説明

遺伝子導入植物体の形成方法

【課題】形質転換した植物体を効率よく再分化させる。
【解決手段】ヤトロファ・クルカスなどの有柄葉の葉身を、葉柄を備えた状態でアグロバクテリウムの菌液に浸漬した状態で、大気圧より減圧した状態から大気圧に戻すことにより葉身の組織にアグロバクテリウムを導入する。その後、葉身を抗生物質の水溶液に浸漬して抗生物質と葉身の組織中のアグロバクテリウムを接触させ、次いで次亜塩素酸などの抗生物質以外の殺菌剤と接触させる。その後、アグロバクテリウムが導入された葉身の部分を組織片として、抗生物質を含む培地上でカルス誘導を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子導入植物体の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油などの化石燃料資源の枯渇に備え、トウモロコシやサトウキビなどの植物体からバイオディーゼル燃料を生産する試みが数多く行われている。この植物体として、ジャトロファ属の植物が注目を浴びている。ジャトロファ属の植物は非食用植物であって、害虫や病原体に強い耐性を有し、痩せた土地でも栽培できるので食糧や農地との競合がなく、また、ジャトロファの種子には約30〜40%の油脂が含まれているので高い収率で油脂を回収できるという種々の利点があるからである。
【0003】
しかし、ジャトロファ属の植物は亜熱帯から熱帯地域でしか栽培することができず、結実回数も年に1回であり、実の大きさも小さいので、自然栽培では多くの採油量を望むことができない。
【0004】
そこで、植物培養細胞(カルス)を安定的に生産し、カルスからバイオディーゼル燃料を生産することが試みられている。例えば、特許文献1(特開2009−148192号公報)には、ジャトロファ属の植物から誘導したカルス細胞からジャトロファ油を抽出する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、この方法ではカルスに含まれる油脂量が少なく、多量の油脂を生産するには不向きである。栽培されたジャトロファ属植物からの生産量を増大させるためには、例えば、耐乾燥性や耐寒性などの耐ストレス性の改良や種子中の油脂を増やす改良を行うことが望まれる。これらの改良には人工交配や突然変異を利用することが考えられるが、その実現可能性は低い。従って、植物細胞に標的遺伝子を導入し、所望する性質を付与するという細胞工学を利用する方法が選択される。
【0006】
ジャトロファ属植物に限らず、植物体に標的遺伝子を導入する方法としてアグロバクテリウムを用いる方法が汎用される。例えば、非特許文献1において、ジャトロファ属植物の子葉に、アグロバクテリウムを含む液に常温・常圧下で浸漬してアグロバクテリウム菌を感染させた後に、カルス誘導、シュート形成を経て発根に至る植物体の再生方法が示されている。また、特許文献2(特開2004−357574号公報)には、オジギソウの幼植物体の組織片を、アグロバクテリウムを含む液に減圧下で浸漬してアグロバクテリウム菌を感染させた後に、カルス誘導を行い、当該カルスを再分化して植物体を再生する方法が示されている。特許文献3(特開2003−174830号)には、シクラメン属植物のカルスにアグロバクテリウムを感染させた後に、不定胚形成を介して植物体を再生する方法が開示されている。
【0007】
このように植物体にアグロバクテリウムを用いて標的遺伝子を導入し、カルス誘導やシュート形成などを経て、植物体を形成(再分化)させる方法は既に知られたところである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−148192号公報
【特許文献2】特開2004−357574号公報
【特許文献3】特開2003−174830号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Li et al., Establishment of an Agrobacterium-mediated cotyledon disc transformation method for Jatropha curcas, Plant Cell Tiss. Organ. Cult., 2008, Vol.92, No2, pp.173-181)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、遺伝子が導入された植物体の再生効率を高めるためには、アグロバクテリウムの感染による遺伝子の導入効率を高めることも重要な要素の一つであり、感染の確実性が高い組織片を効率的に選択することも重要な要素となる。
【0011】
組織片が感染されたことを確認するために、特許文献2に記載された方法をはじめとし、アグロバクテリウムの感染による遺伝子導入法においては、目的とする遺伝子の他にカナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子などのマーカー遺伝子やGUS遺伝子などのレポーター遺伝子を併せて導入し、マーカー遺伝子を利用した選別やレポーター遺伝子の発現により目的遺伝子の導入の確認を行っていた。
【0012】
しかしながら、マーカー遺伝子やレポーター遺伝子を用いる方法ではアグロバクテリウムと接触させるだけでは感染の有無を確認することができない。このために、アグロバクテリウムと接触させた組織片を任意に選択して、選別用の抗生物質を含むカルス誘導用培地でカルス誘導を行っていた。従って、カルス誘導の前に、アグロバクテリウムによる感染が確認できれば、感染の確実性が高い組織片を効率的に選択でき、能率よく植物体を再生させることができる。
【0013】
また、アグロバクテリウムの感染による遺伝子導入法においては、アグロバクテリウムの感染後、アグロバクテリウムに抗菌性又は殺菌性を示す抗生物質を含むカルス誘導用培地を用いて、アグロバクテリウムの除菌を行っていた。それだけでなく、カルス誘導後においても、シュート形成するための培地に対しても抗生物質を加え、除菌を確実なものにしていた。
【0014】
しかしながら、抗生物質を含むカルス誘導用培地による除菌では残存するアグロバクテリウムが多く、形質転換されたカルス形成率の低さは残存するアグロバクテリウムの多さによるものと考えられる。また、アグロバクテリウムを十分に死滅させるために長期間にわたって抗生物質と組織片を接触させることも、カルス形成率の低さに影響を及ぼしていることも考えられた。そこで、除菌操作はできる限り完全かつ短期間で終了することが望まれる。さらにできるならば低濃度で抗生物質と接触させることも望まれた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は上記課題に基づいてなされたものであって、本発明の遺伝子導入植物体の形成方法は、植物体の葉の少なくとも一部を、アグロバクテリウムの菌液に浸漬した状態で、大気圧より減圧した状態から大気圧に戻ることにより葉身の組織内にアグロバクテリウムを導入するとともに、当該アグロバクテリウムが導入された葉身の少なくとも一部を、抗生物質以外の殺菌剤と接触させた後に、カルス誘導を行う方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の形成方法によると、カルス誘導に用いられる葉身への導入効率が高められるだけでなく、感染したアグロバクテリウム感染後の除菌が短期間で確実に行える。また、低濃度の抗生物質との接触によって除菌が達成される。この結果、植物組織から植物体への再生に際し、作業能率が向上するだけでなく再生効率も高められる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1はアグロバクテリウムの減圧浸漬前後の葉を示す画像であって、(a)は浸漬前の葉の画像、(b)は浸漬後の葉の画像である。
【図2】図2は、生育させた後の葉にGUS遺伝子が発現していることを示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の遺伝子導入植物体の形成方法は、植物体の葉の少なくとも一部を、アグロバクテリウムの菌液に浸漬して、葉身にアグロバクテリウムを導入する工程と、前記アグロバクテリウムを導入した葉身の少なくとも一部を、抗生物質以外の殺菌剤と接触させる工程と、前記殺菌剤と接触させた葉身をカルス誘導する工程とを有する。すなわち、本発明の遺伝子導入植物体の形成方法は、植物体の葉の組織にアグロバクテリウムを浸透させることにより高い効率で遺伝子の導入を行うと共にカルス誘導前にアグロバクテリウムを殺菌剤と接触させて、除菌の確実性を高めた方法である。
【0019】
本発明の遺伝子導入植物体の形成方法は、植物の葉から植物体の再生を行う方法であって、アグロバクテリウムを用いて形質転換を行う方法に適用される。
【0020】
本発明においては遺伝子を導入する対象に植物体の葉が用いられる。植物体の葉は、光合成を行う葉の本体である葉身と、葉身と茎をつなぐ柄状の葉柄と、葉の付け根の部分にある付属的部分である托葉からなるが、本願明細書において葉とは葉身と葉柄を備えたものを意味し、托葉の有無は問わない。本発明の対象となる植物体は単子葉植物、双子葉植物のいずれでもよく、葉柄を有する葉(有柄葉)であればいずれの植物でも好適に用いられる。後述するように葉柄を活用してアグロバクテリウムの導入を確実にしたりするためである。このような植物として、ジャトロファ・クルカス(Jatropha curcas)などのジャトロファ属植物、ダイズなどのダイズ科植物、キク科植物が例示され、代替エネルギー源としての利用価値に鑑みると、ジャトロファ属植物が好ましく用いられる。
【0021】
形質転換を行う対象として、葉を適当な大きさに切断した組織片を用いることもできるが、本発明では組織片に切断することなく葉柄を備えた状態の葉が好ましく用いられる。アグロバクテリウムの導入が能率よく行えるだけでなく、導入された部位の識別が簡便に行えるからである。
【0022】
(アグロバクテリウムの導入)
本発明においては、まず葉に対してアグロバクテリウムを導入する。この導入はいわゆる減圧浸漬法により行われる。減圧浸潤法は公知の方法であって、大気圧よりも減圧した環境下(減圧下)において、導入の対象である葉をアグロバクテリウムの菌液に浸漬することによって行われる。導入は、少なくとも葉身の一部を菌液に浸漬するか、葉柄を挿し葉状態で浸漬して行われる。葉身を浸漬する場合には、葉柄を含めてその全体を菌液に浸漬してもよいし、葉身のみを菌液に浸漬してもよい。また、挿し葉状態で浸漬する場合には葉柄を菌液に浸漬する。本願明細書において挿し葉状態とは、葉全体を菌液などの各種液体に漬けるのではなく、葉身全体を液体に漬けることなく葉柄を液体に挿した状態をいい、葉柄に近いところにある葉身の一部が液体に漬かっていても差し支えない。葉は若い葉、古い葉のいずれでもよいが、アグロバクテリウムの導入しやすさからは若い葉が好ましく、具体的にはジャトロファ属植物では5位ないし4位以上の若い葉が好適である。
【0023】
用いられるアグロバクテリウムは遺伝子の導入に用いられるものであれば限定されるものでなく、各種のアグロバクテリウム菌が用いられる。例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)C58C1Rif株やGV3101KR株が例示される。アグロバクテリアは導入する遺伝子が組み込まれたベクターを含む。ベクターとしては、pBI121やpGV2260、pMP90など汎用されるベクターが用いられる。ベクターは標的遺伝子以外に、各種のレポーター遺伝子やマーカー遺伝子を有していてもよい。ベクターの作製方法や遺伝子のアグロバクテリウムへの導入は公知の方法で行うことができる。
【0024】
葉を浸漬する菌液の調整方法も、公知の減圧浸潤法において用いられる菌液の調整方法と変わるところがなく、媒体である液体もアグロバクテリウムを生存できる環境における液体であれば特に制約されるものではない。例えば、蒸留水、等張液、緩衝液、組織培養用のLB培地やYBS培地などが例示される。葉を浸漬する菌液中の菌数はOD600が0.05〜0.5、好ましくは0.1〜0.3、あるいは菌数では1.0×10〜1.0×10cfu、好ましくは1.0×10〜1.0×10cfu/mlである。
【0025】
減圧下における浸漬は真空ポンプなどによって大気圧よりも減圧されたチャンバー内において行われる。例えば、0.01〜50KPa(約0.5気圧)、好ましくは0.1〜10KPaの気圧下において、葉全体又は葉身を浸漬する場合には1〜10分程度、葉柄を挿し葉状態で浸漬する場合には5分〜2時間程度浸漬する。そして、浸漬した状態でチャンバー内の圧力を大気圧に戻す。もっとも、これらの条件は、植物の種類や葉の状態に応じて適宜変更される。
【0026】
アグロバクテリウムの菌液には、葉への浸透を促進するために、界面活性剤を添加するのが好ましい。界面活性剤には非イオン性の界面活性剤が好ましく、例えばポリエーテル変性シリコーンの1種であるSilwet−L77(商品名)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルの1種であるTween20(商品名)、Tween80(商品名)などが例示される。
【0027】
(葉の生育)
この後、殺菌剤及び抗生物質並びにアグロバクテリウムを含まない液にて葉を生育させて、アグロバクテリウムの導入を確実にする。ここにおいて生育とは、葉が枯れないように葉を生きた状態で維持することを意味し、必ずしも成長させる必要はない。生育する液は殺菌剤や抗生物質を含まなければよく、水や水に窒素やリン、カリウムなど植物の生育に必要とされる栄養素を含む培養液が例示される。生育は、葉が枯れない条件であればよく、例えば液のpHを5〜8とし、室温、好ましくは15〜30℃程度の環境下で、例えば1日〜10週間程度、好ましくは3〜7日間放置する。このとき、暗所で生育させてもよいが、8〜16時間程度の明時間を設けるのが好ましい。また、光条件は例えば200〜2,000lux、好ましくは500〜1,000luxとするのが好ましい。
【0028】
この生育工程によって、葉の気孔及び/又は葉柄から葉身に進入したアグロバクテリウムが葉身全体に拡散するものと考えられる。そして、この拡散によって、アグロバクテリウムが導入された部分における色が周囲の色と区別できる程度に変色し、アグロバクテリウムに感染された、あるいはそうであろうことが目視で判別できるようになる。また、葉脈によって囲まれたブロック(区画)として認識できるので、カルス誘導用の組織片の作製が容易になる。もっとも、生育工程は任意の工程であって、アグロバクテリウムを含む菌液への浸漬により変色が目視で判別できるのであれば、当該工程を経ることなく次の除菌工程に進めることもできる。
【0029】
(抗生物質による除菌)
本発明においては、殺菌剤による除菌前に抗生物質を含む水溶液に葉を浸漬することが望ましい。アグロバクテリウムの除菌を葉身の内部から促進するためである。この除菌工程も任意の工程であるが、カルス誘導用の培地に添加される抗生物質の使用濃度を低下させる観点から、実施が望まれる工程である。当該工程は殺菌剤による除菌後に行っても差し支えなく、また、殺菌剤による除菌前後にそれぞれ行ってもよい。ここにおいて除菌とは、除菌操作後に残存する菌数を減少させる操作であり、アグロバクテリウムの死滅が保証されるものではない。以下の殺菌剤による除菌においても同様の意味で用いられる。
【0030】
抗生物質はアグロバクテリウムに対し除菌効果を示す抗生物質であれば特に制約されない。例えば、セフォタキシム、モキサラクタム、メロベネム、カルベニシリン等が例示される。除菌にはこれら1種若しくは2種以上を組み合わせて用いる。抗生物質を含む水溶液には、窒素やリン、カリウムなど植物の生育に必要とされる栄養素を添加してもよい。
【0031】
抗生物質の濃度は抗生物質の種類によっても異なるが、本発明のカルス誘導に用いられる培地中の濃度よりも高濃度、好ましくは、従前のカルス誘導に用いられる培地中の濃度と当程度の濃度、例えばセフォタキシムでは400〜500μg/ml、カルベニシリンでは100μg/mlメロぺネムでは40〜600μg/mlである。
【0032】
除菌は、葉柄を挿し葉状態で抗生物質を含む水溶液に浸漬する。挿し葉状態にして除菌する方法は取り扱いが容易であり、この方法によると、葉柄の維管束を通じて抗生物質が葉身の内部に浸透し、抗生物質が有効に働く。
【0033】
浸漬は室温で行われ、浸漬時間は抗生物質の種類や濃度によっても異なるが、概ね12〜24時間、好ましくは16〜20時間である。また、光条件は弱い光〜通常の室内の明るさが好ましい。
【0034】
(殺菌剤による除菌)
以上の工程によりアグロバクテリウムを導入した葉を殺菌剤と接触させる。殺菌剤は、除菌用の抗生物質を除く殺菌剤が用いられる。殺菌剤は、比較的短時間でアグロバクテリウムに対して殺菌効果を示す薬剤が選択され、例えば、次亜塩素酸や次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カリウムなどの次亜塩素酸塩、過酸化水素、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウムなどが例示される。これらのうち、短時間で殺菌効果が得られ、しかも残留する恐れも少ないことなどの理由から、次亜塩素酸や次亜塩素酸塩、過酸化水素が好ましく用いられる。
【0035】
これら殺菌剤の水溶液に葉を浸漬することにより、殺菌剤との接触が行われる。葉柄を含めて葉の全体を殺菌剤の水溶液に浸漬してもよいし、葉身のみを殺菌剤の水溶液に浸漬することもできる。これにより、葉身の表面に残存するアグロバクテリウムが全て除かれる。この工程は抗生物質による除菌の前やその前後に行ってもよい。
【0036】
殺菌剤の濃度は、殺菌剤の種類によっても異なるが、次亜塩素酸や次亜塩素酸塩では次亜塩素酸として例えば0.1〜1w/v%、好ましくは0.6w/v%である。浸漬時間は2分〜20分程度であって、殺菌剤の濃度によって浸漬時間が調整される。
【0037】
(カルス誘導)
次に上記で得られた葉身からカルス誘導を行う。カルス誘導は公知の方法により行われる。使用される培地は、炭素源、窒素源、無機塩類、寒天のような固化剤を含むものであればよい。例えば、MS(Murashige and Skoog)培地やSH123培地などが例示される。また、当該培地には、2,4−D(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)やNAA(1-naphthaleneacetic acid)、TDZ、BA(Benzyl adenine)、IA(Indole acetic acid)、IBA(Indole butyric acid)、BAP(6-Benzyl amino purine)などの各種植物成長調節物質が必要に応じて1種又は2種以上が添加される。さらに、当該培地には除菌用の抗生物質とマーカー用の抗生物質が添加される。このとき、炭素源、窒素源などの基本的栄養素や植物成長調節物質、マーカー用の抗生物質の濃度は、それぞれ公知であるカルス誘導用の培地における濃度とほぼ同じであるが、除菌用の抗生物質の濃度は、従来のカルス誘導用の培地における濃度の1/2〜1/100、例えばセフォタキシムでは100μg/ml未満、メロぺネムでは5μg/ml未満である。また、場合によっては抗生物質を含まない培地を用いることもできる。殺菌剤や抗生物質との接触によってアグロバクテリウムの生菌数が減少しているからである。
【0038】
カルス誘導には、上記の工程によってアグロバクテリウムが導入された葉、好ましくは葉身の切断片が使用される。このとき、変色した部分が使用される。当該部分はアグロバクテリウムが確実に導入していると考えられるからである。通常、葉身全体が変色しているので、全体を使用できる。
【0039】
カルス誘導は、室温、好ましくは15〜30℃程度の環境下で、例えば2〜4週間程度、好ましくは2週間程度行う。また、例えば1,000〜5,000luxの光条件下で、1日8〜16時間程度の明時間及び16〜8時間の暗時間で培養するのが好ましい。
【0040】
(再分化)
誘導されたカルスは、引き続いてシュート形成、シュート伸長、ルート形成という再分化が試みられる。これらのシュート形成やシュート伸長、ルート形成の工程も公知の工程がそのまま用いられ、植物体の種類に応じて適宜選択される。使用される培地は、炭素源、窒素源、無機塩類、寒天のような固化剤を含むものであればよい。例えば、MS培地やSH123培地などが例示される。また、当該培地にも、2,4−DやNAA、TDZ、BA、IBA、BAPなどの植物成長調節物質が1種又は2種以上が必要に応じて添加される。このとき、炭素源、窒素源などの基本的栄養素や植物成長調節物質の濃度は、それぞれ公知であるシュート形成用の培地などにおける濃度と同等である。また、カルス誘導においてアグロバクテリウムがほぼ死滅すると考えられるので、抗生物質を含まない培地を用いてシュート形成を行うことができる。もっとも、死滅をより確実にするために、除菌用の抗生物質を添加した培地を用いることもできる。除菌用の抗生物質を添加する場合には、その濃度は、公知であるシュート形成用の培地における濃度の1/2〜1/100、例えばセフォタキシムでは100μg/ml未満、メロベネムでは5μg/ml未満である。
【0041】
このように本発明においては、減圧浸潤法によりアグロバクテリウムを効率よく葉身の組織に導入し、その後殺菌剤と接触させる工程を設けているので、遺伝子の導入確率が高まるだけでなく、葉身に存在する非常に多くアグロバクテリウムが効果的に除菌される。この結果、アグロバクテリウムの残留による影響が排除されるだけでなく、抗生物質の使用量や使用回数を減らせるので除菌用の抗生物質による影響も排除できる。従って、植物組織から植物体への再分化率が高まる。
【0042】
特に本発明においては、葉柄を備えた葉を使用しているので、挿し葉状態でアグロバクテリウムの菌液や抗生物質を含む液、生育用の液に葉柄を浸漬させることができる。挿し葉状態では組織片を扱う場合に比べて取り扱いやすく、一度に多量の葉を処理できるだけでなく、葉柄から吸収された各液が葉脈を通じて葉身の隅々まで行き渡り、アグロバクテリウムの拡散や抗生物質の拡散を助け、アグロバクテリウムの感染や除菌が促進される。また、アグロバクテリウムが導入した部分は、葉脈に囲まれたいくつかの区画として観察され、アグロバクテリウムの導入が目視で簡単に判別でき、作業能率が向上する。さらに、葉を切断した組織片に対して遺伝子導入を行う場合に比べて他の細菌による汚染の可能性が少ないので、アグロバクテリウムの導入の前処理として行われる葉への消毒操作を省略できる。
【0043】
次に実施例に基づきさらに本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の範囲及びこれと均等に含まれるすべての変更が本発明に含まれることが意図される。
【実施例1】
【0044】
(アグロバクテリウムの導入)
植物の葉として、温室で生育させたジャトロファ・クルカス(Jatropha curcas)の4位の葉を用いた。アグロバクテリウム菌は、そのTiプラスミドを無害化したLBA4404株(M. W. Bevan et al. Nucleic Acids Res. 12:8711-8721(1984))を使用した。形質転換の確認のために、市販品として入手可能なβ−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子をバイナリーベクターに組み込んで作られたプラスミドpBI121を購入して使用し、アグロバクテリウム菌に形質転換した(R. A. Jefferson et al. EMBO J. 6:3901-3907(1987)参照)。前記のβ−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を保有するアグロバクテリウム菌LBA4404/pBI121を、マーカーであるカナマイシンを50μg/mlの濃度で含有するL−液体培地にて、30℃で一晩培養した。この培養液を懸濁溶液でOD600が0.1となるように希釈した。この菌液の菌濃度は、1.2×108cfu/mlであった。懸濁溶液の組成は、10mM MES pH5.6、10mM MgCO、Acetosyringone 20mg/L、0.005% Silwet-L77である。
【0045】
上記葉柄を備えた葉の葉身全体をビーカーに入れた菌液に浸漬し、25℃、0.1KPaに5分間減圧した後、急激に圧力を大気圧に戻すことによって、アグロバクテリウム溶液を、葉の組織内に浸透させた。浸潤後の写真を図1に示す。図1に示すように、減圧浸潤させたジャトロファ・クルカスの葉身は浸潤前の葉身に比べて退色した箇所が観察された。
【0046】
(葉の生育)
次に、容器に入れた水道水に、アグロバクテリウムを導入した葉の葉柄を挿し葉状態で浸漬し、30℃、16時間明期8時間暗期、約750luxの照明下で5日間放置した。その後、処理した葉から、周囲の部分に比べて退色した部分から組織片を採取し、発現したグルクロニダーゼ活性を調べることにより、遺伝子導入の確認を行った。その結果を図2に示す。図2に示すように当該組織片においては、GUS遺伝子の発現を示す発色が観察された。
【0047】
このとき、上記生育させた葉に対して、殺菌剤を用いたアグロバクテリウムの除菌を行った。市販の次亜塩素酸系の漂白剤(商品名キッチンハイター、次亜塩素酸ナトリウム6w/v%含有)を蒸留水で10%に希釈した。この液に、生育させた葉の葉身全体を室温で20分間浸漬した。浸漬後葉身に残存しているアグロバクテリウムの菌体数を測定したところ、直径2mmのリーフディスク当たり約1700であった。
【0048】
(抗生物質による除菌)
次に、上記生育させた葉に対して、抗生物質による除菌を行った。セフォタキシム500μg/mlを含む水溶液に、生育させた葉の葉柄を挿し葉状態で一晩、約8時間浸漬した。その後、上記と同じ条件において除菌処理を行った。この除菌処理後の菌体数を測定したところ、直径2mmのリーフディスク当たり約190となり、抗生物質溶液への浸漬による除菌をしない場合に比べて、菌体数は約1/10に低下した。このように、カルス誘導前に、葉柄から吸収させた抗生物質による除菌を行うことにより、アグロバクテリウムの細菌数をほぼ10%近くまで低下させることができた。
【0049】
(カルス誘導)
続いて、上記によりアグロバクテリウムの除菌を行った葉身を、殺菌剤を用いた殺菌処理後に、直径約6mmのリーフディスクを作製し、MS培地に3mg/LのBAと0.1mg/LのIBA、3%ショ糖及び20μg/mLのセフォタキシン、マーカーであるカナマイシンを20μg/mlで添加した固体培地(0.7%の寒天を含む。)上で、2週間培養した。2週間の培養によって、カルスが形成された。このカルスの菌体数を測定したところ、菌体数は0であった。また、全てのリーフディスクからカルスが形成され、それらのカルスにはGUS活性が観察された。
【0050】
このように、抗生物質の液に浸漬することによって、葉身の組織まで侵入したアグロバクテリウムが死滅するので、低濃度の抗生物質を含む培地でカルス誘導ができ、しかも抗生物質との接触を短期で終わらせることができる。さらに、ブリーチ処理のために葉身の組織まで侵入したアグロバクテリウムはほぼ完全に死滅するので、アグロバクテリウムによる悪影響が排除され、効率よくカルス誘導できる。また、アグロバクテリウムの導入が目視で確認できた組織片を得ることができるので、高い確率でカルス誘導が行える。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によると、遺伝子導入により耐寒性や耐乾燥性が付与されたジャトロファ属植物など、形質転換された各種植物が組織培養により効率よく産出される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物体の葉の少なくとも一部を、アグロバクテリウムの菌液に浸漬した状態で、大気圧より減圧した状態から大気圧に戻すことにより葉身の組織内にアグロバクテリウムを導入する工程と、
前記アグロバクテリウムを導入した葉身の少なくとも一部を、抗生物質以外の殺菌剤と接触させる工程と、
前記殺菌剤と接触させた前記葉身をカルス誘導する工程とを有する遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項2】
前記アグロバクテリウムの菌液が界面活性剤を含む請求項1に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項3】
前記界面活性剤は非イオン性の界面活性剤である請求項2に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項4】
前記殺菌剤は次亜塩素酸及びその塩、過酸化水素の何れか1種以上である請求項1〜3に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項5】
前記アグロバクテリウムを導入する工程において、葉柄を備えた葉身をアグロバクテリウムの菌液に浸漬する請求項1〜4の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項6】
前記アグロバクテリウムを導入する工程において、葉柄を差し葉状態でアグロバクテリウムの菌液に浸漬する請求項1〜4の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項7】
前記アグロバクテリウムを導入した葉を殺菌剤と接触させる前及び/又はその後に、葉柄を差し葉状態で抗生物質を含む溶液に浸漬する請求項5又は6に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項8】
前記アグロバクテリウムの導入後、殺菌剤と葉身を接触させる前及び/又はその後に、葉柄を差し葉状態で殺菌剤及び抗生物質を含まない液に漬けて生育させる工程を有する請求項5又は6に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項9】
前記殺菌剤及び抗生物質を含まない液に漬けて生育した葉を殺菌剤と接触させる前に、葉柄を差し葉状態で抗生物質を含む溶液に浸漬する請求項8に記載の遺伝子導入植物体の形成方法
【請求項10】
前記カルス誘導を行う工程は、低濃度化された抗生物質を含む培地で行う工程である請求項1〜9の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項11】
さらに抗生物質を含まない培地で、誘導されたカルスを再分化させる工程を含む請求項1〜10の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項12】
前記植物体はジャトロファ属植物である請求項1〜11の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法。
【請求項13】
請求項1〜12の何れか1項に記載の遺伝子導入植物体の形成方法で作られた遺伝子導入植物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−110280(P2012−110280A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−262581(P2010−262581)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/乾燥ストレス耐性改良型ヤトロファの創出とその機能評価に関する研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】