説明

過酸化水素製造方法および過酸化水素製造用キット

【課題】過酸化水素を低コストで製造できる製造方法およびそれに用いるキットを提供する。
【解決手段】電子供与体・受容体連結分子と、水と、水の酸化触媒とを含む反応系の電子移動状態を生成させることにより過酸化水素を発生させる。すなわち、電子供与体・受容体連結分子A−Dの電子供与体部位Dから電子受容体部位Aへの電子移動により、電子移動状態A−D・+を生成させる。このD・+の部位が水の酸化触媒cat.から電子を奪う酸化剤として働き、生成した酸化状態cat.oxが2分子の水、2HOを酸化して酸素Oとプロトン4Hを発生させ、自身は元のcat.の状態に戻る。他方のAラジカル部位が酸素分子Oを電子移動還元してOを生成させ、電子供与体・受容体連結分子が、元のA−Dの状態に戻ると同時に、HがO−と反応してHOを生成し、HOが不均化して、酸素Oと過酸化水素Hを発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素製造方法および過酸化水素製造用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、工業用、試験研究用等の種々の用途に有用性の高い化合物である。工業的な用途としては、例えば、製紙の際のパルプ漂白、廃水処理、半導体の洗浄等、多様な用途がある。過酸化水素は、使用後は水と酸素とに分解可能である。このため、過酸化水素は、塩素系漂白剤等と異なり有害な物質を生じず、環境に対する悪影響がきわめて少ないと考えられている。したがって、近年、過酸化水素の需要は高まっている。また、よく知られているように、過酸化水素水は、オキシドール、オキシフル等の商品名で消毒・殺菌の用途に用いられており、薬用・医用等にも重要である。
【0003】
過酸化水素は、例えば、燃料としての用途も種々検討されている。過酸化水素を燃料として用いた機関としては、例えば、ヴァルター機関が知られている。ヴァルター機関とは、高濃度の過酸化水素が分解する時に発生する水蒸気や酸素を利用する熱機関の総称である。ヴァルター機関(ワルター機関)は、1933年から第二次世界大戦末期にかけてドイツでヘルムート・ヴァルター(Hellmuth Walter ワルターは英語読み)により、主として軍事用に開発された。ヴァルター機関は、燃焼用の酸素を外部から供給する必要がないため、潜水艦用の水中動力として第二次大戦中のUボートおよびロケット戦闘機などに使用された。第二次大戦後、宇宙分野では酸化剤として液体酸素を使用する液体燃料ロケットが、潜水艦では原子力潜水艦が主流となり、ヴァルター機関はあまり用いられなくなった。しかし、ヴァルター機関は、比較的シンプルなシステム構成と大出力という特長から、特殊な分野においてはしばしば適用が試みられてきた。例えば、1961年に米国ベル社のムーア技師が開発したロケットベルトは、ロケットエンジンと燃料タンクをバックパックとしてまとめ、パイロットが背負うことで飛行するという簡便な個人用飛行装置である。この飛行装置は、低温式ヴァルターロケット方式により、酸素と水蒸気の混合ガスを直接噴射し、その反動を制御してパイロットが飛行することができる。この飛行装置の実用例としては、例えば、1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックの開会式でのビル・スーパー操縦によるデモフライトが特に有名である。また、過酸化水素を用いた燃料機関の他の実用例としては、例えば、1974年、メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社が開発した磁気浮上式鉄道の実験で推進に用いられ、時速401.3kmを達成した。
【0004】
このように、過酸化水素はきわめて有用な物質でありながら、製造コスト高のためにその活用が制限されている。例えば、燃料としては、上記のように過酸化水素はきわめて有用であるが、コスト高のために、広く一般に普及するには至っていない。また、例えば、過酸化水素を用いた化学合成反応、特に有機合成反応には、ビニル重合等、重要な反応が多い。しかし、過酸化水素のコスト高のために、産業上実用化されている反応は、シクロヘキサノンオキシム合成など限られており、シェアはまだ低い。
【0005】
過酸化水素の製造方法としては、水素(H)と酸素(O)を原料とし、アントラセン誘導体の自動酸化反応を利用する方法(以下「アントラキノン法」という。)が用いられている。具体的には、例えば、2-エチルアントラヒドロキノンもしくは2-アミルアントラヒドロキノンを溶媒に溶解し、空気中の酸素と混合する。これにより、前記アントラヒドロキノン誘導体が酸化されてアントラキノン誘導体と過酸化水素が生じる。生じた過酸化水素を、イオン交換水を用いて抽出分離する。抽出分離後、混入している有機溶媒を除去し、さらに減圧蒸留して高濃度(30〜60質量%)の過酸化水素水を得る。過酸化水素と同時に生成した前記アントラキノン誘導体は、ニッケルまたはパラジウム触媒で水素還元し、アントラヒドロキノン誘導体に戻して触媒として再利用する。このアントラキノン法は、前記アントラヒドロキノン誘導体の酸化の際に側鎖が酸化されてしまう場合や、前記アントラキノン誘導体の還元の際に芳香環が還元されてしまう場合があり、適当な再生処理が必要となる。また、原料として水素を用いることも、製造コスト高の一因である。
【0006】
過酸化水素の工業的な利用量の増大等に伴い、アントラキノン法に代わる安価な製造法、精製法の研究開発が進められている。例えば、Pd/CやAu-Pd/TiO2を触媒に用いて、酸水溶液中、水素(H)と酸素(O)から直接過酸化水素を合成する方法がある。しかし、この方法には、安全性の問題がある。また、アントラキノン法と同じく、原料として水素を用いるため、製造コスト高の抜本的な解決法ではない。このように、過酸化水素のコスト高の問題は、未だ解決に至っていない。
【0007】
一方、水の酸化触媒としては、例えば、下記非特許文献1および2に記載の触媒が知られている。水の酸化触媒は、水中で酸化剤と共存させることにより、水を酸化することができる。しかし、水の酸化触媒は、学術的には非常に興味深く重要な物質であるものの、産業上利用価値は見出されていない。これは、水を酸化して得られる生成物が、大気中に普遍的に存在する酸素(O)であり、コストが見合わないためである。水の酸化触媒により水を酸化しても、過酸化水素を得ることはできなかった。過酸化水素は、前述のとおり、水素と酸素を原料として製造されており、製造コストが高い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Y. V. Geletii, B. Botar, P. Koegerler, D. A. Hillesheim, D. G. Musaev, C. L. Hill, Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 3896-3899
【非特許文献2】Andrea Sartorel, Mauro Carraro, Gianfranco Scorrano, Rita De Zorzi, Silvano Geremia, Neal D. McDaniel, Stefan Bernhard, and Marcella Bonchio, J. AM. CHEM. SOC. 2008, 130, 5006-5007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、過酸化水素を低コストで製造できる製造方法の提供を目的とする。さらに、本発明は、前記本発明の過酸化水素製造方法に用いるキットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明の製造方法は、電子供与体・受容体連結分子と、水と、水の酸化触媒とを含む反応系を準備する反応系準備工程と、前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態を生成させる電子移動状態生成工程と、前記反応系において、前記電子移動状態の前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水と、前記水の酸化触媒とを反応させて過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程とを含む、過酸化水素製造方法である。
【0011】
また、本発明のキットは、前記本発明の過酸化水素製造方法に用いる前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水の酸化触媒とを含む過酸化水素製造用キットである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法またはキットによれば、過酸化水素を低コストで製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、参考例1の無機有機複合物質の製造スキームを示す模式図である。
【図2】図2は、参考例1において、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量を示すグラフである。
【図3】図3は、参考例1で用いるために製造したAlMCM−41のXRDパターンを示すスペクトル図である。
【図4】図4は、AlMCM−41のXRDパターンを示すスペクトル図(文献値)である。
【図5】図5は、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液の拡散反射スペクトルを併せて示すグラフである。
【図6】図6は、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中、25℃(298K)における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射後のESRスペクトル図である。
【図7】図7は、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中、100℃(373K)における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射後のESRスペクトル図である。
【図8】図8は、図7のESRシグナルの減衰を示す図である。
【図9】図9は、図7と同条件における高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射および照射停止を繰り返したときのESRシグナル強度図である。
【図10】図10は、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の、高真空中25℃(298K)での高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)光照射前後における固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)を示す図である。
【図11】図11は、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に100℃(373K)で可視光照射した際の拡散反射スペクトルの減衰曲線とESRシグナル減衰曲線を併せて示す図である。
【図12】図12は、参考例2の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)の製造スキームを示す模式図である。
【図13】図13は、参考例2で用いるために製造したAlSBA−15のXRDパターンを示すスペクトル図である。
【図14】図14は、参考例2の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)の製造において、反応前の過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと、反応後の懸濁液を遠心分離した上澄み液の紫外可視吸収スペクトルを併せて示すグラフである。
【図15】図15は、図14における反応後の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)懸濁液の拡散反射スペクトルを示す図である。
【図16】図16は、参考例2の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)の拡散反射過渡吸収スペクトル図である。
【図17】図17は、参考例3−1の電子供与体・受容体連結分子溶液の紫外可視吸収スペクトルを、ゼオライト添加前と添加後で測定した結果をそれぞれ示す。
【図18】図18は、参考例3−1において、ゼオライトのスーパーケージ10個に対する前記電子供与体・受容体連結分子の数を示すグラフである。
【図19】図19は、参考例3−1の無機有機複合物質において、アセトニトリル中懸濁状態の拡散反射分光法で測定した紫外可視吸収スペクトルを示すグラフである。
【図20】図20は、参考例3−1の無機有機複合物質において固体の拡散反射分光法で測定した紫外可視吸収スペクトルを示すグラフである。
【図21】図21(a)および(b)は、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oのサイクリックボルタンメトリー測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前述のように、過酸化水素は、水素と酸素を原料として製造されており、安価に過酸化水素を製造できる方法は見出されていなかった。また、水の酸化触媒により水を酸化しても、生成物は大気中に普遍的に存在する酸素であり、水の酸化触媒に産業上利用価値は見出されていなかった。
【0015】
しかし、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、水の酸化触媒を電子供与体・受容体連結分子と組み合わせて用いると、水を原料として安価に過酸化水素を製造できることを見出し、本発明に到達した。
【0016】
本発明の製造方法において、過酸化水素発生の反応機構は必ずしも明らかではないが、例えば下記スキーム1のように推測される。下記スキーム1中、A−Dは電子供与体・受容体連結分子を示す。Aは電子受容体部位を示し、Dは電子供与体部位を示し、+は正電荷を示し、・はラジカルを示す。cat.は水の酸化触媒を示し、cat.oxは、水の酸化触媒が酸化された酸化状態を示す。
【0017】
まず、下記スキーム1に記載のとおり、電子供与体・受容体連結分子A−Dの電子供与体部位Dから電子受容体部位Aへの電子移動により、電子移動状態(電荷分離状態)A−D・+を生成させる。前記電子移動を起こす方法は特に限定されないが、例えば光励起等が挙げられる。この電子移動状態の分子において、D・+の部位が水の酸化触媒cat.から電子を奪う酸化剤として働き、酸化状態cat.oxを生成させる。この酸化状態の触媒cat.oxが、2分子の水2HOを酸化して酸素Oとプロトン4Hを発生させ、自身は元のcat.の状態に戻る。一方、電子移動状態(電荷分離状態)の電子供与体・受容体連結分子A−D・+は、D・+の部位が水の酸化触媒から電子を奪ったことによりA−Dになるが、他方のAラジカル部位が酸素分子Oを電子移動還元してOを生成させる。このときの酸素分子Oは、水の酸化により発生したOでも良いし、反応前から水中に溶存していたOでも良い。これにより、電子供与体・受容体連結分子は、元のA−Dの状態に戻る。そして、水の酸化によって発生したHが、酸素Oの還元により発生したOと反応してHOが生成し、このHOが不均化して、酸素酸素Oと、目的の過酸化水素Hとを発生させる。
【0018】
【化6】

【0019】
上記スキーム1は、電子供与体・受容体連結分子が9-メシチル-10-メチルアクリジニウムである場合には、下記スキーム2のとおり表すことができる。この9-メシチル-10-メチルアクリジニウムは、可視光照射により高い酸化力と還元力を併せ持つ長寿命の電子移動状態を生成可能であり、本発明に特に好適に用いることができる。
【0020】
【化7】

【0021】
従来、水の酸化触媒を用いた水の酸化反応では、前述のとおり、生成物が、大気中に普遍的に存在する酸素(O)であったため、産業上利用価値は見出されなかった。しかし、本発明によれば、水素(H)等の高価な原料を用いず、水を原料としてきわめて低コストに過酸化水素を製造できるため、産業上利用価値は多大である。また、例えば、可視光等をエネルギー源とした前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態生成により反応を開始させ、熱源を使用せずに反応させれば、いっそう低コスト化が可能である。
【0022】
さらに、従来、水の酸化触媒を用いた水の酸化反応は、併用する酸化剤が消費されつくすと反応が終了し、それ以上生成物を得ることができなかった。しかし、本発明では、水の酸化触媒と併用する前記電子供与体・受容体連結分子が、前述のように酸化剤および還元剤の両方の機能を有することで、反応終了後に元の状態に戻ることが可能である。すなわち、前記水の酸化触媒のみならず、前記電子供与体・受容体連結分子も触媒として機能する。これにより、原料の水が存在する限り、理論上は、無限に反応サイクルを回し続け、過酸化水素を発生させ続けることができるのである。ただし、これはあくまでも理論である。本発明の製造方法において実際に行う反応は、一般的な触媒反応と同様、通常は、触媒の劣化等により、サイクル数は有限である。
【0023】
以上、スキーム1および2を用いて、本発明の製造方法における反応機構について説明した。ただし、スキーム1および2とそれらの説明は、推定可能な反応機構の一例であり、本発明は、上記の説明により何ら限定されない。例えば、前記電子供与体・受容体連結分子は、スキーム1および2に示したカチオン型に限定されず、アニオン型でも中性分子でも良い。
【0024】
以下、本発明についてさらに具体的に説明する。
【0025】
[<1>電子供与体・受容体連結分子]
本発明において、前記電子供与体・受容体連結分子は特に限定されないが、例えば、電子供与体部位が、1または複数の電子供与基であり、電子受容体部位が、1または複数の芳香族カチオンであってもよい。この場合、前記芳香族カチオンは、単環でも縮合環でも良く、芳香環は、ヘテロ原子を含んでいても含んでいなくても良く、前記電子供与基以外の置換基を有していても有していなくても良い。また、前記芳香族カチオンを形成する芳香環は、その環構成原子数は特に制限されないが、例えば5〜26員環である。
【0026】
前記芳香族カチオンを形成する芳香環は、ピロリニウム環、ピリジニウム環、キノリニウム環、イソキノリニウム環、アクリジニウム環、3,4−ベンゾキノリニウム環、5,6−ベンゾキノリニウム環、6,7−ベンゾキノリニウム環、7,8−ベンゾキノリニウム環、3,4−ベンゾイソキノリニウム環、5,6−ベンゾイソキノリニウム環、6,7−ベンゾイソキノリニウム環、7,8−ベンゾイソキノリニウム環、および、それらの環を構成する炭素原子の少なくとも一つがヘテロ原子で置換された環、からなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。例えば、アクリジニウム環、ベンゾキノリニウム環、ベンゾイソキノリニウム環等の大環状の(π電子数が多い)芳香族カチオンであれば、例えば、吸収帯が長波長側にシフトし、可視光領域に吸収を有することにより、可視光励起も可能となり得る。
【0027】
前記電子供与基は、水素原子、アルキル基、および芳香環からなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。この場合、前記芳香環は環上にさらに1または複数の置換基を有していても良く、前記置換基は複数の場合は同一でも異なっていても良く、前記電子供与基は、複数の場合は同一でも異なっていても良い。また、この場合の前記電子供与基において、前記アルキル基が、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基であることがより好ましい。さらに、前記電子供与基において、前記芳香環が、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、フェナントレン環、ピリジン環、チオフェン環、およびピレン環からなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。前記電子供与基において、前記芳香環上の置換基は、アルキル基、アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、およびカルボン酸エステルからなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。Arにおいて、前記芳香環上の置換基は、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、およびカルボン酸エステルからなる群から選択される少なくとも一つであることがさらに好ましい。なお、前記芳香環上の置換基において「カルボン酸」とは、カルボキシル基または末端にカルボキシル基が付加した基(例えばカルボキシアルキル基等)をいい、「カルボン酸エステル」とは、アルコキシカルボニル基、フェノキシカルボニル基等のカルボン酸エステル基、およびアシルオキシ基をいう。前記カルボキシアルキル基中のアルキル基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基が好ましく、前記アルコキシカルボニル基中のアルコキシ基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基が好ましい。
【0028】
前記電子供与基は、フェニル基、o−トリル基、m−トリル基、p−トリル基、2,3−ジメチルフェニル基、2,4−ジメチルフェニル基、2,5−ジメチルフェニル基、2,6−ジメチルフェニル基、3,4−ジメチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、2,3,4−トリメチルフェニル基、2,3,5−トリメチルフェニル基、2,3,6−トリメチルフェニル基、メシチル基(2,4,6−トリメチルフェニル基)、および3,4,5−トリメチルフェニル基からなる群から選択される少なくとも一つであることが一層好ましい。これらの中でも、電子移動状態(電荷分離状態)の寿命等の観点から、メシチル基が特に好ましい。なお、メシチル基により特に優れた効果が得られる理由は明らかではないが、例えば、オルト位にメチル基が2つ存在し、メシチル基のベンゼン環と前記芳香族カチオンの芳香環とが直交しやすいこと、メシチル基内部の超共役が少ないこと等が考えられる。ただし、これは推定可能な機構の一例であり、本発明を何ら限定しない。
【0029】
前記電子供与体・受容体連結分子は、電子移動状態(電荷分離状態)の寿命、酸化力、還元力等の観点から、下記式(A−1)〜(A−8)のいずれかで表される含窒素芳香族カチオン誘導体、下記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体、それらの立体異性体および互変異性体、並びにそれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。
【0030】
【化8】

【0031】
【化9】

【0032】
前記式(A−1)〜(A−8)中、
Rは、水素原子または任意の置換基であり、
Arは、前記電子供与基であり、1個でも複数でも良く、複数の場合は同一でも異なっていても良く、
含窒素芳香族カチオンを形成する含窒素芳香環は、RおよびAr以外の任意の置換基を1以上有していても良いし、有していなくても良く、
前記式(I)中、
R1は、水素原子または任意の置換基であり、
Ar1〜Ar3は、それぞれ水素原子または前記電子供与基であり、同一でも異なっていても良く、Ar1〜Ar3の少なくとも一つは前記電子供与基である。
【0033】
前記式(A−1)〜(A−8)中、Rは、水素原子、アルキル基、ベンジル基、カルボキシアルキル基(末端にカルボキシル基が付加したアルキル基)、アミノアルキル基(末端にアミノ基が付加したアルキル基)、またはポリエーテル鎖であることが好ましい。Rは、水素原子、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、ベンジル基、末端にカルボキシル基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、末端にアミノ基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、またはポリエチレングリコール(PEG)鎖であることがより好ましい。PEG鎖は、前記ポリエーテル鎖の一例であるが、前記ポリエーテル鎖の種類は、これに限定されず、どのようなポリエーテル鎖でも良い。Rにおいて、前記ポリエーテル鎖の重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。前記ポリエーテル鎖がPEG鎖の場合、重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。
【0034】
前記電子供与体・受容体連結分子は、下記式(A−9)で表される9−置換アクリジニウムイオン、その互変異性体および立体異性体、からなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。
【0035】
【化10】

【0036】
前記式(A−9)中、RおよびArは、前記式(A−1)と同じである。
【0037】
また、前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(A−10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンであることが特に好ましい。この9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、光励起により、高酸化力および高還元力を有する長寿命の電子移動状態(電荷分離状態)を生成することが可能である。前記光励起の励起光としては、例えば、可視光を用いることができる。
【0038】
【化11】

【0039】
また、前記式(A−9)で表される9−置換アクリジニウムイオンとしては、前記(A−10)以外に、例えば、下記(A−101)〜(A−115)が挙げられる。
【0040】
【表1】

【0041】
また、前記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体においては、R1は、例えば、水素原子、アルキル基、ベンジル基、カルボキシアルキル基(末端にカルボキシル基が付加したアルキル基)、アミノアルキル基(末端にアミノ基が付加したアルキル基)、またはポリエーテル鎖であることが好ましい。また、R1は、例えば、水素原子、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、ベンジル基、末端にカルボキシル基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、末端にアミノ基が付加した炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、またはポリエチレングリコール(PEG)鎖であることがより好ましい。PEG鎖は、前記ポリエーテル鎖の一例であるが、前記ポリエーテル鎖の種類は、これに限定されず、どのようなポリエーテル鎖でも良い。R1において、前記ポリエーテル鎖の重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。前記ポリエーテル鎖がPEG鎖の場合、重合度は特に限定されないが、例えば1〜100、好ましくは1〜50、より好ましくは1〜10である。また、Ar1〜Ar3は、例えば、それぞれ、水素原子、アルキル基、または芳香環であることが好ましく、前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基であることがより好ましい。Ar1〜Ar3において、前記芳香環は環上にさらに1または複数の置換基を有していても良く、前記置換基は、複数の場合は同一でも異なっていても良い。
【0042】
前記式(I)中、Ar1〜Ar3において、前記芳香環は、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、フェナントレン環、ピリジン環、チオフェン環またはピレン環であることがより好ましい。また、Ar1〜Ar3において、前記芳香環上の置換基が、アルキル基、アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、またはカルボン酸エステルであることがより好ましく、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基、第1級〜第3級アミン、カルボン酸、またはカルボン酸エステルであることがさらに好ましい。前記第2級アミンとしては、特に限定されないが、例えばアルキルアミノ基が好ましく、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキルアミノ基がより好ましい。前記第3級アミンとしては、特に限定されないが、例えばジアルキルアミノ基が好ましく、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基を有するジアルキルアミノ基がより好ましい。
【0043】
なお、Ar1〜Ar3における前記芳香環上の置換基において「カルボン酸」とは、カルボキシル基または末端にカルボキシル基が付加した基(例えばカルボキシアルキル基等)をいい、「カルボン酸エステル」とは、アルコキシカルボニル基、フェノキシカルボニル基等のカルボン酸エステル基、およびアシルオキシ基をいう。前記カルボキシアルキル基中のアルキル基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基が好ましく、前記アルコキシカルボニル基中のアルコキシ基としては、例えば、炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルコキシ基が好ましい。
【0044】
前記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体のうち、電荷分離状態の長寿命、高酸化力、高還元力等の観点から特に好ましいのは、例えば、下記式1〜5のいずれかで表されるキノリニウムイオン誘導体である。
【0045】
【化12】

【0046】
また、前記化合物1〜5の他には、例えば、下記表2および3に示す化合物6〜36等が特に好ましい。下記表1および表2に、化合物6〜36の構造を、前記式(I)におけるR1およびAr1〜Ar3の組み合わせで示す。また、これら化合物6〜36は、後述の実施例を参照することにより、当業者であれば、過度の試行錯誤や複雑高度な実験等をすることなく、化合物1〜5に準じて容易に製造し、かつ使用することが出来る。
【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
本発明の無機有機複合物質において、前記電子供与体・受容体連結分子に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれの異性体も本発明に用いることができる。また、前記電子供与体・受容体連結分子の塩は、酸付加塩でも良いが、前記電子供与体・受容体連結分子が塩基付加塩を形成し得る場合は、塩基付加塩でも良い。さらに、前記酸付加塩を形成する酸は無機酸でも有機酸でも良く、前記塩基付加塩を形成する塩基は無機塩基でも有機塩基でも良い。前記無機酸としては、特に限定されないが、例えば、硫酸、リン酸、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜フッ素酸、次亜塩素酸、次亜臭素酸、次亜ヨウ素酸、亜フッ素酸、亜塩素酸、亜臭素酸、亜ヨウ素酸、フッ素酸、塩素酸、臭素酸、ヨウ素酸、過フッ素酸、過塩素酸、過臭素酸、および過ヨウ素酸等があげられる。前記有機酸も特に限定されないが、例えば、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、シュウ酸、p−ブロモベンゼンスルホン酸、炭酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸および酢酸等があげられる。前記無機塩基としては、特に限定されないが、例えば、水酸化アンモニウム、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、炭酸塩および炭酸水素塩等があげられ、より具体的には、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カルシウムおよび炭酸カルシウム等があげられる。前記有機塩基も特に限定されないが、例えば、エタノールアミン、トリエチルアミンおよびトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン等があげられる。これらの塩の製造方法も特に限定されず、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子に、前記のような酸や塩基を公知の方法により適宜付加させる等の方法で製造することができる。また、置換基等に異性体が存在する場合はどの異性体でも良く、例えば、「ナフチル基」という場合は、1-ナフチル基でも2-ナフチル基でも良い。
【0050】
また、本発明の無機有機複合物質において、前記電子供与体・受容体連結分子の吸収帯は特に限定されないが、可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。可視光領域に吸収帯を有することで、本発明の無機有機複合物質を可視光励起することが可能となり得るためである。これによれば、太陽光をエネルギー源として利用できるので、例えば、太陽電池等への適用も可能である。
【0051】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基、n-プロピル基等が挙げられ、アルキル基を構造中に含む基(アルキルアミノ基、アルコキシ基等)においても同様である。また、ペルフルオロアルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、ネオペンチル基、n-プロピル基等から誘導されるペルフルオロアルキル基が挙げられ、ペルフルオロアルキル基を構造中に含む基(ペルフルオロアルキルスルホニル基、ペルフルオロアシル基等)においても同様である。本発明において、アシル基としては、特に限定されないが、例えば、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、シクロヘキサノイル基、ベンゾイル基、エトキシカルボニル基、等が挙げられ、アシル基を構造中に含む基(アシルオキシ基、アルカノイルオキシ基等)においても同様である。また、本発明において、アシル基の炭素数にはカルボニル炭素を含み、例えば、炭素数1のアルカノイル基(アシル基)とはホルミル基を指すものとする。さらに、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。
【0052】
[<1−2>電子供与体・受容体連結分子の製造方法]
本発明において、前記電子供与体・受容体連結分子は、市販品を用いても良いし、適宜製造(合成)しても良い。製造する場合、製造方法は特に制限されず、例えば、公知の製造方法により、または公知の製造方法を参考にして、適宜製造することができる。一例として、前記式(A−9)で表される電子供与体・受容体連結分子の場合は、例えば下記のように、アクリドンまたはその誘導体(A−11)のグリニヤール(Grignard)反応により製造することができる。下記式(A−11)および(A−12)において、RおよびArは、式(A−9)と同じである。反応条件(反応温度、反応時間、溶媒等)も特に制限されず、公知のグリニヤール(Grignard)反応等を参考にして適宜設定すれば良い。
【0053】
【化13】

【0054】
例えば、前記式(A−10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの場合は、市販品を用いても良いが、以下のようにして製造することもできる。すなわち、まず、十分に乾燥させた反応容器内をアルゴン置換し、常温常圧のアルゴン雰囲気とする。その雰囲気中で、臭化メシチレン(市販試薬)2.0g(10mmol)、マグネシウム(市販試薬)250mg(10mmol)および脱水テトラヒドロフラン5mL中を攪拌し、グリニヤール(Grignard)試薬を調製する。その中に、10−メチルアクリドン(市販試薬)1.0g(4.8mmol)の脱水ジクロロメタン溶液50mLを加えて12時間攪拌する。生成物を水で加水分解し、過塩素酸水溶液を加えてジクロロメタンで抽出する。その抽出物をメタノール/ジメチルエーテルで再結晶することにより、9−メシチル−10−メチルアクリジニウム過塩素酸塩を得る。なお、この製造方法は、例えば、特開2005−145853号公報に記載されている。
【0055】
キノリニウムイオン誘導体(I)は、例えば、以下で説明する製造方法によって製造可能である。
【0056】
すなわち、キノリニウムイオン誘導体(化合物(I))は、例えば、下記式(II)で表されるキノリン誘導体と下記式(III)で表される化合物とを反応させる工程を含む製造方法によって製造することができる。
【0057】
【化14】

【0058】
前記式(II)中、Ar1〜Ar3は、前記式(I)と同じである。
前記式(III)中、R1は、前記式(I)と同じであり、Qは電子吸引基である。
【0059】
前記式(III)中、Qは、電子吸引基であれば特に限定されないが、例えば、ハロゲン、ペルフルオロアルキル基、ペルフルオロアルキルスルホニル基、ペルフルオロアシル基等が挙げられ、中でも、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、トリフルオロメチル基、トリフルオロメチルスルホニル基、およびトリフルオロメチルカルボニル基等がより好ましい。
【0060】
前記式(II)で表されるキノリン誘導体と前記式(III)で表される化合物との反応条件は、特に限定されず、例えば、公知の類似反応の条件等を参考にして適宜設定できる。キノリン誘導体(II)と化合物(III)との物質量比(モル比)は、特に限定されないが、例えば1:1〜1:10、好ましくは1:1〜1:4、特に好ましくは1:1である。また、例えば、キノリン誘導体(II)および化合物(III)以外の反応物質や溶媒を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。前記溶媒は、特に限定されないが、例えば、水でも有機溶媒でも良く、有機溶媒としては、例えば、塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化溶媒、アセトン等のケトン、およびアセトニトリル等のニトリル溶媒等が挙げられ、これら溶媒は単独で使用しても二種類以上併用しても良い。溶媒を用いる場合、キノリン誘導体(II)の濃度は、特に限定されないが、例えば0.01〜0.2mol/L、好ましくは0.02〜0.1mol/L、より好ましくは0.03〜0.05mol/Lである。反応温度は特に限定されないが、例えば0〜80℃、好ましくは10〜40℃、より好ましくは20〜30℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば10〜40時間、好ましくは20〜30時間、より好ましくは25〜30時間である。
【0061】
さらに、キノリニウムイオンを製造した後、必要に応じ、陰イオン交換処理しても良い。前記陰イオン交換処理の方法は特に限定されず、必要に応じて任意の方法を用いることができる。前記陰イオン交換処理に使用可能な物質としては、例えば、過フッ素酸、過塩素酸、過臭素酸、過ヨウ素酸等の過ハロゲン酸、および、四フッ化ホウ素、六フッ化リンが挙げられ、単独で用いても二種類以上併用しても良く、また、これら以外の反応物質、溶媒等を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。
【0062】
前記式(II)で表されるキノリン誘導体の製造方法は特に限定されないが、例えば、第1の製造方法として、下記式(IV)で表されるハロゲン化キノリンと下記式(V)で表されるボロン酸エステルを反応させて製造することが好ましい。
【0063】
【化15】

【0064】
前記式(IV)中、
X1は、ピリジン環上のハロゲン基であり、1つでも複数でも良く、複数の場合は同一でも異なっていても良い。
前記式(V)中、
R2およびR3は、水素原子または炭化水素基であり、R2とR3は一体となっていても良い。
Armのmは1〜3のいずれかの整数である。
ボロン酸エステル(V)は単一でも複数種類でも良い。
R2およびR3は、それぞれ水素原子もしくはアルキル基であるか、または一体となってアルキレン基を形成していることが好ましく、アルキル基の場合は炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基がより好ましく、アルキレン基の場合は、炭素数1〜12の直鎖または分枝アルキレン基がより好ましく、エチレン基(ジメチレン基)、またはトリメチレン基が特に好ましい。
【0065】
前記式(IV)で表されるハロゲン化キノリンと前記式(V)で表されるボロン酸エステルとの反応条件は、特に限定されず、例えば、公知の類似反応の条件等を参考にして適宜設定できる。ハロゲン化キノリン(IV)とボロン酸エステル(V)との物質量比(モル比)は、特に限定されないが、例えば1:2〜1:10、好ましくは1:2〜1:4、特に好ましくは1:2である。また、例えば、ハロゲン化キノリン(IV)およびボロン酸エステル(V)以外の反応物質や溶媒を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。溶媒を用いる場合、ハロゲン化キノリン(IV)の濃度は、特に限定されないが、例えば0.2〜2.0mol/L、好ましくは0.3〜1.5mol/L、より好ましくは0.5〜1.0mol/Lである。ハロゲン化キノリン(IV)およびボロン酸エステル(V)以外の反応物質としては、例えば触媒を用いても良い。前記触媒としては、例えば、パラジウム触媒等が挙げられる。前記パラジウム触媒としては、特に限定されないが、Pd(PPh3)4、Pd(PPh3)2Cl2等が特に好ましい。また、これら触媒は、必要に応じ、単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記触媒の使用量は特に限定されないが、ハロゲン化キノリン(IV)のモル数に対し、例えば0.002〜0.1倍、好ましくは0.005〜0.04倍、より好ましくは0.01〜0.02倍である。さらに、これら触媒は、必要に応じ、他の物質と併用しても良いし、併用しなくても良い。前記他の物質としては、特に限定されないが、例えば、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ土類金属炭酸塩、トリエチルアミン等の塩基性物質が挙げられ、K2CO3、トリエチルアミン等が特に好ましい。これらの使用量は特に限定されないが、ハロゲン化キノリン(IV)のモル数に対し、例えば50〜500倍、好ましくは100〜400倍、より好ましくは200〜300倍である。また、前記化合物(IV)および(V)の反応に用いる溶媒は、特に限定されないが、例えば、水でも有機溶媒でも良く、有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、1,3-ジオキサン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、チオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル(1,2-ジメトキシエタン)、ジエチレングリコールジメチルエーテル、メチル-t-ブチルエーテル等のエーテル、およびジクロロエタン、DMF等が挙げられ、これら溶媒は単独で使用しても二種類以上併用しても良い。反応温度は特に限定されないが、例えば50〜120℃、好ましくは80〜100℃、より好ましくは90〜100℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば10〜50時間、好ましくは15〜30時間、より好ましくは20〜25時間である。
【0066】
前記式(II)で表されるキノリン誘導体の第2の製造方法として、下記式(VI)で表される1-アシル-2-アミノベンゼンと下記式(VII)で表されるケトンを反応させて製造することが好ましい。
【0067】
【化16】

【0068】
前記式(VI)中、Ar1は、前記式(I)と同じである。前記式(VII)中、Ar2およびAr3は、前記式(I)と同じである。
【0069】
前記式(VI)で表される1-アシル-2-アミノベンゼンと前記式(VII)で表されるケトンとの反応条件は、特に限定されず、例えば、公知の類似反応の条件等を参考にして適宜設定できる。1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)とケトン(VII)との物質量比(モル比)は、特に限定されないが、例えば1:3〜1:10、好ましくは1:3〜1:5、特に好ましくは1:3である。また、例えば、1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)およびケトン(VII)以外の反応物質や溶媒を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。溶媒を用いる場合、1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)の濃度は、特に限定されないが、例えば0.2〜3.0mol/L、好ましくは0.5〜2.0mol/L、より好ましくは0.8〜1.0mol/Lである。1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)およびケトン(VII)以外の反応物質としては、例えば、ジフェニルフォスファイト等のフォスファイト(ホスファイト)、および水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等が挙げられ、必要に応じ、単独で用いても二種類以上併用しても良い。これらの使用量は特に限定されないが、1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)のモル数に対し、例えば2〜10倍、好ましくは3〜8倍、より好ましくは5〜6倍である。また、1-アシル-2-アミノベンゼン(VI)およびケトン(VII)の反応に用いる溶媒は、特に限定されないが、例えば、水でも有機溶媒でも良く、有機溶媒としては、特に限定されないが極性溶媒が好ましく、例えば、フェノール、オルトクレゾール、メタクレゾール、パラクレゾール等のヒドロキシベンゼン類、およびDMF,DMSO等が挙げられ、これら溶媒は単独で使用しても二種類以上併用しても良い。反応温度は特に限定されないが、例えば100〜200℃、好ましくは120〜160℃、より好ましくは130〜140℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば5〜30時間、好ましくは10〜25時間、より好ましくは20〜25時間である。
【0070】
前記式(VI)で表される化合物の製造方法も特に限定されないが、例えば、下記式(VIII)で表される化合物と、下記式(IX)で表されるハロゲン化物を反応させて製造することが好ましい。
【0071】
【化17】

【0072】
前記式(VIII)中、R4およびR5は、それぞれ水素原子またはアルキル基であり、同一でも異なっていても良い。前記式(IX)中、Ar1は前記式(VI)と同じであり、X2はハロゲンである。R4およびR5は、それぞれ水素原子または炭素数1〜6の直鎖もしくは分枝アルキル基であることが好ましく、前記アルキル基としては、メチル基、エチル基が特に好ましい。
【0073】
前記式(VIII)で表される化合物と前記式(IX)で表されるハロゲン化物との反応条件は、特に限定されず、例えば、公知の類似反応の条件等を参考にして適宜設定できる。化合物(VIII)とハロゲン化物(IX)との物質量比(モル比)は、特に限定されないが、例えば1:1〜1:2、好ましくは1:1〜1:1.5、特に好ましくは1:1である。また、例えば、化合物(VIII)およびハロゲン化物(IX)以外の反応物質や溶媒を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。溶媒を用いる場合、化合物(VIII)の濃度は、特に限定されないが、例えば0.05〜0.8mol/L、好ましくは0.1〜0.5mol/L、より好ましくは0.2〜0.3mol/Lである。化合物(VIII)およびハロゲン化物(IX)以外の反応物質としては、例えばn-ブチルリチウム等の有機リチウム試薬等が挙げられ、必要に応じ単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記有機リチウム試薬の使用量は特に限定されないが、化合物(VIII)のモル数に対し、例えば1.5〜2.5倍、好ましくは1.6〜2.3倍、より好ましくは1.9〜2.1倍である。また、前記溶媒は、特に限定されないが、例えば、水でも有機溶媒でも良く、有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、1,3-ジオキサン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソラン、チオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル(1,2-ジメトキシエタン)、ジエチレングリコールジメチルエーテル、メチル-t-ブチルエーテル等のエーテル等が挙げられ、これら溶媒は単独で使用しても二種類以上併用しても良い。反応温度は特に限定されないが、例えばマイナス100〜マイナス50℃、好ましくはマイナス80〜マイナス60℃、より好ましくはマイナス80〜マイナス70℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば1〜5時間、好ましくは2〜4時間、より好ましくは2〜3時間である。
【0074】
以上で説明した反応に用いる反応物質、溶媒等は、前述の通り特に限定されないが、適切な組み合わせで用いることが好ましい。例えば、n-ブチルリチウム等の物質は水との反応性が高いため、溶媒中の水により反応性に影響が出る場合がある。そのような場合は、溶媒中から水をなるべく除いて用いることが好ましい。また、本発明における電子供与体・受容体連結分子の製造方法は、前述の通り、これらに限定されず、どのような製造方法でも良い。
【0075】
[<1−3>電子供与体・受容体連結分子と多孔質物質との複合物質]
本発明の製造方法において、前記反応系が、さらに多孔質物質を含み、前記電子供与体・受容体連結分子が、前記多孔質物質との複合物質を形成していても良い。前記複合物質は、前記電子供与体・受容体連結分子が、前記多孔質物質の細孔内に挿入されていることが好ましい。前記多孔質物質は、特に制限されず、無機物質でも、有機物質でも、それら以外(例えば、活性炭等)でも良いが、無機物質が好ましい。前記多孔質物質は、アルミニウム置換メソポーラスシリカ、およびゼオライトの少なくとも一方であることがより好ましい。なお、本発明において、アルミニウム置換メソポーラスシリカとは、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された物質をいう。
【0076】
前記多孔質物質と電子供与体・受容体連結分子が複合物質を形成すると、電子供与体・受容体連結分子単独よりも長寿命の電子移動状態(電荷分離)状態が得られやすい。この理由は、必ずしも明らかではないが、例えば以下のように考えられる。すなわち、電子供与体・受容体連結分子は、例えば溶液中での光照射等により励起することで、電子移動状態が生成する。前記溶液中で前記電子移動状態の分子が2分子以上近接して存在すると、分子間の電子移動反応によって容易に元の状態に戻り、失活する。これに対し、前記複合物質の状態では、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子が、多孔質物質の細孔内に挿入された構造等をとる。これにより、前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態分子が互いに孤立化した状態となり、前記分子間電子移動反応を抑制できると考えられる。したがって、電子移動状態の高い反応性をいっそう効率的に利用できる。ただし、この説明は推定可能な機構の一例であり、本発明を何ら限定しない。
【0077】
前記多孔質物質は、前記電子供与体・受容体連結分子の分子サイズに適合した多孔質物質が好ましい。例えば、前記式(A−1)〜(A−8)のいずれかで表される含窒素芳香族カチオン誘導体に対しては、アルミニウム置換メソポーラスシリカが特に好ましく、前記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体に対しては、ゼオライトが特に好ましい。より具体的には、以下のとおりである。
【0078】
すなわち、メソポーラスシリカは、その孔径が比較的大きい。したがって、前記式(A−1)〜(A−8)のような、分子サイズが大きい電子供与体・受容体連結分子もその細孔内に挿入することができる。これにより、例えば、室温またはそれよりも高い温度において長寿命の電子移動状態を得ること等も可能である。アルミニウム置換メソポーラスシリカと前記式(A−1)〜(A−8)のいずれかで表される含窒素芳香族カチオン誘導体とから形成される無機有機複合物質の電子移動状態の寿命は、特に制限されないが、真空中、25℃(298K)において、例えば1秒以上、好ましくは1×10秒以上、より好ましくは5×10秒以上であり、上限値は特に制限されないが、例えば1×10秒以下である。また、前記無機有機複合物質の電子移動状態の寿命は、真空中、100℃(373K)において、例えば1×10−1秒以上、好ましくは10秒以上、より好ましくは1×10秒以上であり、上限値は特に制限されないが、例えば5×10秒以下である。
【0079】
また、前記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体は、分子サイズが比較的小さいため、孔径が比較的小さいゼオライトの細孔内に挿入されやすく、安定な複合物質を形成すると考えられる。特に、化合物(I)において、キノリニウムイオン部分(電子受容体部分)のサイズは、理論計算によれば約7Åと小さいため、細孔入り口径が1ナノメートル以下である多孔質物質の細孔内にも安定に挿入されやすいと考えられる。ただし、この説明は理論的考察の一例であり、本発明はこの考察により何ら限定されない。なお、1Åは0.1nmすなわち10−10mに等しい。
【0080】
なお、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカと複合物質を形成する前記電子供与体・受容体連結分子は、カチオン性分子であることが好ましい。前記カチオン性分子は、前記式(A−1)〜(A−8)で表される分子でも良いし、それ以外でも良い。すなわち、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、二酸化ケイ素骨格のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換されているため、前記アルミニウム原子が酸点(負に帯電した部分)となる。これにより、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ(無機物質)は、骨格全体が負に帯電し、その細孔(メソポア)内に、カチオン(例えば、Li、Na、K等のアルカリ金属イオン、その他任意の金属イオン等)が取り込まれた構造をしている。そこに、カチオン性分子である前記電子供与体・受容体連結分子を加えると、前記細孔内のカチオンと前記電子供与体・受容体連結分子とのカチオン交換反応が起こる。これにより、前記電子供与体・受容体連結分子が前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔内に取り込まれた複合物質を形成することができるのである。ただし、これらの説明も例示であり、本発明を限定するものではない。
【0081】
次に、アルミニウム置換メソポーラスシリカおよびゼオライトについて説明する。
【0082】
[<1−3−2>アルミニウム置換メソポーラスシリカ]
メソポーラスシリカとは、メソポアすなわち孔径が比較的大きい細孔を有するシリカゲルのことである。前記複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、Si、AlおよびO以外の元素を含んでいても含んでいなくても良い。本発明において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカに含まれることがあるSi、AlおよびO以外の元素としては、特に制限されないが、例えば、水素(H)、アルカリ金属(Li、Na、K、Rb、CsおよびFr)、ハロゲン(F、Cl、Br、I、およびAt)、遷移金属(例えば、Fe、Cu、Mn)等がある。
【0083】
前記複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、その細孔、すなわち「メソポア」の孔径は、特に制限されないが、例えば、以下の通りとする。すなわち、まず、TEM(透過型電子顕微鏡、株式会社日立製作所製、商品名HITACHI Model H-800 transmission electron microscope)の倍率を5×105倍に設定し、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの表面を、1μm四方の正方形領域において観察する。そして、前記正方形領域内において観察された全てのメソポアのうち、長径(最大径)Lmax(nm)と短径(最小径)Lmin(nm)のいずれもが一定の数値範囲内であるメソポアの数が、観察された全てのメソポアの数の80%以上であるものとする。前記一定の数値範囲とは、例えば、2〜50nm、好ましくは、2〜10nm、より好ましくは、2〜4nmである。ただし、上記測定方法は、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカのメソポア孔径を測定する方法の一例である。本発明では、前記複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、この測定方法により測定されたものに限定されない。
【0084】
なお、前記複合物質におけるアルミニウム置換メソポーラスシリカは、メソポーラスシリカすなわち二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質であるから、ゼオライトの一種であるということもできる。「ゼオライト」とは、狭義には、二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質のうち、細孔の大きさが2.0nm以下(例えば0.5〜2.0nm)程度の物質をいうことがある。しかし、本発明では、ゼオライトとは、二酸化ケイ素を基本骨格とする物質のケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有する物質全般をいい、アルミニウム置換メソポーラスシリカを含む。
【0085】
前記複合物質における前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは特に制限されず、例えば、公知のアルミニウム置換メソポーラスシリカを適宜用いることができる。また、本発明において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、適宜合成(製造)して用いても良いし、市販品を用いても良い。合成(製造)する場合の製造方法も特に制限されないが、例えば、界面活性剤をテンプレートとして用いたゾルゲル法により製造可能であり、界面活性剤の種類を変えることによって細孔の大きさや形、充填構造を制御することができる。より具体的には、例えば以下の通りである。すなわち、まず、不活性ガス雰囲気中で、アルミニウム化合物(例えばトリイソプロポキシアルミニウム)とアルカリ(例えば、水酸化ナトリウム)との水溶液を調製する。この水溶液中に、臨界ミセル濃度以上の濃度で界面活性剤を溶解させ、前記界面活性剤の種類に応じて一定の大きさと構造をもつミセル粒子を形成させる。しばらく静置すると、前記ミセル粒子が充填構造をとり、コロイド結晶となる。さらに、この溶液中に、シリカ源となるテトラエトキシシラン等を加え、前記コロイド結晶の隙間でゾルゲル反応を進行させ、アルミニウム置換メソポーラスシリカ骨格を形成させる。反応終了後、得られたアルミニウム置換メソポーラスシリカを高温で焼成し、鋳型とした界面活性剤を分解・除去して純粋なアルミニウム置換メソポーラスシリカを得る。このようにして、本発明で用いるアルミニウム置換メソポーラスシリカを得ることができる。
【0086】
前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ合成反応において、反応温度は特に制限されず、例えば、室温(5〜35℃)の水中で前記反応を行っても良く、熱水(100℃の水)中で前記反応を行っても良く、その間の適宜な温度において前記反応を行っても良い。反応時間も特に制限されず、適宜設定すれば良い。また、前記界面活性剤として、例えば、小分子系カチオン性界面活性剤を用いることで、MCMシリーズ(例えばMCM−41型)メソポーラスシリカに対応するアルミニウム置換メソポーラスシリカが製造可能である。さらに、前記界面活性剤として、例えば、ブロックコポリマーを用いることで、SBAシリーズ(例えばSBA−15型)メソポーラスシリカに対応するアルミニウム置換メソポーラスシリカが製造可能である。前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ合成反応は、例えば、下記文献(1)〜(4)等を参照して適宜行うことができる。
(1) Kresge, C. T.; Leonowicz, M. E.; Roth, W. J.; Vartuli, J. C.; Beck, J. S. Nature 1992, 359, 710-712
(2) Beck, J. S. et al J. Am. Chem. Soc. 1992, 114, 10834
(3) Corma, A.; Kumar, D. Stud. Surf. Sci. Catal. 1998, 117, 201
(4)Janicke, M. T. et al. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6940-6951.
【0087】
前記複合物質において、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカは、前述の通り特に制限されないが、例えば、MCM−41型、MCM−48型、MCM−50型、SBA−15型、またはFSM−16型メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカであることが好ましい。これらは単独で用いても二種類以上併用してもよい。これらの中で、MCM−41型メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換された構造を有するアルミニウム置換メソポーラスシリカ(AlMCM−41)が特に好ましい。なお、本発明において、AlMCM−41における細孔(メソポア)の孔径は、特に制限されないが、例えば2〜10nmである。
【0088】
なお、本発明において、前記複合物質の構造は特に限定されないが、例えば、前述のように、前記電子供与体・受容体連結分子が、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカの細孔内に挿入された構造を有することが好ましい。前記電子供与体・受容体連結分子がイオン交換によって細孔内に挿入固定化されると、容易に脱着せず安定な構造となるため、電子移動状態における高い反応性等の特性を十分に利用できると考えられるためである。ただし、この説明は、推定可能な機構の一例であり、本発明を何ら限定しない。
【0089】
[<1−3−3>ゼオライト]
前記複合物質において、ゼオライトは、特に限定されないが、例えば、Y型、A型、X型、L型、ベータ型、フェリエライト型、モルデナイト型、ZSM−5型、TS−1型、またはMCM−22型が好ましい。これらは単独で用いても二種類以上併用してもよい。これらの中で、比較的細孔径が大きく、比較的入手が容易である等の理由により、Y型が特に好ましい。Y型ゼオライトとしては、特に限定されないが、例えば、ジーエルサイエンス社のSK40(商品名)等を用いることができる。
【0090】
本発明において、前記複合物質の構造は特に限定されないが、例えば、前述のように、キノリニウムイオン誘導体(I)等の電子供与体・受容体連結分子が前記ゼオライトの細孔内に挿入された構造を有することが好ましい。前記細孔は、スーパーケージであることがより好ましい。前記電子供与体・受容体連結分子がスーパーケージ内に挿入されれば、容易に脱着せず安定な構造となるため、電化分離状態における高い反応性等の特性を十分に利用できると考えられるためである。ただし、この説明も、本発明を何ら限定しない。
【0091】
[<1−3−4>電子供与体・受容体連結分子と多孔質物質との複合物質の製造方法]
前記複合物質の製造方法は、特に限定されないが、例えば、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカまたは前記ゼオライトを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる浸漬工程を含む製造方法により製造することができる。以下、さらに詳しく説明する。
【0092】
前記製造方法は、例えば、以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカまたは前記ゼオライトを焼成により前処理する。本発明の製造方法において、この前処理工程は、あってもなくても良いが、この工程を含むほうが好ましい。アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)を焼成すれば、細孔内の水分子等が取り除かれ、電子供与体・受容体連結分子が挿入されやすくなり、本発明の無機有機複合物質の活性等が高くなると考えられるからである。ただし、本発明は、この考察により何ら限定されない。
【0093】
前記前処理工程における焼成温度は、特に限定されないが、例えば100〜400℃、好ましくは150〜350℃、より好ましくは200〜300℃である。焼成時間も特に限定されないが、例えば2〜24時間、好ましくは5〜15時間、より好ましくは8〜12時間である。焼成時における雰囲気も特に限定されず、例えば、大気中でも良いが、不活性ガス雰囲気、減圧下等でも良い。焼成方法も特に限定されず、例えば、電気炉、乾燥機(乾燥器)等、ゼオライトの焼成に通常用いる器具を適宜使用することができる。なお、使用可能な前記アルミニウム置換メソポーラスシリカおよび前記ゼオライトの種類は特に限定されず、例えば前述の通りである。
【0094】
次に、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカまたは前記ゼオライトを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させる前記浸漬工程を行う。この工程は、単に前記アルミニウム置換メソポーラスシリカまたは前記ゼオライトを前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶液中に浸漬させるのみでも良いが、前記溶液を撹拌しながら行うと、複合物質の形成速度等の観点から好ましい。前記溶液において、溶媒は特に限定されず、単独で用いても二種類以上併用しても良いが、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましい。前記溶媒は、より具体的には、例えば、ニトリル、ハロゲン化溶媒、エーテル、アミド、スルホキシド、ケトン、アルコール、および水からなる群から選択される少なくとも一種類であることが好ましい。前記ニトリルは、特に限定されないが、例えば、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ブチロニトリル等が挙げられる。前記ハロゲン化溶媒は、特に限定されないが、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン等が挙げられる。前記エーテルは、特に限定されないが、例えば、THF(テトラヒドロフラン)等が挙げられる。前記アミドは、特に限定されないが、例えば、DMF(ジメチルホルムアミド)等が挙げられる。前記スルホキシドは、特に限定されないが、例えば、DMSO(ジメチルスルホキシド)等が挙げられる。前記ケトンは、特に限定されないが、例えば、アセトン等が挙げられる。前記アルコールは、特に限定されないが、例えば、メタノール等が挙げられる。これら溶媒の中で、アセトニトリルが特に好ましい。前記溶液において、前記電子供与体・受容体連結分子の濃度は、特に限定されないが、例えば1.25×10−5〜1.50×10−4mol/L、好ましくは5.0×10−5〜1.50×10−4mol/L、特に好ましくは1.0×10−4〜1.25×10−4mol/Lである。また、前記溶液において、前記電子供与体・受容体連結分子またはその塩の物質量(モル数)は、特に限定されないが、前記アルミニウム置換メソポーラスシリカ1g当り、例えば2.5×10−5〜3.0×10−4mol、好ましくは1.0×10−4〜2.9×10−4mol、より好ましくは2.0×10−4〜2.5×10−4molである。この浸漬工程において、前記溶液の温度も特に限定されないが、例えば0〜45℃、好ましくは15〜40℃、より好ましくは20〜30℃、特に好ましくは20〜25℃である。例えば、前記溶液の加熱または冷却等を特に行わず、室温で前記浸漬工程を行うことが、簡便で好ましい。浸漬時間も特に限定されないが、例えば1〜48時間、好ましくは3〜48時間、より好ましくは8〜36時間、特に好ましくは12〜24時間である。
【0095】
さらに、前記複合物質を濾取し、洗浄し、乾燥する単離工程を行う。この単離工程も特に限定されず、必要ないのであれば行わなくても良い。洗浄溶媒は特に限定されず、例えば、前記浸漬工程と同じ溶媒等を用いることができる。乾燥温度も特に限定されないが、例えば15〜60℃、好ましくは20〜50℃、より好ましくは25〜40℃である。乾燥時における雰囲気も特に限定されず、例えば、大気中、不活性ガス雰囲気中等であっても良い。また、常圧条件下で乾燥を行っても良いが、減圧下で乾燥を行うと乾燥速度の観点から好ましい。
【0096】
[<2>水の酸化触媒]
本発明において、水の酸化触媒は特に制限されないが、例えば金属錯体であり、オキソ錯体が好ましい。前記オキソ錯体としては、例えば、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、イリジウムのオキソ錯体等が挙げられる。前記水の酸化触媒は、例えば、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、インジウムオキサイド、ルテニウムオキサイド、イリジウムオキサイドからなる群から選択される少なくとも一つであっても良い。前記水の酸化触媒は、ルテニウムポリオキソメタレート(Ru(POM))であることがさらに好ましく、四核ルテニウムポリオキソメタレートであることがさらに好ましく、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]、Na10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、K10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、Rb10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、およびCs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]からなる群から選択される少なくとも一つであることがさらに好ましく、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]が特に好ましい。
【0097】
[<2−2>水の酸化触媒の製造方法]
本発明において、前記水の酸化触媒の製造方法は特に制限されない。例えば、前記水の酸化触媒が金属錯体である場合、金属イオン水溶液と配位子の水溶液を混合して前記金属イオンと前記配位子を反応させる等の方法により製造することができる。前記水溶液を混合した後に、必要に応じ加熱等をしてもよい。以下、前記水の酸化触媒の製造方法の例示として、前記非特許文献1(Y. V. Geletii, B. Botar, P. Koegerler, D. A. Hillesheim, D. G. Musaev, C. L. Hill, Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 3896-3899)のSupporting Information(本願出願日現在、http://www.wiley-vch.de/contents/jc_2002/2008/z705652_s.pdfにおいて閲覧可能)に記載されているRb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]の製造方法、ならびに、前記非特許文献2(Andrea Sartorel, Mauro Carraro, Gianfranco Scorrano, Rita De Zorzi, Silvano Geremia, Neal D. McDaniel, Stefan Bernhard, and Marcella Bonchio, J. AM. CHEM. SOC. 2008, 130, 5006-5007)のSupporting Information(本願出願日現在、http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja077837f/suppl_file/ja077837f-file004.pdfにおいて閲覧可能)に記載されているCs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]およびLi10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]の製造方法を示す。
【0098】
(Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]の製造方法(前記非特許文献1))
(1)トリス(2,2’-ビピリジル)ジクロロルテニウム(II)六水和物(Ru(bpy)32+)Cl2は、Aldrich社から購入した。トリス(2,2’-ビピリジル)ペルクロロルテニウム(III)塩(Ru(bpy)33+)Cl3は、Ru(bpy)32+を、0.5M H2SO4中、PbO2で酸化し、濃HClO4を加えて沈殿させて得た(V. Y. Shafirovich, V. V. Strelets, Bulletin of the Academy of Sciences of the USSR, Division of Chemical Sciences 1980, 7. および V. Y. Shafirovich, N. K. Khannanov, V. V. Strelets, Nouveau Journal de Chimie 1980, 4, 81.)。得られた(Ru(bpy)33+)Cl3は、減圧下で乾燥し、密封バイアル中、-18℃で保存し、1〜2週間以内に使い切った。
【0099】
(2)カリウムγ-デカタングストシリケートK8[γ-SiW10O36]・12H2Oは、文献(A. Teze, G. Herve, in Inorganic Syntheses, Vol. 27 (Ed.: A. P. Ginsberg), John Wiley and Sons, New York, 1990, pp. 85. )の方法に則って合成および精製し、赤外スペクトル値を前記文献と比較して同定した。合成および精製は、以下のようにして行った。すなわち、まず、タングステン酸ナトリウム(Sodium tungstate)(182g, 0.55mol)を300mLの水に溶解させた。この水溶液を攪拌しながら、4M HCl(165mL)を、一滴ずつ10分以上かけて滴下し、混合した。この混合溶液に、さらに、ナトリウムメタシリケート(Sodium metasilicate)(11g, 50mmol)を100mLの水に溶かした溶液を注ぎ、4MのHClを加えてpHを5〜6に調整した。この溶液を前記pHで100分間静置した後に、KCl(90g)を加えると、白色の沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、850mLの水に再び溶解させた。不要物を濾過して除き、再びKCl(80g)を加え、生成した沈殿を再び濾取すると、K82-SiW11O39]・14H2O(60〜80g)が得られた(収率は37〜50%)。このK82-SiW11O39]・14H2O(15g, 5mmol)を150mLの水に溶かし、すぐにセライト濾過を行い、不純物を取り除いた。この濾液に、直ちに2Mの炭酸カリウム水溶液を加えてpHを9.1に調整した。この水溶液に、さらに2Mの炭酸カリウム水溶液を滴下し続け、16分間、pHを9.1に維持した。16分後にKCl(40g)を加えると、白色の沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、1MのKCl水溶液で洗浄すると、目的物であるK8[γ-SiW10O36]・12H2O(〜10g)が得られた(収率は70%)。なお、pHの測定(追跡)は、適宜、pHメーターを用いて行った。
【0100】
(3)Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oの合成
合成したばかりのK8[γ-SiW10O36]・12H2O(4.00g, 1.33mmol)を65mLの水に溶解させ、さらに、RuCl3・H2Oの固体サンプル(0.60g, 2.67mmol)をすばやく加えた。RuCl3・H2Oを加えると、前記溶液の色はただちに褐色に変化し、pHは2.6まで下がった。さらに、この溶液に6M HClを滴下してpHを1.6に調整した。この溶液をさらに5分間攪拌した後、RbCl(2.4g, 20mmol)を10〜15mLの水に溶かした溶液を少しずつ加えた。こうして得られた混合物を濾過し、濾液を室温で24時間静置したところ、褐色平板状の結晶が析出した。機器分析により、この褐色平板状の結晶が目的物であることを確認した。収量は1.8g(W基準で約40%収率)であった。以下に、機器分析値を示す。
【0101】
元素分析値:計算値: W 55.14, Ru 6.11, Si 0.84, Rb 10.18, K 1.17; 実測値: W 55.2, Ru 5.8, Si 0.73, Rb 10.2, K 0.95.なお、結晶水の分子数は、熱重量分析(thermogravimetric
analysis, TGA)により測定した。
【0102】
IR(KBr pellet; 2000-400cm-1): 1616(m), 999(m), 947(m-s), 914(s), 874(s), 802(vs), 765(vs), 690(sh), 630(sh), 572(m-s), 542(ms).
ラマンスペクトル(in H2O, c=0.153mM; le=1064nm): 1066(w, br), 968(w), 871(w), 798(w, br), 604(w), 487(s), 427(s, br).
【0103】
上記のとおり、赤外(IR)およびラマンスペクトルは、γ-二置換ポリタングステン酸塩の典型的なパターンを示した。ラマンスペクトルにおける487cm-1の吸収は、Ru-O-Ru結合の存在を示す。
【0104】
Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oは、EPR(X-band、室温、飽和水溶液)において無反応であった。さらに、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oの磁化率測定(2-290K, 0.1および1.0テスラ)は、反磁性の特性を示した。(χdia/TIP=-4.2×10-4emu mol-1)。
【0105】
電子吸収スペクトル(400-900nm, in H2O(濃度c=0.153mM, 0.1mmセル長))における最大吸収波長λmax(nm)および前記λmaxにおける吸光係数ε(M-1cm-1)は、以下のとおりであった。
pH4.9(pH無調整):λmax=445nm、吸光定数εは未定量
pH2.5に調整後測定:λmax=445nm、吸光定数ε=2.8×104M-1cm-1
【0106】
図21(a)および(b)のグラフに、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oのサイクリックボルタンメトリー(CV)の測定結果を示す。図21(a)および(b)のそれぞれにおいて、横軸は電圧(mV)であり、縦軸は電流である。図21(a)および(b)における測定は、いずれも、0.025Mリン酸ナトリウム緩衝液および0.15M NaClのpH 7.0溶液に対するスキャン速度25mV/sで行った。図21(a)において、実線は、0.6mM Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oの、pH 7.0における測定値である。破線は、1mM Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oの、0.1M HCl中(pH 1.0)における測定値である。点線は、1mM Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oの、0.4M 差酢酸ナトリウム緩衝液中(pH 4.7)における測定値である。電圧は、Ag/AgCl参照電極(3m NaCl)に対する値である。図示のように、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2OのCVはpH依存性があった。図21(b)において、実線は、1mM [Ru(bpy)3]2+の存在下、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2Oなし(濃度0)での測定結果である。破線は、1mM [Ru(bpy)3]2+の存在下、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2O濃度0.006mMでの測定結果である。一点鎖線は、1mM [Ru(bpy)3]2+の存在下、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2O濃度0.012mMでの測定結果である。点線は、1mM [Ru(bpy)3]2+の存在下、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2O濃度0.029mMでの測定結果である。二点鎖線は、 [Ru(bpy)3]2+の非存在下、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2O濃度0.029mMでの測定結果である。図21(b)における測定は、いずれもpH7.0で行った。
【0107】
(Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]およびLi10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]の製造方法(前記非特許文献2))
(1)セシウム塩Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]の合成
262mg(0.359mmol)のK4Ru2OCl10を30mlの脱イオン水に溶かし、さらに、1g(0.336mmol)のK8γ-SiW10O36-12H2Oを加えた。得られた暗褐色溶液のpHは、6.2であった。この溶液を70℃で1時間加熱し、pHが1.8になったところで濾過した。さらに、濾液に過剰量のCsCl(4.4g, 26.1mmol)を加え、沈殿を得た。この沈殿を、2〜3mLの冷水で3回洗浄し、目的物のセシウム塩Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]を980mg(85%)得た。
【0108】
(2)リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]の合成
上記により得られたセシウム塩Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]を100mlの水に溶かし、陽イオン交換樹脂を透過させてリチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]を800mg得た。この未精製リチウム塩の水溶液を、セファデックス(商品名)G-50を固定相としたカラムに通し、最初の約50mgのフラクションを捨てることにより精製した。水および前記固定相の分量は、前記リチウム塩1gに対し水5mL、および前記固定相10gの比率とした。溶出物から溶媒を留去し、700mgの精製リチウム塩を得た(Wに基づく収率75%)。なお、目的物の全溶出後も前記カラムの固定相は黒く着色したままであったが、これは、幾分かの低分子量ルテニウム化学種が残留していたためと推測される。
【0109】
以下に、これらセシウム塩およびリチウム塩の機器分析値を示す。
【0110】
セシウム塩Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]結晶の元素分析値(括弧内は、Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]に基づく計算値): Cs:19.20%(19.58%); Ru:5.93%(5.96%); Si:0.845%(0.827%); W:53.75%(54.16%).
なお、サンプルを元素分析前に乾燥させたところ、3.85%の質量が減少した。これは、Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]に対する水和水15分子に相当する。
【0111】
セシウム塩Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]のFT-IR(KBr, ポリオキソメタレート領域): 1002(w), 950(m), 915(s), 880(s), 799(s, br), 764(sh), 707(sh), 562(m), 545(m) cm-1.
Rラマンスペクトル:483(s), 804(w), 870(m), 950(m) cm-1.
【0112】
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]のUV-Visスペクトル:
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]のUV-VisスペクトルはpH依存的であった。すなわち、酸性領域では、最大吸収波長λmax(nm)=443nmにおける吸光係数ε(M-1cm-1)が増大し、pH2.0以下では、logε=4.57であった。これは、ルテニウムd-d繊維に由来すると推測される。これに対し、pH未調整の場合は、前記443nmの吸収は増大せず、連続的な吸収が観測されるのみであった。これは、ルテニウムからタングステンへの電荷移動帯に由来すると推測される。また、UV-Visスペクトルの可逆的な変化から、pKa=3.62であると見積もられた。水配位子の一つが脱プロトンを起こし、[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)3(OH)(γ-SiW10O32)2]11-を形成していると考えられる。
【0113】
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]水溶液(10-5M, pH=5.11)について、HNO3(1M)を加えて[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)3(OH)(γ-SiW10O32)2]11-の分光光度滴定を行い、λ=443nmの吸光度をプロットした。その結果、pKa=3.62と計算された。また、同様に、リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]([Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)3(OH)(γ-SiW10O32)2]11-)水溶液(10-2M, pH=4.97)についてHNO3(1M)を加えて酸塩基滴定を行ったところ、pKa=3.7と見積もられ、分光光度滴定の結果と良い一致を示した。また、前記酸塩基滴定における[H+]対[HNO3]/[POM]のプロット比から、1:1の化学量論関係が見出された。なお、前記酸塩基滴定にいて、[H+]は水素イオン濃度を示し、[HNO3]は硝酸濃度を示し、[POM]は、リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]([Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)3(OH)(γ-SiW10O32)2]11-)の濃度を示す。
【0114】
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]のESI-MS(前記リチウム塩10-3M、CH3CN:H2O:HCOOH=49:50:1 溶媒中において測定): m/z(相対強度)=1798(100), [H9Ru4Si2W20O78]3-; 1348(83), [H8Ru4Si2W20O78]4-. 標準物質としては、PW12O403-(m/z=957)を用いた。
【0115】
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]のサイクリックボルタンメトリー:
リチウム塩Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]の水溶液(10-3M)に濃H2SO4を加えてpHを0.60とし、サイクリックボルタンメトリーを測定した。静止電位の測定値は0.72V(Ag/AgCl参照電極)であった。測定条件は、初期電位=0.72V; スイッチング電位(1)=1.4V; スイッチング電位(2)=0V; 最終電位=0.72V; スキャン速度=100mVs-1とした。サイクリックボルタンメトリーは、+1.4〜-0.0V(vs Ag/AgCl)間で、4つの陽極波と4つの陰極波を示した。4つのほぼ可逆的な酸化還元対が、E1/2=+1.12, +0.70, +0.53,および+0.29Vにおいて、ピーク分離ΔEp(=Epa-Epc)=89, 98, 59,および166mVで観測された。スキャンの方向を逆にしても、同様の酸化還元波が観測された。
【0116】
なお、前記水の酸化触媒は、例えば、多孔質物質との複合物質を形成していてもよい。この複合物質は、前記水の酸化触媒が、前記多孔質物質の細孔内に挿入されていることが好ましい。前記多孔質物質としては、特に制限されず、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子と複合物質を形成しうる前述の多孔質物質と同様である。
【0117】
[<3>過酸化水素製造方法]
本発明の製造方法は、前述のとおり、電子供与体・受容体連結分子と、水と、水の酸化触媒とを含む反応系を準備する反応系準備工程と、前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態を生成させる電子移動状態生成工程と、前記反応系において、前記電子移動状態の前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水と、前記水の酸化触媒とを反応させて過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程とを含む、過酸化水素製造方法である。
【0118】
[<3−2>反応系準備工程]
前記反応系準備工程は、特に制限されない。例えば、前記電子供与体・受容体連結分子と前記水の酸化触媒とを水に加えた水溶液または懸濁液を前記反応系として準備してもよい。前記反応系において、前記電子供与体・受容体連結分子の濃度は、特に制限されないが、例えば1×10−6〜1×10−1mol/L、好ましくは1×10−5〜1×10−3mol/L、特に好ましくは1×10−4mol/Lである。前記電子供与体・受容体連結分子は、前記多孔質物質との複合物質を形成していてもよい。この場合、例えば、前記複合物質を形成した状態で水に加えても良いし、前記電子供与体・受容体連結分子と前記多孔質物質とを別々に水に加え、水中で前記複合物質を形成させてもよい。前記反応系において、前記水の酸化触媒の濃度は、特に制限されないが、例えば1×10−7〜1×10−1mol/L、好ましくは1×10−6〜1×10−2mol/L、さらに好ましくは1×10−5〜1×10−3mol/Lである。
【0119】
前記反応系は、前記電子供与体・受容体連結分子、前記水の酸化触媒、および水以外の物質を、さらに含んでいても良いし、含んでいなくても良い。例えば、前記スキーム1および2のように、過酸化水素生成反応に酸素を必要とする場合、前記反応系が酸素(O)をさらに含むことが好ましく、前記反応系をあらかじめ酸素(O)で飽和させておくことがより好ましい。ただし、前述のように、前記スキーム1および2は、推測可能な反応機構の例示であり、本発明を限定しない。また、前記反応系は、有機溶媒をさらに含んでいてもよい。前記有機溶媒としては、例えば、ベンゾニトリル、アセトニトリル、ブチロニトリル等のニトリル、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化溶媒、THF(テトラヒドロフラン)等のエーテル、DMF(ジメチルホルムアミド)等のアミド、DMSO(ジメチルスルホキシド)等のスルホキシド、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコール等が挙げられる。これら溶媒は、単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記溶媒としては、前記電子供与体・受容体連結分子の溶解度、励起状態の安定性等の観点から、極性の高い溶媒が好ましく、アセトニトリルが特に好ましい。また、前記反応系は、後述する反応性の観点から、例えば、pH調整剤をさらに含んでいてもよい。前記pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、酢酸ナトリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、リン酸等の酸性物質が挙げられる。また、例えば、前記水が、pH緩衝剤が溶解されてpH緩衝液となった状態であっても良い。前記pH緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝水溶液、酢酸緩衝水溶液等が挙げられる。前記pH調整剤および前記pH緩衝剤の添加量は特に制限されず、適宜設定可能である。
【0120】
[<3−3>電子移動状態生成工程]
前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態を生成させる前記電子移動状態生成工程は、特に制限されない。前記電子移動状態生成工程は、前記反応系準備工程に先立ち行っても良いし、前記反応系準備工程と同時に行っても良いし、前記反応系準備工程の後で行っても良い。前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態(電荷分離状態)を生成させる方法は、特に限定されないが、光励起が好ましい。また、励起光も特に限定されないが、例えば可視光がより好ましい。可視光励起を行うためには、前記電子供与体・受容体連結分子が可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。これにより、長寿命、高酸化力および高還元力を併せ持つ電荷分離状態を簡便に生成させることも可能である。照射する可視光の波長のうち、より好ましい波長は、前記電子供与体・受容体連結分子が有する吸収帯によるが、例えば300〜450nmがより好ましく、350〜450nmがさらに好ましい。前記電子供与体・受容体連結分子が前記式1〜5のいずれかで表されるキノリニウムイオン誘導体の場合、前記励起光の波長は、300〜360nmがさらに好ましい。前記電子供与体・受容体連結分子が前記式(A−10)で表されるメシチルアクリジニウム誘導体の場合、前記励起光の波長は、350〜450nmがさらに好ましい。可視光を照射する際の温度も特に限定されないが、例えば、10〜30℃程度の室温で反応(励起)を進行させることも可能である。
【0121】
前記光励起においては、例えば、太陽光等の自然光に含まれる可視光を利用すれば、簡便に励起可能である。また、例えば、前記自然光に代えて、またはこれに加え、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、水銀灯等の光源を適宜用いても良いし、用いなくても良い。さらに、必要波長以外の波長をカットするフィルターを適宜用いても良いし、用いなくても良い。
【0122】
[<3−4>過酸化水素発生工程]
前記過酸化水素発生工程は、特に制限されない。例えば、前記電子移動状態生成工程後、そのまま静置して、前記電子移動状態の前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水と、前記水の酸化触媒とを反応させて過酸化水素を発生させても良い。必要に応じ、前記反応系に対し加熱等をしても良いが、加熱等をせずに光励起のみで反応させることが簡便で好ましい。また、前記反応系に対し、継続して光照射をし、前記電子移動状態生成工程と前記過酸化水素発生工程とを継続して同時に行うことがより好ましい。光照射の時間、光強度等は特に制限されず、適宜設定可能である。
【0123】
前記過酸化水素発生工程の反応機構は、例えば、前記スキーム1または2で表すことができる。前述のとおり、前記スキーム1および2の反応において、酸素分子Oは、水の酸化により発生したOでも良いし、反応前から水中に溶存していたOでも良い。また、例えば、大気中のOを利用してもよい。なお、前述のとおり、前記スキーム1および2は、推測可能な反応機構の例示であり、本発明を限定しない。前記過酸化水素発生工程において、前記反応系のpHは、特に制限されないが、例えば2.0〜6.0、好ましくは_3.0〜5.0、より好ましくは3.5〜4.5である。他の反応条件にもよるが、酸素の還元は、酸性条件下の方が反応効率が良いことが多く、水の酸化は、塩基性条件下の方が反応効率が良いことが多い。したがって、これらを考慮して前記反応系のpHを適切に設定することが好ましい。
【0124】
また、前記過酸化水素反応工程においては、TON(ターンオーバー数)およびTOF(Turn Over Frequency、1時間当たりの触媒の回転数)は、なるべく高い数値であることが好ましいが、特に制限されない。TONは、前記過酸化水素反応工程全体において、触媒1モル当たり発生した過酸化水素のモル数であり、TOFは、前記TONを、前記過酸化水素反応工程の時間(h)で割って求めた数値である。また、前記水の酸化触媒、および前記電子供与体・受容体連結分子のいずれも触媒として機能しうるので、それぞれについて前記TONおよびTOFを定義することができる。
【0125】
以上のようにして本発明の過酸化水素製造方法を行うことができる。さらに、本発明の過酸化水素製造方法は、必要に応じ、前記過酸化水素発生工程後に、発生した過酸化水素を精製する過酸化水素精製工程をさらに含んでいてもよい。これにより、実用に適した純度の高い過酸化水素または過酸化水素水を得ることができる。具体的な方法としては、特に制限されないが、例えば、イオン交換水などで過酸化水素を抽出し、減圧蒸留する事で高濃度の過酸化水素水が得られる。
【0126】
[<4>過酸化水素製造用キット]
本発明の過酸化水素製造用キットは、前述のとおり、前記本発明の過酸化水素製造方法に用いる前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水の酸化触媒とを含む。これ以外は特に制限されず、前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水の酸化触媒以外の他の構成要素を適宜含んでいても良いし、含んでいなくても良い。前記他の構成要素としては、例えば、前述の光源等が挙げられる。本発明の過酸化水素製造用キットは、その構成、スケール等を工夫することで、実験室用、工業用等、幅広い用途に用いることができる。
【実施例】
【0127】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。また、以下において述べる反応機構等の理論的考察は、推定可能な機構等の一例を示すに過ぎず、本発明を何ら限定しない。
【0128】
[実施例1〜2]
以下のとおり、本発明の製造方法により、過酸化水素の製造を行った。水の酸化触媒は、四核ルテニウムポリオキソメタレートであるRb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]・25H2O(以下、単に「Ru(POM)」という)を、前述の方法で合成して用いた。電子供与体・受容体連結分子としては、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(東京化成工業株式会社より購入、試薬級)を用いた。
【0129】
[実施例1]
H2O:CH3CN=2:1(体積比)の混合溶媒2mLに、Ru(POM)9.1mM(1.36×10-2mmol)、Acr+-Mes(ClO4):100mM(1.50×10-1mmol)を溶かし、溶液を調整した。この溶液は、電子供与体・受容体連結分子と、水と、水の酸化触媒とを含む反応系である。また、この溶液のpHは、1.5であった。この溶液に、さらに酸素をバブリングして酸素飽和させた後、150Wのキセノンランプで可視光を照射すると、過酸化水素が生成した。なお、可視光照射の際、前記キセノンランプに対し、波長340nm以上の光を透過し波長340nm未満の光をカットするフィルターを用いた。
【0130】
生成した過酸化水素は、以下に示すヨードメトリー法により定量した。すなわち、まず、前記キセノンランプによる可視光照射後の反応溶液20μLを2mLのアセトニトリルに加え、その混合溶液の紫外可視吸収スペクトルを測定した。次に、前記混合溶液にNaIを30mgほど加え、よく撹拌した後に、再度紫外可視吸収スペクトルを測定した。NaI添加前後の前記紫外可視吸収スペクトルを比較し、吸光度差から、I-イオンと過酸化水素とが反応して生成するI3-イオン(λmax=361nm、εmax=2.5×104M-1cm-1)を定量することで、過酸化水素生成量を定量した。このヨードメトリー法を、前記可視光照射時間10分間、30分間、および1時間の時点においてそれぞれ行った。その結果、過酸化水素の生成量は、可視光照射時間にほぼ比例して増大したことが確認された。1時間の可視光照射により、過酸化水素生成のターンオーバー数はRu(POM)触媒あたり22回に達した。
【0131】
[実施例2]
酢酸ナトリウム0.05Mを含むリン酸緩衝水溶液に、Ru(POM)を0.01mM濃度、Acr+-Mes(ClO4)を0.1mMとなるように溶かし、溶液を調整した。この溶液のpHは、4.0であった。この溶液に、さらに酸素をバブリングして酸素飽和させた後、150Wのキセノンランプで可視光を照射すると、過酸化水素が生成した。なお、可視光照射の際、前記キセノンランプに対し、波長340nm以上の光を透過し波長340nm未満の光をカットするフィルターを用いた。可視光照射時間10分間および30分間の時点において、生成した過酸化水素を、実施例1と同様にしてヨードメトリー法により定量した。その結果、過酸化水素の生成量は、可視光照射時間にほぼ比例して増大したことが確認された。照射時間30分間で、過酸化水素生成のターンオーバー数(TON)は、Ru(POM)触媒あたり25回に達した。Acr+-Mes(ClO4)触媒に対してもTONは4.7回となり、Acr+-Mes(ClO4)が光触媒として有効に機能していることが確認された。
【0132】
以上のように、水・アセトニトリル混合溶媒を用いた反応系(実施例1)および、水のみを溶媒として用いた反応系(実施例2)のいずれの場合も、四核ルテニウムポリオキソメタレートRu(POM)を水の酸化触媒、Acr+-Mes(ClO4)を光触媒として、過酸化水素を製造することができた。触媒のターンオーバー数も高く、過酸化水素を水と空気(大気中の酸素)から安価に製造できることが確認された。また、実施例1(水・アセトニトリル混合溶媒溶液)よりも実施例2(水溶液)の方が反応の効率がさらに高かった。
【0133】
さらに、アルミニウム置換メソポーラスシリカまたはゼオライトと電子供与体・受容体連結分子との複合物質を用いて、上記実施例1〜2と同様に過酸化水素製造を行うことが可能であった。以下の参考例では、これらの複合物質(無機有機複合物質)の製造例を示す。
【0134】
下記参考例1および2においては、カチオン性の電子供与体・受容体(ドナー・アクセプター、D−A)連結分子である9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンを、イオン交換により、Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカに挿入して無機有機複合物質を製造した。溶液の吸光度(紫外可視吸収スペクトル)は、Hewlett-Packard社製の機器8453 photodiode array spectrophotometer(商品名)を用いて測定した。拡散反射分光法による紫外可視吸収スペクトルは、株式会社島津製作所製のShimadzu UV-3300PC(商品名)およびその付属装置として同社のISR-3100(商品名)を用いて測定した。XRDは、株式会社リガク製RINT−1100(商品名)により、室温において、graphite-monochromatized Cu Ka radiationにより測定した。ESRスペクトルは、JEOL社製X−バンドスペクトロメータ(商品名JES−RE1XE)を用い、石英ESRチューブ(内径4.5mm)内で測定した。高圧水銀ランプは、ウシオ電機株式会社製USH-1005D(商品名、波長λ>390nm、出力1000W)を用いた。キセノンランプは、ウシオ電機株式会社製Ushio Optical ModelX SX-UID 500XAMQ(商品名、波長λ>390nm、出力500W)を用いた。全ての化学物質は、試薬級であり、東京化成、和光純薬、Aldrich社から購入した。
【0135】
[Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカの合成]
Na置換AlMCM−41メソポーラスシリカは、Janicke, M. T. et al. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6940-6951.の記載を参照して以下の通り合成した。すなわち、まず、Al(OiPr) 0.472g、脱イオン水39.2gおよび2M NaOHaq 5.00gを、不活性ガス(NまたはAr)雰囲気のナスフラスコ中、25℃(298K)で1時間撹拌した。次に、この中にセチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)0.80gおよびテトラエトキシシラン(TEOS)3.85gを加え、さらに25℃(298K)で16時間撹拌した。得られた固形物を濾取し、水洗し、不活性ガス(NまたはAr)気流中、2℃/minで500℃まで加熱し、さらに、そのまま500℃で6時間加熱を続けた。その後、2℃/minで室温まで冷却すると、黒色粉末が得られた。この黒色粉末を、不活性ガス(NまたはAr)気流中、2℃/minで500℃まで加熱し、さらに、そのまま500℃で6時間加熱を続けた。その後、2℃/minで室温まで冷却すると、目的物のAlMCM−41(Na置換)が白色粉末として得られた。また、前記25℃(298K)の水を、100℃(373K)の熱水に変える以外は同様にして反応を行い、同じように目的物のAlMCM−41(Na置換)が白色粉末として得られた。
【0136】
なお、前記白色粉末が目的物であることは、XRDにより確認した。図3のスペクトル図に、その結果を示す。図中、横軸は2θを示す。図3は、25℃(298K)の水中で合成した前記白色粉末のXRDパターンであり、図4は、AlMCM−41のXRDパターンの文献(Tuel, A. et al. Chem. Mater. 2004, 16, 2969-2974.)値を示す。図4の左は焼成前、右は焼成後で、上からそれぞれ、[Ca], [Cs], [K], [Na]AlMCM-41のXRDパターンを示す。図示の通り、XRDパターンにおけるピーク値は文献値と良い一致を示したことから、前記白色粉末が目的のAlMCM−41であることが確認された。
【0137】
[AlSBA−15メソポーラスシリカの合成]
ブレンステッド酸点を有するAlSBA−15メソポーラスシリカは、Martin, H. et al. J. Phys. Chem. B 2004, 108, 11496-11505.の記載を参照して以下の通り合成した。すなわち、まず、トリブロックコポリマー(triblock copolymer)の構造を有する界面活性剤であるポリ(エチレングリコール)−ブロック−ポリ(プロピレングリコール)−ブロック−ポリ(エチレングリコール)(poly(ethylene glycol)-block-poly(propylene glycol)-block-poly(ethylene glycol))(商品名Pluronic P123)4gおよび脱イオン水30mlをナスフラスコ中、25℃(298K)で2時間撹拌した。次に、この中に0.29Mの塩酸70mlを加え、ナスフラスコ中、25℃(298K)で2時間撹拌した。次に、テトラエトキシシラン(TEOS)9gおよび、Al(OiPr)1.245gを加え、ナスフラスコ中、40℃(313K)で24時間撹拌した。その後、さらに110℃(383K)で6時間撹拌した。得られた固形物を濾取し、水洗し、乾燥させた後、酸素(O)気流中、1℃/minで500℃まで加熱し、さらに、そのまま500℃で6時間加熱を続けた。その後、2℃/minで室温まで冷却すると、目的物のAlSBA−15が白色粉末として得られた。
【0138】
なお、図13に、前記白色粉末のXRDスペクトル図を示す。前記白色粉末が目的物であることは、図13のXRDを文献(Martin, H. et al. J. Phys. Chem. B 2004, 108, 11496-11505.)のXRDデータと比較して確認した。
【0139】
[参考例1]
図1に示すように、AlMCM−41型アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)と9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された本発明の無機有機複合物質を製造した。なお、図1は模式図であり、図中の文言、数値等は、推定可能な分子構造、反応機構等の単なる例示であって、本参考例におけるAlMCM−41型ゼオライト、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、無機有機複合物質等を何ら限定しない。なお、1Åは0.1nmすなわち10−10mに等しい。
【0140】
すなわち、前記の通り25℃(298K)の水中で合成および焼成前処理したNa置換AlMCM−41型ゼオライト0.25gに、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(東京化成工業株式会社)の4×10−3mol/Lアセトニトリル溶液25mLを加え、室温で12時間撹拌して黄緑色の懸濁液を得た。この懸濁液は、前記AlMCM−41型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質がアセトニトリル中に懸濁したものである。図5に、反応前の前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと、反応後の前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液の拡散反射スペクトルを併せて示す。図中、縦軸は吸光度であり、横軸は波長(nm)である。破線は、反応前の前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液のスペクトルであり、実線は、反応後の前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)懸濁液のスペクトルである。図示の通り、反応前、反応後とも、極大吸収波長λmaxは約360nmで変化はなかったが、反応後懸濁液(黄緑色)の拡散反射スペクトルは、反応前の過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液とも、Na置換AlMCM−41型ゼオライト(無色、可視光領域に吸収示さず)とも異なるパターンを示した。このことから、AlMCM−41型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質が生成していることが確認された。なお、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、AlMCM−41型ゼオライトの細孔(メソポア)の孔径が約2〜4nmと比較的大きいため、Naイオンとのカチオン交換により、AlMCM−41型ゼオライトの細孔内に挿入されていると推測される。
【0141】
さらに、前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液濃度を種々変化させる以外は同様にして無機有機複合物質を製造し、アセトニトリル溶液中に残存した9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの量から、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量(10−5mol/g)を算出した。図2のグラフに、その結果を示す。図中、横軸は、前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液濃度(mM)であり、縦軸は、AlMCM−41型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量(10−5mol/g)である。図示の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、AlMCM−41型ゼオライトに対し、最大(飽和量)で1.1×10−4mol挿入できることが確認された。なお、前記Na置換AlMCM−41型ゼオライトをY型ゼオライト(ジーエルサイエンス社、商品名SK40)に変えて9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量を比較した。その結果、図2に示すように、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンはY型ゼオライトの細孔内に全く挿入しなかった。これは、前記Y型ゼオライトの孔径が約0.7nmと小さいためと考えられる。
【0142】
さらに、前記無機有機複合物質を前記アセトニトリル懸濁液中から濾別し、真空ラインを用いて25 ℃で5時間乾燥させることにより単離した。そして、再度アセトニトリル中に懸濁させて拡散反射スペクトルを測定する等の方法により、前記無機有機複合物質が変質していないことを確認した。すなわち、前記無機有機複合物質において、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンがAlMCM−41型ゼオライトに固定化されており、容易に分離(脱着)しないことが確認された。
【0143】
[電荷分離状態の評価]
参考例1で得られた前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)について、電荷分離状態(電子移動状態)が長寿命かつ安定であることを確認した。無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)としては、参考例1で得られたもののうち、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)がAlMCM−41型ゼオライトに対し、最大(飽和量)の1.1×10−4mol挿入されているものを単離して用いた。
【0144】
すなわち、まず、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に対し、高真空中、25℃(298K)において高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)により5秒間可視光照射し、その後、ESRスペクトルを測定したところ、ラジカルの存在を示すシグナルが確認された。このESRシグナルは、Mes部位から一重項励起状態のAcr+部位への分子内電子移動によって生成した電荷分離状態(Acr-Mes・+)に由来するものと考えられる。すなわち、AlMCM−41ゼオライト中において、下記の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が生成し、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)となっていることが確認された。図6に、前記ESRスペクトル図を示す。同図におけるスペクトル中の*印は、Mn2+ESRマーカーを示す。このESRシグナルの減衰から、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)は、高真空中、25℃(298K)において約500秒と長寿命かつ安定であることが確認された。
【0145】
【化18】

【0146】
次に、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に対し、高真空中、100℃(373K)において高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)により30秒間可視光照射した。その後、同様にESRスペクトルを測定したところ、ラジカルの存在を示すシグナルが確認された。このESRシグナルは、Mes部位から一重項励起状態のAcr+部位への分子内電子移動によって生成した電荷分離状態(Acr -Mes・+)に由来するものと考えられる。すなわち、25℃(298K)のときと同様、AlMCM−41ゼオライト中において、下記の通り、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン(Acr+-Mes)の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が生成し、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)の電荷分離状態(Acr-Mes・+@AlMCM-41)となっていることが確認された。図7に、前記ESRスペクトル図を示す。同図におけるスペクトル中の*印は、Mn2+ESRマーカーを示す。さらに、図8のグラフに、図7のESRシグナルの減衰を示す。同図中、横軸は光照射終了後の経過時間(秒)であり、縦軸はESRシグナル強度(I)である。また、図8中の挿入図は、横軸に光照射終了後の経過時間(秒)を、縦軸にln(I/I0)(I0は、光照射終了後の経過時間がゼロ(光照射直後)のESR強度)を示すグラフである。図示の通り、このESRシグナルの減衰は一次反応速度式に従った(観測定数kobs=1.1×10−2−1)。なお、このESRシグナルの減衰は、Acr-Mes・+が分子内逆電子移動反応によって再度Acr+-Mesに戻ったことに由来するものと考えられる。この減衰速度から、前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、AlMCM−41ゼオライトに取り込まれた電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態(Acr-Mes・+)が、100℃という非常に高温にも関わらず、約10秒という極めて長い電荷分離寿命を有することが確認された。
【0147】
以上の通り、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)は、25℃(298K)の室温および100℃(373K)の高温の両方において長寿命かつ安定な電荷分離状態を示した。このことは、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、高い酸化還元能を示し、酸化剤および還元剤の用途に適していることを示す。また、可視光照射によってこのように長寿命かつ安定な電荷分離状態を示すことは、光触媒として適していることを示す。このように、「室温以上の高温」で、かつ「可視光照射」により電子供与体・受容体連結分子の電荷分離状態生成およびその反応ダイナミクスが分光観測できた例は、従来技術において皆無である。特に、100℃という高温においてすら長寿命な電荷分離状態の生成は、本発明による極めて優れた効果である。
【0148】
さらに、ESRシグナル減衰後、再度前記と同様に高圧水銀ランプを照射し、ESRシグナルが最大値に達したところで照射を止め、ESRシグナル減衰後、再度同条件で高圧水銀ランプを照射することを繰り返した。図9のグラフに、そのときのESRシグナル強度図を示す。同図中、横軸は経過時間であり、縦軸は、ESR強度(I)である。図示の通り、光照射(ON)と光照射中止(OFF)を何度繰り返しても、ESRシグナルの最大値はほとんど減少しなかった。このことは、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、繰り返しの光励起によっても劣化せず、酸化剤、還元剤、光触媒等として繰り返しの使用に耐えうることを示す。
【0149】
さらに、前記参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に、高圧水銀ランプ(波長λ>390nm)を用いて高真空中25℃(298K)で300秒間光照射し、光照射の前後で、固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)を測定した。図10のグラフに、そのスペクトル図を示す。同図において、横軸は波長(nm)であり、縦軸は吸光度である。図示の通り、光照射後は、500nm付近の吸収帯が増大した。これは、AlMCM−41ゼオライトに挿入されたAcr+-Mesに対する光照射により生じた電荷分離状態(Acr-Mes・+)のAcrラジカルに由来するものと考えられる。目視による確認では、光照射前に黄緑色であった前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)が、光照射後は橙色に変化した。このように、本発明の無機有機複合物質において、電子供与体・受容体連結分子およびその電荷分離状態の少なくとも一方が可視光領域に特有の吸収帯を有する場合は、色の変化からも電荷分離状態生成の確認ができる。これにより、例えば、酸化剤、還元剤、光触媒等に用いる際に、反応進行の確認がしやすいという利点がある。
【0150】
さらに、前記参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)に、キセノンランプを用いて100℃(373K)で10秒間光照射したところ、前記と同様に、固体の紫外可視吸収スペクトル(拡散反射スペクトル)において500nm付近の吸収帯が増大した。図11のグラフに、その拡散反射スペクトルの減衰曲線を、ESRシグナルの減衰曲線と併せて示す。図11(a)は、拡散反射スペクトル減衰曲線であり、横軸は光照射後経過時間(秒)、縦軸は波長500nmにおける吸光度(ΔAbs)である。また、図11(a)中の挿入図は、横軸に光照射終了後の経過時間(秒)を、縦軸にlnΔAbsを示すグラフである。図示の通り、この拡散反射スペクトルの減衰は一次反応速度式に従った(観測定数kobs=1.0×10−2−1)。また、図11(b)は、100℃(373K)における高圧水銀ランプ後のESRシグナル減衰曲線を示すグラフであり、図8と全く同一である。図11(a)および(b)に示すとおり、ESRシグナル強度の減衰速度と500nmにおけるAcr由来の吸収帯の減衰速度が一致した。このことは、前記参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、電荷分離状態が100℃という高温においても長寿命かつ安定であることを、さらに裏付ける結果である。
【0151】
以上の通り、参考例1の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlMCM-41)において、挿入した電子供与体・受容体連結分子を、各種分光観測により定量することができた。この無機有機複合物質に光照射すると、室温で長寿命かつ安定であるのみならず、100℃という高温においても約10秒と極めて長寿命でかつ安定な電荷分離状態が生成した。この電荷分離状態は、ESRおよび拡散反射分光法により分光観測することができた。
【0152】
[参考例2]
図12のスキームに基づき、AlSBA−15型アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)と9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された本発明の無機有機複合物質を製造した。同図に示す通り、前記製造スキームは、AlMCM−41方アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)をAlSBA−15型アルミニウム置換メソポーラスシリカ(ゼオライト)に変える以外は図1と同様である。なお、図12は、図1と同様に単なる模式図であり、図中の数値等は単なる例示であって、本発明を何ら限定しない。
【0153】
すなわち、前記の通り25℃(298K)の水中で合成および焼成前処理したAlSBA−15型ゼオライト0.25gに、過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(東京化成工業株式会社)の1×10−4mol/Lアセトニトリル溶液25mLを加え、室温で12時間撹拌して反応させて黄緑色の懸濁液を得た。この懸濁液は、前記AlSBA−15型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質がアセトニトリル中に懸濁したものである。図14に、前記反応における、攪拌前(反応前)および攪拌後(反応後)の紫外可視吸収スペクトルをまとめて示す。図14の破線は、反応前の前記過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム(9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオン、Acr+-Mes)アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルである。図14の実線は、反応後の無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)懸濁液を遠心分離した上澄みの溶液の紫外可視吸収スペクトルである。同図中、縦軸は吸光度であり、横軸は波長(nm)である。図示の通り、反応前、反応後とも、極大吸収波長λmaxは約360nmで変化はなかった。図14の実線と破線との吸光度差から、アセトニトリル溶液中に残存した9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの量が算出でき、AlSBA−15型ゼオライトに対する9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンの挿入量(10−5mol/g)を算出した。
【0154】
図15に、前記反応後の前記無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)懸濁液の拡散反射スペクトルを示す。図示の通り、この反応後の懸濁液を遠心分離して得られる沈殿物固体(黄緑色)の拡散反射スペクトルは、反応前の過塩素酸塩9−メシチル−10−メチルアクリジニウム アセトニトリル溶液とも、AlSBA−15型ゼオライト(無色、可視光領域に吸収示さず)とも異なるパターンを示した。このことから、AlSBA−15型ゼオライトと9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンとから形成された無機有機複合物質が生成していることが確認された。なお、9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンは、AlSBA−15型ゼオライトの細孔(メソポア)の孔径が約6〜12nmと比較的大きいため、プロトンとの交換により、AlSBA−15型ゼオライトの細孔内に挿入されていると推測される。
【0155】
また、本参考例で製造(合成)した無機有機複合物質(Acr+-Mes@AlSBA-15)の拡散反射過渡吸収スペクトルを、ナノ秒時間分解レーザーフラッシュフォトリシス法により測定した。より具体的には、高真空中、25℃(298K)において波長λ=430nmの10Hzパルスレーザ光を照射して励起し、測定した。図16に、その拡散反射過渡吸収スペクトル図を示す。図中、横軸は波長であり、縦軸はΔJである。なお、ΔJとは、下記数式で定義される物理量である。下記数式において、Jは、前記パルスレーザ光照射前の拡散反射シグナル強度であり、Jは、前記パルスレーザ照射直後から時間t(秒)経過後の拡散反射シグナル強度である。

Δ=(J−J)/J

【0156】
図16中の○印は0.8ミリ秒後、▲印は4ミリ秒後、■印は16ミリ秒後、●印は50ミリ秒後、△印は150ミリ秒後のスペクトルを、それぞれ示す。図示の通り、Acr+-Mes@AlSBA-15の拡散反射過渡吸収スペクトルにおいて、Acr・-Mes・+に由来すると考えられる吸収帯(λmax=500nm)が可視光領域に観測され、非常に長い電荷分離寿命を有していることが示された。
【0157】
なお、図16において、近赤外領域の吸収帯は、例えばAcr・-Mes・+とAcr+-Mesの二量体によるものと考えられる。ただし、これは、可能な考察の一例であり、本発明を限定しない。
【0158】
さらに、下記参考例3では、焼成により前処理したNa-Yゼオライトを、電子供与体・受容体連結分子(化合物(I))の溶液中で撹拌し、さらに濾取、洗浄および乾燥させることにより、前記電子供与体・受容体連結分子とゼオライトとの複合物質すなわち無機有機複合物質を得た。
【0159】
以下において、核磁気共鳴(NMR)スペクトルは、JEOL社製の機器JNM-AL300 NMR spectrometer(商品名)(1H測定時300MHz)を用いて測定した。ケミカルシフトは百万分率(ppm)で表している。内部標準0ppmには、テトラメチルシラン(TMS)を用いた。結合定数(J)は、ヘルツで示しており、略号s、d、t、q、mおよびbrは、それぞれ、一重線(singlet)、二重線(doublet)、三重線(triplet)、四重線(quartet)、多重線(multiplet)および広幅線(broad)を表す。質量分析(MS)は、株式会社島津製作所社製の機器Kratos Compact MALDI I(商品名)を用い、MALDI-TOF-MS法により測定した。元素分析値は、Perkin-Elmer社製Model 240C(商品名)を用いて測定した。溶液の吸光度(紫外可視吸収スペクトル)は、Hewlett-Packard社製の機器8453 photodiode array spectrophotometer(商品名)を用いて測定した。レーザー照射には、Continuum社製の機器Nd:YAG laser(SLII-10, 4-6 ns fwhm)(商品名)を用いた。拡散反射分光法による紫外可視吸収スペクトルは、株式会社島津製作所製のShimadzu UV-3300PC(商品名)およびその付属装置として同社のISR-3100(商品名)を用いて測定した。全ての化学物質は、試薬級であり、東京化成、和光純薬、Aldrich社から購入した。ゼオライトは、Y型ゼオライト(ジーエルサイエンス社、商品名SK40)を用いた。
【0160】
<キノリニウムイオン誘導体塩の合成>
以下の通り、前記式1〜5で表されるキノリニウムイオン誘導体の塩を合成した。
【0161】
[1]キノリニウムイオン誘導体1〜5の合成
前記式1〜5で表されるキノリニウム誘導体の塩を合成した。なお、前記式1〜5を下に再掲する。
【0162】
【化19】

【0163】
[1−1]キノリニウムイオン誘導体1〜3の合成
下記スキーム3に従い、キノリニウムイオン誘導体2(3-(1-ナフチル)キノリニウムイオン)の過塩素酸塩を合成した。
【0164】
【化20】

【0165】
以下、前記スキーム3についてさらに詳しく説明する。
【0166】
前記スキーム3の反応を行うに先立ち、まず、1-ナフチルボロン酸エステル(2-1)を合成した。すなわち、まず、10mLの脱水THF中において、1-ナフチルブロマイド(2.07g, 10.0mmol)とマグネシウム(0.27g, 11.0mmol)の反応によってグリニヤール試薬を生成させた。次に、このグリニヤール試薬を、-78℃でトリメトキシボラン(2.08g, 20.0mmol)の脱水THF溶液10mLに加え、1時間攪拌した。反応終了後、溶媒を除去し、得られた白色固体をトルエン50mL中で攪拌しながらエチレングリコール5mLを加えた。その後、115℃で12時間還流し、反応させた。反応終了後、室温に冷却し、トルエン相のみ抽出し溶媒を除去した。その結果、1-ナフチルボロン酸エステル(2-1)が得られた(1.60g, 81%)。以下に、この1-ナフチルボロン酸エステル(2-1)の機器分析データを示す。
【0167】
1-ナフチルボロン酸エステル(2-1):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 8.73(d, J=7.5Hz, 1H), 8.11(s, J=7.5Hz, 1H),7.95(s, J=7.5Hz, 1H), 7.84(s, J=7.5Hz, 1H), 7.56-7.45(m, 3H), 4.52(s, 4H).
【0168】
次に、前記1-ナフチルボロン酸エステル(2-1)(1.00g, 5.00mmol)と3-ブロモキノリン(0.62g, 3.00mmol)のジメトキシエタン(DME)溶液4mLに、2.0M炭酸カリウム水溶液1.0mL、およびテトラキストリフェニルホスフィンパラジウム[Pd(PPh3)4](30mg, 0.026mmol)を加えて90℃で12時間還流した。反応終了後、室温に冷却し、クロロホルム100mLを加え、水100mLでの洗浄処理を2回行い、続いて飽和食塩水50mLで洗浄処理を行った。溶媒を除去し、クロロホルムを展開溶媒としてカラムクロマトグラフィーによって精製し、3-(1-ナフチル)キノリン(2-2)を得た(84mg, 11%)。以下に、この3-(1-ナフチル)キノリン(2-2)の機器分析データを示す。
【0169】
3-(1-ナフチル)キノリン(2-2):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 9.06(s, 1H), 8.28(s, 1H), 8.21(d, J=8.4Hz, 1H), 7.97-7.75(m, 5H), 7.65-7.46(m, 5H).
【0170】
さらに、前記3-(1-ナフチル)キノリン(2-2)(70mg, 0.27mmol)をアセトン10ml中に溶解させ、さらに、ヨウ化メチルを(130μl, 2mmol)加え10時間攪拌した。溶媒を除去し、メタノール20mLを加え、過塩素酸ナトリウム(0.12g, 1.0mmol)を加えて塩交換(イオン交換)し、3-(1-ナフチル)キノリニウムイオン(キノリニウムイオン誘導体2)の過塩素酸塩を得た。得られたキノリニウムイオン誘導体2過塩素酸塩の収量は93mgであり、前記3-(1-ナフチル)キノリン(2-2)からの収率は93%であった。以下に、このキノリニウムイオン誘導体2過塩素酸塩の機器分析データを示す。
【0171】
キノリニウムイオン誘導体2過塩素酸塩:
1H NMR (300MHz, CD3CN) δ 9.25 (s, 1H), 9.20(s, 1H), 8.42(t, J=8.4 Hz, 2H), 8.30(t, J=8.4Hz, 1H), 8.15-8.08(m, 3H), 7.86(d, J=8.4Hz, 1H), 7.74-7.56(m, 4H), 4.63(s, 3H), MALDI-TOF-MS m/z 270(M+ Calcd for C20H16N 270.1). Anal. Calcd for C20H16ClNO4: C, 64.96; H, 4.36; N, 3.79. Found: C, 64.80; H, 4.24; N, 3.82.
【0172】
さらに、下記スキーム3’に従い、キノリニウムイオン誘導体1の過塩素酸塩を得た。
【0173】
【化21】

【0174】
すなわち、2,4,6-トリメチルフェニルボロン酸(1.64g, 10.0mmol)と3-ブロモキノリン(1.24g, 6.00mmol)のジメトキシエタン(DME)溶液8mLに2.0M炭酸カリウム水溶液2.0mL、テトラキストリフェニルホスフィンパラジウム[Pd(PPh3)4](60mg, 0.052mmol)を加えて90℃で12時間還流した。反応終了後、クロロホルム100mL加え、水100mLでの洗浄処理を2回、続いて飽和食塩水50mLで洗浄処理を行った。溶媒を除去し、ジクロロメタンを展開溶媒としてカラムクロマトグラフィーによって精製し、3-(1-メシチル)キノリン(化合物1-2)が得られた(500mg, 34%)。得られた3-(1-メシチル)キノリン(500mg, 2.02mmol)を、アセトン80ml中で、ヨウ化メチル(8mmol)を加え10時間攪拌した。溶媒を除去し、メタノール30mLを加え、過塩素酸ナトリウム(0.12g, 1.0mmol)を加え過塩素酸塩へと塩交換した。得られた3-(1-メシチル)キノリニウムイオン;Qu+-Mesは105mgで収率は14%であった。
【0175】
また、1-ナフチルブロマイドに代えて2-メチル-1-ナフチルブロマイドを用いる以外は前記スキーム1と同様にしてキノリニウムイオン誘導体3の過塩素酸塩を得た。以下に、これらキノリニウムイオン誘導体1過塩素酸塩、キノリニウムイオン誘導体3過塩素酸塩およびそれらの中間体の機器分析データを示す。
【0176】
3-(1-メシチル)キノリン(キノリニウムイオン誘導体1過塩素酸塩の中間体、化合物1-2):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 8.67(s, 1H), 8.14(d, J=8.4Hz, 1H), 7.96(s, 1H), 7.76-7.55(m, 3H), 7.00(s, 2H), 2.34(s, 3H), 2.03(s, 6H).
【0177】
3-[1-(2-メチル)ナフチル)]キノリン(キノリニウムイオン誘導体3過塩素酸塩の中間体):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 8.85(s, 1H), 8.22(d, J=8.4Hz, 1H), 8.10(s, 1H), 7.89-7.60(m, 6H), 7.49-7.32(m, 3H), 2.29(s, 3H).
【0178】
キノリニウムイオン誘導体1過塩素酸塩:
1H NMR(300MHz, CD3CN) δ 8.93(s, 1H), 8.90(s, 1H), 8.39(d, J=7.8Hz, 1H), 8.33(d, J=7.8 Hz, 1H), 8.26(t, J=7.8 Hz, 1H), 8.04(t, J=7.8Hz, 1H), 7.08(s, 2H), 2.04(s, 6H), 4.57(s, 3H), 2.35(s, 3H), MALDI-TOF-MS m/z 262(M+ Calcd for C19H20N 261.8). Anal. Calcd for C19H20ClNO4: C, 63.07; H, 5.57; N, 3.87. Found: C, 62.91; H, 5.49; N, 3.89.
【0179】
キノリニウムイオン誘導体3過塩素酸塩:
1H NMR(300MHz, CD3CN) δ 9.09(s, 1H), 9.05(s, 1H), 8.49-8.25(m, 3H), 7.96-8.12(m, 3H), 7.62-7.32(m, 4H), 4.61(s, 3H), 2.38(s, 3H), MALDI-TOF-MS m/z 284(M+ Calcd for C21H18N 284.1). Anal. Calcd for C21H18ClNO4: C, 65.71; H, 4.73; N, 3.65. Found: C, 65.58; H, 4.73; N, 3.65.
【0180】
[1−2]キノリニウムイオン誘導体4および5の合成
下記スキーム4に従い、キノリニウムイオン誘導体5(2-フェニル-4-(1-ナフチル)キノリニウムイオン)の過塩素酸塩を合成した。
【0181】
【化22】

【0182】
前記スキーム4の反応は、具体的には以下のように行った。すなわち、まず、アントラニル酸N-メトキシ-N-メチルアミド(5-1)(2.00g, 11.1mmol)と1-ナフチルブロマイド(5-2)(2.29g, 11.1mmol)を、脱水THF60mLに溶かした。次に、この溶液を-78℃に冷却し、その温度のまま攪拌しながら、n-ブチルリチウムヘキサン溶液(13.8mL, 1.6M, 22.2mmol)を20分間かけて滴下した。滴下後、1N塩酸20mLを加え、酢酸エチル150mLで抽出し、水100mLでの洗浄処理を2回行い、続いて飽和食塩水50mLで洗浄処理を行った。有機溶媒を除去し、クロロホルムを展開溶媒としてカラムクロマトグラフィーによって精製し、1'-ナフチル-2-アミノベンゾフェノン(5-3)を得た。収量は500mg、収率は18%であった。以下に、この1'-ナフチル-2-アミノベンゾフェノン(5-3)の機器分析データを示す。
【0183】
1'-ナフチル-2-アミノベンゾフェノン(5-3):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 7.97-7.93(m, 3H), 7.49-7.42(m, 4H), 7.28-7.20(m, 2H), 6.73 (d, J=7.5Hz, 1H), 6.52(bs, 1H), 6.43(t, J=7.5Hz, 3H).
【0184】
次に、1'-ナフチル-2-アミノベンゾフェノン(5-3)(400mg, 1.6mmol)とアセトフェノン(400mg, 4.4mmol)にジフェニルフォスファイト(DPP)(2.5g, 10.0mmol)とm-クレゾール(1.6g, 14.8mmol)を加え、140℃で5時間攪拌した。反応終了後、室温に冷却し、10%水酸化ナトリウム水溶液100mLと塩化メチレン100mLを加えた。塩化メチレンを分離回収し、水100mLでの洗浄処理を3回行い、続いて飽和食塩水50mLで洗浄処理を行った。溶媒を除去し、クロロホルムを展開溶媒としてカラムクロマトグラフィーによって精製し、2-フェニル-4-(1-ナフチル)キノリン(5-4)を得た。収量は150mg、1'-ナフチル-2-アミノベンゾフェノン(5-3)からの収率は28%であった。以下に、この2-フェニル-4-(1-ナフチル)キノリン(5-4)の機器分析データを示す。
【0185】
2-フェニル-4-(1-ナフチル)キノリン(5-4):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 8.27(d, J= 8.5 Hz, 1H), 8.21(d, J=8.5 Hz, 2H), 7.97(t, J=8.5 Hz, 2H), 7.91s, 1H), 7.71 (t, J=8.5Hz, 1H), 7.61-7.32(m, 11H).
【0186】
さらに、4-ナフチル-2-フェニルキノリン(5-4)(150mg, 0.45mmol)の塩化メチレン溶液10mLにメチルトリフラート(トリフルオロメタンスルホン酸メチル)(82mg, 0.50mmol)を加えて室温で2時間攪拌した。溶媒を除去し、メタノール20mLを加え、過塩素酸ナトリウム(0.12g, 1.0mmol)を加え過塩素酸塩へと塩交換した。熱メタノールで再結晶を行い、2-フェニル-4-(1-ナフチル)キノリニウムイオン(キノリニウムイオン誘導体5)の過塩素酸塩を190mg得た。4-ナフチル-2-フェニルキノリン(5-4)からの収率は95%であった。以下に、キノリニウムイオン誘導体5過塩素酸塩の機器分析データを示す。
【0187】
キノリニウムイオン誘導体5過塩素酸塩:
1H NMR (300MHz, CD3CN) δ 8.52(d, J=9.0Hz, 1H), 8.25(t, J=9.0Hz, 1H), 8.18(d, J=9.0Hz, 1H), 8.08(d, J=9.0Hz, 1H), 8.05(s, 1H), 7.82-7.69(m, 8H), 7.61(t, J=9.0Hz, 2H), 7.45(t, J=9.0Hz, 1H), 7.41(d, J=9.0Hz, 1H), 4.44(s, 3H), MALDI-TOF-MS m/z 346(M+ Calcd for C20H16N 346.2). Anal. Calcd for C26H20ClNO4: C, 70.03; H, 4.52; N, 3.14. Found: C, 69.78; H, 4.39; N, 3.19.
【0188】
さらに、1-ナフチルブロマイドに代えてブロモベンゼンを用いる以外は前記スキーム2と同様にしてキノリニウムイオン誘導体4の過塩素酸塩を得た。以下に、キノリニウムイオン誘導体4過塩素酸塩およびその中間体の機器分析データを示す。
【0189】
2,4-ジフェニルキノリン(キノリニウムイオン誘導体4過塩素酸塩の中間体):
1H NMR (300MHz, CDCl3) δ 8.26-8.18(m, 2H), 7.90(d, J=8.4Hz, 1H), 7.82(s, 1H), 7.73(t, J=8.4Hz, 1H), 7.57-7.43(m, 10H).
【0190】
キノリニウムイオン誘導体4過塩素酸塩:
1H NMR (300MHz, CD3CN) δ 8.48(d, J=8.4Hz, 1H), 8.31-8.25(m, 2H), 7.98(t, J=8.4Hz, 1H), 7.95(s, 1H), 7.75-7.67(m, 10H), 4.36(s, 3H), MALDI-TOF-MS m/z 270(M+ Calcd for C20H16N 270.1). Anal. Calcd for C22H18ClNO4: C, 66.75; H, 4.58; N, 3.54.
【0191】
<参考例3>
Y型ゼオライト200mgを電気炉により200℃で8時間焼成した。これを前記キノリニウムイオン誘導体1すなわち3-(1-メシチル)キノリニウムイオン(Qu+-Mes)7.2mg(2.0×10-2mmol)のアセトニトリル200mL溶液(1.0×10-4M)中に浸漬させ、室温で12時間撹拌し、濾取した後、アセトニトリルで三回洗浄し、真空(減圧)下で乾燥させた。このようにして、無機有機複合物質を得ることができた(参考例3−1とする)。
【0192】
図17に、参考例3−1(Qu+-Mes)における前記アセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルを、ゼオライト添加前と添加後で測定した結果をそれぞれ示す。同図において、横軸は波長を示し、縦軸は吸光度を示す。図示の通り、参考例1では、ゼオライト添加後に吸収帯が大きく変化しており、無機有機複合物質の生成が確認された。この無機有機複合物質の構造は必ずしも明らかではないが、例えば、Y型ゼオライトのスーパーケージ内にQu+-Mesの分子が挿入されていると考えられる。また、前記キノリニウムイオン誘導体1(Qu+-Mes)に代えて前記キノリニウムイオン誘導体2〜5をそれぞれ用いても、同様に本発明の無機有機複合物質が得られた(それぞれ参考例3−2〜参考例3−5とする)。
【0193】
さらに、参考例3−1(Qu+-Mes)において、ゼオライトの使用量をアセトニトリル1mLに対して0.50mgとし、電子供与体・受容体連結分子溶液の濃度を種々変化させる以外は前記と同様にして浸漬、濾取、洗浄および乾燥を行った。そして、ゼオライト添加前後の溶液の紫外可視吸収スペクトルにおける吸収帯の減少値から、ゼオライトのスーパーケージ10個に対するQu+-Mes分子数を決定した。図18のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は前記電子供与体・受容体連結分子溶液の濃度、縦軸は、ゼオライトのスーパーケージ10個に対する前記電子供与体・受容体連結分子(D-Aダイアド)の数である。図示の通り、Qu+-Mes(メシチルキノリニウムイオン)は、無機有機複合物質を形成した。ゼオライトのスーパーケージ10個に対するQu+-Mes分子数は、Qu+-Mes濃度に比例して増大し、最大2.2分子で飽和に達した。また、浸漬、濾取、洗浄および乾燥済の無機有機複合物質について、固体の拡散反射分光法により紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、ゼオライトのスーパーケージ10個に対するQu+-Mes分子数の増大に応じて吸光度も増加することが確認された。
【0194】
さらに、参考例3−1(Qu+-Mes)の無機有機複合物質(濾取、洗浄および乾燥済)1.0mgをアセトニトリル3.8mL中に加えて懸濁させ、拡散反射分光法により紫外可視吸収スペクトルを測定した。図19に、その結果を、Qu+-Mesアセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルと併せて示す。同図において、横軸は波長を示し、縦軸は吸光度を示す。図中、実線で示した「アセトニトリル中ゼオライト懸濁」は、前記拡散反射分光法により測定した無機有機複合物質の紫外可視吸収スペクトルである。点線で示した「アセトニトリル中」は、Qu+-Mesの5.00×10−5mol/Lアセトニトリル溶液の紫外可視吸収スペクトルである。図示の通り、無機有機複合物質の拡散反射分光スペクトルにおける吸収帯は、Qu+-Mes溶液の吸収帯とよく一致した。これは、参考例3−1の無機有機複合物質がアセトニトリル溶液中においても安定にQu+-Mes分子を包含していることを示す。
【0195】
なお、図19の測定に用いた無機有機複合物質は、前記キノリニウムイオン誘導体1すなわち3-(1-メシチル)キノリニウムイオン(Qu+-Mes)の1.25×10−4mol/Lアセトニトリル溶液を用い、ゼオライトの使用量をアセトニトリル1mLに対して0.50mgとして前記と同様に浸漬、濾取、洗浄および乾燥を行い、製造した。ゼオライトのスーパーケージ10個に対するQu+-Mes分子数は、前記と同様、製造工程において、ゼオライト添加前後の溶液の紫外可視吸収スペクトルにおける吸収帯の減少値から決定したところ、2.2個であった。
【0196】
さらに、図19の測定に用いたものと同じ無機有機複合物質(濾取、洗浄および乾燥済)を、溶媒に浸漬させずにそのまま、固体の拡散反射分光法を用いて紫外可視吸収スペクトルを測定した。図20に、その結果を示す。同図において、横軸は波長であり、縦軸は吸光度である。図示の通り、参考例3−1の無機有機複合物質について固体の拡散反射分光法により測定した吸収極大波長は、アセトニトリル中(図19)とほぼ一致した。この測定結果は、参考例1の無機有機複合物質がアセトニトリル溶液中で安定であることをさらに支持する。
【0197】
参考例3−1〜参考例3−5の無機有機複合物質をアセトニトリル等の溶媒中で光励起すると、キノリニウムイオン誘導体1〜5単独の溶液と比較して、さらに長寿命の電荷分離状態(電子移動状態)の生成が観測された。また、キノリニウムイオン誘導体1〜5が可視光領域に吸収帯を有するため、これを含む参考例3−1〜参考例3−5の無機有機複合物質は、可視光励起が可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0198】
以上説明した通り、本発明の製造方法またはキットによれば、過酸化水素を低コストで製造できる。例えば、光励起可能な光電荷分離分子を前記電子供与体・受容体連結分子として用い、水の酸化触媒を組み合わせることにより、可視光照射下、水を酸素により酸化して過酸化水素を得ることもできる。これによれば、原料は水と酸素(空気)であるので、過酸化水素の製造コストを従来法に比べて遙かに低くすることができる。したがって、例えばヴァルター機関等の燃料である過酸化水素供給に有用である。過酸化水素を燃料とする燃料機関は、高性能でありながら過酸化水素の高コストにより広く普及していなかった。しかし、本発明によれば、過酸化水素をきわめて低コストに供給できるので、これらの燃料機関の有用性を大幅に高めることができる。これにより、過酸化水素を、石油に依存しない新エネルギー源とし得る。また、過酸化水素は、石油等と異なり燃焼してもCOを発生しないため、CO削減に寄与する新エネルギー源ともなり得る。さらに、本発明は、燃料期間に限定されず、工業用、研究用、医療用等、過酸化水素を用いるあらゆる技術分野に適用可能である。本発明によれば、例えば前述のように、熱源等を用いずに太陽光と水と空気から用いることもできる。これによれば、過酸化水素の使用工程のみならず製造工程においてもCO削減が可能であり、CO削減のための新エネルギー源の切り札として、その価値は多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子供与体・受容体連結分子と、水と、水の酸化触媒とを含む反応系を準備する反応系準備工程と、
前記電子供与体・受容体連結分子の電子移動状態を生成させる電子移動状態生成工程と、
前記反応系において、前記電子移動状態の前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水と、前記水の酸化触媒とを反応させて過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程とを含む、
過酸化水素製造方法。
【請求項2】
前記電子供与体・受容体連結分子において、電子供与体部位が、1または複数の電子供与基であり、電子受容体部位が、1または複数の芳香族カチオンである、請求項1記載の過酸化水素製造方法。
【請求項3】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(A−1)〜(A−8)のいずれかで表される含窒素芳香族カチオン誘導体、下記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体、それらの立体異性体および互変異性体、並びにそれらの塩からなる群から選択される少なくとも一つである請求項2記載の過酸化水素製造方法。
【化1】

【化2】

前記式(A−1)〜(A−8)中、
Rは、水素原子または任意の置換基であり、
Arは、前記電子供与基であり、1個でも複数でも良く、複数の場合は同一でも異なっていても良く、
含窒素芳香族カチオンを形成する含窒素芳香環は、RおよびAr以外の任意の置換基を1以上有していても良いし、有していなくても良く、
前記式(I)中、
R1は、水素原子または任意の置換基であり、
Ar1〜Ar3は、それぞれ水素原子または前記電子供与基であり、同一でも異なっていても良く、Ar1〜Ar3の少なくとも一つは前記電子供与基である。
【請求項4】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(A−9)で表される9−置換アクリジニウムイオン、その互変異性体および立体異性体、からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項2記載の過酸化水素製造方法。
【化3】

前記式(A−9)中、RおよびArは、前記式(A−1)と同じである。
【請求項5】
前記電子供与体・受容体連結分子が、下記式(A−10)で表される9−メシチル−10−メチルアクリジニウムイオンである、請求項1から4のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【化4】

【請求項6】
前記式(I)で表されるキノリニウムイオン誘導体が、下記式1〜5のいずれかで表されるキノリニウムイオン誘導体である請求項2記載の過酸化水素製造方法。
【化5】

【請求項7】
前記反応系が、さらに多孔質物質を含み、前記電子供与体・受容体連結分子が、前記多孔質物質との複合物質を形成している請求項1から6のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項8】
前記多孔質物質が、メソポーラスシリカのケイ素(Si)原子の一部がアルミニウム(Al)原子で置換されたアルミニウム置換メソポーラスシリカ、およびゼオライトの少なくとも一方である請求項7記載の過酸化水素製造方法。
【請求項9】
前記アルミニウム置換メソポーラスシリカにおいて、メソポーラスシリカが、MCM−41型、MCM−48型、MCM−50型、SBA−15型、またはFSM−16型メソポーラスシリカからなる群から選択される少なくとも一つである、請求項8記載の過酸化水素製造方法。
【請求項10】
前記ゼオライトが、Y型、A型、X型、L型、ベータ型、フェリエライト型、モルデナイト型、ZSM−5型、TS−1型、およびMCM−22型のゼオライトからなる群から選択される少なくとも一つである請求項8または9記載の過酸化水素製造方法。
【請求項11】
前記水の酸化触媒が、オキソ錯体である請求項1から10のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項12】
前記水の酸化触媒が、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、イリジウムのオキソ錯体、インジウムオキサイド、ルテニウムオキサイド、イリジウムオキサイドからなる群から選択される少なくとも一つである請求項1から10のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項13】
前記水の酸化触媒が、Rb8K2[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、Cs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]、Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]、Li10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]、Na10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、K10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、Rb10[{Ru4O4(OH)2(H2O)4}(γ-SiW10O36)2]、およびCs10[Ru4(μ-O)4(μ-OH)2(H2O)4(γ-SiW10O36)2]からなる群から選択される少なくとも一つである請求項1から12のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項14】
前記過酸化水素発生工程において、前記反応系のpHが2.0〜6.0である請求項1から13のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【請求項15】
請求項1から14のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法に用いる前記電子供与体・受容体連結分子と、前記水の酸化触媒とを含む過酸化水素製造用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2011−140431(P2011−140431A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3477(P2010−3477)
【出願日】平成22年1月10日(2010.1.10)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】