説明

酵素修飾電極およびこれを用いた電気化学反応装置、並びにそれを用いた化学物質の製造方法

【課題】酵素的手法を用いて化学物質を穏和な条件で、選択的に効率よく、かつ安定的に反応させる。特に、環境中の二酸化炭素をアルコールに変換することで、大気中の二酸化炭素を削減し、地球温暖化防止に寄与する。
【解決手段】酵素、補酵素、および導電性物質と前記補酵素との間の電子伝達を仲介する電子伝達メディエーターが、高分子化合物を介してそれぞれ共有結合により前記導電性物質に固定された酵素修飾電極を用いて、化学物質を酸化還元反応させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵素修飾電極、およびこれを用いた電気化学反応装置を使用した酸化還元反応によって化学物質を生産する方法に関し、特に前記酵素修飾電極を用いた電気化学反応装置によって二酸化炭素を還元しメタノールを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化は人類存亡の危機である。地球温暖化は石油や石炭などの化石燃料の使用により排出される大量の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、ハロカーボンなど)が主な原因とされている。温室効果ガスのうち二酸化炭素は工場、火力発電所、自動車等から大量に排出されている。そして二酸化炭素は環境中に留まる期間が長いため、温室効果への寄与が最も大きいと考えられている。そのため二酸化炭素の排出削減対策が世界的に行われており、その取り組みの一つとして、例えばバイオエタノールを代表とするバイオ燃料の製造と使用が挙げられる。一方、近年、燃料や化学物質の原料として二酸化炭素を積極的に利用することで環境中から実質的に二酸化炭素を削減しようとする検討が始まっている。
【0003】
特許文献1では、二酸化炭素と水素からメタノールを効率的に合成するための無機触媒が開示されている。ここで開示されている無機触媒を用いることで、常圧下、250℃以下の温度において、二酸化炭素を含むガスと水素ガスから高い収率でメタノールを合成可能である。一般的にメタノールは、無機触媒の存在下、50−100気圧、240−260℃で一酸化炭素に水素ガスを反応させることで工業的に製造されているので、前記特許文献1に記載の無機触媒を用いれば二酸化炭素を原料として、一酸化炭素を原料とした場合よりも低圧力下でメタノールを製造できる。しかしながら反応が250℃という高温であることと別途水素ガスの製造が必要であることから、この反応に投入されるエネルギーの点で問題がある。
【0004】
また、非特許文献1および非特許文献2に記載されているように、二酸化炭素は水溶液中、種々の金属上で電気化学的に還元可能であるが、過電圧と、水素の生成が二酸化炭素の還元と競合して起こることによる電気量論的な効率の低さと、生成物としてメタノール以外にホルムアルデヒドとギ酸が生成する選択性の低さとに問題がある。
【0005】
一方、非特許文献3では、シリカのゾルゲル材料に封入されたギ酸デヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、およびアルコールデヒドロゲナーゼを用いて還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの存在下で二酸化炭素を還元してメタノールを得ている。この方法では酵素群がシリカのゾルゲル材料に封入されることで、反応に適した環境が提供され、また、溶液状態で存在するよりも酵素の活性が安定するために反応が効率よく進むことが示されている。しかしながら、この方法での二酸化炭素の還元によるメタノール生成反応はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの濃度、およびその還元体の存在量に依存しているため、この反応を継続するためには外部から還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを常に供給しなければならず経済的に問題がある。さらに、メタノールの生成量を上げるためには、還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの濃度を上げる必要があるが、使用した還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチドに対するメタノールの収率が低下するという問題もある。
【0006】
また、酵素を組込んだ電解反応での、二酸化炭素の還元によるメタノールの製造方法として、非特許文献4では、ギ酸デヒドロゲナーゼ、メタノールデヒドロゲナーゼ、および電子伝達メディエーター(メチルビオローゲン、またはピロロキノリンキノン)を含む溶液に一対の電極を浸し、二酸化炭素ガスをバブリングにより溶かしこんだ後、両電極間に一定の電圧をかけることで二酸化炭素をメタノールに還元できることが示されている。この酵素を用いた電解還元反応は反応条件が穏和であり、水素ガスが不要であるため、前記特許文献1に記載された方法に比べてエネルギー的に有利である。しかしながら、触媒であるタンパク質が無機触媒に比べ高価であること、電子伝達メディエーターの回収、および再利用が難しいことに加え、この条件で使用される反応槽は陽イオン交換膜で陽極側と陰極側を隔てる必要があるため、装置が複雑になり実用的ではない。また、酵素類や電子伝達メディエーターが溶液中に一様に分散しているため、基質−酵素間、酵素−補酵素間、補酵素−電子伝達メディエーター間、電子伝達メディエーター−導電体間の電子移動が遅いため、メタノールの生成効率が悪いという問題がある。
【0007】
以上のように、二酸化炭素を還元しメタノールを生成する反応は、無機触媒を用いるよりも酵素を、更には酵素と電気を用いる方がより高い選択性で、より少ない投入エネルギーで進行することが示されている。しかしながら、酵素と電気を用いて二酸化炭素からメタノールを生成する反応は、経済性や、安定性、装置の複雑さなどの点で問題である。
【0008】
ところで、酵素を用いた電解反応の際に生じる前述のような問題を解決する手段として、酵素、補酵素、電子伝達メディエーターを様々な方法で導電体に固定した酵素修飾電極の利用が開示されている。一般的に、反応速度と電流効率により規定される酵素修飾電極による電解反応の効率は、酵素、補酵素、電子伝達メディエーターの導電体への固定量、および酵素と導電体間の電子の移動速度により影響を受ける。ここで反応速度とは、単位時間当たりに基質が生成物へ変換される物質量であり、電流効率とは電解反応に投入された電気量のうち反応に関与した電気量の割合である。導電体への酵素、補酵素、電子伝達メディエーターの固定量を増やし、電解反応の効率を上げるために、例えば、特許文献2および3では、導電体の表面に、酵素、補酵素、電子伝達メディエーターを含む高分子化合物を積層することで、導電体上における酵素、補酵素、電子伝達メディエーターの保持容量を増やしている。しかしながら、酵素、補酵素、電子伝達メディエーターの導電体への固定量を増やすために、酵素、補酵素、電子伝達メディエーターを含む高分子化合物の被覆を繰り返した場合、導電体表面に形成される高分子化合物の層が厚くなるため酵素と導電体間の距離が長くなる。そのため電子の移動速度の低下と、電子の溶媒中への拡散が生じ、結果として電解反応速度、および電流効率がともに低下するという問題がある。前記特許文献2および3はこの点が考慮されておらず電解反応に使用する酵素修飾電極として不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2976716号公報
【特許文献2】特開2005−69836号公報
【特許文献3】特開2008−177088号公報
【0010】
【非特許文献1】Nature, vol.275, 115 (1978)
【非特許文献2】「CO2の電気化学及び電気触媒反応(Electrochemical and Electrocatalytic Reactions of CO2)」, クリスト(Christ)等(編), p.166 (1993)
【非特許文献3】J. Am. Chem. Soc., vol.121, 12192−12193 (1999)
【非特許文献4】J. Am. Chem. Soc., vol.116, 5437−5443 (1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のとおり、酵素的手法によって、効率的かつ安定的に化学物質を反応させる技術が望まれている。現状、化学的手法による化学物質の製造方法は、反応に投入されるエネルギー、生成物の選択性の点で問題を有するものがある。また、酵素的手法による化学物質の製造方法は、化学的手法に比べ投入エネルギーが少なく、生成物の選択性が高いものの酵素の安定性と経済性、反応の連続性に問題があった。特に地球温暖化の原因の一つである温室効果ガス、そのなかで最も温室効果に寄与していると考えられている二酸化炭素を効率よく利用し、実質的に環境中の二酸化炭素量を低減するために、低エネルギーで、選択的、且つ効率的に二酸化炭素を還元してメタノールを製造する方法の確立が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を行った。その結果、第1の高分子化合物、第2の高分子化合物、電子伝達メディエーター、補酵素および酵素が、導電体に固定されてなる特定の酵素修飾電極を用いて、目的の化学物資の製造に必要な酵素、前記酵素に対応する補酵素および電子伝達メディエーターをそれぞれ導電体に固定して電極とすることで、低過電圧で高選択性の反応を触媒可能な電極が作製可能となり、さらに酵素、補酵素、電子伝達メディエーターの有効利用、電極外への漏出防止、および電極の連続、長期使用が可能になることを見出し、本願発明を完成させた。
即ち、本発明は下記の構成を有する。
【0013】
[1] 第1の高分子化合物、第2の高分子化合物、電子伝達メディエーター、補酵素および酵素が、導電体に固定されてなる酵素修飾電極であって、第1の高分子化合物および第2の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物であり、電子伝達メディエーターは、導電体と補酵素との間の電子伝達を仲介する機能を有する化合物であり、導電体は、繊維状の導電性物質からなるフェルトであり、第1の高分子化合物が、導電体の表面の少なくとも一部を被覆して、第1の被覆層を形成しており、第1の被覆層上に電子伝達メディエーターが、共有結合により固定されており、さらに第2の高分子化合物が、電子伝達メディエーターおよび第1の被覆層の表面の少なくとも一部を被覆して、第2の被覆層を形成しており、第2の被覆層上に補酵素および酵素が、共有結合により固定されてなる酵素修飾電極。
[2] 第1の被覆層が0.06〜0.4μmの厚さを有し、第2の被覆層が0.03〜0.4μmの厚さを有する前記[1]に記載の酵素修飾電極。
[3] 前記酵素が、酸化還元反応を触媒する酵素であり、前記補酵素が、それぞれの前記酸化還元を触媒する酵素に対応した補酵素である前記[1]または[2]に記載の酵素修飾電極。
[4] 前記第1の高分子化合物が、アミノ基を有する高分子化合物であり、第2の高分子化合物が、カルボキシ基を有する高分子化合物である前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の酵素修飾電極。
[5] 前記酵素が、ジアホラーゼと、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びアルコールデヒドロゲナーゼから選ばれる少なくとも1種とを含み、前記補酵素が、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドであり、前記電子伝達メディエーターが、ピロロキノリンキノンであり、前記第1の高分子化合物が、ポリアリルアミンであり、前記第2の高分子化合物が、ポリアクリル酸であり、導電体が、カーボンフェルトである前記[1]または[2]に記載の酵素修飾電極。
[6] 前記酵素が、少なくともギ酸デヒドロゲナーゼを含む[5]記載の酵素修飾電極。
[7] 前記[1]〜[6]のいずれか1項に記載の酵素修飾電極を作用極として用いる電気化学反応装置。
[8] 前記[7]に記載の電気化学反応装置を用いて、酸化または還元反応によって製造される化学物質の製造方法。
[9] 前記[6]に記載の酵素修飾電極を作用極として使用する電気化学反応装置を用いて、二酸化炭素を還元することによる化学物質の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の酵素修飾電極を用いることで、酵素的手法を用いて化学物質を穏和な条件で、選択的に、かつ安定的に反応させることができ、さらに、その反応速度をより速め、かつより高い電流効率で反応させることができる。特に、環境中から回収された二酸化炭素をギ酸、ホルムアルデヒドまたはメタノール等に変換することができる。これによって環境中の二酸化炭素を削減し、地球温暖化防止に寄与することができる。
【0015】
本発明の酵素修飾電極によれば、酵素による触媒作用と電源から供給される電子によって化学物質が酸化または還元される。この反応は酵素反応であるため穏和な条件で進行し、反応に必要な全ての物質が電極に固定されているため電流効率が高い。すなわち投入された電子のほとんどが、化学物質を酸化又は還元して生成物を生成する反応に消費される。そして、例えば二酸化炭素を還元してメタノールを生成する場合には、太陽光や風力、水力などで発電された電気を用いることで、二酸化炭素を還元してメタノールにする際のエネルギー投入量をより少なくすることができ、かつ環境中の二酸化炭素を実質的に削減することができる。
【0016】
本発明の酵素修飾電極と、それを用いた電気化学反応装置によれば、カルボン酸類から対応するアルデヒド類またはアルコール類を、アルデヒド類および/またはケトン類から対応するアルコール類を穏和な条件で効率的に製造することができる。また、アルコール類からは対応するアルデヒド類またはカルボン酸類を、アルデヒド類からは対応するカルボン酸類を穏和な条件で効率的に製造することができる。さらに、この方法で製造されるアルコール類および/またはアルデヒド類は、酵素を触媒としているため、立体特異性を有した状態で製造することができる。同様に本発明の酵素修飾電極と、それを用いた電気化学反応装置によれば、二酸化炭素を還元してメタノールのみならず、ホルムアルデヒド、またはギ酸の製造が、メタノールを酸化してホルムアルデヒド、またはギ酸、または二酸化炭素を、ホルムアルデヒドを酸化してギ酸、または二酸化炭素を、ギ酸を酸化して二酸化炭素を製造することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(酵素修飾電極)
本発明の酵素修飾電極は、第1の高分子化合物、第2の高分子化合物、電子伝達メディエーター、補酵素および酵素が、導電体に固定されている。第1の高分子化合物および第2の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物である。電子伝達メディエーターは、導電体と補酵素との間の電子伝達を仲介する機能を有する化合物である。導電体は、繊維状の導電性物質からなるフェルトであり、第1の高分子化合物が、導電体の表面の少なくとも一部を被覆して、第1の被覆層を形成しており、第1の被覆層上に電子伝達メディエーターが、共有結合により固定されており、さらに第2の高分子化合物が、電子伝達メディエーターおよび第1の被覆層の表面の少なくとも一部を被覆して、第2の被覆層を形成しており、第2の被覆層上に補酵素および酵素が、共有結合により固定されてなる。
【0018】
第1の被覆層及び第2の被覆層の厚さは特に限定的ではなく、被覆層に固定されている電子伝達メディエーター、酵素、補酵素の電子移動の速度が十分に速く、また被覆層への基質の拡散の速度も十分に速くなり、電解効率が良好になる範囲において、適宜設定することができる。第1の被覆層は0.06〜0.4μmの厚さを有することが好ましく、0.06〜0.32μmであることがより好ましい。第2の被覆層は0.03〜0.4μmの厚さを有することが好ましく、0.03〜0.32μmであることがより好ましい。
【0019】
(導電体)
本発明で用いられる導電体は、導電性物質からなるフェルトである。導電体は、酵素修飾電極の使用に際して、外部回路と電気的に接続されることにより、電子の授受をするものであればいずれの材料でもよく、例えば、グラッシーカーボン等が挙げられる。特に、比表面積の大きさの観点から、グラファイトからなるフェルト(以下、グラファイトフェルトということがある。)が好ましい。
【0020】
(酵素および補酵素)
本発明で用いられる酵素は、酸化還元反応を触媒する酵素であり、補酵素は、前記酸化還元反応を触媒するそれぞれの酵素に対応するものであればよく、製造を目的とする化学物質の反応系により、適宜選択することができる。例えば、酵素としてギ酸デヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、ジアホラーゼ等の酵素番号(EC)第1群に分類される酵素を挙げることができ、補酵素としてニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、フラビンアデニンジヌクレオチド、フラビンモノヌクレオチド、チアミン二リン酸、ビタミンB6類、パントテン酸、ビオチン、葉酸、ビタミンB12類、ピロロキノリンキノン、トパキノン、トリプトファン−トリプトフィルキノン、リシンチロシルキノン、システニル−トリプトファンキノン等の補酵素を挙げることができ、製造する目的の化合物に応じてこれらを適宜組み合わせて用いることができる。
【0021】
(電子伝達メディエーター)
本発明で用いられる電子伝達メディエーターは、導電体と補酵素との間の電子伝達を仲介するものであればいずれでもよく、例えば、フェロセン、フェリシアン化カリウム、フェリシアン化リチウム、フェリシアン化ナトリウム、フェナジンメトサルフェート、p−ベンゾキノン、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール、メチレンブルー、β−ナフトキノン−4−スルホン酸カリウム、フェナジンエトサルフェート、ビタミンK、ビオローゲン、ピロロキノリンキノン等を挙げることができる。
【0022】
(第1の高分子化合物、第2の高分子化合物)
第1の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物である。第1の高分子化合物が、導電体の表面の少なくとも一部を被覆して、第1の被覆層を形成しており、第1の被覆層上に電子伝達メディエーターが共有結合により固定されている。第2の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物である。第2の高分子化合物が、電子伝達メディエーターおよび第1の被覆層の表面の少なくとも一部を被覆して、第2の被覆層を形成しており、第2の被覆層上に補酵素および酵素が共有結合により固定されている。
【0023】
例えば、第1、第2の高分子化合物は、アミノ基、カルボキシ基等の反応性官能基を有していれば、電荷を有することができる。第1、第2の高分子化合物としては、ポリアリルアミン、ポリアクリル酸等が挙げられる。第1の高分子化合および第2の高分子化合物として電荷を有しない高分子化合物を使用した場合、第1の高分子化合物および第2の高分子化合物に、電子伝達メディエーター、酵素、補酵素を共有結合で固定することができない。そのため、第1の高分子化合物および第2の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物を用いる必要がある。この場合、第2の高分子化合物として、水中において第1の高分子化合物と同じ電荷を有する高分子化合物、または水中において第1の高分子化合物と対の電荷を有する高分子化合物を使用することができる。第2の高分子化合物として、水中において第1の高分子化合物と同じ電荷を有する高分子化合物を使用する場合に比べ、第2の高分子化合物として、水中において第1の高分子化合物と対の電荷を有する高分子化合物を使用する方が、両高分子化合物間に働く静電相互作用により、第2の高分子化合物が第1の高分子化合物の表面により安定的に被覆されるため好ましい。本発明では、第1の高分子化合物が、アミノ基を有する高分子化合物であり、第2の高分子化合物が、カルボキシ基を有する高分子化合物である酵素修飾電極が好ましい。
【0024】
酵素、補酵素及び電子伝達メディエーターと、これらの第1、第2の高分子化合物が有する反応性官能基とを共有結合させるには、例えば、アミノ基とカルボキシ基を脱水縮合するための縮合剤(例えば、水溶性カルボジイミド等)等を用いることが好ましい。
【0025】
酵素、補酵素及び電子伝達メディエーターをそれぞれ共有結合により第1、第2の高分子化合物を介して導電体に固定させる方法としては、特に限定的ではないが、例えば、導電体を、酵素、補酵素、電子伝達メディエーター、上記官能基を有する高分子化合物及び縮合剤を含有する溶液に浸漬させて、あるいは、該溶液を導電体に塗布、スプレー等した後、乾燥させることにより、酵素、補酵素及び導電体が共有結合した高分子化合物により被覆された導電体を得ることができる。上記の酵素、補酵素及び電子伝達メディエーターの固定は、一段階で行ってもよいし、二段階以上に分けて、例えば、高分子物質を介して、導電体に電子伝達メディエーターを固定した後、酵素及び補酵素を該被覆した高分子化合物上に固定させてもよいが、第1の高分子物質を介して電子伝達メディエーターを固定した後、第2の高分子物質で前記電子伝達メディエーターを固定した電極を被覆し、その後に酵素及び補酵素を、それぞれ逐次的に固定させることがより好ましい。
【0026】
(酵素修飾電極の作製)
酵素修飾電極の作製は特に限定されないが、例えば次のように行うことができる。導電体、例えばピロロキノリンキノンと、アミノ基とカルボキシル基とを脱水縮合するための縮合剤(例えば水溶性カルボジイミド)と、高分子化合物(例えばポリアリルアミン)とを含むメタノール水溶液にグラファイトフェルトを浸漬後、減圧乾燥することで前記ピロロキノリンキノンが共有結合したポリアリルアミンにより被覆されたグラファイトフェルトを得ることができる。さらに、ジアホラーゼと、ギ酸デヒドロゲナーゼと、アルコールデヒドロゲナーゼと、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドと、水溶性カルボジイミドと、高分子化合物、例えばポリアクリル酸とを含むメタノール水溶液に前記ピロロキノリンキノンが共有結合したポリアリルアミンにより被覆されたグラファイトフェルトを浸漬後、減圧乾燥することで、ピロロキノリンキノンと、ジアホラーゼと、ギ酸デヒドロゲナーゼと、アルコールデヒドロゲナーゼと、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドとが共有結合で固定された高分子化合物で被覆されたグラファイトフェルトからなる酵素修飾電極が作製できる。
【0027】
(電気化学反応装置)
前記酵素修飾電極を用いた化学物質の製造は、下記の構成の電気化学反応装置で行うことができる。電気化学反応装置は少なくとも、電力源に接続された安定化電源、前記安定化電源にそれぞれ接続された前記酵素修飾電極、対となる電極、参照電極、窒素ガス等を通気するための管、排気のための管および温調用のウォータージャケットを有する蓋付の水槽から構成される。ここで前記3つの電極は、溶液を入れた際に溶液中に浸るように設置され、さらに窒素ガス等が排出される側の管の先端が、溶液を入れた際に溶液の表面下になるように水槽に設置されている。また、水槽内は蓋を閉じることによって外気から遮断される。安定化電源が接続される電力源は一般的な家庭用のコンセントでよいが、燃料電池、太陽光発電、水力発電、風力発電、地熱発電などの自然エネルギー由来の電力源でもよい。
【0028】
上記構成の電気化学反応装置で化学物質の還元反応を行う場合、水槽に基質となる化学物質と電解液、例えばリン酸緩衝液を満たした後、安定化電源で参照電極と酵素修飾電極間との電位を−0.5±0.1Vに保てばよい。また、ウォータージャケットに温度制御した溶媒を流すことで、水槽内の電解質の温度を適当な温度に保つことができる。通電中、溶液と電極の界面において、基質となる化学物質は酵素の作用により、補酵素から電子と水素イオンを受け取り還元される。基質となる化学物質に電子と水素イオンを渡すことで酸化型となった補酵素はジアホラーゼの作用によってピロロキノリンキノンから電子と水素イオンを受け取り、再び還元型の補酵素となる。さらに、酸化型の補酵素に電子と水素イオンを渡すことで酸化型となったピロロキノリンキノンは酵素修飾電極を構成する導電体を介して電源由来の電子と、電解液中に存在する水素イオンを受け取り、再び還元型ピロロキノリンキノンとなる。以上の一連の反応により、基質となる化学物質は酵素の触媒作用によって還元され、この反応で消費された電子、および水素イオンはそれぞれ、電力源、および電解液から供給される。酸化反応の場合は上記一連の反応が逆方向に進行する。
【0029】
(メタノール製造用の酵素修飾電極)
以下、二酸化炭素を還元してメタノールを生成する場合を例にして説明する。
その場合には、第1の被覆層として、電子伝達メディエーターであるピロロキノリンキノンが共有結合したポリアリルアミンで、厚さが0.06〜0.4μmとなるように被覆され、次いで、第2の被覆層として、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、ジアホラーゼと、前記ギ酸デヒドロゲナーゼおよびアルコールデヒドロゲナーゼの補酵素であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドとが共有結合したポリアクリル酸で、厚さが0.03〜0.4μmとなるように被覆されたグラファイトフェルトである酵素修飾電極を用いることができる。
【0030】
ここで使用されるギ酸デヒドロゲナーゼはその由来によらず、酵素番号(EC)1.2.1.2で規定される活性を有する酵素であればよく、アルコールデヒドロゲナーゼはその由来によらず、EC1.1.1.1、またはEC1.1.1.2、またはEC1.1.1.71で規定される活性を有するものであればよく、ジアホラーゼはその由来によらず、EC1.8.1.4で規定される活性を有する酵素であればよい。
また、ここで使用されるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドは、その由来によらず、酸化型でも還元型でもよく、その遊離酸でも塩でもよく、どの状態のものを固定してもよいが、還元型のナトリウム塩がより好ましい。さらに、ここで使用されるピロロキノリンキノンは、その由来によらず、酸化型でも還元型でもよく、その遊離酸でも塩でもよく、どの状態のものを固定してもよいが、還元型の遊離酸がより好ましい。
【0031】
(メタノールの製造法)
前記酵素修飾電極を用いた二酸化炭素の還元によるメタノールの製造は下記の構成の電気化学反応装置で行うことができる。電気化学反応装置は、電力源に接続された安定化電源、前記安定化電源にそれぞれ接続された前記酵素修飾電極、対となる電極、参照電極、二酸化炭素ガスを通気するための管、排気のための管および温調用のウォータージャケットを有する蓋付の水槽から構成される。ここで前記3つの電極は、溶液を入れた際に溶液中に浸るように設置され、さらに二酸化炭素ガスが排出される側の管の先端が、溶液を入れた際に溶液の表面下になるように水槽に設置されている。また、水槽内は蓋を閉じることによって外気から遮断される。安定化電源が接続される電力源は一般的な家庭用のコンセントでよいが、燃料電池、太陽光発電、水力発電、風力発電、地熱発電などの自然エネルギー由来の電力源でもよい。
【0032】
二酸化炭素の還元によるメタノール生産を行う場合は、前記水槽に電解液、例えばリン酸緩衝液を満たし、前記電解液に二酸化炭素ガスを通気することで、電解液中に二酸化炭素を飽和させた後、安定化電源で参照電極と酵素修飾電極間との電位を−0.5±0.1Vに保つことが好ましい。また、ウォータージャケットに温度制御した溶媒を流すことで、水槽内の電解質の温度を適当な温度に保つことができる。通電中、溶液と電極の界面において、二酸化炭素はギ酸デヒドロゲナーゼの作用により、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドから電子と水素イオンを受け取りギ酸に還元される。二酸化炭素の還元で生じた前記ギ酸はアルコールデヒドロゲナーゼの作用により、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドから電子と水素イオンを受け取りメタノールに還元される。ところで、二酸化炭素、またはギ酸に電子と水素イオンを渡すことで酸化型となったニコチンアミドアデニンジヌクレオチドはジアホラーゼの作用によってピロロキノリンキノンから電子と水素イオンを受け取り、再び還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドとなる。さらに、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドに電子と水素イオンを渡すことで酸化型となったピロロキノリンキノンは酵素修飾電極を構成する導電体を介して電源由来の電子と、電解液中に存在する水素イオンを受け取り、再び還元型ピロロキノリンキノンとなる。
【0033】
以上の一連の反応により、二酸化炭素は酵素の触媒作用によってメタノールに還元され、この反応で消費された電子および水素イオンは、それぞれ電力源および電解液から供給される。この還元反応は、電力源からの電子の供給が遮断されない限り、または電解液中の二酸化炭素がなくなるまで進行し、電解液中にメタノールが蓄積する。ここで使用する二酸化炭素は純粋な二酸化炭素ガスでもよく、他の気体との混合物でもよく、さらには固体である炭酸塩を電解液に溶かしてもよい。また、二酸化炭素を前記のどのような状態でも構わないので、供給し続けることで連続的にメタノールを生成することが可能である。
【0034】
アルコールデヒドロゲナーゼは、一般的にアルデヒドを還元してアルコールを生成する反応を触媒するが、当該酵素修飾電極を装備した装置を用いて二酸化炭素の還元反応を行った場合、見かけ上、ホルムアルデヒドは検出されず、ギ酸が直接メタノールに還元されていた。一方、電子伝達メディエーターとしてメチルビオローゲンを用いてギ酸にアルコールデヒドロゲナーゼを作用させたところ、初めにホルムアルデヒドが生成し、次に生成したホルムアルデヒドの減少に伴い、メタノールが生成した。以上の現象は、ギ酸が還元型ピロロキノリンキノンまたは還元型メチルビオローゲンによって直接ホルムアルデヒドに還元される可能性および還元型ピロロキノリンキノンと酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの間の電子の移動がスムーズに進み、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドが再生されることで、生成されたホルムアルデヒドが素早くメタノールに還元されるためホルムアルデヒドが検出されていない可能性がある。
【実施例】
【0035】
本発明を以下の実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
本発明の略号の定義は次のとおりである。
GC:グラッシーカーボン、GF:グラファイトフェルト(0.7m/g)、SCE:飽和カロメロ電極、PAA:ポリアリルアミン、PAAc:ポリアクリル酸、PQQ:ピロロキノリンキノン、NADH:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、FDH:ギ酸デヒドロゲナーゼ、ADH:アルコールデヒドロゲナーゼ、Dp:ジアホラーゼ、WSC:水溶性カルボジイミド
【0036】
・ポリアクリル酸(和光純薬工業製 重量平均分子量1,400,000)
・ポリアリルアミン(日東紡製 重量平均分子量70,000)
・ガスクロマトグラフィー(日本電子製 質量分析計JMS−MS700V)
測定条件はInertCap 1内径0.25mm、長さ30mのガラスキャピラリーカラムにジメチルポリシロキサンを充填し、カラム温度、100℃、試料入口温度300℃、検出器温度250℃、アルゴンガス3.0kg/cmとした。メタノール、ギ酸、ホルムアルデヒド、t−2−hexcenoic acid、t−2−hexenolのいずれも標準物質との保持時間により定性、既知濃度の標準物質試料を作製し、検量線を引き定量を行った。
【0037】
・高速液体クロマトグラフィー(日本分光製 UV−2075、PU−2080、CO−2065)
測定条件は内径4.6mm、長さ15cmのODS−120ステンレスカラム(東ソー)、移動相は0.9質量%リン酸水溶液(水を2回蒸留したものを使用)、流速0.5mL/min。カラム温度30℃。ギ酸、ホルムアルデヒド、t−2−hexcenoic acidのいずれも標準物質との保持時間により定性、既知濃度の標準物質試料を作製し、検量線を引き定量を行った。
本発明で使用した水は、日本ミリポア社製純水製造装置(Elix−UV3、60Lタンク、Milli−Q Academic、ASM)で作られた導電率18MΩcmの精製水である。
【0038】
実施例1
(PQQ、FDH、ADH、Dp、NADHを含む溶液での二酸化炭素のメタノールへの電解還元反応)
5mMのPQQ(和光純薬社製)、5mMのNADH(ナカライテスク社製)、20μMのDp(オリエンタル酵母社製、EC1.8.1.4)、2.5酵素単位のADH(シグマ社製、EC1.1.1.1)、2.5酵素単位のFDH(ロシュ社製、EC1.2.1.2)および0.3Mの炭酸水素ナトリウム(和光純薬社製)を含む、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)10mlに、作用極としてGF電極(2cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板、参照電極としてSCEを浸した。
前記リン酸緩衝液に二酸化炭素ガスを5分間通気した後、SCEに対して−0.5Vとなるように電位を印加して60時間通電した。一定時間ごとに反応液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィー(日本電子社製、JMS−MS700V)で生成物の定性、および定量を行ったところ、通電直後からギ酸の生成が確認され、通電開始10時間後に生成量が約10μmolとなり、その後、時間とともに生成量は減少した。一方、通電開始10時間後からメタノールの生成が観察され、その生成量は通電開始60時間後に約20μmolとなった。この結果から、PQQ、FDH、ADH、Dp、NADHの存在下における電解還元反応により、二酸化炭素がギ酸を経てメタノールに還元されることがわかった。なお、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーではホルムアルデヒドの生成は確認されなかった。
【0039】
実施例2
(PQQ修飾GF電極の作製)
60(v/v)%メタノール水溶液5mlにPAA(日東紡社製、重量平均分子量70,000)、100μlと、PQQ5μmolとWSC6μmolを溶解した。この溶液にGF(5cm×2cm×0.5cm)を室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。このようにして得られた電極をPQQ修飾GF電極とした。
【0040】
実施例3
(PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極の作製)
5mMのNADHと、20μMのDpと、2.5酵素単位のADHと、2.5酵素単位のFDHと、WSC6μmolを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに実施例2で作製したPQQ修飾GF電極(2cm×1cm×0.5cm)を室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。このようにして得られた電極をPQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極とした。
【0041】
実施例4
(PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極による二酸化炭素のメタノールへの電解還元)
0.3Mの炭酸水素ナトリウムを含む、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)10mlに、作用極としてPQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極(2cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板、参照電極としてSCEを浸した。前記リン酸緩衝液に二酸化炭素ガスを5分間通気した後、SCEに対して−0.5Vとなるように電位を印加して30時間通電した。一定時間ごとに反応液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーで生成物の定性、および定量を行ったところ、通電直後からギ酸の生成が確認され、通電開始5時間後に生成量が約10μmolとなり、その後、時間とともに生成量は減少した。一方、通電開始5時間後からメタノールの生成が観察され、その生成量は通電開始30時間後に約20μmolとなった。この結果から、PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極を用いた電解還元反応により、二酸化炭素がギ酸を経てメタノールに還元されることが明らかとなった。加えて本実施例では実施例1に比べて半分の時間で同じ量のメタノールが生成されたことから、酵素修飾電極の使用により電解反応が効率良く進行することが示された。なお、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーではホルムアルデヒドの生成は確認されなかった。
【0042】
実施例5
(PAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極の作製)
0.1(w/v)%PAAc(和光純薬工業、重量平均分子量1,400,000)を含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに実施例2で作製したPQQ修飾GF電極(5cm×2cm×0.5cm)を室温で2時間浸し放置した後、減圧乾燥することでPAAc被覆PQQ修飾GF電極を作製した。この電極を5mMのNADHと、20μMのDpと、2.5酵素単位のADHと、2.5酵素単位のFDHと、WSC6μmolを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。このようにして得られた電極をPAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極とした。
【0043】
実施例6
(PAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極による二酸化炭素のメタノールへの電解還元)
0.3Mの炭酸水素ナトリウムを含む、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)10mlに、作用極としてPAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極(2cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板、参照電極としてSCEを浸した。前記リン酸緩衝液に二酸化炭素ガスを5分間通気した後、SCEに対して−0.5Vとなるように電位を印加して15時間通電した。一定時間ごとに反応液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーで生成物の定性、および定量を行ったところ、通電直後からギ酸の生成が確認され、通電開始2時間後に生成量が約12μmolとなり、その後、時間とともに生成量は減少した。一方、通電開始2時間後からメタノールの生成が観察され、その生成量は通電開始15時間後に約28μmolとなった。この結果から、PAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極を用いた電解還元反応により、二酸化炭素がギ酸を経てメタノールに還元されることが明らかとなった。加えて本実施例では実施例4に比べて半分の時間でより多くの量のメタノールが生成されたことから、PAA、PAAc共被覆PQQ−FDH−ADH−Dp−NADH複合修飾GF電極の使用により電解反応が効率良く進行することが示された。なお、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーではホルムアルデヒドの生成は確認されなかった。
【0044】
実施例7
(PQQ−Dp−ADH複合修飾GF電極の作製)
20μMのDpと、2.5酵素単位のADHと、WSC6μmolとを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに実施例2で作製したPQQ修飾GF電極(5cm×2cm×0.5cm)を室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。このようにして得られた電極をPQQ−Dp−ADH複合修飾GF電極とした。
【0045】
実施例8
(PQQ−Dp−ADH複合修飾GF電極によるt−2−hexenoic acidのt−2−hexenolへの電解還元)
5mMのNADHと10mMのt−2−hexenoic acidとを含む0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)10mlに作用極としてPQQ−Dp−ADH複合修飾GF電極(1cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板、参照電極としてSCEを浸した。溶液中の溶存酸素を除去するために窒素ガスで10分間バブリングを行った後、SCEに対して−0.5Vで8時間通電した。一定時間ごとに反応液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーで生成物の定性、および定量を行ったところ、通電開始2時間後からt−2−hexenoic acidの減少に伴いt−2−hexenolの生成が観察された。8時間の通電で100μmolのt−2−hexenolが生成した。この結果から、PQQ−Dp−ADH複合修飾GF電極はカルボン酸の還元反応にも利用可能であることが明らかとなった。
【0046】
実施例9
(PQQ修飾GF電極にNADH、Dp、ADHを逐次的に固定した電極の作製)
0.1(w/v)%PAAc(和光純薬工業、重量平均分子量1,400,000)を含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに実施例2で作製したPQQ修飾GF電極(5cm×2cm×0.5cm)を室温で2時間浸し放置した後、減圧乾燥することでPAAc被覆PQQ修飾GF電極を作製した。この電極を5mMのNADHとWSC6μmolを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。次にこの電極を20μMのDpとWSC6μmolを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。さらにこの電極を2.5unitのADHとWSC6μmolを含む60(v/v)%メタノール水溶液5mlに室温で72時間浸し反応させた。反応終了後、減圧乾燥し、30(v/v)%メタノール水溶液で3回濯ぎ減圧乾燥した。
【0047】
実施例10
(PQQ修飾GF電極にNADH、Dp、ADHを逐次的に固定した電極によるギ酸のメタノールへの電解還元)
10mMのギ酸と0.3Mの炭酸水素ナトリウムとを含む、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)10mlに、作用極として実施例9で作製した電極(2cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板、参照電極としてSCEを浸した。溶液中の溶存酸素を除去するために窒素ガスで10分間バブリングを行った後、SCEに対して−0.5Vとなるように電位を印加して通電した。一定時間ごとに反応液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィー、および高速液体クロマトグラフィーで生成物の定性、および定量を行った。比較のため、ポリアリルアミンを介してPQQ、NADH、Dp、ADHを固定したGF電極、およびPQQ修飾GF電極にNADH、Dp、ADHを一度に固定した電極について同様の実験を行った。その結果、NADH、Dp、ADHを逐次的に固定した電極で最も早く反応が進行した。
【0048】
実施例11
(厚さをコントロールした電極の作製)
GF電極(2cm×1cm×0.5cm)をPQQ修飾率3.5%の0.4重量%ポリアリルアミンのメタノール溶液0.5mlに浸漬後、乾燥した。この操作を1〜7回繰り返し、毎回サイクリックボルタンメトリーを行って修飾電極反応挙動を調べた。
なお、厚さは、GF電極に浸み込んだポリアリルアミンの体積をGF電極の表面積で除した値とした。また、サイクリックボルタンメトリーは、作用極としてPQQ修飾GF電極(2cm×1cm×0.5cm)、対極として白金板(2cm×1cm×0.1cm)、参照電極としてSCEを、電解質液として、窒素ガスで30分間バブリングを行った0.1Mのリン酸緩衝液(pH7)を用い、走引速度50mV/secで、−1.0Vから+0.5Vまで電位を走引した。
積層回数を重ねることにより還元ピーク電流値は増加したものの、厚さが0.32μmを超えて積層を重ねても還元ピーク電流値の増加は見られなかった。一方、酸化還元ピーク電位差も厚さが0.32μmを超えるまでは積層を重ねることにより大きくなった。
【0049】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0050】
本明細書で開示されている酵素修飾電極及び当該酵素修飾電極を備えた電気化学反応装置は酸化還元反応による化学物質の製造に利用できる。また、当該電気化学反応装置では水系の溶媒中、常温常圧で反応が進行するため環境負荷が少なく、省エネルギーで化学物質を製造することができる。さらに、当該電気化学反応装置では電極構成により、二酸化炭素を原料としてギ酸、メタノールなどを製造することができ、自然エネルギー由来電源を用いれば環境中から二酸化炭素を実質的に削減することができる。現状、分離された二酸化炭素の処理は地下貯留が考えられているが、当該電気化学反応装置を用いることで、二酸化炭素を資源として積極的に利用することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の高分子化合物、第2の高分子化合物、電子伝達メディエーター、補酵素および酵素が、導電体に固定されてなる酵素修飾電極であって、
第1の高分子化合物および第2の高分子化合物は、電荷を有する高分子化合物であり、
電子伝達メディエーターは、導電体と補酵素との間の電子伝達を仲介する機能を有する化合物であり、
導電体は、繊維状の導電性物質からなるフェルトであり、
第1の高分子化合物が、導電体の表面の少なくとも一部を被覆して、第1の被覆層を形成しており、
第1の被覆層上に電子伝達メディエーターが、共有結合により固定されており、
さらに第2の高分子化合物が、電子伝達メディエーターおよび第1の被覆層の表面の少なくとも一部を被覆して、第2の被覆層を形成しており、
第2の被覆層上に補酵素および酵素が、共有結合により固定されてなる酵素修飾電極。
【請求項2】
第1の被覆層が0.06〜0.4μmの厚さを有し、第2の被覆層が0.03〜0.4μmの厚さを有する請求項1に記載の酵素修飾電極。
【請求項3】
前記酵素が、酸化還元反応を触媒する酵素であり、前記補酵素が、それぞれの前記酸化還元を触媒する酵素に対応した補酵素である請求項1または2に記載の酵素修飾電極。
【請求項4】
前記第1の高分子化合物が、アミノ基を有する高分子化合物であり、第2の高分子化合物が、カルボキシ基を有する高分子化合物である請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵素修飾電極。
【請求項5】
前記酵素が、ジアホラーゼと、ギ酸デヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ及びアルコールデヒドロゲナーゼから選ばれる少なくとも1種とを含み、前記補酵素が、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドであり、前記電子伝達メディエーターが、ピロロキノリンキノンであり、前記第1の高分子化合物が、ポリアリルアミンであり、前記第2の高分子化合物が、ポリアクリル酸であり、導電体が、カーボンフェルトである請求項1または2に記載の酵素修飾電極。
【請求項6】
前記酵素が、少なくともギ酸デヒドロゲナーゼを含む請求項5記載の酵素修飾電極。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の酵素修飾電極を作用極として用いる電気化学反応装置。
【請求項8】
請求項7に記載の電気化学反応装置を用いて、酸化または還元反応によって製造される化学物質の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の酵素修飾電極を作用極として使用する電気化学反応装置を用いて、二酸化炭素を還元することによる化学物質の製造方法。

【公開番号】特開2013−34422(P2013−34422A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172138(P2011−172138)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(311002067)JNC株式会社 (208)
【Fターム(参考)】