説明

遺伝子導入方法、核酸複合体の調製方法及び核酸複合体

【課題】血清を含む培地において、細胞に遺伝子を効率よく導入することができる遺伝子導入方法を提供する。また、血清を含む溶液中において遺伝子導入剤と核酸とを複合させる核酸複合体の調製方法、及びこの調製方法により調製した核酸複合体を提供する。
【解決手段】 遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体と、細胞とを接触させることにより細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法であって、該遺伝子導入剤は、所定温度(T)において物性が変化する感温性ポリマーからなるものであり、該核酸複合体と細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子導入剤を用いて細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法、遺伝子導入剤と核酸との複合体である核酸複合体の調製方法、及びこの核酸複合体の調製方法により調製した核酸複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ付随ウイルス、レンチウイルス、センダイウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
安全性、品質安定性、製造コストに問題があるウイルスベクターに代わる遺伝子導入技術として、合成高分子ベクター、カチオン性脂質ベクターが研究開発され、例えば、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートなどのカチオン性ビニル系モノマーからなるカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤が報告されている(非特許文献1)。
【0004】
本出願人らは、DNAを細胞中に運搬するための合成高分子ベクターとして、ベンゼンなど芳香環を核としてカチオン性ポリマー鎖が放射状に伸延する分岐構造のベクターがDNAを高密度で凝縮させて小さな核酸複合体微粒子を形成させ、効率良く細胞へ遺伝子導入できることを見出し、先に特許出願した(下記特許文献1,2)。
【0005】
本出願人らはまた、感温性ポリマーとしてのN−イソプロピルアクリルアミドのポリマーブロックと、カチオン性ポリマーブロックとしての3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのポリマーブロックとを有する感温性−カチオン性ブロックコポリマーを遺伝子導入剤とし、この感温性−カチオン性ブロックコポリマーを基材へ塗布してから温度を上げて不溶化し、ここへ核酸を加えて基材上でブラウン運動するカチオン性ポリマー鎖にイオン結合性に核酸を包接させ、次いでここへ細胞を播種する遺伝子導入方法を提案した(下記特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2004/092388号公報
【特許文献2】特開2007−70579号公報
【特許文献3】特願2008−205256
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Smedt,S.,Demeester,J.,Hennik,W.,(2000),Cationic polymer based gene delivery system, J Pharmaceutical research 17,113-126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1〜3に記載されるベンゼン環から放射状にポリマー鎖が伸延する遺伝子導入剤は、同じモノマーユニットからなる線形ポリマーと比較して、その構造上、電荷密度を高く配置することが可能である。このため、DNAやRNAなどの核酸との複合体をより強く凝集させることが可能であり、より粒子径の小さい微細なポリプレックス粒子を形成させることができる。このため、ポリプレックス粒子の細胞膜透過性が高くなり、遺伝子導入活性が向上したが、以下のような問題点がある。
【0009】
細胞に対して遺伝子を導入する際、細胞を培養するための培地としては、血清を含まない培地よりも、血清を含む培地の方が好適である。これは、血清を含まない培地は、栄養が不足しているため細胞に与えるストレスが大きく、培養後の細胞に悪影響を与えるためであり、特に細胞分化の制御が重要であるiPS細胞などの幹細胞への遺伝子の導入に適していないからである。
【0010】
しかしながら、上述のカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤は、血清を含む培地において、高い遺伝子導入活性を示さない。これは、上述のカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤は、pHが7程度の中性条件下にあっても高いゼーター電位を有しているため、核酸を凝集することができるが、血清中のアニオン性のタンパクなども吸着・凝集してマクロ粒子を形成してしまい、細胞内に取り込まれにくくなったり、DNAがトランスポーターに認識されにくくなるためだと考えられる。
【0011】
従って、血清を含む培地においても、効率的に細胞へ遺伝子を導入することができる遺伝子の導入方法の開発が望まれている。
【0012】
本発明は上記従来の課題に鑑みてなされたものであり、血清を含む培地において、細胞に遺伝子を効率よく導入することができる遺伝子導入方法を提供することを目的とする。
【0013】
本発明はまた、血清を含む溶液中において遺伝子導入剤と核酸とを複合させる核酸複合体の調製方法、及びこの調製方法により調製した核酸複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1の遺伝子導入方法は、遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体と、細胞とを接触させることにより細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法であって、該遺伝子導入剤は、所定温度(T)において物性が変化する感温性ポリマーからなるものであり、該核酸複合体と細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させることを特徴とするものである。
【0015】
請求項2の遺伝子導入方法は、請求項1において、該感温性ポリマーは、所定温度(T)未満では、カチオン性を示すものであり、所定温度(T)以上では疎水性を示すものであることを特徴とするものである。
【0016】
請求項3の遺伝子導入方法は、請求項1又は2において、前記核酸複合体は、遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を所定温度(T)未満で混合した後、該溶液を所定温度(T)以上に加温して、該遺伝子導入剤と核酸とを複合させることにより得られたものであることを特徴とするものである。
【0017】
請求項4の遺伝子導入方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、該感温性ポリマーは、分岐鎖を有する分岐型重合体を含んでなり、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックを含むものであることを特徴とするものである。
【0018】
請求項5の遺伝子導入方法は、請求項4において、前記分岐型重合体は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させたものであることを特徴とするものである。
【0019】
請求項6の遺伝子導入方法は、請求項4又は5において、前記分岐鎖が、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックのみからなることを特徴とするものである。
【0020】
請求項7の遺伝子導入方法は、請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐型重合体に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックの分子量が、5,000〜100,000であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項8の遺伝子導入方法は、請求項1ないし7のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量が、10,000〜150,000であることを特徴とするものである。
【0022】
請求項9の遺伝子導入方法は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記所定温度(T)が、30〜34℃であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項10の遺伝子導入方法は、請求項3ないし9のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を0〜30℃で混合した後、該溶液を32〜100℃に加温して、該遺伝子導入剤と核酸とを複合させることを特徴とするものである。
【0024】
請求項11の遺伝子導入方法は、請求項1ないし10のいずれか1項において、前記核酸複合体と細胞とを34〜45℃で接触させることを特徴とするものである。
【0025】
本発明(請求項12)の核酸複合体の調製方法は、遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を混合することにより、核酸と遺伝子導入剤とを複合させる核酸複合体の調製方法であって、該遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるものであり、該溶液の温度が所定温度(T)未満で該遺伝子導入剤と該核酸とを混合する混合工程と、該混合工程の後、該溶液を所定温度(T)以上に加温し、次いで該溶液に血清を加えて該遺伝子導入剤と該核酸とを複合させる複合工程とを有するものである。
【0026】
本発明(請求項13)の核酸複合体は、請求項12に記載の核酸複合体の調製方法により調製したものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明の遺伝子導入方法は、所定温度(T)において物性が変化する感温性ポリマーを遺伝子導入剤として用いるものであり、この遺伝子導入剤と核酸との複合体と、細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させるものであり、血清を含む培地中で細胞にストレスを与えることなく、効率的に遺伝子を導入することができる。
【0028】
この遺伝子導入剤としては、所定温度(T)未満では、カチオン性を示し、所定温度(T)以上では疎水性を示す感温性ポリマーであることが好ましい(請求項2)。このような遺伝子導入剤であれば、所定温度(T)未満では、そのカチオン性を利用して遺伝子導入剤と核酸とを複合させることができ、所定温度(T)以上では、その疎水性、即ち、非イオン性に変化するため核酸複合体と血清中のアニオン性物質との複合化が起こりにくい。
【0029】
前記核酸複合体は、遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を所定温度(T)未満で混合した後、該溶液を所定温度(T)以上に加温して、該遺伝子導入剤と核酸とを複合させることにより得られたものであることが好ましい(請求項3)。
【0030】
前記感温性ポリマーとしては、分岐鎖を有する分岐型重合体を含んでなり、この分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックを含むものであることが好ましく(請求項4)、この分岐型重合体としては、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させたものであることが好ましい(請求項5)。
【0031】
この2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体からなるポリマーは、ある所定温度以上に加温することにより分子全体の電荷が低下する性質を有しているため、このポリマーからなる遺伝子導入剤と核酸とを複合させた後に、加温して電荷を限りなくゼロに近い状態としてから、核酸と血清を含む完全培地とを混合することにより、核酸複合体と血清中のアニオン性のタンパクとの複合化を防ぐことができる。
【0032】
前記分岐鎖としては、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックのみからなることが好ましく(請求項6)、分岐型重合体に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックの分子量は、5,000〜100,000であることが好ましい(請求項7)。また、前記遺伝子導入剤の分子量は、10,000〜150,000であることが好ましい(請求項8)。2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロック、並びに遺伝子導入剤の分子量が上記範囲内であると、遺伝子導入剤の高分子量化を抑えた上でより効率的に細胞に遺伝子を導入することができる。
【0033】
本発明の遺伝子導入方法にあっては、前記所定温度(T)が、30〜34℃であることが好ましい(請求項9)。
【0034】
また、遺伝子導入剤と核酸とを0〜30℃で混合した後、前記遺伝子導入剤と核酸とを32〜100℃で複合させることが好ましい(請求項10)。遺伝子導入剤と核酸とを混合する際の温度が上記範囲内であると、溶液内において核酸と遺伝子導入剤とが均一に混ざりやすく、遺伝子導入剤と核酸とを複合させる温度が上記範囲内であると、効率的に遺伝子導入剤と核酸とを複合させることができる。
【0035】
前記核酸複合体と細胞とは、34〜45℃で接触させることが好ましい(請求項11)。
【0036】
本発明の核酸複合体の調製方法は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を用いて、所定温度(T)未満で該遺伝子導入剤と該核酸とを混合し、溶液を所定温度(T)以上に加温した後、この溶液に血清を加えて遺伝子導入剤と核酸とを複合させるものである(請求項12)。
【0037】
本発明の核酸複合体(請求項13)は、本発明の核酸複合体の調製方法により調製した核酸複合体である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施例1及び比較例1の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0040】
[遺伝子導入方法、及び本発明の遺伝子導入方法に用いる遺伝子導入剤の製造方法]
本発明の遺伝子導入方法は、遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体と、細胞とを接触させることにより細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法であって、該遺伝子導入剤は、所定温度(T)において物性が変化する感温性ポリマーからなるものであり、該核酸複合体と細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させることを特徴とするものである。
【0041】
本発明の遺伝子導入方法において用いる遺伝子導入剤としては、所定温度(T)未満では、カチオン性を示し、所定温度(T)以上では疎水性を示す感温性ポリマーであることが好ましく、この感温性ポリマーとしては、分岐鎖を有する分岐型重合体を含んでなり、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックを含むものであることが好ましい。
【0042】
上記の分岐型重合体としては、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合させたものが好適である。
【0043】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0044】
イニファターとなるN,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0045】
なお、以下においては、イニファターとして上述のような分岐鎖を有するものを用いて光照射リビング重合を行う場合を例示して、本発明に用いる遺伝子導入剤を説明するが、本発明に用いる遺伝子導入剤は何らこのようなものに限定されるものではない。
【0046】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化炭化水素が好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン、中でも特にトルエンが好適である。
【0047】
このイニファターに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合させることにより、本発明に用いる遺伝子導入剤を得ることができる。
【0048】
前記イニファターに対しては、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合させれば良いが、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及びその誘導体以外のモノマーを重合させてもよい。2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及びその誘導体以外のモノマーとしては、例えば、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーを挙げることができる。上記2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及びその誘導体以外のモノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いても良い。
【0049】
ただし、1種のみのモノマーを用いて合成の簡素化、低コスト化を図るためには、本発明に用いる遺伝子導入剤として、前記イニファターに対して2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のみを重合させたものが好ましい。
【0050】
イニファターと2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体(以下、単に「モノマー」と称す場合がある。)とを反応させるには、イニファター及び2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しモノマーが結合した反応生成物を得る。この溶液の溶媒としては、アルカン、アルケン、アロマチック、ハロゲン化炭化水素が好適であり、具体的にはベンゼン、トルエン、クロロホルム、四塩化炭素又は塩化メチレンが挙げられ、中でもトルエン又はクロロホルムが好適である。
【0051】
この2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体の該原料溶液中の濃度は0.1M以上、例えば0.1〜5.0Mが好適である。イニファターの濃度は0.1〜100mM程度が好適である。
【0052】
照射する光の波長は200〜400nmが好適であり、例えば、ショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光の照射時間は照射強度にも依存するが、10〜360分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で10分〜180分程度が特に好適である。
【0053】
なお、この光照射工程(第1の光照射工程)の後にさらに第2の光照射工程を行ってもよい。すなわち、この反応生成物を含む溶液をアルコール、好ましくは上記モノマーのアルコール溶液で希釈する。このアルコールとしてはメタノール又はエタノール、特にメタノールが好適である。アルコール溶液中のモノマー濃度としては、終濃度として、100mM〜5M程度が好適である。
【0054】
上記第1の光照射工程からの反応生成物含有液1体積部に対し、このアルコール溶液5〜500体積部を添加するのが好ましい。
【0055】
このようにアルコール溶液で希釈した希釈液を、第2の光照射工程に供し、上記反応生成物に対しさらに上記モノマーを重合させる。この際の照射光源としては240〜400nmの波長の光を含むものであればよく、例えばショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光照射時間は10分〜120分程度が好適である。
【0056】
このような光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製して遺伝子導入剤を得る。
【0057】
得られる遺伝子導入剤(分岐型重合体)に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体よりなるポリマーブロックの分子量は、分岐鎖の鎖数にもよるが、5,000〜100,000程度、特に8,000〜50,000程度が好ましく、また、分岐鎖中の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体からなるポリマーブロックは5〜150個程度のモノマー単位からなることが好ましい。この2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体よりなるポリマーブロックの分子量が小さすぎると、核酸の凝集力を十分に得ることができず、大きすぎると核酸複合体が高分子量化して不利である。
【0058】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量を指す。
【0059】
また、遺伝子導入剤の分子量は、分岐鎖の鎖数にもよるが5,000〜150,000程度、特に5,000〜100,000程度、とりわけ8,000〜50,000程度が好ましい。この遺伝子導入剤の分子量が小さすぎると、ポリマー同士が疎水結合的に凝集しにくくなり、核酸複合体を形成しにくくなる。また、分子量が大きすぎると、分解、代謝、排泄等の面において不利であり、生体内使用には不適当で、医薬品としての実用化が困難であり、また、細胞毒性も現れる。
【0060】
なお、本発明に用いる遺伝子導入剤は、分子量が上記範囲内の低分子量であっても、核酸と複合させた場合、+15mV〜+40mV程度の高いゼーター電位を示す。
【0061】
本発明の遺伝子導入方法にあっては、前記所定温度(T)が、人体の体温よりも若干低い温度、例えば、30〜34℃程度であることが好ましい。
【0062】
また、本発明にあっては、遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を所定温度(T)未満で混合した後、この溶液を所定温度(T)以上に加温して、遺伝子導入剤と核酸とを複合させることが好ましく、特に、遺伝子導入剤と核酸とを0〜30℃程度、特に15〜25℃程度で混合した後、この溶液を加温して、前記遺伝子導入剤と核酸とを32〜100℃程度、特に35〜50℃で複合させることが好ましい。例えば、分岐鎖に2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートポリマー部分を有する遺伝子導入剤と核酸とを、上記温度範囲内で混合し後、加温して複合させることで、分岐鎖中の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートポリマー部分がグロビュール化して疎水化し、効率良く核酸を凝集することができる。
【0063】
さらに、この核酸複合体と細胞とを接触させる温度としては、人体の体温と同程度もしくはそれ以上の温度が好ましく、例えば34〜50℃、特に35〜40℃が好ましい。この核酸複合体と細胞とを接触させる温度が上記範囲内であれば、細胞に対して遺伝子を効率的に導入することができる。
【0064】
なお、本発明に用いる血清を含む培地としては、血清を含む液体の培地であることが好ましく、このような液体の培地に含まれる血清の濃度としては、0.1〜60重量%程度、特に5〜15重量%程度が好ましい。培地の血清の濃度が低すぎると血清を含有させることによる効果を十分に得ることができず、濃度が高すぎると培養細胞へ最適に設計されている培地の配合バランスが崩れる恐れもあり、また、血清の種々の成分が培養細胞へ何らかの影響を及ぼす可能性もあって好ましくない。
【0065】
血清としては、ウシ胎児血清(FCS)が好ましいが、この他にヒトや動物の成体の血清や血漿を使用することも可能であり、当業者によって適宜、補体などの成分の非態化処理やグロブリン成分の除去などを行って用いることができる。また、本発明の核酸複合体を生体へ適用する場合、同種個体の血漿が好適である。
【0066】
[核酸複合体の調製方法及び核酸複合体]
本発明の核酸複合体の調製方法は、上記のように合成した遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液の温度が所定温度(T)未満で該遺伝子導入剤と該核酸とを混合する混合工程と、該混合工程の後、該溶液を所定温度(T)以上に加温し、次いで該溶液に血清を加えて該遺伝子導入剤と該核酸とを複合させる複合工程と、を有するものである。
【0067】
所定温度(T)は、前述の遺伝子導入方法の場合と同様に、30〜34℃の間であることが好ましい。
【0068】
前記混合工程における溶液の温度(以下、「温度条件1」という。)としては、上記所定温度(T)よりも若干低い温度が好ましく、例えば、0〜30℃程度、特に15〜25℃程度が好ましい。この温度条件1が低すぎると、溶液内において核酸と遺伝子導入剤とが均一に混ざりにくくなり、温度条件1が高すぎると、遺伝子導入剤と核酸とが十分に均一に混ざる前に遺伝子導入剤が凝集し、核酸を包接した核酸複合体を形成し得なくなる。
【0069】
また、前記複合工程における溶液の温度(以下、「温度条件2」という。)としては、前記所定温度(T)よりも若干高い温度が好ましく、例えば、32〜100℃程度、特に35〜50℃程度が好ましい。この温度条件2が低すぎると、遺伝子導入剤に核酸を効率的に凝集させることが難しく、温度条件2が高すぎると高温処理による不具合が生じるおそれがある。
【0070】
前記遺伝子導入剤(ベクター)と核酸とを複合させるには、このベクターの濃度1〜1000μg/mL程度の分散液に対し、温度条件1にて核酸を添加して混合する。この混合工程では、核酸に対してベクターを過剰量添加し、ベクターを核酸に対し飽和状態にするのが好ましい。
【0071】
この混合工程における核酸と遺伝子導入剤とを含む溶液を混合する時間は、3〜30分程度が好ましい。混合する時間が短すぎると、溶液が均一にならないため、核酸と遺伝子導入剤との弱い相互作用による会合が生じにくくなり、また、混合する時間が長すぎると、それ以上の効果は得られず、徒に混合時間が長くなり効率的ではない。
【0072】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0073】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。また、上記のようなDNAの導入、遺伝子発現のみならず、細胞内のmRNAを破壊するRNA干渉をsiRNAの導入で行うことも可能である。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0074】
上記混合工程の後、核酸と遺伝子導入剤とを含む溶液を温度条件2に加温して核酸と遺伝子導入剤とを複合させる。2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体よりなるポリマーブロックは、感温性であり、且つカチオン性であるため、このように、核酸と遺伝子導入剤とを含む溶液を温度条件2に加温することにより効率的に核酸と複合させることができる。即ち、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体よりなるポリマーブロックは、弱カチオン性であるため、凝集力が弱く、中性条件下ではDNAと完全に複合化していないが、互いに距離を保って会合しているため、加温し、前記ポリマーブロックの疎水性を高めて凝集させることにより、DNAと遺伝子導入剤とを複合させることができる。
【0075】
この複合工程に要する時間としては、温度条件2に加温した後、3〜30分程度が好ましい。この複合工程の時間が短すぎると、核酸と遺伝子導入剤とが複合体を形成せず、また、この時間が長すぎると複合体の二次粒子が形成され、細胞へ取り込まれるのに不利な大きさの粒子径まで成長してしまう可能性がある。
【0076】
核酸含有複合体の粒径は50〜400nm程度が好適である。これよりも小さいと、核酸含有複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0077】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0078】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0079】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0080】
本発明のベクターを用いた核酸含有複合体は任意の方法で生体に投与することができる。
【0081】
当該投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0082】
この核酸含有複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0083】
また、この核酸含有複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0084】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0085】
この核酸含有複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【0086】
また、この核酸を複合した遺伝子導入剤の水溶液を基材に塗布などにより付着させ、必要に応じ乾燥させることにより、核酸を担持したポリマーのコーティング等が形成される。
【0087】
上記の核酸複合遺伝子導入剤を基材に付着させる場合、基材としてはシート状のものが好適である。このシート状基材の厚さは0.05〜10mm程度であることが好ましく、シート面の大きさは、方形の場合、一辺が1〜20mmであり他辺が1〜20mmであり、円形又は楕円形の場合、径は1〜20mm程度が好ましい。基材の材料としては、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、シリコン樹脂、フッ素樹脂などの合成樹脂が好適である。この基材は多孔質であってもよい。
【0088】
この基材に対する核酸複合遺伝子導入剤の付着量は、基材表面1cm当り0.001〜10mg程度が好ましい。
【0089】
核酸複合遺伝子導入剤を担持させた基材よりなる遺伝子導入材料は、皮下組織、心筋組織、病変組織、病変血管を包囲するようにシート状基材を配置したり、カバードステントのフィルムへ塗布することによって生体内に配置したり、生体外面に粘着テープを用いて貼り付けたりするようにして用いられる。
【実施例】
【0090】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0091】
i)イニファターの合成
イニファターとして1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0092】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミル酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下、室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3Lのメタノールへ投入して30分間攪拌して濾過した。この操作を繰り返して合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫中で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0093】
H−NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)であった。
【0094】
【化1】

【0095】
ii)4分岐型スター型重合体よりなる感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを感温性カチオン性モノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAEMAAと記載することがある。)よりなる感温性カチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0096】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート8.5gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで10分間パージした後、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で250nm〜400nmの混合紫外線を60分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、n−ヘキサンで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/n−ヘキサン系で3回再沈殿を繰り返して精製し、n−ヘキサンを蒸散させた後に少量のベンゼンへ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて目的とする4分岐型スター型重合体(pDMAEMAA)よりなる感温性カチオン性ホモポリマーを得た。この感温性カチオン性ホモポリマーのポリエチレングリコールを標準物質とした数平均分子量は、GPCにより、11,000(Mw/Mn=1.4)と測定され、この反応により導入された2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートポリマーブロックの分子量は、上記遺伝子導入剤の分子量とイニファターの分子量(723)との差より約10,000であることが分かる。なお、この感温性カチオン性ホモポリマーを実施例1の遺伝子導入剤とする。
【0097】
H−NMR(in CDOD)の測定結果は、δ0.8−1.2ppm(br,3H,−CH−CH−),δ1.6−2.0ppm(br,2H,−CH−CH−),δ2.2−2.4ppm(br,6H,N−CH),δ2.5−2.7ppm(br,2H,CH−N),δ4.0−4.2ppm(br,2H,O−CH)であった。
【0098】
【化2】

【0099】
iii)4分岐型スター型重合体よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをカチオン性ビニル系モノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAPAAmと記載することがある。)よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0100】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(3−N,N−DMAPAAm)3.4gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で250nm〜400nmの混合紫外線を15分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて目的とする4分岐型スター型重合体(pDMAPAAm)よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーを得た(重合率32%)。この非感温性カチオン性ホモポリマーの数平均分子量は、GPCにより13,000(Mw/Mn=1.3)と測定された。なお、この非感温性カチオン性ホモポリマーを比較例1の遺伝子導入剤とする。
【0101】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)となった。
【0102】
【化3】

【0103】
iv)実施例1及び比較例1の遺伝子導入剤の曇点の測定
実施例1の遺伝子導入剤である感温性カチオン性ホモポリマー、及び比較例1の遺伝子導入剤である非感温性カチオン性ホモポリマーの水溶液を調製し、この水溶液の温度を上昇させることにより溶液が白濁する温度(雲点)の測定を行った。
【0104】
即ち、各遺伝子導入剤の3重量%水溶液を調製し、これらの水溶液の20℃から40℃の温度範囲における、波長660nmの光の吸光度を測定した。この測定結果より、実施例1の遺伝子導入剤である感温性カチオン性ホモポリマーは、32℃付近にLCST(Lower Critical Solution Temperature)を有しており、細胞培養環境下で疎水性の無電荷のポリマーとなって水中で懸濁する感温性のポリマーであることが分かった。一方、比較例1の遺伝子導入剤である非感温性カチオン性ホモポリマーは、20℃から40℃の範囲で濁ることなく、100%の透過率を示したところから、この温度範囲において物性が変化するものではないことが分かった。
【0105】
v)遺伝子導入活性の評価
次の(1)〜(3)の手順に従って、遺伝子導入活性の評価を行った。
(1) 遺伝子導入剤のポリマー溶液の調製、及びDNA溶液の調製
細胞にはアフリカミドリサル腎細胞の由来のCOS-1を使用し、DNAにはpGL3コントロールベクターを使用した。COS-1細胞は細胞数を4万個/mLに調整して24Well培養皿へ播種し、培養24時間後に遺伝子導入を行った。上記ii)にて調製した実施例1の遺伝子導入剤である感温性カチオン性ホモポリマー、及び上記iii)にて調整した比較例1の遺伝子導入剤である非感温性カチオン性ホモポリマーを、それぞれ生理食塩水へ溶解し、濃度(ポリマー/食塩水)が8μg/60μLのポリマー溶液とした。DNAはTEバッファーへ溶解し、濃度(DNA/バッファー)を3μg/90μLとした。
【0106】
(2) 血清を含む培地における遺伝子導入活性の評価
血清を含む培地における実施例1及び比較例1の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性を評価した。
【0107】
上記(1)で調製した各ポリマー溶液とDNA溶液とを室温(25℃)で混合した後、溶液を37℃に加温して核酸複合体を形成させた。この核酸複合体25μLを1mLの血清を含む完全培地(DMEM+10%FCS+抗生物質)へ加え、30分間インキュベートした。この約1mLの核酸複合体完全培地溶液と、37℃のPBSで洗浄した培養細胞とを接触させ、48時間培養を行った。48時間後、ルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社、アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0108】
(3) 血清を含まない培地における遺伝子導入活性の評価
血清を含まない培地における実施例1及び比較例1の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性を評価した。
【0109】
上記(1)で調製した各ポリマー溶液とDNA溶液とを室温(25℃)で混合した後、溶液を37℃に加温して核酸複合体を形成させた。この核酸複合体25μLを200μLの無血清培地(OPTI−MEM)へ加えて30分間インキュベートした。37℃のPBSで洗浄した培養細胞にこの核酸複合体のOPTI−MEM溶液約200μLを加え、3時間トランスフェクションした後に完全培地1mLを加え、さらに45時間培養を行った。45時間後、ルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社、アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0110】
上記(2),(3)の評価結果を図1に示す。
【0111】
[考察]
比較例1の遺伝子導入剤である非感温性カチオン性ホモポリマーは、血清を含まない培地での遺伝子導入活性に優れているが、血清を含む培地では遺伝子導入活性が顕著に低下した。一方、実施例1の遺伝子導入剤である感温性カチオン性ホモポリマーは、血清を含まない培地においては、比較例1の遺伝子導入剤よりも遺伝子導入活性が若干低くかった。これは、モノマーとして用いる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(pKa=7)と、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(pKa=10)とのpKaの差が、遺伝子導入活性の差となって現れたものと考えられる。感温性カチオン性モノマーである2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(pDMAEMAA)の低分子量体は、室温(約25℃)においてのDNAの凝集能が低く、加温して疎水性に変化させ、疎水凝集効果を付加させなければDNAを十分には凝集することができない。つまり、血清を含まない培地では、高pKaのカチオン性ポリマーを有する遺伝子導入剤の方がDNAの凝集能が高いことがわかる。
【0112】
一方、血清を含む培地では、実施例1の遺伝子導入剤の方が格段に優れた遺伝子導入活性を示している。これは、実施例1の遺伝子導入剤と核酸との核酸複合体の電荷が、溶液の加温により低下し、血清に含まれるアニオン性タンパクを凝集しにくくなった、もしくは、核酸複合体が疎水性に変化し、血清中の両親和性のタンパクや脂質などの吸着を受け、細胞との親和性が高くなった状態で細胞に作用したためであると考えられる。これに対して、比較例1の遺伝子導入剤は、加温しても疎水性にはならないため、核酸複合体が血清中のアニオン性タンパクなどを凝集し、核酸が細胞内に取り込まれにくくなっていたため遺伝子導入活性が低下したと考えられる。
【0113】
実施例1の遺伝子導入剤は、血清を含む培地、血清を含まない培地のそれぞれにおいて、同程度の活性を示している。即ち、本発明の遺伝子導入剤は、血清を含むことにより細胞にストレスを与えない培地中においても効率良く遺伝子を導入することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体と、細胞とを接触させることにより細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法であって、
該遺伝子導入剤は、所定温度(T)において物性が変化する感温性ポリマーからなるものであり、
該核酸複合体と細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項2】
請求項1において、該感温性ポリマーは、所定温度(T)未満では、カチオン性を示すものであり、所定温度(T)以上では疎水性を示すものであることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記核酸複合体は、遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を所定温度(T)未満で混合した後、該溶液を所定温度(T)以上に加温して、該遺伝子導入剤と核酸とを複合させることにより得られたものであることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、該感温性ポリマーは、分岐鎖を有する分岐型重合体を含んでなり、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックを含むものであることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項5】
請求項4において、前記分岐型重合体は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させたものであることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項6】
請求項4又は5において、前記分岐鎖が、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックのみからなることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項7】
請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐型重合体に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のポリマーブロックの分子量が、5,000〜100,000であることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量が、10,000〜150,000であることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記所定温度(T)が、30〜34℃であることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項10】
請求項3ないし9のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を0〜30℃で混合した後、該溶液を32〜100℃に加温して、該遺伝子導入剤と核酸とを複合させることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項において、前記核酸複合体と細胞とを34〜45℃で接触させることを特徴とする遺伝子導入方法。
【請求項12】
遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を混合することにより、核酸と遺伝子導入剤とを複合させる核酸複合体の調製方法であって、
該遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるものであり、
該溶液の温度が所定温度(T)未満で該遺伝子導入剤と該核酸とを混合する混合工程と、
該混合工程の後、該溶液を所定温度(T)以上に加温し、次いで該溶液に血清を加えて該遺伝子導入剤と該核酸とを複合させる複合工程と、
を有する核酸複合体の調製方法。
【請求項13】
請求項12に記載の核酸複合体の調製方法により調製した核酸複合体。

【図1】
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