説明

配位高分子を含む炭化水素ガス吸着剤及び炭化水素ガスの貯蔵方法

【課題】炭化水素ガスの吸着・脱着が可能であり、該炭化水素ガスの貯蔵に適用できる炭化水素ガス吸着剤、当該炭化水素ガス吸着剤を用いる炭化水素の貯蔵方法を提供する。
【解決手段】金属イオン及び配位子が、配位結合を介して、又は配位結合とイオン結合とを介して、結合し、該配位子の一部又は全部が下記式(1)で示される配位子高分子を含む炭化水素ガス吸着剤、及び当該炭化水素ガス吸着剤を用いた炭化水素ガスの貯蔵方法の提供。


[式中、X〜Xは、水素原子、ハロゲン原子又はアルキル基を示す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配位高分子を含む炭化水素ガス吸着剤及び該炭化水素ガス吸着剤を用いる炭化水素ガスの貯蔵方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気体吸着剤を用いるガス貯蔵方法は、ガスを気体吸着剤に吸着・脱着させることにより、ガスを貯蔵する技術であり、従来の高圧ガスボンベを用いる貯蔵方法に比して、大掛かりな設備を必要としないという利点があるため、近年注目されている技術である。しかしながら、メチルアセチレン及びプロパジエンといった不飽和炭化水素ガスについては、気体吸着剤を用いた貯蔵方法はほとんど検討されていない。
不飽和炭化水素ガスを吸着剤に吸着させる技術については、たとえば非特許文献1に、様々な酸性サイトを持つゼオライトに対するメチルアセチレン吸着が報告されている。同文献には、前記ゼオライトに吸着したメチルアセチレンは重合してポリマー等が生じること、200℃以上に加熱すると前記ポリマー等の分解が起きること、が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「J.Phys.Chem.」、1991年、95巻、710−720頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1には、吸着させたメチルアセチレンを脱着させる方法については、何ら開示されていない。同文献に開示されている前記ゼオライトでは、吸着したメチルアセチレンは重合してポリマー等が生成したり、当該ポリマー等が分解して複雑な分解物が生成したり、することがある。したがって、前記ゼオライトは、メチルアセチレンを吸着することはできても、吸着したメチルアセチレンを脱着することはできないため、メチルアセチレンの貯蔵に適しているとはいえない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは鋭意検討した結果、不飽和炭化水素ガス等の炭化水素ガスの吸着・脱着が可能であり、該炭化水素ガスの貯蔵に適用できる炭化水素ガス吸着剤、当該炭化水素ガス吸着剤を用いる炭化水素の貯蔵方法等を見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明は、
下記式(1)で示される配位子を有する配位高分子を有効成分として含む炭化水素ガス吸着剤を提供する。
【0006】

[式中、X、X、X、X、X、X、X及びXはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子又は炭素数1〜4のアルキル基を示す。]
【0007】
前記配位高分子は、さらに以下の式(2)で示される配位子を有すると好ましい。

【0008】
前記配位高分子は、金属塩と、以下の式(10)で示される化合物と、を溶媒中で混合して配位高分子を製造する工程と、
該配位高分子から炭化水素ガス吸着剤を調製する工程と、を含む製造方法により製造することができる。

(式中、X、X、X、X、X、X、X及びXは、前記式(1)と同じ意味である。)
【0009】
また、本発明は
前記炭化水素ガス吸着剤と、炭化水素ガスと、
を接触させて、該炭化水素ガスを該炭化水素ガス吸着剤に吸着させる工程を有する炭化水素ガスの貯蔵方法;
該炭化水素ガス吸着剤を、所定の容器内に収容する工程と、前記容器内に収容された炭化水素ガス吸着剤に、炭化水素ガスを吸着させる工程と、
前記容器内の気相における炭化水素ガスの分圧を減ずることにより、炭化水素ガスを吸着させた炭化水素ガス吸着剤から炭化水素ガスを脱着する工程と、を含む炭化水素ガスの貯蔵方法;
該炭化水素ガス吸着剤を備えた気体貯蔵装置を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の炭化水素ガス吸着剤は、特にメチルアセチレンやプロパジエンといった不飽和炭化水素ガスを大量に吸着できるのみならず、吸着した不飽和炭化水素ガスを容易に脱着させることが可能である。したがって、本発明の炭化水素ガス吸着剤は炭化水素ガスの貯蔵方法に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ピラードレイヤー型配位構造を示す模式図である。
【図2】実施例1で合成した配位高分子Aの粉末X線回折パターンである。
【図3】実施例1で合成した配位高分子Aの熱重量分析の結果を示すグラフである。
【図4】実施例1で合成した配位高分子Aのメチルアセチレン吸着測定の結果を示すグラフである。
【図5】ゼオライト4Aのメチルアセチレン吸着測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、特にメチルアセチレン等の不飽和炭化水素ガスを吸着できるのみならず、容易に脱着することもできる炭化水素ガス吸着剤について検討したところ、以下に示す特定の配位高分子が望ましい特性を発現できることを見出すに至った。
以下、本発明の好適な実施形態について必要に応じて図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0013】
<配位高分子>
配位高分子とは、複数の配位子と複数の金属イオンとが、金属イオン−配位子が配位結合により結合して集積構造を形成している高分子である。また、配位高分子中の金属イオン−配位子間の結合の一部はイオン結合になっていてもよい。本発明に用いる配位高分子においては、前記式(1)で示される配位子(以下、場合により「配位子(1)」という。)を含んでおり、その両末端のピリジル基は、それぞれ金属イオンに配位している。
【0014】
前記式(1)及び前記式(10)において、X〜Xはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。ここでハロゲン原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子又は塩素原子である。アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基又はブチル基であり、プロピル基又はブチル基の場合、これらは分岐していてもよい。当該アルキル基としてはメチル基が好ましい。
【0015】
配位子(1)の具体例としては、以下の(1−1)〜(1−54)の配位子が挙げられる。
【0016】

【0017】

【0018】
配位子(1)にあるピリジル基の配位力をより強くし、金属イオンとの安定な配位結合を形成しやすいという点では、配位子(1)のX及びXのうち少なくとも一方、好ましくは両方が、水素原子又はメチル基であると好ましい。同じ理由で、X及びXののうち少なくとも一方、好ましくは両方が、水素原子又はメチル基であると好ましい。後述する本発明の配位高分子の製造方法において、配位子(1)を誘導する化合物(後述の式(10)で示される化合物)をより簡便に製造できる点では、X、X、X及びXの全てが水素原子である配位子(1)が好ましい。前記配位子(1)の具体例の中では、(1−1)、(1−2)、(1−3)、(1−4)、(1−5)、(1−6)、(1−7)、(1−8)及び(1−9)が好適なものである。X〜Xも水素原子であるとさらに好ましく、前記配位子(1)の具体例の中では(1−1)の配位子が特に好ましいものである。
【0019】
本発明に用いる配位高分子にある金属イオンは、典型金属イオン及び遷移金属イオンからなる群より選択され得る。当該金属イオンを誘導する金属化合物(なお、この金属化合物のうち、好適な金属塩については後述する。)の入手性や配位高分子の製造の容易さからは、Mg2+、Ti2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+及びZn2+からなる群より選ばれる1種又は2種以上の二価金属イオンが好ましく、Cu2+又はZn2+が特に好ましい。
【0020】
本発明に用いる配位高分子は、ピラードレイヤー型配位構造を形成していると特に好ましい。ここでいうピラードレイヤー型配位構造とは、金属イオンと配位子とが結合して2次元の集積構造を形成し、さらにこの2次元の集積構造同士が、金属イオン−配位子−金属イオンという結合を介して架橋されることで形成される多層構造をいう。図1は、当該ピラードレイヤー型配位構造を模式的に表す模式図である。前記2次元の集積構造(レイヤー部11)が、隣り合うレイヤー部11同士が配位子(ピラー配位子)12によって架橋されることで多層化し、ピラードレイヤー型配位構造13を形成している。ここでレイヤー部11を形成する配位子(レイヤー配位子)と、ピラー配位子と、は同じであっても、異なっていてもよいが、該ピラードレイヤー型配位構造を形成している配位高分子を製造し易いという点では、レイヤー配位子とピラー配位子とは互いに異なるものであることが好ましい。なお、かかるピラードレイヤー型配位構造とは、近年の多孔性配位高分子の一つとして注目されているものである(黒田一幸監修,「無機ナノシートの科学と応用」,(株)シーエムシー出版,2005年4月発行,第14章)。
【0021】
また、本発明に用いる配位高分子は、前記配位子(1)に加え、前記式(2)で示される配位子(以下、場合により「配位子(2)」という。)を有していると好ましい。配位子(2)は後述する本発明の配位高分子の製造方法において、ピラジン−2,3−ジカルボン酸(又はピラジン−2,3−ジカルボン酸塩)から誘導されるものである。該配位高分子が、配位子(1)に加えて、配位子(2)を有している場合、配位子(1)及び配位子(2)を有する配位高分子が前記ピラードレイヤー型配位構造を形成しているとき、金属イオンと配位子(2)とが結合してレイヤー部11を形成し、このレイヤー部11同士を架橋するピラー配位子が配位子(1)であると特に好ましい。該配位高分子に含有される金属イオン、配位子(1)及び配位子(2)のモル比は、[金属イオン]:[配位子(1)]:[配位子(2)]で表して、2±1:1:2±1であると好ましく、該配位高分子が前記ピラードレイヤー型配位構造を形成しているときには、前記モル比は実質的に2:1:2となる。なお、このようなピラードレイヤー構造を有する配位高分子の製造方法については後述する。
【0022】
<配位高分子の製造方法>
本発明に用いる配位高分子は、金属イオンを生ずる金属塩と、配位子(1)を誘導しうる化合物と、を、溶媒中で混合する工程を含む製造方法により製造することができる。前記ピラードレイヤー型配位構造を形成している配位高分子を製造する場合には、金属イオンを生ずる金属塩と、配位子(1)を誘導しうる化合物と、配位子(2)を誘導しうる化合物と、を溶媒中で混合する工程を含む製造方法によればよい。
【0023】
前記金属塩としては金属イオンを含む各種のものが使用可能である。例えば、金属イオンの、フッ化物、塩化物、臭化物、硝酸塩、硫酸塩、過塩素酸塩、酢酸塩、テトラフルオロホウ酸塩、テトラフェニルホウ酸塩、ヘキサフルオロリン酸塩又はヘキサフルオロケイ酸塩を挙げることができ、これら金属塩の水和物等の溶媒和物も使用可能である。これらの中でも好ましい金属塩としては、金属イオンの、硝酸塩、硫酸塩又は過塩素酸塩、あるいはこれらの金属塩の水和物が例示される。上述のとおり好ましい金属イオンである、Cu2+又はZn2+を有する配位高分子を製造するには、硝酸銅、硫酸銅、過塩素酸銅又は硝酸亜鉛、あるいはこれらの水和物を用いればよい。
【0024】
配位子(1)を誘導する化合物としては、以下の式(10)で示される化合物[以下、「化合物(10)」という。]を用いればよい。

(式中、X、X、X、X、X、X、X及びXは、前記式(1)と同義である。)
【0025】
かかる化合物(10)は、「Dalton Transactions」、2004年、2935−2942頁;Liebigs Annalen、1995年、881−884頁;Heterocycles、1990年、31巻、1271−1274頁」等に記載されている方法に準じて製造できる。また、好適な前記(1−1)の配位子(1)を誘導する化合物(10)は、市場から入手が容易であり、この点においても前記(1−1)の配位子(1)は好ましい。
【0026】
一方、配位子(2)を形成する化合物は上述のとおり、ピラジン−2,3−ジカルボン酸又はピラジン−2,3−ジカルボン酸塩を用いることができるが、ピラジン−2,3−ジカルボン酸塩が配位子(2)を誘導するものとしては好ましい。このピラジン−2,3−ジカルボン酸塩としては、アルカリ金属イオン、NH、NHの水素原子が炭化水素基で置換されたアンモニウムイオン及びPHの水素原子が炭化水素基で置換されたホスホニウムイオンを含む塩である。具体例としては、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジリチウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジナトリウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジカリウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラエチルアンモニウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラプロピルアンモニウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラブチルアンモニウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラブチルホスホニウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラフェニルホスホニウムを挙げることができる。複数種のピラジン−2,3−ジカルボン酸塩を用いてもよい。好ましくは、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジリチウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジナトリウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジカリウム、ピラジン−2,3−ジカルボン酸ジテトラブチルアンモニウムである。ピラジン−2,3−ジカルボン酸は市場から容易に入手可能であり、このピラジン−2,3−ジカルボン酸を適当な塩基で中和すれば、ピラジン−2,3−ジカルボン酸塩は容易に製造できる。
【0027】
前記配位高分子の製造に用いる溶媒は、金属塩が溶解し易い又は該金属塩が解離して生じる金属イオンが溶解和し易い点で極性溶媒が好ましい。該極性溶媒の具体例としては、水;メタノール、エタノール及び2−プロパノール等のアルコール溶媒;アセトン等のケトン溶媒;アセトニトリル等のニトリル溶媒;テトラヒドロフラン及びジオキサン等のエーテル溶媒;N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N’−ジメチルアセトアミド及びジメチルスルホオキシド等の非プロトン性極性溶媒;が挙げられる。これらの極性溶媒は単独でも、2種類以上を混合して用いてもよい。これらの中でも、金属塩の溶解性又は金属イオンの溶媒和を十分有していることに加え、化合物(10)及びピラジン−2,3−ジカルボン酸塩の溶解性が良好である点で、水、メタノール、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、N,N’−ジメチルホルムアミド、N,N’−ジメチルアセトアミド及びジメチルスルホオキシドが好ましい。また、この前記反応溶媒において、金属塩の溶解性又は金属イオンの溶媒和が著しく損なわない範囲であれば、極性溶媒以外の溶媒が含まれていてもよい。
【0028】
ここでは好適な前記ピラードレイヤー型配位構造を形成している配位高分子の製造に関し、さらに反応条件を詳しく説明する。溶媒(前記に例示した極性溶媒)に、前記金属塩、前記化合物(10)及びピラジン−2,3−ジカルボン酸塩を混合する。なお、これらの混合順は特に限定されるものではない。これら製造用原料の仕込モル比率は、[金属塩]:[化合物(10)]:[ピラジン−2,3−ジカルボン酸塩]で表して、2:2±1:2±0.1である。混合後、加温又は冷却することにより、所定の反応温度(−10〜50℃)にする。製造用原料の種類によっては、反応温度は室温(約23℃)程度でも十分である。反応時間は、使用する製造用原料の種類又は反応温度により適宜調節でき、0.1〜120時間の範囲から選択することができる。
【0029】
溶媒として適切なものを選択すると、生成した配位高分子は沈殿物として反応液中に析出する。析出した配位高分子を濾過等で捕集した後、製造時の反応溶媒と同じ種類の溶媒、又は、製造時の反応溶媒よりも揮発性が高い溶媒を洗浄溶媒として用い、捕集した配位高分子を洗浄する。なお、この洗浄溶媒には配位高分子が分解しないものを用い、洗浄溶媒による洗浄を複数回行うことが好ましい。かくして得られた配位高分子は、多孔性固体となっており、細孔部に配位高分子製造で用いた製造用原料の一部や反応溶媒が吸着していることがある。このような吸着物質(ゲスト分子)や、製造時に用いた反応溶媒及び後処理時に用いた洗浄溶媒等を十分、除去するために、洗浄後の配位高分子は乾燥することが好ましい。かかる乾燥の過程で、反応溶媒や洗浄溶媒等のゲスト分子を十分除去することができる。乾燥は、室温又は加熱条件下で、減圧乾燥することが好ましい。加熱条件化で乾燥させる場合、予め熱分析等の手法によってゲスト分子が除去し易い温度や配位高分子の熱安定性を求め、加熱温度を決定しておくことが好ましい。
【0030】
<炭化水素ガス吸着剤及び炭化水素ガス吸着装置>
前記のようにして得られた配位高分子、特に前記ピラードレイヤー型配位構造を形成している配位高分子は本発明の炭化水素ガス吸着剤として有用である。なお、該炭化水素ガス吸着剤には、上述の配位高分子を複数種含んでいてもよく、後述する配位高分子の成型に好適な成型剤等の添加剤を加えることもできる。
本発明の炭化水素ガス吸着剤は、炭素数2〜4の炭化水素ガスを効率よく吸着するという特性を有し、これら炭化水素ガスの貯蔵に好ましく使用することができる。該炭化水素ガスとしては、エタン、エチレン、アセチレン、プロパン、プロピレン、メチルアセチレン、プロパジエン、ブタン、イソブタン、1−ブテン、2−ブテン、イソブテン及びブタジエンが挙げられる。これらの中でも、本発明の炭化水素ガス吸着剤は炭素数3の炭化水素ガス、すなわち、プロパン、プロピレン、メチルアセチレン及びプロパジエンからなる群より選ばれる少なくとも1種の炭化水素ガスの貯蔵において、特に有用である。また、本発明の炭化水素ガス吸着剤は、メチルアセチレンやプロパジエンといった不飽和炭化水素ガスの貯蔵において特にその効果を享受することができる。かかる効果の発現は、不飽和炭化水素ガスの貯蔵には不適であった従来のゼオライト等と比較して、驚異的なものである。かかる不飽和炭化水素ガスの貯蔵において、本発明の炭化水素ガス吸着剤が優れた効果を発現できる原因は必ずしも定かではなく、本発明者等の独自の知見に基づく。
【0031】
本発明の炭化水素ガス吸着剤を用いた炭化水素ガスの貯蔵方法において、その具体的実施態様を説明する。まず、本発明の炭化水素ガス吸着剤を所定の容器内に収容する。かかる容器には、容器内に炭化水素ガスを導入するためにガス注入口を供えている。当該ガス注入口に配管を接続し、該配管及び該ガス注入口を通じて、炭化水素ガスを容器内に供給することにより、本発明の炭化水素ガス吸着剤と炭化水素ガスとを接触させ、炭化水素ガス吸着剤に炭化水素ガスを吸着させる。本発明の炭化水素ガス吸着剤は炭化水素ガスを低圧条件下で吸着することができるので、該容器として特に高圧容器を必要とすることはなく、高圧条件下で炭化水素ガスを容器内に供給するための大掛かりな装置を必要としないという利点がある。また、このように低圧条件下でも炭化水素ガスを吸着できるという特性を活かし、該炭化水素ガス吸着剤を収容した容器に、ガス注入口とともに、ガス出口を備える形式の容器を用い、ガス注入口−ガス出口を通じて、容器内に炭化水素ガスを流通させることにより、炭化水素ガス吸着剤と炭化水素ガスとを接触させ、炭化水素ガス吸着剤に炭化水素ガスを吸着させることもできる。もちろん、該容器には、高圧容器を用いても差し支えなく、この場合は高圧条件で炭化水素ガスを供給することもできる。かくして炭化水素ガスを吸着させた炭化水素ガス吸着剤を収容した容器は、ガス供給口、あるいはガス供給口とガス出口をコック等により閉鎖することにより、炭化水素ガスを保管したり、この容器ごと炭化水素ガスを運搬したり、することが可能であり、かかる本発明の気体吸着剤を収容した容器は、炭化水素ガスの貯蔵装置(炭化水素ガス貯蔵装置)として機能するものとなる。
【0032】
好ましい吸着条件は、用いる本発明の炭化水素ガス吸着剤の種類や、吸着させる炭化水素ガスの種類との組合せに依存するため画一的に定めることはできないが、分解危険性を示すガスを吸着させる場合、その圧力は吸着過程の温度における分解爆発の下限圧力よりも低いことが好ましい。気体貯蔵装置に温調設備が設けられている場合、炭化水素ガス吸着剤を適当な温度に冷却することにより、吸着を促進させることができる。
【0033】
前記容器を用い炭化水素ガスを貯蔵する場合、冷却条件下で容器を保管するときには、該容器に、適切な冷却装置を更に備えることができる。本発明の炭化水素ガス吸着剤において、適切な配位高分子を選べば、炭化水素ガスの吸着及び脱着は一定温度で行うことができるが、冷却条件下で該気体吸着剤に炭化水素ガスを吸着させれば、加熱により炭化水素ガス脱着を促進することができる。そのため、該気体吸着剤及び該炭化水素ガスの組合せ次第では、炭化水素ガス貯蔵装置には温調装置を設けることが好ましいこともある。装置の故障等による急激な温度上昇で装置の内圧が上昇し容器が破損するのを防ぐためには、安全弁を設けることが好ましい。また、装置内部の状況を把握するためには圧力計や温度計を設けることが好ましい。
【0034】
本発明の炭化水素ガス吸着剤には、前記配位高分子をそのまま、あるいは適当に粉砕することで粉末状にして用いることもできるが、前記容器に収容して、炭化水素ガス貯蔵装置に用いる場合には、適切な成型手段により成型して成型体としてもよい。なお、この成型において成型剤を用いる場合には、成型後に得られる炭化水素ガス吸着剤の炭化水素ガス吸着特性及び吸着後の炭化水素ガス脱着特性が著しく損なわれないようにして、成型剤の種類及びその使用量を定めることが好ましい。この成型手段としてはプレス成型が例示される。炭化水素ガス吸着剤としての成型体の形状は、炭化水素ガス吸着剤に要求される強度を維持できるような形状であることが望ましい。また、炭化水素ガス吸着速度を向上させるためには、成型体の表面積が大きいことが好ましい。
【0035】
かくして前記炭化水素ガス貯蔵装置内にある炭化水素ガスを吸着させた炭化水素ガス吸着剤は前記ガス供給口をガス出口として用いるか、ガス出口が設けられている場合には、当該ガス出口を用いるか、ガス出口側の圧力を炭化水素ガス貯蔵装置内部の圧力に対し相対的に低圧にすることによって、炭化水素ガス吸着剤から炭化水素ガスを脱着させることができる。炭化水素ガスを連続的に脱着するためは、ポンプや冷却装置を使用したり、脱着した炭化水素ガスを何らかの吸着剤に再吸収させたりすることによって、ガス出口側を低圧にする手法、適切な温調手段により、炭化水素ガス気体貯蔵装置を加熱する方法等により行われる。炭化水素ガス吸着剤に吸着した炭化水素ガスを脱着する方法及びその条件の詳細は、気体吸着剤及び炭化水素ガスの種類の組み合わせに応じて安全性及び経済性に基づいて設定される。
【0036】
本発明の炭化水素ガス吸着剤において、配位高分子の含量が90質量%以上である場合、たとえば炭化水素ガスとしてメチルアセチレン又はプロパジエンを吸着させたときには、該炭化水素ガス吸着剤単位質量あたり、10質量%以上の炭化水素ガスを吸着させることができる。このような吸着量の炭化水素ガス吸着剤においては、容器内の(炭化水素ガス貯蔵装置内部の)気相中の、メチルアセチレン又はプロパジエンの分圧を絶対圧10kPaまで減ずることにより炭化水素ガス吸着剤質量に対して5質量%以上のメチルアセチレン又はプロパジエンを回収できることができる。絶対圧1kPaまで減圧すれば、炭化水素ガス吸着剤に吸着せしめたメチルアセチレン又はプロパジエンを実質的に全量脱着することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。
【0038】
製造例1(配位高分子の製造)
水100mL及びエタノール100mLの混合溶液に、ピラジン−2,3−ジカルボン酸336mg、水酸化ナトリウム160mg及び1,2−ビピリジルエタン369mgを加えて溶解させた。次いで、水100mL及びエタノール100mLの混合溶液に硝酸銅・三水和物483mgを溶かした溶液を滴下した。生じた沈澱物を濾過で捕集し、エタノールで洗浄した。捕集した沈殿物を120℃保温下、真空乾燥して、625mgの配位高分子(以下、配位高分子Aという。)を得た。
【0039】
粉末X線回折装置(リガク社製、商品名:RINT−2500V)を用いて、室温下で配位高分子Aの粉末X線回折測定を実施し、図2に示す回折パターンを得た。配位高分子Aの構造を解析した結果、銅イオン(Cu2+)及びピラジン−2,3−ジカルボン酸イオン(以下、場合によりpzdcという。)から構成されるレイヤー部が、前記(1−1)の配位子(以下、場合によりL1という。)によって架橋された、ピラードレイヤー型配位構造が形成されていることが判明した。
【0040】
さらに、配位高分子Aの熱重量分析を行った。図3は、その結果を示すグラフである。細孔中に取込まれた水分子の脱離に伴う、なだらかな質量減少(減少率:7.8質量%)が室温から75℃の間に確認された。さらに、180℃〜300℃の温度領域で配位高分子Aの分解を示す質量減少が観測された。
【0041】
配位高分子Aの元素分析の結果(C:41.30%、H:3.24%、N:12.00%)は、この化学組成が{[Cu(pzdc)(L1)]・3(HO)}で表されることが判明した。
【0042】
実施例1(配位高分子Aによるメチルアセチレンの吸着脱着試験)
配位高分子Aを120℃で15時間、加熱しながら真空乾燥した。その後、自動気体吸着測定装置(Quantachrome社製、商品名:AUTOSORB−1)を用い、下記条件でメチルアセチレン吸着測定を実施した。
メチルアセチレン吸着測定の条件
使用ガス:メチルアセチレン(Aldrich、製品番号:295493)
測定温度:−5℃
平衡条件のパラメータ:Tolerance=2
Equibration Time=3分
【0043】
図4は、配位高分子Aのメチルアセチレン吸着測定における、メチルアセチレンの圧力と吸着量との関係を示すグラフである。圧力を徐々に増加させる吸着過程と、圧力を徐々に減少させる脱着過程において、図中の矢印の順でメチルアセチレンの吸着量が変化した。以下、メチルアセチレンの吸着量及び脱着量を示す単位として「mL(STP)/g」を用いる。この単位は、各圧力における、気体吸着剤1gあたり吸着しているメチルアセチレンの量を、0℃、1気圧におけるメチルアセチレンの体積に換算して表現していることを意味する。吸着過程において、配位高分子Aのメチルアセチレン吸着量は、絶対圧80kPaのとき102mL(STP)/gであった。その後の脱着過程において、メチルアセチレンの吸着量は、絶対圧10.0kPaのとき18mL(STP)/gまで、絶対圧0.95kPaのとき2mL(STP)/gまで減少した。つまり、絶対圧80kPaから絶対圧10.0kPaまで減圧することで84mL(STP)/g(15質量%)、絶対圧80kPaから絶対圧0.95kPaまで減圧することで100mL(STP)/g(18質量%)のメチルアセチレンが配位高分子Aから脱着した。
【0044】
比較例1(ゼオライトのメチルアセチレンの吸着脱着試験)
和光純薬工業株式会社から購入したゼオライト4A(製品コード番号:267−00595)を用いた。このゼオライト4Aを350℃で15時間、加熱しながら真空乾燥した。その後、自動気体吸着測定装置(Quantachrome社製、商品名:AUTOSORB−1)を用いて、メチルアセチレン吸着測定を実施した。
メチルアセチレン吸着測定の条件
使用ガス:メチルアセチレン(Aldrich、製品番号:295493)
測定温度:25℃
平衡条件のパラメータ:Tolerance=0
Equibration Time=3分
【0045】
図5の51は、ゼオライト4Aのメチルアセチレン吸着測定における、メチルアセチレンの圧力と吸着量との関係を示すグラフである。圧力を徐々に増加させる吸着過程と、圧力を徐々に減少させる脱着過程において、図中の矢印の順でメチルアセチレンの吸着量が変化した。吸着過程において、ゼオライト4Aのメチルアセチレン吸着量は、絶対圧80kPaのとき77mL(STP)/gであった。その後絶対圧0.56kPaまで減圧したが、メチルアセチレン吸着量が著しく減少することは無かった。この結果は、ゼオライト4Aはメチルアセチレンを吸着するものの、脱着し難いことを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の炭化水素ガス吸着剤は、特にメチルアセチレンやプロパジエンといった不飽和炭化水素ガスの貯蔵に利用することができる。
【符号の説明】
【0047】
11:レイヤー部、12:レイヤー部1同士を架橋する配位子、13:ピラードレイヤー構造、41:配位高分子Aのメチルアセチレン吸着測定におけるメチルアセチレンの圧力と吸着量との関係を示すグラフ、51:ゼオライト4Aのメチルアセチレン吸着測定におけるメチルアセチレンの圧力と吸着量との関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される配位子を有する配位高分子を有効成分として含む炭化水素ガス吸着剤。


[式中、X、X、X、X、X、X、X及びXはそれぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子又は炭素数1〜4のアルキル基を示す。]
【請求項2】
前記式(1)のX、X、X、X、X、X、X及びXが、いずれも水素原子である請求項1に記載される炭化水素ガス吸着剤。
【請求項3】
前記配位高分子が、Mg2+、Ti2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+及びZn2+からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属イオンを有する請求項1又は2に記載される炭化水素ガス吸着剤。
【請求項4】
前記配位高分子が、Cu2+及び/又はZn2+を有する請求項1又は2に記載される炭化水素ガス吸着剤。
【請求項5】
前記配位高分子が、配位子として、前記式(1)で示される配位子以外の第2の配位子を有し、[金属イオン]:[式(1)で示される配位子(1)]:[第2の配位子]で表されるモル比が、2±1:1:2±1である、請求項1〜4のいずれか一項に記載される炭化水素ガス吸着剤
【請求項6】
前記第2の配位子が、以下の式(2)で示される配位子を含む請求項5に記載される炭化水素ガス吸着剤。

【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載される炭化水素ガス吸着剤の製造方法であって、
金属塩と、以下の式(10)で示される化合物と、を溶媒中で混合して配位高分子を製造する第1工程と、
前記配位高分子から炭化水素ガス吸着剤を調製する第2工程と、
を含む製造方法。

(式中、X、X、X、X、X、X、X及びXは、前記式(1)と同義である。)
【請求項8】
前記第2工程が、プレス成型により前記配位高分子を成型する工程を含む請求項7に記載される製造方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか一項に記載される炭化水素ガス吸着剤と、
炭化水素ガスと、
を接触させることにより、前記炭化水素ガスを前記炭化水素ガス吸着剤に吸着させる工程を含む炭化水素ガスの貯蔵方法。
【請求項10】
所定の容器内に請求項1〜6のいずれか一項に記載される炭化水素ガス吸着剤を収容する工程と、
前記容器内に収容された炭化水素ガス吸着剤に、炭化水素ガスを吸着させる工程と、
前記容器内の気相中に存在する炭化水素ガスの分圧を減ずることにより、炭化水素ガスが吸着された炭化水素ガス吸着剤から炭化水素ガスを脱着させる工程と、
を含む炭化水素ガスの貯蔵方法。
【請求項11】
前記炭化水素ガスが、炭素数3の炭化水素ガスである請求項9又は10に記載される貯蔵方法。
【請求項12】
前記炭化水素ガスが、不飽和炭化水素ガスである請求項9〜11のいずれか一項に記載される貯蔵方法。
【請求項13】
前記炭化水素ガスが、メチルアセチレン、プロパジエン又はこれらの混合ガスである請求項9又は10に記載される貯蔵方法。
【請求項14】
所定の容器内に請求項1〜6のいずれか一項に記載される炭化水素ガス吸着剤を収容してなる炭化水素ガス貯蔵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−67783(P2011−67783A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−222136(P2009−222136)
【出願日】平成21年9月28日(2009.9.28)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】