説明

配管溶接施工方法

【課題】
オーステナイト系ステンレス鋼配管の、炉水と接する内面側の溶接部の引張方向の残留応力を低減させる、さらには残留応力を圧縮方向に転化させることで、応力腐食割れを抑制する。
【解決手段】
オーステナイト系ステンレス鋼配管の開先を材質の異なる2種類の溶接用ワイヤを用いて積層する配管溶接施工方法において、
前記開先を特定範囲の寸法形状に形成する製作工程と、前記開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接工程又は仮付け溶接工程の少なくともいずれかの工程と、開先裏面から特定の累計積層ビード高さまで、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを積層溶接する第1の積層溶接工程と、ニッケル基合金系ワイヤを前記開先上面部の最終層まで積層溶接する第2の積層溶接工程とからなる配管溶接施工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配管の溶接部の残留応力低減に係り、特に接水するオーステナイト系ステンレス鋼製配管内面部側の溶接部の引張残留応力を低減し、応力腐食割れを抑制するのに好適な溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
沸騰水型原子力プラントの原子炉内構造物や配管,構成部品等の溶接構造物に用いるオーステナイト系ステンレス鋼は、原子炉の高温水と接する場合、その溶接部(溶接金属や隣接する熱影響部)に応力腐食割れが発生することが知られている。応力腐食割れは、材料の鋭敏化,引張残留応力,腐食環境の三因子が重畳した条件下で発生する。材料の鋭敏化は、溶接熱などによって結晶粒界にクロム炭化物が析出する結果、粒界の極近傍にクロム欠乏層が形成されて、この粒界近傍クロム欠乏層が腐食に対し鋭敏になることによって発生する。引張応力は、外力による応力と溶接によって溶融した金属が凝固時に収縮する過程で、溶融した金属と接する領域に発生する引張残留応力とが重畳することによって発生する。腐食環境は、溶存酸素を含む高温水によって生じる。
【0003】
応力腐食割れは、これらの三因子の中から1つの因子を取り除くことにより防止できる。このため、特に、高温水等と接水して腐食環境下にさらされる溶接部の接水表面、及びその近傍に残留する引張応力を大幅に低減させる、さらには圧縮応力に変化させることが強く求められている。
【0004】
従来から溶接材部分の引張残留応力の低減に関する溶接方法や溶接装置が幾つか提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1(特公昭53−38246号公報)に記載の配管系の熱処理方法では、溶接組み立て後の配管の内部に冷却水を存在させ、前記配管の外部を加熱して管内面と管外面との間に温度差を発生させ、管内面を引張降伏させ、管外面を圧縮降伏させることが提案されている。
【0006】
また、特許文献2(特開2001−141629号公報)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶接部位の予防保全方法及び装置では、線状の溶接部位を追従しながら高周波加熱コイルを移動させ、この高周波加熱コイルによって溶接部位を応力降伏点の温度より高い温度まで加熱する手順と、過熱領域に冷却水を噴出して急速冷却する手順が提案されている。
【0007】
一方、特許文献3(特表平9−512485号公報)に記載の金属部品を接合する方法及び装置では、選定速度(毎分127cm以上)で走行する電極先端のチップ近傍に溶接材を連続的に供給する段階と、前記チップからの放電電流によって溶接材料を開先内で連続的に溶融する段階と、溶接ビードを形成する段階とを有し、前記電極はチップに接合及び電気的に接続された非円形断面のブレードを有し、所定数の溶接パス全体で圧縮性のある最終残留応力状態を外部にヒートシンク媒体なしで達成することが提案されている。
【0008】
また、特許文献4(特公昭62−19953号公報)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の狭溶接継手の多層盛溶接方法では、開先最深部に近い側の層をオーステナイト系溶加材を用いて溶着(溶接)し、前記層に隣接する外側の少なくとも1つの層をマルテンサイト系溶加材を用いて溶接することが提案されている。
【0009】
さらに、特許文献5(特開平11−138290号公報)に記載の溶接方法及び溶接材料では、溶接継手の疲労強度を向上させるために、溶接によって生成する溶接金属に溶接後の冷却過程でマルテンサイト変態を生じさせ、前記溶接金属が室温時においてマルテンサイト変態の開始温度(例えば250℃未満170度以下)時より膨張している状態にすることが提案されている。
【0010】
また、特許文献6(特開平9−253860号公報)に記載の高張力鋼のTIG溶接方法及びTIG溶接用ソリッドワイヤでは、全溶着金属のマルテンサイト変態開始温度が
400℃以下であり、ワイヤ全重量に対してNiが7.5〜12%を含有し、Cが0.1%以下、Hは2ppm 以下に規制されたソリッドワイヤを使用し、ワイヤ送り速度を5〜40g/分にして溶接することが提案されている。
【0011】
【特許文献1】特公昭53−38246号公報(特許第957324号)
【特許文献2】特開2001−141629号公報
【特許文献3】特表平9−512485号公報(特許第3215427号)
【特許文献4】特公昭62−19953号公報(特許第1415054号)
【特許文献5】特開平11−138290号公報(特許第3350726号)
【特許文献6】特開平9−253860号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献1は、大型の高周波加熱設備と、溶接完了後に配管の内周部に冷却水を供給しながら外周部を高温加熱する作業及び費用が必要である。
【0013】
上記特許文献2は、移動式の加熱及び水冷設備が必要になる。またこの高温加熱及び急速冷却を実施する作業及び費用が必要になる。
【0014】
上記特許文献3は、熱効率の高い溶接施工及び狭い溶接継手の伝導性自己冷却効果により、引張残留応力及び溶接ひずみを低減する工夫がされているが、この引張残留応力を圧縮残留応力に変化させるまでに至らない可能性が高い。また、安価な円形断面のタングステン電極棒と異なる非円筒形(非円形断面)に成形した薄い電極を使用しているため、この薄い電極は、製作費が高価になり、また、開先内に挿入してアーク溶接する時に生じる電極先端の消耗に伴う電極交換費用もコスト高になる。開先内に供給して溶融させるワイヤ(溶加材)は、溶接対象の溶接継手材と同じ組成のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤが使用され、このワイヤと材質が異なるワイヤは使用されていない。
【0015】
また、上記特許文献4は、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤとマルテンサイト系ワイヤとを使い分けて溶接しているが、まだ引張応力が残留しており、圧縮応力に変化させるまでには至っていない。尚、マルテンサイト系ワイヤは、開先内の中間層の溶接部分のみに使用されており、開先表面の最終層の溶接部分には使用されていない。さらに、溶接継手の角度が広いため、板厚の厚い溶接継手を溶接する場合には、溶接すべき開先断面積及び開先肩幅が増加し、1層1パスずつ積層する溶接が困難であり、1層多パスの多層盛溶接が必要になり、引張残留応力及び収縮変形が増す可能性が高い。溶接方法については、不明であるが、実施例から想定すると、非消耗性のタングステンを電極にするアーク溶接法ではなく、溶接ワイヤ(溶加材)を電極にするアーク溶接法の可能性が高い。
【0016】
また、上記特許文献5は、溶接対象は主に低合金鉄鋼材料(高張力鋼材など)の溶接構造物であり、材質が異なるオーステナイト系ステンレス鋼材の溶接に適用できない。また、溶接で生じる引張残留応力の低減箇所は、すみ肉継手やT継手や十字継手の溶接表面部分、又はX溶接継手の両面溶接の表面部分であり、継手形状及び溶け込み形状が異なる狭溶接継手のような片面溶接で求められている溶接裏面部分が対象ではない。
【0017】
また、上記特許文献6は、高張力鋼の溶接割れの防止に有効であると考えられるが、材質の異なるステンレス鋼材の溶接に適用できない。
【0018】
この他にも、マルテンサイト変態を生じさせる溶接ワイヤを用いて溶接する溶接方法が幾つか提案されているが、主に高張力鋼材の溶接が対象であり、オーステナイト系ステンレス鋼材の溶接ではないようである。また、前記特許文献6と同様に、溶接で生じる引張残留応力の低減箇所は、溶接表面部分であり、継手形状及び溶け込み形状が異なる狭溶接継手のような片面溶接で求められている溶接裏面部分については検討されていない。
【0019】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、沸騰水型原子炉で使用されているオーステナイト系ステンレス鋼配管の、炉水と接する内面側の溶接部の引張方向の残留応力を低減させる、さらには残留応力を圧縮方向に転化させることで、応力腐食割れを抑制する配管溶接施工方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するために、本発明の配管溶接施工方法は、開先を有するオーステナイト系ステンレス鋼配管同士の開先を相互に突き合せ、材質の異なる2種類の溶加材を使い分けて開先底部から開先上面部まで積層する溶接を行って、前記開先底部の裏面側の溶接部分の残留応力を低減する溶接施工方法であって、初層裏波溶接によって前記開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させた後に、前記配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼溶加材を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させ、開先裏面から特定の累計積層ビード高さまで積層溶接した第1の溶接金属と、この第1の溶接金属のビード表面と接する開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、ニッケル基合金系溶加材を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて積層溶接した第2の溶接金属を有することを特徴とする。
【0021】
また、本発明による配管溶接施工方法は、開先を有するオーステナイト系ステンレス鋼配管同士の開先を相互に突き合せ、材質の異なる2種類の溶接用ワイヤを使い分けて開先底部から開先上面部まで積層する非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行って、前記開先底部の裏面側の溶接部分の残留応力を低減する溶接施工方法であって、溶接すべき前記配管の前記開先を特定範囲の寸法形状に形成する製作工程と、溶接準備の完了後に、前記開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させる初層裏波溶接、又は仮付け溶接及び前記初層裏波溶接を含み、開先裏面から特定の累計積層ビード高さまで、前記配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて積層溶接する第1の積層溶接工程と、この第1の積層溶接工程後に、前記オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤと異なるニッケル基合金系ワイヤをアーク溶接部分に送給して溶融させ、開先内の残りの溶接部分から前記開先上面部の最終層まで積層溶接する第2の積層溶接工程とからなることを特徴とする。
【0022】
また、本発明による配管溶接施工方法は、前記第1の溶接金属が有する線膨張係数に比べ、前記第2の積層溶接工程によって積層溶接されたニッケル基合金系の第2の溶接金属が有する線膨張係数が、小さい値であることを特徴とする。
【0023】
配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤの溶融積層により形成された第1の溶接金属に比べて、配管の外表面方向に形成される第2の溶接金属は線膨張係数の小さいニッケル基合金系ワイヤの溶融積層により形成されるため、それぞれの溶接金属が溶融状態から凝固する過程の収縮量は第2の溶接金属の方が少ない。
【0024】
オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤが積層溶接によって第1の溶接金属が形成される段階では、第1の溶接金属が溶融状態から凝固収縮するのに伴い、この周囲の配管も影響を受けて溶接変形、特に配管の円周方向に収縮する現象(タワラ締め収縮)が発生する。このまま配管の開先上面部の最終層までオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤで積層溶接する、すなわち、開先内の全ての溶接部分を第1の溶接金属とすれば、配管の円周方向収縮量はますます増加し、配管の内面側の溶接部に引張方向の大きな曲げ変形が生じ、引張方向の応力が残留することになる。
【0025】
これに対して、第1の溶接金属を形成させた後に、開先内の残りの溶接部分から開先上面部の最終層まで、ニッケル基合金系ワイヤを積層溶接させて第2の溶接金属を形成させることで、第1の溶接金属の材質であるオーステナイト系ステンレス鋼よりも線膨張係数が小さいことに起因し、配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)は抑制され、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を低減できる、あるいは圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を従来より大幅に低減できる。
【0026】
ニッケル基合金系の第2の溶接金属を形成するために使用する溶接用ワイヤは、JISZ3334で規定されるYNiCr−3相当品、あるいは、YNiCrMo−3相当品が好適である。特に、YNiCr−3相当品については、沸騰水型原子炉内の構造物であるオーステナイト系ステンレス鋼製のシュラウドと、ニッケル基合金製のシュラウドサポートとを溶接する際に溶接用ワイヤとして使用されており、オーステナイト系ステンレス鋼に対する溶接の溶接用ワイヤとして、沸騰水型原子力発電プラントにて使用実績があるため、好適である。
【0027】
また、本発明による配管溶接施工方法は、前記第1の積層溶接工程を1層1パスずつ積層溶接し、前記第2の積層溶接工程を1層1パスずつ積層溶接するか、あるいは1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか、あるいは最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接されたニッケル基合金系の第2の溶接金属とを有することを特徴とする。
【0028】
また、本発明による配管溶接施工方法は、前記配管の前記開先の形状が、前記開先底部の開先幅、又は前記開先底部中央に挿入するインサート材の幅を含む開先幅を最小で4mm以上、最大で8mm以下、前記開先上面部までの片側開先壁角度を10°以下の特定範囲に規定することを特徴とする。
【0029】
すなわち、開先形状を狭い形状として溶接すべき開先断面積を小さくし、溶接用ワイヤの使用量を削減した結果として凝固収縮する溶接金属の量を削減することにより、溶接金属の凝固収縮に起因する溶接変形を少なくできる。
【0030】
また、狭い開先により、1層1パスの積層溶接が可能となり、溶接パス毎の入熱量を低減できるため、溶接熱による収縮変形を抑制できる。さらには、溶接の工程数を低減できる。
【0031】
1パスでは開先や溶接用ワイヤが溶融しにくい開先であっても、入熱量が同一条件のまま、あるいは少し低く設定した条件でも、1層2パス溶接にすることによって、この開先幅の両壁面を溶融することができ、開先上面部の最終層まで良好な溶接結果を得られる。さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増すことにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができる。
【0032】
また、本発明による配管溶接施工方法は、前記累計積層ビード高さが、前記配管の板厚の1/5以上から4/5以下の範囲に特定し、この特定した累計積層ビード高さに到達するまで、前記配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させながら積層溶接を行うことを特徴とする。
【0033】
すなわち、目標にしている特定の裏ビード幅(例えば、裏ビード幅の適正範囲を4〜7mm、好ましくは4〜6mmに特定)を形成でき、高温水等と接水して腐食環境下にさらされる内面側、あるいは底面側の溶接裏面部、及びこの溶接裏面部から特定の高さ位置まで、配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤによる溶接金属で、開先内を充填できる。
【0034】
また、炉心スプレイノズル,給水ノズル,セーフエンド,再循環系配管の構成部品を有し、該構成部品がオーステナイト系ステンレス鋼からなる沸騰水型原子炉の一次冷却水配管であって、前記一次系冷却水配管の溶接部は、突合わされた開先に対して材質の異なる2種類の溶接用ワイヤを使い分けて開先底部から開先上面部まで積層する非消耗電極方式のパルスアーク溶接によって製作されており、初層裏波溶接によって前記開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を形成させた後に、開先裏面から特定の累計積層ビード高さまで、前記一次系冷却水配管の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを前記開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて積層溶接した第1の溶接金属と、前記第1の溶接金属のビード表面と接する前記開先内の残りの溶接部分から前記開先上面部の最終層まで、ニッケル基合金系ワイヤを前記開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて積層溶接した第2の溶接金属を有することを特徴とする。
【0035】
また、このような一次系冷却水配管の、水と接する内面側の溶接部近傍の残留応力が引張方向100MPa以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0036】
本発明の配管溶接施工方法によれば、炉水と接する配管の内面側の溶接部の引張方向の残留応力を改善できる。その結果、溶接施工完了後に残留応力を除去するための高価な加熱処理装置を設けたり、加熱処理を行う必要がなく、コスト低減を図ることができる。また、原子力発電プラントの構成部品等の応力腐食割れ防止・長寿命化に寄与できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、本発明の内容について、図1〜図6の実施例に用いて具体的に説明する。
【0038】
(実施例1)
図1は、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼配管の配管溶接施工方法の概要を示す実施例1である。(1)は溶接前の配管の開先継手部材の断面、(2)は溶接装置の構成概要と溶接中の溶接断面、(3)はオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを開先内で溶融させて、開先底部から板厚Tの3/5程度の高さHbまで積層溶接し、その後にニッケル基合金系ワイヤに交換して残りの溶接部分26から開先上面部の最終層まで積層溶接した時の溶接断面、(4)は(3)と同様に、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを開先内で溶融させて、板厚Tの1/4程度の浅い高さHbまで積層溶接し、その後にニッケル基合金系ワイヤに交換して残りの深い部分から開先上面部まで積層溶接した時の溶接断面である。
【0039】
開先裏面から積層すべき累計積層ビード高さHbは、溶接継手の板厚Tの1/5以上から4/5以下の範囲に特定し、開先表面から残存すべき残存開先深さHを板厚Tの4/5以下,1/5以上の範囲(H=T−Hbに該当)に特定するとよい。
【0040】
Hbが板厚Tの1/5より小さ過ぎると、腐食環境下にさらされる溶接裏面部分の耐食性保持,腐食進行の防止を損なうおそれがあって好ましくない。前記積層ビード高さHbの最小値は、板厚の大小によって変化するが、少なくとも2層目の溶接ビード高さまではオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を用いて溶接施工することが好ましい。
【0041】
一方、Hbが板厚Tの4/5より大き過ぎると、その後に、ニッケル基合金系ワイヤ
57に交換して最終層まで積層溶接すべき部分が少な過ぎるため、線膨張係数の大小を利用して溶接裏面部、及びその近傍に残留する引張応力を低減する効果が薄れて好ましくない。
【0042】
図1(1)に示す溶接継手部材1,2は、開先裏面1b,2b側に裏ビード15を形成させると共に、開先表面1a,2a側の開先上面部まで積層する多層盛溶接が必要な配管を突き合せた狭い溶接継手の一部である。特に、沸騰水型原子力発電プラントで使用されるオーステナイト系ステンレス鋼配管からなる狭溶接継手であって、多層盛溶接の施工によって裏面側の溶接部分(裏ビード15及びその近傍)に残留する引張応力を低減させる、さらには圧縮応力に変化させることが重要である。
【0043】
また、図1(2)に示すように、アーク溶接は、溶接トーチ7(TIGトーチ)に装備した非消耗性の電極6先端と溶接継手部材1,2との間にTIG溶接電源8より給電して開先内でアーク10を発生させ、ワイヤ5を開先内のアーク溶接部分に送給及び溶融させて1層1パスずつ積層溶接するようにしている。
【0044】
TIG溶接電源8は、パルスアーク溶接が可能な溶接電源である。パルスアーク溶接の給電に必要なピーク電流とベース電流、アーク電圧などの各条件値を任意に出力でき、また、パルス周波数の任意変更(例えば1Hz〜最大500Hz)も設定できるようになっている。また、溶接制御装置9aは、溶接トーチ7及びワイヤ5を搭載した溶接台車4
(図示せず)の走行を指令制御し、TIG溶接電源8の出力を指令制御し、溶接トーチ7(電極6)の左右位置,上下位置を必要に応じて指令制御し、アーク10溶接部分へのワイヤ5の供給、このワイヤ5の左右位置及び上下位置を必要に応じて調整するものである。
【0045】
なお、ワイヤ5については、溶接継手部材1,2の材質 (例えば、SUS304系,
SUS316系) と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ(例えば、外径が0.8〜1.2mm で、SUS304系かSUS308系,SUS316系の市販ワイヤ) を用いる。
【0046】
また、開先内3のアーク10溶接部分に流すシールドガス33は、不活性の純アルゴンガス、あるいはアルゴンに数パーセント水素を混合させたガス、あるいは、アルゴンと数十パーセントのヘリウム入りの混合ガスを使用できる。これらの混合ガスを使用すると、純アルゴンガスと比べてエネルギー密度やアークの集中性が高まり、溶融状態及び溶け込みを良くでき、溶接速度を上げることができる。
【0047】
また、非消耗性の電極6は、高融点材の酸化ランタン(La23)入りタングステン,酸化イットリウム(Y23)入りタングステン,酸化トリウム(ThO2 )入りタングステンの丸棒であり、開先内に挿入可能な直径の丸電極を使用できる。例えば、直径1.6
mm、又は直径2.4mm の細径の電極を使用(電極先端のみを円錐形状に加工して使用)することにより、シールドガス流入の雰囲気内で、この細径の電極先端と開先底部との間に発生させるアーク10が開先内3の壁面側方向に乱れることなく、溶融すべき開先底部の部分にアーク10を安定に保持できる。さらに、電極6は、安価に入手できると共に、丸棒の先端のみを簡便な電極研磨器で円錐加工することができ、電極消耗時の再加工,溶接トーチへの取付け取り外し作業が容易で使い勝手がよい。また、この細径の電極6の代わりに、太径の電極下部の横幅を開先幅wより狭い偏平形状にした非消耗性の偏平電極を使用可能である。この偏平形状の電極は、太径の丸電極下部の横幅を偏平形状に加工するための製作費用を要するが、上述した細径の電極6とほぼ同様に、電極先端のみを簡便な電極研磨器によって簡単に円錐加工でき、溶接トーチへの取付け取り外し作業が容易である。
【0048】
本実施例は前記片側開先壁角度θを10°以下とした。開先底部のルートフェイスfは、約1〜2.5mmの範囲に形成すること、好ましくは約1.5mm前後に形成することにより、裏面側まで容易に溶融させることができる。また、図示していないインサート材19を開先底部中央に挿入することにより、開先底部の突合せ部に生じ易い段違いやギャップの影響を緩和することができ、特に、初層裏波溶接時に、凹みのない凸形状で、ほぼ均一な裏ビード幅Bを得られる。
【0049】
図1(1)では、開先底部の開先幅w最小で4mm以上、最大で8mm以下の寸法、開先上面部までの片側開先壁角度θを10°以下の狭い開先形状に仕上げることにより、溶接すべき開先断面積を小さくでき、ワイヤの使用量を削減,溶接工数を低減できる。この片側開先壁角度θを広くした溶接継手を多層盛溶接することは可能であるが、溶接すべき開先断面積Aが増大するため、溶接パス数の増加や溶接作業時間の増加,累計入熱量及び収縮変形も増加する。開先底部の開先幅wが4mm未満になると狭すぎる。その開先内に挿入する電極6の外面と開先内3の壁面との隙間が狭く、さらに初層溶接及びその後の溶接による熱収縮によって開先幅全体が収縮するため、開先壁面への電極6の接触やアークの乱れが起こり易く、開先上部までの積層溶接が困難となるからである。一方、開先底部の開先幅wが8mmを超えると広すぎる。開先断面積の増加によって溶接パス数及びワイヤ使用量が増加し、溶接工数も増す結果となるからである。
【0050】
尚、前記開先底部中央にインサート材19を挿入してもよい。その場合の開先幅の好ましい範囲も上記の場合と同様である。
【0051】
(実施例2)
図2は、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼配管の配管溶接施工方法を示す他の一実施例であり、溶接パス数を増やして積層溶接した時の溶接断面である。
【0052】
1層2パス溶接によって、1層1パスでは溶接しがたい開先幅の壁面であっても、また入熱アークが同一条件・又は少し低く抑制した条件でも、この開先幅の両壁面を溶融することができ、開先上面部の最終層まで良好な溶接結果を得られる。
【0053】
さらに、最終層の溶接パスを3パス以上に増すことにより、最終層の累計ビード幅をより広くすることができる。
【0054】
第1の溶接金属411に比べ第2の溶接金属422の線膨張係数は小さく、溶融状態から凝固する過程の収縮量が少ないため、開先内3の全ての溶接部分を第1の溶接金属411とする場合より配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)は抑制される。その結果、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を低減し、さらに圧縮応力を与えることが可能である。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を大幅に低減できる。
【0055】
(実施例3)
図3は、オーステナイト系ステンレス鋼配管の配管溶接施工方法の溶接手順の一実施例を示す説明図である。
【0056】
溶接前に行う最初の開先形状の製作工程51では、溶接対象の継手部材を所定寸法に機械加工したり、溶接場所に搬送したり、加工後の継手部材や部品を組立したりする。例えば、この製作工程51で、開先幅・開先壁角度等を調整する。
【0057】
次の溶接準備工程52では、溶接台車4,溶接トーチ7,ワイヤ5などの取付け,TIG溶接電源8や溶接制御装置9aの立上げ,溶接動作の準備,溶接条件の設定を行う。ワイヤ5は、溶接継手材の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を送給できるように準備するとよい。
【0058】
また、次の第1の積層溶接工程41では、開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅Bを形成させる初層裏波溶接、あるいは、仮付け溶接、及び、前記初層裏波溶接を含み、開先裏面1b,2bから特定の累計積層ビード高さHbまで、溶接継手部材1,2の材質と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて積層溶接する溶接動作を行う。この第1の積層溶接工程41により、高温水等と接水して食環境下にさらされる配管の内面側、又は底面側の溶接裏面部及びこの溶接裏面部から特定の高さ位置まで、溶接継手部材1,2と同質系のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接金属で充填でき、第1の溶接金属411を確実に得られる。
【0059】
尚、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて1層1パスずつ積層溶接することにより、その後に溶接すべき残存開先深さHや溶接パス数及び層数を予測できる。
【0060】
最初の初層裏波溶接では、形成すべき裏ビード幅Bの適正範囲を4〜7mm、好ましくは4〜6mmに特定し、開先裏面1b,2bまで溶融可能な入熱アークの初層条件を出力させ、裏ビード幅Bが特定範囲に形成するように施工する。例えば、パルスアーク溶接のピーク電流,ベース電流,ピーク電圧又は平均アーク電圧又はアーク長,ワイヤ送り速度のいずれか1つ以上の条件因子を調整又は制御し、裏面側の溶融プール幅又はこの溶融プール近傍の裏ビード幅Bが前記特定の適正範囲に形成させることにより、溶接装置を操作する溶接士が代わっても個人差の影響がなくなり、目標にしている裏ビード幅Bを特定値の適正範囲(例えば4〜6mmの範囲)に形成でき、凹みのない凸形状でほぼ均一な裏ビード幅Bを得られる。
【0061】
この初層裏波溶接は、開先底部を浅く溶かすワイヤなしの仮付け溶接した後に行ってもよい。また、初層裏波溶接の終了後に行う2層目の溶接では、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を使用すると共に、少なくとも初層溶接時に形成した裏ビード15を再溶融させない入熱条件に抑制した溶接条件(例えば、初層溶接条件の1/2〜2/3の入熱条件)に変更して、非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行うようにしている。このように2層目溶接の入熱を抑制して溶接することにより、裏ビード15の再溶融が防止できると共に、表面側に積層するビード高さを増すことができる。
【0062】
また、第1の積層溶接工程では、少なくとも初層の溶接条件,2層目の溶接条件と異なる積層条件であって、溶接パスに該当する複数の適正な溶接条件(例えば、4〜12kJ/cmの低い入熱条件、又は平均溶接電流が約120〜220Aのアーク条件)に変更して1層1パスずつ積層溶接41するように、非消耗電極方式のパルスアーク溶接又は直流アーク溶接を行うようにしている。あるいはほぼ一定の適正な溶接条件(例えば、約4kJ/cmか約6kJ/cmか約8kJ/cmか約10kJ/cmか約12kJ/cmに特定した低い入熱条件)に設定して積層溶接41するように、非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行うとよい。
【0063】
ワイヤ5の送給量については、溶接入熱条件に適した溶融可能なワイヤ量であり、例えば、形成すべきビード高さが0.5〜2.0mmの範囲内になるように送給するとよい。
【0064】
また、溶接中は、図8で後述する第1の映像モニタ装置37に画面表示する表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、電極6の位置、あるいは、電極6の位置、ならびに、ワイヤ5の位置を調整又は制御するとよい。
【0065】
次の第2の積層溶接工程42では、ニッケル基合金系ワイヤ57を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させて、開先内の残りの溶接部分26から開先上面部の最終層まで1層1パスずつ積層溶接するか、または図2(1),(2)のように1層1パスずつ積層する途中で必要に応じて開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接、あるいは、最終層の溶接パスを3パス以上に増して積層溶接することにより、上述したように、開先内の残りの溶接部分26から開先上面部の最終層溶接までニッケル基合金系ワイヤ57の溶接金属を充填できる。
【0066】
特に、前記第1の積層溶接工程、及び第2の積層溶接工程で溶接パス毎、又は溶接層毎に出力すべき高いピーク電流と低いベース電流とを交互に繰り返すパルス周波数を最小で1Hz以上、最大で500Hz以下、好ましくは150Hz以下の範囲で使用する1つ以上の特定値を定めるとよい。または初層裏波溶接、又は仮付け溶接の少なくともいずれかと、この初層裏波溶接を除いた第1の積層溶接工程と、前記第2の積層溶接工程とで使用するそれぞれ異なる複数の特定値を定めるとよい。そして、この定めた特定値のパルス周波数のパルスアークを溶接パス毎又は溶接層毎に出力させて積層溶接することにより、アーク力及び指向力を強くでき、開先内の両壁面部及び開先底面部の溶融,溶け込み深さを促進できる。また、開先底部から開先上面部まで良好な多層盛溶接結果を得られる。
【0067】
なお、パルスアーク溶接時のパルス周波数が最も低い約1Hz(パルス周期時間:1s)の場合は、例えば、溶接速度が90mm/min 以上の速度領域で溶接ビードのリップル形状(貝殻模様のような波目)が約1.5mm以上に荒くなり易い。一方、パルス周波数が高い約300Hz,約500Hzの場合には、パルス周期時間が極端に短くなるため、給電ケーブルの延長(例えば10倍の100mm以上に延長)が必要な時に、このケーブル延長に伴うリアクタの増加によって、矩形状のピーク電流波形が台形状や三角形状に変化するので、事前にピーク電流値を少し高めに補正することが望ましい。このパルス周波数を約
150Hz以下に下げた場合には、例えば、給電ケーブルを100mまで長く延長しても、ほぼ矩形状のピーク電流波形を出力することが可能である。また、耳ざわりな高音のアーク音を激減できる。
【0068】
(実施例4)
図4は、図1,図2、及び図3に示したオーステナイト系ステンレス鋼の配管溶接施工方法に使用するオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤのSUS316Lワイヤ(又はこのワイヤと同質係の溶接継手材)と、ニッケル基合金系ワイヤであるJIS Z3334のYNiCr−3相当品ワイヤの、温度と平均線膨張係数との関係を模式的に示す説明図である。
【0069】
図4に示すように、点線で示すオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ(又はオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手材)の場合に比べ、実線で示すニッケル基合金系ワイヤは1000℃までの温度範囲で全て線膨張係数が小さい値を示している。すなわち、積層溶接して溶融状態から凝固する際、ニッケル基合金系ワイヤの方が収縮量が少ない。
【0070】
よって、第2の溶接金属422を形成するために使用する溶接用ニッケル基合金系ワイヤは、JIS Z3334で規定されるYNiCr−3相当品,YNiCrMo−3相当品が好適である。特に、YNiCr−3相当品は沸騰水型原子炉内の構造物であるオーステナイト系ステンレス鋼製のシュラウドと、ニッケル基合金製のシュラウドサポートとを溶接する際に溶接用ワイヤとして使用されており、オーステナイト系ステンレス鋼に対する溶接の溶接用ワイヤとして、沸騰水型原子力発電プラントにて使用実績があるため好適である。
【0071】
(実施例5)
図5の(1)は、開先内の全ての溶接部分を、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤで積層溶接した場合に、配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)の量が増加し、配管の内面側の溶接部に引張方向の大きな曲げ変形が生じ、引張方向の応力が残留することを模式的に示す説明図である。
【0072】
図5の(2)は、開先裏面から特定の累計積層ビード高さまでオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤで積層溶接した第1の溶接金属と、開先内の残りの溶接部分26から開先上面部の最終層まで、ニッケル基合金系ワイヤを積層溶接した第2の溶接金属とを形成した場合に、配管の材質、ならびに、第1の溶接金属の材質であるオーステナイト系ステンレス鋼よりも線膨張係数が小さいことに起因し、第2の溶接金属の凝固収縮量は、第1の溶接金属の凝固収縮量よりも少ないため、配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)は抑制され、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を低減でき、さらに圧縮応力を与えることを模式的に示す説明図である。
【0073】
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼の配管溶接施工方法では、図4に示した温度変化に対する収縮曲線が異なる2種類のワイヤを使い分けて積層溶接を施工している。すなわち、図5に示すように、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤを用いて開先底部側を積層溶接41し、その後に、線膨張係数が小さいニッケル基合金系ワイヤを用いて、開先内の残り部分から開先上面部の最終層まで積層溶接42している。このように2種類のワイヤを使い分けて積層溶接41,42することにより、上述したように、ニッケル基合金系ワイヤは、配管と第1の溶接金属411の材質であるオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤよりも線膨張係数が小さいので、第2の溶接金属422の凝固収縮量は、第1の溶接金属411の凝固収縮量よりも少なく、配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)は抑制され、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を低減でき、さらには圧縮応力を与えることができる。
【0074】
(実施例6)
図6は、本発明の配管溶接施工方法に係わる溶接装置の一実施を示す概略構成図である。溶接対象の継手部材1,2は、厚板のオーステナイト系ステンレス鋼からなる配管であり、開先底部の裏面側に裏ビード15形成(完全溶け込み)を有する初層裏波溶接,開先上部までの多層盛溶接及び溶接裏面部分の残留応力低減が必要な溶接継手である。
【0075】
図6に示す実施例では、レール上を走行する溶接台車4に搭載されている溶接トーチ7(TIGトーチ)に装着した非消耗性の電極6と、ワイヤ5を案内するワイヤホルダ25の両方とを開先内3に挿入し、シールドガス33の流入雰囲気で発生させるアーク10中及び溶融プール中にワイヤ5を送給し、開先底部の裏面側に裏ビード15を形成させる初層裏波溶接を行っている状況を示している。
【0076】
開先内3の溶接部に流入するシールドガス33は、不活性の純Arガス、あるいはAr+3〜7%H2 入りの混合ガス又はAr+50〜80%He入りの混合ガスを使用すればよい。これらの混合ガスを使用すると、純Arガスと比べてエネルギ密度やアークの集中性が高まり、溶融状態及び溶け込みを良くでき、溶接速度も上げることができる。
【0077】
TIG溶接電源8は、前記溶接トーチ7先端の電極6と継手部材1,2との間に接続されている。パルスアーク溶接の給電に必要なピーク電流とベース電流,アーク電圧などの各条件値を任意に出力でき、また、パルス周波数の任意変更(例えば1Hz〜最大500Hz)もできる。
【0078】
溶接制御装置9aは、溶接トーチ7及びワイヤ5を搭載した溶接台車4の走行を指令制御し、TIG溶接電源8の出力を指令制御し、溶接トーチ7(電極6)の左右位置,上下位置を必要に応じて指令制御し、電極6先端部へのワイヤ5の供給、このワイヤ5の左右位置及び上下位置を必要に応じて調整するものである。操作ペンダント9bは、溶接制御装置9aに接続されており、溶接条件調整手段,トーチ位置及びワイヤ位置調整手段を内蔵している。操作ペンダント9bに内蔵されている溶接条件調整手段により、パルスアーク溶接時のピーク電流とそのピーク電流時間,ベース電流とそのベース電流時間、又はパルス周波数とピーク電流の時間比率,電極高さの制御(AVC制御)に使用するピーク電圧又はベース電圧又は平均アーク電圧,ピークワイヤ送りとベースワイヤ送り,溶接速度又はこの溶接速度に該当する走行速度の各条件値を設定したり、これらの条件値を溶接中に割り込んで調整したりすることができるようになっている。また、トーチ位置及びワイヤ位置調整手段により、前記溶接トーチ7の位置ずれや、省略しているワイヤ5の位置ずれを調整したりすることができるようになっている。
【0079】
また、操作ペンダント9bに内蔵している溶接条件調整手段は、仮付け溶接で出力すべき小入熱の仮付け条件,初層裏波溶接で出力すべき初層条件,特定の積層ビード高さまで積層溶接する第1の積層溶接工程41で出力すべき複数の積層条件、その後に、開先上面部の最終層まで積層溶接する第2の積層溶接工程42で出力すべき複数の積層条件を設定、記憶及び再生が可能な機能を有している。この溶接条件調整手段に該当する機能を有する溶接データファイルや他の手段であってもよい。また、操作ペンダント9bは、溶接実行手段を兼用しており、前記溶接条件調整手段又はこの溶接条件調整手段に該当する溶接データファイルに予め設定された層別又はパス別の各溶接条件に基づいて、仮付け溶接,初層裏波溶接を含む第1の積層溶接工程での積層溶接41,第2の積層溶接工程での積層溶接42を順番に実行できる。
【0080】
また、溶接台車4には、表面側の溶接状態を監視するための第1のカメラ35を、溶接トーチ7とワイヤホルダ25との上部中間に配備している。この第1のカメラ35と一対のカメラ制御器36によって撮像する表面側の溶接状態の映像を第1の映像モニタ装置
37に画面表示して監視できるようにしている。前記第1のカメラ35,第1の映像モニタ装置37に該当する他の第1の映像手段,第1の映像表示手段であってもよい。前記第1の映像モニタ装置37の画面には、図8の下段に示すように、開先表面1a,2a側から開先内3に挿入した電極6とワイヤ5,表面側のアーク10及び溶融プール18、この溶融プール18及び電極6の後方に形成する表面側の溶融プール39の状態を表示している。前記第1の映像モニタ装置37に画面表示する表面側の溶接状態の監視結果に基づいて、電極6の位置又はこの電極位置及びワイヤ5位置を調整又は制御することにより、電極6の位置ずれ(例えば左右方向の電極位置ずれ)やワイヤ5の位置ずれ(例えば左右方向,上下方向のワイヤ位置ずれ)をなくすことができる。また、溶接条件の因子も調整又は制御できる。
【0081】
なお、図6に示した実施例では、継手部材1,2側を位置決め固定した状態で、溶接台車4に搭載している溶接トーチ7側を走行させて溶接するようにしているが、溶接トーチ7の走行を停止した状態で、継手部材1,2側を走行移動させて溶接する施工であってもよい。
【0082】
図1,図2及び図3に示したように、開先上面部の最終層のビード断面30まで積層溶接する第2の積層溶接工程42では、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56と異なるニッケル基合金系ワイヤ57を開先内のアーク溶接部分に送給して溶融させ、開先内3の残りの溶接部分26からの最終層のビード断面30まで1層1パスずつ第2の積層溶接工程42を実施するようにしている。また、1層1パスずつ積層する途中で開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接するか、又は最終層の溶接パスを3パス以上に増して溶接できる。このように、第1の溶接金属部411の上部に第2の積層溶接工程42を実施することにより、上述したように、材質の異なる第2の溶接金属部422を確実に得られる。
【0083】
また、ニッケル基合金系ワイヤを使用する第2の積層溶接工程42では、この第2の積層溶接工程42の以前にオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ56を使用して第1の積層溶接工程41を実施した時の最後の溶接条件、あるいはこの最後前の溶接条件よりも小さい入熱量の適正な溶接条件に変更して溶接することにより、第1の溶接金属411と異なる材質の第2の溶接金属422を開先上面部まで良好に溶接でき、溶接による収縮変形やたわみ変形,熱影響部の領域を小さくできる。また、最後の溶接条件、あるいはこの最後前の溶接条件と同等の適正な溶接条件を再使用して溶接することにより、第1の溶接金属411と異なる材質の第2の溶接金属422を少ないパス数で開先上面部まで積層できる。最終層のビード断面30(P=N)では、開先表面1a,2aより少し盛り上る(例えは1mm程度の余盛り高さ)ように仕上げている。特に、この最終層のビード断面30、あるいは最終層の前層の溶接、及び最終層のビード断面30では、溶接トーチ7を左右に揺動させるウィービング溶接を行うとよい。このウィービング溶接によって溶接ビードの両止端部の溶け込みを良くし、貝殻模様のような波目を有する良好な溶接ビード外観を得られる。
【0084】
このように、2種類のワイヤを使い分けて第1の溶接金属411、及び第2の溶接金属422を得るように、第1の積層溶接工程41,第2の積層溶接工程42を実施し、開先裏面部から開先上面部まで欠陥のない良好な溶接結果を得られる。また、配管の材質、ならびに、第1の溶接金属411の材質であるオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤよりも線膨張係数が小さいことに起因し、第2の溶接金属422の凝固収縮量は、第1の溶接金属411の凝固収縮量よりも少ないため、配管の円周方向収縮(タワラ締め収縮)は抑制され、開先底面側の溶接裏面部及びその近傍に残留する引張応力を低減できる、あるいは圧縮応力に変えることができる。同時に、最終層の溶接表面部及びその近傍に残留する引張応力を大幅に低減できる。また、溶接パス毎の入熱量を小さく抑制した溶接条件を用いることにより、パス毎の溶接及び累計の積層溶接で生じる溶接金属部及びこの周辺部の収縮変形やたわみ変形,熱影響部の領域を小さくできる。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の配管溶接施工方法の溶接概要を示す一実施例の溶接断面である。
【図2】本発明の配管溶接施工方法の溶接概要を示す他の一実施例の溶接断面である。
【図3】本発明の配管溶接施工方法の溶接手順概要の一実施例を示す説明図である。
【図4】図1及び図2に示した多層盛溶接に使用するニッケル基合金系ワイヤと、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ(又はこのワイヤと同質系の溶接継手材)とにおける温度と平均線膨張係数との関係を模式的に示す説明図である。
【図5】オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤで積層溶接した溶接断面の配管の円周方向収縮量と、オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤとニッケル基合金系ワイヤとを組み合わせて積層溶接した溶接断面の配管の円周方向収縮量を模式的に示す説明図である。
【図6】本発明の配管溶接施工方法に係わる溶接装置の一実施を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0086】
1,2…溶接継手部材、1a,2a…開先表面、1b,2b…開先裏面、3…開先内、4…溶接台車、5…ワイヤ、6…電極、7…溶接トーチ、8…TIG溶接電源、9a…溶接制御装置、9b…操作ペンダント、10…アーク、11…ワイヤ送給モータ、15…裏ビード、16…裏面側の溶融プール、18…表面側の溶融プール、19…インサート材、21…初層裏波溶接のビード断面、26…残りの溶接部分、30…最終層のビード断面、32…照明手段、33…シールドガス、35…第1のカメラ、36…カメラ制御器、37…第1の映像モニタ装置、39…表面側の溶融プール、41…第1の積層溶接工程、42…第2の積層溶接工程、51…開先形状の製作工程、52…溶接準備工程、56…オーステナイト系ステンレス鋼ワイヤ、57…ニッケル基合金系ワイヤ、411…第1の溶接金属、422…第2の溶接金属、B…裏ビード幅、Hb…累計の積層ビード高さ、H…残存開先深さ、T…板厚、w…開先底部幅、f…ルートフェイス、θ…片側開先壁角度。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼配管の開先を相互に突き合せ、溶加材を用いて開先底部から開先上面部まで溶接する配管溶接施工方法であって、開先内に特定の累計積層ビード高さまでオーステナイト系ステンレス鋼溶加材を積層溶接する第1の溶接工程と、この第1の溶接工程後、残りの開先内にニッケル基合金系溶加材を積層溶接した第2の溶接工程とを有することを特徴とする配管溶接施工方法。
【請求項2】
オーステナイト系ステンレス鋼配管同士を相互に突き合せた開先に、溶接用ワイヤを用いて開先底部から開先上面部まで非消耗電極方式のパルスアーク溶接を行う配管溶接施工方法であって、溶接すべき前記配管の前記開先を特定範囲の寸法形状に形成する製作工程と、前記開先底部の裏面側に所定の幅の裏ビードを形成させる初層裏波溶接工程又は仮付け溶接工程の少なくともいずれかと、開先裏面から所定の累計積層ビード高さまでをオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤで積層溶接する第1の積層溶接工程と、前記第1の積層溶接工程後に、前記所定の累計積層ビード高さより前記開先上面部の最終層までニッケル基合金系ワイヤで積層溶接する第2の積層溶接工程と、からなる配管溶接施工方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の配管溶接施工方法において、
前記ニッケル基合金よりなる開先内の溶接金属の線膨張係数は、
前記オーステナイト系ステンレス鋼よりなる開先内の溶接金属の線膨張係数よりも小さい値であることを特徴とする配管溶接施工方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の配管溶接施工方法において、
前記第1の積層溶接工程は1層1パスずつ積層溶接される工程であり、
前記第2の積層溶接工程は1層1パスずつの積層溶接し、積層する途中で開先左右に振分けて1層2パスずつ積層溶接し、最終層の溶接パスを3パス以上として積層溶接する工程であることを特徴とする配管溶接施工方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の配管溶接施工方法において、
前記配管の前記開先の形状を、
前記開先底部の開先幅を4mm以上8mm以下とし、前記開先の上面部までの片側開先壁角度を10°以下とすることを特徴とする配管溶接施工方法。
【請求項6】
請求項1または2に記載の配管溶接施工方法において、
前記累計積層ビード高さの所定値は前記配管の板厚の1/5以上4/5以下であることを特徴とする配管溶接施工方法。
【請求項7】
構成部品がオーステナイト系ステンレス鋼からなる沸騰水型原子炉において、
前記原子炉の一次系冷却水配管の溶接部は、2種類の溶接用ワイヤを用いて開先底部から開先上面部まで積層溶接されており、前記開先底部の裏面側に特定の裏ビード幅を有する初層裏波溶接部分と、開先裏面から所定の累計積層ビード高さまでオーステナイト系ステンレス鋼ワイヤの積層溶接された第1の溶接金属部分と、前記第1の溶接金属と接し、前記所定の累計積層ビード高さより前記開先上面部まで、ニッケル基合金系ワイヤの積層溶接された第2の溶接金属部分と、を有することを特徴とする沸騰水型原子炉。
【請求項8】
請求項7記載の沸騰水型原子炉において、前記第2の溶接金属部分は、YNiCr−3、あるいは、YNiCrMo−3であることを特徴とする沸騰水型原子炉。
【請求項9】
請求項7記載の沸騰水型原子炉において、前記原子炉の一次系冷却水配管の溶接部の裏面側の残留応力が引張方向100MPa以下であることを特徴とする沸騰水型原子炉の一次系冷却水配管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−247673(P2006−247673A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−64761(P2005−64761)
【出願日】平成17年3月9日(2005.3.9)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】