2mm長PE200ポリエチレンカテーテル(BD Intramedic、スパークス、MD)を近位尿道を覆うように留置した。偽手術群の6匹のラットでは、同様の処置を施行後、カテーテルを留置せず取り除いた。4週間後、全てのラットから膀胱を摘出し、重量を計測して肥大を確認した。膀胱から筋切片を作製し、カルバコールに対する筋切片の収縮性を測定した。免疫組織化学検査を行い、bFGFの発現を評価した。免疫蛍光法試験を行い、コネキシン43の発現を評価した。
【0031】
(ゼラチンハイドロゲルを放出担体として用いた、bFGFのラット膀胱に対する動物実験効果)
ゼラチンハイドロゲルシートを以前記載した方法に従い作製した(Am J Physiol Renal Physiol, 293: F1007-1017, 2007;Biomaterials, 19: 807-815, 1998)。シートを凍結乾燥し、長方形(8×5mm)にカットし、bFGF水溶液を浸透させることにより、bFGF含浸ゼラチンハイドロゲルを得た。ラットを50mg/kgケタミン及び10mg/kgキシラジンで麻酔した後、腹部正中切開を加え膀胱を露出した。bFGF含浸ゼラチンハイドロゲル(0、1、5又は10μg/部位、n=12)を、4本の8-0ナイロン縫合糸により、各膀胱の腹側に固定した。これらの縫合糸は、検体回収時のマーキングとして用いた。偽手術群(n=12)では、ゼラチンハイドロゲル処置を行わなかった。14日後に犠牲死させた後、各群の6匹のラットについては、ハイドロゲル固定部位の膀胱から筋切片を作製し、カルバコールに対する筋切片の収縮性を計測した。膀胱同部位におけるコネキシン43及びコネキシン45の発現を、ウェスタンブロットにより評価した。コネキシン43の発現は免疫蛍光法試験でも評価した。各群における他の6匹のラットに対しては蓄尿時膀胱内圧測定(Filling cystometry)を行った。
【0032】
(免疫ブロッティング)
プロテアーゼ阻害剤を含む放射性免疫沈降アッセイ(RIPA)緩衝液を用いて、膀胱組織及び培養細胞から、細胞ライセートを抽出した。細胞ライセート中のタンパク量は、BioRad Protein Assayキットを用いて測定した。細胞ライセートをSDS−PAGEにより分離し、Immobilon-Pメンブレンに転写した。メンブレンをコネキシン43抗体(1:200)、コネキシン45抗体(1:500)、そして内部コントロールとしてβ−アクチン抗体(1:2000)でインキュベートした。HRP−抱合抗マウス又抗ウサギ二次抗体でのインキュベーション後、目的タンパクと結合した抗体をSuperSignal West Picoケミルミネッセンス基質を用いて検出した。
【0033】
(免疫組織化学検査)
膀胱組織を4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン包埋した後、5μmの切片を作製した。切片を、抗原修復のために0.01Mクエン酸緩衝液(pH6.0)中で20分間加熱した。すべての試料を、bFGFに対する抗体(1:100)により12時間、4℃にてインキュベートした。陰性対照切片は、一次抗体なしでインキュベートした。さらにVectastain Elite ABC kit(マウスIgG)で処理した後、切片を引き続きDABでインキュベートすることにより抗体を検出し、ヘマトキシリンにより対比染色した。
【0034】
(免疫蛍光法試験)
培養細胞は、PBSで2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで固定した。動物組織は、4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋し、5μm切片にカットした後、抗原修復のため、切片を0.01Mクエン酸緩衝液(pH6.0)中で20分間加熱した。全ての検体は、コネキシン43抗体(1:100)またカルポニン抗体(1:1000)で12時間4℃でインキュベートした。陰性対照切片は、一次抗体なしでインキュベートした。コネキシン43抗体結合は、ビオチン化抗ウサギ二次抗体及びAlexa Fluor 555抱合ストレプトアビジンを用いて検出した。カルポニン抗体結合は、FITC抱合抗マウス二次抗体を用いて検出した。
【0035】
(筋切片試験)
収縮力測定は以前記載した方法に従い行った(Am J Physiol Renal Physiol, 293: F1007-1017, 2007;J Urol, 170: 1633-1638, 2003)。膀胱検体から2〜3mm幅の筋切片を作製した。ホルダーに固定した切片を、37℃クレブス液で満たされた組織浴槽中にセットした。切片は、0.5gの力をかけて1時間平衡状態にした後で、カルバコールで刺激した。10μg/部位 bFGF群では、ギャップジャンクション活性を阻害するために、α−GAの存在下で刺激する切片を、別に作製した。これらの筋切片は、通常のカルバコール刺激の後にクレブス液で3回洗浄し、30μMのα−GAを含むクレブス液中に留置し、カルバコールで刺激した。試験の最後にそれぞれの筋切片の重量を測定した。収縮力は100mg組織重量あたりのグラム張力で表した。用量反応曲線(0.01〜100μM)により最大張力が10μMカルバコールで生じることが明らかとなったため、10μMカルバコールでの筋収縮力を、最大反応である100%として規定した。各筋切片についてのEC50値を、SAS8.2ソフトウェア(SAS Institute, カリー、NC)を用いて非線形回帰により算出した。
【0036】
(蓄尿時膀胱内圧測定(Filling cystometry))
蓄尿時膀胱内圧測定を以前記載した方法に従い行った(Am J Physiol Renal Physiol, 293: F1007-1017, 2007;J Urol, 170: 1633-1638, 2003)。900mg/kgウレタン麻酔下にて、2.8ml/時間の速度でラット膀胱中に生理食塩水を注入した。各試験において、少なくとも2時間にわたり排尿を記録した。最終収縮時における排尿及び残尿量を、シリンジで尿を吸引することにより測定した。膀胱容量は、排尿量に残尿量を加えたものを膀胱容量と定義した。
【0037】
(統計学的解析)
全てのデータは、平均値±標準偏差にて表した。データは、SAS 8.2ソフトウェアを用いて、unpaired Studen’s t-test又はDunnett’S testにて解析した。p<0.05を統計学的に有意な差として判定した。
【0038】
結果
(閉塞膀胱は、尿路上皮でのbFGF発現亢進、平滑筋でのコネキシン43発現亢進を示す。)
閉塞膀胱ラットでは、膀胱重量が有意に増加していた(偽手術 66.5±14.3mg、閉塞膀胱 227.7±37.9mg、p<0.05)。免疫組織化学検査では、閉塞膀胱の尿路上皮層において、偽手術群の膀胱よりもbFGFが強発現していた。免疫蛍光法試験では、閉塞膀胱群において、偽手術群よりもコネキシン43が強発現していた。そしてほとんどのコネキシン43陽性細胞は、平滑筋マーカーであるカルポニンに対しても陽性であった(図1A)。
【0039】
(閉塞膀胱は、コリン作動性刺激に対する感受性亢進を示す。)
以前の研究(Urology, 50: 57-57; discussion 68-73, 1997、J Urol, 138: 1461-1466, 1987)によると、用量反応曲線の左方向へのシフト、及びEC50値の減少は筋原性のコリン感受性亢進の証拠と考えられる。筋切片試験を行った結果、閉塞膀胱の用量反応曲線は、偽手術膀胱の曲線と比較して左へシフトした(図1B)。閉塞膀胱のEC50値も、偽手術膀胱の値と比較して減少した(図1C)。
【0040】
(bFGFはERK1/2経路を介してラット膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43の発現を増強する。)
ウェスタンブロッティングでは、抗コネキシン43抗体は複数のバンド(非リン酸化(41kDa)及びリン酸化(43〜46kDa))を検出した。ウェスタンブロッティングの結果、2〜4日間の10もしくは50ng/mlのbFGF刺激により、膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43の発現が顕著に増強した。コネキシン43のリン酸化も同様に増強した(図2A)。ラット膀胱平滑筋細胞において、このbFGFの効果を制御するシグナルを検討するために、ERK1/2シグナルを特異的阻害剤により遮断した。ウェスタンブロッティングの結果、抗bFGF中和抗体での処理と同様に、MEK阻害剤であるPD98059でERK1/2の上流を遮断することにより、コネキシン43の発現増強が阻害された(図2B)。免疫蛍光法試験の結果、2日間の10ng/mlのbFGF刺激で膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43の発現が増強した。この効果はPD98059及び抗bFGF抗体により阻害された(図2C)。
【0041】
(bFGFはギャップジャンクション合成を介してラット膀胱での筋原性のコリン感受性亢進を引き起こす。)
筋切片試験の結果、1、5(データ示さず)、又は10μg/部位のbFGF投与群において、用量反応曲線が偽手術群と比較して左へシフトした(図3A)。10μg/部位のbFGF投与群のEC50値は、偽手術群の膀胱と比較して有意に減少した(図3B)。今回認めた筋原性の感受性亢進がギャップジャンクションにより制御されているかどうかを調べるため、偽手術群および10μg/部位bFGF投与群に対して、ギャップジャンクション阻害剤であるα−GAの存在下にカルバコールで刺激した。α−GAにより、10μg/部位bFGF群における用量反応曲線の左方向シフトは認めなくなったが、偽手術群の用量反応曲線への影響は認めなかった(図3C)。α−GAにより、10μg/部位bFGF投与群でのEC50値は有意に増加した(図3D)。偽手術群および10μg/部位bFGF投与群いずれにおいても、α−GAは最大収縮力に影響を及ぼさなかった(図5)。
これらの結果に基づき、10μg/部位bFGF投与群でのコネキシン発現を評価した。ウェスタンブロッティングでは、10μg/部位bFGF群において偽手術群と比較して、コネキシン43の発現は増強したが、コネキシン45の発現は不変であった(図3E)。免疫蛍光法試験では、10μg/部位bFGF群において偽手術群と比較して、平滑筋でのコネキシン43の発現が増強した(図3F)。
【0042】
(bFGFはラット膀胱における排尿筋過活動を誘導する)
膀胱内圧測定では、10μg/部位bFGF投与群は偽手術群と比較して、排尿筋過活動を示した(図4A)。bFGF投与群の排尿回数は、偽手術群よりも有意に多かった(図4B)。bFGF投与群における膀胱容量は、偽手術群よりも有意に低かった(図4C)。残尿量は、全群においてごく少量であった(データ示さず)。bFGF投与群の最大排尿圧は偽手術群よりも有意に低かった(図4D)。bFGF投与群の膀胱コンプライアンスは偽手術群と比較して有意な変化はなかった(図4E)。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の治療剤を用いることにより、過活動膀胱を効果的に治療し得る。特に、膀胱の収縮力を低下させずに、膀胱の過活動を抑制できる点で本発明の治療剤は優れている。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】閉塞膀胱におけるbFGF発現、コネキシン43発現及びコリン作動性刺激に対する感受性亢進。A:ラット閉塞膀胱におけるbFGF及びコネキシン43の発現。膀胱切片(5μm厚)を抗bFGF抗体(1:100)で処理し、DABで染色した(n=6)。一段目の図では、bFGF陽性所見を褐色で示す。bFGFは、偽手術群と比較して、閉塞膀胱の尿路上皮において顕著に発現していた。さらに膀胱切片をコネキシン43抗体(1:100)及びカルポニン抗体(1:1000)により二重染色した(n=6)。二段目の図ではコネキシン43陽性所見を赤で示し、三段目の図ではカルポニン陽性所見を緑で示し、四段目の図では合成所見を示す。閉塞膀胱群の排尿筋層では、偽手術群と比較して、コネキシン43の発現が増強していた。(スケールバーは50μm)B、C:閉塞膀胱ラットにおける筋切片試験。筋切片の収縮力を、閉塞膀胱群及び偽手術群において、カルバコール刺激下で検討した(n=6)。閉塞膀胱群での用量反応曲線は、偽手術群と比較して左方向にシフトした(B)。閉塞膀胱群におけるEC50値は、偽手術群と比較して有意に減少した(C)。*P<0.05で統計学的に有意差あり。
【図2】bFGF刺激による膀胱平滑筋細胞でのコネキシン43発現。A,B:膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43発現:ウェスタンブロット解析。膀胱平滑筋細胞から細胞ライセートを採取した(n=3)。コネキシン43抗体は非リン酸化(41kDa)及びリン酸化(43〜46kDa)の複数の陽性バンドを示した。全コネキシン43発現及びリン酸化コネキシン43発現は、bFGF刺激により増強した(A)。PD98059(ERK1/2阻害剤)及び抗bFGF中和抗体は、bFGFによるコネキシン43の発現増強を阻害した。C:膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43発現:免疫蛍光法試験。膀胱平滑筋細胞を、2日間培養した(n=3)。上段の図ではコネキシン43陽性所見を赤で示し、中段の図ではカルポニン陽性所見を緑で示し、下段の図では合成所見を示す。bFGF刺激により、膀胱平滑筋細胞におけるコネキシン43発現は増強した。PD98059及び抗bFGF中和抗体は、bFGFによるコネキシン43の発現増強を阻害した。(スケールバーは20μm)
【図3】bFGF投与膀胱におけるギャップジャンクションを介したコリン感受性亢進。A,B:bFGF投与膀胱における筋切片試験。bFGF投与膀胱に対して、筋切片の収縮力をカルバコール刺激下で測定した(n=6)。bFGF投与群(10μg/部位)の膀胱では、偽手術群と比較して、用量反応曲線は左方向にシフトした(A)。またbFGF投与群(10μg/部位)のEC50値は、偽手術群と比較して有意に減少した(B)。C、D:筋切片試験におけるギャップジャンクション活性の阻害。30μMのα−GA(ギャップジャンクション阻害剤)を含むクレブス液中で筋切片試験を行った(n=6)。α−GAの存在下では、bFGF投与群(10μg/部位)の用量反応曲線は左にシフトせず、偽手術群の曲線とほぼ同様であった(C)。bFGF投与群(10μg/部位)のEC50値については、α−GAありの条件では、α−GAなしの条件と比較して有意に増加した(D)。E:膀胱におけるコネキシン43及びコネキシン45発現:ウェスタンブロット解析。bFGF投与14日後の膀胱から細胞ライセートを採取した(n=6)。10μg/部位bFGF投与群では、全コネキシン43の発現およびリン酸化コネキシン43の発現が増強した。一方で、コネキシン45の発現は変化しなかった。F:膀胱におけるコネキシン43発現:免疫蛍光法試験。bFGF投与14日後の膀胱から組織を摘出した。上段の図ではコネキシン43陽性所見を赤で示し、中段の図ではカルポニン陽性所見を緑で示し、下段の図では合成所見を示す。bFGFにより、平滑筋層におけるコネキシン43の発現が増強した。(スケールバーは50μm)
【図4】bFGF投与膀胱における蓄尿時膀胱内圧測定。A:膀胱内圧測定の所見。偽手術群、0μg/部位 bFGF群及び10μg/部位 bFGF群について膀胱内圧測定を行った。B:排尿回数。bFGF投与群(10μg/部位)では、偽手術群と比較して、排尿回数は有意に増加した。C:膀胱容量。bFGF投与群(10μg/部位)では、偽手術群と比較して、容量が有意に減少した。D:最大排尿圧。bFGF投与群(10μg/部位)では、偽手術群と比較して、最大排尿圧は有意に減少した。E:膀胱コンプライアンス。bFGF投与群(10μg/部位)では、偽手術群と比較して、コンプライアンスは変化しなかった。*P<0.05で統計学的に有意差あり。
【図5】10μg/部位bFGF投与群および偽手術群における、α−GAの膀胱最大収縮力に対する効果。α−GAなし条件下の最大収縮力に対する、α−GAあり条件下の最大収縮力の割合(%)を示す。α−GAは、両群において、最大収縮力にほとんど影響しなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリチルレチン酸類又は医薬として許容されるその塩を含む、過活動膀胱治療剤。
【請求項2】
過活動膀胱が筋原性のものである、請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
過活動膀胱が膀胱出口部閉塞を伴うものである、請求項1記載の治療剤。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−292797(P2009−292797A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−150937(P2008−150937)
【出願日】平成20年6月9日(2008.6.9)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】