説明

遺伝子改変シアノバクテリア

【課題】本発明は、高い細胞体積あたりの炭素同化能を有するシアノバクテリアの産生方法及び該方法により産生されるシアノバクテリアの提供を目的とする。
【解決手段】
本発明は、シアノバクテリアに特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子の機能喪失を誘導することにより、細胞体積あたりの炭素同化量が増大することを特徴とするシアノバクテリアの産生方法及び該方法により産生されるシアノバクテリアを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内在性遺伝子を改変したシアノバクテリアの作製方法、及び該方法により産生するシアノバクテリアに関する。
【背景技術】
【0002】
シアノバクテリア(藍色細菌)は藍藻とも呼ばれる真正細菌の一群であり、光合成によって酸素を産生し、二酸化炭素を固定化するという特徴を有する。外膜とペプチドグリカンの細胞壁をもち、グラム陰性菌の範疇に入るが、典型的なグラム陰性菌とは系統的に離れている。シアノバクテリアが10数億年前に真核生物に細胞内共生 (1次共生) したことが、葉緑体の起源であると考えられているため、葉緑体の祖先生物として、光合成研究に広く利用されている。一方で、様々な環境に適応している種があることから、どの様な因子が環境に対する耐性を付与しているか、といった環境適応戦略の研究材料ともなっている。
【0003】
しかし、シアノバクテリアが脚光を浴びている一番の理由は、現在人類が抱えている環境問題および食糧問題の解決に利用しうる可能性を秘めている点である。世界が今日直面している大きな課題の1つは、地球温暖化の一因である大気中二酸化炭素濃度の増大である。シアノバクテリアは、約30億年前に、光合成により大気中の二酸化炭素を消費し、酸素濃度を上昇させて今日の地球環境の礎を築いており、こうした炭素同化の能力によって、現在進行している大気中二酸化炭素濃度上昇の抑制に寄与することが期待されている。
【0004】
さらに、現代社会が直面しているもう一つの課題として食糧問題が挙げられる。シアノバクテリアは地球上の食物連鎖において、その一次生産に多大な寄与をしている。これはシアノバクテリアが、大気中の炭素同化の産物として、グリコーゲンに代表される糖質を産生する能力を有しているためである。ヒトの食用としても、伝統的に世界各国で食材とされており、特にアフリカや中南米の塩基性の塩湖で採取されるスピルリナ(学名:Arthrospira)がよく知られている。該シアノバクテリアは、将来の食糧源として古くから注目されており、近年では、いわゆる栄養補助食品または健康食品として市販されている。また、その栄養価の高さから、動物飼料添加物としての利用も検討されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ishii A, Hihara Y. (2008) Plant Physiol. 148: 660-670
【非特許文献2】Aichi M, Takatani N, Omata T. (2001) J Bacteriol. 183: 5840-5847
【非特許文献3】Valladares A, Montesinos ML, Herrero A, Flores E. (2002) Mol Microbiol. 43: 703-715
【非特許文献4】Lieman-Hurwitz J, Haimovich M, Shalev-Malul G, Ishii A, Hihara Y, Gaathon A, Lebendiker M, Kaplan A. (2009) Environ Microbiol. 11: 927-936
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
地球温暖化および食糧不足という人類が抱える問題解決の糸口となりえるシアノバクテリアであるが、こうした問題を解決するためには、シアノバクテリアの有する炭素同化能およびグリコーゲン産生能が高いものほど、該問題の解決に有効であることは明らかである。既存のシアノバクテリアにおいても、該問題を解決すべく、現在、研究が進められているが、これら二つの能力を亢進したシアノバクテリアを獲得することが、今日、解決すべき課題として存在している。
そこで、本発明は、上記事情に鑑み、より高い炭素固定化能およびグリコーゲン産生能を有するシアノバクテリアの提供、並びに該シアノバクテリアを産生する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、シアノバクテリアの一種であるSynechocystis sp. PCC 6803に対し、シアノバクテリア特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子の一種であるsll0822の欠損による機能喪失を誘導することにより、該遺伝子改変シアノバクテリアにおいて、細胞体積当たりの炭素同化量、すなわちグリコーゲン含量が増大することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下(1)〜(13)に関する。
(1) シアノバクテリアに特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子の機能喪失を誘導することにより、細胞体積あたりの炭素同化量が増大することを特徴とするシアノバクテリアの産生方法。
(2) さらに細胞サイズが増大することを特徴とする(1)に記載の産生方法。
(3) 前記炭素同化量がグリコーゲン含量であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の産生方法。
(4) 前記機能喪失が、CyAbrBファミリー遺伝子中に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の産生方法。
(5) 前記機能喪失が、CyAbrBファミリー遺伝子全体を破壊することで達成されることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の産生方法。
(6) 前記シアノバクテリアが、シネコシスティス属(Synechocystis)、シネココッカス属(Synechococcus)、アナベナ属(Anabaena)からなる群のいずれか1つに属することを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の産生方法。
(7) 前記シアノバクテリアが、Synechocystis sp. PCC 6803株、Synechocystis sp. PCC 6714株からなる群から選択される1種であることを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の産生方法。
(8) 前記CyAbrBファミリー遺伝子がグループBに属するものであることを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の産生方法。
(9) 前記CyAbrBファミリー遺伝子がsll0822であることを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の産生方法。
(10) (1)乃至(9)のいずれかに記載の産生方法により産生されたシアノバクテリア。
(11) (10)に記載のシアノバクテリアを含む栄養補助食品または健康食品。
(12) (10)に記載のシアノバクテリアを含む動物飼料またはその添加物。
(13) (10)に記載のシアノバクテリアを含む二酸化炭素吸収材。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、細胞体積当たりの炭素同化量が増大することを特徴とするシアノバクテリアを提供することが可能となり、大気中の二酸化炭素濃度を軽減する上で、有効なツールとなりうる。
【0010】
本発明により、細胞体積当たりのグリコーゲン含量が増大することを特徴とするシアノバクテリアを供給することが可能となり、栄養補助食品、健康食品、動物飼料または動物飼料添加物に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】シアノバクテリア型のAbrB型転写制御因子(CyAbrB)の無根系統樹。12種のシアノバクテリアにおいて、C末端側にAbrB型DNA結合ドメインを持つ推定転写制御因子のアミノ酸配列を、CLUSTALWプログラムver1.83を用いて近隣結合法による無根系統樹を作成した。なお、図中の生物名および遺伝子名の表記は略記であり、sll0822はSynechocystis sp. PCC 6803株のsll0822(gi16331736)を表す。
【図2】Synechocystis sp.PCC 6803野生株およびsll0822欠損株の顕微鏡写真。野生株に比べ、欠損株は、低CO条件(大気中CO濃度:0.04%)または高CO条件(5%)のいずれにおいても、NH条件、NO条件または窒素源を含まない条件(−N)下で、細胞サイズの顕著な増大が認められる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態の1つは、シアノバクテリアに特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子の機能喪失を誘導することにより、細胞体積あたりの炭素同化量が増大することを特徴とするシアノバクテリアの産生方法である。
【0013】
シアノバクテリアは多様性に富んでおり、細胞の形状のみを見ても、Synechocystis sp. PCC 6803のような単細胞性のものや、ヘテロシストを形成し窒素固定を行うAnabaena sp. PCC 7120のように、多細胞でヒモのように繋がっている糸状性のもの、またはらせん状や分岐状のもの等がある。生育環境についても、別府温泉から単離されたThermosynechococcus elongatus BP-1のような好熱性のもの、海洋性で沿岸部に生息するSynechococcus sp.CC9311や外洋に生息するSynechococcus sp. WH 8102など、様々な条件に適応した種が見られる。また、種独自の特徴を持つものとして、Microcystis aeruginosaのように、ガス小胞を持ち毒素を産生することのできるものや、チラコイドを持たず、集光アンテナであるフィコビリソームが原形質膜に結合しているGloeobacter violaceus PCC 7421、または一般的な光合成生物と異なり、クロロフィルaでなくクロロフィルdを主要な(>95%) 光合成色素として持つ海洋性のAcaryochloris marinaなども挙げられる。
【0014】
本願発明において、好ましくは、シネコシスティス属(Synechocystis)、シネココッカス属(Synechococcus)、アナベナ属(Anabaena)からなる群のいずれか1つに属するシアノバクテリアであり、さらに好ましくは、Synechocystis sp. PCC 6803株、Synechocystis sp. PCC 6714株からなる群から選択される1種であるシアノバクテリアであり、さらに好ましくは、Synechocystis sp. PCC 6803株である。
【0015】
AbrB型転写制御因子は、AbrB型のDNA結合ドメインを有する蛋白質であり、グラム陽性細菌、グラム陰性細菌、古細菌の間に広く分布し、遺伝子発現の制御に重要な役割を果たす転写因子として知られている。例えば、枯草菌においては、対数増殖期から定常期へと移行する間の遷移期において、胞子形成やコンピテンス、或いは栄養源獲得等に関与することが報告されている。
【0016】
AbrB型転写制御因子の多くはN末端側のDNA結合ドメインにおいて高い相同性を示すが、C末端側の相同性は低い。AbrBスーパーファミリーに属する多くのタンパク質はこのDNA結合ドメインを、そのN末端側に持つが、シアノバクテリア由来のタイプは、例外的にC末端側にDNA結合ドメインを持つ。このため、発明者らは該タイプのAbrB型転写因子をCyAbrBと命名した。データベースを検索したところ、CyAbrBをコードすると考えられる遺伝子は、これまでにゲノムの全塩基配列が公開されているシアノバクテリアの全てに保存されているが、他の細菌群には全く見られないことが明らかになった。このことから、CyAbrBは光合成生物に特有の働きを持つ転写因子群であると推測される。
【0017】
ゲノムの全塩基配列が公開されているシアノバクテリア32種 (2008年1月の時点)のそれぞれについて、CyAbrBをコードする遺伝子の数を調べたところ、23 種が2コピー、6 種が 3コピーの遺伝子を保持していた。Synechococcus sp. CC 9902 には4コピー、Synechococcus sp. CC 9605 には5コピーが見つかった。特筆すべきは、最近ゲノム全配列が明らかになったAcaryochloris marina で、ゲノム上とプラスミド上で合計14コピーもの遺伝子を保持していた。CyAbrBは、その構造類似性よりいくつかのグループに分類されるが(図1)、同じシアノバクテリアのゲノム内に存在する複数コピーは、系統学的には別のグループに属している場合が多い。例としては、Synechocystis sp. PCC 6803Crocosphaera watsonii WH 8501Anabaena sp. PCC 7120Trichodesmium erythraeum IMS101Thermosynechococcus elongatus BP-1などの種が保持する2コピーは、それぞれグループA、グループBに含まれ、海洋性のSynechococcus類やProchlorococcus類の持つ2コピーは、これらとはまた別のMarineグループ A、Bを形成している。また、Acaryochloris marinaGloeobacter violaceusのCyAbrBは、それぞれ独自のグループを形成している。
【0018】
発明者らは、CyAbrBのうち、Synechocystis sp. PCC 6803における新規転写因子sll0822に注目した。該CyAbrBは、AbrB型のDNA結合ドメインを持つ推定転写因子であり、従来、窒素関連遺伝子の転写活性化に必須であると考えられていた(非特許文献1参照)。
すなわち、該遺伝子を破壊した株において、通常培養条件でのDNAマイクロアレイ解析を行うと、sll0822破壊株ではsigEurtAnrtBnrtCnrtAglnBといった複数の窒素関連遺伝子の発現低下が見られる。Synechocystis sp. PCC 6803において、NOnrtAnrtBnrtCnrtD遺伝子産物からなるATP−binding cassette (ABC)型のNO/NOトランスポーターで細胞内に取り込まれることが知られており (非特許文献2参照) 、尿素はABC−type の尿素トランスポーターにより取り込まれるが、そのトランスポーターの構成サブユニットは、urtAurtBurtCurtDurtEにコードされている (非特許文献3参照)。こうした窒素関連遺伝子の発現が、いずれも破壊株で野生株の7割以下に減少しているため、sll0822は窒素関連遺伝子の発現を正に制御している可能性が示唆されていた。
【0019】
近年、Synechocystis sp. PCC 6803において低CO条件下で誘導されるNa/HCOトランスポーターをコードする遺伝子sbtAのプロモーター領域に結合する因子としてsll0822とSynechocystis sp. PCC 6803のもう1つのCyAbrBであるsll0359が単離された(非特許文献4参照)。sll0359がCO条件によらずsbtA上流域に結合するのに対し、sll0822は高CO条件下でのみ結合活性を示したことから、sll0822が高CO条件下で無機炭素取り込み系遺伝子のリプレッサーとして働くことが示唆されている。さらに高CO条件下で発現抑制されるべき無機炭素取り込み系遺伝子の発現や、高CO条件下での無機炭素に対する親和性に関与することも示唆されていることより、発明者らは、Sll0822が窒素関連遺伝子だけでなく無機炭素取り込み系遺伝子の転写制御にも関与し、細胞内のC/Nバランスの調節に関わる因子であると予想した。そこで、該遺伝子の破壊株を作成し、該遺伝子改変Synechocystis sp. PCC 6803株の形状観察及びグリコーゲン含量を測定したところ、予想を上回るほどの細胞サイズの大型化及びグリコーゲン含量の上昇を見出した。
【0020】
以上より、本願発明における、シアノバクテリアに特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子は、好ましくはAbrBの分類上、特にBグループに属するものであり、特に好ましくは、sll0822である。
【0021】
炭素同化とは、植物や一部の微生物が空気中から取り込んだ二酸化炭素を炭素化合物として留めておく機能のことであり、この機能を利用して、大気中の二酸化炭素を削減することが可能である。炭素同化の産物としては、グルコース、デンプン、グリコーゲン等といった炭水化物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。本願発明において、好ましくは、グリコーゲンである。
炭素同化量の増大とは、対象となるシアノバクテリアが含有する炭素同化の産物、好ましくは炭水化物、さらに好ましくはグリコーゲンの単位細胞及び/または単位細胞体積当たり(好ましくは単位細胞体積当たり)の含有量が、野生型の含有量よりも多いことをいい、好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは2倍以上になることである。本出願における炭素同化量の増大とは、上記のように、シアノバクテリアの最終的な細胞体積当たりの炭素同化量の増大を意味し、該細胞の単位時間当たりの炭素を同化する能力の上昇を必ずしも意味するわけではない。
【0022】
遺伝子の機能喪失とは、遺伝子産物である蛋白質の機能を何らかの方法で、喪失させることであり、遺伝子中へ突然変異及び/または欠失を導入することや遺伝子全体を破壊すること、又は該遺伝子産物に特異的な阻害剤を投与することが挙げられるが、これらに限定されない。本願発明においては、好ましくは、遺伝子中への突然変異及び/または欠失導入または遺伝子全体の破壊である。
【0023】
細胞サイズの増大とは、顕微鏡による検鏡下において、対象となるシアノバクテリアの個々の細胞の直径が、野生型のシアノバクテリアの直径よりも大きくなることであり、好ましくは1.5倍以上、さらに好ましくは2倍以上になることである。
【0024】
また、本発明の他の実施形態は、本発明の遺伝子改変シアノバクテリアを含む食品が含まれる。ここで、食品とは、ヒト及び非ヒト動物が摂食可能なものであれば、いかなるものであってもよく、いわゆるサプリメントとして利用される健康食品、あるいは、特定保健用食品、栄養機能性食品などの保健機能食品を含む機能性補助食品(栄養補助食品)であってよく、また、動物用の動物試料であってもよい。
また、本発明には、本発明の遺伝子改変シアノバクテリアを含む二酸化炭素吸収材が含まれる。本発明の二酸化炭素吸収材は、本発明の遺伝子改変シアノバクテリアを適当な支持体に固着させ、平面上に広げて大気との接触確率を高めた部材などが例示される。この場合、シアノバクテリアによる光合成に悪影響を及ぼさない程度に乾燥させた状態が好ましい。
【0025】
以下の実施例は、本発明における、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803でのsll0822欠損株及び該欠損株または野生株へのsll0822の導入株の作成及びそれらの細胞サイズの観察及びグリコーゲン含量の測定について示すものである。本発明の実施例は、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0026】
1.シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803でのsll0822欠損株及び該欠損株へのsll0822の導入株の作成
sll0822遺伝子を含むSynechocystis sp. PCC 6803のゲノム領域900bp(CyanoBaseでのゲノム塩基番号2862739〜2861840に該当する領域)を、野生株のゲノムDNAを鋳型として、以下のプライマーセットを用いて増幅した。
0822delF 5’-CGTCGCAGGGTAATCAAC- 3’)
0822delR 5’-GTATGAGGAAATCAACAG- 3’)
このPCR産物をpT7Blue T−ベクター(Novagen)にクローニングし、sll0822遺伝子上のStyI サイトに、カナマイシン耐性カートリッジ(pRL161プラスミドからHincII処理により切り出したもの)を挿入した。この遺伝子破壊コンストラクトをSynechocystis sp. PCC 6803の野生株に導入したところ、ゲノム上での2回交差組み換えが起き、カナマイシン耐性のsll0822欠損株が得られた。さらに、このsll0822欠損株のゲノム上のニュートラルサイト(遺伝子挿入による二次的影響のないゲノム領域)に、クロラムフェニコール耐性カートリッジおよびsll0822遺伝子を挿入した。上記方法により、sll0822欠損株及び該欠損株へのsll0822の導入株を作製することが出来、以下の評価に供した。
【0027】
2.シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803各株の培養条件
2−1. 培地
ストック液として表1に示すものを用意した。次に、ストック液を表2に示すように混合し、BG11液体培地とした。なお必要に応じて、抗生物質を次の濃度 (終濃度) で加えた。
カナマイシン 20 μg/ml
クロラムフェニコール 25 μg/ml
【表1】

【表2】

【0028】
2−2. 通常培養条件
直径3cmの試験管に50mlのBG11液体培地(通常培地)を入れ、前培養時・本培養時共に20μmol photons m−2−1(弱光)、31℃、空気(0.04%CO、以下LCと表記)を通気して培養した。
【0029】
2−3. 窒素条件変化時の培養条件
窒素条件変化の際は、NH培地で培養した前培養液を一度集菌し、NH、NO、または−N培地に懸濁し、再び集菌した後(洗い操作)、集菌前と同量の各窒素条件培地に懸濁して培養した。
【0030】
2−4. 二酸化炭素条件変化時の培養条件
二酸化炭素条件変化の際は、5%CO(以下HCと表記)を通気して培養した前培養液を一度集菌し、HCO−free培地に懸濁し、再び集菌した後(洗い操作)、HCO−free培地に懸濁してLC下で培養した。
【0031】
3.顕微鏡観察による細胞サイズ計測
Synechocystis培養液から20μl取り分け、共焦点レーザー蛍光顕微鏡(研究用システム倒立顕微鏡エクリプスTE2000−U,NIKON)を用いて、10×100倍の倍率で観察を行った。
培養開始96時間後の野生株とsll0822欠損株の細胞を顕微鏡で観察した(図2)。野生株はHCの NH条件下で細胞サイズが大きくなっていたが、その他のCO条件、窒素条件は特に細胞サイズに影響しなかった。LC条件下でのsll0822欠損株は、窒素条件によらず細胞のサイズが野生株の2−3倍ほどであり、HC条件下ではさらにサイズが大きくなることが分かった。
【0032】
4.グリコーゲン含量測定
OD730=3の培養液1mlに相当する量の菌体をマイクロチューブに加えて遠心し、上清を完全に除いた後、200μlの3.5%硫酸を添加した。100℃で45分処理し、グリコーゲンを酸加水分解によりグルコースに変換した。15000rpmで1分遠心し、上清150μlを分取した。ここに350μlの10% TCA溶液を添加し、室温に5分置いた後、15000rpmで5分遠心して、タンパク質を除去した。上清150μlを分取し、750μlの6% O−トルイジン溶液を添加して100℃で10分処理した後、室温の水に3分漬け、その後OD635を分光光度計にて測定した。
上記の方法に従い、単位細胞当たりのグリコーゲン含量を測定したところ、野生株に対し、sll0822欠損株において2倍以上の増加が認められ、該sll0822欠損株へのsll0822導入株においては野生株と同程度のグリコーゲン含量であった(野生株1に対し、sll0822欠損株2.10±0.20、sll0822欠損株へのsll0822導入株1.14±0.16)。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、高い炭素同化能を有するシアノバクテリアの産生方法及び該方法により産生したシアノバクテリアを提供する。本発明は、大気中の二酸化炭素濃度増加に伴う環境問題及び食糧問題を解消する上で有益であり、併せて現行品よりも優れた栄養補助食品または健康食品、動物飼料またはその添加物、二酸化炭素吸収材の提供が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアノバクテリアに特有のAbrB型転写制御因子CyAbrBファミリー遺伝子の機能喪失を誘導することにより、細胞体積あたりの炭素同化量が増大することを特徴とするシアノバクテリアの産生方法。
【請求項2】
さらに細胞サイズが増大することを特徴とする請求項1に記載の産生方法。
【請求項3】
前記炭素同化量がグリコーゲン含量であることを特徴とする請求項1又は2に記載の産生方法。
【請求項4】
前記機能喪失が、CyAbrBファミリー遺伝子中に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の産生方法。
【請求項5】
前記機能喪失が、CyAbrBファミリー遺伝子全体を破壊することで達成されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の産生方法。
【請求項6】
前記シアノバクテリアが、シネコシスティス属(Synechocystis)、シネココッカス属(Synechococcus)、アナベナ属(Anabaena)からなる群のいずれか1つに属することを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の産生方法。
【請求項7】
前記シアノバクテリアが、Synechocystis sp. PCC 6803株、Synechocystis sp. PCC 6714株からなる群から選択される1種であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の産生方法。
【請求項8】
前記CyAbrBファミリー遺伝子がグループBに属するものであることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の産生方法。
【請求項9】
前記CyAbrBファミリー遺伝子がsll0822であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の産生方法。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の産生方法により産生されたシアノバクテリア
【請求項11】
請求項10に記載のシアノバクテリアを含む栄養補助食品または健康食品。
【請求項12】
請求項10に記載のシアノバクテリアを含む動物飼料またはその添加物。
【請求項13】
請求項10に記載のシアノバクテリアを含む二酸化炭素吸収材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−229482(P2011−229482A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−104383(P2010−104383)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】