説明

酵素電極

【課題】酵素燃料電池やバイオセンサーなどの電気化学反応装置の電極として用いる酵素固定化電極において、酵素への気体基質の供給量を増加させ、高い出力を発揮できる電極を提供する。
【解決手段】酵素固定化電極を構成する導電性基体2の一部分を電解液9に接するように、導電性基体2のその他の部分を基質含有気体8に接するようにし、該導電性基体2の基質含有気体8に接している部分の少なくとも一部分に酵素6を固定化することにより、出力電力を向上する。なお、酵素6は、担体5をバインダー7で固定し、この担体5上に担持して間接的に固定化するか、あるいは担体5に直接固定化する。また、電解液接触部側にも酵素を固定化することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素電極に関し、特に、酵素燃料電池やバイオセンサーなど、電気化学反応装置の電極として利用可能な酵素電極に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素は、基質の特異性が高く、一般的に一定基質の一定反応下で強力に作用する。また、酵素は室温・中性の比較的温和な条件下で反応が進行する特徴をもつ。
【0003】
古くから、このような酵素の触媒作用が利用されてきたが、近年、酵素を利用したバイオセンサー、バイオ燃料電池など、電子工学部門への応用が検討・実用化されている。中でも、酵素と基質との酸化還元反応に伴って発生する電流を利用した酵素電極は、その利用が期待され、開発が進んでいる。
【0004】
酵素電極においては、一般的に、アノード電極では、糖、アミン、有機酸、水素等が基質として用いられる。一方、カソード電極では、酸素が基質としてよく用いられる。アノード電極の水素、カソード電極の酸素のように、酵素の基質として気体が用いられることがある。
【0005】
特許文献1には、電解液中にアノード電極とカソード電極があり、カソード電極に酸素を供給するために、電解液中に気体供給管を通して空気又は酸素を送り込み、バブリングを行っているバイオ燃料電池が開示されている。しかしながら、液中への酸素の溶解度は低く、拡散係数も小さいことから、カソード電極への酸素の供給には限界があり、出力の向上効果は十分でなかった。
そこで、非特許文献1には、カソード電極に酸素を供給しやすくするため、導電性基体の一方の面を空気中に、他方の面を電解液に接するように配置し、酵素を導電性基体の電解液に接する面のみに固定化した酵素電極が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-121280
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】学会要旨 2008年 214th Meeting of the Electrochemical Society October 12-17(Honolulu)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、酵素電極において、酵素への気体基質の供給量を増加させ、高い出力を発揮できる電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するために、本発明者らが鋭意検討した結果、電極を構成する導電性基体の一部分を電解液に接するように、導電性基体のその他の部分を基質含有気体に接するようにし、該導電性基体の基質含有気体に接している部分の少なくとも一部分に酵素を固定化することにより、出力電力を向上できるといった新知見を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明に関わる酵素電極は、導電性基体と、該導電性基体に
固定化された酵素とを有する酵素電極において、前記導電性基体は、電解液に接触する電解液接触部と、基質含有気体に接触する気体接触部とを有し、前記気体接触部の少なくとも一部分に、前記酵素が固定化されていることを特徴とするものである。
また、本発明に関わる酵素電極は、前記気体接触部に第一の酵素が、前記電解液接触部に第二の酵素が固定化されていることを特徴とするものである。第一の酵素と第二の酵素は、同じでも良いし、異なっていても良い。
本発明に関わる酵素電極は、前記導電性基体に担体がバインダーで固定化され、該担体に酵素が担持されていることを特徴とする。
さらに、前記気体接触部のバインダーが疎水性であり、前記電解液接触部のバインダーが親水性であることを特徴とする。
本発明の酵素電極を利用する対象として、バイオ燃料電池やバイオセン
サーが挙げられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の酵素電極では、酵素が直接的に基質含有気体に接することにより、酵素に供給される気体基質を増やすことができる。また、酵素を担持させる担体を固定化するバインダーを疎水性と親水性で塗り分けることにより、酵素に接する電解液の供給もコントロールすることができ、高い酵素機能を発揮することが可能になる。よって、本発明の酵素電極をバイオ燃料電池やバイオセンサーに用いることで、出力向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第一の実施形態の一例を示す酵素電極の構成を示す模式断面図である。
【図2】本発明の第二の実施形態の一例を示す酵素電極の構成を示す模式断面図である。
【図3】実施例1、2、比較例1の酵素電極のクロノアンペロメトリー測定結果を示すグラフである。
【図4】実施例3、4、比較例2の酵素電極のクロノアンペロメトリー測定結果を示すグラフである。
【図5】本発明の酵素電極を用いた酵素燃料電池の一例を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の具体的な実施の形態について、図を参照しながら説明するが、本発明は以下の例に限られるものではなく、従来公知の構成を付加したり、材料を変更したりする等、本発明の要旨を変更しない範囲での種々の応用が可能である。
【0014】
図1に示すように、本発明の第一の実施形態である酵素電極1は、導電性基体2、酵素6、担体5およびバインダー7とを有している。導電性基体2は、基質含有気体8に接触する気体接触部3と、電解液9に接触する電解液接触部4を有しており、気体接触部3には酵素6が、担体5とともにバインダー7で固定化されている。
【0015】
図2に示すように、本発明の第二の実施形態である酵素電極10は、導電性基体2、第一の酵素6a、第二の酵素6b、担体5およびバインダー7を有している。導電性基体2は、基質含有気体8に接触する気体接触部3と、電解液9に接触する電解液接触部4を有しており、気体接触部3には第一の酵素6aが、電解液接触部4には第二の酵素6bが、担体5とともにバインダー7で固定化されている。
【0016】
図1、図2では、導電性基体2に担体5をバインダー7で固定化し、担体5に酵素6、6a、6bを担持することにより、酵素を導電性基体に固定化しているが、本発明の酵素の導電性基体への固定化は、特に間接的な固定化に限定されることはなく、酵素を直接、導電性基体に固定化してもよい。
【0017】
酵素と導電性部材間における電子の受け渡しを効率的に行うためには電子メディエータを使用してもよい。電子メディエータとしては、例えば、ABTS(2,2’-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸))、ジアンモニウム塩、ビタミンK3、2-アミノ-3カルボキシ-1, 4-ナフトキノンを使用することができる。また、これらの電子メディエータを誘導体化処理をして用いることもできる。
【0018】
導電性基体2は、酵素、担体及びメディエータをより多く固定化ができる点において、例えば、カーボンフェルト、カーボンペーパー、カーボンクロス、カーボンスポンジなどの高表面積を持つ炭素繊維の集合体が適している。酵素およびメディエータ溶液の担持と電子伝達が可能な素材であれば、これら炭素繊維材料でなくとも、例えば導電性樹脂などを使用することもできる。
【0019】
担体5は、酵素およびメディエータを担持させるために必要なもので、
より多くの酵素およびメディエータを担持させるという点で多孔性の微粒
子材料などが好ましく用いられる。具体的には、ケッチェンブラック、カ
ーボンクライオゲル、活性炭、グラファイト、カーボンナノチューブ、カ
ーボンナノホーンなどが挙げられる。
【0020】
酵素6、6a、6bは、気体基質を酸化または還元できればよい。アノード電極において、基質を水素とする場合には、水素を酸化できればよく、具体的には、水素酸化酵素(ヒドロゲナーゼ、ニトロゲナーゼ)などが用いられる。カソード電極において、基質を酸素とする場合には、酸素を還元できればよく、具体的には、ビリルビンオキシダーゼ、ラッカーゼ、ペルオキシダーゼ、マルチ銅オキシダーゼ(CueO)などが用いられる。
酵素の固定化は、特に導電性基体の表面だけに限定されることはなく、導電性基体内部に酵素を固定化してもよい。
【0021】
バインダー7は、担体5を導電性基体2に固定化するために用いられるものである。具体的には、疎水性のバインダーとしては、ポリテトラフルオロエチレン(テフロン(登録商標))、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などが挙げられ、親水性のバインダーとしては、ポリビニルピリジン、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル、アルギン酸カルシウム、κ-カラギーナンなどが挙げられる。また、この他にレシチンなどの両極性化合物を用いたり、前記疎水性のバインダーと親水性のバインダーを混合して用いたりすることもできる。気体接触部3に疎水性のバインダーを、電解液接触部4には親水性のバインダーを用いると、気体接触部への電解液の供給量をコントロールすることができ、気体接触部に固定化された酵素への気体基質と電解液との供給バランスがとれ、電力の高出力化を図ることができるので好ましい。
【0022】
基質含有気体8は、気体基質単体、または気体基質を含む混合気体であれば特に限定されない。カソード電極の基質として、酸素を用いる場合には、他の装置や材料などの用意が必要なく、容易に実施できることから、空気が好ましく用いられる。
【0023】
電解液9は、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、トリス塩酸塩緩衝液、MOPS(3-(N-morpholino)propanesulfonic acid)緩衝溶液、MacIlvine溶液などが、使用する酵素の至適pHに応じて用いられる。電解液9中にはアノード電極やカソード電極の酵素に作用する基質物質が混合されていても良く、例えば、メタノール等のアルコール類、グルコース等の糖類、脂肪類、タンパク質、糖代謝の中間生成物の有機酸(グルコース-6-リン酸、フルクトース-6-リン酸、フルクトース-1,6-ビスリン酸、トリオースリン酸イソメラーゼ、1,3-ビスホスホグリセリン酸、3-ホスホグリセリン酸、2-ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、アセチル-CoA、クエン酸、cis-アコニット酸、イソクエン酸、オキサロコハク酸、2-オキソグルタル酸、スクシニル-CoA、コハク酸、フマル酸、L-リンゴ酸、オキサロ酢酸など)、これらの混合物などが用いられる。また、溶液中のイオン強度を高めるために支持電解質として適当な塩類を混合しても良い。
【0024】
第一の実施形態および第二の実施形態に示される酵素電極は酵素に対する気体基質の供給量が多いことから、酵素燃料電池やバイオセンサーの電極として用いられることが好ましい。前記酵素電極をカソード電極11として組み付け、気体基質として酸素を用いた酵素燃料電池の一例を図5に示す。カソード電極11とアノード電極12の間にはセパレーターを設けてもよい。セパレーターは、プロトン伝導性を有し、電解液9が染み出すような構成とし、セパレーターから染み出した電解液9がカソード電極11に触れるようにする。セパレーターとしては具体的には、セロハン、ナフィオン、PVDF膜、ろ紙など上記目的を達すればどのような素材でも良い。
【0025】
本発明の酵素電極の具体的なサンプルを、クロノアンペロメトリー測定によって、評価を行った。
【0026】
<酵素電極の作製>
直径1.2cmに切り抜いた厚さ370μmのカーボンペーパー(東レ社製)を用意し、以下に示す手順に従って、酵素電極A〜Dを作製した。
ケッチェンブラック(ライオン社製)10mg、2-プロパノール4ml、テフロン6.67mg秤量し、超音波破砕機を用いて成分を十分分散させ、カーボンスラリーを作製した。前記カーボンペーパーの一方の面に該カーボンスラリーを適量塗布し、60℃の乾燥機にて溶媒を除去乾燥させ担体面を形成させ、担体面を一方の面にのみ有する電極材料Aを作製した。電極材料Aを、濃度が10mg/mlとなるように調節したビリルビンオキシダーゼ溶液(天野エンザイム社製)に浸漬、4℃で12時間静置して酵素を固定化し、酵素担持面を一方の面にのみ有する酵素電極Aを作製した。
前記カーボンスラリーを前記カーボンペーパーの両面に適量塗布した以外は酵素電極Aと同様にし、酵素担持面を両面に有する酵素電極Bを作製した。
ケッチェンブラックをカーボンクライオゲルに変えた以外は酵素電極Aと同様にし、酵素担持面を一方の面にのみ有する酵素電極Cを作製した。
ケッチェンブラックをカーボンクライオゲルに変えた以外は酵素電極Bと同様にし、酵素担持面を両面に有する酵素電極Dを作製した。
【0027】
<電極の組み付け方>
それぞれの酵素電極の構成と組み付け方を表1に示す。
(実施例1)酵素電極Aの酵素担持面に基質となる酸素を含む空気が、酵素非担持面に電解液が接触するように電極評価用の筐体に組み付けた。
(実施例2)酵素電極Bの酵素担持面の一方の面に基質となる酸素を含む空気が、他方の面に電解液が接触するように電極評価用の筐体に組み付けた。
(実施例3)酵素電極Aを酵素電極Cに変えた以外は実施例1と同様にして、電極評価用の筐体に組み付けた。
(実施例4)酵素電極Bを酵素電極Dに変えた以外は実施例2と同様に
して、電極評価用の筐体に組み付けた。
(比較例1)酵素電極Aの酵素担持面に電解液が、酵素非担持面に基質となる酸素を含む空気が接触するように電極評価用の筐体に組み付けた。
(比較例2)電極材料Aを電極材料Cに変えた以外は比較例1と同様に
して、電極評価用の筐体に組み付けた。



酵素電極
担体
電解液 接触部
気体接触部

実施例1
A
ケッチェンブラック
酵素非担持
酵素担持

実施例2
B
ケッチェンブラック
酵素担持
酵素担持

実施例3
C
カーボンクライオゲル
酵素非担持
酵素担持

実施例4
D
カーボンクライオゲル
酵素担持
酵素担持

比較例1
A
ケッチェンブラック
酵素担持
酵素非担持

比較例2
B
カーボンクライオゲル
酵素担持
酵素非担持


【0028】
<クロノアンペロメトリー測定>
電解液として、pH7のリン酸ナトリウムバッファーを用い、電気化学アナライザーLS/CH 708cを用いて作用電極、参照電極、カウンター電極の3電極式装置で測定した。作用電極には、前記酵素電極を、参照電極には銀-塩化銀電極(製品名:RE-1B 参照電極)を、カウンター電極には白金電極(製品名:VC-2用Ptカウンター電極)を用いた。室温で、測定電位は、0.1Vとし、600秒を目安として、得られる電流が安定するまで測定を行い、安定した電流値を記録した。
【0029】
担体として、ケッチェンブラックを用いた実施例1, 2と比較例1の出力値の結果を図3に示す。
電解液接触部に、酵素が固定化されていた比較例1の電極よりも、気体接触部に酵素が固定化されている実施例1の電極の方が、高出力であることが分かる。また、電解液接触部、気体接触部の両方に酵素が固定化された実施例2の電極が最も高出力であり、好ましいことが分かる。
担体として、カーボンクライオゲルを用いた実施例3,4と比較例2の出力値の結果を図4に示す。図4も図3と同様の傾向にあり、酵素の担体であるカーボンの種類は特に限定されないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
このように、電極を構成する導電性基体が、基質含有気体に接触する気体接触部と、電解液に接する電解液接触部とを有し、前記気体接触部の少なくとも一部分に酵素が固定化されていることを特徴とする酵素電極を用いることにより、酵素に気体基質を十分に供給することができ、出力を向上させることができた。
高出力である本発明の酵素電極は、酵素燃料電池および、酵素センサーに利用することができる。
【符号の説明】
【0031】
1、10 酵素電極 2 導電性基体 3 気体接触部
4 電解液接触部 5 担体
6、6a、6b 酵素
7 バインダー 8 基質含有気体 9 電解液
11 カソード電極 12 アノード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基体と、該導電性基体に固定化された酵素とを有する酵素電極において、
前記導電性基体は、基質含有気体に接触する気体接触部と、電解液に接触する電解液接触部とを有し、
前記気体接触部の少なくとも一部分に、前記酵素が固定化されていることを特徴とする酵素電極。
【請求項2】
前記気体接触部に第一の酵素が、前記電解液接触部に第二の酵素が固定化されていることを特徴とする請求項1記載の酵素電極。
【請求項3】
導電性基体に担体がバインダーで固定化され、該担体に酵素が担持されていることを特徴とする請求項1又は2記載の酵素電極。
【請求項4】
前記気体接触部のバインダーが疎水性で、前記電解液接触部のバインダーが親水性であることを特徴とする請求項3に記載の酵素電極。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の酵素電極を備えることを特徴とする燃料電池。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載の酵素電極を備えることを特徴とす
る酵素センサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−267537(P2010−267537A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118877(P2009−118877)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】