過酢酸を含む酸溶液の濃度測定のための装置および方法
【課題】 水溶液の酸濃度の新規の測定方法及び装置を提供する。
【解決手段】 過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定のため、既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。この測定を複数のサンプルについて繰返す。そして、複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求める。次に、測定対象の過酢酸を含む水溶液をセルに導入し、セル中の水溶液に対して異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。そして、強度値から吸光度を演算し、吸光度と検量線式を用いて、水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する。
【解決手段】 過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定のため、既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。この測定を複数のサンプルについて繰返す。そして、複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求める。次に、測定対象の過酢酸を含む水溶液をセルに導入し、セル中の水溶液に対して異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。そして、強度値から吸光度を演算し、吸光度と検量線式を用いて、水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液における濃度の光学的測定に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水溶液中の成分の濃度の測定は種々の用途で必要である。殺菌、洗浄などの用途において酸溶液(薬液)が使用されるが、たとえば過酢酸含有薬剤が医療器、食品容器などの殺菌、洗浄用に使用される。そのような酸溶液を使用する工程において、酸溶液の管理のため、酸溶液の濃度の測定が行われる。過酢酸含有薬剤の中の過酢酸と過酸化水素水の濃度を高精度で測定する方法としては、主として、ヨウ素滴定法、電気化学センサーを用いた分析、電気伝導度法が用いられている(例えば特開平6−130051号公報、特開平4−45798号公報、特開2001−13102号公報参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平6−130051号公報
【特許文献2】特開平4−45798号公報
【特許文献3】特開2001−13102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、酸溶液の濃度の監視のためにヨウ素滴定法、電気化学センサーを用いた分析、電気伝導度法などが用いられている。しかし、ヨウ素滴定法は、サンプルとなる過酢酸含有薬液に試薬を加えるので、採取した酸溶液を実使用できない。さらに、濃度を瞬時に測定できないので、洗浄、殺菌現場などでのインライン使用には不向きである。また、電気化学センサー法は、瞬時の測定には適しているが、実際の測定においては緩衝液を使用し、酸溶液と混合した後に測定を行っていることから、全く酸溶液を変質させていないとは言い難い。したがって、酸溶液中の酸の濃度を、酸溶液を変質させること無く、非接触で、精度よく決定できることが望ましい。また、インライン使用を可能にすることが望ましい。
【0005】
この発明の目的は、水溶液の酸濃度の新規の測定方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的のため、発明者らは紫外分光に着目した。
本発明に係る過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定方法では、(1)既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。この測定を複数のサンプルについて繰返す。そして、(2)前記の複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求める。次に、(3)測定対象の過酢酸を含む水溶液を前記のセルに導入し、セル中の水溶液に対して前記の異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。そして、(4)強度値から吸光度を演算し、吸光度と前記検量線式を用いて、前記水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する。たとえば、前記の複数成分は、過酢酸、過酸化水素および酢酸である。また、前記の紫外波長域は、たとえば、180〜210nmである。
【0007】
本発明に係る濃度測定装置は、過酢酸を含む複数成分の水溶液を導入するセルと、190nm以下の波長を含む紫外波長域の光(たとえば180〜210nmの波長域の光)をセルに照射する光源と、セルからの透過光の光強度を5nm以下で0.2nmより大きい波長分解能で検出する受光素子(たとえばダイヤモンド薄膜センサ)と、光源から受光素子までの光路において、190nm以下の波長を含む異なる波長に光を分光する分光素子とを備える。
【0008】
前記の濃度測定装置において、好ましくは、前記の分光素子は、それぞれ異なる設計波長より短波長を反射し、その設計波長より長波長を透過する複数のフィルタからなり、これらの複数のフィルタを光路中に設計波長の順に並べ、いずれかのフィルタから反射される特定波長の光を選択して出射することを特徴とする、請求項4または5に記載された濃度測定装置。
【0009】
前記の濃度測定装置は、好ましくは、さらに、前記の過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度との関係を示す検量線式を記憶する記憶手段と、前記の受光素子が出力する光強度信号から吸光度を演算し、前記の吸光度から前記検量線式に基づいて過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する濃度演算手段とを備える。
【0010】
前記の濃度測定装置において、好ましくは、前記のセルは、サンプルが連続的に導入されるフローセルであり、前記の濃度測定装置は、さらに、フローセルに導入されるサンプルを水で希釈する希釈装置を備える。
【発明の効果】
【0011】
190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用するので、紫外波長域での分光測定を用いて、水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を、水溶液を変質させること無く、非接触で、精度よく定量できる。
また、濃度を短時間に精度よく決定できるので、フローセルを用いることにより、インライン測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、発明の実施の形態を添付の図面を参照して具体的に説明する。
【0013】
昨今、ペットボトル飲料の無菌充填システムで利用されている過酢酸系殺菌洗浄剤は、その精製上必ず過酢酸と過酸化水素水と酢酸の3成分混合水溶液として利用される。殺菌洗浄剤中の過酢酸濃度をインラインで正確に測定できる装置の実現が望まれているが、従来検討されていた方法では、過酢酸系殺菌洗浄剤中の過酢酸濃度を混合成分の1つである過酸化水素に影響されずに測定することが難しかった。また、インラインでサンプルを連続供給して、連続的に濃度を測定する装置も実用化されていなかった。
【0014】
発明者らは、各種水溶液の濃度についての紫外分光測定の可能性を検討するため、図1と図2に示すように各種水溶液について紫外分光データを測定した。ここで、酢酸水溶液、過酸化水素水溶液のほか、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤も測定対象とした。図1は、(a)1.7重量%の酢酸水溶液、(b)0.2重量%の過酸化水素水溶液、および、(c)希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤(0.86重量%の過酢酸、0.23重量%の過酸化水素、0.22重量%の酢酸を含むアクティブ90)の紫外域での吸光度を示す。また、図2は、図1に示した吸光度の2次微分を示す。この吸光度測定では、190nm以上の紫外域を測定する市販の分光測定装置(島津製作所の紫外可視分光計UV−2550)を用いた。セルとして、光路長10mmのキュベットセルを用いた。これらの水溶液は約300nm以下で大きな吸収を生じることが分かり、紫外分光測定により水溶液中の各種成分の濃度が測定できた。
【0015】
従来は、上述の殺菌洗浄剤において過酢酸の濃度を測定するために紫外吸収スペクトルを用いることは注目されていなかった。その理由は、市販の紫外分光計で測定される紫外域では、過酢酸の吸収バンドが0.2重量%以下の濃度では吸光係数が非常に小さいため、また、実際の殺菌洗浄剤では、典型的な濃度範囲は過酢酸では0.1〜0.2重量%であり過酸化水素では0.5〜2.0重量%であるため、過酢酸の紫外域での吸収が、共存する大量の過酸化水素により干渉されるためである。しかし、図1と図2のデータより、過酢酸による特性吸収バンドが190nmより下にあることが推測される。なぜなら、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤のデータ(c)において、過酸化水素による吸収の強度は(b)のように波長が短くなるにつれ増大し、かつ、酢酸の吸収の強度は(a)のように205nm付近に吸収のピークを生じ波長がさらに短くなると小さくなるので、図1と図2において、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤の吸収の強度が波長が短くなるにつれ大きくなる傾向を過酸化水素や酢酸に帰することはできないからである。したがって、これらのデータは、過酢酸を含む水溶液における過酢酸成分などの測定の定量精度が190nmより低い波長域まで分光測定することにより大きく改善されることを示唆している。
【0016】
そこで、発明者らは、190nm以下の波長域でも分光測定が可能な紫外分光測定装置を開発し、過酢酸、過酸化水素及び酢酸を含む過酢酸系殺菌洗浄剤の遠紫外スペクトルを測定して、過酢酸は、190nm以下の紫外域で急激な吸収バンドを生じるのに対し、過酸化水素は、紫外域で緩やかな吸収バンドを生じることを見出した。そして、その分光分析の結果からそれらの3成分の濃度をすべて同時に精度よく定量できることを見出した。具体的には、この装置は、たとえば175〜280nmの遠紫外域で測定可能であるが、使用する波長域は180〜210nmで充分であった。また、190nm以下の波長で吸収が大きくなるけれども、0.5mmの光路長のセルで測定できることがわかった。
【0017】
図3は、発明者らが製作した紫外分光測定装置のうち、分光測定を行う分光部の構成を示す。市販の紫外線分光測定装置は190nm〜350nmの範囲の波長の光を測定できるが、この紫外分光測定装置は、180〜220nmの遠紫外領域で分光測定ができる。また、紫外分光測定において、0.5nm以下の解像度をもつ光増倍管を用いなくても、5nm以下の波長分解能のセンサーを用いて濃度が高精度で測定できることがわかった。この測定装置は、構成が単純で、小型で安価に作製できる。また、測定時間は30秒以下にすることが可能であり、インラインでの連続測定に適している。
【0018】
紫外分光測定装置についてさらに説明すると、紫外光源10として、180〜220nmの分光領域で透明な窓を備える重水素ランプを用いる。紫外光源10により発生される遠紫外光は、集光レンズ(MgF2レンズ)12によって集光され、フローセル(光吸収セル)14を照射する。フローセル14内には、サンプルされた水溶液が導入される。フローセル14を透過した遠紫外光は、スリット16を通って単色グレーティング分光器18に入る。ここで、透過光は、ミラー20aとコリメートミラー22で反射されたのち、グレーティングミラー(分光素子)24で拡散され、さらにコリメートミラー22ともう1つのミラー20bで反射されたのち、スリット26を通って紫外光受光素子28に入射する。200nm以下の波長の紫外光を効率よく分離できる干渉フィルタを製造することは困難なので、ここでは分光素子としてグレーティングミラー24を用いた。グレーティングミラー24の溝のピッチは2400/mmであり、ブレーズ波長は250nmである。グレーティングミラー24は、波長を変えるため回転ステージ(図示しない)の上に置かれる。紫外光受光素子28は、入射された紫外線を、その強度に対応する光電流に変換する。180〜220nmの波長域でスペクトルを測定するのに要する時間は30秒と短く、インラインでのリアルタイム測定が可能である。上述の光学系は、気密容器28内に収容されていて、容器30内に窒素ガスまたはアルゴンガスを、たとえば0.1リットル/分の流量で、入口32から導入し、出口34から排出する。このガス導入は、容器28内の光学系から酸素ガスを排除するためであり、これにより酸素ガスによる紫外域での吸収の影響をなくす。
【0019】
図4に示すように、フローセル14内の流路14aには、図示しない測定対象の水溶液からのサンプル液が導入される。なお、図4は、図3の紙面に垂直な断面を示している。このようなフローセルを用いることにより、インラインで連続的に濃度測定が行える。フローセル14の光路長は、遠紫外領域での吸収が大きいため、0.5mmと短くした。なお、フローセル内の水溶液の侵入の深さに照射される光の透過率は182nmの波長で約45%である。
【0020】
この装置で使用する受光素子28は、ダイヤモンド薄膜センサであり、エキシマレーザの照度測定などに使用されているものである。0.6mmのスリット24とダイヤモンド薄膜センサを用いて約5nmの波長解像度で測定する。この解像度は、市販の紫外分光測定装置に用いられる光増倍管(0.5nm以下の解像度)に比べて1桁のオーダで劣っている。しかし、測定対象の過酢酸などの吸収バンドが広く、また吸収バンドの肩部で測定するため、この測定ではそのような高解像度は必要でない。また、受光素子28の大きさは、電気回路を含んで3×3×1cmと小さく、また、その動作は安定しているという特徴がある。このような小型の受光素子28を使用するので、測定装置を小型化でき、インライン測定に使用できる。これに対し、光像倍管を用いる市販の紫外分光測定装置は、冷却などを必要とするため寸法が大きく、また、しばしば較正しなければならない。また大きな容積から酸素を排気するための真空モータなども必要となる。このため、市販の紫外分光測定装置はインライン測定に使用できなかった。
【0021】
グレーティングミラー24の代わりに、バンドパスミラーを用いてもよい。バンドパスミラーとは、設計波長より短波長の光を反射し、長波長の光を透過するミラーをいう。図5に示される例では、上部に5種のフィルタ40,42,44,46,48の透過率を示している。第1のフィルタ40は、180nm以下の波長の光を反射し183nm以上の波長の光を透過する。第2のフィルタ42は、185nm以下の波長の光を反射し188nm以上の波長の光を透過する。第3のフィルタ44は、190nm以下の波長の光を反射し193nm以上の波長の光を透過する。第4のフィルタ46は、195nm以下の波長の光を反射し198nm以上の波長の光を透過する。第5のフィルタ48は、200nm以下の波長の光を反射し203nm以上の波長の光を透過する。図6に示すように、それらのフィルタを組み合わせ、光路を選択的に切り換えることにより、特定の波長の光を順次サンプルに照射できる。具体的には、これらの5種のフィルタ40〜48を順次並べて、第1のフィルタを透過した光を第2のフィルタに入射させ、第2のフィルタを透過した光を第3のフィルタに入射させる。以下同様に入射と反射を行う。これにより5種のバンド透過特性を実現できる。すなわち、180nm以下の波長の光を透過するバンドパス光路、183〜185nmの波長の光を透過するバンドパス光路、188〜190nmの波長の光を透過するバンドパス光路、193〜195nmの波長の光を透過するバンドパス光路、198〜200nmの波長の光を透過するバンドパス光路を形成できる。また、図6に示す構成では、5種のフィルタ40〜48をそれぞれ2枚用い、各測定光を同一設計のフィルタで2回反射(透過)させることにより、分光性能を向上している(透過率5%×5%=0.25%)。さらに、光路中に、選択的に光路をスイッチする位置に設けた開口部50(図6では1個のみを示す)を有する円板52を挿入し、円板52を回転することにより、測定波長を選択(切り替え)する。
【0022】
図7は、紫外分光測定装置のデータ処理部を示す。上述の受光素子28から入力される電気信号は、フローセル14の透過光の強度信号である。増幅器60は、受光素子28から入力された強度信号を増幅し、A/D変換器62は、増幅器60から出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換する。濃度演算部64は、この透過光強度のデジタル信号を基に、各成分の濃度を演算する。濃度演算部64は、たとえばCPU66を備えるパーソナルコンピュータである。CPU66には、プログラム等を記憶するROM68、ワークエリアであるRAM70、データや各種命令を入力するキーボード、マウスなどの入力装置72および外部に信号を出力する出力装置74、各種プログラムやデータを記憶する補助記憶装置であるハードディスクドライブ76などが接続されている。ROM68は、CPU66を動作させるためのプログラム等を格納している。RAM70は、検量線式や各種データを記憶している。CPU66は、入力されたデジタル信号から各波長での吸光度を演算し、演算した各波長の光の吸光度から検量線式を用いて、薬液中の酸の濃度を演算する。出力装置74は、データ処理の結果を出力するプリンタ、ディスプレイ、データ出力インタフェース等である。
【0023】
濃度演算部64では、A/D変換器62からデジタル信号である透過光強度信号を受け取り、それから各波長の紫外線の吸光度を演算する。そして、演算した各波長の紫外線の吸光度と、あらかじめ記憶されている検量線式とに基づいて、過酢酸、酢酸および過酸化水素の3成分の濃度を演算する。検量線式は、それらの濃度が既知の複数のサンプルについて複数波長の光の吸光度を測定して、吸光度と各成分の濃度との間の定数項を含む吸光度の多次多項式を用いて多変量解析法により予め求められている。
【0024】
図8は、希釈装置80を組み合わせたインライン測定のためのサンプリング部を示す。このサンプリング部は、殺菌洗浄剤のように紫外吸収が大きいサンプルに用いる。殺菌洗浄剤の水溶液の槽(図示しない)からのサンプル循環ライン82から一部をバイパスライン84にバイパスしてサンプル液を導入し、次に、希釈装置80でサンプル液に純水を混入して1/10に希釈する。そして、希釈したサンプルを紫外分光測定装置のフローセル14に導入する。測定後のサンプルは、上述の漕に戻して循環利用するか、または、排水する。測定サンプルは、不純物で汚染されることはないので、循環利用が可能である。サンプルを槽に戻して再使用する場合は、殺菌洗浄剤を構成する各成分の原液を、槽内の殺菌洗浄剤の濃度が薄くならないように計算された量だけ追加する。すなわち、測定のために濃度を薄めた場合でも、元に戻す場合にそれを補正することは可能である。
【0025】
上述の測定装置を用いて、遠紫外域で吸光度を測定した。図9は、(a)0.02重量%の過酸化水素水溶液、(b)希釈された混酸(0.01重量%の過酢酸、0.02重量%の過酸化水素、0.05重量%の酢酸を含む希釈殺菌洗浄剤)の180〜200nmの波長での吸光度を示す。この図は、殺菌洗浄剤中の過酢酸が190nm以下の短波長域で過酸化水素に比べて大きな吸収を示すことを示している。これは、図1と図2に基づく上述の予測に対応している。
【0026】
図10と図11は、CPU66による濃度演算処理のフローを示す。まず、既知濃度のサンプルの測定が開始されると(S10)、A/D変換器62から複数波長での光強度データを入力する(S12)。そして、光強度データから吸光度を演算して記憶する(S14)。次の既知濃度のサンプルがあれば(S16でYES)、上述の処理を繰返す。次の既知濃度のサンプルがなければ(S16でNO)、吸光度と濃度との間の検量線式を演算し(S18)、RAM50に記憶する(S20)。
【0027】
次に、未知濃度のサンプルの測定が開始されると(S22)、A/D変換器62から複数波長での光強度データを入力する(S24)。そして、光強度データから吸光度を演算する(S26)。そして、吸光度と検量線式から濃度を演算し(S28)、RAM70に記憶する(S30)。ここで測定終了か否かを判断し(S32)、終了でなければ、ステップ24に戻り、濃度測定を続ける。
【0028】
図10に示すCPU66の処理における光強度データの処理の手法は、近赤外波長域での分光測定に用いられた、本出願人による特開平6−265471号公報に記載されたものと同様である。データ処理の具体的な内容を以下に説明する。
【0029】
まず、入力された光強度のデジタル信号に対して、次の式(1)による演算処理を実行し、吸光度Aiを演算する。
【数1】
この式において、iは、分光される複数の紫外線波長の順番ないし番号(たとえば、1〜7)であり、Riは、測定対象である酸溶液のi番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)であり、Biは、フローセル14内に導入された基準濃度の酸溶液の、i番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)であり、Diは、フローセル14を遮光したときのi番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)である。なお、BiおよびDiは、あらかじめ測定されているデータであり、データ処理装置のRAM50に格納されている。
【0030】
次に、式(1)による演算処理により得られた吸光度Aiに、次の式(2)の変換を行う。
【数2】
【0031】
式(2)の変換を行う理由は以下のとおりである。式(1)により演算される吸光度Aiは、紫外線ランプ10の発光強度の変動や、受光素子28の感度変動や、光学系のひずみなどにより変化する。しかし、この変化はあまり波長依存性はなく、各波長の紫外線についての各吸光度データに同相、同レベルで重畳する。したがって、式(2)のように、各波長の間の差をとることにより、この変化を相殺できる。
【0032】
なお、酸溶液自体の温度変動による吸光度Aiの変動や劣化とともに、色の変動や濁りの増加による変動なども発生するが、これらの変動は、よく知られた方法(たとえば特開平3−209149号公報参照)で除去できるので、その説明は省略する。
【0033】
次に、式(2)により得られたSiに基づいて、過酢酸含有薬液における3成分(過酢酸、酢酸と過酸化水素)について、次の式(3)〜式(5)の演算を行い、過酢酸の含有量(濃度)C1と、酢酸の含有量(濃度)C2と、過酸化水素の含有量(濃度)C3を演算する。
【数3】
【数4】
【数5】
【0034】
式(3)において、F(Si)は、過酢酸の検量線式であり、Siについての1次項および高次項を含むとともに、SiとSi+1またはその高次項の積であるクロス項および定数項を含み、たとえば、次の式(6)で表される。
【数6】
式(6)において、SiとSi+1は式(1)と式(2)により得られたデータであり、α、βおよびγは検量線式の係数であり、Z0は定数項である。式(6)に含まれる各データは、過酢酸、酢酸および過酸化水素の濃度が既知の酸溶液の標準サンプルを用いて濃度測定部64による測定によりあらかじめ求められたものであり、濃度演算部64のRAM70に格納されている。
【0035】
また、式(4)と式(5)において、G(Si)とH(Si)はそれぞれ酢酸の検量線式と過酸化水素の検量線式であって、いずれも式(6)と同様の形式の式である。これらの検量線式も、過酢酸の検量線式と同様に、過酢酸、酢酸及び過酸化水素の濃度が既知の酸溶液の標準サンプルを用いてあらかじめ求められたものであり、濃度演算部64のRAM70に格納されている。
【0036】
つまり、この酸溶液中の過酢酸、酢酸及び過酸化水素の濃度の測定においては、波長が180〜220nmの紫外線を、内部に酸溶液が導入されたフローセル14に照射し、フローセル14を透過(または反射)した紫外線を受光素子28に入射させ、受光素子28から出力される紫外線の透過光量(または反射光量)に対応する信号に基づいて、複数の波長の紫外線の吸収量をそれぞれ演算する。以上では、3成分の濃度を求める場合について説明したが、2成分、4成分などの場合も同様に処理できる。
【0037】
次に、過酢酸を含む複数成分の水溶液の中の複数成分の濃度の測定について説明する。そのような水溶液は、1例では、殺菌、洗浄などに用いられる過酢酸含有薬液である。エコラボ(株)製の薬剤(アクティブ90)を純水、過酸化水素水または過酢酸で希釈して、19個の既知濃度の試験溶液を作成した。アクティブ90は、8.6重量%過酢酸、23重量%酢酸、22重量%過酸化水素水及び純水からなる。得られた試験溶液は、0.15〜0.40重量%の過酢酸、0.20〜1.50重量%の過酸化水素および0.20〜1.50重量%の酢酸を含む。それらの濃度(真値)は滴定法で決定した。
【0038】
表1 試験溶液の組成
【表1】
【0039】
上述の紫外線分光測定装置において、まず、フローセル14に純水を流し、背景スペクトルを測定した。次に、試験溶液を希釈装置80で純水で10倍に希釈し、フローセル14に5ml/分の速度で流し、遠紫外線スペクトルを測定した。ここで、各サンプルは、約1分間流して前のサンプルと置換したのちに測定を行った。なお、サンプルの温度は25℃に保たれた。
【0040】
図12は、上述の19個の試験溶液の180〜220nmの波長域での紫外スペクトルを示す。図12から分かるように、これらの試験溶液の紫外スペクトルの波長依存性は互いにはっきりと異なっている。それは、3成分すなわち過酢酸、酢酸および過酸化水素水のスペクトルが異なるためである。すなわち、図9に示したように、過酢酸の紫外吸収スペクトルの吸収極大は180nmより低い波長にあり、吸光度は波長が短くなっていくと急激に増大する。また、図1に示したように、酢酸の紫外吸収スペクトルは、約205nmに吸収のピークがあり、また、過酸化水素水の吸収スペクトルは、過酢酸と同様に180nm以下にピークがあるが、吸収は緩やかに増大する。
【0041】
この3成分系の紫外スペクトルデータの解析において、上述の多重線形回帰法を採用した。遠紫外域で7波長(182,185,187.5,190,200,205,210nm)を選択し、3成分の濃度を予測する較正モデル(検量線)を作成した。
【0042】
図13aは、0〜0.02重量%の濃度の過酢酸についての真値と予測値の対応を示すグラフであり、図13bは、0〜0.15重量%の過酸化水素についての真値と予測値の対応を示すグラフであり、図13cは、0〜0.15重量%の酢酸についての真値と予測値の対応を示すグラフである。いずれの場合も非常によい一致が観測された。相関係数と標準予測誤差は、過酢酸について、0.969と0.002重量%であり、過酸化水素について、0.997と0.003重量%であり、酢酸について、0.967と0.01重量%であった。これより、過酢酸が0.002重量%の精度で測定できることが分かる。この分光測定法で、このように過酸化水素と過酢酸の定量精度が非常に高まったのは、190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用できるためである。
【0043】
なお、200nm以下の波長域では、使用中に酸液中に含まれてくる多くの無機及び有機化合物のスペクトル干渉による悪影響が懸念される。また、水溶液に溶け込む酸素は200nmより下で吸収バンドを示すが、大気圧下では約8ppmと少ないので、影響は無視できると考えられるが、この仮定が正しいかを確認する必要もある。そこで、図14に示すように、(a)新しく希釈した殺菌液の吸光度と(b)使用後の殺菌廃液の170〜300nmでの吸光度を測定した。測定は、鋭いピークを逃さないため、0.1nmの分解能で行った。図14のデータより、この波長域では、汚染物に由来するピークは存在しないことがわかった。(a)と(b)の2つの場合のスペクトルの違いは、過酸化水素による250nm以下での広い吸収の増加によるものである。なぜなら、実際に使用中の殺菌液では、時間経過と共に生じる過酢酸の減少を補うため濃い殺菌液が追加されるので、過酢酸の濃度は一定に保たれているけれども、殺菌液の追加により過酸化水素の濃度は増加していくからである。
【0044】
表2は、上述の殺菌液における過酢酸、過酸化水素及び酢酸の濃度を、本実施形態による遠紫外分光測定法と滴定法で決定したデータを示す。2種の測定法による結果を比較すると、よく一致しているので、遠紫外分光測定法が非常に有用であることを示している。
【0045】
表2 新しく希釈した殺菌液と使用後の殺菌廃液における濃度測定の結果
【表2】
【0046】
なお、紫外線を照射すると水溶液中で過酢酸と過酸化水素の分解を生じるので、以下の実験を行って分光分析への紫外線照射の影響を確かめた。まず、キュベットセルを純水で満たしてゼロ較正を行った。次に、0.02重量%の過酢酸、0.11重量%の過酸化水素及び0.06重量%の酢酸を含む水溶液をセルに入れて、50Wの重水素ランプを用いて紫外線で3分間照射した。ここで、過酢酸と過酸化水素の濃度を5秒ごとに測定した。図15は、その測定結果を示す。まず、182nmの測定波長で吸光度を5秒間隔で3分間測定した。さらに、他の6波長でも、同様に、セル中のサンプルを置き換えて測定した。このデータは、分解が30秒後に始まることを示している。したがって、前述の測定で用いている5ml/分の流速では、フローセルを通るとき紫外線にさらされる時間は15秒より短いので、インライン測定において紫外線照射によるサンプルの分解はほとんど無視できることがわかった。
【0047】
なお、上述の例では、過酢酸と過酸化水素水と酢酸の3成分混合水溶液について測定しているが、上述の紫外線分光測定装置及び方法は、一般に過酢酸を含む複数成分を含む水溶液の濃度測定に使用できることはいうまでもない。高精度の測定が可能になったのは、190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用できるためであり、過酢酸以外の成分を限定するものではない。
【0048】
以上に説明したように、過酢酸を含む水溶液の遠紫外光学測定において、水溶液中の複数成分の濃度が同時に定量的に測定できた。この方法は、非常に単純であり、分光測定と解析が速く行える。また、たとえば、過酢酸の検出限度は0.002重量%であり、過酸化水素の検出限度は0.003重量%であり、酢酸の検出限度は0.01重量%であった。過酸化水素の濃度は、希釈のため0.2重量%以下にする必要があったが、希釈装置を用いて自動的に測定を行えた。また、測定装置を小型化でき、また、インライン測定にも使用できた。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】(a)1.7重量%の酢酸水溶液、(b)0.2重量%の過酸化水素水溶液、および、(c)希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤の紫外域での吸光度のグラフ
【図2】図1の吸光度の2次微分のグラフ
【図3】濃度測定部の構成の1例を示す図
【図4】フローセルの図
【図5】バンドパスミラーの動作を説明する図
【図6】バンドパスミラーの構成を示す図
【図7】濃度演算部のブロック図
【図8】希釈装置を組み合わせたインライン測定装置の図
【図9】(a)0.02%の過酸化水素と(b)希釈された殺菌消毒液の吸光度のグラフ
【図10】マイクロプロセッサのデータ処理のフローチャート
【図11】マイクロプロセッサのデータ処理のフローチャート
【図12】複数の過酢酸試料について紫外領域におけるスペクトルのグラフ
【図13a】0〜0.02重量%の過酢酸について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図13b】0〜0.15重量%の過酸化水素について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図13c】0〜0.15重量%の酢酸について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図14】(a)新しく希釈した殺菌液の吸光度と、(b)殺菌廃液の吸光度のグラフ
【図15】紫外線照射中のサンプルにおける過酢酸と過酸化水素の分解のグラフ
【符号の説明】
【0050】
10 紫外光源、 14 フローセル、 18 単色グレーティング分光器、 26 受光素子、 64 濃度演算部、 66 CPU、 68 ROM、 70 RAM、 80 希釈装置。
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液における濃度の光学的測定に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水溶液中の成分の濃度の測定は種々の用途で必要である。殺菌、洗浄などの用途において酸溶液(薬液)が使用されるが、たとえば過酢酸含有薬剤が医療器、食品容器などの殺菌、洗浄用に使用される。そのような酸溶液を使用する工程において、酸溶液の管理のため、酸溶液の濃度の測定が行われる。過酢酸含有薬剤の中の過酢酸と過酸化水素水の濃度を高精度で測定する方法としては、主として、ヨウ素滴定法、電気化学センサーを用いた分析、電気伝導度法が用いられている(例えば特開平6−130051号公報、特開平4−45798号公報、特開2001−13102号公報参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平6−130051号公報
【特許文献2】特開平4−45798号公報
【特許文献3】特開2001−13102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、酸溶液の濃度の監視のためにヨウ素滴定法、電気化学センサーを用いた分析、電気伝導度法などが用いられている。しかし、ヨウ素滴定法は、サンプルとなる過酢酸含有薬液に試薬を加えるので、採取した酸溶液を実使用できない。さらに、濃度を瞬時に測定できないので、洗浄、殺菌現場などでのインライン使用には不向きである。また、電気化学センサー法は、瞬時の測定には適しているが、実際の測定においては緩衝液を使用し、酸溶液と混合した後に測定を行っていることから、全く酸溶液を変質させていないとは言い難い。したがって、酸溶液中の酸の濃度を、酸溶液を変質させること無く、非接触で、精度よく決定できることが望ましい。また、インライン使用を可能にすることが望ましい。
【0005】
この発明の目的は、水溶液の酸濃度の新規の測定方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的のため、発明者らは紫外分光に着目した。
本発明に係る過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定方法では、(1)既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。この測定を複数のサンプルについて繰返す。そして、(2)前記の複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求める。次に、(3)測定対象の過酢酸を含む水溶液を前記のセルに導入し、セル中の水溶液に対して前記の異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定する。そして、(4)強度値から吸光度を演算し、吸光度と前記検量線式を用いて、前記水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する。たとえば、前記の複数成分は、過酢酸、過酸化水素および酢酸である。また、前記の紫外波長域は、たとえば、180〜210nmである。
【0007】
本発明に係る濃度測定装置は、過酢酸を含む複数成分の水溶液を導入するセルと、190nm以下の波長を含む紫外波長域の光(たとえば180〜210nmの波長域の光)をセルに照射する光源と、セルからの透過光の光強度を5nm以下で0.2nmより大きい波長分解能で検出する受光素子(たとえばダイヤモンド薄膜センサ)と、光源から受光素子までの光路において、190nm以下の波長を含む異なる波長に光を分光する分光素子とを備える。
【0008】
前記の濃度測定装置において、好ましくは、前記の分光素子は、それぞれ異なる設計波長より短波長を反射し、その設計波長より長波長を透過する複数のフィルタからなり、これらの複数のフィルタを光路中に設計波長の順に並べ、いずれかのフィルタから反射される特定波長の光を選択して出射することを特徴とする、請求項4または5に記載された濃度測定装置。
【0009】
前記の濃度測定装置は、好ましくは、さらに、前記の過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度との関係を示す検量線式を記憶する記憶手段と、前記の受光素子が出力する光強度信号から吸光度を演算し、前記の吸光度から前記検量線式に基づいて過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する濃度演算手段とを備える。
【0010】
前記の濃度測定装置において、好ましくは、前記のセルは、サンプルが連続的に導入されるフローセルであり、前記の濃度測定装置は、さらに、フローセルに導入されるサンプルを水で希釈する希釈装置を備える。
【発明の効果】
【0011】
190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用するので、紫外波長域での分光測定を用いて、水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を、水溶液を変質させること無く、非接触で、精度よく定量できる。
また、濃度を短時間に精度よく決定できるので、フローセルを用いることにより、インライン測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、発明の実施の形態を添付の図面を参照して具体的に説明する。
【0013】
昨今、ペットボトル飲料の無菌充填システムで利用されている過酢酸系殺菌洗浄剤は、その精製上必ず過酢酸と過酸化水素水と酢酸の3成分混合水溶液として利用される。殺菌洗浄剤中の過酢酸濃度をインラインで正確に測定できる装置の実現が望まれているが、従来検討されていた方法では、過酢酸系殺菌洗浄剤中の過酢酸濃度を混合成分の1つである過酸化水素に影響されずに測定することが難しかった。また、インラインでサンプルを連続供給して、連続的に濃度を測定する装置も実用化されていなかった。
【0014】
発明者らは、各種水溶液の濃度についての紫外分光測定の可能性を検討するため、図1と図2に示すように各種水溶液について紫外分光データを測定した。ここで、酢酸水溶液、過酸化水素水溶液のほか、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤も測定対象とした。図1は、(a)1.7重量%の酢酸水溶液、(b)0.2重量%の過酸化水素水溶液、および、(c)希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤(0.86重量%の過酢酸、0.23重量%の過酸化水素、0.22重量%の酢酸を含むアクティブ90)の紫外域での吸光度を示す。また、図2は、図1に示した吸光度の2次微分を示す。この吸光度測定では、190nm以上の紫外域を測定する市販の分光測定装置(島津製作所の紫外可視分光計UV−2550)を用いた。セルとして、光路長10mmのキュベットセルを用いた。これらの水溶液は約300nm以下で大きな吸収を生じることが分かり、紫外分光測定により水溶液中の各種成分の濃度が測定できた。
【0015】
従来は、上述の殺菌洗浄剤において過酢酸の濃度を測定するために紫外吸収スペクトルを用いることは注目されていなかった。その理由は、市販の紫外分光計で測定される紫外域では、過酢酸の吸収バンドが0.2重量%以下の濃度では吸光係数が非常に小さいため、また、実際の殺菌洗浄剤では、典型的な濃度範囲は過酢酸では0.1〜0.2重量%であり過酸化水素では0.5〜2.0重量%であるため、過酢酸の紫外域での吸収が、共存する大量の過酸化水素により干渉されるためである。しかし、図1と図2のデータより、過酢酸による特性吸収バンドが190nmより下にあることが推測される。なぜなら、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤のデータ(c)において、過酸化水素による吸収の強度は(b)のように波長が短くなるにつれ増大し、かつ、酢酸の吸収の強度は(a)のように205nm付近に吸収のピークを生じ波長がさらに短くなると小さくなるので、図1と図2において、希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤の吸収の強度が波長が短くなるにつれ大きくなる傾向を過酸化水素や酢酸に帰することはできないからである。したがって、これらのデータは、過酢酸を含む水溶液における過酢酸成分などの測定の定量精度が190nmより低い波長域まで分光測定することにより大きく改善されることを示唆している。
【0016】
そこで、発明者らは、190nm以下の波長域でも分光測定が可能な紫外分光測定装置を開発し、過酢酸、過酸化水素及び酢酸を含む過酢酸系殺菌洗浄剤の遠紫外スペクトルを測定して、過酢酸は、190nm以下の紫外域で急激な吸収バンドを生じるのに対し、過酸化水素は、紫外域で緩やかな吸収バンドを生じることを見出した。そして、その分光分析の結果からそれらの3成分の濃度をすべて同時に精度よく定量できることを見出した。具体的には、この装置は、たとえば175〜280nmの遠紫外域で測定可能であるが、使用する波長域は180〜210nmで充分であった。また、190nm以下の波長で吸収が大きくなるけれども、0.5mmの光路長のセルで測定できることがわかった。
【0017】
図3は、発明者らが製作した紫外分光測定装置のうち、分光測定を行う分光部の構成を示す。市販の紫外線分光測定装置は190nm〜350nmの範囲の波長の光を測定できるが、この紫外分光測定装置は、180〜220nmの遠紫外領域で分光測定ができる。また、紫外分光測定において、0.5nm以下の解像度をもつ光増倍管を用いなくても、5nm以下の波長分解能のセンサーを用いて濃度が高精度で測定できることがわかった。この測定装置は、構成が単純で、小型で安価に作製できる。また、測定時間は30秒以下にすることが可能であり、インラインでの連続測定に適している。
【0018】
紫外分光測定装置についてさらに説明すると、紫外光源10として、180〜220nmの分光領域で透明な窓を備える重水素ランプを用いる。紫外光源10により発生される遠紫外光は、集光レンズ(MgF2レンズ)12によって集光され、フローセル(光吸収セル)14を照射する。フローセル14内には、サンプルされた水溶液が導入される。フローセル14を透過した遠紫外光は、スリット16を通って単色グレーティング分光器18に入る。ここで、透過光は、ミラー20aとコリメートミラー22で反射されたのち、グレーティングミラー(分光素子)24で拡散され、さらにコリメートミラー22ともう1つのミラー20bで反射されたのち、スリット26を通って紫外光受光素子28に入射する。200nm以下の波長の紫外光を効率よく分離できる干渉フィルタを製造することは困難なので、ここでは分光素子としてグレーティングミラー24を用いた。グレーティングミラー24の溝のピッチは2400/mmであり、ブレーズ波長は250nmである。グレーティングミラー24は、波長を変えるため回転ステージ(図示しない)の上に置かれる。紫外光受光素子28は、入射された紫外線を、その強度に対応する光電流に変換する。180〜220nmの波長域でスペクトルを測定するのに要する時間は30秒と短く、インラインでのリアルタイム測定が可能である。上述の光学系は、気密容器28内に収容されていて、容器30内に窒素ガスまたはアルゴンガスを、たとえば0.1リットル/分の流量で、入口32から導入し、出口34から排出する。このガス導入は、容器28内の光学系から酸素ガスを排除するためであり、これにより酸素ガスによる紫外域での吸収の影響をなくす。
【0019】
図4に示すように、フローセル14内の流路14aには、図示しない測定対象の水溶液からのサンプル液が導入される。なお、図4は、図3の紙面に垂直な断面を示している。このようなフローセルを用いることにより、インラインで連続的に濃度測定が行える。フローセル14の光路長は、遠紫外領域での吸収が大きいため、0.5mmと短くした。なお、フローセル内の水溶液の侵入の深さに照射される光の透過率は182nmの波長で約45%である。
【0020】
この装置で使用する受光素子28は、ダイヤモンド薄膜センサであり、エキシマレーザの照度測定などに使用されているものである。0.6mmのスリット24とダイヤモンド薄膜センサを用いて約5nmの波長解像度で測定する。この解像度は、市販の紫外分光測定装置に用いられる光増倍管(0.5nm以下の解像度)に比べて1桁のオーダで劣っている。しかし、測定対象の過酢酸などの吸収バンドが広く、また吸収バンドの肩部で測定するため、この測定ではそのような高解像度は必要でない。また、受光素子28の大きさは、電気回路を含んで3×3×1cmと小さく、また、その動作は安定しているという特徴がある。このような小型の受光素子28を使用するので、測定装置を小型化でき、インライン測定に使用できる。これに対し、光像倍管を用いる市販の紫外分光測定装置は、冷却などを必要とするため寸法が大きく、また、しばしば較正しなければならない。また大きな容積から酸素を排気するための真空モータなども必要となる。このため、市販の紫外分光測定装置はインライン測定に使用できなかった。
【0021】
グレーティングミラー24の代わりに、バンドパスミラーを用いてもよい。バンドパスミラーとは、設計波長より短波長の光を反射し、長波長の光を透過するミラーをいう。図5に示される例では、上部に5種のフィルタ40,42,44,46,48の透過率を示している。第1のフィルタ40は、180nm以下の波長の光を反射し183nm以上の波長の光を透過する。第2のフィルタ42は、185nm以下の波長の光を反射し188nm以上の波長の光を透過する。第3のフィルタ44は、190nm以下の波長の光を反射し193nm以上の波長の光を透過する。第4のフィルタ46は、195nm以下の波長の光を反射し198nm以上の波長の光を透過する。第5のフィルタ48は、200nm以下の波長の光を反射し203nm以上の波長の光を透過する。図6に示すように、それらのフィルタを組み合わせ、光路を選択的に切り換えることにより、特定の波長の光を順次サンプルに照射できる。具体的には、これらの5種のフィルタ40〜48を順次並べて、第1のフィルタを透過した光を第2のフィルタに入射させ、第2のフィルタを透過した光を第3のフィルタに入射させる。以下同様に入射と反射を行う。これにより5種のバンド透過特性を実現できる。すなわち、180nm以下の波長の光を透過するバンドパス光路、183〜185nmの波長の光を透過するバンドパス光路、188〜190nmの波長の光を透過するバンドパス光路、193〜195nmの波長の光を透過するバンドパス光路、198〜200nmの波長の光を透過するバンドパス光路を形成できる。また、図6に示す構成では、5種のフィルタ40〜48をそれぞれ2枚用い、各測定光を同一設計のフィルタで2回反射(透過)させることにより、分光性能を向上している(透過率5%×5%=0.25%)。さらに、光路中に、選択的に光路をスイッチする位置に設けた開口部50(図6では1個のみを示す)を有する円板52を挿入し、円板52を回転することにより、測定波長を選択(切り替え)する。
【0022】
図7は、紫外分光測定装置のデータ処理部を示す。上述の受光素子28から入力される電気信号は、フローセル14の透過光の強度信号である。増幅器60は、受光素子28から入力された強度信号を増幅し、A/D変換器62は、増幅器60から出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換する。濃度演算部64は、この透過光強度のデジタル信号を基に、各成分の濃度を演算する。濃度演算部64は、たとえばCPU66を備えるパーソナルコンピュータである。CPU66には、プログラム等を記憶するROM68、ワークエリアであるRAM70、データや各種命令を入力するキーボード、マウスなどの入力装置72および外部に信号を出力する出力装置74、各種プログラムやデータを記憶する補助記憶装置であるハードディスクドライブ76などが接続されている。ROM68は、CPU66を動作させるためのプログラム等を格納している。RAM70は、検量線式や各種データを記憶している。CPU66は、入力されたデジタル信号から各波長での吸光度を演算し、演算した各波長の光の吸光度から検量線式を用いて、薬液中の酸の濃度を演算する。出力装置74は、データ処理の結果を出力するプリンタ、ディスプレイ、データ出力インタフェース等である。
【0023】
濃度演算部64では、A/D変換器62からデジタル信号である透過光強度信号を受け取り、それから各波長の紫外線の吸光度を演算する。そして、演算した各波長の紫外線の吸光度と、あらかじめ記憶されている検量線式とに基づいて、過酢酸、酢酸および過酸化水素の3成分の濃度を演算する。検量線式は、それらの濃度が既知の複数のサンプルについて複数波長の光の吸光度を測定して、吸光度と各成分の濃度との間の定数項を含む吸光度の多次多項式を用いて多変量解析法により予め求められている。
【0024】
図8は、希釈装置80を組み合わせたインライン測定のためのサンプリング部を示す。このサンプリング部は、殺菌洗浄剤のように紫外吸収が大きいサンプルに用いる。殺菌洗浄剤の水溶液の槽(図示しない)からのサンプル循環ライン82から一部をバイパスライン84にバイパスしてサンプル液を導入し、次に、希釈装置80でサンプル液に純水を混入して1/10に希釈する。そして、希釈したサンプルを紫外分光測定装置のフローセル14に導入する。測定後のサンプルは、上述の漕に戻して循環利用するか、または、排水する。測定サンプルは、不純物で汚染されることはないので、循環利用が可能である。サンプルを槽に戻して再使用する場合は、殺菌洗浄剤を構成する各成分の原液を、槽内の殺菌洗浄剤の濃度が薄くならないように計算された量だけ追加する。すなわち、測定のために濃度を薄めた場合でも、元に戻す場合にそれを補正することは可能である。
【0025】
上述の測定装置を用いて、遠紫外域で吸光度を測定した。図9は、(a)0.02重量%の過酸化水素水溶液、(b)希釈された混酸(0.01重量%の過酢酸、0.02重量%の過酸化水素、0.05重量%の酢酸を含む希釈殺菌洗浄剤)の180〜200nmの波長での吸光度を示す。この図は、殺菌洗浄剤中の過酢酸が190nm以下の短波長域で過酸化水素に比べて大きな吸収を示すことを示している。これは、図1と図2に基づく上述の予測に対応している。
【0026】
図10と図11は、CPU66による濃度演算処理のフローを示す。まず、既知濃度のサンプルの測定が開始されると(S10)、A/D変換器62から複数波長での光強度データを入力する(S12)。そして、光強度データから吸光度を演算して記憶する(S14)。次の既知濃度のサンプルがあれば(S16でYES)、上述の処理を繰返す。次の既知濃度のサンプルがなければ(S16でNO)、吸光度と濃度との間の検量線式を演算し(S18)、RAM50に記憶する(S20)。
【0027】
次に、未知濃度のサンプルの測定が開始されると(S22)、A/D変換器62から複数波長での光強度データを入力する(S24)。そして、光強度データから吸光度を演算する(S26)。そして、吸光度と検量線式から濃度を演算し(S28)、RAM70に記憶する(S30)。ここで測定終了か否かを判断し(S32)、終了でなければ、ステップ24に戻り、濃度測定を続ける。
【0028】
図10に示すCPU66の処理における光強度データの処理の手法は、近赤外波長域での分光測定に用いられた、本出願人による特開平6−265471号公報に記載されたものと同様である。データ処理の具体的な内容を以下に説明する。
【0029】
まず、入力された光強度のデジタル信号に対して、次の式(1)による演算処理を実行し、吸光度Aiを演算する。
【数1】
この式において、iは、分光される複数の紫外線波長の順番ないし番号(たとえば、1〜7)であり、Riは、測定対象である酸溶液のi番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)であり、Biは、フローセル14内に導入された基準濃度の酸溶液の、i番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)であり、Diは、フローセル14を遮光したときのi番目の波長の紫外線の透過強度値(または反射強度値)である。なお、BiおよびDiは、あらかじめ測定されているデータであり、データ処理装置のRAM50に格納されている。
【0030】
次に、式(1)による演算処理により得られた吸光度Aiに、次の式(2)の変換を行う。
【数2】
【0031】
式(2)の変換を行う理由は以下のとおりである。式(1)により演算される吸光度Aiは、紫外線ランプ10の発光強度の変動や、受光素子28の感度変動や、光学系のひずみなどにより変化する。しかし、この変化はあまり波長依存性はなく、各波長の紫外線についての各吸光度データに同相、同レベルで重畳する。したがって、式(2)のように、各波長の間の差をとることにより、この変化を相殺できる。
【0032】
なお、酸溶液自体の温度変動による吸光度Aiの変動や劣化とともに、色の変動や濁りの増加による変動なども発生するが、これらの変動は、よく知られた方法(たとえば特開平3−209149号公報参照)で除去できるので、その説明は省略する。
【0033】
次に、式(2)により得られたSiに基づいて、過酢酸含有薬液における3成分(過酢酸、酢酸と過酸化水素)について、次の式(3)〜式(5)の演算を行い、過酢酸の含有量(濃度)C1と、酢酸の含有量(濃度)C2と、過酸化水素の含有量(濃度)C3を演算する。
【数3】
【数4】
【数5】
【0034】
式(3)において、F(Si)は、過酢酸の検量線式であり、Siについての1次項および高次項を含むとともに、SiとSi+1またはその高次項の積であるクロス項および定数項を含み、たとえば、次の式(6)で表される。
【数6】
式(6)において、SiとSi+1は式(1)と式(2)により得られたデータであり、α、βおよびγは検量線式の係数であり、Z0は定数項である。式(6)に含まれる各データは、過酢酸、酢酸および過酸化水素の濃度が既知の酸溶液の標準サンプルを用いて濃度測定部64による測定によりあらかじめ求められたものであり、濃度演算部64のRAM70に格納されている。
【0035】
また、式(4)と式(5)において、G(Si)とH(Si)はそれぞれ酢酸の検量線式と過酸化水素の検量線式であって、いずれも式(6)と同様の形式の式である。これらの検量線式も、過酢酸の検量線式と同様に、過酢酸、酢酸及び過酸化水素の濃度が既知の酸溶液の標準サンプルを用いてあらかじめ求められたものであり、濃度演算部64のRAM70に格納されている。
【0036】
つまり、この酸溶液中の過酢酸、酢酸及び過酸化水素の濃度の測定においては、波長が180〜220nmの紫外線を、内部に酸溶液が導入されたフローセル14に照射し、フローセル14を透過(または反射)した紫外線を受光素子28に入射させ、受光素子28から出力される紫外線の透過光量(または反射光量)に対応する信号に基づいて、複数の波長の紫外線の吸収量をそれぞれ演算する。以上では、3成分の濃度を求める場合について説明したが、2成分、4成分などの場合も同様に処理できる。
【0037】
次に、過酢酸を含む複数成分の水溶液の中の複数成分の濃度の測定について説明する。そのような水溶液は、1例では、殺菌、洗浄などに用いられる過酢酸含有薬液である。エコラボ(株)製の薬剤(アクティブ90)を純水、過酸化水素水または過酢酸で希釈して、19個の既知濃度の試験溶液を作成した。アクティブ90は、8.6重量%過酢酸、23重量%酢酸、22重量%過酸化水素水及び純水からなる。得られた試験溶液は、0.15〜0.40重量%の過酢酸、0.20〜1.50重量%の過酸化水素および0.20〜1.50重量%の酢酸を含む。それらの濃度(真値)は滴定法で決定した。
【0038】
表1 試験溶液の組成
【表1】
【0039】
上述の紫外線分光測定装置において、まず、フローセル14に純水を流し、背景スペクトルを測定した。次に、試験溶液を希釈装置80で純水で10倍に希釈し、フローセル14に5ml/分の速度で流し、遠紫外線スペクトルを測定した。ここで、各サンプルは、約1分間流して前のサンプルと置換したのちに測定を行った。なお、サンプルの温度は25℃に保たれた。
【0040】
図12は、上述の19個の試験溶液の180〜220nmの波長域での紫外スペクトルを示す。図12から分かるように、これらの試験溶液の紫外スペクトルの波長依存性は互いにはっきりと異なっている。それは、3成分すなわち過酢酸、酢酸および過酸化水素水のスペクトルが異なるためである。すなわち、図9に示したように、過酢酸の紫外吸収スペクトルの吸収極大は180nmより低い波長にあり、吸光度は波長が短くなっていくと急激に増大する。また、図1に示したように、酢酸の紫外吸収スペクトルは、約205nmに吸収のピークがあり、また、過酸化水素水の吸収スペクトルは、過酢酸と同様に180nm以下にピークがあるが、吸収は緩やかに増大する。
【0041】
この3成分系の紫外スペクトルデータの解析において、上述の多重線形回帰法を採用した。遠紫外域で7波長(182,185,187.5,190,200,205,210nm)を選択し、3成分の濃度を予測する較正モデル(検量線)を作成した。
【0042】
図13aは、0〜0.02重量%の濃度の過酢酸についての真値と予測値の対応を示すグラフであり、図13bは、0〜0.15重量%の過酸化水素についての真値と予測値の対応を示すグラフであり、図13cは、0〜0.15重量%の酢酸についての真値と予測値の対応を示すグラフである。いずれの場合も非常によい一致が観測された。相関係数と標準予測誤差は、過酢酸について、0.969と0.002重量%であり、過酸化水素について、0.997と0.003重量%であり、酢酸について、0.967と0.01重量%であった。これより、過酢酸が0.002重量%の精度で測定できることが分かる。この分光測定法で、このように過酸化水素と過酢酸の定量精度が非常に高まったのは、190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用できるためである。
【0043】
なお、200nm以下の波長域では、使用中に酸液中に含まれてくる多くの無機及び有機化合物のスペクトル干渉による悪影響が懸念される。また、水溶液に溶け込む酸素は200nmより下で吸収バンドを示すが、大気圧下では約8ppmと少ないので、影響は無視できると考えられるが、この仮定が正しいかを確認する必要もある。そこで、図14に示すように、(a)新しく希釈した殺菌液の吸光度と(b)使用後の殺菌廃液の170〜300nmでの吸光度を測定した。測定は、鋭いピークを逃さないため、0.1nmの分解能で行った。図14のデータより、この波長域では、汚染物に由来するピークは存在しないことがわかった。(a)と(b)の2つの場合のスペクトルの違いは、過酸化水素による250nm以下での広い吸収の増加によるものである。なぜなら、実際に使用中の殺菌液では、時間経過と共に生じる過酢酸の減少を補うため濃い殺菌液が追加されるので、過酢酸の濃度は一定に保たれているけれども、殺菌液の追加により過酸化水素の濃度は増加していくからである。
【0044】
表2は、上述の殺菌液における過酢酸、過酸化水素及び酢酸の濃度を、本実施形態による遠紫外分光測定法と滴定法で決定したデータを示す。2種の測定法による結果を比較すると、よく一致しているので、遠紫外分光測定法が非常に有用であることを示している。
【0045】
表2 新しく希釈した殺菌液と使用後の殺菌廃液における濃度測定の結果
【表2】
【0046】
なお、紫外線を照射すると水溶液中で過酢酸と過酸化水素の分解を生じるので、以下の実験を行って分光分析への紫外線照射の影響を確かめた。まず、キュベットセルを純水で満たしてゼロ較正を行った。次に、0.02重量%の過酢酸、0.11重量%の過酸化水素及び0.06重量%の酢酸を含む水溶液をセルに入れて、50Wの重水素ランプを用いて紫外線で3分間照射した。ここで、過酢酸と過酸化水素の濃度を5秒ごとに測定した。図15は、その測定結果を示す。まず、182nmの測定波長で吸光度を5秒間隔で3分間測定した。さらに、他の6波長でも、同様に、セル中のサンプルを置き換えて測定した。このデータは、分解が30秒後に始まることを示している。したがって、前述の測定で用いている5ml/分の流速では、フローセルを通るとき紫外線にさらされる時間は15秒より短いので、インライン測定において紫外線照射によるサンプルの分解はほとんど無視できることがわかった。
【0047】
なお、上述の例では、過酢酸と過酸化水素水と酢酸の3成分混合水溶液について測定しているが、上述の紫外線分光測定装置及び方法は、一般に過酢酸を含む複数成分を含む水溶液の濃度測定に使用できることはいうまでもない。高精度の測定が可能になったのは、190nm以下の短波長域で過酢酸の濃度に依存する吸収スペクトルが急激に増加するという特性を利用できるためであり、過酢酸以外の成分を限定するものではない。
【0048】
以上に説明したように、過酢酸を含む水溶液の遠紫外光学測定において、水溶液中の複数成分の濃度が同時に定量的に測定できた。この方法は、非常に単純であり、分光測定と解析が速く行える。また、たとえば、過酢酸の検出限度は0.002重量%であり、過酸化水素の検出限度は0.003重量%であり、酢酸の検出限度は0.01重量%であった。過酸化水素の濃度は、希釈のため0.2重量%以下にする必要があったが、希釈装置を用いて自動的に測定を行えた。また、測定装置を小型化でき、また、インライン測定にも使用できた。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】(a)1.7重量%の酢酸水溶液、(b)0.2重量%の過酸化水素水溶液、および、(c)希釈された過酢酸系殺菌洗浄剤の紫外域での吸光度のグラフ
【図2】図1の吸光度の2次微分のグラフ
【図3】濃度測定部の構成の1例を示す図
【図4】フローセルの図
【図5】バンドパスミラーの動作を説明する図
【図6】バンドパスミラーの構成を示す図
【図7】濃度演算部のブロック図
【図8】希釈装置を組み合わせたインライン測定装置の図
【図9】(a)0.02%の過酸化水素と(b)希釈された殺菌消毒液の吸光度のグラフ
【図10】マイクロプロセッサのデータ処理のフローチャート
【図11】マイクロプロセッサのデータ処理のフローチャート
【図12】複数の過酢酸試料について紫外領域におけるスペクトルのグラフ
【図13a】0〜0.02重量%の過酢酸について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図13b】0〜0.15重量%の過酸化水素について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図13c】0〜0.15重量%の酢酸について真値と予測値の対応を示すグラフ
【図14】(a)新しく希釈した殺菌液の吸光度と、(b)殺菌廃液の吸光度のグラフ
【図15】紫外線照射中のサンプルにおける過酢酸と過酸化水素の分解のグラフ
【符号の説明】
【0050】
10 紫外光源、 14 フローセル、 18 単色グレーティング分光器、 26 受光素子、 64 濃度演算部、 66 CPU、 68 ROM、 70 RAM、 80 希釈装置。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定方法であって、
既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定し、この測定を複数のサンプルについて繰返し、
前記の複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求め、
測定対象の過酢酸を含む水溶液を前記のセルに導入し、セル中の水溶液に対して前記の異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定し、
強度値から吸光度を演算し、吸光度と前記検量線式を用いて、前記水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する
光学的濃度測定方法。
【請求項2】
前記の複数成分は、過酢酸、過酸化水素および酢酸であることを特徴とする請求項1に記載された濃度測定方法。
【請求項3】
前記の紫外波長域は、180〜210nmであることを特徴とする請求項1または2に記載された濃度測定方法。
【請求項4】
過酢酸を含む複数成分の水溶液を導入するセルと、
190nm以下の波長を含む紫外波長域の光をセルに照射する光源と、
セルからの透過光の光強度を5nm以下で0.2nmより大きい波長分解能で検出する受光素子と、
光源から受光素子までの光路において、190nm以下の波長を含む異なる波長に光を分光する分光素子と
を備えた濃度測定装置。
【請求項5】
前記の受光素子はダイヤモンド薄膜センサーであることを特徴とする、請求項4に記載された濃度測定装置。
【請求項6】
前記の分光素子は、それぞれ異なる設計波長より短波長を反射し、その設計波長より長波長を透過する複数のフィルタからなり、これらの複数のフィルタを光路中に設計波長の順に並べ、いずれかのフィルタから反射される特定波長の光を選択して出射することを特徴とする、請求項4または5に記載された濃度測定装置。
【請求項7】
前記の分光素子は、180〜210nmの波長域の光を分光することを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載された濃度測定装置。
【請求項8】
さらに、
前記の過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度との関係を示す検量線式を記憶する記憶手段と、
前記の受光素子が出力する光強度信号から吸光度を演算し、前記の吸光度から前記検量線式に基づいて過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する濃度演算手段と
を備えたことを特徴とする、請求項4〜7のいずれかに記載された濃度測定装置。
【請求項9】
前記のセルは、サンプルが連続的に導入されるフローセルであり、さらに、フローセルに導入されるサンプルを水で希釈する希釈装置を備えることを特徴とする、請求項4〜8のいずれかに記載された濃度測定装置。
【請求項1】
過酢酸を含む水溶液の光学的濃度測定方法であって、
既知濃度の過酢酸を含む複数成分の水溶液のサンプルをセルに導入し、セル中のサンプルに対して190nm以下の波長を含む紫外域における異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定し、この測定を複数のサンプルについて繰返し、
前記の複数のサンプルの強度値から吸光度を演算し、過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度の間の検量線式を求め、
測定対象の過酢酸を含む水溶液を前記のセルに導入し、セル中の水溶液に対して前記の異なる波長の光を透過させ、透過光の強度値を測定し、
強度値から吸光度を演算し、吸光度と前記検量線式を用いて、前記水溶液中の過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する
光学的濃度測定方法。
【請求項2】
前記の複数成分は、過酢酸、過酸化水素および酢酸であることを特徴とする請求項1に記載された濃度測定方法。
【請求項3】
前記の紫外波長域は、180〜210nmであることを特徴とする請求項1または2に記載された濃度測定方法。
【請求項4】
過酢酸を含む複数成分の水溶液を導入するセルと、
190nm以下の波長を含む紫外波長域の光をセルに照射する光源と、
セルからの透過光の光強度を5nm以下で0.2nmより大きい波長分解能で検出する受光素子と、
光源から受光素子までの光路において、190nm以下の波長を含む異なる波長に光を分光する分光素子と
を備えた濃度測定装置。
【請求項5】
前記の受光素子はダイヤモンド薄膜センサーであることを特徴とする、請求項4に記載された濃度測定装置。
【請求項6】
前記の分光素子は、それぞれ異なる設計波長より短波長を反射し、その設計波長より長波長を透過する複数のフィルタからなり、これらの複数のフィルタを光路中に設計波長の順に並べ、いずれかのフィルタから反射される特定波長の光を選択して出射することを特徴とする、請求項4または5に記載された濃度測定装置。
【請求項7】
前記の分光素子は、180〜210nmの波長域の光を分光することを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載された濃度測定装置。
【請求項8】
さらに、
前記の過酢酸を含む複数成分の濃度と吸光度との関係を示す検量線式を記憶する記憶手段と、
前記の受光素子が出力する光強度信号から吸光度を演算し、前記の吸光度から前記検量線式に基づいて過酢酸を含む複数成分の濃度を決定する濃度演算手段と
を備えたことを特徴とする、請求項4〜7のいずれかに記載された濃度測定装置。
【請求項9】
前記のセルは、サンプルが連続的に導入されるフローセルであり、さらに、フローセルに導入されるサンプルを水で希釈する希釈装置を備えることを特徴とする、請求項4〜8のいずれかに記載された濃度測定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13a】
【図13b】
【図13c】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13a】
【図13b】
【図13c】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−258491(P2006−258491A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−73628(P2005−73628)
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月15日(2005.3.15)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【Fターム(参考)】
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