説明

遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシの作出方法

【課題】世代の進行によって繁殖能力や幼虫の生存率が低下せず、害虫防除効果が維持できる遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法を提供すること。
【解決手段】遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法であって、任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を飛翔距離により選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返すことによって遺伝的に飛翔能力を欠くテントウム系統を作出する工程、および作出した系統同士を系統間交配する工程を含む方法、または、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシと野外から採集した直後の個体を交配する工程、および得られた雑種一代(F)に親の遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統を戻し交配する工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アブラムシの天敵製剤としての有用な遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシの作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アブラムシは多くの作物、果樹、及び野菜における難防除害虫として知られている。アブラムシの防除はこれまで化学合成殺虫剤による化学防除を主体に行われてきたが、殺虫剤の生態系及び人体への影響や害虫の薬剤抵抗性の発達等の問題が生じており、天敵利用を主体とする生物防除技術の開発が強く求められている。日本国内においては、これまでにアブラムシを対象にコレマンアブラバチ、ショクガタマバエ、ヤマトクサカゲロウ、テントウムシの4種の天敵製剤が実用化されている。しかし、既存の天敵製剤は使用できる環境が施設栽培条件に限られているため、露地栽培条件においては化学合成殺虫剤散布を主体とする化学防除が行われているのが現状である。
【0003】
ナミテントウの成虫はアブラムシの捕食性天敵であるので、上述のように天敵製剤として既に利用されているが、飛翔分散能力が高いためビニールハウス内での定着率が低いという問題があった。その問題に対処すべく、翅を物理的に折り曲げることによって飛翔不能化したナミテントウ成虫が国内で生物農薬として販売されているが(非特許文献1)、テントウムシ類は成虫になるまでの生産コストが非常に高い(非特許文献2)。これに対し、ナミテントウの飛翔不能化が遺伝的なものであれば、成虫に限らず卵及び幼虫の発育段階においても放飼できるため、上記の物理的に飛翔不能なテントウムシよりも大幅な生産コスト削減が期待できる。フランスでは遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウが作出され(特許文献1)、その系統はヨーロッパ国内で販売されている。日本国内においても、野外で採集した集団をもとに遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウを作出することが検討されている(非特許文献3)。この遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウは、露地栽培条件においても高い定着性を示しており、これまで化学防除に頼らざるを得なかった多くの野菜・花卉類の露地栽培条件において利用が期待される。しかしながら、この遺伝的に飛ばないナミテントウは、放飼したナミテントウの定着率は高いものの、次世代個体の発生数が少ない。そのため、アブラムシの発生を十分に抑えるにはナミテントウを多く放飼する必要があった。
【0004】
一方、天敵昆虫を人工飼育条件下で長期間飼育すると、飼育環境への適応、遺伝的浮動、および近親交配などの効果によって系統の遺伝的組成が変化することがある(非特許文献4)。特に、害虫防除に有効な特性を付与するため選抜と同類交配を繰り返して作出された天敵昆虫の系統においては、近親交配がかなり進行しているため近交弱勢が起きやすく、繁殖能力や幼虫の生存率の低下、すなわち放飼個体の次世代による害虫防除効果が低下する恐れがある。遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウにおいてもまた、世代の進行とともに卵の孵化率、幼虫期の生存率、および成虫の産卵数が低下しており、これらの影響がアブラムシ防除効果の低下に反映することが確認されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開98/24308号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「新天敵農薬:ナミテントウ剤の使い方」、手塚俊之、2003年、植物防疫、57、376-379.
【非特許文献2】「天敵 生態と利用技術」、矢野栄二、2003年、養賢堂、p.59-60.
【非特許文献3】Seko, T., Yamashita K., Miura, K. (2008) Residence period of a flightless strain of the ladybird beetle Harmonia axyridis Pallas (Coleoptera: Coccinellidae) in open fields, Biological Control, 47, 194-198.
【非特許文献4】Hopper, K. R., Roush, R. T., & Powell, W. (1993) Management of genetics of biological-control introductions. Annual Review of Entomology, 38, 27-51.
【非特許文献5】「飛ばないナミテントウにおいて長期の選抜が生存や繁殖にもたらす影響とその対策」、世古智一・三浦一芸、2008年、第13回農林害虫防除研究会報告、p.31.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、世代の進行によって繁殖能力や幼虫の生存率が低下せず、害虫防除効果が維持できる遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統を複数作出して、異なる系統同士を交配させると繁殖能力や幼虫の生存率を回復させることができ、その系統間交配で得られたナミテントウが優れた次世代効果を発揮することを見出した。また、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統と野外から採集した直後の個体を交配し、得られた雑種一代(F)に親の遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統を戻し交配することによっても、系統間交配と同様の効果が得られることを見出した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1] 以下の工程を含む、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法。
(1) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、飛翔能力の低いテントウムシ集団を得る工程
(2) (1)で得られた集団の中から雌雄1頭ずつをペアにして交配し、次世代個体の飛翔能力が最も低いペアを飛翔能力を欠くテントウムシ系統として選抜し、当該系統内で集団交配をさらに繰り返して遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Aを作出する工程
(3) 別のテントウムシ集団で前記(1)(2)と同様の操作を行って遺伝的に飛翔能力を欠くテントウム系統Bを作出する工程
(4) 前記テントウムシ系統Aとテントウムシ系統Bを系統間交配する工程
[2] 選抜した飛翔能力の低いテントウムシ個体を集団交配して次世代を得る操作を20世代以上行う、[1]に記載の方法。
[3] 以下の工程を含む、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法。
(a) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Cを作出する工程
(b) 前記テントウムシ系統Cと野外から採集したテントウムシ集団(野生系統)を交配し、得られた雑種一代(F)に前記テントウムシ系統Cを戻し交配する工程
[4] テントウムシが、アブラムシを捕食するテントウムシである、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5] アブラムシを捕食するテントウムシが、ナミテントウ(Harmonia axyridis)、ナナホシテントウ(Coccinella septempunctata)、ダンダラテントウ(Menochilus sexmaculatus)、またはヒメカメノコテントウ(Propylaea japonica)である、[4]に記載の方法。
[6] [1]〜[5]のいずれかに記載の方法によって得られた遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統。
[7] [1]〜[5]のいずれかに記載の方法によって得られた遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統を主成分として含む生物農薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、系統間交配または戻し交配の手法により、遺伝的に飛翔能力の欠くテントウムシ系統が作出される。本発明によって作出された遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統は、選抜によって付与された「飛ばない」性質を失うことなく、優れた次世代効果を示す。そのため、少量放飼でも十分なアブラムシ防除効果が発揮され、また卵や幼虫段階での放飼も可能である。したがって、本テントウムシ系統は、アブラムシ類を低コストで安定的に防除できる生物農薬としての実用化でき、施設はもちろん、露地の野菜および花卉栽培での殺虫剤使用の大幅な削減に貢献しうる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】人為選抜によって得られた2つの遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウの系統(系統A、系統B)間交配によるハイブリッド系統作出の模式図を示す。
【図2】ハイブリッド系統の生存率および繁殖能力が優れていることを示した図である。左図は、系統A、系統B、それらのハイブリッド系統の卵の孵化率を示し、数字は測定した卵塊数で、異なる英文字がついているデータ間で有意差がある(アークサイン変換後にTukey-Kramer検定、p<0.05)。中央の図は系統A、系統B、それらのハイブリッド系統の羽化率、すなわち幼虫期の生存率を示し、図中の数字は測定に用いた幼虫数で、異なる英文字がついているデータ間で有意差がある(Sequential Bonferroni法、p<0.05)。右図は系統A、系統B、それらのハイブリッド系統の産卵数を示し、数字は測定に用いた雌数で、異なる英文字がついているデータ間で有意差がある(Tukey-Kramer検定、p<0.05)。
【図3】系統A、系統B、それらのハイブリッド系統の成虫を放飼したビニールハウス、および無処理のビニールハウスにおけるナス1葉あたりのアブラムシ数の発生消長を示す。矢印は、それぞれナス1株あたり1頭の密度でナミテントウ成虫を放飼したことを示す。
【図4】系統A、系統B、それらのハイブリッド系統の成虫を放飼したビニールハウスで発生したナミテントウ4齢(終齢)幼虫数、すなわち放飼成虫の次世代個体の発生消長を示す。
【図5】野外系統と遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統Cの戻し交配によるハイブリッド系統作出の模式図を示す。
【図6】親世代(野外系統と遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統C)、F1世代(前記親世代個体の交配で得られた雑種一代(F1))、F2世代(F1世代個体に前記親世代の遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウを戻し交配して得られた世代)のナミテントウ個体の飛翔能力を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法であって、以下の工程を含む。
(1) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、飛翔能力の低いテントウムシ集団を得る工程
(2) (1)で得られた集団の中から雌雄1頭ずつをペアにして交配し、次世代個体の飛翔能力が最も低いペアを飛翔能力を欠くテントウムシ系統として選抜し、当該系統内で集団交配をさらに繰り返して遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Aを作出する工程
(3) 別のテントウムシ集団で前記(1)(2)と同様の操作を行って遺伝的に飛翔能力を欠くテントウム系統Bを作出する工程
(4) 前記テントウムシ系統Aとテントウムシ系統Bを系統間交配する工程
本発明においてテントウムシは、アブラムシを捕食するテントウムシである限り特に限定はされないが、例えば、ナミテントウ(Harmonia axyridis)、ナナホシテントウ(Coccinella septempunctata)、ダンダラテントウ(Menochilus sexmaculatus)、またはヒメカメノコテントウ(Propylaea japonica)などが挙げられる。
【0013】
以下、上記の各工程について詳細に説明する。
まず、工程(1)では、任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜する。ここで、テントウムシ集団は、雌雄約50〜100頭ずつを含む集団が好ましい。そのテントウムシ集団について飛翔測定装置フライトミルを用いて飛翔距離を測定し、飛翔距離が低いテントウムシ個体を集団の中から約30%選抜する。選抜した個体は、集団交配して次世代を得、その次世代のテントウムシ集団について同様にして飛翔距離を測定し、飛翔能力の低いテントウムシ個体をさらに選抜する。このような操作を20世代以上、好ましくは25〜30世代行い、飛翔能力の低いテントウムシ集団を得る。
【0014】
次に、工程(2)では、工程(1)で得られた集団の中から雌雄1頭ずつをペアにして交配し、次世代個体について同様にして飛翔距離を測定し、飛翔能力が最も低いペアを、飛翔能力を欠くテントウムシ系統として選抜する。交配するペアの数は、工程(1)で得られたテントウムシ集団に含まれるテントウムシの頭数によるが、10〜15ペアが好ましい。ここで選抜した飛翔能力を欠くテントウムシ系統については、その後、その系統内で交配を3〜5世代繰り返し、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Aを作出する。
【0015】
また、工程(3)では、異なるテントウムシ集団で上記(1)(2)と同様の工程を行って遺伝的に飛翔能力を欠くテントウム系統Bを作出する。工程(3)の異なるテントウムシ集団からのテントウム系統Bの作出は、テントウムシ系統Aの作出と並行して行ってよく、また、異なる時期に行ってもよい。
【0016】
最後に、工程(4)では、前記テントウムシ系統Aとテントウムシ系統Bを系統間交配し、本発明の目的とするハイブリッド系統を得る。本ハイブリッド系統、ならびにそれを作出するためのテントウムシ系統A、テントウムシ系統Bは、独立行政法人近畿中国四国農業研究センター(福山市)の施設である生物農薬開発実験棟において保存されており、特許後においては分譲の用意がある。
【0017】
また、本発明の遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法は、任意のテントウムシ集団において上記工程 (1)と同様な選抜と集団交配を繰り返すことによって作出した遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統(系統C)と、野外で採集したテントウムシ集団(野生系統)とを交配し、得られた一代雑種(F)に、上記系統Cを戻し交配することによっても行なうことができる。また、戻し交配による交雑個体(F)に、上記系統Cを再度戻し交配してもよい。
【0018】
よって、本発明によれば、以下の工程を含む、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法もまた提供される。
(a) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Cを作出する工程
(b) 前記テントウムシ系統Cと野外から採集したテントウムシ集団(野生系統)を交配し、得られた雑種一代(F1)に前記テントウムシ系統Cを戻し交配する工程
【0019】
本発明によれば、上記いずれかの方法で作出した遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統(ハイブリッド系統)が提供される。本ハイブリッド系統を安定的に供給するためにその増殖と飼育のための手段として、人工餌(スジコナマダラメイガ冷凍卵など)またはアブラムシが寄生している植物の葉、産卵基質(ティッシュペーパーなど)などを含むプラスチック容器が使用できる。具体的には、このプラスチック容器内にテントウムシ系統(ハイブリッド系統)の成虫の雌雄をそれぞれ約50頭放し、任意交配させることにより、雌成虫は容器内に産卵し次世代が増殖する。このとき、温度は20〜25℃、湿度は50〜70%とすることが好ましい。上記のような条件下において、50日間程度で1世代を繰り返し増殖する。これらを順次採取したものを生物農薬として利用する。
【0020】
従って、本発明によればまた、上記方法で作出した遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統(ハイブリッド系統)を主成分として含む生物農薬が提供される。ここで「生物農薬」とは、生物的防除に用いる生物を農薬として利用しやすい形に調製した製品をいう。
【0021】
本発明の生物農薬において、テントウムシ系統の発育ステージは制限されず、成虫のみならず、幼虫、卵であってもよい。成虫または幼虫を用いた場合には、アブラムシ防除効果は速効性に優れる。一方、卵については、孵化後に初めて防除効果が現れるため、速効性はないが、予防的な防除を目的とする場合に好適に用いられる。また、卵と成虫および/または幼虫とを併用すれば、アブラムシ防除効果について速効性に加えて持続性も達成できる。従って、卵、幼虫および成虫のいずれか、またはこれらの組み合わせによって、アブラムシ防除の時期を任意に制御することができため、より効果的な防除を行うことができる。
【0022】
また、本発明の生物農薬は、上記方法で作出した遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統(ハイブリッド系統)を主成分として含むほか、テントウムシの生存および/または生育に影響しない他の成分を含んでいてもよい。このような他の成分としては、オガクズ、米糠、ふすま、紙片、繊維、バーミキュライト、ベントナイトなどが挙げられ、増量剤、保温剤、保湿剤、衝撃吸収剤などとしての役割を果たす。
【0023】
本発明の生物農薬の剤型としては、成虫、幼虫、卵を入れた瓶その他の容器類、卵または蛹を付着させた紙片が流通面および使用面いずれにおいても好適である。使用に際しては、例えば、前記の瓶を、防除を要する施設や露地に設置するという極めて簡便な方法により、アブラムシに対する優れた防除効果が得られる。一瓶あたりテントウムシの収容頭数は、例えば50〜100頭程度が例示できる。
【0024】
本発明の生物農薬を用いたアブラムシの防除は、アブラムシの発生場所(施設)に上記テントウムシ系統(ハイブリッド系統)を放飼することにより行われる。防除に必要なテントウムシの個体密度は、アブラムシの発生場所(施設)の規模、アブラムシ発生の程度、季節、使用するテントウムシの生育ステージによって適宜調節することができる。例えば、成虫を用いる場合、その密度は0.5〜5頭/m、好ましくは3〜4頭/mである。なお、上記「施設」は、施設の内部および外部のいずれをも包含する意である。
【0025】
適用の時期は防除対象とするアブラムシが生息する時期であればいつでもよいが、好ましくはアブラムシが繁殖し始める直前から初期の間である。これらの方法については、当業者には公知である。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統の次世代(ハイブリッド系統)の作出
飛翔測定装置フライトミルを用いてナミテントウ成虫の飛翔距離を雌雄50頭ずつ測定し、その中で飛翔距離の短い個体を30%選抜し、次世代を得るという操作を繰り返した。成虫の飛翔距離は世代を経過するにつれて低下し、20世代目では70%の成虫が飛翔できないことを確認した。24世代目以降は、選抜に対する効果が薄れたためか、飛翔能力が増加する世代も見られたので、選抜27世代目では雌雄7頭の成虫を1頭ずつペアにして交配させ、それぞれの次世代個体を得、その中で最も次世代個体の飛翔能力の低かったペアを、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統Aとして作出し、28世代目以降はその系統内で集団選抜を継続した。また、上記と同様の手法により、別途、遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統Bを作出し、その系統内で集団選抜を継続した。なお、系統Bの8世代目および9世代目はナミテントウ成虫のサンプル数が少なかったので飛翔測定は行わなかった。
【0028】
系統Aの選抜32世代目の雌成虫20頭を、系統Bの選抜38世代目の雄成虫20頭と集団交配させて、目的とする遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統の次世代(ハイブリッド系統)を得た(図1)。
【0029】
(実施例2)ハイブリッド系統の繁殖能の評価
実施例1で得たハイブリッド系統の卵の孵化率、幼虫の生存率、および成虫の産卵数(産卵開始から10日分)を調べたところ、系統A、系統Bに比べていずれも著しく向上し、通常の飛翔能力を持つナミテントウ系統(Control)とほぼ同等の程度にまで至った(図2)。
【0030】
(実施例3)ハイブリッド系統のアブラムシ防除効果の評価
実施例1で得たハイブリッド系統の成虫を、ナスを植えたビニールハウスに放飼すると、無処理区をはじめ、系統Aおよび系統Bを放飼した処理区よりもアブラムシの発生が有意に抑えられた(図3)。また、放飼したナミテントウ成虫の次世代幼虫は、ハイブリッド系統を放飼した処理区で最も多く発生した(図4)。
【0031】
また、系統A、系統B、およびそのハイブリッド系統について、1時間あたりの飛翔距離を調べた結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示されるように、系統A、系統B、およびそのハイブリッド系統で飛翔距離の有意差はなく、系統間交配によって飛翔能力が回復しないことが確認された。ハイブリッド系統の中には飛翔能力が高い個体も観察されたが、わずか1〜2頭のみで、その他の個体の1時間あたり飛翔距離は0mであった。
【0034】
(実施例4)遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統と野外から採集したナミテントウ個体との戻し交配の効果
野外からナミテントウ成虫を約150頭採集し、その集団から次世代の成虫を雌雄50頭ずつ得た(野生系統)。一方、任意のナミテントウ集団において、実施例1と同様に飛翔距離による選抜と選抜個体の集団交配を繰り返す操作を行ない、選抜開始から40世代目の遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統C(雌雄各50頭ずつ)と、上記野生系統の個体を集団交配させた(親世代の交配)。それらの交雑個体(F1世代)に、親世代の時と同様に、41世代目の系統Cを集団交配させ、分離世代であるF世代で飛翔能力の低い個体を選抜した(図5)。
【0035】
親世代とF1世代では飛翔能力の頻度に差がないのに対し、F2世代では飛翔距離が0mの個体が多数出現した(図6)。戻し交配を行うことにより、F1世代では2通りの雌雄の組み合わせ(F1-1、F1-2)、F2世代では4通りの雌雄の組み合わせ(F2-1、F2-2、F2-3、F2-4)が生じた。F2世代ではいずれの組み合わせにおいても、約半数の個体が飛翔能力を消失していた。
【0036】
また、F3世代においては、測定したほぼ全ての個体の飛翔能力が消失していること、その一方、高い繁殖能力を持つことが確認された(表2)。F3-1の雌成虫は、上記のF2-1の系統で飛翔距離が0mの個体を人為選抜し、集団交配させて得られたものである。同様に、F3-2の雌成虫は上記のF2-2の系統由来のものである。
【0037】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法。
(1) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、飛翔能力の低いテントウムシ集団を得る工程
(2) (1)で得られた集団の中から雌雄1頭ずつをペアにして交配し、次世代個体の飛翔能力が最も低いペアを飛翔能力を欠くテントウムシ系統として選抜し、当該系統内で集団交配をさらに繰り返して遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Aを作出する工程
(3) 別のテントウムシ集団で前記(1)(2)と同様の操作を行って遺伝的に飛翔能力を欠くテントウム系統Bを作出する工程
(4) 前記テントウムシ系統Aとテントウムシ系統Bを系統間交配する工程
【請求項2】
選抜した飛翔能力の低いテントウムシ個体を集団交配して次世代を得る操作を20世代以上行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
以下の工程を含む、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシを作出する方法。
(a) 任意のテントウムシ集団の中から飛翔能力の低いテントウムシ個体を選抜し、選抜した個体を集団交配して次世代を得る操作を繰り返し、遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統Cを作出する工程
(b) 前記テントウムシ系統Cと野外から採集したテントウムシ集団(野生系統)を交配し、得られた雑種一代(F)に前記テントウムシ系統Cを戻し交配する工程
【請求項4】
テントウムシが、アブラムシを捕食するテントウムシである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
アブラムシを捕食するテントウムシが、ナミテントウ(Harmonia axyridis)、ナナホシテントウ(Coccinella septempunctata)、ダンダラテントウ(Menochilus sexmaculatus)、またはヒメカメノコテントウ(Propylaea japonica)である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法によって得られた遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法によって得られた遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統を主成分として含む生物農薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−183902(P2010−183902A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−261004(P2009−261004)
【出願日】平成21年11月16日(2009.11.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第14回農林害虫防除研究会報告−京都大会−にて発表 刊行物名:農林害虫防除研究会報告(第14号) 発行者名:農林害虫防除研究会(主催者)(共催者:社団法人日本植物防疫協会) 開催日 :平成21年7月15日(水)・16日(木) 発表日 :平成21年7月16日(木) 講演番号:15 講演要旨集発行日:平成21年7月15日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)