説明

遷移金属内包タングステン炭化物、タングステン炭化物分散超硬合金及びそれらの製造方法

【課題】 タングステン炭化物として遷移金属元素を強制固溶し、超硬合金原料に用いるのに適したタングステン合金炭化物粉末を提供する。
【解決手段】 コバルト、鉄及びニッケルの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められるタングステン合金粉末を炭化すると、炭化タングステンの骨格内に、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素とタングステンと炭素との固溶体相が含まれ、従来のタングステン炭化物分散超硬合金に匹敵する分散超硬合金を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遷移金属内包タングステン炭化物、タングステン炭化物分散超硬合金及びそれらの製造方法に関し、例えば超硬合金を製造するに適したタングステン炭化物、それを用いた超硬合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タングステンは高い融点と弾性率を有し、フィラメント材料やタングステン炭化物(WC)の原料として有用である。しかしながら、その資源は専ら中国に偏在していることから、中国の国内需要の急増に伴い、その価格が高騰する傾向にある。タングステンを省資源化した材料を開発するためには、タングステンの一部を遷移金属元素で代替する必要がある。
【0003】
しかしながら、タングステンはその融点の高さから溶融製造は困難である。また、形状付与のために粉末冶金技術を用いる場合にも、タングステン粉末と遷移金属元素の素粉末混合法では、合金化が進行しない問題がある。さらに、合金粉末製造のためのアトマイズ法の適用も困難である。
【0004】
他方、従来から金属塩又は金属水酸化物の共沈法を用いてタングステン合金粉末を製造する方法が知られている(特許文献1、特許文献2)。
【0005】
【特許文献1】特表2002−527626号公報
【特許文献2】米国特許第4913731号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1、2記載の製造方法では共沈という操作の関係上、合金粉末にはタングステン相及び遷移金属元素を合金化したタングステン相以外に、遷移金属元素の相が含まれ、合金化が進行していなかった。
【0007】
他方、極めて高い硬度のタングステン炭化物(WC)を、ゴバルト(Co)で結合した超硬合金は、切削工具や金型などに使用され、自動車産業や電子機器産業を支えている。しかしながら、上述したように、タングステン資源は中国に偏在していること、かつ、経済成長中の中国国内での超硬合金の需要が急激に増加していることから、タングステン原料の価格が高騰している。我が国における各種産業活動を維持するためには、高騰するタングステンの使用量を削減しつつ、超硬合金を自給し続けなければならない。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑み、タングステンを合金化した粉末を用いて超硬合金の原料であるタングステン炭化物及びそれを用いた超硬合金を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目標を達成するため、本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、水溶液中にタングステンイオンと遷移金属イオンをイオンレベルで均一・一様化し、蒸発乾固又は噴霧乾燥した後、熱分解させ、水素熱還元を行ってタングステン粉末を得ると、遷移金属元素を完全に強制固溶したタングステン合金粉末を作製でき、かかる合金粉末を用いて製造したタングステン炭化物および超硬合金が従来のタングステン粉末を用いることに代替し、安価な原料で従来の超硬合金に匹敵する超硬合金を提供できることを見出し、本発明をなしたもの
である。
【0010】
本発明は、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められる式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を炭化してなる式[1]で示される遷移金属内包タングステン炭化物にある。
式[2]:M−W(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
式[1]:M−W−C(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)

【0011】
本発明で用いる式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末は、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbcc相ピークが認められ、タングステン粒界に実質的に遷移金属元素又はその金属化合物が存在しない。そのため、タングステン粉末に代替して用いることができる。ここで、遷移金属がタングステン合金粉末の0.3重量%未満では省資源の効果が得られず、20.8重量%を超えると、タングステン粒界に第2相が析出し、遷移金属元素を固溶(強制固溶)したタングステン合金粉末にならない。タングステン合金粉末中、コバルトは、タングステンの格子位置に置換して存在することで、タングステンの代替元素として作用する。ニッケルは、コバルトと類似の機能をもち、コバルトよりも価格が安いことに特徴を有する。鉄およびマンガンは、タングステン粉末の強度を向上させ、しかも安価であることに特徴を有する。
【0012】
タングステンに対する遷移金属の固溶量はタングステンの等量モルまで可能である。固溶元素としては、コバルト及び鉄が最も好ましく、コバルトの場合、タングステン60〜90mol%に対しコバルト40〜10mol%が適当である。鉄の場合も同様である。
【0013】
コバルトの一部は、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換することができ、複合遷移金属固溶タングステン粉末を得ることができる。
【0014】
本発明に係る式[1]で示される遷移金属内包タングステン炭化物は、Co−W−C/WCで示される場合は、Co:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有するのが好ましく、Co−W−C固溶体相を内包している。ここで、コバルトの全てあるいは一部を、鉄、マンガン及びニッケルで置換することができる。タングステン炭化物中のコバルトの代わりに鉄を使用する場合はFe−W−C/WCで示され、Fe:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有するのが好ましく、Fe−W−C固溶体相を内包している。鉄の一部はマンガン、コバルト及びニッケルの1種以上で置換することができるが、マンガンで置換するのが好ましい。タングステン炭化物中のコバルトの代わりにニッケルを使用する場合はNi−W−C/WCで示され、Ni:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有するのが好ましく、Ni−W−C固溶体相を内包している。ニッケルの一部は鉄、マンガン、及びコバルトの1種以上で置換することができる。タングステン炭化物中のコバルトの代わりにマンガンを使用する場合はMn−W−C/WCで示され、Mn:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有するのが好ましく、Mn−W−C固溶体相を内包している。マンガンの一部は鉄、ニッケル及びコバルトの1種以上で置換することができる。
【0015】
また、本発明は、上記遷移金属内包タングステン炭化物を遷移金属元素粉末とともに焼結してなるタングステン炭化物分散超硬合金を提供するものでもある。即ち、コバルト、鉄及びニッケルの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められる式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を炭化してなる式[1]で示される遷移金属内包タングステン炭化物を結合遷移金属元素粉末とともに焼結してなることを特徴とするタングステン炭化物分散超硬合金にある。
式[1]:M−W−C(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
式[2]:M−W(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
特に、遷移金属内包タングステン炭化物がCo−W−Cであって、結合遷移金属がCoであるタングステン炭化物分散超硬合金、遷移金属内包タングステン炭化物がFe−W−Cであって、結合遷移金属がCoであるタングステン炭化物分散超硬合金、遷移金属内包タングステン炭化物がNi−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoであるタングステン炭化物分散超硬合金および遷移金属内包タングステン炭化物がMn−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoであるタングステン炭化物分散超硬合金を提供することができるが、上記タングステン炭化物中及び上記結合遷移金属のコバルトの一部または全てをニッケル、鉄、マンガンの一種以上で置換することができるのはもちろんである。

【発明の効果】
【0016】
本発明の遷移金属内包タングステン炭化物はWCにM−W−C固溶体(MはCo,Fe,Ni,Mnの1種異常を示す。)を微視的に内包させ、WCの骨格を維持したまま、W原子量を削減した新規タングステン炭化物となる。したがって、これをタングステン炭化物として使用すると、従来のタングステン炭化物に優れるとも劣らない分散超硬合金を提供することができる。
【0017】
上記タングステン炭化物分散超硬合金は、遷移金属内包タングステン炭化物がCo−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoである場合は、Co:1.2〜31.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有するのが好ましい。コバルトの一部を、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換するようにしてもよく、遷移金属内包タングステン炭化物がFe−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoである場合は、Co:0.2〜12.0重量%、Fe:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有するのが好ましく、 遷移金属内包タングステン炭化物がNi−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoである場合は、Co:0.9〜12.0重量%、Ni:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有するのが好ましく、遷移金属内包タングステン炭化物がMn−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoである場合は、Co:0.9〜12.0重量%、Mn:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有するのが好ましい。
遷移金属元素粉末としては必要に応じてCoの一部または全部をCo以外の遷移金属元素Ni,Fe,Mnを使用するようにしてもCoと同様の効果が得られる。
【0018】
上記式[1]で示される遷移金属内包タングステン炭化物は、タングステンイオンを含む水溶液と、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属イオンを含む水溶液を、タングステンイオンが60mol%以上、遷移金属イオンが40mol%以下の比率で混合し、該混合水溶液を蒸発乾固させるか又は噴霧乾燥させ、得られた固形物を熱分解した酸化物粉末または更に水素熱還元した式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を得て、該酸化物粉末または遷移金属固溶タングステン合金粉末をグラファイトと混合して加熱するかあるいはガス浸炭することによって炭化することにより製造する。
【0019】
タングステンイオンを含む水溶液としては、パラタングステン酸アンモニウム(5( NH4)2 O・12WO3 ・5H2 O)水溶液を使用することができる。
他方、遷移金属イオンを含む水溶液としては、金属錯体塩、例えば、鉄、ニッケル、マンガンおよびコバルトの酢酸塩(Fe(OH)(C23OO) 2 、Ni(C233)2・xH2O)、Mn( CH3COO)2・4H2Oを用いることができる。これらは水溶性であり、かつ、有害物質を発生させず、環境負荷が小さい。また、鉄、ニッケルおよびコバルトの遷移金属硫酸塩(FeSO4、CoSO4・7H2 O、NiSO4・6H2 O、MnSO4・5H2 O)の使用も循環型社会実現のために有効である。
【0020】
一般的に、銅の電解精製プロセスでは、電解液中の硫酸中に、鉄、ニッケルおよびコバルトの遷移金属が濃縮される。したがって、銅の電解精製で発生した廃液を、本発明のタングステン合金粉末の原料として使用することができ、かつ、蒸発乾固あるいは噴霧乾燥時に発生した硫酸も、副製品として有効利用することができる。
【0021】
本発明に係るタングステン炭化物分散超硬合金は、本発明のタングステン炭化物を使用して製造することができ、タングステンイオンを含む水溶液と、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属イオンを含む水溶液を、タングステンイオンが60mol%以上、遷移金属イオンが40mol%以下の比率で混合し、該混合水溶液を蒸発乾固させるか又は噴霧乾燥させ、得られた固形物を熱分解した後水素熱還元することによって、上記式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を得て、該遷移金属固溶タングステン合金粉末をグラファイトと混合して加熱するかあるいはガス浸炭することによって炭化し、上記式[1]で示される遷移金属固溶タングステン炭化物を得て、該遷移金属固溶タングステン炭化物を遷移金属元素粉末とともに焼結することによって製造する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を製造例、実施例に基づいて説明する。
【0023】
[原料製造例]
表1に示す化学成分(mol%)を有する、従来材(No.1)、本発明原料材(No.2〜No.8、No.11〜No.14)、比較材(No.9、No.10)を作製し、X線回折とEPMAにより、強制固溶体生成の可否、第2相析出の有無を調べた。
【0024】
【表1】

【0025】
表1において、溶液法とは本発明プロセスのことであり、遷移金属酢酸塩(Fe(OH)(C23OO)2 、Co( C233)2・4H2O、Ni(C233)2・xH2O)及び/又Mn( CH3COO)2・4H2O水溶液とパラタングステン酸アンモニウム(5( NH4)2 O・12WO3 ・5H2 O)の水溶液を混合した後、蒸発乾固(噴霧乾燥でもよい)させ、得られた固形物を大気中823Kで酸化物に熱分解した後、水素ガス中1073Kで1h保持することにより水素熱還元してタングステン合金粉末を得る方法である。
【0026】
試料No.1は、粉末冶金の従来技術である素粉末混合法を適用して、表1の化学組成となるよう純コバルト粉末7.42重量%と残部純タングステン粉末を秤量して混合後、2ton/cm2の圧力で圧縮成型した後、水素ガス中、1073Kで1h保持して得た
従来材である。第2相として純コバルト相が残留し、タングステンとの合金化は進行しなかった。
【0027】
試料No.2は、溶液法によって得られた本発明材である。遷移金属酢酸塩(Co( C233)2・4H2O)の水溶液とパラタングステン酸アンモニウムを混合した。得られた合金粉末のX線回折図形はbccW相のピークのみがみられ、Coを均一に強制固溶したW合金粉末が得られた。
【0028】
試料No.3は、溶液法によって得られた本発明材である。この80mol%W−20mol%Coの組成となるように遷移金属酢酸塩(Co( C233)2・4H2O)の水溶液とパラタングステン酸アンモニウムを混合した。得られた合金粉末のX線回折図形はbccW相のピークのみがみられ、Coを均一に強制固溶したW合金粉末が得られた。この組成の水素熱還元温度、1073Kにおける平衡相は、W相とCo76相である。溶液法によって、最初、水溶液中コバルトイオンとタングステンイオンとをイオンレベルで均一にすると、水素熱還元後もコバルトはタングステン格子中に捕獲され、平衡相Co76相を形成できないことが確認された。すなわち、溶液法を適用すると、非平衡状態で強制固溶体合金粉末を製造できた。
【0029】
試料No.4及び試料No.5は、溶液法によって得られた本発明材である。この60mol%W−40mol%Coの組成まで、Coを均一に強制固溶したW合金粉末が得られることが確認された。溶液法を適用すると、この組成まで平衡相Co76 相を形成す
ることなく、平衡状態で強制固溶体合金粉末を製造できた。
【0030】
試料No.6は、Co( C233)2・4H2Oの水溶液の一部をFe(OH)(C23OO) 2 水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。Coの一部をFeで置換しても強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。
【0031】
試料No.7は、Co( C233)2・4H2Oの水溶液の一部をNi(C233)2・xH2O)水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。Coの一部をNiで置換しても強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。
【0032】
試料No.8は、Co( C233)2・4H2Oの一部を、Fe(OH)(C23OO) 2 及びNi(C233)2・xH2O)の水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。Coの一部をFe及びNiを複合して置換しても強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。
【0033】
試料No.9は、溶液法によって得られた比較材である。この10mol%W−90mol%Coの組成では、最終的に平衡相であるCo3Wが第2相として析出した。したが
って、Co量が多いと、溶液法を用いても、Co格子中でのW原子の拡散が容易であるため、強制固溶体の作製は不可能であった。
【0034】
試料No.10は、溶液法によって得られた比較材である。この50mol%W−50mol%Coの組成では、最終的に平衡相であるCo76が第2相として析出した。したがって、この組成においても、W原子は拡散するため、強制固溶体の作製は不可能であった。
【0035】
試料No.11は、Co( C233)2・4H2O水溶液の一部を、Fe(OH)(C23OO) 2水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。Coの一部を微量のFeで置換した強制固溶体合金粉末である。
【0036】
試料No.12は、Co( C233)2・4H2O水溶液の一部を、Fe(OH)(C23OO) 2水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。No.8に示したNi(C233)2・xH2O水溶液を加えずとも、強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。
【0037】
試料No.13は、Co( C233)2・4H2O水溶液の全てを、Fe(OH)(C23OO) 2水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。全てをFeで置換しても強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。
【0038】
試料No.14は、Co( C233)2・4H2O水溶液の全てを、Fe(OH)(C23OO) 2水溶液及びMn(CH3COO)2・4H2O水溶液に置き換えた溶液法によって得られた本発明材である。Coの全てをFe及びMnで置換しても強制固溶体合金粉末の製造は可能であった。

【実施例1】
【0039】
表2に示す化学成分(wt%)を有する、従来材(No.21)、本発明材(No.22〜No.27、No.30〜No.33)、比較材(No.28、No.29)を作製し、X線回折とEPMAにより、タングステン炭化物中に金属相あるいは第2炭化物相生成の可否を調べた。

【0040】
【表2】

【0041】
表2中の本発明材No.22〜No.27は、溶液法による遷移金属を強制固溶したタングステン合金粉末に、グラファイトを添加混合して作製した。すなわち、遷移金属酢酸塩Fe(OH)(C23OO)2 、Co( C233)2・4H2O、及び/又はNi(C233)2・xH2Oの水溶液とパラタングステン酸アンモニウム(5( NH4)2 O・12WO3 ・5H2 O)の水溶液を混合した後、蒸発乾固(又は噴霧乾燥)させ、得られた固形物を大気中823Kで酸化物に熱分解した後、水素ガス中1073Kで1h保持することにより水素熱還元して、遷移金属元素を強制固溶したタングステン合金粉末を作製した。
次に、このタングステン合金粉末に、グラファイトを混合し、Ar中、1473Kで1h保持してタングステン炭化物を作製した。
【0042】
試料No.21は、粉末冶金の従来技術であるWO3にグラファイトを混合し、1473Kで1h、炭化したWC炭化物である。WC骨格内に金属相は内包されていなかった。
【0043】
試料No.22〜試料No.27は溶液法と炭化によって得られた本発明材である。WC骨格中に金属相が内包された特異な組織が得られた。この金属相は、タングステンの省資源化に役立ち、かつ、炭化物の機械的性質の改善に役立つ。試料No.22、試料No.23、試料No.24、試料No.25、試料No.26、試料No.27の順で金属相を多く内包することが分かった。
【0044】
試料No.26及びNo.27は、内包する金属相のコバルトを鉄、鉄−マンガンおよびニッケルで置換し、価格を低減した炭化物である。
【0045】
試料No.28及びNo.29は、溶液法と炭化によって得られた比較材である。試料No.28のようにタングステン量に比してコバルト量が多いと、タングステン合金粉末の作製時に、コバルト中、タングステンが拡散して、平衡相のCo3WやCo7 6が生成する。その結果、この合金粉末を炭化すると炭化物の周囲を金属相が取り囲み、炭化物中に金属相を内包することができない。
【0046】
表2中の本発明材No.30及びNo.31は、溶液法による遷移金属を強制固溶したタングステン合金粉末に、グラファイトを添加混合して作製した。すなわち、試料No.26と同様にして、遷移金属酢酸塩(Co( C233)2・4H2O水溶液、Fe(OH)(C23OO) 2 水溶液及びパラタングステン酸アンモニウム(5( NH4)2 O・12WO3 ・5H2 O)水溶液を混合した後、蒸発乾固(又は噴霧乾燥)させ、得られた固形物を大気中823Kで酸化物に熱分解した後、水素ガス中1073Kで1h保持することにより水素熱還元して、遷移金属元素を強制固溶したタンクステン合金粉末を作製した。次に、このタングステン合金粉末に、グラファイトを混合し、Ar中、1473Kで1h保持してタングステン炭化物を作製した。WC骨格中にCo-Fe固溶体相が内包された特異な組織が得られた。
【0047】
表2中の本発明材No.32及びNo.33は、溶液法によるFe及びMnを強制固溶したタングステン合金粉末に、グラファイトを添加混合して作製した。すなわち、Fe(OH)(C23OO) 2 水溶液及びMn(CH3COO)2・4H2O水溶液、パラタングステン酸アンモニウム(5( NH4)2 O・12WO3 ・5H2 O)水溶液を混合した後、混合した後、蒸発乾固(又は噴霧乾燥)させ、得られた固形物を大気中823Kで酸化物に熱分解した後、水素ガス中1073Kで1h保持することにより水素熱還元して、遷移金属元素を強制固溶したタンクステン合金粉末を作製した。次に、このタングステン合金粉末に、グラファイトを混合し、Ar中、1473Kで1h保持してタングステン炭化物を作製した。Coの全てをFe、あるいはFe及びMnで置換すると、金属Fe、あるいはFe-Mn固溶体を内包するWC炭化物の作製が可能であった。
【0048】
図1に、試料No.23の本発明材をEPMA観察した結果を示す。SEM像と対応するWとCのX線像より、WCの骨格が形成されていることが分かった。また、CoのX線像より、WCの骨格中に金属相が形成されていることが理解できる。即ち、
(a)は、SEM像である。白く見える部分がWC骨格であり、黒く見える部分が金属Coからなるドメインである。1623 Kで3.6 ks焼結時にCoドメインは不可避的に成長するが、なお、3mm以下を保っている。
(b)WのX線像である。WC骨格の形成を示す。
(c)CoのX線像である。WC骨格中のCoドメインの形成を示す。
(d)CのX線像である。WC骨格の形成を示す。
この金属相の形成がタングステンの使用量削減に有効であり、かつ、機械的特性も向上させる。したがって、この新規WC炭化物を分散した超硬合金は、耐摩耗材料として好適である。
【実施例2】
【0049】
超硬合金は公知の製造方法、すなわち本発明のタングステン炭化物をCo粉末とともに焼結することによって製造できた。図2に、試料No.33の本発明材に5mass%の結合相Coを加え、1623 Kで3.6 ks焼結によって、試作した超硬合金中のEPMA写真を示す。超硬合金中、WC骨格にFe-Mn固溶体相が形成され、結合相Coの一部は焼結中にこのFe-Mn固溶体相に分配されることが分かった。即ち、
(a)は、SEM像である。白く見える部分がWC骨格であり、黒く見える部分がFe-Mn固溶体相からなるドメインである。焼結時に金属ドメインは不可避的に成長するが、なお、1mm以下を保っている。このSEM像のビッカ-ス硬さ試験のあっ痕を示す。ビッカ−ス硬さはHv1945であり、極めて高い硬さを示した。また、ビッカ−ス硬さ試験圧痕の先端にクラックは発生せず、靱性も良好であることが分かった。
(b)は、WのX線像である。WC骨格の形成を示す。また、Wの一部はFe-Mn固溶体ドメイン分配される。
(c)は、FeのX線像である。Fe-Mn固溶体ドメインの形成を示す。
(d)は、CoのX線像である。結合相Coの一部は焼結中にFe-Mn固溶体ドメインに分配されることを示す。
(e)は、CのX線像である。WC骨格の形成を示す。
(f)は、MnのX線像である。Fe-Mn固溶体ドメインの形成を示す。
金属ドメインを内包するWC炭化物がこのような高い硬さを示す理由は,本発明において、WC骨格が金属ドメインの変形を拘束するマイクロ構造を創出することに成功したためである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
以上詳述したように、タングステン格子中に遷移金属元素を均一一様に強制固溶しているタングステン合金粉末は、従来のタングステン粉末に代替して、超硬合金用タングステン炭化物原料など、タングステンを省資源化するための用途に広く用いることができる。したがって、本発明の遷移金属相を内包するタングステン炭化物は、従来のタングステン炭化物に代替して結合相Coで焼結した超硬合金に使用することができ、タングステンの使用量を削減した新合金として資源問題の解消に役立つ。また、金属相を内包する炭化物相はそれ自体靭性が高く、したがって、その炭化物を分散した超硬合金の機械的性質も良好であり、長寿命金型材料に好適である。なお、金属相を内包するタングステン炭化物焼結体も新規硬質合金として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】試料No.23の本発明材における金属相内包タングステン炭化物をEMPA観察した結果を示す図である。
【図2】試料No.33の本発明材における金属相内包タングステン炭化物をEMPA観察した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められる式[1]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を炭化してなる遷移金属内包タングステン炭化物。
式[1]:M−W−C(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
【請求項2】
Co:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有し、Co−W−C固溶体相を内包する請求項1記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項3】
コバルトの一部または全部を、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項1記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項4】
Fe:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有し、Fe−W−C固溶体相を内包する請求項3記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項5】
鉄の一部を、コバルト、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項4記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項6】
Ni:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有し、Fe−W−C固溶体相を内包する請求項3記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項7】
ニッケルの一部を、コバルト、鉄及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項6記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項8】
Mn:0.3〜19.7重量%、W;75.3〜93.6重量%、C:4.9〜6.2重量%の組成を有し、Mn−W−C固溶体相を内包する請求項3記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項9】
Mnの一部を、コバルト、ニッケル及び鉄の群から選ばれる1種以上と置換した請求項7記載の遷移金属内包タングステン炭化物。
【請求項10】
コバルト、鉄及びニッケルの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属元素がタングステン格子中に固溶されてなり、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められる式[2]で示される遷移金属固溶タングステン合金粉末を炭化してなる式[1]で示される遷移金属内包タングステン炭化物を結合遷移金属元素粉末とともに焼結してなることを特徴とするタングステン炭化物分散超硬合金。
式[1]:M−W−C(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
式[2]:M−W(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
【請求項11】
遷移金属内包タングステン炭化物がCo−W−Cであって、結合遷移金属がCoであり、Co:1.2〜31.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有する請求項8記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項12】
遷移金属内包タングステン炭化物中のコバルトの一部を、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項11記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項13】
遷移金属内包タングステン炭化物がFe−W−Cであって、結合遷移金属がCoであり、Co:0.2〜12.0重量%、Fe:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有する請求項10記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項14】
遷移金属内包タングステン炭化物中の鉄の一部を、コバルト、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項11記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項15】
遷移金属内包タングステン炭化物がNi−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoであり、Co:0.9〜12.0重量%、Ni:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有する請求項10記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項16】
遷移金属内包タングステン炭化物中のニッケルの一部を、コバルト、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる1種以上と置換した請求項11記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項17】
遷移金属内包タングステン炭化物がMn−W−Cであって、遷移金属元素粉末がCoであり、Co:0.9〜12.0重量%、Mn:0.3〜19.7重量%、W;64.0〜92.7重量%、C:4.2〜6.1重量%の組成を有する請求項10記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項18】
遷移金属内包タングステン炭化物中のマンガンの一部をコバルト、ニッケル及び鉄の一種以上で置換した請求項17に記載のタングステン炭化物分散超硬合金
【請求項19】
結合遷移金属のコバルトの一部または全てをニッケル、鉄、マンガンの一種以上で置換した請求項11ないし18のいずれかに記載のタングステン炭化物分散超硬合金。
【請求項20】
タングステンイオンを含む水溶液と、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属イオンを含む水溶液を、タングステンイオンが60mol%以上、遷移金属イオンが40mol%以下の比率で混合し、
該混合水溶液を蒸発乾固させるか又は噴霧乾燥させ、
得られた固形物を熱分解した酸化物粉末または更に水素熱還元した式[2]で示される遷移金属固溶タンクステン合金粉末
式[2]:M−W(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
を得て、
該酸化物粉末または遷移金属固溶タンクステン合金粉末をグラファイトと混合して加熱するかあるいはガス浸炭することによって炭化し、式[1]で示される遷移金属固溶タングステン炭化物
式[1]:M−W−C (式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)

を製造することを特徴とする遷移金属固溶タングステン炭化物の製造方法。
【請求項21】
タングステンイオンを含む水溶液と、コバルト、鉄、ニッケル及びマンガンの群から選ばれる少なくとも1種の遷移金属イオンを含む水溶液を、タングステンイオンが60mol%以上、遷移金属イオンが40mol%以下の比率で混合し、
該混合水溶液を蒸発乾固させるか又は噴霧乾燥させ、
得られた固形物を熱分解した酸化物粉末または更に水素熱還元した式[2]で示される遷移金属固溶タンクステン合金粉末
式[2]:M−W(式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
を得て、
該酸化物粉末または遷移金属固溶タンクステン合金粉末をグラファイトと混合して加熱するかあるいはガス浸炭することによって炭化し、式[1]で示される遷移金属固溶タングステン炭化物
式[1]:M−W−C (式中MはCo,Fe, Ni,Mnの1種以上を示す)
を得て、
該遷移金属固溶タングステン炭化物を遷移金属元素粉末とともに焼結することによってタングステン炭化物を分散した超硬合金を製造するようにしたことを特徴とするタングステン炭化物分散超硬合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−77523(P2010−77523A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−116290(P2009−116290)
【出願日】平成21年5月13日(2009.5.13)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【出願人】(390000022)サンアロイ工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】