説明

遺伝子及び溶解性制御因子を含む組織再生用スキャッフォールド、及びその製造方法

【課題】スキャッフォールド上の細胞に対し、適切な時期に適切な遺伝子を作用させることにより、目的とする組織や臓器への細胞分化を効果的に促すことのできる組織再生用スキャッフォールドを提供する。
【解決手段】基材の表面に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層を備えた組織再生用スキャッフォールドを用いることによって、組織再生用スキャッフォールド表面における遺伝子導入剤の溶解性を制御し、遺伝子導入の時期及び効率を制御可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子及び溶解性制御因子を含有する組織再生用スキャッフォールド、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を用いて失われた臓器や組織の機能を回復させたり、臓器や組織そのものを再生しようとするティッシュエンジニアリングが注目されている。このティッシュエンジニアリングにおける一般的なストラテジーは、細胞の進入に適した細孔径を有するスキャッフォールドの上に播種した幹細胞や未分化な細胞を、生体内または生体外の適当な環境下で培養することによって目的とする細胞への分化を促し、組織の治療や再生を行うことである。
【0003】
細胞の分化を制御するための効果的な手法の一つに、遺伝子導入が挙げられる。遺伝子を内包して細胞内に届けるキャリアー(遺伝子導入剤)としては、ウィルスや、リン酸カルシウム、脂質、カチオニックな高分子等が用いられてきた。しかし、従来の遺伝子導入剤はいずれも粒子状であり、細胞の上から振り掛けて使用される。従って、三次元多孔体のように複雑な形状を有するスキャッフォールドの全表面において均等に遺伝子導入を行うことは困難であった。
【0004】
2000年頃から、スッキャッフォールド表面に遺伝子を担持させることにより、スキャッフォールド上の接着細胞に遺伝子を移入し、同細胞の分化をコントロールしようとする研究が行なわれている。この手法によれば、粒子状の導入剤を用いる手法とは異なり、三次元多孔体のように複雑な形状を有するスキャッフォールドであっても、その表面全体で均等に遺伝子導入を行うことが可能である。しかし、従来の手法では、細胞への遺伝子導入効率はあまり高くない。
【0005】
Shea らは、スキャッフォールド上における細胞への遺伝子導入効率の向上手法について報告している(非特許文献1)。彼らは遺伝子導入効率を上げるために、polyethylenimine (PEI)と遺伝子の複合体を作り、これをスキャッフォールド表面に担持させている。しかし、PEIは細胞毒性が強く、生体内での使用には問題がある。他方Shenらは、生体適合性と安全性に優れるアパタイトと遺伝子の複合薄層を作り、同表面において高効率に遺伝子導入を行えることを示した(非特許文献2)。さらに近年、Oyaneらは、アパタイトと遺伝子と細胞接着因子の複合薄層を作り、同表面において、Shenらのシステムよりもさらに高効率に遺伝子導入を行えることを示した(特許文献1)。
【0006】
ところで、遺伝子導入による分化誘導においては、適切な時期に適切な遺伝子を作用させることでその分化効率を向上できることが知られている(非特許文献3及び4)。すなわち、スキャッフォールドの上に播種した細胞への遺伝子導入の時期を制御することができれば、効果的に細胞の分化を誘導することができる。しかし、上記のいずれの手法でも、遺伝子の導入時期を制御することは困難である。
【0007】
従って、スキャッフォールド上の細胞に対し、適切な時期に適切な遺伝子を作用させることのできる組織再生用スキャッフォールド等の医療用材料及び歯科用材料、及びその製造方法の開発が強く望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−49146号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Surface absorption of DNA to tissue engineering scaffolds for efficient gene delivery. by Jang JH, Bengali Z, Houchin L, Shea LD, J. Biomed. Mater. Res. 77A: 50, 2006.
【非特許文献2】Surface-mediated gene transfer from nanocomposites of controlled texture. by Shen H, Tan J, Saltzman WM, Nature Mater. 3: 569, 2004.
【非特許文献3】Transient inhibition of BMP signaling by Noggin induces cardiomyocyte differentiation of mouse embryonic stem cells. by Yuasa S, Itabashi Y, Koshimizu U, Tanaka T, Sugimura K, Kinoshita M, Hattori F, Fukami S, Shimazaki T, Ogawa S, Okano H, Fukuda K, Nature Biotech. 23: 897, 2005
【非特許文献4】Developmental stage-specific biphasic roles of Wnt/β-catenin signaling in cardiomyogenesis and hematopoiesis. Naito AT, Shiojima I, Akazawa H, Hidaka K, Morisaki T, Kikuchi A, Komuro I, Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 104: 9549, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、前述の従来技術における問題点を鑑みてなされたものであって、その第1の目的は、スキャッフォールド上の細胞に対し、適切な時期に適切な遺伝子を作用させることにより、目的とする組織や臓器への細胞分化を効果的に促すことのできる組織再生用スキャッフォールドを提供することにある。また、本願発明の第2の目的は、該組織再生用スキャッフォールドを効率的に製造し得る方法を提供することにある。さらに本発明の第3の目的は、上記複合体を素材とする、組織再生用スキャッフォールド等の医療用材料及び歯科用材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、組織再生用スキャッフォールド表面における遺伝子導入剤の溶解性を制御することによって、遺伝子導入の時期、及び効率を制御できるという知見を得た。また、目的の細胞に、適切な時期に適切な遺伝子を導入することにより、目的とする組織や臓器への分化を効果的に促すことが可能になることも判明した。
【0012】
本発明はこれら知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]基材の表面に、遺伝子及び溶解性制御因子を含むリン酸カルシウム層を備えたことを特徴とする組織再生用スキャッフォールド。
[2]前記溶解性制御因子がフッ素又は炭酸であることを特徴とする上記[1]の組織再生用スキャッフォールド。
[3]前記フッ素の含有量が、層表面の元素濃度で0.06〜4.8atomic%、及び/又は、層表面のカルシウムに対するフッ素の元素比で0.004〜0.28、であることを特徴とする上記[1]又は[2]の組織再生用スキャッフォールド。
[4]前記リン酸カルシウム層が、さらに細胞接着因子を含むことを特徴とする上記[1]〜[3]のいずれかの組織再生用スキャッフォールド。
[5]前記細胞接着因子がラミニン又はフィブロネクチンであることを特徴とする上記[4]の組織再生用スキャッフォールド。
[6]前記基材が、該表面にリン酸カルシウム捕捉層を備えることを特徴とする上記[1]〜[5]のいずれかの組織再生用スキャッフォールド。
[7]前記リン酸カルシウム層のリン酸カルシウムがアパタイトを含むことを特徴とする上記[1]〜[6]のいずれかの組織再生用スキャッフォールド。
[8]前記遺伝子がプラスミド単体に保持された遺伝子であることを特徴とする上記[1]〜[7]のいずれかの組織再生用スキャッフォールド。
[9]上記[1]〜[8]のいずれかの組織再生用スキャッフォールド上に、培養された細胞体を備えることを特徴とする組織再生体。
[10]表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を用意する工程と、前記基材を、溶解性制御因子及び遺伝子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬する工程とを備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。
[11]リン酸カルシウム基材を、溶解性制御因子及び遺伝子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬する工程を備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の組織再生用スキャッフォールドの構成成分であるアパタイト等のリン酸カルシウムは、硬組織だけでなく軟組織とも高い親和性を示す。また、本発明の組織再生用スキャッフォールド表面においては、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層が、リン酸カルシウム捕捉層を介してスキャッフォールド基材表面に強固に固定されている。この遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層は、生体内及び培養液中で部分的に溶解し遺伝子を放出する。このときの溶解速度は、リン酸カルシウム層中の溶解性制御因子の種類、及び濃度を変化させることによって制御することができる。これによって、リン酸カルシウム層から放出された遺伝子が細胞内に導入される時期と量を制御することができる。従って、本発明に係る組織再生用スキャッフォールドは、細胞の分化を効果的に誘導することのできる遺伝子治療用材料、細胞培養用基材等の医療用材料及び歯科用材料として好適に使用することができる。また、本発明の製造法では、上記組織再生用スキャッフォールドを効率よく容易に得ることができる。
【0014】
本発明の組織再生用スキャッフォールドに用いられている遺伝子、細胞接着因子、リン酸カルシウムなどは生体の構成成分であり低毒性である。他の遺伝子導入剤には高毒性のものが多く、生体内投与が制限されることを考えると、本システムの低毒性は生体内応用において大きな利点である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られた各試料表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真
【図2】実施例1で得られた各試料表面の高倍率走査型電子顕微鏡(SEM)写真
【図3】実施例1で得られた各試料表面の薄膜X線回折(TF−XRD)パターン
【図4】実施例1で得られた各試料表面に担持されたDNA(a)及びフィブロネクチン(b)の量
【図5】実施例1で得られた各試料表面のX線光電子分光分析(XPS)のwide-scan surveyスペクトル(a)及びF1s領域のnarrow-scanスペクトル(b)
【図6】実施例1で得られた各試料表面のFD−Ap層からのCa(a)及びP(b)の溶出量
【図7】実施例1で得られた各試料表面で培養されたCHO−K1細胞のLuciferase活性
【図8】実施例2で得られた各試料表面で培養されたCHO−K1細胞のLuciferase活性
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の組織再生用スキャッフォールドの特徴は、表面層の溶解性を調節することにより、スキャッフォールド表面の細胞への遺伝子導入の時期と効率を制御できることである。本発明の組織再生用スキャッフォールドは、リン酸カルシウム捕捉層を設けた基材表面に、細胞の分化を誘導するための遺伝子、遺伝子導入の時期と効率を制御するための溶解性制御因子、或いはさらに細胞との親和性を調節するための細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させたことを特徴としている。また、本発明の上記組織再生用スキャッフォールドの製造方法は、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材と、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム過飽和溶液とを接触させる工程を含むことを特徴としている。
【0017】
本発明では、少なくともその表面が親水性である基材を用いる必要がある。基材表面が親水性でないと、基材表面と処理溶液との接触が不十分となり、基材の表面全面にリン酸カルシウム捕捉層が導入されず、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させることが困難となるからである。また、親水性でない基材表面に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させたとしても、基材との接着強度が不十分となるからである。
ここで、少なくともその表面が親水性を有する基材とは、基材自体が親水性を有するものはもちろんのこと、基材自体は親水性を有するものではないが、親水化処理(粗面化処理を含む)によって、表面が親水性となるものも包含される。
親水化処理としては、それ自体公知のものが何れも適用でき、グロー放電処理、コロナ放電処理、アルカリ溶液処理、酸溶液処理、酸化剤処理、親水性官能基のグラフト処理、シランカップリング処理、陽極酸化処理、粗面化処理、等を採ればよい。
【0018】
上記条件を満たすものであれば、基材は特に限定されず、無機、有機何れの材料も使用できるし、それらの複合体であっても良い。無機基材としては、金属、セラミックス、無機高分子等が、有機基材としては、有機高分子等が使用される。
【0019】
具体的には、金属としては、例えば、チタン、タンタル、ニオブ、コバルト、クロム、モリブデン、プラチナ、アルミニウム、またはこれらの2種以上の金属の合金、ステンレス、真ちゅう等が、セラミックスとしては、例えば、焼結リン酸三カルシウム、リン酸カルシウム硬化体、焼結アパタイト、シリカ、チタニア、アルミナ、ジルコニア、部分安定化ジルコニア、コージェライト、ゼオライト、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、炭化チタン、ダイアモンド、シリカガラス、ソーダ石灰ガラス、ケイ酸塩ガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸塩ガラス、アルミノケイ酸塩ガラス、リン酸塩ガラス、カルコゲンガラス、ハンダガラス、コパール用ガラス、Pyrexガラス、これらの結晶化ガラス等が、無機高分子としてはシリコーンポリマー等の珪素含有ポリマー等が、有機高分子としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリアルキレングリコール、ポリエーテル、ポリエーテルエーテルケトン等の酸素含有ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ポリスルフォン、ポリアミン、ポリウレア、ポリイミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル等の合成高分子、こられの共重合体、セルロース、アミロース、アミロペクチン、キチン、キトサン等の多糖類、コラーゲン等のポリペプチド、ヒアルロン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸等のムコ多糖類等の天然高分子が好ましく挙げられる。
【0020】
また、本発明で用いる上記基材の形状は限定されない。例えば、ブロック状、平板状、フィルム状、膜状、棒状、筒状、メッシュ状、繊維状、多孔体状、粒子状等が好ましく挙げられる。
【0021】
基材表面に設けられるリン酸カルシウム捕捉層とは、リン酸カルシウム過飽和水溶液中においてリン酸カルシウムの形成を促し、該リン酸カルシウムを基材表面に堅固に固定化できる層を意味する。
リン酸カルシウム捕捉層を構成する物質としては、Si−OH基、Ti−OH基、カルボキシル基、リン酸基、硫酸基、水酸基等の官能基(これらの官能基やその前駆体を含有するシランカップリング剤やグラフト鎖、金属酸化物ゲル等も包含される)や、それらの官能基にアルカリ金属またはアルカリ土類金属イオンを結合させたものや、炭酸カルシウム、アパタイトやアパタイトの前躯体等、少なくともリン、及び/又は、カルシウムを含む化合物が有効である。
この中でも、リン酸カルシウムの形成を誘起する速度の観点から、アパタイト、及び、アモルファスリン酸カルシウム等のアパタイトの前躯体が好ましく使用される。
【0022】
リン酸カルシウム捕捉層は、基材の少なくとも表面に設けられていればよい。必ずしも第1層、第2層、という多重層構造をとる必要はなく、基材の表面及び内部の全体に渡ってリン酸カルシウム捕捉層が存在していてもよい。リン酸カルシウム捕捉層は、化学処理等によって種々の基材の表面に設けることができるが、焼結リン酸三カルシウム、焼結ハイドロキシアパタイト、リン酸カルシウム硬化体等のリン酸カルシウムを含有する基材のように、初めからリン酸カルシウム捕捉層を少なくとも表面に有する基材を用いても良い。
【0023】
本発明に係る遺伝子及び細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層とは、リン酸カルシウムマトリックス層と、同層の内部、及び/又は、表面に存在する、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子からなる複合体層と定義される。遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子は、周囲のリン酸カルシウムマトリックス中に物理的に担持されていても良いし、化学的に結合、固定化(置換を含む)されていても良い。
【0024】
本発明で用いるリン酸カルシウムとしては、ハイドロキシアパタイト、オキシアパタイト、ピロリン酸アパタイト、ハイドロキシアパタイトのイオンの一部が炭酸イオン、塩化物イオン、フッ化物イオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン等で置換された化合物、アモルファスリン酸カルシウム、リン酸三カルシウム、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、二リン酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、二リン酸二水素カルシウム、ホスフィン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸二水素カルシウム一水和物、ホスホン酸カルシウム一水和物、ビス(リン酸二水素)カルシウム一水和物、これらの無水物、これらの混合物や、これらの中間物質等からなるリン酸カルシウム系化合物を挙げることができる。また、リン酸三カルシウムは、マグネシウム、亜鉛等6配位イオン半径が0.8オングストローム以下0.5オングストローム以上の2価金属イオンを含有して水溶液から沈殿するリン酸三カルシウムを含む。特に、生体組織との親和性、体内環境における安定性からハイドロキシアパタイトを好ましく挙げることができる。
【0025】
遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層は、生体内及び培養液中で部分的に溶解し遺伝子を放出する。このときの溶解速度は、リン酸カルシウム層中の溶解性制御因子の種類、及び含有量を変化させることによって制御することができる。これによって、リン酸カルシウム層から放出された遺伝子が細胞内に導入される時期、及び細胞内に導入される遺伝子の量(導入効率)を制御することができる。
【0026】
本発明で用いる溶解性制御因子は、リン酸カルシウム層と複合化して、その溶解性を変化させることのできる物質を指す。それ自体公知のものが何れも適用でき、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、亜鉛、マグネシウム、鉄、ナトリウム、炭酸、ケイ素、チタン、ジルコニウム、ビスフォスフォネート等、及びその化合物等を挙げることができる。これらの溶解性制御因子は、層中のリン酸カルシウム相に応じて、溶解性増大、または低下効果を発揮することができる。例として、マグネシウムや亜鉛はリン酸三カルシウムやアモルファスリン酸カルシウムに対しては溶解性低下効果があり、ハイドロキシアパタイトに対しては溶解性増大効果がある。さらに、炭酸はアモルファスリン酸カルシウムに対しては溶解性低下効果があり、ハイドロキシアパタイトに対しては溶解性増大効果がある。但し、リン酸カルシウム相に溶解性増大あるいは低下効果をもたらす溶解性制御因子の組合せはこれらの例に限定されるものではない。
【0027】
溶解性制御因子としてリン酸カルシウム層の溶解性を低下させる物質を用いた場合には、遺伝子導入の時期を遅く、及び/または、導入効率を低くすることができる。溶解性制御因子としてリン酸カルシウム層の溶解性を高める物質を用いた場合には、遺伝子導入の時期を早く、及び/または、導入効率を高くすることができる。
【0028】
上記の溶解性制御因子の中でも特に、フッ素はハイドロキシアパタイトからなるリン酸カルシウム層の溶解性を低下させる因子として有効である。フッ化物イオンはハイドロキシアパタイトや炭酸含有ハイドロキシアパタイト結晶中の水酸化物イオンと容易に置換して、フルオロアパタイト、あるいは、水酸化物イオンの一部がフッ素で置換されたハイドロキシアパタイトや炭酸含有ハイドロキシアパタイトを形成する。これらのフッ素含有アパタイトの溶解性は、フッ素を含まないハイドロキシアパタイトや炭酸含有ハイドロキシアパタイトの溶解性よりも低い。また、フッ素含有量を変化させることによって、アパタイト層の溶解性を変化させることができ、これにより遺伝子導入の時期、及び効率を制御することができる。遺伝子導入の時期、及び効率を制御するためには、アパタイト層表面におけるフッ素含有量(X線光電子分光分析による)を、層表面におけるフッ素の元素濃度で、0.06〜4.8atomic%、好ましくは0.06〜4.2atomic%、さらに好ましくは0.11〜4.0atomic%、及び/又は、層表面のカルシウムに対するフッ素の元素比(F/Ca元素比)で0.004〜0.28、好ましくは0.004〜0.23、さらに好ましくは0.0064〜0.22とすればよい。フッ素含有量が0.06atomic%を下回ると、及び/又は、F/Ca元素比が0.004を下回ると、アパタイト層の溶解性が変化せず、遺伝子導入の時期、及び効率を制御することができない。
【0029】
上記の溶解性制御因子の中でも特に、炭酸はハイドロキシアパタイトからなるリン酸カルシウム層の溶解性を増大させる因子として有効である。炭酸イオンはハイドロキシアパタイト中の水酸化物イオンやリン酸イオンの一部と容易に置換して、炭酸含有アパタイトを形成する。これらの炭酸含有アパタイトの溶解性は、炭酸を含まないハイドロキシアパタイトの溶解性よりも高い。また、炭酸含有量を変化させることによって、アパタイト層の溶解性を変化させることができ、これにより遺伝子導入の時期、及び効率を制御することができる。
【0030】
本発明で用いる細胞接着因子は、ある細胞に対して接着性を有する物質を指す。そのような物質としては、ある細胞に対して接着性を有するタンパク質、ペプチド鎖、糖鎖、細胞表面分子への抗体、酵素、合成分子、及びそれらを含む物質を挙げることができる。細胞接着性を有するタンパク質の例としては、インテグリンスーパーファミリー、コラーゲンファミリー、ラミニンファミリー、エピリグリン、VCAM (vascular cell adhesion)、フィブロネクチン、MAdCAM (mucosal addression cell adhesion molecule)、テナイシンファミリー、ビトロネクチン、ICAM (intercellular adhesion molecule)、NCAM (neural cell adhesion molecule)、フィブリノーゲン、第X因子、フォンビルブランド因子、カドヘリンスーパーファミリー、カテニン、トロンボスポンジン、セレクチンファミリー、プロテオグリカンファミリー(シンデカン、アグリカン、デコリン、ビグリカン、ニューロカン、オスファカンなど)、アネキシン、ロイシンリッチリピートスーパーファミリー、免疫グロブリンスーパーファミリー(免疫グロブリン、主要組織適合抗原複合体、T細胞受容体複合体、細胞増殖因子受容体、マクロファージコロニー刺激因子受容体、CD2、CD4、CD8、ICAM、VCAM、Thy1、OX2、L1、MAG(myelin associated glycoprotein)、コンタクチン等)、オステオポンチン、VAP-1、バーシカン、APCタンパク質、レクチン等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有するペプチド鎖の例としては、YIGSR、IKVAV、RGD、RGDS、GRGDS、RGDSPA、RVDSPA、GRGDSP、LDV、REDV、DEGA、EILDV、GPRP、KQAGDV、RNIAEIIKDI、KHIFSDDSSE、VPGIG、FHRRIKA、KRSR、NSPVNSKIPKACCVPTELSAI、APGL、VRN、AAAAAAAAA、NRWHSIYITRFG、TWYKIAFQRNRK、RKRLQVQLSIRT等の配列を含有するペプチド鎖を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有する糖鎖の例としては、マンノース含有糖鎖、α−グルコシル化N型糖鎖、シアル酸含有糖鎖、HNK-1抗体、シアリルLewisx、N型糖鎖、三及び四本鎖複合型糖鎖、ヘパリン、ヘパラン硫酸、アシアロ二本鎖糖鎖、GPIアンカー糖鎖、糖脂質GM4、シアリルTn抗原等を挙げることができるが、これらに限定されない。細胞接着性を有する酵素の例としてはリゾチーム等を挙げることができるが、これに限定されない。細胞接着性を有する合成分子の例としては、ポリ−L−リジン、ポリカチオニックフェリチン、ポリビニルラクトンアミド等を挙げることができるが、これらに限定されない
【0031】
本発明で用いる遺伝子としては、例えばウイルスベクターに保持された遺伝子、プラスミド単体、高分子ポリマーから成る粒子内に保持されたプラスミド、リポソームに保持されたプラスミド、及びミセルに保持されたプラスミド等のベクターに導入された遺伝子が挙げられる。それぞれの遺伝子が持つ遺伝情報は異なっても、遺伝子は物質的に同一であるので、遺伝子の種類は限定されない。
【0032】
本発明のスキャッフォールドを作製するには、たとえば、基材表面にリン酸カルシウム捕捉層を形成させた後(第1工程)、同基材を、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含有させたリン酸カルシウム過飽和水溶液に浸漬して、基材表面に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層を形成させる(第2工程)ことにより行われる。
【0033】
第1工程は、具体的には、例えば次のように行えばよい。高分子基材を、200mMの塩化カルシウム水溶液に10秒間、次いで超純水に1秒間浸漬した後、風乾する。続いて、基材を200mMのリン酸水素二カリウム・三水和物水溶液に10秒間、次いで超純水に1秒間浸漬した後、風乾する。以上の操作を交互に3回繰り返す。同処理によって、基材表面にリン酸カルシウム捕捉層が形成される。リン酸カルシウム捕捉層の厚みに特別な制限はないが、0.001nm〜1μm、好ましくは0.01〜300nmである。
【0034】
第2工程は、表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬することにより、基材表面に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させる方法が好ましく採用される。焼結リン酸三カルシウム、焼結ハイドロキシアパタイト、リン酸カルシウム硬化体等のリン酸カルシウムを含有する基材のように、初めからリン酸カルシウム捕捉層を少なくとも表面に有する基材であれば、第1工程を省略し、第2工程だけで基材表面に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含むリン酸カルシウム層を形成させてもよい。
【0035】
ここで、リン酸カルシウム過飽和溶液とは、リン酸カルシウムの溶解度以上のカルシウムイオン及びリン酸イオンを含む溶液のことを意味する。リン酸カルシウム過飽和溶液のリン酸カルシウムに対する過飽和度、すなわち溶液の安定性は、溶液の成分濃度及びpHによって決まる。リン酸カルシウム過飽和溶液は、溶液調製完了後、7日以内に自発核形成によるリン酸カルシウムの析出を誘起するような不安定な溶液であってもいいし、8日以上リン酸カルシウムの析出を誘起しない安定な溶液であってもいい。
【0036】
リン酸カルシウム過飽和溶液は、種々の公知の方法で調製することができる。リン酸カルシウム過飽和溶液としては、例えば、Hank’s溶液、ヒトの体液とほぼ等しい無機イオン濃度を有する水溶液(擬似体液)、擬似体液と同等の塩化ナトリウム濃度、及び、擬似体液の1.5倍のリン酸及びカルシウムイオン濃度を有する水溶液、擬似体液の5倍のイオン濃度を含む水溶液等を挙げることができる。
【0037】
遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は、変成や失活を惹起しない限り、リン酸カルシウム過飽和溶液の調製前、調製中、調製後のいずれのタイミングで溶液に添加しても構わない。また、遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は、同時にリン酸カルシウム過飽和溶液に添加してもいいし、それぞれ別のタイミングで添加してもいい。添加する遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は、固体状でも良いし、培養液や生理食塩水のような溶液に溶解された状態でも良い。
【0038】
リン酸カルシウム過飽和溶液に添加する遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は、それぞれ1種でも良いし、2種以上の遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子を添加しても良い。
【0039】
リン酸カルシウム過飽和溶液に添加する遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は水溶性であることが望ましいが、非水溶性であっても、それをアルブミン等の水溶性担体タンパク質またはポリエチレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールの共重合体、カルポキメチルセルロース、デキストラン、ポリビニルアルコール、ポリピニルピロリドン、ポリ−1,3−ジオキソラン、ポリ1,3,6−トリオキサン、エチレンと無水マレイン酸の共重合体、ポリアミノ酸類等の水溶性高分子と複合化させることにより水溶性化してもよい。上記複合化には、両者の官能基や表面電荷等を利用すればよく、種々の公知の方法で複合化させることができる。
【0040】
リン酸カルシウム過飽和溶液に添加する遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子は、基材表面に形成されるリン酸カルシウム層への担持効率の観点から、リン酸カルシウムと親和性を有することが望ましいが、親和性の低い場合であっても、それをポリアクリル酸、ポリエチレングリコール、テトラサイクリン、アルブミン等、リン酸カルシウムと高い親和性を有する物質と複合化させて用いても良い。上記複合化には、両者の官能基や表面電荷等を利用すればよく、種々の公知の方法で複合化させることができる。
【0041】
基材表面のリン酸カルシウム層の成長を完全には阻害しない限り、リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子の濃度は限定されない。また、基材表面のリン酸カルシウム層中に含有される遺伝子、溶解性制御因子、及び細胞接着因子の量は限定されない。
【0042】
リン酸カルシウム層中に担持された溶解性制御因子によって、遺伝子導入の時期と効率を制御することができるが、その効果は、リン酸カルシウム過飽和溶液中に添加される溶解性制御因子の種類と濃度によって調節することができる。フッ素等、ハイドロキシアパタイトからなるリン酸カルシウム層の溶解性を低下させる溶解性制御因子を用いる場合、リン酸カルシウム過飽和溶液への添加濃度が高い程、同液中で形成されるリン酸カルシウム層中に担持される溶解性制御因子の量は多くなり、同層の溶解性は低くなる。その結果、リン酸カルシウム過飽和溶液への溶解性制御因子の添加濃度が高い程、同液中で形成されるリン酸カルシウム層表面における遺伝子導入の時期は遅くなり、遺伝子導入の初期での遺伝子導入効率は低下する。
【0043】
以上に示した方法を用い、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を添加したリン酸カルシウム過飽和溶液とリン酸カルシウム捕捉層を有する基材とを接触させることにより、リン酸カルシウム捕捉層上に、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層が形成される。その結果、遺伝子及び溶解性制御因子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム層を表面に有する人工材料が得られる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
[実験方法]
コーティング溶液の調製
リン酸カルシウム過飽和溶液(CP液(特許文献1))に、DNA(40μg/mL)、フィブロネクチン(10μg/mL)、及びフッ化ナトリウム(0、1、10、100、1000μM)を添加した溶液をコーティング溶液とした。DNAとしてはLuciferaseの相補的遺伝子を含むプラスミド(pGL3-contlol vector, Promega)を用いた。フィブロネクチンとしてはウシ胎児血漿由来のフィブロネクチン(Sigma-Aldlich)を、フッ化ナトリウムとしては特級試薬(Nacalai Tesque)を用いた。
【0045】
試料の作製
溶融、プレス成型して得られたポリスチレン基板(10×5×1mm)を、エタノールで超音波洗浄した後、100℃で24時間真空乾燥させた。同基板に酸素プラズマ処理(0.5W/cm、30s)を施すことにより、基板表面を親水性に変化させた。上記基板を、100mMCaClを含む50vol%エタノール水溶液20mLに10秒間、同量の50vol%エタノール水溶液に1秒間浸した後乾燥させ、次いで、200mMのKHPO・3HOを含む50vol%エタノール水溶液20mLに10秒間、同量の50vol%エタノール水溶液に1秒間浸浸した後乾燥させた。以上のカルシウム及びリン酸イオン水溶液への交互浸漬処理を3回繰り返した。交互浸漬処理後の基板をエチレンオキサイドガスで滅菌し、コーティング溶液1.5mL中に25℃で24時間浸漬した。得られた試料を、コーティング溶液中のフッ化ナトリウム濃度xμMを用いて、Fx(F0、F1、F10、F100、F1000)と略称する。
【0046】
試料の表面構造評価
得られた試料の表面構造を、走査型電子顕微鏡(SEM)観察、薄膜X線回折(TF−XRD)、X線光電子分光分析(XPS)により調べた。TF−XRD測定においてはCuKα線を、XPS測定においてはAlKα線を、それぞれ照射X線とした。また、UV−Vis分光分析により、試料の浸漬によるコーティング溶液中のフィブロネクチン及びDNAの濃度変化を調べ、試料表面に担持されたフィブロネクチン及びDNAの量を算出した。フィブロネクチン濃度の測定には、BioRad Protein Assay Kit を用いた。
【0047】
試料表面層の溶解性評価
トリスヒドロキシメチルアミノメタン(50mM)及び1MのHClを用いてpH7.40(37℃)となるよう調製した142mM塩化ナトリウム水溶液500μL中に、得られた試料を37℃で72時間までの種々の期間浸漬した。試料浸漬後、同溶液中のカルシウム及びリン濃度を高周波誘導結合プラズマ発光分析装置(ICP)で測定することにより、試料表面層の溶解性を評価した。
【0048】
遺伝子導入効率評価
得られた試料表面でCHO−K1細胞(1.0×10cells/mL RPMI1640培養液、0.5mL)を1、3、5、及び7日間培養した(5%炭酸雰囲気、37℃)。培養後の細胞のLuciferase活性をPromega Luciferase Assay Kitを用いて評価することにより、同細胞へのLuciferase遺伝子の導入効率を調べた。Luciferase活性を求める際には、細胞融解液にLuciferase発光基質を添加し、同混合液のLuciferase発光強度値をルミノメーターにより測定した。こうして得られたLuciferase発光強度値を前記細胞融解液中のタンパク質濃度で除すことにより、細胞数による補正を行い、Luciferase活性とした。タンパク質濃度の測定には、Pierce Micro BCA Protein Assay Kitを用いた。
【0049】
[結果と考察]
試料の表面構造評価
図1及び図2に試料表面のSEM写真を示す。いずれの試料表面にも、マイクロスケールの微細構造を有する層の形成が確認された。TF−XRD測定の結果(図3)から、これらの層はいずれもアパタイトであることが確かめられた。UV−Vis分光分析の結果(図4)によれば、いずれのアパタイト層にも、フィブロネクチン及びDNAが含まれていた。つまり、F0、F1、F10、F100、及びF1000表面にはフィブロネクチン及びDNAを含むアパタイト層(FD−Ap層)が形成されていた。
図2の拡大写真によれば、F0表面に形成されたFD−Ap層に対して、F1、F10、F100、及びF1000の表面に形成されたFD−Ap層は微細化していた。これは、CP液中に添加されたフッ化物イオンがFD−Ap層中のアパタイト結晶の成長を阻害したためと考えられる。F1000表面に形成されたFD−Ap層にはさらに、針状構造を有する析出物が観察された。フッ化カルシウムの溶解度積 [Ca2+] [F]=4.0×10−11に対して、フッ化ナトリウムを1000μM含むコーティング液の溶解度積は3.7×10−9であることから、同析出物はフッ化カルシウムである可能性がある。
【0050】
図5に試料表面のXPSスペクトルを示す。いずれの試料表面にも、アパタイトの構成成分である酸素、リン、カルシウム、及びDNAとフィブロネクチンの構成成分である窒素、及び炭素が検出された(図5(a))。上記元素に加えて、F10、F100及びF1000表面にはフッ素が検出された(図5(b))。すなわち、F10、F100及びF1000表面に形成されたFD−Ap層にはフッ素が含まれていた。これは、フッ化物イオン(10〜1000μM)の添加されたコーティング液中において、FD−Ap層中のアパタイト結晶の水酸化物イオンの一部がフッ化物イオンに置換されたため、及び/又は、フッ化カルシウムの析出によるものと考えられる。
図5(b)に示すXPSスペクトルにおいて、F10、F100及びF1000表面のフッ素のピーク強度は、F10<F100<F1000の順に増大した。この結果は、コーティング液中に添加されたフッ化物イオン濃度の増加に伴い、試料表面のFD−Ap層中のフッ素含有量が増大したことを示している。この結果を定量的に検証するため、XPSで検出された各元素のピーク強度から試料表面の全元素の割合を求め、FD−Ap層中のフッ素元素濃度、及びカルシウムに対するフッ素の元素比(F/Ca元素比)を算出した。その結果を下記の表1に示す。
【0051】
【表1】

【0052】
表1の結果からも、コーティング液中に添加されたフッ化物イオン濃度の増加に伴い、FD−Ap層中のフッ素含有量が増大することが確かめられた。なお、XPSにより検出されたフッ素が全てアパタイト結晶中に存在すると仮定すると、アパタイト結晶の水酸化物イオンのフッ化物イオンへの置換率は、F10表面で1.1%、F100表面で25%、F1000表面で79%と計算された。コーティング液中に添加するフッ化物イオン濃度を1000μM以上に高めれば、フッ化物イオンの置換率をさらに高めることができると考えられる。アパタイト結晶の水酸化物イオンが全てフッ化物イオンで置換されてフルオロアパタイト単相となった場合、FD−Ap層表面のフッ素元素濃度は4.8atomic%、F/Ca元素比は0.28と推定される。
【0053】
FD−Ap層の溶解性評価
得られた試料を塩化ナトリウム水溶液中に72時間までの種々の期間浸漬し、同溶液中のカルシウム及びリン濃度をICPで測定することにより、試料表面のFD−Ap層からのCa及びPの溶出量を求めた(図6)。試料表面に形成されたFD−Ap層からのCa及びPの溶出量は、ほぼ全ての試験期間において、コーティング液中に添加されたフッ化物イオン濃度(10μM以上)の増加に伴い低下した(F0,F1>F10>F100>F1000)。これは、フッ化物イオンの添加されたコーティング液中において、FD−Ap層中のアパタイト結晶の水酸化物イオンの一部がフッ化物イオンに置換され、FD−Ap層の溶解性を低下させたためと考えられる。ただし、コーティング液へのフッ化物イオンの添加濃度が1μM(F1)では、FD−Ap層の溶解性低下効果はほとんど認められなかった。
【0054】
Luciferase活性評価
各試料表面で培養されたCHO−K1細胞のLuciferase活性の経時変化を図7に示す。F0表面におけるLuciferase活性は、培養1日後から高く、3日後に最高値を示した後徐々に低下した。この結果は、培養3日後において最も効率よく遺伝子導入が行われたことを示している。F1表面におけるCHO−K1細胞のLuciferase活性の経時変化は、F0表面におけるそれと同様であった。F10表面では、培養期間の増加に伴い徐々にLuciferase活性が向上し、5日後に最高値を示した後低下した。F100及びF1000表面では、培養後7日間に渡ってLuciferase活性の増加が認められた。これらの試料表面では、培養7日後以降に、Luciferase活性が最高値を示すと推察される。以上の結果より、コーティング液中に10μM以上のフッ化物イオンを添加することによって、遺伝子導入の時期を遅らせることが可能であることが明らかになった。
培養3日後または5日後において各試料のLuciferase活性を比較すると、コーティング液へのフッ化物イオン添加濃度を10μMから100μMに高めると、Luciferase活性は減少した。この結果より、コーティング液中に10μM以上のフッ化物イオンを添加することによって、同一時期の遺伝子導入効率を制御することも可能であることが明らかになった。
コーティング液中へのフッ化物イオンの添加によって、図7に示すように遺伝子導入の時期が遅延し、また、同一時期の遺伝子導入効率が低下したのは、同溶液中で形成されるFD−Ap層中にフッ素が取り込まれることにより(図5(b)、表1)、同層の溶解性を低下させたためと考えられる(図6)。
【0055】
(実施例2)
[実験方法]
コーティング液として、DNA(40μg/mL)、フィブロネクチン(10μg/mL)、及び炭酸水素ナトリウム(0、10mM)を添加したCP液を用いた以外は、実施例1と同様にして、炭酸含有量の異なるFD−Ap層をポリスチレン基板表面に形成させた。炭酸水素ナトリウムとしては特級試薬(Nacalai Tesque)を用いた。得られた試料表面における遺伝子導入効率を実施例1と同様にして評価した。ただし、細胞培養期間は5日間とした。
【0056】
[結果と考察]
得られた試料表面で培養されたCHO−K1細胞のLuciferase活性を図8に示す。炭酸を含まないコーティング液を用いて作製されたFD−Ap層表面におけるLuciferase活性は、炭酸を含むコーティング液を用いて作製されたFD−Ap層表面におけるそれよりも、約1桁高い値となった。炭酸イオンは、アパタイト結晶中に取り込まれることにより、その溶解性を増大させることが知られている。図8に示すようにコーティング液中への炭酸イオンの添加によって遺伝子導入効率が向上したのは、同溶液中で形成されるFD−Ap層中に炭酸が取り込まれることにより、同層の溶解性を増大させたためと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、遺伝子及び溶解性制御因子を含むリン酸カルシウム層を備えたことを特徴とする組織再生用スキャッフォールド。
【請求項2】
前記溶解性制御因子がフッ素又は炭酸であることを特徴とする請求項1に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項3】
前記フッ素の含有量が、層表面の元素濃度で0.06〜4.8atomic%、及び/又は、層表面のカルシウムに対するフッ素の元素比で0.004〜0.28、であることを特徴とする請求項1又は2に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項4】
前記リン酸カルシウム層が、さらに細胞接着因子を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項5】
前記細胞接着因子がラミニン又はフィブロネクチンであることを特徴とする請求項4に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項6】
前記基材が、該表面にリン酸カルシウム捕捉層を備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項7】
前記リン酸カルシウム層のリン酸カルシウムがアパタイトを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項8】
前記遺伝子がプラスミド単体に保持された遺伝子であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の組織再生用スキャッフォールド上に、培養された細胞体を備えることを特徴とする組織再生体。
【請求項10】
表面にリン酸カルシウム捕捉層を有する基材を用意する工程と、前記基材を、溶解性制御因子及び遺伝子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬する工程とを備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。
【請求項11】
リン酸カルシウム基材を、溶解性制御因子及び遺伝子、或いはさらに細胞接着因子を含有するリン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬する工程を備えることを特徴とする組織再生用スキャッフォールドの製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−159217(P2010−159217A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−1424(P2009−1424)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYREX
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】