説明

遺伝子導入効率増強剤

本発明の、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤(特に化合物A)を有効成分として含有する、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤はアデノ随伴ウイルスベクターの有する利点を維持しつつ、遺伝子導入効率を増強させることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、アデノ随伴ウイルスベクター(以下AAVベクターともいう)による細胞への遺伝子導入において、その導入効率を増強させることが可能な剤に関する。より詳しくはヒストンデアセチラーゼ阻害活性を有する化合物を含有する、AAVベクターによる遺伝子導入の導入効率の増強剤に関する。
【背景技術】
遺伝子治療は、難病治療に有効な手段であると考えられ、欧米を中心に既に600以上の遺伝子治療プロトコールが提出されている。
現在、遺伝子治療に用いられるベクターにはアデノウイルスやレトロウイルスを利用したものなどが知られている。しかしながら、アデノウイルスは臨床試験において肝臓や脳において強い炎症を起こすことが知られており、またレトロウイルスでは、染色体DNAへのランダムな組込みによる挿入変異、それに伴う癌の誘発が懸念される。
一方、アデノ随伴ウイルス(以下AAV)ベクターは、1)病原性がないこと、2)免疫反応性が低いこと、3)非分裂細胞への遺伝子導入効率が可能であること、4)導入遺伝子が長期間発現すること、といった特長を備えており、特に上記レトロウイルスベクターやアデノウイルスベクターなどに比べて安全面で優れている。また、近年は1〜5型をはじめとする各種血清型のAAVを応用したベクターも開発されており、各血清型の感染標的の違いを応用して、様々な組織での遺伝子発現が可能である。これらの特長がゆえに、AAVベクターは遺伝子治療において有望視されている。例えば、AAVベクターは従来筋肉内投与による蛋白質補充療法などを中心に用いられてきた。しかしながら、AAVベクターは特に癌細胞について遺伝子導入効率が低く、全ての細胞に目的遺伝子を導入することが求められる癌治療においてAAVベクターはあまり関心が持たれていなかったのが現状である。
アデノウイルスベクターの場合には、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤によりウイルスの受容体(インテグリンやCAR(coxsackievirus adenovirus receptor))が増加し、遺伝子発現が増強されることが報告されている。一方AAVベクターについては、感染後に長期間継代を続けてゲノムがインテグレートされゲノムが非発現状態となった細胞における遺伝子発現をヒストンデアセチラーゼ阻害剤により再活性化させることが報告されている(例えばChen et al.,Proceedings of the National Academy of Sciences USA,vol 94,pp.5798−5803(1997)参照)。
しかし、AAVベクターを用いた遺伝子治療においては、非発現状態となった細胞の再活性化ではなく、AAVによる遺伝子導入後の(非発現状態ではない)細胞に対する導入効率が重要であるのに対して、これらに関する検討は従来報告されていない。
【発明の開示】
本発明の目的は、AAVベクターの有する利点を維持しつつ、従来その適用を阻んできた遺伝子導入効率の低さという欠点を克服することにある。さらに本発明の別の目的は、医薬として使用できる、特に遺伝子治療、とりわけ癌の遺伝子治療に好適に使用できる細胞への遺伝子導入の導入効率増強剤を提供することにある。
通常、AAVベクターの場合には細胞内へのウイルスの取り込みよりも、発現型への変換がその遺伝子発現において重要であり、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤による受容体発現の増強のみでは、遺伝子発現に及ぼす効果はあまり期待できないと考えられてきた。しかしながら驚くべきことに、本発明者らは、AAVベクターにより細胞に遺伝子を導入する際、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤を併用することによって、顕著にその遺伝子導入効率が上昇することを見出した。この際、インテグリン発現にも増加現象は認められたが、その変化は遺伝子導入効率の変化に比べて小さいものであり、また、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤処理群と未処理群との間で導入遺伝子のコピー数に差は認められなかった。
かかる知見から、本発明者らは、染色体に組み込まれた後に発現が減弱した導入遺伝子をヒストンデアセチラーゼ阻害剤が再活性化したという従来の報告とは異なる機序によって、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤がAAVベクターによる遺伝子導入の導入効率を増強させることを見出して本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)ヒストンデアセチラーゼ阻害剤を有効成分として含有する、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤。
(2)ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、
式(I)

で表される化合物またはその塩である、上記(1)に記載の増強剤。
(3)遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、上記(1)または(2)に記載の増強剤。
(4)医薬である上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の増強剤。
(5)医薬が遺伝子治療用である上記(4)記載の増強剤。
(6)遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、上記(5)記載の増強剤。
(7)アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入における導入効率の増強が所望される対象に、有効量のヒストンデアセチラーゼ阻害剤を投与することを含む、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率を増強する方法。
(8)ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、式(I)で表される化合物またはその塩である、上記(7)記載の方法。
(9)遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、上記(7)または(8)に記載の方法。
(10)遺伝子治療において実施されることを特徴とする、上記(7)〜(9)のいずれか1項に記載の方法。
(11)遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、上記(10)記載の方法。
(12)アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤を製造する為のヒストンデアセチラーゼ阻害剤の使用。
(13)ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、式(I)で表される化合物またはその塩である、上記(12)記載の使用。
(14)遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、上記(12)または(13)に記載の使用。
(15)アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤が医薬である、上記(12)〜(14)のいずれか1項に記載の使用。
(16)医薬が遺伝子治療用である、上記(15)記載の使用。
(17)遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、上記(16)記載の使用。
(18)上記(1)〜(6)のいずれか1項に記載の増強剤と、当該増強剤を遺伝子治療に使用し得るか使用すべきであることを記載した記載物とを含む商業的パッケージ。
(19)遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、上記(18)記載のパッケージ。
【図面の簡単な説明】
図1は、CD51(インテグリン)の発現に及ぼすFK228の影響ならびにFK228の導入遺伝子の発現増強作用との関係を示すグラフである。図1Aは、種々の濃度のFK228でU251MGを処理した場合のCD51陽性細胞の出現率(%)を示すグラフである。図1Bは、AAVベクターを用いた遺伝子導入の際に、FK228を併用した場合のEGFP(導入遺伝子)陽性細胞の出現率(%)を示すグラフである。
図2は、細胞内に取り込まれたウイルスゲノムのコピー数に及ぼすFK228の影響を調べたグラフである。縦軸はゲノムコピー数を、横軸は感染後の経過時間を示す。
発明の詳細な説明
本明細書中、「ヒストンデアセチラーゼ阻害剤」とは、ヒストンデアセチラーゼの活性部位に基質と競合して結合する化合物、またはヒストンデアセチラーゼの活性部位とは別の部位に結合してヒストンデアセチラーゼの酵素活性を変える作用を有する化合物を意図し、既にヒストンデアセチラーゼ阻害剤として、その用途が公知の化合物を含め、ヒストンデアセチラーゼ阻害活性を有することが報告されている全ての化合物(合成、天然を問わない)ならびに今後報告されるであろう当該活性を有する全ての化合物を含む。具体的には、下記式(I)で示される構造を有する化合物(以下、単に化合物Aともいう;配列番号1)またはその塩やその誘導体(例えば、化合物Aをアセチル化したものやS−S結合を還元したチオール体など)が挙げられる。さらにトリコスタチンA、酪酸ナトリウム、suberoylanilide hydroxamic acid(SAHA)、MS−275、Cyclic hydroxamic−acid−containing peptide、Apicidin、Trapoxinなどもヒストンデアセチラーゼ阻害活性を有することが報告されている化合物である。

化合物Aは、不斉炭素原子および二重結合に基づく光学異性体または幾何異性体などの立体異性体を有することがあるが(例えば下記式(II)で示されるFK228)、これらすべての異性体及びそれらの混合物もこの発明において用いられるヒストンデアセチラーゼ阻害剤の範囲に含まれる。

さらに、化合物A、FK228またはそれらの塩の溶媒和化合物(例えば包接化合物(例えば水和物など))もこの発明の範囲に含まれる。
本明細書中、特に断りのない限り、単に化合物Aという場合には式(II)で表される化合物(FK228)も含む、立体異性を問わない化合物群を意味する。
化合物Aまたはその塩は、公知の物質であり、入手可能である。例えば、化合物Aの立体異性体の一つであるFK228は、それを生産しうるクロモバクテリウム属に属する菌株を好気性条件下に培養、当該培養ブロスから当該物質を回収することによって得ることができる。FK228を生産しうるクロモバクテリウム属に属する菌株としては、例えばクロモバクテリウム・ビオラセウムWB968(FERM BP−1968)が挙げられる。FK228はより具体的には特公平7−64872号(対応米国特許4977138号)公報に記載のとおりにして当該生産菌から得ることができる。FK228は、より容易に入手できるという点で、FK228を生産しうるクロモバクテリウム属に属する菌株からの回収が好ましいが、さらなる精製工程が不要あるいは少なくてすむという点で、合成あるいは半合成のFK228もまた有利である。同様にFK228以外の化合物Aについても、従来公知の方法により半合成、全合成することができる。より具体的にはKhan W.Li,らによって報告されている方法(J.Am.Chem.Soc.,vol.118,7237−7238(1996))に準じて製造することができる。
化合物Aの塩としては、無機塩基との塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩)、有磯塩基との塩(例えばトリエチルアミン塩、ジイソプロピルエチルアミン塩、ピリジン塩、ピコリン塩、エタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン塩などの有機アミン塩)、無機酸付加塩(例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩など)、有機カルボン酸・スルホン酸付加塩(例えばギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩など)、塩基性あるいは酸性アミノ酸(例えばアルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸など)との塩などの、塩基との塩または酸付加塩が挙げられる。
本発明において、(外来)遺伝子導入効率の増強が所望される対象としては、ヒトをはじめ、マウス、ラット、ブタ、イヌ、ウマ、ウシ、サルなど各種の動物およびそれらの細胞であって、「導入遺伝子の発現増強」とは、遺伝子工学的手法により導入される外来遺伝子の宿主細胞中での発現を増強することを意味する。当該導入遺伝子の発現増強は、細胞レベルで行われるものであっても、動物レベルで行われるものであってもよい。本発明において「遺伝子導入の導入効率の増強」とは、AAVベクターによって外来遺伝子が細胞内に導入される割合が上昇することを意味する。
本発明によればAAVベクターを用いて、細胞、特に腫瘍細胞に遺伝子を効率よく導入することができる。AAVベクターを用いることにより、そのように導入した遺伝子の安全で安定な発現がもたらされる。
所望する外来遺伝子を保持するAAVベクターは野生型AAVに目的の遺伝子を挿入することによって調製される。例えば以下の手順で行われる。まず、野生型AAVの両端のITRを残し、その間に目的の遺伝子を挿入したプラスミドを作製する(AAVベクタープラスミド)。一方で、ウイルス複製やウイルス粒子形成に必要なウイルス蛋白質を供給する為に別にヘルパーウイルス由来のヘルパープラスミドを準備する。両プラスミドを例えば293細胞にトランスフェクションにより導入し、ヘルパーウイルスを感染させることにより組換えAAVベクターが得られる。より詳細には例えば以下の参考文献に基づいて行うことができる。
参考文献1:Okada T,Nomoto T,Shimazaki K,Wang L,Lu Y,Matsushita T,Mizukami H,Urabe M,Hanazono Y,Kume A,Muramatsu S,Nakano I,Ozawa K.″Advances in AAV vectors for gene transfer to the brain.″ Methods 2002;8:237−247.
参考文献2:Okada T,Shimazaki K,Nomoto T,Matsushita T,Mizukami H,Urabe M,Hanazono Y,Kume A,Tobita K,Ozawa K,Kawai N.″Adeno−associated viral vector−mediated gene therapy of ischemia−induced neuronal death.″Methods Enzymol 2002;346:378−393.
AAV自身は複製能を有さないので、複製にはヘルパーウイルスを必要とするが、ヘルパープラスミドを工夫するなどして、最近ではヘルパーウイルスを必要としない系も可能であって、本発明ではそのような態様も包含される。
本発明の遺伝子導入効率の増強剤は、活性成分としてのヒストンデアセチラーゼ阻害剤、例えば化合物Aまたはその塩を、経口または非経口適用に適した有機または無機の担体または賦形剤との混合物として含有する固体、半固体または液体形態の医薬製剤の形で使用できる。該活性成分は、例えば、散剤、錠剤、ペレット剤、カプセル剤、坐剤、液剤、乳濁液、懸濁液、エアロゾル剤、スプレー剤、その他の使用に適した形態用の、通常の、無毒性で、医薬として許容しうる担体と混ぜ合わせることができる。更に、必要ならば、助剤、安定剤、増粘剤などを使用してもよい。これらの担体、賦形剤は必要に応じて無菌化処理を施したものを使用してもよく、また製剤化した後に無菌化処理を行うこともできる。化合物Aまたはその塩は、遺伝子導入効率の増強が必要とされる状態に対して所望の効果を生じるのに十分な量を当該増強剤に含ませればよい。
本発明のヒストンデアセチラーゼ阻害剤を有効成分として含有する遺伝子導入効率の増強剤の投与方法は、AAVベクターにより導入された遺伝子の発現が増強されれば、特に限定されない。
医薬製剤の形で使用する場合には、経口、非経口的に1日1回から数回にわたって投与することができる。特に遺伝子治療に使用する場合には、非経口的投与、即ち静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、組織内直接投与、鼻腔内投与、皮内投与、髄液内投与、胆管内投与、膣内投与などが好ましい。
活性成分の治療上有効な用量は、使用するヒストンデアセチラーゼ阻害剤の種類、処置すべき個々の患者の年齢および状態、ならびに導入遺伝子の種類や、当該遺伝子の発現増強を必要とする疾患の種類によっても相違し、またそれらに依存して決定される。
例えば、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤として化合物Aを用いて持続静脈内投与を行う場合、成人1日1回、1mg/m〜50mg/mが好ましく、更に3mg/m〜30mg/mがより好ましい。
本発明は、遺伝子の導入効率の増強、ひいては導入遺伝子の発現を増強させることを特徴とするものであり、当該効果は、導入遺伝子との相互作用が重要な要因となる。したがって、外来遺伝子の投与と、本発明の遺伝子導入効率増強剤を投与する時期は、所望の効果に応じて適宜決定される。例えば導入遺伝子の発現増強を目的とする場合には、導入、発現増強を所望する外来遺伝子の投与と同時に、あるいは投与前または投与後に本発明の増強剤を投与することが好ましい。
投与時期は、所望とする効果やその程度に応じて適宜決定されるが、導入された遺伝子の再活性化ではなく、AAVベクターによる外来遺伝子導入の導入効率を上げ、導入遺伝子の発現を増強するという本発明の増強剤の目的・効果に鑑みれば、本発明の増強剤は、AAVベクターによる遺伝子導入と同時か、直前又は直後に投与することが好ましい。
また、本発明の一態様として、本発明の遺伝子導入効率増強剤を癌の遺伝子治療に使用する場合には、有効成分であるヒストンデアセチラーゼ阻害剤が有する抗腫瘍作用と遺伝子導入の導入効率増強作用との両作用を期待して、AAVベクター(所望の外来遺伝子を含む)の投与前または投与後に本発明の遺伝子導入効率増強剤を投与することもできる。
外来遺伝子としては、発現を所望する遺伝子であれば任意のものが選択できるが、例えば遺伝子治療に使用されている種々の遺伝子が挙げられ、具体的にはシトシンデアミナーゼ遺伝子、ヘルペス単純ウイルスのチミジンキナーゼ(HSV−TK)遺伝子やBim−S遺伝子(Gene Ther.2003 Mar;10(5):375−385参照)などが例示される。
本発明は特に遺伝子治療に好適に使用することができる。例えば癌に対する遺伝子治療としては、自殺遺伝子の導入やDNAワクチンなどが挙げられる。自殺遺伝子の導入としては、抗癌剤5−フルオロシトシン(5−FC)の抗癌活性体への変換酵素であるシトシンデアミナーゼ遺伝子の癌細胞への導入が挙げられ、当該遺伝子の癌細胞内での発現を本発明により増強させることができる(癌細胞特異的に5−FCを効率的に活性体に変換することにより抗腫瘍効果を誘導する)。或いは、ヘルペス単純ウイルスのチミジンキナーゼ(HSV−TK)遺伝子を癌細胞に導入し、その後、抗ウイルス剤であるガンシクロビル(GCV)を投与する。HSV−TKにより生じたリン酸化型GCVが癌細胞のDNA合成を阻害し、抗腫瘍効果を発揮する。
DNAワクチンとしては、癌細胞で特異的に発現している癌抗原遺伝子が挙げられ、当該遺伝子を癌患者に導入することにより、あるいは発現抑制されている内因性癌抗原遺伝子の再活性化により、また、あるいはその両方により、癌抗原性遺伝子の機能発現を増強させることによって患者の癌免疫を高めることができる。
癌に対する遺伝子治療においては、他にp53遺伝子や、サイトカイン遺伝子(例えばIL2、IL12遺伝子)、アンチセンス遺伝子(EGFRアンチセンス、SDF−1アンチセンス、K−rasアンチセンス)やsiRNAなどを用いることができる。また、嚢胞性線維症の遺伝子治療としてはCFTR遺伝子を、血友病の遺伝子治療としては凝固因子遺伝子を使用することができる。
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤を有効成分として含有する本発明の遺伝子導入の導入効率増強剤が、癌の遺伝子治療に有用であることは上記した通りであるが、さらにヒストンデアセチラーゼ阻害剤自身の抗癌作用が期待できるので、本発明の増強剤を癌治療に用いることはいっそう好ましい。特に化合物Aにおいてはその抗癌作用としての効果をAAVベクターを用いた遺伝子治療でさらに増強させることができ好ましい。
更に、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤を有効成分として含有する本発明の遺伝子導入効率増強剤は種々の組織あるいは器官において、その効果が期待できる。例えば筋肉や神経での導入遺伝子発現増強効果が挙げられる。このように種々の組織あるいは器官で外来遺伝子の導入効率を増強させることから、神経筋疾患(筋緊張性ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など)、心不全、心筋症、分泌型蛋白質を発現させて蛋白質補充療法により治療される疾患(動脈硬化症、高血圧症、心不全、糖尿病、高脂血症などの慢性全身性疾患)、脳梗塞、脳虚血後再灌流障害、パーキンソン病、各種の神経変性疾患、ミトコンドリア脳筋症、てんかん、統合失調症(精神分裂病)、アルコール依存症などの遺伝子治療に有用と考えられる。
またES細胞や造血幹細胞に対する遺伝子の導入にも有用である。
上記対象となる疾患に応じて導入すべき遺伝子は適宜変更することができる。
また、本発明の遺伝子導入効率増強剤は、それがアデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率を増強させるものであること、特に癌に対する遺伝子治療に用いるべきであることを記載した記載物とともに商業的パッケージに含められてもよい。当該商業的パッケージには他に必要な試薬や器具を含めておくことができる。
【実施例】
以下、本発明を実施例にて具体的且つ詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。尚、特に断りのない限り、本実施例で使用する実験材料は以下の通りである。
実験材料
(1)薬剤
特公平7−64872号公報の記載に準じて単離、精製されたFK228をヒストンデアセチラーゼ阻害剤として用いた。FK228はエタノールで溶解し保存した。使用時は培地で濃度を調整して用いた(0−100ng/mlの範囲で検討)。
(2)ベクター
AAVベクターゲノムプラスミドとヘルパープラスミドをリン酸カルシウム法にて293細胞に導入し、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターにてEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)を発現する1−5型AAVベクターを調製した。具体的には以下の文献に記載されている方法に準じて行った。
参考文献1:Methods 2002;8:237−247(上述)
参考文献2:Methods Enzymol 2002;346:378−393(上述)
(3)細胞および細胞培養
▲1▼ヒト神経膠腫細胞株;U251MG,U87MG
U251MGは、国立医薬品食品衛生研究所、JCRB細胞バンクより入手した。細胞は、10%ウシ胎児血清(FBS)を含有したイーグルMEM(Eagle’s minimal essential medium)中、5%CO存在下37℃で培養した。U87MGは、財団法人発酵研究所より入手した。細胞は、10%FBSを含有したイーグルMEM中、5%CO存在下37℃で培養した。
▲2▼ラット神経膠腫細胞株;9L
9Lは、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)より入手した。細胞は、10%FBSを含有したDMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium)中、5%CO存在下37℃で培養した。
▲3▼ヒト頭頸部癌細胞株;HEp−2
HEp−2は、東北大学加齢医学研究所、医用細胞資源センターより入手した。細胞は、10%FBSを含有したイーグルMEM中、5%CO存在下37℃で培養した。
▲4▼ヒト神経膠腫二次培養細胞(手術標本)
手術標本として得られた当該細胞は、GFAP(Glial Fibrillary Acidic Protein)及びビメンチン陽性であり、病理診断から神経膠腫由来であると考えられた細胞である。
実施例1:AAVベクターによる遺伝子導入効率にFK228が及ぼす影響
FK228の導入遺伝子の発現増強作用を、神経膠腫細胞において確認した。ヒト神経膠腫細胞株U251MGにおいて、細胞当たり1×10ゲノムコピーの2型AAVベクターをFK228(0,0.01,0.1,1,10または100ng/ml)と共に培養上清に添加し、24時間後に蛍光顕微鏡にてEGFPの発現を観察した。FK228の投与量に依存してEGFPの発現増強が観察され、特に1ng/ml以上の濃度のFK228を添加した場合にその効果は顕著であった。
導入後(感染後)24時間以内で本発明に遺伝子発現増強作用が認められたことは、染色体に組み込まれていないepisomalな段階でAAVウイルスゲノムがヒストン修飾を受け発現調節され発現が増強された可能性を示唆している。
頭頸部癌細胞株であるHEp−2、手術標本より調製したヒト神経膠腫二次培養細胞についても同様にAAVベクターの遺伝子導入効率をFK228が増強し得るのか否かを調べた。いずれも、1ng/mlのFK228の添加により、EGFPの発現増強が観察され、本発明の遺伝子導入の導入効率増強作用が確認された。
実施例2:FK228の添加による遺伝子導入効率の増強作用とインテグリン発現との関係
アデノウイルスベクターとヒストンデアセチラーゼ阻害剤とを併用した場合に得られる遺伝子発現の増強効果はインテグリンなどの受容体の発現がヒストンデアセチラーゼ阻害剤によって誘導されることによると考えられているが、このような機序が、本発明においても関与しているのか否かを検討した。
U251MGに細胞当たり1×10ゲノムコピーの2型AAVベクターをFK228(0,0.01,0.1または1ng/ml)と共に培養上清に添加し、24時間後にCD51(インテグリン)及びEGFPの陽性率をFACS解析により検討した。FACS解析は、FACSCan(Becton Dickinson,San Jose,CA)を用い、常法に従い、CellQuestソフトウエア(Becton Dickinson,San Jose,CA)を用いて行った。
PE標識した抗CD51モノクローナル抗体:13C2をCymbus Biotechnology Ltd.,Chandlers Ford,UKより入手した。死細胞の検出には7−アミノ−アクチノマイシンD(Via−Probe;Pharmingen,San Diego,CA)を用いた。
細胞をFACSバッファー(5%FBSと0.05%アジ化ナトリウムとが添加されたPBS)で洗浄し、抗体で氷上30分間インキュベートした。EGFP、PE及びVia−Probeによる蛍光をそれぞれFL1、FL2及びFL3で検出した。Via−Probe陰性であれば細胞は生存していることを示し、そのような細胞をEGFP及び/又はCD51発現の測定に用いた。
EGFPの陽性率は1ng/mlのFK228によって急激に増加したが、インテグリン陽性率の変化はそれに比べて緩やかであった。結果を図1に示す。
これらの結果から、FK228による遺伝子導入の導入効率の増強作用は、FK228が細胞表面の受容体の数を増加させることによるものではないことがわかる。
実施例3:FK228の添加による、細胞内に取り込まれたウイルスゲノムのコピー数に及ぼす影響
U251MGに細胞当たり1×10ゲノムコピーの2型AAVベクターをFK228(1ng/ml)と共に培養上清に添加し、細胞内に取り込まれたウイルスゲノムのコピー数をリアルタイムPCR(ABI,Prism 7700;QIAGEN,SYBR Green PCR kit QuantiTect)にて半定量した(Mol.Ther.2002 Aug;6(2):272−278に準じた方法で実施)。2型AAVベクターをU251MG細胞に感染後、経時的(0,2,4,12及び24時間)に細胞内コピー数を比較した。対照群(溶媒のみ)と比較すると、FK228処理群では24時間後には若干の増加が認められるものの有意差は観察されなかった。結果を図2に示す。
これらの結果から、FK228による導入遺伝子の発現増強作用は、細胞内でのゲノムコピー数の増加によるものではないことがわかる。
産業上の利用分野
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤、特にヒストンデアセチラーゼ阻害活性を有する化合物Aまたはその塩からなる、本発明の遺伝子導入の導入効率増強剤は従来導入効率が低いとされてきた腫瘍細胞へのアデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入に対して、優れた遺伝子導入効率を有しており、したがって、臨床での使用、特に遺伝子治療、さらには癌の遺伝子治療に好適に使用し得る。
【配列表フリーテキスト】
配列番号1:Xaaは式NHC(CHCH)COOHで表されるアミノ酸である。
式COOHCHCH(CHCHCSH)OHのカルボキシル基が1番目のアミノ酸であるValのアミノ基と結合し、水酸基が4番目のアミノ酸であるValのカルボキシル基と結合し、SH基が2番目のアミノ酸であるCysのSH基とジスルフィド結合している。
本出願は、日本で出願された特願2003−122968を基礎としておりそれらの内容は本明細書に全て包含されるものである。
【配列表】

【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤を有効成分として含有する、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤。
【請求項2】
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、
式(I)

で表される化合物またはその塩である、請求の範囲1に記載の増強剤。
【請求項3】
遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、請求の範囲1または2に記載の増強剤。
【請求項4】
医薬である請求の範囲1〜3のいずれか1項に記載の増強剤。
【請求項5】
医薬が遺伝子治療用である請求の範囲4記載の増強剤。
【請求項6】
遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、請求の範囲5記載の増強剤。
【請求項7】
アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入における導入効率の増強が所望される対象に、有効量のヒストンデアセチラーゼ阻害剤を投与することを含む、アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率を増強する方法。
【請求項8】
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、式(I)

で表される化合物またはその塩である、請求の範囲7記載の方法。
【請求項9】
遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、請求の範囲7または8に記載の方法。
【請求項10】
遺伝子治療において実施されることを特徴とする、請求の範囲7〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、請求の範囲10記載の方法。
【請求項12】
アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤を製造する為のヒストンデアセチラーゼ阻害剤の使用。
【請求項13】
ヒストンデアセチラーゼ阻害剤が、式(I)

で表される化合物またはその塩である、請求の範囲12記載の使用。
【請求項14】
遺伝子導入が腫瘍細胞に対して行われるものである、請求の範囲12または13に記載の使用。
【請求項15】
アデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子導入の導入効率増強剤が医薬である、請求の範囲12〜14のいずれか1項に記載の使用。
【請求項16】
医薬が遺伝子治療用である、請求の範囲15記載の使用。
【請求項17】
遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、請求の範囲16記載の使用。
【請求項18】
請求の範囲1〜6のいずれか1項に記載の増強剤と、当該増強剤を遺伝子治療に使用し得るか使用すべきであることを記載した記載物とを含む商業的パッケージ。
【請求項19】
遺伝子治療が癌に対して実施されるものである、請求の範囲18記載のパッケージ。

【国際公開番号】WO2004/096289
【国際公開日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【発行日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505834(P2005−505834)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005166
【国際出願日】平成16年4月9日(2004.4.9)
【出願人】(505397081)
【出願人】(503064039)
【Fターム(参考)】