説明

遺伝子導入鳥類及びその作製法

鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に有用タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類若しくはその子孫又は野生型鳥類と交配することにより得られるG1トランスジェニック鳥類及びその子孫を提供する。 鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に有用タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類又はその子孫又は野生型鳥類と交配することにより得られるG1トランスジェニック鳥類及びその子孫である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生理活性タンパクの生産に応用可能な遺伝子導入(トランスジェニック)鳥類の作製法、ならびに該作製法により得られる遺伝子導入(トランスジェニック)鳥類に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術の発展により、数多くの生理活性タンパクが工業生産され、医薬品などの用途に用いられるようになった。しかしこれら組換えタンパクの生産に最もよく用いられる大腸菌等の微生物は、糖鎖を付与する能力がないため、生産されたタンパクは元来持っている糖鎖修飾を受けられず、本来の活性が低下したり安定性が悪くなるとの欠点があった。
【0003】
更に、微生物は抗体のような複数のユニットからなる複雑なタンパクを生産することができないため、医薬品として使用されるモノクローナル抗体の生産に利用できないことも大きな難点である。
【0004】
このため、現在糖鎖を必要とするエリスロポエチンなどの生理活性タンパクや、抗体医薬品などは、培養細胞リアクターによって生産されているが、このような動物細胞による生産法は微生物に比ベコストが高くつくため、患者や行政の負担増加が問題となっている。
【0005】
これらの欠点を克服した新たなタンパク生産法として、遺伝子導入動物(トランスジェニック動物)の利用が注目を浴びている。トランスジェニック動物が乳汁や血液、卵中に生産するタンパクは糖鎖が付与されるうえ、その生産コストは動物培養細胞の1/10〜1/100との試算もある(非特許文献1)。なかでも鳥類を使ったトランスジェニックは、成熟までの期間が短い事や、飼育面積が少なくて済むとの利点があるため実用化が嘱望されている。
【0006】
このように、多くの利点をもつトランスジェニック鳥類によるタンパク生産技術であるが、その実用化にはいくつかの困難があった。そのひとつは鳥類受精卵へ外部遺伝子を導入する事が難しい点であったが(非特許文献2)、本発明者らは安全性の高い複製能欠失型ウイルスベクターを用い、鳥類初期胚に遺伝子をマイクロインジェクションすることで体の一部に導入遺伝子を持つトランスジェニックキメラ(G0と呼ぶ)を効率的に作製することに成功した(特許文献1)。
【0007】
しかしこのようにして導入された遺伝子は、宿主がもつ生体防御機構により不活性化され(サイレンシングと呼ばれる現象)、タンパクを発現しないか、発現しても微量である。更に医薬品としてタンパクを安定に供給するには、G0トランスジェニックキメラの子孫として体細胞全体に導入遺伝子をもつ鳥類の系統確立が必要である。これらG0トランスジェニックキメラの子孫は、その世代数に準じてG1〜G2〜G3〜と呼ばれる。
【特許文献1】特開2002−176880号公報
【特許文献2】特表2001−520009号公報
【非特許文献1】Nature Biotechnology 19, 184 2001
【非特許文献2】Harvey AJ,et al.Consistent production of transgenic chickens using replication−deficient retroviral vectors and high−throughput screening procedures.Poult.Sci.Feb.2002,Vol.81,No.2,p.202−212
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記現状に鑑み、トランスジェニック鳥類を、安全で効率のよいタンパク生産系として応用するために、体細胞全体に導入遺伝子が入り、導入遺伝子に由来するタンパクを高発現する効率のよいトランスジェニック鳥類作製法を確立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のトランスジェニック鳥類は、鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、
a)目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、
b)孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、
c)該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより、G1トランスジェニック鳥類として得られる。
【0010】
このG1トランスジェニック鳥類を、G0トランスジェニックキメラ、G1トランスジェニック鳥類同士、野生型鳥類等と交配することにより、継代的に誕生するG2トランスジェニック鳥類及びその子孫を開示する。
つまり、本発明は、また、G1トランスジェニック鳥類を、G0トランスジェニック鳥類、該G1トランスジェニック鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより得られる、G2トランスジェニック鳥類又はその子孫であることを特徴とするトランスジェニック鳥類である。
【0011】
インジェクションする初期胚は、鳥類の種類によって決まる特定の時間経過したのち、胚に形成される初期の心臓内にインジェクションすることにより、効果的に発現するトランスジェニック鳥類が得られる。
【0012】
トランスジェニック鳥類に導入する目的タンパク質遺伝子としては、エリスロポエチンの構成遺伝子のように、発現したタンパクの活性に糖鎖が必要なものや、抗体遺伝子などが挙げられる。
【0013】
遺伝子を導入する鳥類として、ニワトリ又はウズラを使用することにより、多産で安定的に卵の形で目的タンパク質を得る事ができる。
【0014】
本発明は、また、鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、
a)目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、
b)孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、
c)該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することよりなるG1トランスジェニック鳥類の作製法である。
【0015】
本発明は、また、上記G1トランスジェニック鳥類を、G0トランスジェニック鳥類、該G1トランスジェニック鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより、G2トランスジェニック鳥類又はその子孫を作製することを特徴とするトランスジェニック鳥類の作製法である。
【0016】
本発明は、また、上記の方法で作製されたトランスジェニック鳥類の体細胞、血液又は卵から目的タンパク質を抽出することよりなるタンパク質の生産法である。
本発明は、また、上述の方法で作製されたトランスジェニック鳥類である。
【0017】
マイクロインジェクションによって導入される遺伝子の、染色体上の位置を特定することはできないが、作製されたG0トランスジェニックキメラの中から生殖系列に挿入遺伝子をもつ生殖系列キメラを選別することにより、G1を効率的に産生するG0親を特定することは可能である。選別に際してはG0のオスから腹部マッサージ法により精子を採取し、この精子中の導入遺伝子を検定する方法が有効である。この選別法も本発明のひとつである。
【0018】
本発明は、また、鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、孵化することにより得られたG0トランスジェニック鳥類の血中における、目的タンパク質の発現を確認することによる、G0トランスジェニックキメラ鳥類の選別法である。
【0019】
本発明は、このようにタンパク生産に有利なトランスジェニック鳥類の作製法を開示する。また該作製法による遺伝子導入鳥類を開示する。
この方法により作製されたトランスジェニック鳥類は、医薬品等に利用可能なタンパク質の生産に利用できる。
【0020】
以下に本発明を詳述する。
本発明のG1トランスジェニック鳥類及び/又はその子孫は、複製能欠失型レトロウイルスベクターによって外来遺伝子が導入された鳥類であって、外来遺伝子をその体細胞に均等に含有し、その導入遺伝子に由来する目的タンパク質を、血中、卵白中あるいは卵黄中に安定に発現することを特徴とする。
【0021】
本発明で使用する鳥類としては特に限定されず、例えばニワトリ、七面鳥、カモ、ダチョウ、ウズラなど、食肉、採卵目的で家畜化されている家禽鳥類や愛玩用鳥類を挙げることができる。なかでもニワトリやウズラは入手が容易で、産卵種としても多産である点が好ましい。
【0022】
本発明で使用されるレトロウイルスベクターとしては、モロニー・ミューリン・ロイケミア・ウイルス(MoMLV)、エビアン・ロイコシス・ウイルス(ALV)等に由来するベクターや、レンチウイルスベクター等が挙げられる。なかでもMoMLVに由来するものが好ましいが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0023】
安全性を考慮し、遺伝子導入ベクターとして用いられるウイルスは、通常ウイルス粒子の複製に必要な3種の遺伝子gag、pol、envのうちいずれかまたは全てを欠くことにより、自己複製能を欠失したウイルスが用いられる。鳥類細胞にこのウイルスベクターを効率的に感染させるため、外皮タンパクを人工的にVSV−G(水疱性口内炎ウイルス由来)シュードタイプとしたウイルスベクターが好ましいが、本発明はこのウイルスタイプに限定されるものではない。
【0024】
パッケージング細胞またはヘルパーウイルス等を利用することにより調製されたシュードタイプのウイルスベクターは、通常のマイクロインジェクション法(Bosselman,R.Aら(1989)Science 243、533)により、初期胚、血管内、心臓内へ導入される。遺伝子導入法としてはこの他にもリポフェクションやエレクトロポレーション法等が考えられる。
【0025】
本発明により鳥類に導入される遺伝子は特に限定されないが、マーカー遺伝子や目的タンパク質を発現するための構造遺伝子、これらの遺伝子発現をコントロールするプロモーター遺伝子、分泌シグナル遺伝子等により構成される。
【0026】
上記マーカー遺伝子としては、ネオマイシン耐性遺伝子、β−ガラクトシダーゼ遺伝子、蛍光タンパク質例えばGFP(グリーン・フルオレッセント・プロテイン)等をコードした遺伝子が挙げられる。
【0027】
上記目的タンパク質を発現するための構造遺伝子としては特に限定されず、ヒトモノクローナル抗体などの遺伝子産業上有用な抗体、酵素等をコードした遺伝子などが挙げられる。また、その他の有用生理活性物質の遺伝子を用いることもできる。特に、卵中での蓄積がよいことから、ヒトIgGクラスの定常領域をもつ抗体の遺伝子や、ヒトIgG1、ウズラIgG2、ニワトリIgG2やマウスIgG2のサブクラスの定常領域をもつ抗体の遺伝子など外来性抗体の構造遺伝子が好ましい。
【0028】
また好ましい上記構造遺伝子としては、キメラ抗体の構造遺伝子が挙げられる。キメラ抗体とは、2種以上の異なる遺伝形質から構成される抗体のことをいう。従来マウスハイブリドーマによって作製された医療用抗体は、マウス由来であるためヒト体内に投与されると免疫系による拒絶反応が引き起こされるという問題があった。この欠点を解消するため、例えばマウス抗体を組換え手法によってFc部等をヒト化することにより、拒絶反応のリスクを大幅に軽減することができる。
【0029】
上記キメラ抗体としては、例えば抗ヒトCD2抗体、抗CD20受容体抗体、抗TNF抗体などが挙げられ、すでに医薬品として上市されているものもある。
【0030】
さらに好ましい上記構造遺伝子としては、scFv−Fc抗体の構造遺伝子が挙げられる。医療用の組換え抗体には、この他に低分子抗体と称される一群がある。免疫グロブリンIgGには直接抗原と結合する可変領域(Fv:Fragment of variable region)と呼ばれるVH、VLのヘテロ二量体からなるドメインがあり、このFvドメインはIgGの約5分の1の分子量でありながら、単独で充分な抗原結合能を持つ。VH、VLドメイン間を人工的にペプチドリンカーで結合したものが1本鎖抗体(scFv:single chain Fv)と呼ばれる低分子抗体で、VH、VL単独よりも安定性が向上することが知られていた。
【0031】
Powersら(Powers,D.Bら(2000)J Immunol Method.251,123)は、このscFvにヒトIgG1に由来するFc部を融合させることで、血中での安定性が増すことを見出した。このscFv−Fc抗体は医療用として有用と考えられるが、安価な大量生産システムである大腸菌では生産されない。
【0032】
本発明のG0トランスジェニックキメラ鳥類において、鳥類に導入される遺伝子として、これらヒトモノクローナル抗体遺伝子、キメラ抗体遺伝子、scFv−Fc抗体遺伝子等を使用することにより、従来生産が困難だった抗体医薬品を安価に大量生産することができる
【0033】
例えば、キメラ抗体遺伝子を導入したG0トランスジェニックキメラ鳥類の場合、血液中の抗体含有量は、好ましくは0.5μg/ml以上、より好ましくは5μg/ml以上である。また、卵白中の抗体含有量は、好ましくは0.1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上であり、卵黄中の抗体含有量は、好ましくは0.1μg/ml以上、より好ましくは1μg/ml以上である。
【0034】
また、scFv−Fc抗体遺伝子を導入したG0トランスジェニックキメラ鳥類の場合、血液中の抗体含有量は、好ましくは20μg/ml以上、より好ましくは2000μg/ml以上である。また、卵白中の抗体含有量は、好ましくは5μg/ml以上、より好ましくは500μg/ml以上である。卵黄中の抗体含有量は、好ましくは1μg/ml以上、より好ましくは100μg/ml以上である。卵黄中では抗体が蓄積されたのち、酵素等により分解されるが、これは分解を受けないものとした含有量を示す。卵黄中における抗体の分解は、早い段階での酵素阻害剤の添加、分解を受ける構造の修飾等により防ぐことができる。
【0035】
上記プロモーター遺伝子としては、構成的なプロモーターが挙げられる。抗体遺伝子が構成的なプロモーターにより制御されている場合、抗体遺伝子発現が安定してよいので好ましい。より好ましい構成的なプロモーターとして、ニワトリβ−アクチンプロモーターが挙げられる。β−アクチンプロモーターで発現制御した場合、目的タンパク質は血中に発現される特徴がある。
【0036】
トランスジェニック動物によるタンパク生産では乳汁、あるいは卵中に目的タンパク質を生産させる時、性成熟によって乳汁分泌、あるいは産卵等が開始されるまでその生産量がどれくらいか検討がつかないとの欠点があった。生物種によっては性成熟には数年かかる場合もあり、産業的に目的タンパク質を計画生産する時の大きな不安定要素となっていた。この点、β−アクチンプロモーターで発現制御したトランスジェニック鳥類においては、幼鳥の段階で血液中のタンパク発現量を調べる事で、性成熟後の卵中タンパク発現量を予見的に把握することが可能であり、得られた結果に従い選別を行うことで計画生産には大きなプラス要因となる。
【0037】
本発明のタンパク生産法は、上記トランスジェニック鳥類から目的タンパク質を回収することを特徴とする。より詳細には、作製されたトランスジェニック鳥類の体細胞、血中及び/又は卵中から目的タンパク質を回収、精製するタンパク質の生産法である。また、本発明のトランスジェニック鳥類が生んだ卵もまた本発明の1つである。上記卵の目的タンパク質の含有量は、好ましくは1mg/100g以上、より好ましくは20mg/100g以上、特に好ましくは100mg/100g以上である。
【0038】
次に本発明のG1トランスジェニック鳥類及びその子孫の親となる、G0トランスジェニックキメラ鳥類の作製法について説明する。
【0039】
当該作製法の1つとして、鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚へ複製能欠失型レトロウイルスベクターを感染させ、その胚を孵化させる作製法が挙げられる。また、鳥類受精卵を孵卵し、孵卵開始から好ましくは24時間以降、より好ましくは48時間以降の初期胚へ複製能欠失型レトロウイルスベクターを感染させ、その胚を孵化させる作製法も、本発明の作製法の1つとして挙げられる。
【0040】
より好ましくは、上記初期胚に形成される心臓内へ、複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションする方法である。
【0041】
つまり、本発明に関わるG0トランスジェニックキメラ鳥類の作製法は、放卵後特定の時間経過した受精卵に複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションすることよりなる。放卵後の受精卵の初期発生についてニワトリを例にとると、まず輸卵管内で受精した卵は、受精後約1.5時間で卵割を開始する。細胞質がつながったまま盤割が始まった卵は、1日かけて体外に放出される間に分裂し、約6万個の細胞からなる胚盤葉と呼ばれる胚になる(胚盤葉期)。この胚盤葉は、卵黄中央部の直径3〜4mmの白いリングとして観察される。この胚は、上層と下層に分裂し、割腔を形成する。放卵は胚盤葉下層が形成されるころに起こり、原条が形成され、胚盤葉は上、中、下の三重構造を取り、三胚葉が形成される。その後、胚の形成、成長を経て、排卵から22日目に孵化する。胚盤葉期は、ステージXとも呼ばれ、この時期の細胞の一部から生殖細胞が生じることから、従来は遺伝子導入の対象としてこの時期の受精卵を使用している。
【0042】
本発明においては放卵直後、胚盤葉期の受精卵を孵化条件、例えばニワトリならば37.7〜37.8℃、湿度50〜70%程度の孵化に適した環境条件においた時間を0時間とし、経時的にマイクロインジェクションを行った。ウズラでは孵卵開始から36時間後、ニワトリでは孵卵開始後50時間頃から、卵黄上に血管系の形成が観察され、心臓に分化する器官の脈動が観察できた。
【0043】
上述の遺伝子を導入した受精卵の孵化には、本発明者らが開発した人工卵殻による方法(Kamihira,M.ら(1998)Develop.Growth Differ.,40,449)等が応用できる。
【0044】
本発明の作製法において使用する複製能欠失型レトロウイルスベクター、導入する遺伝子、遺伝子導入鳥類としては、上述したG0トランスジェニックキメラ鳥類と同様のものが挙げられる。
【0045】
本発明の作製法においては、レトロウイルスに由来しない遺伝子が複製能欠失型レトロウイルスベクターに含有されていることが好ましい。
なお本発明の作製法において、「レトロウイルスに由来しない遺伝子」としては、上述した構造遺伝子、プロモーター遺伝子、分泌シグナル遺伝子等が挙げられる。
上記レトロウイルスに由来しない遺伝子は、ニワトリβ−アクチンプロモーターにより制御されている遺伝子であることが好ましい。また、上記レトロウイルスに由来しない遺伝子は、抗体をコードする遺伝子であることが好ましい。
【0046】
本発明の作製法では、好ましくは1×10cfu/ml以上、より好ましくは1×10cfu/ml以上、更に好ましくは1×10cfu/ml以上のタイターを持つ複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションすることが、遺伝子を効率よく導入できる点で好ましい。
【0047】
本発明の作製法で、受精卵に遺伝子を導入された鳥類は、その体細胞にモザイク状に導入遺伝子をもったトランスジェニック鳥類として成長する。この一世代目の遺伝子導入鳥類を、G0トランスジェニックキメラ鳥類と呼ぶ。
【0048】
G0トランスジェニックキメラ鳥類と非トランスジェニック鳥類、あるいはG0トランスジェニックキメラ鳥類同士を交配させて誕生する二世代目、三世代目は、これらが導入遺伝子を染色体にもつ生殖細胞から発生した場合、全身の体細胞に導入遺伝子を含有する個体として成長する。この生殖系列キメラ個体から導入遺伝子を受け継ぐ子孫を、代々G1〜G2〜G3〜トランスジェニック鳥類と称する。
【0049】
本発明によるG0トランスジェニックキメラ鳥類を同種の非トランスジェニック鳥類あるいは配偶型G0トランスジェニックキメラ鳥類と交配させることにより、導入遺伝子を子孫に伝播させることができるとともに、全身の体細胞に導入遺伝子をもつ完全なトランスジェニック鳥類を作製できる。このように安定的に導入遺伝子を伝播するトランスジェニック鳥類の系統を確立することで、タンパク産生システムとしての品質の安定化が可能である。更に完全なトランスジェニック鳥類は、導入遺伝子をもつ体細胞の割合が多いことから、G0トランスジェニックキメラ鳥類に比べ、導入遺伝子に由来する組換えタンパク質の産生量が増加する場合もあると予想できる。
【0050】
本発明のG1トランスジェニック鳥類の作製法は、前述のG0トランスジェニックキメラ鳥類を作製し、交配させることよりなる。交配型はG0トランスジェニックオスと野生型メス、G0トランスジェニックメスと野生型オス、G0トランスジェニックのオスとメス等が考えられ、更に子孫とその親による戻し交配も可能である。中でもG0オスと野生型メスの交配型は、1羽のG0オスに対し、野生型メス3羽から10羽を交配させることができるため、効率の点から好ましい。
【0051】
上記G0オスの精子を採取し、精子中の導入遺伝子の有無を調べる事により、生殖系列キメラを選別できる。導入遺伝子検定法にはPCR法、ウエスタンブロット法等が考えられるが、本発明はこれに限定されない。
また、G1トランスジェニック鳥類、G2トランスジェニック鳥類やその子孫のオスの精子を採取し、同様にして精子中の遺伝子を検定する生殖系列キメラの選別法もまた本発明の1つである。
【0052】
生殖系列キメラはオスの場合、導入遺伝子をもつ精子ともたない精子を併せ持った個体となる。導入遺伝子を含む精子が受精した胚から成熟した雛は、その体細胞全体に導入遺伝子をもつG1トランスジェニックとなる。生殖系列キメラG0を選別することで、ランダムに交配するよりも効率的にG1トランスジェニックキメラ鳥類を作製することができる。
【発明の効果】
【0053】
本発明のG1トランスジェニック鳥類及びその子孫は、安全性の高い複製能欠失型レトロウイルスベクターで導入された外来遺伝子を、不活性化することなく効率的に発現することができる。
【0054】
また本発明のG1トランスジェニック鳥類は、体細胞全体に導入遺伝子が存在し、個体レベルでタンパクの発現が安定で、また確立された系統として安定な供給系となることができる。
【0055】
更に本発明のトランスジェニック鳥類作製法は、安全かつ効率的にG1トランスジェニック鳥類、更にその子孫としてのG2、G3トランスジェニック鳥類を作製することを可能にする。
【0056】
本発明のG1、G2、G3〜トランスジェニック鳥類は、体細胞で外来遺伝子に由来するタンパクを発現し、血清、卵白、卵黄から回収、精製することで、これまで生産困難であった糖鎖が付与したタンパクや抗体類の安価な生産系を供給することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
以下、実施例により本発明を詳述するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
scFv−Fc抗体発現ベクターコンストラクトの作製
scFv−Fc抗体発現ベクターコンストラクトは、以下のように作製した。
【0058】
1.pMSCVneo(クロンテック社製)から一連のミューリン・ホスホグリセレート・キナーゼ(PGK)プロモーター及びNeo遺伝子を含む断片を制限酵素BglII及びBamHIによって除去し、残ったベクター断片のセルフライゲーションによりプラスミドpMSCVを作製した。
【0059】
2.pGREEN LANTERN−1(ギブコBRL社製)からGFP遺伝子断片を制限酵素NotIによって切り出し、pZeoSV2(+)(インビトロジェン社製)のNotIサイトに挿入した。T7プロモーターと同方向にGFP遺伝子が挿入された構造のプラスミドをpZeo/GFPとした。
【0060】
3.pZeo/GFPからGFP遺伝子断片を制限酵素EcoRI及びXhoIによって切り出し、制限酵素EcoRI及びXhoIによって処理したpMSCVのベクター断片に連結し、プラスミドpMSCV/Gを作製した。
【0061】
4.2つの化学合成オリゴヌクレオチド5’−acgcgtcgacgtgcatgcacgctcattg−3’(配列番号1、下線部はSalI制限酵素サイト)及び5’−acgcgtcgacaacgcagcgactcccg−3’(配列番号2、下線部はSalI制限酵素サイト)をプライマーとするPCR(94℃/15秒→50℃/30秒→68℃/1分:10サイクル;94℃/15秒→62℃/30秒→68℃/1分:30サイクル;KOD−Plus−DNAポリメラーゼ(東洋紡社製))によりpMiwZ(Suemori et al.,1990,Cell Diff.Dev.29:181−185)からΔActプロモーター断片を増幅後、制限酵素SalIによってΔActプロモーター断片を切り出し、pETBlue−2(ノバジェン社製)のSalIサイトへ挿入し、プラスミドpETBlue/ΔActを作製した。
【0062】
5.pETBlue/ΔActからΔActプロモーター断片を制限酵素SalIによって切り出し、pMSCV/GのXhoIサイトへ挿入した。GFP遺伝子と同方向にΔActプロモーターが挿入された構造のプラスミドをpMSCV/GΔAとした。
【0063】
6.5’末端をリン酸化した2つの化学合成オリゴヌクレオチド5’−ctagaccatgaggtctttgctaatcttggtgctttgcttcctgcccctggctgctctgggg−3’(配列番号3、下線部はXbaI末端、下線部はHaeIII末端)及び5’−ccccagagcagccaggggcaggaagcaaagcaccaagattagcaaagacctcatgg−3’(配列番号4、下線部はXbaI末端、下線部はHaeIII末端)をアニールさせ、リゾチーム分泌シグナルの遺伝子断片を調製した。2つの化学合成オリゴヌクレオチド5’−gcgtttaaagtgacgttggacgtccg−3’(配列番号5、下線部はDraI制限酵素サイト)及び5’−attaggatccgcgcttaaggacggtcagg−3’(配列番号6、下線部はBamHI制限酵素サイト)をプライマーとするPCR(94℃/15秒→58℃/30秒→68℃/1分:30サイクル)によりHUC213細胞のニワトリ抗体可変領域遺伝子から調製された一本鎖抗体(scFv)の遺伝子を含んだプラスミドpPDS/scFv(Nakamura et al.,2000,Cytotechnology 32:191−198)からscFv遺伝子断片を増幅後、制限酵素DraI及びBamHIによって切り出した。pBluescriptIISK(+)(ストラタジーン社製)のXbaI、BamHIサイトに上記調製した2断片を挿入し、プラスミドpBlue/scFvを作製した。
【0064】
7.pBlue/scFvからscFv遺伝子断片を制限酵素NotI及びBamHIによって切り出し、pCEP4(インビトロジェン社製)のNotI、BamHIサイトへ挿入し、プラスミドpCEP4/scFvを作製した。
【0065】
8.ヒトIgG1産生ミエローマ細胞IM−9(ジャパニーズ・コレクション・オブ・リサーチ・バイオリソーシズ 0024)からmRNA isolation Kit(ロッシュ社製)を用いてmRNAを取得し、得られたmRNAからReverTra Ace(東洋紡社製)を用いてcDNAライブラリを調製した。2つの化学合成オリゴヌクレオチド5’−caagcttcaagggcccat−3’(配列番号7)及び5’−atttacccggagacaggga−3’(配列番号8)をプライマーとするPCR(95℃/2分→52℃/30秒→74℃/3分:30サイクル;Pfu DNAポリメラーゼ(プロメガ社製))により上記cDNAライブラリからhCγ1遺伝子断片を増幅した。さらに、2つの化学合成オリゴヌクレオチド5’−attaggatccgagcccaaatcttgtgacaaaactc−3’(配列番号9、下線部はBamHI制限酵素サイト)及び5’−agcaagctttcatttacccggagacaggga−3’(配列番号10、下線部はHindIII制限酵素サイト)をプライマーとするPCR(94℃/15秒→58℃/30秒→68℃/1分:30サイクル;KOD−plus−DNAポリメラーゼ)により上記PCR産物からヒト抗体H鎖γ1のFc領域(Fc)の遺伝子断片を増幅後、制限酵素BamHI及びHindIIIによって切り出し、pBluescriptIISK(+)のBamHI、HindIIIサイトへ挿入し、プラスミドpBlue/Fcを作製した。
【0066】
9.pCEP4/scFvからscFv遺伝子断片を制限酵素HindIII及びBamHIによって切り出した。pBlue/FcからFc遺伝子断片を制限酵素BamHI及びHindIIIによって切り出した。pBluescriptIISK(+)のHindIIIサイトへ上記切り出した2断片を挿入し、プラスミドpBlue/scFv−Fcを作製した。
【0067】
10.pBlue/scFv−Fcからニワトリ一本鎖抗体可変領域にヒト抗体H鎖γ1・Fcが連結した構造(scFv−Fc)の遺伝子断片を制限酵素HindIIIによって切り出し、制限酵素HindIIIによって処理したpMSCV/GΔAのベクター断片に連結した。ΔActプロモーターと同方向にscFv−Fc遺伝子が連結された構造のプラスミドをpMSCV/GΔAscFv−Fcとした。
このように作製した複製能欠失型レトロウイルスベクターのベクターコンストラクトpMSCV/GΔAscFv−Fcの構造を図1に示した。
【実施例2】
【0068】
scFv−Fc抗体発現レトロウイルスベクターの調製
実施例1で作製したベクターコンストラクトpMSCV/GΔAscFv−Fcよりレトロウイルスベクターを調製するため、パッケージング細胞GP293(クロンテック社製)を直径100mmの培養ディッシュに5×10細胞植え、培養した。培地を新鮮なDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地)に交換し、pVSV−Gベクター(クロンテック社製)8μgとpMSCV/GΔAscFv−Fc8μgをリポフェクション法により前記GP293細胞に導入した。48時間後、ウイルス粒子を含む培養上清を回収し、0.45μm酢酸セルロースフィルター(アドバンテック社製)を通して夾雑物を除去した。得られた溶液にポリブレン(シグマ社製)を10μg/mlとなるように加えウイルス液とした。
【0069】
調製したウイルス液を別に培養したGP293細胞に加え、48時間培養後、細胞を限界希釈法によりクローニングし、GFPを強く発現する安定形質転換GP293株を取得した。
【0070】
得られた安定形質転換株を80%コンフルエントとなるよう直径100mmディッシュに培養し、16μgのpVSV−Gをリポフェクション法で導入した。48時間後ウイルス粒子を含む培養上清12mlを回収した。
【0071】
この培養上清を50,000×g、4℃で1.5時間遠心を行い、ウイルスを沈殿させた。上清を除き、ウイルス粒子を含む沈殿物に50μlの50mM Tris−HCl(pH7.8)、130mM NaCl、1mM EDTA溶液を加え、4℃で一晩放置後、よく懸濁してウイルス溶液を回収した。このようにして得られた高タイターウイルスベクターは、10〜10cfu/mlであった。
【0072】
ウイルスタイターの測定は、以下のように行った。測定の前日にNIH3T3細胞(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションより入手)を直径35mmのディッシュに7×10細胞植え培養した。10〜10倍に希釈したウイルス溶液を各ディッシュに1ml加え、48時間後に蛍光顕微鏡によりGFPを発現している細胞の割合(100%を1とする)を測定し、以下の計算式によりタイターを決定した。
ウイルスタイター=細胞数×希釈率×発現割合(cfu/ml)
【実施例3】
【0073】
ニワトリ胚へのレトロウイルスベクターのインジェクション
ニワトリ受精卵(日本生物化学研究所)を使用した。この受精卵を自動転卵装置が内蔵された孵卵器(昭和フランキ社製P−008型)内で37.9℃、湿度65%環境に置いた時刻を孵卵開始時刻(0時間)とし、以後15分毎に90度転卵しながら孵卵を行った。
【0074】
遺伝子注入のため、受精卵の卵殻を70%エタノールで消毒し、鋭端部を直径3.5cmの円形にダイヤモンドカッター(MINOMO7C710、ミニター社製)で切り取り、胚を露出させた。孵卵後約50時間目から卵黄表面に血管の発生が認められ、その一部が脈動して心臓の原基となることが実体顕微鏡で観察できる。この初期心臓を実体顕微鏡で観察しながら、ガラス管(CD−1、オリンパス社製)をマイクロピペット製作器(PC−10,オリンパス社製)で加工し、外径約20μmとなるよう先端を折って作製した針を刺し、マイクロインジェクター(Transjector5246、エッペンドルフ社製)を用いて胚盤下腔の中央に、実施例2で調製したウイルス溶液約2μlを微量注入した。この卵殻の切り口まで卵白を満たした後、卵白を糊としてテフロン膜(ミリラップ、ミリポア社製)とポリ塩化ビニリデンラップ(サランラップ、旭化成社製)とで蓋をし、30分毎に90度転卵しながら孵卵を行った。
【0075】
孵卵開始から18日目に転卵を停止し、21日目に雛がハシ打ちを始めたら卵殻を破って孵化を助けた。この人工孵化による孵化率は50〜60%だった。
【実施例4】
【0076】
ELISA法による血清中scFv−Fc抗体の定量
実施例3により誕生したG0トランスジェニックキメラニワトリを飼育して雛を成長させた。一週間後、成長した雄性雛(個体識別番号#1111、#3108、#4102)の翼下静脈より採血を行い、血液サンプルを得た。得られた血液を15,000rpmで10分間遠心し、上清として得られる血清からscFv−Fc抗体量の測定を行った。
【0077】
PBSで希釈した抗ヒトIgG抗体(コスモバイオ社製)をELISAプレートに100μg/well入れて4℃で一晩静置した。PBS−0.05%Tween20溶液を200μlで各wellを3回洗浄した後、PBS−0.05%Tween20溶液−2%スキムミルクを150μl/well入れた。
【0078】
室温で2時間静置後、wellを200μlのPBS−0.05%Tween20溶液で3回洗浄し、採取した血液サンプルを120μl入れ、4℃で一晩静置した。このELISAプレートを室温に戻した後、PBS−Tween20溶液で3回各wellを洗浄し、PBS−0.05%Tween20溶液で希釈したPeroxide(POD)標識抗ヒトIgG抗体(コスモバイオ社製)を100μl/well入れて室温で1時間静置した。
【0079】
PBS−0.05%Tween20溶液でwellを4回洗浄し、発色液(10mgのo−フェニレンジアミン(片山化学工業製)を1mlのメタノールに溶解し、蒸留水で100mlとしたものに10μlの過酸化水素水(和光純薬工業製)を加えて調製した)100μlをwellに加えた。8M硫酸を50μl添加して反応を止め、490nmの蛍光強度をプレートリーダーで測定して、標準検量線から濃度を計算した。ウズラ、ニワトリ各々3羽から得られたサンプルの抗体濃度を平均したものを結果とした。
標準検量線作製のための標準抗体(コスモバイオ社製)は、50%卵黄−PBS(W/V)で希釈した。
【0080】
標準検量線は精製したscFv−Fcを用いて作製した。実施例1で作製したベクターコンストラクトpMSCV/scFv−Fcをリポフェクション法によりGP293細胞に導入し、その培養上清を4℃、10分間、3000rpmで遠心して固形物を除去した。この上清を冷却しながら攪拌し、50%飽和となるよう細かく砕いた硫酸アンモニウムを徐々に加え(313g硫安/1000ml水)、タンパク質を沈殿させた。これを4℃で一晩静置した後、4℃で10分間、15,000rpmで遠心して沈殿を完全に沈降させ、少量のPBSで溶解した。2LのPBSで3回透析して硫安を除去した。
【0081】
精製用のプロテインGカラム(日本ガイシ社製)の初期洗浄をBinding Buffer(NaHPO・2HO 1.56g/l、NaHPO・12HO 7.16g/l)10mL、Wash Buffer(酢酸20%、蒸留水80%)10ml、Binding Buffer10mlの順で行った(流速2ml/分)。PBSに溶解したタンパク液を1ml/分で流し、scFv−Fcをカラムに吸着させた。Binding Buffer20mlを1.7ml/分で流して不要なタンパクを除去し、Elution Buffer(グリシン7.507g/l、2N HClにてpH2.5〜3.0に調製)を1.5ml/分で流してscFv−Fcを溶出した。
【0082】
溶出分画をPBS(2L)で3回透析し、精製scFv−Fcとし、波長280nmの吸光度よりタンパク濃度を定量した。実施例3で誕生した3羽(個体識別番号#1111、#3108、#4102)の雄性G0トランスジェニックキメラニワトリ雛の血中抗体値を表1に示す。
【0083】

【実施例5】
【0084】
PCR法による精子中導入遺伝子の確認
実施例3で誕生した3羽(個体識別番号#1111、#3108、#4102)の雄性G0トランスジェニックキメラニワトリ雛を飼育成長させ、性成熟を待った。6ヵ月後、生育した雄性トランスジェニックキメラニワトリから、腹部マッサージ法により0.2mLの精子を採取した。
【0085】
採取した精子からキット(東洋紡社製 MagExtractor−genome−)を用いて抽出したゲノムDNA50ngを使い、PCR法で導入遺伝子を確認した。
【0086】
PCR法には、導入遺伝子に含まれるscFv遺伝子断片の一部393bpを増幅可能なプライマーセット:5’−GTCTTATTAGCGGTGCTGGTAGTAGCACAA−3’(配列番号11)/5’−GAGACTTCTGCTGGTACCAGCCATA−3’(配列番号12)及び導入遺伝子に含まれるGFP遺伝子の一部311bpを増幅可能なプライマーセット:5’−AGCTCACCCTGAAATTCATCTGCACCACTG−3’(配列番号13)/5’−GTTGTATTCCAGCTTGTGGCCGAGAATGTT−3’(配列番号14)を用いた。
【実施例6】
【0087】
交配によるG1トランスジェニックニワトリの作製
実施例5により、精子中に導入遺伝子を検出した雄性G0トランスジェニックキメラニワトリ(#4102)を3羽の野生型メス(白色レグホン)と交配し、有精卵を得た。
【0088】
この有精卵を、自動転卵装置が内蔵された孵卵器(昭和フランキ社製P−008型)内で37.9℃、湿度65%環境にて孵化処理し、21日〜22日目に雛を誕生させた。この雛を一週間飼育して翼下静脈より100μl採血して血清を分離し、血清中の抗体量を実施例4のELISA法で定量した。また、遠心で得られた血沈から、実施例5の方法でゲノム抽出し、PCR法で導入遺伝子を確認した。
【0089】
PCR法には、導入遺伝子に含まれるGFP遺伝子の一部355bpを増幅可能なプライマーセット:5’−CAACACTGGTCACTACCTTCACCTATG−3’(配列番号15)/5’−ACGGATCCATCCTCAATGTTGTGTC−3’(配列番号16)を用いた。内部標準として、ニワトリゲノムに含まれるオボアルブミン遺伝子の一部317bpを増幅可能なプライマーセット:5’−CGCTTTGATAAACTTCCAGGATTCGG−3’(配列番号17)/5’−CATCTAGCTGTCTTGCTTAAGCGTACA−3’(配列番号18)を用いた。
【0090】
110羽の雛から導入遺伝子を検定した結果、5羽から導入遺伝子を検出した。偶発的に死亡したこのG1個体の各臓器よりゲノムを抽出し、PCR法で導入遺伝子を確認した。
【実施例7】
【0091】
G1臓器中の導入遺伝子の確認
実施例6により作製され、血液より抽出したゲノム中に導入遺伝子が確認されたG1個体のうち1羽が偶発的に死亡したため、胃、肝臓、腎臓、腸、筋肉を摘出して実施例6の方法によりゲノムを抽出し、PCR法により導入遺伝子を確認した(図2)。
【0092】
この結果より、この個体は体中の各臓器に導入遺伝子をもつG1個体であるとの確証が得られた。
【0093】
5羽のG1の血中scFv−Fc抗体値を実施例4の方法により定量したところ、うち3羽が1mg/mLの抗体を発現していた。
【0094】
これにより、本方法により導入遺伝子に基づくscFv−Fc抗体を発現し、体細胞全体に導入遺伝子をもつ完全なG1トランスジェニックニワトリが作製できることが明らかとなった。
【実施例8】
【0095】
FISH法によるG1染色体解析
実施例6により孵化した77番目のニワトリ雛は、実施例6のPCR法による検定により、G1トランスジェニックニワトリ(メス)であることがわかった。このG1の個体番号を#77とする。同様に103番目の雛もPCR法により、G1トランスジェニックニワトリ(オス)だった(個体番号#103)。
【0096】
この2羽のG1の翼下静脈から採血を行い、血液2mLからフィコールパック法でリンパ球を分離し、マイトジェン(コンカナバリンA コスモバイオ社製)、メルカプトエタノール(和光純薬工業製)、硫酸カナマイシン(コスモバイオ社製)、および18%FBS(インビトロジェン社製)を加えたRPMI1640を用い、37℃、5%CO雰囲気で培養を行った。染色体標本作製の数時間前にBrdU(5−ブロモデオキシウリジン メルク社製)を培地に添加し、さらにコルセミド(メルク社製)を添加して1時間後、細胞を回収して低張処理を行い、メタノール:酢酸(3:1)固定液で固定し、標本を作製した。
【0097】
作製した染色体標本は数日間乾燥させた後、ヘキスト33258(メルク社製)での染色、UV処理を施し乾燥後、FISH法による解析を行った。プローブDNA(pMSCV/scFv−FcΔBamH1)はビオチン(コスモバイオ社製)で標識し、ヤギ抗ビオチン抗体/FITC−抗ヤギIgGを反応させ、蛍光顕微鏡(Leica DMRAシステム)による撮像、画像解析装置(Leica550CW−QFISHソフトウェア)による解析を行った。
【0098】
プローブDNA(pMSCV/scFv−FcΔBamH1)は、実施例1のpMSCV/scFv−Fcから制限酵素処理によりBamH1−BamH1断片(1.57kb)を切り出し、常法に従ってビオチン標識して作製した。
このようにして解析した#77と#103のFISH解析結果を、図3に示す。このFISH解析結果から、#77個体はマイクロ染色体に2個の導入遺伝子が挿入されたG1であり、#103は第3染色体長腕部に導入遺伝子が1コピー挿入されたG1トランスジェニックニワトリであることがわかった。
【実施例9】
【0099】
交配によるG2トランスジェニックニワトリの作製
実施例8のG1#77個体(メス)を野生型オス(白色レグホン)、#103個体(オス)を野生型メス(白色レグホン)とそれぞれ交配し、有精卵を取得・孵化させた。この雛の血漿から実施例5の方法によりゲノム抽出し、PCR法で導入遺伝子の有無を解析してG2トランスジェニックニワトリであるかどうか検定した。
【0100】
#77は導入遺伝子を一方の染色体に2コピーもつG1であり、野生型との交配で生まれる雛の3/4がトランスジェニックであることが確率的に期待される。このうち1/4がG1親と同じく2コピーの導入遺伝子をもち、2/4はG1親がもつ導入遺伝子の一方のみをもつG2となるはずである。
【0101】
実際に孵化した雛を調べたところ、20羽中14羽がG2トランスジェニックであり、ほぼ確率的に期待される頻度で、G2が誕生したことがわかった。
同様にG1#103と野生型の交配によって生まれた雛を、PCR法により検定した。#103は導入遺伝子を1コピーもつG1であるため、G2は1/2の確率で出現することが予測される。実際の検定結果は43羽中22羽がG2トランスジェニックであり、本発明により作製されたトランスジェニックG1ニワトリからは、確率的に期待できる通りのG2が誕生することがわかった。
【0102】
作製したG2を飼育し、メスが産卵する卵中抗体発現量ならびに血中発現量を、実施例4の方法で測定した。G1#77及び#103の子孫であるG2(6ヶ月齢)の血中抗体発現量をそれぞれ表2、表3に、#77の6ヶ月齢G2メスが産んだ卵中抗体発現量を表4に示す。
【0103】

【0104】

【0105】

【0106】
表2に示すように、G1#77は血中抗体価が0.5〜0.8mg/mLであるのに対し、野生型との交配の結果、誕生したG2は同程度の血中抗体価であった。また表3に示すように、G1#103は血中抗体価が0.3〜0.5mg/mLであるのに対して、野生型との交配によるG2で同程度の血中抗体価を示した。更に表4に示すように、平均的卵白中抗体発現量が0.3mg/mLの#77のG2メスは、同程度の抗体を、卵白中に発現していた。
【0107】
この結果から本発明法のトランスジェニックニワトリは、世代を重ねても遺伝子サイレンシングを起こさず、交配によって増やされた子孫を使う事によって、コストの安いタンパク生産工場として応用可能であることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明のG1トランスジェニック鳥類及びその子孫は、安全性の高い複製能欠失型レトロウイルスベクターで導入された外来遺伝子を、不活性化することなく効率的に発現することができる。
【0109】
また本発明のG1トランスジェニック鳥類は、体細胞全体に導入遺伝子が存在し、個体レベルでタンパクの発現が安定で、また確立された系統として安定な供給系となることができる。
【0110】
更に本発明のトランスジェニック鳥類作製法は、安全かつ効率的にG1トランスジェニック鳥類、更にその子孫としてのG2、G3トランスジェニック鳥類を作製することを可能にする。
【0111】
本発明のG1、G2、G3〜トランスジェニック鳥類は、体細胞で外来遺伝子に由来するタンパクを発現し、血清、卵白、卵黄から回収、精製することで、これまで生産困難であった糖鎖が付与したタンパクや抗体類の安価な生産系を供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0112】
[図1]scFv−Fc抗体発現ベクターコンストラクトpMSCV/GΔAscFv−Fcの構造を示す。Ampはアンピシリン耐性遺伝子を示す。PΔactはβ−アクチンプロモーター遺伝子を示す。Ψ+はパッケージングシグナル配列を示す。GFPはグリーン・フルオレッセント・プロテイン遺伝子を示す。scFv−FcはscFv−Fc抗体遺伝子を示す。5‘LTR及び3’LTRはそれぞれMoMLVのロングターミナルリピート配列を示す。
[図2]G1トランスジェニックニワトリの各臓器からの抽出ゲノム中の導入遺伝子のPCR解析結果を示す。Mはマーカー、C1は陽性コントロール、C2は陰性コントロールを示す。L、K、H、MU及びIはそれぞれ肝臓、腎臓、心臓、筋肉、腸を示す。GFPはグリーン・フルオレッセント・プロテイン遺伝子を示し、OVAはオボアルブミン遺伝子を示す。
[図3]G1トランスジェニックニワトリ#77、#103のFISH解析結果を示す。矢印は導入遺伝子(pMSCV/scFv−FcΔBamH1)を示す。
【図1】

【図2】

【図3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、
a)目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、
b)孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、
c)該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより得られる、
G1トランスジェニック鳥類又はその子孫であることを特徴とするトランスジェニック鳥類。
【請求項2】
初期胚が、孵卵開始から24時間以降のものである請求項1に記載のトランスジェニック鳥類。
【請求項3】
初期胚が、孵卵開始から48時間以降のものである請求項2に記載のトランスジェニック鳥類。
【請求項4】
目的タンパク質が、抗体である請求項1〜3のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類。
【請求項5】
鳥類が、ニワトリ又はウズラである請求項1〜4のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載のG1トランスジェニック鳥類を、G0トランスジェニック鳥類、該G1トランスジェニック鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより得られる、G2トランスジェニック鳥類又はその子孫であることを特徴とするトランスジェニック鳥類。
【請求項7】
鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、
a)目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、
b)孵化によりG0トランスジェニックキメラ鳥類を得、
c)該G0トランスジェニックキメラ鳥類を、該G0トランスジェニックキメラ鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することよりなるG1トランスジェニック鳥類の作製法
【請求項8】
初期胚が、孵卵開始から24時間以降のものである請求項7に記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項9】
初期胚が、孵卵開始から48時間以降のものである請求項8に記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項10】
目的タンパク質が、抗体である請求項7〜9のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項11】
鳥類が、ニワトリ又はウズラである請求項7〜10のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項12】
1×10cfu/mL以上のタイターをもつ複製能欠失型レトロウイルスベクターをインジェクションすることを特徴とする請求項7〜11のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項13】
1×10cfu/mL以上のタイターをもつ複製能欠失型レトロウイルスベクターをインジェクションすることを特徴とする請求項12記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項14】
請求項1〜5のいずれか1項記載のG1トランスジェニック鳥類を、G0トランスジェニック鳥類、該G1トランスジェニック鳥類若しくはその子孫、又は、野生型鳥類と交配することにより、G2トランスジェニック鳥類又はその子孫を作製することを特徴とするトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項15】
請求項7〜14のいずれか1項記載の方法で作製されたトランスジェニック鳥類の体細胞、血液又は卵から目的タンパク質を抽出することよりなるタンパク質の生産法。
【請求項16】
請求項1〜6のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の精子を採取し、該精子中の遺伝子を検定することよりなる生殖系列トランスジェニックキメラ鳥類の選別法。
【請求項17】
複製能欠失型レトロウイルスベクターがモロニー・ミューリン・ロイケミア・ウイルス由来ベクターであることを特徴とする請求項7〜14のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項18】
複製能欠失型レトロウイルスベクターがVSV−Gシュードタイプであることを特徴とする請求項7〜14のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項19】
レトロウイルスに由来しない遺伝子が複製能欠失型レトロウイルスベクターに含有されている請求項7〜14、17及び18のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項20】
レトロウイルスに由来しない遺伝子は、ニワトリβ−アクチンプロモーターにより制御されている遺伝子である請求項19記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項21】
レトロウイルスに由来しない遺伝子は、抗体をコードする遺伝子である請求項19又は20記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項22】
抗体がキメラ抗体である請求項21記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項23】
キメラ抗体がscFv−Fc抗体である請求項22記載のトランスジェニック鳥類の作製法。
【請求項24】
請求項7〜14及び17〜23のいずれか1項記載の方法で作製されたトランスジェニック鳥類。
【請求項25】
目的タンパク質を1mg/100g以上含有することを特徴とする、請求項24記載のトランスジェニック鳥類が産んだ卵。
【請求項26】
目的タンパク質を20mg/100g以上含有することを特徴とする、請求項24記載のトランスジェニック鳥類が産んだ卵。
【請求項27】
目的タンパク質を100mg/100g以上含有することを特徴とする、請求項24記載のトランスジェニック鳥類が産んだ卵。
【請求項28】
鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、孵化することにより得られた雄性G0トランスジェニック鳥類の、精子中の目的タンパク質をコードする遺伝子を確認することによる生殖系列トランスジェニックキメラ鳥類の選別法。
【請求項29】
請求項1〜6のいずれか1項記載のトランスジェニック鳥類の血中における、目的タンパク質の発現を確認することによる、トランスジェニック鳥類の選別法。
【請求項30】
鳥類受精卵を孵卵し、放卵直後の胚盤葉期を除くそれ以降の初期胚に、目的タンパク質をコードする複製能欠失型レトロウイルスベクターをマイクロインジェクションし、孵化することにより得られたG0トランスジェニック鳥類の血中における、目的タンパク質の発現を確認することによる、G0トランスジェニックキメラ鳥類の選別法。

【国際公開番号】WO2005/065450
【国際公開日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【発行日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516799(P2005−516799)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016438
【国際出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】