説明

酸加水分解によるRNAの分解方法及びそれを用いたRNAの配列解析方法

【課題】RNAを簡便に且つ効率良く分解することができる方法、及び簡便に且つ解析感度高くRNAの配列を解析することができる方法を提供する。
【解決手段】ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合物を得る工程を含む、RNAの分解方法。ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合液を得る工程と、前記反応混合物を質量分析に供し、前記RNAの配列を決定する工程とを含む、RNAの配列解析方法。具体的には、前記トリフルオロ酢酸水溶液中のトリフルオロ酢酸の濃度は1.25〜3%(v/v)とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子生物学分野、特に核酸医薬分野に関する。より具体的には、本発明は、リボ核酸の分解方法及びリボ核酸の配列解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の塩基配列決定法の例として、サンガー法を用いたシーケンサや、次世代型シーケンサと総称される高速解読装置を用いた方法が知られている。
また、核酸の塩基配列決定法の他の例として、ジメチル硫酸やヒドラジンによって塩基特異的にリン酸ジエステル結合を化学的分解させる方法も知られている。
【0003】
Anal. Chem. 2009, 81, 3173-3179(非特許文献1)には、反応チューブ内においてRNAをトリフルオロ酢酸水溶液を用いた酸加水分解に供し、その後、3−ヒドロキシピコリン酸及びACDB(クエン酸ジアンモニウム)を用いた質量分析を行うことによって、RNAの塩基配列を決定する方法が開示されている。
【0004】
特開2008−292422号公報(特許文献1)には、ステンレスプレート上において、RNAに、3−ヒドロキシピコリン酸及びACDBを加え、その後MALDI質量分析に供したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−292422号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】アナリティカル・ケミストリ(Analytical Chemistry)、2009年、第81巻、p.3173−3179
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
サンガー法においては核酸の分解に酵素反応が用いられる。酵素反応は塩基配列に依存するため、解析すべき配列によっては分解を行うことができない。このような酵素反応を用いた配列解析法においては、解析すべき配列によっては配列解析を行うことができないという問題 がある。
【0008】
また、上述の化学的分解を行う方法においては、サンプルが大量に必要となることや、非常に危険な試薬が用いられる場合があることなどの問題がある。
【0009】
さらに、上記特許文献1や非特許文献1に記載の方法においては、十分な解析感度が得られない場合がある。
【0010】
そこで、本発明は、RNAを簡便に且つ効率良く分解することができる方法、及び簡便に且つ解析感度高くRNAの配列を解析することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、鋭意検討の結果、トリフルオロ酢酸水溶液を用いたRNAの酸加水分解反応系において、ヒドロキシピコリン酸を共存させることによって、上記本発明の目的を達成することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、以下の発明を含む。
下記(1)及び(2)は、RNAの分解方法に向けられ、下記(3)〜(6)は、RNAの配列解析方法に向けられる。
【0013】
(1)ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合物を得る工程を含む、RNAの分解方法。
【0014】
(2)前記酸加水分解反応系における前記トリフルオロ酢酸の濃度が1.25〜3%(v/v)である、(1)に記載の方法。
【0015】
(3)ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合物を得る工程と、
前記反応混合物を質量分析に供し、前記RNAの配列を決定する工程と
を含む、RNAの配列解析方法。
【0016】
(4)前記酸加水分解反応系における前記トリフルオロ酢酸の濃度が1.25〜3%(v/v)である、(3)に記載の方法。
【0017】
(5)前記質量分析がMALDI質量分析装置によって行われるものである、(3)又は(4)に記載の方法。
上記(5)の方法においては、質量分析に供する際、前記反応混合物にマトリックス添加剤が添加されうる。
【0018】
(6)前記酸加水分解反応及び前記質量分析が同一の質量分析用プレート上で行われる、(3)〜(5)のいずれか1項に記載の方法。
(7)前記RNAの長さが15〜25塩基長である、(3)〜(6)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、RNAを簡便に且つ効率良く分解することができる方法、及び簡便に且つ解析感度高くRNAの配列を解析することができる方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1において、本発明の方法によって(すなわちトリフルオロ酢酸及び3−ヒドロキシピコリン酸を含む試薬溶液を用いて)処理したRNAサンプルを、MALDI-TOF MS測定することによって得られたマススペクトル(a)及びRNA配列解析結果(b)である。
【図2】実施例1において、トリフルオロ酢酸及び3−ヒドロキシピコリン酸を含む試薬溶液を用いて処理したRNAサンプルについて得られたマススペクトル(a)、及び、比較例1において、トリフルオロ酢酸を含み3−ヒドロキシピコリン酸を含まない試薬溶液を用いて処理したRNAサンプルについて得られたマススペクトル(b)である。
【図3】実施例2において、トリフルオロ酢酸の濃度を変化させた場合のそれぞれにおいて得られたマススペクトルである。
【図4】実施例3において、トリフルオロ酢酸の濃度を変化させた場合のそれぞれにおいて得られたマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[1.酸加水分解工程]
[1−1.RNA]
本発明で対象となるRNA(リボ核酸)は、基本的に核酸塩基としてアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)を有するものであれば特に限定されるものではない。また、核酸塩基は修飾などの変更を伴うことも許容される。また、RNAは一本鎖及び二本鎖を問わないが、配列解析のしやすさの観点からは、一本鎖であることが好ましい。
【0022】
本発明においては、低分子のRNAであることが好ましい。例えば、15〜25塩基長の長さを有するものが挙げられる。特に、本発明は、siRNAの配列解析を行う場合に有用であるため、RNAは、一般的なsiRNAが有する20〜25塩基長又は21〜23塩基長の長さを有するものであることが好ましい。
【0023】
本発明に供されるRNAのスケールは特に限定されない。特に、本発明は、微量のRNAを取り扱う場合に有用であるため、RNAはピコモルレベル、例えば5〜20ピコモル程度であることが好ましい。この程度のスケールであれば、本発明における工程をプレート上で簡便に実施することができる。
【0024】
[1−2.ヒドロキシピコリン酸]
本発明は、RNAの酸加水分解においてヒドロキシピコリン酸が用いられる。ヒドロキシピコリン酸としては、存在しうる位置異性体を全て含みうるが、特に、本発明においては、3−ヒドロキシピコリン酸が好ましく用いられる。3−ヒドロキシピコリン酸は、通常、核酸の質量分析用マトリックスとして用いられるものである。
【0025】
ヒドロキシピコリン酸の使用量は、例えば、RNA量に対して、100〜10000倍量、好ましくは500〜5000倍量(モル基準)とすることができる。上記範囲外では、十分な酸加水分解反応が起こりにくく、さらに質量分析時にイオン化が阻害される傾向にある。
【0026】
[1−3.トリフルオロ酢酸]
本発明で用いられるトリフルオロ酢酸は、RNAの酸加水分解の試薬として用いられるものである。従って、RNAの酸加水分解を可能にする濃度で用いられる。酸加水分解を可能にする濃度は、RNAの鎖長を考慮して決定されてよい。例えばより短い鎖長のRNAを処理する場合は、比較的低い濃度が許容される。また、より長い鎖長のRNAを処理する場合は、比較的高い濃度が好ましい傾向がある。
【0027】
具体的には、トリフルオロ酢酸は、酸加水分解反応系中(すなわち、RNA、ヒドロキシピコリン酸及びトリフルオロ酢酸を少なくとも含む反応混合液中)における濃度が例えば1.25〜3%(v/v)となる濃度で用いることができる。上記範囲を下回ると、RNAの配列解析を可能にする程度の十分な分解(すなわち、配列情報を与えることができる程度の十分な種類のフラグメントを得ること)が困難となる傾向にある。上記範囲を上回ると、配列解析のために好ましい程度を超える過剰の分解がなされる(すなわち、より小さいフラグメントが相対的に過剰に生じ、より大きいフラグメントが検出されにくくなることによって、配列解析が困難になる)傾向にある。さらに、20塩基長以上の長さを有するRNAの配列解析を行う場合、解析感度の観点からは、上記濃度の下限値が1.5%(v/v)或いは2.0%(v/v)であることが好ましい場合がある。
【0028】
[1−4.酸加水分解反応]
酸加水分解反応は、上記のRNA、ヒドロキシピコリン酸及びトリフルオロ酢酸を少なくとも含む反応混合液中で行われる。それぞれの成分の混合する順番は特に限定されない。例えば、RNAを含むサンプル溶液と、ヒドロキシピコリン酸とトリフルオロ酢酸を含む試薬溶液とを調製し、サンプル溶液と試薬溶液とを混合することによって反応を開始することができる。それぞれの溶液は、水溶液として調製されうる。
【0029】
酸加水分解反応は、室温(25±5℃)で行うことができる。また反応時間としては特に限定されるものではない。微小スケール、具体的には上述の5〜20ピコモル程度であれば、5〜10分、例えば10分程度とすることができる。例えば、酸加水分解反応後に後述の質量分析を行う場合には、サンプル溶液と試薬溶液との混合溶液を質量分析用プレート上に滴下し、反応の間、例えば当該混合溶液が自然乾燥するまで、放置することができる。
【0030】
酸加水分解反応によって、RNAにおけるホスホジエステル結合が分解され、長さの異なる複数種のRNAフラグメントが生じる。従って、本発明の酸加水分解反応によって、長さの異なる複数種のRNAフラグメントを含む反応混合物(液体状及び固体状を問わない)を得ることができる。
【0031】
[2.質量分析工程]
上記のRNAの酸加水分解によって得られた反応混合物を質量分析に供することによって、RNAの配列を決定することができる。
質量分析がMALDI法によって行われる場合、反応混合物中に存在する、上記酸加水分解反応において用いられたヒドロキシピコリン酸が、質量分析用マトリックスとして機能する。従って、質量分析においては、マトリックスを上記反応混合物に添加する必要はない。しかしながら、上記反応混合物にマトリックスを添加することを格別除外するものではない。
【0032】
[2−1.マトリックス添加剤]
MALDI法を用いた質量分析においては、通常マトリックス添加剤が用いられる。マトリックス添加剤としては、有機酸又は無機酸のアンモニウム塩を用いることができる。具体的には、クエン酸ジアンモニウム(Ammonium citrate dibase (ACDB))、酢酸アンモニウム(Ammonium Acetate (AA))、塩化アンモニウム(Ammonium Chloride (ACl))、クエン酸トリアンモニウム(Ammonium citrate tribase (ACTB))、フッ化アンモニウム(Ammonium fluoride (AF))、酒石酸アンモニウム(Ammonium tartarate (AT))などが挙げられる。本発明においては、上述の添加剤の中でもACDBを用いることが好ましい場合がある。
【0033】
[2−2.質量分析用サンプルの調製]
酸加水分解によって得られた反応混合物は、そのまま、マトリックス添加剤に接触させられうる。反応混合物が、プレート上で乾燥スポットの状態で得られる場合は、当該乾燥スポット上に重ねて、マトリックス添加剤水溶液を滴下し、乾燥させることによって、質量分析用サンプルを調製することができる。このように、本発明の方法によると、解析すべきRNAの前処理工程である酸加水分解工程と質量分析工程との両方を、同一のプレート上で簡便に行うことができる。従って、プレートは、通常質量分析で用いられるターゲットプレートを特に限定することなく用いることができる。
【0034】
[2−3.質量分析]
質量分析は、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)法によって行われることが好ましく、さらに、MALDI法とTOF型質量分析計(飛行時間型質量分析計)との組み合わせ(MALDI-TOF MS)によって行われることが好ましい。
本発明のRNA配列解析法においては、RNAの前処理である酸加水分解によって、配列情報を与えるに十分な複数種のRNAフラグメントをバランスよく得ることができる。このため、質量分析で得られるマススペクトルは、各RNAフラグメント由来のピーク間の質量差が、RNAを構成するヌクレオチドの質量を示すものとして得ることができる。従って、ピーク間の質量差を読むことによって、RNA配列解析を非常に容易に行うことができる。
【実施例】
【0035】
以下に実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。なお、以下において、%で表された量は特に断りのない限り体積を基準にしたものである。また、実施例で得られたマススペクトルにおいては、横軸は質量/電荷(m/z)を表し、縦軸は相対強度を表す。
[実施例1]
本実施例においては、siRNAをサンプルとした。このsiRNAの配列は、5’- UAUCACUUGAUCUCGUACAdTdT -3’( UAUCACUUGAUCUCGUACA:配列番号1)である。
siRNAサンプルを10pmol/μlに調製した。さらに、5%トリフルオロ酢酸水溶液中に50mg/mlの濃度で3−ヒドロキシピコリン酸(3-HPA)を含む試薬溶液を調製した。
上記サンプル溶液と上記試薬溶液とを同体積混合して反応混合液とした(すなわちトリフルオロ酢酸の終濃度を2.5%とした)後、直ちに反応混合液1μlをMALDI用ステンレスプレートにアプライし、風乾させた。得られた乾燥スポットに、0.5μlの10mg/ml クエン酸ジアンモニウム(ACDB)水溶液を重ねてアプライし、さらに風乾させた。乾燥後、MALDI-TOF MSにより測定を行った。
【0036】
MALDI-TOF MS測定によって得られたマススペクトルを、図1(a)に示す。また、配列解析結果を図1(b)に示す。図1(b)が示すように、全ての配列の解析を行うことができた。
【0037】
[比較例1]
試薬溶液には3−ヒドロキシピコリン酸を含ませず、クエン酸ジアンモニウム(ACDB)水溶液に3−ヒドロキシピコリン酸50mg/mlをさらに含ませたことを除いては、上記実施例1と同様の操作を行った。これによって得られたマススペクトルを図2(b)に示す。図2(a)は、実施例1で得られたマススペクトルである。図2が示すように、試薬溶液に3−ヒドロキシピコリン酸を含まない場合は、サンプルの全配列を解読することができなかった。これは、酸加水分解反応が十分に起こらなかったからであると考えられる。
【0038】
[実施例2]
本実施例においては、反応混合液中のトリフルオロ酢酸濃度を0.25%、0.5%、1.25%又は2.5%に変更したことを除いては、上記実施例1と同様の操作を行った。なお、トリフルオロ酢酸濃度が0%である例は比較用に示したものであり、比較例1に相当する。
これによって得られたそれぞれのマススペクトルを図3(a)〜(e)に示す。図3が示すように、トリフルオロ酢酸の終濃度が1.25%〜2.5%において、配列解析を行うことができた。特に、トリフルオロ酢酸の終濃度が2.5%の場合には、良好な解析結果を得ることができた。
【0039】
[実施例3]
本実施例においては、サンプルRNAを、配列5’- UCGAAGUAUUCCGCGUACGdTdT -3’( UCGAAGUAUUCCGCGUACG:配列番号2)を有するものに変更し、反応混合液中のトリフルオロ酢酸濃度を1.5%、2.0%、2.5%又は3.0%に変更したことを除いては、上記実施例1と同様の操作を行った。
これによって得られたそれぞれのマススペクトルを図4(a)〜(d)に示す。図4が示すように、トリフルオロ酢酸の終濃度が1.5%〜3.0%において、良好な解析結果を得ることができた。その中でも、トリフルオロ酢酸の終濃度が2.0%〜3.0%において、特に良好な解析結果を安定的に得ることができた。
【配列表フリーテキスト】
【0040】
配列番号1は、合成オリゴヌクレオチドである。
配列番号2は、合成オリゴヌクレオチドである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合物を得る工程を含む、RNAの分解方法。
【請求項2】
前記酸加水分解反応系における前記トリフルオロ酢酸の濃度が1.25〜3%(v/v)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ヒドロキシピコリン酸存在下、トリフルオロ酢酸を用いて、RNAの酸加水分解反応を行い、前記RNA由来のフラグメントを含む反応混合物を得る工程と、
前記反応混合物を質量分析に供し、前記RNAの配列を決定する工程と
を含む、RNAの配列解析方法。
【請求項4】
前記酸加水分解反応系における前記トリフルオロ酢酸の濃度が1.25〜3%(v/v)である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記質量分析がMALDI質量分析装置によって行われるものである、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記酸加水分解反応及び前記質量分析が同一の質量分析用プレート上で行われる、請求項3〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記RNAの長さが15〜25塩基長である、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−242185(P2011−242185A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112767(P2010−112767)
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】