説明

配糖体群質量分析用イオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法

【課題】質量分析における配糖体のイオン化に特異性を持ち、イオン化効率を上昇させるとともに、個々の配糖体をバランスよくイオン化するイオン化支援剤及び質量分析方法を提供する。
【解決手段】本発明の質量分析用イオン化支援剤は、酸化鉄からなるコアを有した第1機能性ナノ微粒子の第1懸濁液と、酸化マンガンからなるコアを有した第2機能性ナノ微粒子の第2懸濁液と、を混合させてなる。イオン化支援対象物質には、配糖体の群(複数の配糖体)が含まれる。第1懸濁液と第2懸濁液との混合比率が、各々の飽和溶液の容量比率で、3:7〜9:1であることが好ましい。このイオン化支援剤を利用した質量分析方法を実行することにより、複数の配糖体を効率的にかつバランスよく検出することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配糖体のイオン化に特異性を持つイオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生化学、医療、ゲノム創薬などの分野においては、生体組織や細胞内のタンパク質などの構造解析に加え、オミクスなどの網羅的解析を行いたいという要求が高まっている。こうした要求に応えるものとして質量分析が挙げられ、これを実行する質量分析装置は、試料に微小径のレーザーを照射し、その試料に分布する生体分子をイオン化し、発生したイオンの質量を分析する装置である。
【0003】
こうした質量分析装置では分析を行うために試料を何らかの方法でイオン化する必要があり、イオン化の手法としては、従来より、イオン化支援剤(マトリクス)フリーの2次イオン質量分析法(SIMS)や、高分子物質も測定可能な、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)が知られているが、どちらの手法も、以下に示す問題点を有している。SIMSではイオン化支援剤を使用せずに検出が可能なものの、イオン化可能な質量数の制限があり、プロテオミクスなど分子量が大きな生体試料を対象とする分析では利用しにくい点である。一方、MALDIでは、低分子量の物質を測定できない点である。また、本発明者らは、MALDIでは、分析対象物質に種々の物質が含まれていた場合に、既存のマトリクスが物質選択的なイオン化を行うことが出来ない(つまり、全ての物質をイオン化してしまう)という点も問題視している。
【0004】
ところで、近年、直径1.3〜3nmのサイズの磁気超ナノ微粒子を機能化し、生きた細胞、組織内に導入する技術が開発されている(特許文献1)。また、ナノ微粒子を用いて生体試料のイオン化が可能なナノ微粒子レーザー脱離イオン化法(nano−PALDI)と呼ばれた手法も既に提案されている(特許文献2)。また、マコーレート様構造をとり、その二酸化ケイ素に官能基が結合している形を成している新規機能性微粒子を、金属塩化物水溶液と一般のシランカップリング剤とをアルカリ条件にて混合することによって作製できること、及び、この微粒子がイオン化支援剤としても適用され得ることが提案されている(特許文献3)。なお、分析対象物質として、蛋白質、ペプチド、核酸、糖、脂質などの生体物質や、合成低分子化合物、合成ポリマーなどが挙げられる。
【0005】
しかしながら、既に提案された従来のnano−PALDIにおいても、MALDI同様に、物質選択的なイオン化についての検討はなされていない。また、分析対象として、イオン化しやすい物質とイオン化しにくい物質とが存在しており、各物質のイオン化効率をバランスよく適度に調節できるものではなかった。
【0006】
ところで、種々の薬理活性を持つ配糖体は、医薬品の候補化合物、リード化合物と目されている重要な天然化合物であり、様々な種類が存在する。しかしながら、これらの配糖体は植物原料中の含有量が低い。そこで、植物原料中に含まれる複数の種類の配糖体(配糖体の群)のみを選択的にバランス良くイオン化(検出)したいという要望があった。しかしながら、特許文献2等で既に提案された機能性微粒子による従来のnano−PALDIでは、(1)配糖体群を全てイオン化することができない。また、従来のnano−PALDIでは、(2)配糖体群のうち幾つかの配糖体を仮にイオン化できたとしても、検出される各配糖体のイオン化効率の大きさは夫々同等のレベルではなく、偏りが存在していることが多かった。加えて、従来のnano−PALDIでは、(3)分析対象に配糖体を含む場合には、そのイオン化効率は全体的に低く、その改善の必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−269770号公報
【特許文献2】特開2008−170326号公報
【特許文献3】特開2008−261837号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、質量分析における配糖体のイオン化に特異性を持ち、イオン化効率を上昇させるとともに、個々の配糖体をバランスよくイオン化するイオン化支援剤、及びこれを使用した質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、異なる機能性ナノ微粒子からなる懸濁液の混合物を用いてnano−PALDI質量分析を行うことで、(1)数種の配糖体のイオン化効率を全体的に上昇させ得ること、(2)個々の機能性微粒子からなる懸濁液単独でイオン化支援した場合にイオン化しづらい配糖体であっても、混合物にすることで予測と反して当該配糖体を効率良くイオン化できること、つまり、配糖体群のみを選択的にバランスよくイオン化して微量な配糖体を検出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(態様1)
酸化鉄からなるコアを有した第1機能性ナノ微粒子の第1懸濁液と、
酸化マンガンからなるコアを有した第2機能性ナノ微粒子の第2懸濁液と、
を混合させてなる質量分析用イオン化支援剤であって、
前記微粒子は、前記コアを覆うアモルファスシリカネットワークからなるシェルと、
前記シェルの表面に共有結合的に導入された官能基と、を有し、かつ
イオン化支援対象物質が配糖体の群を含むことを特徴とするイオン化支援剤。
(態様2)
前記第1懸濁液と前記第2懸濁液とは共に飽和溶液であり、かつ、
前記第1懸濁液を100重量部とした場合に前記第2懸濁液が42〜900重量部となるように混合されていることを特徴とする態様1記載のイオン化支援剤。
(態様3)
前記第1機能性ナノ微粒子に導入された前記官能基は、アミノ基及び水酸基の少なくともいずれか一つを含み、かつ、
前記第2機能性ナノ微粒子に導入された前記官能基は、アミノ基及び水酸基の少なくともいずれか一つを含むことを特徴とする態様1又は2記載のイオン化支援剤。
(態様4)
態様1〜3のいずれかに記載のイオン化支援剤を配糖体に近接させる工程と、
前記イオン化支援剤に近接した前記配糖体にレーザーを照射し、前記配糖体のイオン化を支援する工程と、
を含むことを特徴とする質量分析方法。
(態様5)
前記配糖体がO−グリコシド結合を有することを特徴とする態様4に記載の質量分析方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のイオン化支援剤は、特定の機能性ナノ微粒子を混合させてなるものであり、個々の微粒子単独ではイオン化させにくい配糖体成分を効率良くイオン化させることができる。つまり、本発明のイオン化支援剤は、配糖体のイオン化に特異性を持ち、質量分析の際に種々の配糖体成分を検出することができる。
【0012】
また、公知のイオン化支援剤でイオン化しやすい配糖体成分と、イオン化しにくい配糖体成分とが試料中に混在している時でも、本発明のイオン化支援剤は双方の成分をバランスよくイオン化して、検出することができる。また、配糖体以外の物質が試料中に共存していても、配糖体以外の成分のイオン化を抑制しながら配糖体成分のみを重点的かつ選択的にイオン化することができる。従って、植物原料中の微量な配糖体類を、ng/mlオーダーで微量検出することが可能となる。これは生体内のホルモン濃度と同程度であり、生体試料中での配糖体も検出することができる。生理活性作用を有する配糖体の代謝解析に応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】配糖体混合液の検出のために本発明の微粒子混合物を適用した場合のMSスペクトルを示す。(実施例1及び比較例1)
【図2】配糖体混合液の検出の際の微粒子混合比率とMSスペクトルの相対強度との関係を示す。(実施例2)
【図3】配糖体混合液の検出のために既知のマトリックス(DHB)を適用した場合のMSスペクトルを示す。(比較例2)
【図4】ペプチド混合液の検出のために本発明の微粒子混合物を適用した場合のMSスペクトルを示す。(比較例3)
【図5】ペプチド混合液の検出の際の微粒子混合比率とMSスペクトルの相対強度との関係を示す。(比較例4)
【図6】配糖体とペプチドとの混合溶液の検出のために本発明の微粒子混合物又は既知のマトリックスを適用した場合のMSスペクトルを示す。(実施例3及び比較例5)
【図7】配糖体とペプチドとの混合溶液の検出の際の微粒子混合比率とMSスペクトルの相対強度との関係を示す。(実施例4)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳細に説明するが、これらの記載は本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0015】
(1)機能性ナノ微粒子
まず、本発明のイオン化支援剤を調製するためには、異なる種類の機能性ナノ微粒子を用意する。個々の機能性ナノ微粒子は、湿式沈殿法を用いて調製することができる(特許文献1)。例えば、以下の式で与えられる磁気超ナノ微粒子[xM(OH)・ySiO]が挙げられる。ここで、xM(OH)はコア成分を、ySiOはシェル成分を表す。なお、詳しくは、シェル成分はコア成分の表面上に形成されるSi−Oの層である。
【0016】
【数1】

【0017】
上記式中、Mは遷移金属を示し、具体的にはFeまたはMnである。XはF,Cl,Br,Iから選ばれるハロゲン元素を示す。pは2または3、nは0から9までの整数、mは9または0である。xおよびyはともに1未満の正数である。磁性を発揮するコアおよびその表面修飾層としてのシェルの役割分担の観点から、x>y、かつ、x/yとしては、通常1〜100、好ましくは2〜20程度の範囲から選定される。
【0018】
個々の機能性ナノ微粒子は、酸化鉄(Fe−O)または酸化マンガン(Mn−O)からなるコアを覆うアモルファスシリカネットワークからなるシェルを調製する工程と、このシェルの表面に共有結合的に官能基を導入する工程との二段階の工程を経た手法により調製することができる。調製された機能性微粒子の平均粒子径は、30nm以下であればよいが、好ましくは1〜20nmである。
【0019】
なお、この最初の工程では、コア成分の表面では、Si−Oが非晶質(アモルファス)状態のネットワークを形成するため、コア成分全体がSi−Oの層に被覆された状態となる。これがナノ微粒子のシェル成分となる。ここで作られたシェル成分は、後述の官能基を共有結合的に導入するために用いられる。
【0020】
導入される官能基は、シェルの表面に導入された後、さらに配糖体と複合体を形成できるように反応性または親和性を有するものであればいかなるものでもよいが、本発明者らの経験に依れば、配糖体のイオン化目的には、アミノ基、水酸基又はこれらの組合せが好ましい。特に、酸化鉄(Fe−O)からなるコア成分を有したナノ粒子に導入される官能基は、糖との親和性において、アミノ基が望ましく、酸化マンガン(Mn−O)からなるコア成分を有したナノ粒子に導入される官能基も、同じ理由でアミノ基が望ましい。
【0021】
官能基は、例えばシランカップリング剤を介して共有結合的に導入できる。特に、シランカップリング剤は、分析対象物質と複合体を形成できるような反応性または親和性を有する官能基を有しているのが好ましく、特に、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(3−Aminopropyltriethoxysilane、また、本明細書ではAPTESとも呼ぶ。)又は3−アミノプロピルトリメトキシシラン(3−Aminopropylmethoxysilane)が好ましい。
【0022】
また、二段階の工程を経て微粒子を調製する上述の方法とは別に、水溶性金属塩の水溶液とシランカップリング剤をアルカリ条件下で混合する一段階の工程のみで微粒子を調製する方法(特許文献3)を用いても良い。アルカリ条件下とはpH7を超えるpHであればよいが、好ましくはpH10〜12である。
【0023】
水溶性金属塩としては、コア金属の塩であって水に溶解して金属イオンを生じさせるものであればよく、例えば、FeCl・4HO、MnCl・4HOなどが挙げられる。
【0024】
また、シランカップリング剤は、それ自身が有する官能基(例えば、アミノ基)に加えてシラノール基を有するため、水酸基も導入される。なお、上述した3−アミノプロピルトリエトキシシラン、または3−アミノプロピルトリメトキシシランは、それ自体が水中でアルカリ性を示すために金属塩水溶液に混ぜるだけで良い。
【0025】
水溶性金属塩の水溶液とシランカップリング剤をアルカリ条件下で混合させることによって得られた微粒子は、FeClを用いて、マコーレート様構造を有する微粒子を調製することも可能である。
【0026】
(2)異種の機能性ナノ微粒子の混合
(1)で合成された機能性ナノ微粒子を、夫々、溶液に懸濁し、懸濁液(好ましくは飽和溶液)を調製する。ナノ微粒子を懸濁する溶液は、微粒子本体や官能基を分解・変性させないものであれば、特に規定されるものではないが、好ましくは、メタノールやエタノール等のアルコール、または、水溶液に懸濁させるのが良い。特にアルコールを使用した場合は、微粒子のコア成分は疎水性の金属酸化物で構成される一方、微粒子表面上のアミノ基や水酸基がアルコールに対して親和性を示すため、アルコール中で微粒子が凝集せず、よく懸濁されるため、さらに好ましい。本発明では、配糖体の検出に適した、酸化鉄(Fe−O)を含んだコアを有した機能性ナノ微粒子(第1の微粒子)の飽和溶液と、酸化マンガン(Mn−O)を含んだコアを有した機能性ナノ微粒子の飽和溶液と、を用意し、これらを混合する。分析対象となる種々の配糖体を特異的にバランスよくイオン化するためには、後述するように両方の飽和溶液を所定の容量比で混合することが望ましい。容量比率としては、酸化鉄を含んだ飽和溶液が10%〜70%であり、かつ、酸化マンガンのナノ微粒子の飽和溶液が30%〜90%の範囲がよい。言い換えれば、第1の微粒子(コア成分がFe−O)を含んだ飽和溶液を100重量部とした場合に第2の微粒子(コア成分がMn−O)を含んだ飽和溶液が42〜900重量部となるように混合されていることが好ましい。
【0027】
(3)機能性ナノ微粒子混合物による質量分析
本発明によるナノ微粒子混合物を用いた質量分析方法は、分析対象物質を近接させる工程、およびレーザー照射を行うことにより前記微粒子混合物の近傍の分析対象物質のイオン化を微粒子に支援させる工程を含むものであればよい。
【0028】
まず、上記微粒子に分析対象物質を近接させる工程を行う。ここで、微粒子と分析対象物質はレーザー照射により分析対象物質がイオン化される程度に近接させればよく、例えば、微粒子の溶液を分析対象物質またはこれを含む試料の溶液と混合すること、あるいは、微粒子を担体に固定化し、そこに分析対象物質またはこれを含む試料を添加することにより近接させることができる。質量分析に供する場合の微粒子と分析対象物質の比は特に限定されないが、好ましくは1:10〜10:1、より好ましくは1:3〜3:1の重量比になるように調製することが望ましい。
【0029】
分析対象物質は、主に配糖体で、O−グリコシド結合を有する。植物の配糖体の多くが、O−グリコシド結合を有する。O−配糖体としては、アグリコン(非糖成分)の種類によって、フェノール配糖体、クマリン配糖体、フラボノイド配糖体、カルコン配糖体、アントシアニジン配糖体、アントラキノン配糖体、インドール配糖体、青酸配糖体(ニトリル配糖体)、ステロイド系配糖体、アルカロイド配糖体などがあげられる。
【0030】
分析対象物質の配糖体は必ずしも精製された物質である必要はなく、配糖体を含む試料をそのまま微粒子に添加することによって配糖体と微粒子を近接させてもよい。配糖体を含む試料としては、配糖体を含む、植物、動物または微生物などに由来する細胞や組織や体液、またはこれらからの抽出物などの生体試料が挙げられる。また、土壌や排水などから単離された試料であってもよい。
【0031】
例えば、微粒子混合物に細胞や組織の抽出物を添加し、細胞や組織中に含まれる配糖体の質量分析を行ってもよい。また、培養細胞や単離された組織を含む培地などの溶液中に微粒子混合物を添加してインキュベートした後に、微粒子混合物と配糖体を含む抽出物を回収して質量分析を行ってもよい。さらに、非ヒト検体に微粒子混合物を投与した後に、微粒子混合物を含む抽出物を回収して質量分析を行ってもよい。非ヒト検体としては、例えば、マウスやラットなどの実験動物が挙げられる。また、質量分析のスペクトルを特定のイオンに集束させるために、塩溶液を添加してもよい。一例として、ヨウ化ナトリウム水溶液を終濃度10mMになるように添加する方法があげられる。
【0032】
本発明のナノ微粒子混合物を使用する質量分析方法においては、微粒子混合物が固定化された試料プレートを使用し、これに配糖体またはそれを含む試料を付着させることにより配糖体を微粒子混合物に近接させる工程を行ってもよい。例えば、膜などのシート上に用意した試料を試料プレートの上面に付着させ、試料を転写によりシートからプレートに移動させてプレート上に薄く付着させることが好ましい。このようにすれば、試料中に含まれる種々の配糖体を網羅的に質量分析することが可能である。なお、微粒子混合物が修飾された試料プレート上に、配糖体または配糖体を含有する試料を塗布してもよい。例えば、イオン化支援剤である混合溶液を質量分析専用プレートに滴下して混合溶液を乾燥(好ましくは、真空乾燥)させる。その後、試料である配糖体混合液をイオン化支援剤が乾燥した質量分析専用プレートに滴下して乾燥(好ましくは、真空乾燥)させる。なお、自然乾燥の場合、解析に不要な不純物が混入する場合があるので好ましくない。
【0033】
試料プレートへの微粒子混合物の修飾は化学的結合による修飾であってもよいし、物理的結合による修飾であってもよい。例えば、ITO(Indium Tin Oxide、インジウムチンオキサイド)シートなどにはDisuccinimidyl Glutarateなどの架橋剤を用いて化学的に固定化することができる。
【0034】
本発明の質量分析方法においては、次に、微粒子混合物に近接させた配糖体(または微粒子混合物と配糖体が付着したプレート)にレーザー照射して配糖体のイオン化を微粒子混合物に支援させる工程を行う。この工程は市販の質量分析装置によって行うことができる。
【0035】
試料に微小径のレーザー光が当たると、微粒子がレーザー光を吸収し、その金属酸化物から構成されている微粒子のコアと試料との相互作用により試料分子をイオン化させる。
コア成分が、鉄およびマンガンからなる各微粒子を、一定の比率で混合して、イオン化を支援することで、単一微粒子ではイオン化しにくかった配糖体のイオン化効率が上昇するとともに、個々の配糖体をバランスよくイオン化することができる。また、試料が、配糖体以外の成分との混合物の場合、配糖体以外の成分のイオン化を抑制して、配糖体を選択的にイオン化することができる。本発明のナノ微粒子混合物による質量分析方法を行えば、分析者は、多成分中の配糖体を感度良く検出することができるので、生理活性を有する配糖体を、選択的に効率よく分析することができる。
【0036】
以上のように、本発明の配糖体用のイオン化支援剤は、上記の酸化鉄ナノ微粒子および酸化マンガンナノ微粒子を一定の比率で混合したものを含有し、質量分析に使用される。このイオン化支援剤を応用して、このイオン化支援剤の塗布及び交換が可能な検知部を備えた配糖体感知センサを提供することも可能となる。
【実施例】
【0037】
次に本発明の具体的な実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0038】
実施例1:
(1)ナノ微粒子の調製(露出される官能基;水酸基及びアミノ基)
微粒子の調製には、単分散に微粒子が得られる湿式沈殿法を用いた。実施例1では、上述した金属塩水溶液とシランカップリング剤の材料として、FeCl・4HOと3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)を用いて、鉄をコア成分とするマコーレート様構造を持つ第1の機能性ナノ微粒子を調製した。具体的には、FeCl・4HO、2gを秤量し100mlの超純水に溶解させて(終濃度10mM)、水溶液を得た(操作1)。そして、この水溶液を室温で約10分間、充分攪拌した(操作2)。100mlの3−アミノプロピルトリエトキシシランに混合させて60分間反応を完結させた(操作3)。60分間遠心分離器に掛けて上澄み液を捨てた(操作4)。超純水を注いで再分散させてから遠心分離器に掛け上澄み液を捨てた(操作5)。この操作5を数回繰り返し、沈殿物を洗浄した(操作6)。次いで、約77℃に保持した恒温槽で乾燥後、乳鉢で微粉砕し(操作7)、鉄をコア成分とするナノ微粒子(Fe−O)を得た。この場合の仕込み比は、FeCl・4HO:APTES=1:2となるものとした。
【0039】
鉄をコア成分とする上記ナノ微粒子(Fe−O)を調製した方法と同様な方法で、仕込み比を、MnCl:APTES=1:2としてマンガンをコア成分とする第2の機能性ナノ微粒子(Mn−O)を得た。
【0040】
なお、上記の方法で作製された第1ナノ微粒子及び第2ナノ微粒子のどちらの場合についても、コア成分の表面では、APTESを構成するSi−Oが非晶質(アモルファス)状態のネットワークを形成するため、コア成分の外周にはSi−Oの層がさらに被覆された状態となる。これが、第1ナノ微粒子(又は第2ナノ微粒子)のシェル成分となる。
【0041】
(2)異なる機能性ナノ微粒子の混合
(1)で得られた酸化鉄(Fe−O)をコア成分とする第1の機能性ナノ微粒子および酸化マンガン(Mn−O)をコア成分とする第2の機能性ナノ微粒子の粉末を、各々メタノール0.5mlに懸濁し、ナノ微粒子析出物を有するナノ微粒子飽和液を調製した。このFe−O微粒子を含んだ飽和溶液(以下、Fe−O溶液とも呼ぶ。)とMn−O微粒子を含んだ飽和溶液(以下、Mn−O溶液とも呼ぶ。)とを容量比1:1で混合した。
【0042】
(3)配糖体混合液の調製
配糖体は、ジンセノサイドRg1, Re, Rb1(Rg1:分子量801.0、Re:分子量947.2、Rb1:分子量1109.3、終濃度が各33pmol/μlまたは66pmol/μl)をメタノールで溶解し、ヨウ化ナトリウム水溶液を終濃度10mMになるように添加し、配糖体混合液とした。
【0043】
(4)ナノ微粒子混合物による質量分析
Fe−O溶液とMn−O溶液との混合溶液を質量分析専用プレート(商品名:V700813、Applied Biosytems社)に1μL滴下し真空乾燥させた。乾燥後、(3)で調製した配糖体混合液1μLを質量分析専用プレートに滴下し真空乾燥させた。その後、質量分析装置(Voyager−DE−RP; Applied Biosytems社)によりサンプル検出を行った。なお、質量分析装置の設定条件として、Linear Positiveモードで加速電圧を20kV、Delay timeを600nsとした。マススペクトルを図1(A)に示す。ここで、縦軸は相対強度を示す。各ジンセノサイドがナトリウム付加体としてバランスよく、イオン化された。
【0044】
比較例1:個々の微粒子飽和溶液
実施例1の混合溶液と比較するために、実施例1で調製したFe−O溶液と、Mn−O溶液とを夫々単独で用いて、実施例1と同様に、質量分析を行った。Fe−O溶液を使用した場合では、図1(A)に示すように、他の配糖体成分に比べRb1のイオン化効率が低下した。一方、単独のMn−O溶液を使用した場合では、図1(A)に示すように、微粒子混合物に比べ、各配糖体成分のイオン化効率は全体的に著しく低下した。なお、図1(B)に大きく拡大した図を示す。
【0045】
実施例2:Fe−OとMn−Oとの混合比率
Fe−OおよびMn−Oの各ナノ微粒子の調製は、実施例1と同様に行った。両者のナノ微粒子混合物の調製では、各飽和溶液を、容量比において、Fe−Oを0〜100%まで10%刻みで、Mn−Oを100〜0%まで10%刻みで、混合液を調製した。実施例1と同様に、3種類のジンセノサイドを用いて、同じ条件で質量分析を行った。各ジンセノサイドのマススペクトルの、相対強度を図2に示す。Mn−Oの微粒子30%〜90%、Fe−Oの微粒子10%〜70%の範囲において、微粒子単独よりも、ジンセノサイドの3種ともイオン化効率が上昇した。
【0046】
比較例2:マトリックス支援型質量分析(MALDI)
実施例1のナノ微粒子の代わりに、マトリックスとして、2,5−dihydroxybenzoic acid(DHB)を用いた。配糖体は、三種類のジンセノサイドRg1、Re、Rb1(終濃度が各66pmol/μl)をメタノールで溶解し、ヨウ化ナトリウム水溶液を終濃度20mMになるように添加し、配糖体混合液とした。該マトリックス飽和溶液と上記配糖体混合液を容量比で、1:1の割合で混合した物を質量分析専用プレート(V700813: Applied Biosytems社)に1μL滴下し自然乾燥させ共結晶体を調製した。その後、実施例1と同様にジンセノサイド混合液の質量分析をLinear Positiveモードで行い、サンプル解析を行った。結果を図3(A)に示す。三つのジンセノサイドを同時にイオン化するが、Rb1に対して、Rg1及びReのイオン化効率が悪く、実施例1のnano−PALDI法の結果(図1(A)及び図3(B)を参照)に比してイオン化のバランスが悪かった。
【0047】
比較例3:ナノ微粒子混合物によるペプチドの質量分析
実施例1と同様にして、Fe−O溶液とMn−O溶液とを1:1で混合した。この混合液に、二種のペプチド(Bladykinin1−7;分子量757.4、Angiotensin I;分子量1296.0)を各々終濃度が10pmol/μlとなるように混合し、ヨウ化ナトリウム水溶液を終濃度が10mMになるように添加し、ペプチド混合液とした。このペプチド混合液に対して実施例1と同様な質量分析を行った。また、Fe−O溶液又はMn−O溶液の単独溶液に二種類のペプチドとヨウ化ナトリウム水溶液とを混合・添加して、同様な質量分析を行った。これらの結果を図4に示す。微粒子混合溶液は、ペプチドを効率的にイオン化することはなく、Bladykinin1−7、Angiotensin Iは、Na存在下でイオン化されなかった。また、個々の微粒子溶液においても、二種類のペプチドをイオン化しなかった。
【0048】
比較例4:ペプチドの質量分析におけるナノ微粒子混合比率
比較例3のペプチド混合液を用いて、実施例2と同様に、微粒子の混合比率を変化させた時の結果を図5に示す。対照として、MALDI(マトリックス:DHB)法を用いた時の値を示した。二種のペプチドは、微粒子の混合比率を変化させても、ほとんどイオン化しなかった。
【0049】
実施例3:配糖体とペプチドとの混合液
実施例1の配糖体混合液と、比較例3のペプチド混合液を混合し、5種類の成分からなる混合液を調製した(Rg1:分子量801.0、Re:分子量947.2、Rb1:分子量1109.3、終濃度が各33pmol/μlBladykinin1−7;分子量757.4、Angiotensin I;分子量1296.0、終濃度10pmol/μl)。配糖体とペプチドとの混合液に対して、実施例1と同様のナノ微粒子混合溶液(Mn−OとFe−Oとの混合比率は9:1)を用いて質量分析を行った。この結果を図6の上段に示す。三種のジンセノサイドは、イオン化されたが、ペプチドはイオン化されなかった。つまり、配糖体のみをイオン化する選択的なイオン化がされた。
【0050】
比較例5:
実施例3の配糖体・ペプチド混合液を用いて、MALDI(マトリックス:DHB)法で質量分析を行った。この結果を図6の下段に示す。配糖体よりもペプチドの方が、イオン化効率が良かった。
【0051】
実施例4:
実施例3の配糖体・ペプチド混合液を用いて、実施例2と同様に、微粒子の混合比率を変化させた時の結果を図7に示す。比較対照として、MALDI(マトリックス:DHB)法を用いた時の値を示した(図中、横軸左端の結果を参照)。三種のジンセノサイド(図中、黒塗りの各符号を参照)のイオン化効率が上昇したが、微粒子溶液の混合比率を変化させても、ペプチド(図中、白抜きの各符号を参照)については、ほとんどイオン化しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明のイオン化支援剤及びこれを使用した質量分析方法は、配糖体の選択的なイオン化を支援する。従って、生理活性を有する微量な配糖体を検出することができるため、植物などの生細胞や組織などの試料に含まれる配糖体代謝物の解析に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉄からなるコアを有した第1機能性ナノ微粒子の第1懸濁液と、
酸化マンガンからなるコアを有した第2機能性ナノ微粒子の第2懸濁液と、
を混合させてなる質量分析用イオン化支援剤であって、
前記微粒子は、前記コアを覆うアモルファスシリカネットワークからなるシェルと、
前記シェルの表面に共有結合的に導入された官能基と、を有し、かつ
イオン化支援対象物質が配糖体の群を含むことを特徴とするイオン化支援剤。
【請求項2】
前記第1懸濁液と前記第2懸濁液とは共に飽和溶液であり、かつ、
前記第1懸濁液を100重量部とした場合に前記第2懸濁液が42〜900重量部となるように混合されていることを特徴とする請求項1記載のイオン化支援剤。
【請求項3】
前記第1機能性ナノ微粒子に導入された前記官能基は、アミノ基及び水酸基の少なくともいずれか一つを含み、かつ、
前記第2機能性ナノ微粒子に導入された前記官能基は、アミノ基及び水酸基の少なくともいずれか一つを含むことを特徴とする請求項1又は2記載のイオン化支援剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のイオン化支援剤を配糖体に近接させる工程と、
前記イオン化支援剤に近接した前記配糖体にレーザーを照射し、前記配糖体のイオン化を支援する工程と、
を含むことを特徴とする質量分析方法。
【請求項5】
前記配糖体がO−グリコシド結合を有することを特徴とする請求項4に記載の質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−251869(P2012−251869A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124505(P2011−124505)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】