説明

部分変異構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法

【課題】 皮膚のような、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーを測定する技術を提供し、化粧料の選択に応用する。
【解決手段】 凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面に、極性の異なる2種の液体を滴下し、生成する液滴の接触角を測定し、該接触角より算出することを特徴とする、化粧料の選択及び/又は評価のための、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法を提供する。前記極性の異なる2種の液体としては、炭酸ジエステルから選択される2種であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面における表面自由エネルギーの測定方法に関し、更に詳細には、皮膚の表面の表面自由エネルギーを測定するのに好適な表面自由エネルギーの測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面の特性を調べる上で、その表面の表面自由エネルギーの大きさを知ることは有用なことであり、例えば、表面自由エネルギーの大きさにより、プラスチック板などの劣化の程度を推測する技術も知られている。(例えば、特許文献1を参照)この様な表面自由エネルギーへの表面特性の反映を利用して、化粧料が皮膚表面に形成する化粧膜特性を評価する技術(例えば、特許文献2を参照)、化粧料への配合物が化粧膜特性にもたらす影響を知る技術(例えば、特許文献3を参照)、化粧料原料の性質を特性する技術(例えば、特許文献4を参照)などが化粧料関連分野でも知られている。しかしながら、皮膚そのものの表面自由エネルギーを測定しようとする試みはなされていない。この原因としては、皮膚表面が、プラスチック板の様になめらかでも、表面全体の化学的性質が均質であるわけでもないため、言い換えれば、皮膚が、凹凸を有する或いは部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面であるため、測定バラツキが大きいこと、生体の測定においては曲面における表面自由エネルギーを測定しなければならないこと、加えて、通常表面自由エネルギーの測定においては、極性の異なる、より正確に言えば、極性が大きく離れた2種の液体を用い、測定すべき表面上に該液体を滴下し、液滴を形成させ、その接触角より表面自由エネルギーを算出するのであるが、測定のための液体としては通常水とジヨードメタン(メチレンアイオダイド)が使用される(例えば、特許文献2を参照)が、ジヨードメタンは皮膚腐食性の液体であるため、皮膚表面自由エネルギーの測定が、皮膚損傷を招きかねない状況が存した為である。即ち、皮膚のような、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーを測定する技術を開発することは、化粧料という面では、適切な評価手段を提供する意味で、皮膚という面では、適切な化粧料の選択基準となり得るという面で非常に好ましいものであるが、この様な技術が未だ得られていないのが現状であると言える。一方、炭酸ジエステルから選ばれる2種を、皮膚の表面自由エネルギー測定用の液体として採用するような技術は存しないし、その様な採用をする示唆も存しない。
【0003】
【特許文献1】特開2003−254893号公報
【特許文献2】特開2002−14022号公報
【特許文献3】特開2002−12515号公報
【特許文献4】特開平5−17320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、この様な状況下為されたものであり、化粧料の選択に有用な皮膚性状の分析技術を提供することを目的とし、更に詳細には、皮膚のような、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーを測定する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この様な状況に鑑みて、本発明者らは、化粧料の選択に有用な分析技術を求め鋭意研究を重ねた結果、皮膚の表面自由エネルギーが重要な因子であることを見出し発明を完成させた。更に、皮膚のような、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーを測定する技術を求めて、鋭意研究努力を重ねた結果、炭酸ジエステルから選択される2種を測定のための液体として採用することにより、この様な表面の表面自由エネルギーの測定が正確に、且つ、再現性良く為しうることを見出し、発明を発展させるに至った。即ち、本発明は以下に示す技術に関する。
(1)凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面に、極性の異なる2種の液体を滴下し、生成する液滴の接触角を測定し、該接触角より算出することを特徴とする、化粧料の選択及び/又は評価のための、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法。
(2)前記極性の異なる2種の液体が炭酸ジエステルから選択される2種であることを特徴とする、(1)に記載の化粧料の選択及び/又は評価のための、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法。
(3)前記凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面が皮膚であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の表面自由エネルギーの測定法。
(4)前記2種の炭酸ジエステルの組合せが、総炭素数3〜6の環状炭酸ジエステルと総炭素数15〜40の非環状炭酸ジエステルであることを特徴とする、(1)〜(3)何れか1項に記載の皮膚の表面の表面自由エネルギーの測定法。
(5)前記2種の炭酸ジエステルの組合せが、炭酸プロピレンと炭酸ジエチル
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、皮膚のような、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーを測定する技術を提供し、化粧料の選択に応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は表面自由エネルギーの測定法であり、その対象となる表面は、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面である。この様な表面としては、天然に存在する非加工の面が例示でき、例えば、岩の表面、木の表面、皮膚などの生体の表面などが好適に例示でき、皮膚を対象とすることが特に好ましい。これは、皮膚に於いては凹凸のみならず、構成成分の差異のある微小部位(ミクロ構造)が存し、通常の方法では、岩の表面や木の表面以上に、表面自由エネルギーの測定における誤差が大きいため、本発明の方法の効果が著しいからである。
【0008】
通常、形成する液滴の接触角を用いた表面自由エネルギーの測定では、通常少なくとも2種の液体を用い、該二種の液体としては、極性の高い液体と、極性の低い液体とを用いることが好ましいことが既に知られており、該極性の高い液体としては水が、極性の低い液体としては、ジヨードメタンが使用される。本発明ではこの様な溶剤の組合せを用いることも出来るが、本発明の方法では、これらに代えて、炭酸のジエステルから選択される2種を用いることもでき、この様な方法も好ましい。該二種の炭酸のジエステルとしては、一方が炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、炭酸エチルメチル、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、炭酸ブチレンなどの総炭素数3〜6の炭酸のジエステルを用い、もう一方が炭酸ジオクチル、炭酸ジエチルヘキシル、炭酸ジデカニル、炭酸ジラウリル、炭酸ジオレイル、炭酸ジイソステアリルなどの総炭素数15〜40の炭酸ジエステルが好ましい。特に好ましいものは前者が炭酸エチレン、炭酸プロピレン、炭酸ブチレンなどの環状炭酸ジエステルであり、後者が炭酸ジエチルヘキシル、炭酸ジイソステアリルなどの分岐の炭酸ジエステルである。特に好ましい2者の組合せは炭酸プロピレンと炭酸ジエチルヘキシルの組合せである。これは再現性と、両者の極性の差の大きさが適切である点の2つの理由による。
【0009】
前記二種の炭酸ジエステルを用いて、接触角より表面自由エネルギーを測定する方法であるが、使用する液体を前記2種の炭酸ジエステルに変える以外は、通常の方法に準じて行えばよい。即ち、内径0.05〜0.3mm、外径0.2〜0.6mmのパイプを用いて、液体を皮膚に静かに滴下し、液滴を形成させ、これをビデオに収録し、その時の前進時の接触角(液滴の形成時の接触角)と後退時の接触角(液滴の消滅時の接触角)を計測し、次の式に基づいて、算出すればよい。
【0010】
液体1を滴下した場合、接触角θが90度以下の場合には、液滴の高さをh、液滴の接地円の直径をφ、又、x=φ/2とすれば、この液体のθ1は以下の式(1−1)で算出される。
θ=2tan―1(h/x)・・・・(1−1)
【0011】
液体1を滴下した場合、接触角θが90度以上の場合には、この液体のθ1は以下の式(1−2)で算出される。
θ=90+cos―1(φh/h2+x2)・・・・(1−2)
【0012】
この様に測定するθにおいて、前進時のθaと後退時のθrより、その液体のその固体表面に対するθ1を次式によって求める。
θ1=cos―1((cosθa+cosθr)/2)
【0013】
液体2についても、同様にθ2を算出し、接着仕事を表す次の式(2−1)に代入して、γsd(固体の表面自由エネルギーの分散力成分)とγsp(固体の表面自由エネルギーの極性力成分)を未知数とする2つの方程式を作成し、この連立方程式を解くことにより、このγsdとγspが得られる。ここで、γ(液体)、γ(液体)s、γ(液体)pは液体の固有値であり、既知の値である。
γ(液体)(1+cosθ)=2(γsd・γ(液体)d)1/2+2(γsp・γ(液体)p)1/2・・・・(2−1)
【0014】
γ、γsd、γspには次の(2−2)の関係が存するので、求められたγsdとγspの和を求めることにより、固体の表面自由エネルギーを算出することが出来る。
γ=γsd+γsp・・・・(2−2)
【0015】
斯くの如くに、前記の2種の液体を用いて、接触角を計測し、皮膚表面の表面自由エネルギーを測定すると、部位差が少なく、且つ、再現性良く、表面自由エネルギーを計測することが出来る。
【0016】
以下に、実施例を挙げて、本発明について更に詳細に説明を加えるが、本発明がかかる実施例にのみ、限定されないことは言うまでもない。
【実施例1】
【0017】
皮膚表面の表面自由エネルギーを測定するのに先立ち、接触角を測定するための液体の検討を行った。先ず、測定のための液体の皮膚への影響を検討した。接触角の正しい測定が行えるためには、用いる液体が皮膚に影響を与えないことが必須であり、その影響の有無を検討した。具体的には、前腕内側部を良く洗浄した後、10分間のラグタイムを設け、候補液体を部位に滴下し、10分間静置し、脱脂綿で拭った後、10分静置し、皮膚反応を観察した。皮膚反応は1)液体が存在した痕跡が皮膚上に認められるかと言う観点と、2)痕跡として紅斑などの炎症に起因するものが存在したか否かという観点で観察を行った。被験者は4名用いた。結果を表1に示す。これより、ジヨードメタンは人を対象とする接触角の測定には適していないことが判った。
【0018】
【表1】

【0019】
ついで、皮膚における接触角の測定の際に、用いる液体によってどの程度表面形状の影響を受けるのかを検討した。結果を図1、図2に示す。接触角の前進と後退の差が大きい液体ほど、測定物の表面形状の凹凸の影響を受けており、測定誤差が大きくなることが知られている。この図より、水の前進後退接触角差が大きく、皮膚の表面形状に影響されやすいことが判る。これより、水は接触角の測定用の液体に適していないことが判る。又、炭酸プロピレンと炭酸ジエチルヘキシルは充分に極性が離れていることもわかり、この2種の液体を使用することにより、正確、安全且つ再現性良く皮膚の表面自由エネルギーが測定できることが判る。
【0020】
上記の検討の結果、接触角を用いた、皮膚の表面の表面自由エネルギーの測定には、極性の液体として炭酸プロピレンなどの、総炭素数3〜6の炭酸のジエステルを用い、極性の低い液体として、炭酸ジエチルヘキシルなどの総炭素数15〜40の炭酸ジエステルを用いることにより、再現良く皮膚の表面の表面自由エネルギーが測定できることが判った。
【0021】
この様に、再現良く皮膚の表面の表面自由エネルギーが測定できることにより、後記実施例に示す如く、今までの皮膚の特性値とは次元を異にする、皮膚の特性を表す指標としてこの値を使用できる。かかる値は、部位が近似した環境に存するもの、例えば、顔の部位であれば、額や頬であっても、個体差ほど、同一個体における部位差が少なく、個人個人の皮膚の固有の値として性格が強い。又、皮膚の水分量や皮脂量の影響も受けにくい。従って、これまで、化粧品の肌なじみや異物感、化粧持ち等に於いて、皮脂や皮膚の水分やそれに由来する肌性の分類で説明しきれなかった部分の、新しい因子として採用することが出来る。これにより、より適切な化粧料の選択が出来る。
【実施例2】
【0022】
ボランティアのパネラーを集めて、測定のための液体として、炭酸プロピレンと炭酸ジエチルヘキシルとを用い、接触角を計測し、該接触角より、皮膚の表面の表面自由エネルギーを測定した。結果を図3、図4に示す。この結果より、この様な条件で再現良く皮膚の表面自由エネルギーが測定出来ることが判る。
【実施例3】
【0023】
実施例2と同様にボランティアのパネラーの皮膚の表面自由エネルギーを計測し、計測部位の水分量(「皮表角層水分量測定装置SKICON-200EX」;アイ・ビイ・エス株式会社製)と皮脂量(「セブメーターSM810」;Courage+Khazaka Electronic GmbH製)も測定し、表面自由エネルギーと水分量、皮脂量の関係を確かめた。結果を図5、図6に示す。これより、皮膚の表面自由エネルギーは水分量、皮脂量と独立の因子であることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、皮膚の特性の鑑別や適切な化粧料の選択に応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1のマスデータとしての皮膚の接触角のバラツキを示す図である。
【図2】実施例1の液体ごとの前進後退接触角の差を示す図である。
【図3】実施例2のマスデータとしての皮膚の表面自由エネルギーのバラツキを示す図である。
【図4】実施例2の個人ごとの皮膚の表面自由エネルギーのバラツキを示す図である。
【図5】実施例3の皮膚の表面自由エネルギーと水分量との関係を示す図である。
【図6】実施例3の皮膚の表面自由エネルギーと皮脂量との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面に、極性の異なる2種の液体を滴下し、生成する液滴の接触角を測定し、該接触角より算出することを特徴とする、化粧料の選択及び/又は評価のための、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法。
【請求項2】
前記極性の異なる2種の液体が炭酸ジエステルから選択される2種であることを特徴とする、請求項1に記載の化粧料の選択及び/又は評価のための、凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面の表面自由エネルギーの測定法。
【請求項3】
前記凹凸を有する及び/又は部分的に極性の異なるミクロ構造を有する表面が皮膚であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の表面自由エネルギーの測定法。
【請求項4】
前記2種の炭酸ジエステルの組合せが、総炭素数3〜6の環状炭酸ジエステルと総炭素数15〜40の非環状炭酸ジエステルであることを特徴とする、請求項1〜3何れか1項に記載の皮膚の表面の表面自由エネルギーの測定法。
【請求項5】
前記2種の炭酸ジエステルの組合せが、炭酸プロピレンと炭酸ジエチルヘキシルの組合せであることを特徴とする、請求項1〜4何れか1項に記載の測定法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−147550(P2007−147550A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−345579(P2005−345579)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【出願人】(000113470)ポーラ化成工業株式会社 (717)
【Fターム(参考)】