説明

遺伝子検出用プローブと電気化学的遺伝子検出方法

末端に酸化還元性ユニットを含み、ヘアピン構造をとりうる遺伝子検出用プローブを電極上に固定しDNAチップとして利用することで、試料を標識することなく、簡便かつ高S/N比で標的遺伝子の検出を行う。標的遺伝子の認識に伴うヘアピン構造から二本鎖構造への変化を、電気化学的な系の変化を利用して検出する系を開発した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、電気化学的な核酸の検出を可能にするヘアピン型プローブ、及びこれを固定した標的遺伝子検出用チップ、並びにこれらを用いた電気化学的な核酸の検出法に関する。
【背景技術】
ハイブリダイゼーションに基づく遺伝子の解析法として、様々な方法が用いられている。サザンハイブリダイゼーションやノーザンハイブリダイゼーションでは、ゲル電気泳動により分離したDNAやRNAをナイロン膜等に転写し、標識したプローブとのハイブリダイゼーションを行う。DNAチップまたはDNAマイクロアレイ法は、ガラス等の基板に配列の分かっている一群のDNAを高密度に整列化させた状態で固定し、これらをプローブとして、検査対象となるDNAやRNAに対してハイブリダイゼーションを行うことで、ハイスループットな遺伝子解析を可能とする。これらのハイブリダイゼーションによる解析では、プローブまたは検査対象となる核酸のいずれかを放射性化合物または蛍光物質で標識することが一般的である。放射性化合物による標識の場合は、管理区域内での操作が前提であり、利用可能な施設が限られる。一方、蛍光物質による標識では、一般の実験室で操作が可能である反面、検出にレーザー光を用いるため、検出機器が大型化しコストがかかるといった問題点がある。
DNAチップまたはDNAマイクロアレイにおいて、蛍光測定に代わる検出手段として、電気化学的検出法が用いられるようになっている。例えば特許2573443号明細書に開示された方法は、核酸プローブを電極表面に固定化して用いることと、二本鎖核酸に特異的に結合し、かつ電気化学的に活性な二本鎖認識体(挿入剤)を反応系に添加することを特徴とし、核酸プローブと目的遺伝子からなる二本鎖核酸に結合した挿入剤に由来する酸化還元電流を測定するものである。この方法においては検査対象の核酸分子をあらかじめ標識する必要はないが、ハイブリダイゼーションに続いて、測定系への挿入剤の添加、ならびに過剰な挿入剤の除去といった操作が必要となる。また、このような方法では、測定系において、核酸分子に対する挿入剤の結合量を厳密に制御できない。さらに、一つの電極上でプローブごとに異なった挿入剤を用いるなどの測定系の高度な制御は難しいと考えられる。
【発明の開示】
本発明は電極に固定した遺伝子検出用プローブに対して、検査対象の核酸を加える他に特別な手続き(検査対象核酸の標識、挿入剤等の添加、酵素の添加など)を必要としない簡便でかつS/N比のよい手法を提供することを課題とする。本発明はまた、単一電極上に複数種の遺伝子検出用プローブを固定し、これらの標的遺伝子の同時検出が可能な手法を提供することも同時に課題とする。
上記課題を解決するために、本発明では、標的遺伝子の認識に伴うヘアピン構造(閉じた構造)から二本鎖構造(開いた構造)への変化を積極的に利用した。すなわち、分子内に互いに相補的な逆向き繰り返し配列とこれらに挟まれた標的遺伝子の認識配列を含むDNA分子を利用した。該DNA分子は、標的遺伝子が存在しない状況では、相補的な逆向き繰り返し配列により安定な分子内二本鎖を形成し、分子全体としてヘアピン状の閉じた構造をとる。標的遺伝子が存在すると、ヘアピン構造におけるループに位置する認識配列により該標的遺伝子を認識し、互いに二本鎖を形成し、開いた構造となる。この過程において、該DNA分子の高次構造は、ヘアピン状態の単独分子から標的遺伝子との二本鎖(ヘアピンの崩壊)へと大きく変化する。
さらに、該DNA分子の一方の末端に酸化還元性ユニットを結合させて、上記のヘアピンの崩壊状態を電気化学的な反応を利用して検出する系を開発した。例えば、上記のヘアピン構造をとる一本鎖核酸からなるプローブの一方の端部に酸化還元性ユニットを結合させ、他方の端部を電極に固定し、これを標的遺伝子とハイブリダイゼーションさせるとヘアピン構造が崩壊して、該電極上での電気化学的な系が変化する。この変化は、電極に固定されたプローブは、標的遺伝子が存在しない状況では、ヘアピン構造をとるため、末端に結合された酸化還元性ユニットが電極表面に近接しているが、標的遺伝子を認識して二本鎖を形成すると、ヘアピン構造が開いて該酸化還元性ユニットが電極表面から遠ざかることによって生じるものと考えられる。この変化を電流等の電気信号の変化として測定し、標的遺伝子の存在を確認できる。
このように、標的遺伝子の認識に際して構造的に最も大きく変化するプローブの末端に酸化還元性ユニットを結合させることで、酸化還元性ユニット−電極間の距離を変化させることにより、酸化還元性ユニットに由来する電気応答を変化させる手法を開発し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)標的遺伝子を認識し得る認識配列を含み、かつ核酸及び核酸類似物の少なくとも一方からなる直鎖状分子と、酸化還元性ユニットと、を有する標的遺伝子検出用のプローブであって、
単独では、二本鎖ステムと一本鎖ループとからなり、該一本鎖ループが該二本鎖ステムにより閉じられたヘアピン構造を形成し、標的遺伝子の存在を示す被検出配列と前記認識配列とが二本鎖を形成することにより、該ヘアピン構造が開かれて、該プローブの一部に被検出配列との2本鎖部分が形成されるために必要な配列を有し、かつ
前記酸化還元性ユニットは、前記ヘアピン構造が形成された場合に前記一本鎖ループ以外で結合または近接する二本の鎖の一方に結合している
ことを特徴とする標的遺伝子検出用のプローブ。
(2)前記ヘアピン構造を形成し得る配列が、互いに相補的な2つの逆向き繰り返し配列と、これらの繰り返し配列の間に設けられた被検出配列に相補的な配列からなる標的遺伝子認識配列と、を有する上記(1)項に記載の標的遺伝子検出用のプローブ。
(3)前記一本鎖分子の少なくとも一部がDNAまたはRNAである上記(1)項または(2)項に記載の標的遺伝子検出用のプローブ。
(4)前記一本鎖分子の少なくとも一部がペプチド核酸であることを特徴とする上記(1)または(2)項に記載の遺伝子検出用のプローブ。
(5)前記酸化還元性ユニットが、次のa)及びb)のいずれかの位置に含まれる上記(1)項〜(4)項のいずれかに記載の遺伝子検出用のプローブ。
a)前記二本鎖ステムを構成する2つの鎖のいずれか一方の鎖。
b)前記直鎖状の分子の一方の末端。
(6)酸化還元性ユニットが、キノン化合物、メタロセン化合物、フラビン化合物及びポルフィリン化合物、金属または金属化合物である上記(1)〜(6)項のいずれかに記載の遺伝子検出用のプローブ。
(7)電極表面を有する担体と、該電極表面に結合した上記(1)項〜(6)項のいずれかに記載の標的遺伝子検出用のプローブとを有する標的遺伝子検出用のチップであって、
前記ヘアピン構造が形成された場合に、前記一本鎖ループ以外で結合または近接する二本の鎖のうちの前記還元性ユニットが結合していない方の鎖の末端領域が前記電極と結合している
ことを特徴とする標的遺伝子検出用のチップ。
(8)異なる複数の標的遺伝子のそれぞれを特定し得る異なる複数のプローブが、各プローブごとに前記電極表面に固定され、かつ、前記複数の標的遺伝子ごとに電気的応答の異なる酸化還元性ユニットが各プローブに結合している上記(7)項に記載の標的遺伝子検出用のチップ。
(9)標的遺伝子をプローブを用いて検出する方法において、
上記(7)項に記載の標的遺伝子検出用のチップの電極表面に、該電極表面に固定された該プローブが前記ヘアピン構造をし得る反応系を形成する工程と、
該反応系中で、試料と前記プローブとを、該試料中に被検出配列が含まれている場合に、該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションにより二本鎖を形成させて、該プローブのヘアピン構造が開かれて一本鎖に変換し得る条件下で反応させる工程と、
該反応を経たチップの電極に電位を与え、得られた電流値に基づいて該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションの状態を判定する工程と
を有することを特徴とする標的遺伝子の検出方法。
(10)異なる複数の標的遺伝子を認識する複数のプローブを、それぞれのプローブごとに異なる電極に固定したプローブを用いる上記(9)項に記載の標的遺伝子の検出方法。
(11)標的遺伝子をプローブを用いて検出する方法において、
上記(8)項に記載の標的遺伝子検出用のチップの電極表面に、該電極表面に固定された該プローブが前記ヘアピン構造をし得る反応系を形成する工程と、
該反応系中で、試料と前記プローブとを、該試料中に異なる複数の標的遺伝子に対応する被検出配列の少なくとも1種が含まれている場合に、該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションによる二本鎖を形成させて、該プローブのヘアピン構造が開かれて二本鎖部分を持たない一本鎖に変換し得る条件下で反応させる工程と、
該反応を経たチップの電極に電位を与え、得られた電流値に基づいて該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションの状態を判定する工程と
を有することを特徴とする複数標的遺伝子の同時検出方法。
なお、上記のハイブリダイゼーションの状態とは、通常は、二本鎖を形成しヘアピン構造が崩れたか、ヘアピン構造のままかということを表す。
本発明の遺伝子検出用プローブ及び電気化学的遺伝子検出法を用いることにより、試料となる核酸を調製すること以外に特別な操作をすることなく、目的とする遺伝子を簡便かつ迅速に検出することが可能となる。また、本発明では、標的遺伝子の存否によって、遺伝子検出用プローブ自身の高次構造が変化するため、検出のS/N比が大きく、信頼性の高い検出結果を与えることができる。したがって、微量な遺伝子の検出や、SNPの検出等に有効である。
また、標的遺伝子が異なるプローブのそれぞれについて、電気的応答性が異なる酸化還元性ユニットを用いることにより、これらのプローブを単一電極に固定したDNAチップを構成することが可能である。該DNAチップを用いれば、複数の遺伝子についての同時検出が、簡便かつ低コストで行えるようになる。
本発明の手法は、ヘアピン構造を取りうるDNA分子の末端を酸化還元性ユニットで修飾する以外は、特別な処置を必要とせず、極めて簡便である。プローブと標的遺伝子とのハイブリダイゼーションの条件を設定することにより、標的遺伝子のわずかな配列差異等を高感度に検出することが可能となる。
また、酸化還元性ユニットを配列の種類によって付け替えることができるので、異なる酸化還元電位を有するユニットを連結した種々の配列からなるプローブをひとつの電極上に固定化することによって、複数の標的遺伝子を簡便に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明における代表的な遺伝子検出用プローブの模式図である。
図2は、本発明における代表的な遺伝子検出のフローを示す図である。
図3は、本発明の遺伝子検出プローブを用いた単一電極・多元検出型のDNAチップの模式図である。プローブ1は酸化還元ユニット1を有し、プローブ2は酸化還元ユニット2を有する。
図4は、アントラキノン修飾型ウリジンヌクレオチドの合成フロー図である。
図5は、ODN2(WT)を検体とした場合のディファレンシャルパルスボルタモグラム(ODN1の標的遺伝子の認識配列に完全にマッチする配列を有する場合)を示す。
図6は、ODN3(G178MU)を検体とした場合のディファレンシャルパルスボルタモグラム(ODN1の標的遺伝子の認識配列とマッチしない配列からなる場合)を示す。
図7は、ODN4(F508)を検体とした場合のディファレンシャルパルスボルタモグラム(ODN1の標的遺伝子の認識配列とマッチしない配列からなる場合)を示す。
図8は、WT、G178MU、F508の3検体について、ディファレンシャルパルスボルタムグラフィーにおける電流量を相対化したグラフである。
図9は、WT、G178MU、F508の3検体について、ディファレンシャルパルスボルタムグラフィーにおけるピーク電流値を相対化したグラフである。
図10は、ODN5の製造工程を示す図であり、DMSOはジメチルスルホキシドを、DTTはジチオスレイトールを示す。
図11は、プローブODN5を用い、ODN2(WT)を検体とした場合のDPV結果を示す。
図12は、プローブODN5を用い、ODN3(G178MU)を検体として用いた場合のDPV結果を示す。
図13は、プローブODN5を用い、ODN4(F508)を検体とした場合のDPV結果を示す。
図14は、S/N比の算定結果を示す。
図15は、実施例4における10サイクル繰り返した場合の電流値の結果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における「標的遺伝子検出用プローブ」とは、ハイブリダイゼーション反応に基づいて、検出対象としての標的遺伝子を特定するための配列を有する核酸分子の試料中での存在を検出するための分子をいう。本発明における遺伝子検出用プローブは、酸化還元性ユニットを含む、直鎖状の分子からなり、単独では二本鎖ステムと一本鎖ループからなる閉じたヘアピン構造を取るが、標的遺伝子が存在する条件では該標的遺伝子と二本鎖を形成することにより開いた構造となるような配列的特徴を有しているものである。このようなヘアピン構造を形成し得る構造としては、例えば、分子内に、互いに相補的な逆向き繰り返し配列、ならびに該繰り返し配列の間に標的遺伝子を認識し得る配列をそれぞれ含むものを挙げることができる。
「直鎖状の分子」には、オリゴヌクレオチド等の核酸(DNAまたはRNA)や、化学的に修飾されたヌクレオチド単位からなる核酸類似物(修飾された核酸)や、DNAとRNAを含むいわゆるキメリックヌクレオチド、ペプチド核酸(PNA)の他、ハイブリダイゼーション反応において核酸分子と同様の挙動をし得る他の人工的な直鎖状の分子が含まれる。直鎖状の核酸は例えばDNA合成機等で合成する事が出来、必要により合成されたものをPCRにより増幅してもよい。直鎖状の核酸に類似した分子もそれ自体公知の方法で調製可能である。
「二本鎖ステム」とは、分子内に形成された二本鎖をいい、「一本鎖ループ」とは、二本鎖ステムの形成に伴い、ループ状となった一本鎖の部分をいう。「閉じた構造」とは二本鎖ステムと一本鎖ループからなるヘアピン状の構造をいい、「開いた構造」とは二本鎖ステムが解離した状態をいう。なお、「一本鎖ループ」は必ずしもループ状である必要はなく、ランダムな構造を取り得るが、「閉じた構造」の安定化には寄与しない。
「相補的な逆向き繰り返し配列」とは、ワトソン−クリックの塩基対形成により、分子内で安定した二本鎖を形成しうるものであって、かつ標的遺伝子に対して関連のない任意の配列の組であることが好ましく、その繰り返し単位は3塩基以上であることが好ましく、より好ましい長さは5〜8塩基であるが、一部の適用においてはさらに長い繰り返し単位が適している。また、該繰り返し単位は、遺伝子検出用プローブ分子の両方の末端、ないしは末端近傍に夫々配置されることが好ましい。
「標的遺伝子を認識し得る認識配列」または標的遺伝子の認識配列とは、検出したい遺伝子を特定する被検出配列(塩基配列)と相補的な配列をいい、好ましい長さの範囲は7〜40塩基である。本発明の遺伝子検出用プローブでは、標的遺伝子の認識配列は、相補的な逆向き繰り返し配列の各繰り返し単位の間に挟まれて配置される。このような配列の特徴から、本発明の遺伝子検出用プローブは、標的遺伝子が存在しないか、あるいは標的遺伝子との間でのハイブリダイゼーションの条件が十分でない場合は、相補的な逆向き繰り返し配列同士がハイブリダイズすることにより形成される二本鎖ステム構造と、標的遺伝子の認識配列からなる一本鎖ループ構造より構成される閉じた分子構造を形成する。
従って、「分子内に、互いに相補的な逆向き繰り返し配列、ならびに該繰り返し配列の間に標的遺伝子を認識し得る配列をそれぞれ含む」ことは、「単独では二本鎖ステムと一本鎖ループからなる閉じた構造を取るが、標的遺伝子が存在する条件では該標的遺伝子と二本鎖を形成することにより開いた構造となるような配列的特徴」の典型的な例ということができる。
標的遺伝子を認識し得る配列は、一本鎖ループ構造に位置させることが好ましく、上記の繰り返し配列(ステムを構成する部分)の一方または両方の一部または全部が標的遺伝子を認識し得る配列の一部に含まれる場合があってもよい。
なお、標的遺伝子を特定する被検出配列とは、実際にプローブとのハイブリダイゼーション反応に用いられる分子が含む配列である。この被検出配列は、検出したい標的遺伝子そのものでもよいし、標的遺伝子中に含まれるその標的遺伝子に特有の部分の相補配列でもよい。このような部分配列は、単離した遺伝子から直接得られる断片でもよいし、標的遺伝子の塩基配列から選択した部分配列に基づいて合成されたものでもよい。
このような二本鎖ステム構造と一本鎖ループからなる構造は、一般にヘアピン構造とも呼ばれるが、その構造の安定性は、プローブ分子がDNAやRNAの場合、分子内二本鎖形成にかかわる相補的繰り返し配列の種類と長さの他、該プローブが存在する緩衝液の温度や塩濃度によって影響を受ける。例えば、27塩基からなるオリゴヌクレオチド分子における、5’−TTGAG−3’/5’−CTCAA−3’なる5塩基の相補的な逆向き繰り返し配列の場合、分子内二本鎖形成にかかわるTm値は、50mMのNaClを含む緩衝液中では、実測値に基づき、約54℃と推定される。プローブ分子と標的遺伝子との二本鎖形成におけるTm値は、標的遺伝子の認識配列の種類と長さによって決まり、該配列が20mer以下のときは、Wallaceの法則に従い、Tm値は次式により近似的に与えられる。Tm(℃)=2×(AまたTの数)+4×(GまたはCの数)。20merより大きな配列の場合は、Nearest−neighbor法等、いくつかの計算法が適用されている。
本発明の遺伝子検出用プローブによって標的遺伝子の存在を検出する場合、プローブ分子と標的遺伝子との二本鎖形成におけるTm値は、プローブ分子内の二本鎖形成におけるTm値と同じかそれ以上に設定することが好ましい。標的遺伝子の認識配列の好ましい長さは15から18merであるが、目的に応じてこれより短いものや、長いものも利用可能である。
本発明の標的遺伝子の分析方法では、プローブ単独ではヘアピン構造が維持され、被検出配列を有する分子とプローブとがハイブリダイズした場合にヘアピン構造が解消される条件で試料とプローブとの反応を行う。
緩衝液の塩濃度については、プローブ分子がDNAやRNAである場合は、ハイブリダイゼーションに影響する。陽イオンの存在により二本鎖が安定化されるため、一般に高いイオン強度の場合はTm値が高くなる。一方、プローブ分子がペプチド核酸から成る場合は、イオン強度の影響は少なくなる。
本発明の遺伝子検出用プローブにおいて、標的遺伝子の認識配列をデザインする場合、標的遺伝子そのものの塩基配列、または標的遺伝子が属する遺伝子ファミリーのコンセンサス配列などの配列情報が必要である。配列情報の中から、適切なTm値をもった認識配列を選び出す作業は、目視によっても可能であるが、市販のプライマー設計プログラム、または公共機関等が提供するオンラインのプログラム、例えば Oligo Calculator(http://mbcf.dfci.harvard.edu/docs/oligocalc.html)などが利用可能である。
これに対し、相補的な逆向き繰り返し配列は標的遺伝子とは関係なく任意に設定が可能である。一般には、安定なヘアピン構造の形成に寄与する配列であること、標的遺伝子の認識配列に対して相補性のない配列であること、分子内二本鎖形成におけるTm値が、標的遺伝子との二本鎖形成におけるTm値と同じか、またはそれより低い値を与える配列であることが好ましいが、目的によっては、該繰り返し配列の一方または両方について、その一部または全部が標的遺伝子の認識配列の一部に含まれる場合がある。
各種のプライマー設計プログラムの多くは、分子内二本鎖の形成のしやすさを計算することが可能であるので、配列決定の目安として利用が可能である。
本発明の標的遺伝子検出用プローブでは、酸化還元性ユニットは二本鎖ステムを形成している状態において、この二本鎖ステムを構成する一方の鎖に結合させる。また、二本鎖ステムを構成する二本の鎖が二本鎖ステムの一本鎖ループと反対側に二本鎖ステムからの延長部分を有する場合は、この延長部分の一方に酸化還元性ユニットを結合させてもよい。例えば、酸化還元ユニットは、次のa)及びb)のいずれかの位置に含まれることことが好ましい。
a)二本鎖ステムと一本鎖ループからなる閉じた構造の形成に際して、二本鎖ステムを構成するいずれか一方の鎖上。
b)直鎖状の核酸またはこれに類似した分子のいずれかの末端。
本発明の遺伝子検出用プローブは、単独では二本鎖ステムと一本鎖ループからなる閉じた構造を取りえるが、標的遺伝子を特定するための被検出配列が存在する条件では該被検出配列と二本鎖を形成することにより開いた構造となることを特徴とする。このような標的遺伝子の認識の前後において、構造的に最も大きく変化するのは二本鎖ステムを形成する領域である。本発明においては、このような構造的な変化を電気的な信号の変化として利用することを特徴とする。したがって、酸化還元性ユニットは、本発明の遺伝子検出用プローブにおいて、二本鎖ステムを形成する一方の鎖上に含まれることが好ましく、このような方法としては、互いに相補的な逆向き繰り返し配列の一方の繰り返し単位上に配置するのが好ましい。本発明の遺伝子検出用プローブでは、互いに相補的な逆向き繰り返し配列をプローブの両末端に配置することが好ましいため、プローブを構成する直鎖状の核酸またはこれに類似した分子のいずれかの末端に酸化還元性ユニットを含むことがより好ましい。ここで、「末端」とは、厳密に末端である必要はなく、ヌクレオチド単位で3〜5個分の幅が許容される。すなわち、分子の末端から5番目のヌクレオチドに酸化還元性ユニットを結合させたような場合も「末端」に含むものとみなす。また、目的に応じて直鎖状の核酸またはこれに類似した分子の末端にリンカー分子等を結合させた場合は、該リンカー中に酸化還元性ユニットを含ませてもよい。
酸化還元性ユニットがプローブ分子中に含まれる好ましい形態としては、直鎖状の核酸またはこれに類似した分子(核酸類似物)に直接、あるいはリンカー分子を介して、共有結合的に結合させる場合が挙げられるが、これに限定されない。
本発明の遺伝子検出用プローブに結合させる酸化還元性ユニットは、単独測定(プローブなどと結合していない状態での測定)において、+1.0〜−1.0Vの酸化還元電位を有する物質であることが好ましい。さらに好ましくは、キノン及びその誘導体などのキノン化合物、フラビン及びその誘導体などのフラビン化合物、ポルフィリン及びその誘導体などのポルフィリン化合物、フェロセンなどのメタロセン化合物に代表される有機金属錯体、金属及び金属化合物から選択したものを用いることができる。キノン化合物としては、アントラキノン及びピロロキノリンキノンを挙げることができる。必要に応じて、1つのプローブに複数の酸化還元性ユニットを結合させてもよい。
本発明の代表的な遺伝子検出用プローブについてその模式的構造及び一般的な化学式を図1に示す。化学式においてNは任意のヌクレオチド、Aはアデノシンヌクレオチド、Uはウリジンヌクレオチドを夫々示す。Redoxは酸化還元性ユニットを示す。図中の1はプローブ分子本体を示し、2及び8は相補的な逆向き繰り返し配列を示す。また、3は標的遺伝子の認識配列であり、ヘアピン構造の形成におりて一本鎖ループをなす。10がオリゴヌクレオチドからなる分子であるのに対し、9は6−メルカプトヘキサノールからなるリンカーを示している。4に示す酸化還元性ユニットは、ウリジンヌクレオチドのウラシル塩基に共有結合していることを示している。
プローブ分子(本発明の遺伝子検出用プローブの酸化還元性ユニットを含まない部分)がDNAまたはRNAから成る場合は、市販のDNA/RNA合成機によりこれを合成することが可能である。DNAまたはRNAヌクレオチドに類似した各種の修飾ヌクレオチドを含む核酸から成る場合についても多くの場合、市販のDNA/RNA合成機を利用して合成することが可能である。
プローブ分子にペプチド核酸を含む場合は、ペプチドと同様に液相法や固相法によって合成することができ、合成されたものは市販もされている。ペプチド核酸の合成法については、特表平6−509063号の明細書、米国特許2758988号の明細書、P.E.Nielsen et al.,Journal of American Chemical Society,114,1895−1987(1992)、P.E.Nielsen et al.,Journal of American Chemical Society,114,9677−9678(1992)などに詳細が記載されている。
図2に、本発明の代表的な電気化学的遺伝子検出法について説明する。本発明におけるもっとも好ましい遺伝子検出の形態は、本発明の遺伝子検出用プローブを電極表面に固定した状態で行うものであり、さらに好ましくは、複数種の遺伝子検出用プローブを担体または基板上に配置した電極に固定したDNAチップの状態で行うものである。
図2において、プローブ分子は9の6−メルカプトヘキサノールからなるリンカーの末端に位置する6のチオール基を介して5の電極表面に結合している。標的遺伝子7を認識することによりヘアピン構造が開いて、7と1からなる二本鎖が形成される。このような構造変化に伴い、4の酸化還元性ユニットは電極表面からの距離を変化させ、該距離の変化が電流値の変化として測定されることになる。
本発明の「標的核酸検出用のチップ」とは、適当な担体、例えば基板や各種形状の基体の表面に配置した電極表面に単一種、または複数種からなる本発明の遺伝子検出用プローブを固定したものをいい、複数種のプローブを用いる場合は、単一の電極にこれらを固定してもよいし、あるいは各々のプローブの位置情報がトレースできるように整然と配置された状態で、個別の電極に固定する方法が利用できる。
複数の異なるプローブを用いる場合は、異なる標的遺伝子を認識する異なる複数のプローブ毎に酸化還元ユニットの電気応答性を変えることで、得られる電気応答性から、どのプローブに被検出配列がハイブリダイズしたかを検出することができ、被検出配列とハイブリダイズしたプローブの標的遺伝子認識配列に関する情報に基づいて標的遺伝子を特定することができる。例えば、第1及び第2の2つの標的遺伝子を検出できる系を得るには、第1の標的遺伝子を特定できる第1の被検出配列を有する核酸分子と相補的な配列を有する第1のプローブと、第2の標的遺伝子を特定できる第2の被検出配列を有する核酸分子と相補的な配列を有し、第1のプローブと電気応答の異なる酸化還元ユニットを有する第2のプローブとを、単一電極、またはそれぞれ独立した2つの電極に、領域を分けて固定し、試料と反応させる。試料中に第1の被検出配列を有する核酸分子が存在する場合は、第1のプローブの有する酸化還元ユニットの電気応答の変化により第1の標的遺伝子の検出が可能となり、試料中に第2の被検出配列を有する核酸分子が存在する場合は、第2のプローブの有する酸化還元ユニットの電気応答の変化により第2の標的遺伝子の検出が可能となる。試料にこれらの第1及び第2の被検出配列を有する核酸分子の両方が存在する場合は、第1のプローブの有する酸化還元ユニットの電気応答の変化と、これと異なる第2のプローブの有する酸化還元ユニットの電気応答の変化と、に基づいて第1及び第2の標的遺伝子の検出が可能となる。
本発明のDNAチップでは、本発明の遺伝子検出用プローブが、次のc)及びd)のいずれかの部位と電極表面との結合により、電極表面に固定されていることが好ましい。
c)二本鎖ステム部分と一本鎖ループ部からなる閉じた構造の形成に際して、二本鎖ステムを構成する二本の鎖のうち、酸化還元性ユニットを含まない一方の鎖。
d)直鎖状の核酸またはこれに類似した分子の酸化還元性ユニットを含まない末端。
本発明の遺伝子検出用プローブは、単独では二本鎖ステム部分と一本鎖ループ部からなる閉じた構造を取るが、標的遺伝子を特定する被検出配列が存在する条件では該標的遺伝子と二本鎖を形成することにより開いた構造となることを特徴とする。本発明のDNAチップでは、標的遺伝子の認識の前後において、酸化還元性ユニットの電極に対する距離の変化を電流値として読み取ることにより、遺伝子検出を行うことを特徴とする。従って、当該距離の変化が最も大きくなるようにプローブを固定することが好ましく、このためには、二本鎖ステムを構成する二本の鎖のうち、酸化還元性ユニットを含まない一方の鎖か、プローブを構成する直鎖状の核酸またはこれに類似した分子の酸化還元性ユニットを含まない末端を電極に固定することが好ましい。ここでも「末端」とは厳密に末端である必要はなく、ヌクレオチド単位で3〜5個分の幅が許容される。また、目的に応じて直鎖状の核酸またはこれに類似した分子の末端にリンカー分子等を結合させた場合は、該リンカーと電極表面とを結合させることよって固定することができる。図1に示すプローブの場合、ヌクレオチド鎖の3’端に結合させた6−メルカプトヘキサノールのSH基を電極表面に結合させることにより固定を行う。
図3に示すように、複数種のプローブを単一の電極に固定して用いる方法は、本発明の特徴というべき方法であって、標的遺伝子の異なる複数のプローブのそれぞれについて、電気的応答の互いに異なる酸化還元性ユニットを用いることによって為し得るものである。
たとえば、標的遺伝子が互いに異なるプローブ1及びプローブ2に対して、それぞれアントラキノン及びフェロセンからなる酸化還元性ユニットを用いた場合、ディファレンシャルパルスボルタモグラフィーにおけるヘアピン状態での電流値のピークは、プローブ1では−0.5V付近、プローブ2では+0.3V付近に見られる。従って、これらプローブが同一電極上に固定されていても、測定条件を個々に変えることなく、それぞれのプローブに対応するピーク電流値を読み取ることにより、標的遺伝子1あるいは標的遺伝子2を相互に識別して検出することが可能である。
このような単一電極型・多元解析用DNAチップは、チップの構造を単純なものとすることができ、チップの作成コストや測定にかかるコストを低くできるものと期待される。
本発明の電気化学的遺伝子検出用法に用いられる電極の材料としては、グラファイト、グラシーカーボン等の炭素電極、白金、金、パラジウム、ロジウム等の貴金属電極、酸化チタン、酸化スズ、酸化マンガン、酸化鉛等の酸化物電極、Si、Ge、ZnO、CdS等の半導体電極、チタンなどの電子伝導体を挙げることができるが、金もしくはグラシーカーボンを用いることが特に好ましい。これらの電子伝導体は、導電性高分子によって被覆されていても、単分子膜によって被覆されていてもよい。
電極を配置する担体としては、疎水性または低親水性の電気絶縁性の材料を用いることが好ましく、このような材料としては、ガラス、セメント、陶磁器等のセラミックスもしくはニューセラミックス、ポリエチレンテレフタレート、酢酸セルロース、ビスフェノールAのポリカーボネート、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等のポリマー、シリコン、活性炭、多孔質ガラス、多孔質セラミックス、多孔質シリコン、多孔質活性炭、織編物、不織布、濾紙、短繊維、メンブレンフィルタ等の多孔質物質などを挙げることができるが、各種ポリマー、ガラスもしくはシリコンであることが特に好ましい。これは、表面処理の容易さや電気化学的方法による解析の容易さによるものである。電気絶縁性の担体または基板の厚さは、特に限定されない。
電極を担体または基板に複数配置する場合、各電極は、互いに接しないように、かつ規則的に該担体または基板の上に配置されていることが好ましい。電極を設ける前に、該担体または基板上に、電荷を有する親水性の高分子物質からなる層や架橋剤からなる層を設けてもよい。このような層を設けることによって該担体または基板の凹凸を軽減することができる。また、担体または基板の種類によっては、その物質中に電荷を有する親水性の高分子物質を含ませることも可能であり、このような処理を施した担体または基板も好ましく用いることができる。
電極表面へのプローブの固定法としては、種々の方法が利用可能であるが、共有結合を介したものが好ましい。このような固定法として、プローブの末端をチオール基を含む化合物、例えば6−メルカプトヘキサノールで修飾しておき、活性化した金電極の表面にチオール結合により固定する方法が挙げられる。このような結合の際、プローブ分子と電極表面の活性基との間に適当な大きさのスペーサー分子を介在させることも可能である。
プローブ分子の固定は、プローブ分子が溶解あるいは分散されてなる水性液を電極表面上に点着して行うことが好ましい。プローブ分子を含む水性液中には、その水性液の粘性を高める添加剤を含有させてもよい。このような添加剤としては、ショ糖、ポリエチレングリコール、グリセロール等を挙げることができる。点着後、所定の温度でそのまま数時間放置するとプローブ分子が固定される。点着は、マニュアル操作によっても行うことができるが、汎用されているDNAチップ作製装置に装備されたスポッタを用いて行うこともできる。点着後は、インキュベーションを行ってもよい。インキュベート後、未固定のプローブ分子を洗浄して除去することが好ましい。
上記のようにして作成されたDNAチップは、検査対象となる核酸に対して直ちに使用することができる。
本発明においては、遺伝子検出用プローブにおける標的遺伝子の認識配列を変えることにより種々の遺伝子の検出を行なうことができる。食品分野では、食品中に含まれる微生物の全体もしくはその一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列とする遺伝子検出用プローブを用いた場合には、食品中に含まれる微生物の直接検出を行なうことができ、食品衛生検査が可能になる。このような食品中に含まれる微生物としては、例えば、病原性の大腸菌、ブドウ球菌、サルモネラ菌を挙げることができる。
農林水産業分野では、作物、畜産動物、魚類の病原性微生物もしくはウイルスの検出や、農産物、畜産物の産地や銘柄の検定等に利用可能である。また、遺伝子組換え作物や畜産物の検出にも利用可能である。植物ウイルスもしくはウイロイドの一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列としたプローブを用いた場合には、植物に感染した植物ウイルスもしくはウイロイドの検出を行なうことができ、農業分野における感染症診断が可能になる。このような植物ウイルスもしくはウイロイドとしては、例えば、タバコモザイクウイルス、カリフラワーモザイクウイルスを挙げることができる。畜産動物や魚類に感染する病原性微生物もしくはウイルスの全体あるいはその一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列とするプローブを用いた場合には、魚類に感染する病原性微生物もしくはウイルスの検出を行なうことができ、畜産分野や水産分野における感染症診断が可能になる。このような病原性ウイルスや微生物としては、例えば、口蹄疫ウイルスや病原性ビブリオを挙げることができる。
医療分野では、人体に感染し、感染症等を引き起こす病原性微生物もしくはウイルス、遺伝病の原因遺伝子、活性化プロトオンコジーン等の検出が可能である。核酸プローブとして人体に感染し、感染症等を引き起こす病原性微生物もしくはウイルスの全体あるいはその一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列とするプローブを用いた場合には、感染症診断が可能になる。このような人体に感染して感染症等を引き起こす病原性微生物としては、例えば、病原性微生物であるストレプトコッカス、マイコプラズマ、クロストリジウム、クラミジア、サルモネラ、単純ヘルペス、サイトメガロウイルスを挙げることができる。
遺伝病の原因遺伝子の全体もしくはその一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列とするプローブを用いた場合には、遺伝病の直接検定が可能になる。このような遺伝病の原因遺伝子としては、例えば、アデノシンデアミナーゼ欠損症、鎌形赤血球貧血の原因遺伝子を挙げることができる。
活性化プロトオンコジーンの全体もしくはその一部の塩基配列に相補的な配列を認識配列とするプローブを用いた場合には、癌診断が可能になる。このような活性化プロトオンコジーンとしては、例えば、癌遺伝子データブック(渋谷正史、秀潤社)に記載の癌遺伝子を挙げることができる。
遺伝病の原因遺伝子や、他の病気への罹りやすさ、薬の利きやすさ等については、遺伝子上の一塩基多型(SNP)によって決定される場合がある。このような遺伝子の検出においては、当該遺伝子そのものの存在や遺伝子の発現量について検出するのではなく、検体ごとにことなる遺伝子上のわずかな構造上の差異について識別することが必要である。本発明では、より厳密なハイブリダイゼーションの条件を用いることにより、検体におけるSNPの有無を検出することが可能である。
本発明の遺伝子検出方法では、まず、検査対象となる核酸を各種材料や生体組織からの抽出操作等により調製する。生体組織からDNAを調製する場合、試薬メーカー等が提供する各種のDNAキット、例えば、血液からの調製に適したGet pureDNA Kit−Blood(同仁化学社製)や、毛髪からの調製に適したISOHAIR(ニッポンジーン社製)等が利用可能である。調製された核酸は必要に応じて、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などにより増幅したり、RNAの場合は逆転写反応により対応するDNAに変換して用いることができる。
次に、DNAチップを用いて上記操作で得た核酸と本発明の遺伝子検出用プローブとのハイブリダイゼーションを行う。本発明では、ハイブリダイゼーションの前に、核酸を標識する等の化学的な処理を必要としないが、核酸試料が二本鎖DNAの場合は、熱処理によって変性し、一本鎖としてハイブリダイゼーションに用いることが好ましい。ハイブリダイゼーションは、本発明の遺伝子検出用プローブに、核酸が溶解あるいは分散してなる試料溶液を接触させることによって実施する。ハイブリダイゼーションは、20〜40℃の温度範囲で、そして1〜24時間の範囲で実施することが好ましいが、電極に固定するプローブ分子の鎖長、試料核酸の種類などに応じて、ハイブリダイゼーションの最適条件を設定することが望ましい。ハイブリダイゼーション終了後は、洗浄を行い、未反応の試料核酸断片を除去することが好ましい。
本発明のDNAチップを用いた遺伝子検出法では、核酸試料とのハイブリダイゼーションの後、特別な操作を経ることなく直ちに、電流値の測定を行うことができる。電流量の測定は、電極と酸化還元性ユニットとの間を流れる電流量が測定できる方法であれば如何なる方法であってもよい。サイクリックボルタモグラフィ(CV)、デファレンシャルパルスボルタモグラフィ(DPV)、リニアスィープボルタモグラフィ、ポテンショスタット等を用いることが好ましい。カウンタ電極と遺伝子検出用プローブが固定された電極を電解質溶液に浸漬し、一対の電解系を形成させ、デファレンシャルパルスボルタモグラフィを測定することが特に好ましい。ファレンシャルパルスボルタモグラフィを測定することが特に好ましい。
DPVでは、プローブに用いた酸化還元性ユニットの酸化還元電位に従い、プローブに固有の電位でのピーク電流が得られる。このピーク電流は、プローブがヘアピン構造をとっている時に最大であり、プローブと標的遺伝子が二本鎖を形成している時に最小となる。標的遺伝子ごとに電気的応答の異なる酸化還元性ユニットを用いた、複数種の遺伝子検出用プローブを単一の電極に固定したDNAチップの場合は、個々のプローブごとにピーク電流を与える固有の電位が存在するため、DPVにおいてこれらの電位におけるピーク電流の変化をトレースすることにより、それぞれの標的遺伝子について検出を行うことができる。
なお、試料とプローブとの反応において未反応のプローブのヘアピン構造を維持し、標的配列と二本鎖を形成する反応系の溶媒、並びにプローブと標的配列との二本鎖形成の電流の変化に基づく検出における溶媒としては、1〜100mMのMgClを含む中性から弱塩基性の緩衝液を用いるのが望ましい。10mMトリス−塩酸、1mMEDTAからなる緩衝液(pH8.0)を用い、MgCl濃度を3〜10mMの範囲で用いるのが特に望ましい。
【実施例】
【実施例1】
(1)アントラキノン修飾型ウリジンヌクレオチドの合成
合成ルートを図4に示す。
2−アントラキノンカルボン酸(和光純薬社製)より塩化チオニル処理により酸塩化物(化合物2)を得た。化合物2とプロパルギルアミン(1、和光純薬社製)とを(重量比1対1)1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(1当量、和光純薬社製)存在下、N,N−ジメチルホルムアミド中で4時間室温で攪拌して反応させ、抽出後、カラムクロマトグラフィーで精製し、生成物3(21%)を得た。
5−ヨード−2’−デオキシウリジン(4、シグマ社製)と4,4’−ジメトキシトリチルクロリド(東京化成社製)(重量比1対1)をピリジン中で混合し、室温で16時間攪拌して反応させ、抽出後、カラムクロマトグラフィーで精製し、生成物5(65%)を得た。
生成物3と5(重量比1対1)を(テトラキストリフェニルホスフィン)パラジウム(0.15当量、和光純薬社製)及びトリエチルアミン(1当量、和光純薬社製)存在下、N,N−ジメチルホルムアミド中で室温で12時間攪拌して反応させ、抽出後、カラムクロマトグラフィーで精製し、生成物6(74%)を得た。更に、生成物6と2−シアノエチルテトライソプロピルホスホロジミアダイト(アルドリッチ社製)(重量比1対1)をテトラゾール(1当量、同仁化学社製)存在下、アセトニトリル中で室温で、1時間攪拌して反応させ、得られた生成物8をそのままDNA合成に使用した。
(2)プローブ及び検体用オリゴヌクレオチドの作成
プローブODN1は、配列表の配列番号1に示すヌクレオチド配列(TGAGTATCATCTTTGGTGTTTCTCAA)を持つ。本オリゴヌクレオチドをDNA合成機で合成し、5’末端には(1)で作成したアントラキノン修飾型ウリジンを付加した。合成物を精製した後、3’末端に6−メルカプトヘキサノールを付加させた。

ODN2〜ODN4は配列表の配列番号2〜4に示す配列からなり、それぞれDNA合成機により合成した。

(3)プローブで修飾された金電極の作成
表面積2mmの金電極を2M水酸化カリウム溶液中で3時間煮沸し、純水で洗浄した後、濃硝酸溶液に室温で3時間浸し、さらに純水で洗浄した。上記の処理をした金電極の表面に1μMのODN1溶液を1μL滴下し、ゴムキャップをかぶせて室温で3時間放置した。その後、電極を軽く純水で洗浄し、1mMのメルカプトヘキサノール1μLを滴下し、ゴムキャップをかぶせて室温で3時間放置した。
(4)ハイブリダイゼーション
ODN1を固定化した金電極上に50ナノモル相当のODN2〜4をそれぞれ含む、5mMリン酸ナトリウム、50mM塩化ナトリウム、pH7.0の溶液を滴下し、室温で1時間放置することによりハイブリダイゼーションさせた。その後、緩衝溶液で軽く洗浄を行った。
(5)電流値の測定
ディファレンシャルパルスボルタンメトリー(DPV)による測定は、ALS社製のモデル660A エレクトロケミカルアナライザーで行った。参照電極は飽和カロメア電極(SCE)、対極はプラチナ電極をそれぞれ用いた。測定は、5mMリン酸ナトリウム、50mM塩化ナトリウム、pH7.0の溶液中、室温で行い、pulse periodを200ms、scan rateを100mV/s、pulse amplitudeを50mV、pulse widthを50msとした。それぞれの検体用オリゴヌクレオチドについて、2回づつの測定を行い、値を平均化した。
プローブODN1における認識配列と完全にマッチする配列を含むODN2を検体として用いた場合のDPV結果を図5に示す。検体を加えない状態(ヘアピン)で認められたピーク電流値が、検体を加えた状態(WT)では顕著に減少していることがわかる。
一方、プローブODN1における認識配列とマッチしない配列からなるODN3、ODN4の場のDPV結果を夫々、図6、7に示す。いずれの場合も、検体を加えない状態(ヘアピン)及び検体を加えた状態(G178MUまたはF508)共に電流応答が見られるが、検体を加えた状態において、電流量、ピーク値共に減少している。これは、検体の添加によって、プローブのヘアピン構造が多少の影響を受けていることを示唆するものと思われるが、ハイブリダイゼーションの条件を調整することにより、電流値の変化は抑えられるものと思われる。
図8、9には各検体ごとに、添加の前後における電流量、ピーク電流の変化を相対的に示した。これらの図からもわかるように、プローブにおける認識配列と完全にマッチする場合は、その認識の前後において顕著な電流応答の変化が認められる。マッチしない配列からなる検体の場合は、その認識の前後において電流値の変化がほとんどないことが望ましいが、本実施例におけるハイブリダイゼーションの条件では、プローブと検体との間での相互作用を排除することができなかったため、電流値の差異を生じたものと思われる。しかしながら、図に示される電流値の差異があれば検出には支障はない。
【実施例2】
(1)フラビン類縁体修飾型プローブの作成
酸化還元性ユニットとしてフラビン類縁体を含むODN5を合成した。

フラビン類縁体は、Ikedaら、Tetrahedron Letters 42、2529(2001)に示した方法で合成した。
自動DNA合成機により、3’端(サポートのヌクレオシド)より2番目にThiol modifier C6 S−S(Glen Research製)を導入し、5’端にAmino modifier C2 dT(Glen Research製)を導入する方法で配列番号5の配列(TAGCGAAATAAGTATTAGACAACCGCTA)を有するオリゴDNAを合成した。サポートからの切り出し、脱保護の後、20mMのN−ヒドロキシスクシンイミドで活性化されたフラビン類縁体を含む50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.7)で、12時間攪拌した。反応液をHPLCにより精製することで、5’端にフラビン類縁体が付加したオリゴDNAを得た。さらに、これを0.1MのDTT溶液中(50mM Na phosphate,pH8.4)で30分間撹拌してS−S結合の還元を行い、HPLC精製することで、3’端をヘキサンチオール化したオリゴDNA(ODN5)を得た(図10)。
(2)プローブで修飾された金電極の作成、ハイブリダイゼーション
実施例1に記載の方法で行った。
(3)DPVによる電流値の測定は実施例1に記載の方法で行った。
プローブODN5における認識配列と相補的なODN3(G178MU)を検体として用いた場合のDPV結果を図12に示す。検体を加えない状態(ヘアピン)で認められたピーク電流値が、検体を加えた状態(G178MU)では顕著に減少していることがわかる。
一方、プローブODN5における認識配列と相補的でないODN2(WT)、ODN4(F508)を検体とした場合のDPV結果を夫々、図11、13に示す。いずれの場合も、検体を加えない状態(ヘアピン)及と検体を加えた状態(WTまたはF508)で電流応答がほとんど変化していない。
【実施例3】
実施例1で用いたアントラキノン修飾型プローブと実施例2で用いたフラビン修飾型プローブについて、遺伝子検出におけるS/N比を算出し比較した。ここでは、S/N比をハイブリダイゼーション前の電流量(Apbefore)からハイブリダイゼーション後の電流量(Apafeter)を引いた値をハイブリダイゼーション前の電流量(Apbefore)で割った値として定義した。算定結果を表1及び図14に示した。

プローブの配列が異なるため一概には比較できないが、アントラキノン修飾型プローブに比較し、フラビン修飾型プローブの場合は、相補的な配列に対してS/N比が高く、相補的でない配列に対してS/N比が低い理想的な結果となった。
【実施例4】
DNA修飾電極を繰り返し使用した時の電流値の変化
実施例2で作成したODN5修飾電極を用いてハイブリダイゼーション/変性を繰り返し行い、電流値の変化を調べた。ODN5修飾電極に対し、相補的なターゲットであるODN3(G178MU)、またはODN2(WT)、ODN4(F508)を加えハイブリダイゼーションを行い、DPVにより電流値を測定した。引き続き、電極を90%ホルムアミド/10%TE buffer溶液に1分間浸し2本鎖状態を解離させ、TE buffer中に1分間した後、DPVにより電流値を測定した。上記の操作を1サイクルとして、10サイクル繰り返した場合の電流値の結果を図15に示した。相補的なターゲットであるODN3(G178MU)を用いた場合は、ハイブリダイゼーションの前後において、ヘアピン状態と二本鎖状態を反映した電流値が示され、サイクルを重ねてもこれらの値はほぼ一定であった。一方、プローブに相補的でないODN2(WT)またはODN4(F508)を用いた場合は、サイクルの後半で若干の電流値の低下が見られたものの、ハイブリダイゼーション/変性を反映した電流値の周期的な変化は見られなかった。以上のような結果から、本発明の遺伝子検出用プローブが固定された電極を用いることで、遺伝子の検出が再現性良く繰り返し行えることが示された。
【産業上の利用可能性】
本発明にかかる酸化還元ユニットを有するヘアピン型プローブ及びこれを利用した電気化学的遺伝子検出法を利用することにより、
1)目的塩基配列や一塩基多型の検出、
2)電気化学式標的遺伝子検出用チップ、
4)バイオセンサー
等を提供することができる。
【配列表】


【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的遺伝子を認識し得る認識配列を含み、かつ核酸及び核酸類似物の少なくとも一方からなる直鎖状分子と、酸化還元性ユニットと、を有する標的遺伝子検出用のプローブであって、
単独では、二本鎖ステムと一本鎖ループとからなり、該一本鎖ループが該二本鎖ステムにより閉じられたヘアピン構造を形成し、標的遺伝子の存在を示す被検出配列と前記認識配列とが二本鎖を形成することにより、該ヘアピン構造が開かれて、該プローブの一部に被検出配列との2本鎖部分が形成されるために必要な配列を有し、かつ
前記酸化還元性ユニットは、前記ヘアピン構造が形成された場合に前記一本鎖ループ以外で結合または近接する二本の鎖の一方に結合している
ことを特徴とする標的遺伝子検出用のプローブ。
【請求項2】
前記ヘアピン構造を形成し得る配列が、互いに相補的な2つの逆向き繰り返し配列と、これらの繰り返し配列の間に設けられた被検出配列に相補的な配列からなる標的遺伝子認識配列と、を有する請求項1に記載の標的遺伝子検出用のプローブ。
【請求項3】
前記一本鎖分子の少なくとも一部がDNAまたはRNAである請求項1または2に記載の標的遺伝子検出用のプローブ。
【請求項4】
前記一本鎖分子の少なくとも一部がペプチド核酸である請求項1または2に記載の遺伝子検出用のプローブ。
【請求項5】
前記酸化還元性ユニットが、次のa)及びb)のいずれかの位置に含まれる請求項1〜4のいずれかに記載の遺伝子検出用のプローブ。
a)前記二本鎖ステムを構成する2つの鎖のいずれか一方の鎖。
b)前記直鎖状の分子の一方の末端。
【請求項6】
酸化還元性ユニットが、キノン化合物、メタロセン化合物、フラビン化合物及びポルフィリン化合物、金属または金属化合物である請求項1〜5のいずれかに記載の遺伝子検出用のプローブ。
【請求項7】
電極表面を有する担体と、該電極表面に結合した請求項1〜6のいずれかに記載の標的遺伝子検出用のプローブとを有する標的遺伝子検出用のチップであって、
前記ヘアピン構造が形成された場合に、前記一本鎖ループ以外で結合または近接する二本の鎖のうちの前記還元性ユニットが結合していない方の鎖の末端領域が前記電極と結合している
ことを特徴とする標的遺伝子検出用のチップ。
【請求項8】
異なる複数の標的遺伝子のそれぞれを特定し得る異なる複数のプローブが、各プローブごとに前記電極表面に固定され、かつ、前記複数の標的遺伝子ごとに電気的応答の異なる酸化還元性ユニットが各プローブに結合している請求項7に記載の標的遺伝子検出用のチップ。
【請求項9】
標的遺伝子をプローブを用いて検出する方法において、
請求項7に記載の標的遺伝子検出用のチップの電極表面に、該電極表面に固定された該プローブが前記ヘアピン構造をし得る反応系を形成する工程と、
該反応系中で、試料と前記プローブとを、該試料中に被検出配列が含まれている場合に、該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションにより二本鎖を形成させて、該プローブのヘアピン構造が開かれて一本鎖に変換し得る条件下で反応させる工程と、
該反応を経たチップの電極に電位を与え、得られた電流値に基づいて該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションの状態を判定する工程と
を有することを特徴とする標的遺伝子の検出方法。
【請求項10】
異なる複数の標的遺伝子を認識する複数のプローブを、それぞれのプローブごとに異なる電極に固定したプローブを用いる請求項9に記載の標的遺伝子の検出方法。
【請求項11】
標的遺伝子をプローブを用いて検出する方法において、
請求項8に記載の標的遺伝子検出用のチップの電極表面に、該電極表面に固定された該プローブが前記ヘアピン構造をし得る反応系を形成する工程と、
該反応系中で、試料と前記プローブとを、該試料中に異なる複数の標的遺伝子に対応する被検出配列の少なくとも1種が含まれている場合に、該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションによる二本鎖を形成させて、該プローブのヘアピン構造が開かれて二本鎖部分を持たない一本鎖に変換し得る条件下で反応させる工程と、
該反応を経たチップの電極に電位を与え、得られた電流値に基づいて該プローブと該被検出配列とのハイブリダイゼーションの状態を判定する工程と
を有することを特徴とする複数標的遺伝子の同時検出方法。

【国際公開番号】WO2004/035829
【国際公開日】平成16年4月29日(2004.4.29)
【発行日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−544956(P2004−544956)
【国際出願番号】PCT/JP2003/013176
【国際出願日】平成15年10月15日(2003.10.15)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】