説明

遣体用保存剤およびその使用方法

【課題】安全で、保存性が良く、しかも比較的安価に提供できる、新規且つ有用な遣体の保存剤の提供。
【解決手段】p-ヒドロキシ安息香酸エステルまたはイソチアゾリンケトン類化合物、水溶性脂肪族多価アルコール、ジメチルスルホキシド、炭素数4〜9のモノアルコール、および、エタノールまたは水からなる遺体用保存剤。水溶性脂肪族多価アルコールとして、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、または1,2,3,4−ブタンテトラオールを含み、炭素数4〜9のモノアルコールとして、1−ヘキサノール、1−ペンタノール、1−ヘプタノール、2−ヘキサノール、または3−ヘキサノールを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遣体を荼毘に付したり土葬したりするまで、遣体を保存させるのに使用する保存剤およびその使用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
遺体の保存には、大量のドライアイスを使用して、肉体・体液などを凍結させることにより腐敗を防止し、悪化を遅らせる措置を施すのが一般的となっている。
しかしながら、その保存効果は大したものではなく、死臭の発生を抑え切れない上に、結露による水滴が大量に出たり、多量のCO(炭酸ガス)が発生したりなどの欠点がある。特に、多量のCO(炭酸ガス)の発生は環境面からも好ましいことではない。
【0003】
その対処方法として、中国製の防腐剤が使用されるケースもあるが、その防腐剤は、成分が非表示で成分に安全面からも不安がある上に、実際に、施術者自身が薬剤によるかぶれ、湿疹により被害を受けたとの報告もある。さらに、高価でもある。
【0004】
また、特許文献1では、遺体防腐合成物が紹介されているが、この遺体防腐合成物は過酸化物の殺菌作用を利用したものであり、過酸化水素を含むため、安全面には不安が残る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−52211号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
それ故、本発明は、安全で、保存性が良く、しかも比較的安価に提供できる、新規且つ有用な遣体用保存剤と、その保存剤の適切な使用方法を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するものであり、請求項1の発明は、p-ヒドロキシ安息香酸エステルまたはイソチアゾリンケトン類化合物、水溶性脂肪族多価アルコール、ジメチルスルホキシド、炭素数4〜9のモノアルコール、および、エタノールまたは水からなることを特徴とする遺体用保存剤である。
【0008】
請求項2の発明は、請求項1に記載した遺体用保存剤において、水溶性脂肪族多価アルコールとして、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、または1,2,3,4−ブタンテトラオールを含むことを特徴とする遺体用保存剤である。
【0009】
請求項3の発明は、請求項2に記載した遺体用保存剤において、水溶性脂肪族多価アルコールとして、エチレングリコール、またはこれにグリセリン、グリセリンアセトニド、ジエチレングリコール、または1,2,3,4−ブタンテトラオールを含むことを特徴とする遺体用保存剤である。
【0010】
請求項4の発明は、請求項1から3のいずれかに記載した遺体用保存剤において、炭素数4〜9のモノアルコールとして、1−ヘキサノール、1−ペンタノール、1−ヘプタノール、2−ヘキサノール、または3−ヘキサノールを含むことを特徴とする遺体用保存剤である。
【0011】
請求項5の発明は、請求項1から4のいずれかに記載した遺体用保存剤において、さらに、ホルマリンを含むことを特徴とする遺体用保存剤である。
【0012】
請求項6の発明は、請求項1から5のいずれかに記載した遺体用保存剤の使用方法において、液体状態で体内に注入することを特徴とする使用方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の保存剤は、安全で、保存性が良く、しかも比較的安価な成分で構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の保存剤の死体への注入手順を説明する図である。
【図2】本発明の保存剤による微生物の繁殖抑制効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(1)各種成分
A.p-ヒドロキシ安息香酸エステル、またはイソチアゾリンケトン類化合物
防腐面からの保全効果を期待して含まれている。
前者のp-ヒドロキシ安息香酸エステルには、p-ヒドロキシ安息香酸メチル、p-ヒドロキシ安息香酸エチル、p-ヒドロキシ安息香酸イソプロピル、p-ヒドロキシ安息香酸ブチル、p-ヒドロキシ安息香酸ペンチルが含まれるが、このうち、特にp-ヒドロキシ安息香酸メチルは安全な防腐剤として既に種々の化粧品や各種薬剤に含まれており、微生物の繁殖を抑える効果が確認されており、その使用が推奨される。
後者のイソチアゾリンケトン類化合物には、5−クロロ−2−メチルイソチアゾロンが含まれる。
【0016】
B.水溶性脂肪族多価アルコール
水に溶けるので、各種薬剤成分の細胞内への侵入を助けることを期待して含まれている。
水溶性脂肪族多価アルコールには、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、1,2,3,4−ブタンテトラオールが含まれる。特に、エチレングリコールは、遺体の皮膚、特に顔面につやつや感やしっとり感を出すので、これを単独で使用または少なくとも併用することで美容効果も併せて期待できる。
【0017】
C.ジメチルスルホキシド
上記した水溶性脂肪族多価アルコールと同様に水に溶けると共に、薬剤成分を溶解させる作用が強いので、上記した水溶性脂肪族多価アルコールとの併用により、細胞内の水との交換により作用各種薬剤成分の細胞内への侵入を助けることを期待して含まれている。
【0018】
D.炭素数4〜9のモノアルコール
防腐効果を増強することを期待して含まれている。また、一般的に良い香りがあるため、保存剤そのものへの拒絶感を和らげることも期待できる。
炭素数4〜9のモノアルコールには、1−ヘキサノール、1−ペンタノール、1−ヘプタノール、2−ヘキサノール、3−ヘキサノールが含まれる。
【0019】
E.エタノールまたは水
溶剤として含まれている。特に、エタノールは溶剤として上記薬剤成分を溶解させ、さらに水ともどんな割合でも混和するため、体内の水分とも容易に混じり合うので、上記薬剤成分の細胞内への侵入を容易にするだけでなく、殺菌作用があるため、好ましい。
エタノールとして、水を含む工業用エタノールを使用してもよい。
【0020】
F.ホルマリン
皮膚等の軟化が激しい場合に、それに対処するために、固定効果を期待して含まれる。
【0021】
(2)配合例
上記した各種成分を、使用状況に応じて以下のように処方する。
(基本的な遺体保存液)
遺体の保全を目的として使用する。
遺体保存液の処方は、上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)を配合したものである。これらの薬剤を混合し、固形物については完全に溶かして最終的には透明な溶液とした上で使用する。
【0022】
1例として、以下の割合で配合する。
A.p-ヒドロキシ安息香酸メチル 50g
B.グリセリン 60mL
C.ジメチルスルホキシド 40mL
D.1−ヘキサノ―ル 10mL
E.エタノール 380mL
【0023】
この保存剤は少なくとも3年間は常温保存可能であり、人体等に危険なものではない。配合比は使用目的に応じて変更できる。例えば状態が悪い場合にはp-ヒドロキシ安息香酸メチルを増量することも可能である。また、冬季で気温が低い場合には、p-ヒドロキシ安息香酸メチルが120gを越えると溶けにくくなり析出する可能性があるので、最大80g程度に抑えた方が良い。
また、消臭の目的で1−ヘキサノ―ルを増量したり、(F)のホルマリンを加えたりすることも可能である。
さらに、使用する溶剤として通常は工業用エタノールが想定されているが、冬季で気温が低い場合には、純度の高いものを使用して溶解し易くするのも一案である。
【0024】
また、室内に蔓延する異臭の防止という意味で、上記保存剤に香料を添加することもできる。香料の例としては、メントール(ハッカの成分ですっきりした香りをもつ)、リモネン(柑橘類の主要な成分でオレンジ臭をもつ)、ピネン類(主として松脂の成分で森林の臭いをもつ)、低分子エステル類(バナナや果物の香りをもつ)が挙げられる。
【0025】
上記の保存剤は、体内(頭部、口内、胸部、腹部等)に注射器またはポンプを用いて注入する。
具体的には、保存剤を、図1に示すように、鼻(1)から頭蓋骨内上部、喉(2)から頭蓋骨内下部へ、両脇(3)から主として肺臓内へ、へそ(4)から主として内臓部分にそれぞれ注入する。
1回の注入量は少ないときで数10mLから多くて1500mL程度である。状態を見て施術者が判断して注入する。この際、体内、特に腹部については、ガスが貯留している場合は、注射針を刺したりして予めガス抜きを行い、体液が貯留している場合は、体液を抜き取ることも必要となる。
【0026】
この保存剤を注入した遺体では腐敗臭が発生し難くする。そのため、季節によってはドライアイスを使用せずに済み、またドライアイスを併用する場合でもその使用量を大幅に減少させることができる。
従来のドライアイスのみを使用した場合よりも、保存期間を延ばせるので、葬儀の日程を数日間遅らせることも可能である。
【0027】
(美容効果を加えたい場合)
遺体の皮膚、特に顔面につやつや感やしっとり感を出させたい場合には、上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)を配合するに際し、上記(B)としてエチレングリコールを単独で使用または少なくとも併用する。
【0028】
なお、グリセリンと、エチレングリコールと、水またはエタノールを配合してシンプルな美容液として遺体の顔面に施すような利用も考えられる。
美容液の1例として、以下の割合で配合する。
B.グリセリン 60mL
B.エチレングリコール 30mL
E.水(またはエタノール) 300〜500mL
【0029】
(皮膚を固定させたい場合)
皮膚の固定効果を期待する場合、例えば、皮膚等の軟化が激しくて保全効果のみでは対処が難しい場合には、ホルマリンを加える。
1例として、以下の割合で配合する。
A.p-ヒドロキシ安息香酸メチル 50g
B.グリセリン 60mL
C.ジメチルスルホキシド 40mL
D.1−ヘキサノール 10mL
E.エタノール 200mL
F.ホルマリン(数%濃度の希釈液) 200mL
皮膚の状態によってホルマリンの量を増大させたり、エタノールの量を減少させたりして調整する。通常は全体として1%以下となるように処方する。
【0030】
上記とは別に、以下の処方でも、皮膚の固定効果を期待できる。
A.5-クロロ-2-メチルイソチアゾロン 10mL
B.グリセリン 15mL
E.水またはエタノール 450mL
G.グリセリンアセトニド 25mL
【0031】
また、災害による死亡で遺体に欠損がある場合には、以下の処方を提案できる。
B.グリセリン 15mL
D.1−ヘキサノール 50mL
E.エタノール 25mL
F.ホルマリン(数%濃度の希釈液) 300〜500mL
遺体の状況に応じてホルマリンの量を増大させたりするが,通常は全体として1%以下となるように処方する。
【実施例】
【0032】
下記の処方の保存剤を種々の濃度に希釈したものをサンプルとして準備し、微生物の繁殖抑制に関する実験を行ったところ、図2に示す結果が得られた。
A.p-ヒドロキシ安息香酸メチル 50g
B.グリセリン 60mL
C.ジメチルスルホキシド 40mL
D.1−ヘキサノ―ル 10mL
E.エタノール 380mL
【0033】
図2に示すように、本発明の保存剤によれば、微生物の繁殖を有意的に抑えることができる。
特に、原液のわずか1%溶液でも大腸菌をすべて殺してしまう能力があり、緑膿菌では5%の溶液で完全に死滅することが確認された。また、セレウス菌では1%,ブドウ球菌では2.5%で完全に死滅することが確認された。この結果から、遺体の防腐という意味ではこの原液を用いればほぼ完全に効果を発揮するものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の保存剤には、基本的に人体に害を与えるものは含まれず、施術者が手で触れても問題がない。従来の中国製品などではこの点に問題があり、細心の注意を払わなければならず、またその蒸気を嗅ぐだけでも健康被害があったことが報告されていることからも、本発明の保存剤は非常に有用と期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
p-ヒドロキシ安息香酸エステルまたはイソチアゾリンケトン類化合物、水溶性脂肪族多価アルコール、ジメチルスルホキシド、炭素数4〜9のモノアルコール、および、エタノールまたは水
からなることを特徴とする遺体用保存剤。
【請求項2】
請求項1に記載した遺体用保存剤において、
水溶性脂肪族多価アルコールとして、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、または1,2,3,4−ブタンテトラオールを含むことを特徴とする遺体用保存剤。
【請求項3】
請求項2に記載した遺体用保存剤において、
水溶性脂肪族多価アルコールとして、エチレングリコール、またはこれにグリセリン、グリセリンアセトニド、ジエチレングリコール、または1,2,3,4−ブタンテトラオールを含むことを特徴とする遺体用保存剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載した遺体用保存剤において、
炭素数4〜9のモノアルコールとして、1−ヘキサノール、1−ペンタノール、1−ヘプタノール、2−ヘキサノール、または3−ヘキサノールを含むことを特徴とする遺体用保存剤。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載した遺体用保存剤において、
さらに、ホルマリンを含むことを特徴とする遺体用保存剤。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載した遺体用保存剤の使用方法において、液体状態で体内に注入することを特徴とする使用方法。

【図1】
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【図2】
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