説明

酸化ジルコニウムコーティングされた矯正用物品

【課題】摩耗を低減し、低水準の摩擦抵抗を示し、良好な審美的質を保持する矯正用物品を提供すること。
【解決手段】本発明は、基部(44、48)と、結晶性酸化ジルコニウムを含み、基部(44、48)の少なくとも一部に配置されたコーティング(46、50)とを含む矯正用物品(22、24)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
2005年12月14日に出願された、「低耐性コーティングを備える矯正用物品(Orthodontic Articles With Low-Resistance Coatings)」と題された、仮出願番号第60/743,031号に対して優先権を主張する。同日に出願され、「窒化ケイ素コーティングされた矯正用物品(Orthodontic Articles With Silicon Nitride Coatings)」と題された同時係属中の特許出願 (代理人整理番号61122US005)もまた参照により組み入れられる。
【0002】
(発明の分野)
本発明は、一般に、不正咬合を矯正するための歯科矯正治療に用いる歯科用物品に関する。具体的には、本発明は、ブラケット及びアーチワイヤのような矯正用物品に関し、それは低耐性コーティングを含む。
【背景技術】
【0003】
歯科矯正治療は、患者の顔の容姿、特に患者の口の前方に近接する領域の容姿を向上させるために、より良い位置に歯を移動させることを目的とする。歯科矯正治療はまた、咀嚼中に歯が互いにより良く機能するように、患者の咬合も改善する。
【0004】
歯科矯正治療システムの一つの種類としては、ブラケットとして知られる小さな物品のセットが挙げられ、それは患者の前歯、犬歯、及び小臼歯に固定される。各ブラケットは、アーチワイヤとして知られる弾性ワイヤを収容するためのスロットを有する。アーチワイヤは、ブラケット、従って関連する歯の望ましい位置への移動を導くための軌道として機能する。アーチワイヤの端部は、通常、患者の臼歯に固定されるバッカルチューブとして知られる小さな装置の通路に収容される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
矯正用ブラケットは、金属材料(例えば、ステンレススチール)、プラスチック材料(例えば、ポリカーボネート)、及びセラミック材料のような、多様な材料で入手可能である。単結晶及び多結晶アルミナのようなセラミック材料は、透明又は半透明なブラケットを提供できるため特に人気がある。透明又は半透明は外観はブラケットの可視性を減じ、それにより審美的な質を保つ。しかしながら、セラミック材料は、通常、アーチワイヤに対して摩耗作用を示し、使用中にブラケットの硬質セラミック材料が、アーチワイヤの比較的軟質な材料のノッチを摩損する。ノッチは、アーチワイヤに沿ったブラケットの動きを妨げる障壁として有効に機能する。結果として、摩耗により歯の移動の速度が遅くなる可能性があり、従って治療時間が長くなる可能性がある。このように、摩耗を低減し、低水準の摩擦抵抗を示し、良好な審美的質を保持する矯正用物品の必要性が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、基部と該基部の少なくとも一部に配置されたコーティングを備える矯正用物品であって、該コーティングは結晶性酸化ジルコニウムを含む。本発明はまた、矯正用物品の製造方法に関する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の矯正装置で歯科矯正治療を受けている代表的な患者の歯の正面図。
【図2】本発明の矯正装置のブラケットの上面斜視図。
【図3】図2の3−3部分から見た断面図であり、ブラケットの断面の構成要素を示す。
【図4】本発明の矯正装置のアーチワイヤの断面図であり、アーチワイヤの断面の構成要素を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
図1は、本発明の矯正用装置12で歯科矯正治療を受けている歯10の正面図である。歯10は、上顎歯列弓14と下顎歯列弓16を含む。それに対応して、矯正装置12は上顎用矯正ブレース18と下顎用矯正ブレース20を含み、それらは歯科矯正治療を提供するためにそれぞれ上顎歯列弓14と下顎歯列弓16に固定される。
【0009】
上顎用矯正ブレース18は、複数のブラケット22とアーチワイヤ24を含む。各ブラケット22は、上顎歯列弓14の1本の歯に接着され、アーチワイヤ24は上顎歯列弓14の周囲に延在し、各ブラケット22と係合する。同様に、下顎用矯正ブレース20は、複数のブラケット26とアーチワイヤ28を含み、各ブラケット26は下顎歯列弓16の1本の歯に接着され、アーチワイヤ28は下顎歯列弓16の周囲に延在し、各ブラケット26と係合する。アーチワイヤ24及び28は、歯科矯正治療中、ブラケット22及び26の望ましい位置への移動を導く軌道として機能する。
【0010】
以下で論じるように、1以上のブラケット22及び26並びにアーチワイヤ24及び28は、結晶性酸化ジルコニウム(ZrO2)コーティングを含み、歯科矯正治療の摺動機構を補助する。具体的には、コーティングは、ブラケット22とアーチワイヤ24間、及びブラケット26とアーチワイヤ28間の摩耗及び摩擦抵抗を低減させる。結果として、施術者が、歯科矯正治療中にアーチワイヤ24を調整する際、施術者によって選択された誘導力の作用下で、ブラケット22と関連する歯はアーチワイヤ24の長手方向の長さに沿って移動する。コーティングによってもたらされる摩耗及び摩擦の低減が、アーチワイヤ24に沿ってブラケット22をより容易に移動させる。これは、歯科矯正治療を完了するのに必要とされる時間と労力を低減させる。
【0011】
図2は、個々のブラケット22の上面斜視図である。議論を容易にするために、図2〜4は上顎矯正ブレース18(即ち、ブラケット22とアーチワイヤ24)の構成要素についてのみ言及する。しかしながら、かかる開示が下顎矯正ブレース20(即ち、ブラケット26とアーチワイヤ28の構成要素にも等しく当てはまることを理解されたい。図2に示すように、ブラケット22は、基部30と固定ウイング32及び34を備える。基部30は、歯面に接着するブラケット22の一部である。固定ウイング32及び34は、アーチワイヤ24(図示せず)を保持するために基部30に一体的に結合した一組の翼様構造である。代替実施形態では、アーチワイヤ24を保持するために、固定ウイング32及び34の組を、併合固定ウイング又は単一固定ウイングと置換してもよい。
【0012】
固定ウイング32の寸法は、スロット36及び結紮用凹部38a及び38bを画定する。同様に、固定ウイング34の寸法は、スロット40及び結紮用凹部42a及び42bを画定する。スロット36及び40は、アーチワイヤ24と係合するブラケット22の一部であり、ブラケット22とアーチワイヤ24の間の摩擦を低減するためのコーティングを含む。結紮凹部38a、38b、42a及び42bは、スロット36及び40内にアーチワイヤ24を保持するための標準的エラストマー又はワイヤ結紮糸を収容するように構成される。
【0013】
使用時、施術者はスロット36及び40内にアーチワイヤ24の一部を設置し、上顎矯正ブレース18内の各ブラケットと相互連結してよい。次いで、結紮糸をアーチワイヤ24上並びに固定ウイング32の後方の凹部38a及び38bと固定ウイング34の後方の凹部42a及び42中に設置してよい。これによりアーチワイヤ24がスロット36及び40内に固定される。歯科矯正治療中に、施術者がアーチワイヤ24を調整する場合、スロット36及び40内のコーティングによってもたらされる摩耗及び摩擦の低減が、アーチワイヤ24に沿ってブラケット22をより容易に移動させる。これは、歯科矯正治療を完了するのに必要とされる時間と労力を低減させる。
【0014】
図3は、図2の3−3部分の正面断面図であり、ブラケット22の断面の構成要素を示す。図示のように、ブラケット22は基部44とコーティング46を含む。基部44はブラケット22の大部分であり、組成的に多様な材料を含んでよい。基部44に好適な材料の例としては、金属材料(例えば、ステンレススチール)、プラスチック材料(例えば、ポリカーボネート)、及びセラミック材料(例えば、単結晶及び多結晶アルミナ)が挙げられる。基部44に特に好適な材料の例としては、ケリー(Kelly)らによる米国特許第4,954,080号及びカストロ(Castro)らによる米国特許第6,648,638号に開示されたもののような、良好な光学特性を有するセラミック材料が挙げられる。基部44は、矯正用ブラケットを製造するための標準的な技術により形成することができる。或いは、基部44は、コーティング46を含むために後処理された、市販の矯正用ブラケットであってもよい。好適な市販の矯正用ブラケットの例としては、取引表記「トランシェンド(TRANSCEND)」及び「クラリティー(CLARITY)」シリーズのセラミックブラケットが挙げられ、これらはカリフォルニア州モンロビア(Monrovia)の3Mユニテック社(3M Unitek Corporation)から入手可能である。ある実施形態では、取引表記「クラリティー(CLARITY)」シリーズのセラミックブラケットのように、基部44はスロット36(及び図2に示すスロット40)内に固定された分離ライナ(図示せず)を含んでよい。分離ライナに好適な材料としては、基部44用に上記で論じたものが挙げられる。
【0015】
コーティング46は、スロット36内の基部44を実質的に被覆する層であり、それによりスロット36内の摩擦係数の低下を提供する。コーティング46の第二部分(図示せず)はまた、同様の方式でスロット40内の基部44を実質的に被覆する。コーティング46は、好ましくは各スロット36及び40の少なくとも二面にわたって延在し、より好ましくは各スロット36及び40の三面全てにわたって延在する。スロット36及び40内にコーティング46を配置することにより、ブラケット22とアーチワイヤ24間の係合位置における摩耗及び摩擦抵抗が低減する。これにより、ブラケット22は、調整中アーチワイヤ24をより容易に移動させることができる。代替実施形態では、コーティング46はまた、必要に応じて、ブラケット22の他の位置の基部44を被覆してもよい。例えば、コーティング46は、底部30の底面を除いて、基部44の外表面の実質的に全体にわたって成膜されてもよく、これは底部30を歯に接着させるためである。
【0016】
コーティング46は、組成的に結晶性酸化ジルコニウム(ZrO2)を含み、これは肉眼で実質的に澄んでいる(即ち、実質的に透明及び無色)低耐性コーティングを提供する。コーティング46の酸化ジルコニウムについての「結晶性」という用語は、酸化ジルコニウム分子が、少なくとも実質的に、三次元全てに延在する規則正しい順序で反復するパターンで配置された、単結晶性又は多結晶性状態を指す。これは、非晶質、ガラス質(vitreous)、及びガラス状(glassy)材料のような、長距離秩序を有しない非結晶性材料と対照的である。
【0017】
基部44に対するコーティング46の好適な色測定値としては、白色及び黒色反射率標準バックグラウンドに対するΔE値が約4.0以下、特に好適にはΔE値が約2.0以下、さらにより好適にはΔE値が約1.0以下であることが挙げられる。以下で論じるように、ΔE値は、国際照明委員会(Commission Internationale de l’Eclairage)(CIE)のL*a*b表色系に基づく。典型的な観察者の視野からは、ΔE値約3が視覚的に色を識別できるおおよその限界点である。さらに、Y.K.リー(Lee)らによる、「硬化、研磨及び熱サイクル(Thermocycling)後の樹脂複合物の色及び透過性(Color and Translucency of Resin Composites after Curing, Polishing, and Thermocycling)」、保存修復学(Operative Dentistry)、2005年、30巻4号436〜442頁、及びN.ジョン(John)による、「分光光度計とΔE、あなたの色用定規(Spectrophotometers and Delta-E: Your color ruler)」、新聞と技術(Newspapers & Technology)、www.newsandtech.com)、コンリー・マガジンズ社(Conley Magazines, LLC)、2006年6月、で論じられるように、約4のΔE値はわずかな色の変化にすぎないと考えられる。
【0018】
実質的に澄んでいることに加えて、コーティング46はまた、基部44の材料とアーチワイヤ24の材料が直接接触することを防ぐ。これは、基部44の材料がアーチワイヤ24の材料のノッチを摩損することを防ぐのに効果的であり、それにより摩耗作用を低減する。コーティング46とは対照的に、窒化ジルコニウム(ZrN)から形成されるコーティングは、下に横たわる基部の審美的な質を損なう金属的な色合いを示す。しかしながら、コーティング46は、組成的に結晶性酸化ジルコニウムを含むため、コーティング46は、摺動機構をも改善しながら基部44の審美的魅力を保持する。これは、基部44が組成的に良好な光学特性を示すセラミック材料を含む場合に、特に有益である。
【0019】
さらに、結晶性酸化ジルコニウムは薄膜として成膜されてもよく、その上さらに摩擦を減じ、低摩擦表面を提供する。コーティング46の好適な層厚さの例としては、約10μm以下、特に好適には約5μm以下、さらにより好適には約1μm以下が挙げられる。コーティング46の薄層は、コーティング46の厚さを考慮することなく基部44を形成できるため、有益である。これは、コーティング46の厚さの原因となる修正なしに、基部44に市販のブラケットを使用することを可能にする。
【0020】
成膜に先立ち、基部44は、基部44とコーティング46の間に良好な接着を提供するために、プラズマエッチング及び反応性イオンエッチングのような表面処理を受けてよい。次いで、コーティング46は多様な方法で基部44に成膜される。好適な成膜技術としては、化学的気相堆積法、プラズマ化学的気相堆積法、スパッタコーティング、電子ビーム反応性コーティング、及びこれらの組み合わせが挙げられる。金属及びセラミック被覆特性を用いて、スロット36及び40への成膜を制限してもよい。
【0021】
コーティング46の形成に特に好適な成膜技術としては、ジルコニウム金属ターゲットを用いた反応性スパッタコーティング、結晶性酸化ジルコニウム層を生成するためのジルコニウム粉末のめっきの焼成(即ち、ジルコニア粉末焼成)、プラズマスプレー成膜(例えば、研削及び焼成を用いた)、酸化ジルコニウムターゲットからのスパッタコーティング、酸化ジルコニウムターゲットからの蒸着、及びこれらの組み合わせが挙げられる。ある実施形態では、コーティング46は、アルゴン及び酸素の減圧雰囲気において、ジルコニウム金属ターゲット電極を用いて形成される。ジルコニウム金属ターゲット電極は、酸素原子とともに成膜されるジルコニウム原子を提供するための電荷でバイアスされ、酸化ジルコニウムの単結晶性及び/又は多結晶性構造を形成する。成膜加工は、結晶性酸化ジルコニウムの好適な層厚さを形成するのに十分な時間続けられ、コーティング46を形成する。成膜後、コーティング46に研磨のような後成膜処理を施し、ブラケット22の審美的質を向上させてもよい。
【0022】
図4は、アーチワイヤ24の長手方向の長さに対して垂直な平面から見た、アーチワイヤ24の断面図であって、本発明の代替実施形態を描くものである。図示のように、アーチワイヤ24は基部48とコーティング50を含む。基部48は、標準的なアーチワイヤ基材であり、組成的に、ステンレススチール、β−チタン、及びニチノール(即ち、ニッケル−チタン形状記憶合金)のような金属材料を含んでよい。アーチワイヤ24は、図4では円形の断面形状を有するように示されているが、アーチワイヤ24は、或いは、他の幾何学的断面(例えば、正方形又は方形断面)を示してもよい。コーティング50は、基部48の実質的に表面全体に成膜された結晶性酸化ジルコニウム(ZrO2)コーティングである。コーティング50の好適な材料と層厚さの例は、コーティング46(図3に示す)用に上記で論じたものと同様である。材料はまた、上記と同様の方法で成膜され、基部48を実質的に取り囲む薄層を提供することができる。
【0023】
この実施形態では、アーチワイヤ24は、ブラケット22とアーチワイヤ24間の摩耗及び摩擦抵抗を低減するため、コーティング50を含む。結果として、ブラケット22は標準的な矯正用ブラケットであってよい。コーティング50の薄層は、アーチワイヤ24を保持するためのスロットの改良を必要とせず、標準的な矯正用ブラケットとともにアーチワイヤ24を使用することを可能にする。施術者が歯科矯正治療中にアーチワイヤ24を調整する際、コーティング50によりもたらされた摩耗及び摩擦抵抗の低減により、ブラケット22はアーチワイヤ24に沿ってより容易に移動することができる。これは、図2及び3でブラケット22について論じたのと同様の方法で、歯科矯正治療を完了するのに必要とされる時間及び労力を低減させる。
【0024】
別の代替実施形態では、ブラケット22は上述のようにコーティング46を含んでよく、アーチワイヤ24はコーティング50を含んでよい。これは、アーチワイヤ24がブラケット22に係合する際、コーティング50と接触するコーティング46を有することにより、ブラケット22とアーチワイヤ24間の摩耗及び摩擦抵抗をさらに低減する。従って、本発明の矯正装置12は、結晶性酸化ジルコニウムコーティングを含むブラケット(例えば、ブラケット22及び26)及びアーチワイヤ(例えば、アーチワイヤ24及び28)のような、多様な矯正用物品を含んでよい。このため、施術者による調整中、ブラケットはアーチワイヤに沿ってより容易に移動することができ、それにより歯科矯正治療に必要とされる時間及び労力を低減する。
【実施例】
【0025】
本発明について以下の実施例でより具体的に説明するが、本発明の範囲内での多数の修正および変形が当業者には明らかとなるため、以下の実施例は例示のみを目的としたものである。別に言及されない限り、次の実施例で報告される全ての部、百分率、及び比は、重量基準であり、実施例で使用される全ての試薬は、下記の化学薬品供給元から得られた又は入手できる、あるいは従来の技術により合成される可能性がある。
【0026】
実施例1及び2並びに比較例A
実施例1及び2並びに比較例Aの矯正用ブラケットを、カリフォルニア州モンロビア(Monrovia)の3Mユニテック社(3M Unitek Corporation)から、部品番号6001−706のフックを備える、取引表記「トランシェンド(TRANSCEND)」セラミック上顎犬歯用ブラケットとして市販されている矯正用ブラケットを用いて、以下の手順に従って各々調製した。比較例Aのセラミックブラケット試料は、非コーティングブラケットであって、酸化ジルコニウムでコーティングせずワイヤスロットは露出していた。
【0027】
実施例1及び2のセラミックブラケット試料を、以下の手順に従って調製した。ターボポンプ式真空系、取引表記「リサーチS−ガン(Research S-Gun)」を用いて、結晶性酸化ジルコニウムコーティングを成膜した。セラミックブラケット試料を、試料保持器として機能する金属プラネット(均一にコーティングするために旋回及び回転する)上に設置し、アーチワイヤスロットのみが成膜に対して露出するように、セラミックブラケット試料を被覆した。
【0028】
ベース圧力にポンピングした後、アルゴン及び酸素ガスを、それぞれ25sccm及び15sccmの流量でチャンバに導入した。ターボポンプに取り付けられた一連の羽根を部分的に閉じて、ポンピング速度を制限し、成膜加工中チャンバの圧力を0.53Pa(4ミリトール)に上げた。1.5Ampsの力で、円形のジルコニウム金属ターゲット電極(ターゲットバイアスは−350ボルト〜−400ボルト)を用いて、コーティングのためのジルコニウム原子を提供した。遊星システムもまた、13.56MHzの周波数で名目上20〜50ワットでバイアスされたRFであった。次いで、十分な成膜時間、酸化ジルコニウムをセラミックブラケット試料に成膜し、実施例1では厚さ0.25μm、実施例2では厚さ0.49μmの結晶性酸化ジルコニウムコーティングを形成した。
【0029】
実施例1及び2並びに比較例Aのセラミックブラケット試料について、以下の手順に従って各々定量的に色を測定した。色測定を行い、白色及び黒色反射率標準バックグラウンド上に見えるセラミックブラケット試料の色を記録した。バックグラウンドは、ニューハンプシャー州ノースサットン(North Sutton)のラブスフィア社(Labsphere, Inc.)から市販されている、取引表記「SRS−99−010」白色反射率標準バックグラウンド及び「SRS−02−010」黒色反射率標準バックグラウンドであった。
【0030】
色測定は、ミシガン州グランビル(Grandville)のX−ライト社(X-Rite, Inc.)から市販されている、カラーマスター(ColorMaster)ソフトウェアを用いた、球体分光光度計と一体化した取引表記「X−ライトSP64」を用いて行った。セラミックブラケット試料を、直径4mmの試験装置内の反射率標準バックグラウンド(白又は黒)上に設置した。この手順で、ブラケット並びに反射率標準バックグラウンドのごく一部の外観を測定した。観察角10°の光源D65(6504ケルビン光)を用いた(この設定は通常D65/10°と表す。)。正反射排除(SPEX)のためにデータを記録し、グロス効果を最小化した。
【0031】
色測定系は、国際照明委員会(Commission Internationale de l’Eclairage)(CIE)L*a*b表色系を利用した。各セラミックブラケットについて、L明度(L*)、赤/緑(a*)、及び黄/青(b*)を測定した。試料間の全体的な差をΔEで表した。
【0032】
【数1】

【0033】
L*、Δa*、及びΔb*は、実施例2のセラミックブラケット試料のL*、a*、b*測定値の差及び標準試料の対応する測定値の差である。ここで、標準試料は、比較例Aのセラミックブラケット試料であり、標準試料に用いた測定値は、3つの別個の比較例Aのセラミックブラケット試料の平均測定値であった。表1は、「白色」反射率標準バックグラウンドを使用した、実施例1及び2並びに比較例Aのセラミックブラケット試料のL*、a*、b*測定値とΔE値を示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表2は、「黒色」反射率標準バックグラウンドを使用した、実施例1及び2並びに比較例Aのセラミックブラケット試料のL*、a*、b*指数とΔE値を示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表1及び2に示した結果は、実施例1及び2のセラミックブラケット試料の審美的質が良好であることを示す。実施例1及び2のセラミックブラケット試料間のΔE値を比較すると、コーティング厚さの薄いブラケット(即ち、実施例1)は、コーティング厚さの厚いブラケット(即ち、実施例2)に比べてΔE値が小さいことが分かる。それにも関わらず、実施例1及び2並びに比較例Aのセラミックブラケット試料間の色の差はわずかであった。上述のように、典型的な観察者の視野では、ΔE値約3が視覚的に識別できる限界点である。相対的に、実施例2のセラミックブラケット試料はこの限界未満のΔE値を示す。
【0038】
さらに、セラミックブラケット試料は、通常歯科矯正治療中に存在するアーチワイヤを用いることなく見られた。アーチワイヤは、通常、コーティングされたワイヤスロット内に置かれ、コーティングのかなりの部分を被覆するであろう。ワイヤスロットの外側で、実施例1及び2のセラミックブラケット試料は、比較例Aの非コーティングセラミックブラケット試料と視覚的に同一であった。従って、本発明の結晶性酸化ジルコニウムコーティングは、下に横たわるセラミックブラケットの視覚的審美的質を保持していた。
【0039】
実施例3〜5及び比較例B
実施例3〜5及び比較例Bの矯正用ブラケットを各々調製及び測定し、対応するアーチワイヤに通常の(即ち結紮による)力が適用された際の、静及び動摩擦係数を決定した。比較例Bの矯正用ブラケットは、カストロらによる米国特許第6,648,638号に従って調製した非コーティングブラケットであって、酸化ジルコニウムでコーティングせずワイヤスロットは露出していた。比較例Bの10個のブラケット試料について、静及び動摩擦係数を試験した。
【0040】
セラミックブラケットを、カストロらによる米国特許第6,648,638号に従って調製し、その場合実施例3〜5の矯正用ブラケットが、それぞれ厚さ0.29μm、0.49μm、及び1.05μmの結晶性酸化ジルコニウムコーティングを含むことを除いて、実施例3〜5の矯正用ブラケットを、実施例1及び2の矯正用ブラケット用に上述した手順に従って調製した。実施例3〜5の各5個のブラケット試料について、静及び動摩擦係数を試験した。
【0041】
次いで、ステンレススチールアーチワイヤを各ブラケット試料と連結し、そこで各アーチワイヤは、460μm×640μm(0.018インチ×0.025インチ)の寸法の、部品番号253−825(カリフォルニア州モンロビア(Monrovia)の3Mユニテック社(3M Unitek Corporation)から入手可能)弾性方形ワイヤのストレートスパンであった。次いで、各ブラケット試料を、規定の効果が否定されるように、下塗剤と接着剤を用いてスチールスタブに接着した。用いた下塗剤と接着剤は、それぞれ、取引表記「スコッチプライム(SCOTCHPRIME)」と「トランスボンドXT(TRANSBOND XT)」であり、両方ともカリフォルニア州モンロビア(Monrovia)の3Mユニテック社(3M Unitek Corporation)から市販されている。次いで、スチールスタブを、ミネソタ州エデンプレーリー(Eden Prairie)のMTSシステム社(MTS Systems Corporation)から入手可能な、MTSQ−試験機械的試験機のカスタム摩擦試験装置に組み込んだ。
【0042】
各アーチワイヤ−ブラケット対について、2本の直径360μm(0.014インチ)のステンレススチール結紮ワイヤを介して、ブラケットの近位及び遠位側上のアーチワイヤに、名目上の垂直力400g、600g、100g、300g、200g、及び500gを適用した。全ての摩擦試験は乾燥状態(即ち、唾液の存在しない状態)で行った。垂直力は、ノースカロライナ州アペックス(Apex)のATIインダストリアル・オートメーション社(ATI Industrial Automation)から取引表記「ATIナノ17DAQF/T変換器(ATI NANO 17 DAQ F/T Transducer)」として市販されている変換器で測定した。ブラケットを通してアーチワイヤを引っ張るのに用いる圧伸力は、100ニュートン荷重計で測定した。
【0043】
次いで、静摩擦及び動摩擦のために平均垂直力及び摩擦力を算出し、そこで摩擦力は圧伸力の半分と等しかった。実施例3〜5及び比較例Bの各矯正用ブラケット組について、適用された垂直力の関数として静摩擦力をプロットし、線形回帰線を引いた。次いで、各矯正用ブラケット−アーチワイヤ対の静摩擦係数を、線形回帰線(即ち、静摩擦力/垂直力)の傾斜として算出した。線形回帰線に対して0.80以上のR2相関係数を満たさない異常値の結果は、分析から除外した。同様の分析を用いて、動摩擦力/垂直力の傾斜として動摩擦係数も決定した。表3は、実施例3〜5及び比較例Bの矯正用ブラケットの、平均静及び動摩擦係数と、対応する標準偏差を示す。
【0044】
【表3】

【0045】
表3に示した結果は、本発明の矯正用ブラケットの静及び動摩擦係数が低いことを示す。示したように、実施例3のブラケット試料は、微粒子セラミックブラケットである、コーティングされていない比較例Bのブラケットと比較して平均静摩擦係数が低い。さらに、結果は、コーティング厚さが薄い場合、平均静及び動摩擦係数の値も低いという傾向を示す。上述のように、結晶性酸化ジルコニウムコーティングの薄層はまた、コーティング厚さを考慮せずに矯正用物品を形成できるため、有益である。このため、コーティング厚さの原因となる修正を行わず、市販のブラケットを使用することが可能になる。さらに、実施例3〜5のブラケットのコーティングは、ブラケットとアーチワイヤ間の直接接触を防ぎ、それによりブラケットのセラミック材料がアーチワイヤのノッチを摩損することを防ぐ。従ってこれは摩耗作用を低減する。
【0046】
本発明について、好ましい実施形態を参照して説明してきたが、本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく形状および細部において変更をなし得ることが、当業者には理解されよう。例えば、上記コーティング(例えばコーティング46及び50)を、自己結紮矯正用ブラケット及び矯正用バッカルチューブを含む、他の矯正用物品に適用してもよい。
【0047】
図面は、本発明のいくつかの実施形態を表しているが、説明において述べるように、他の実施形態も企図される。いかなる場合も、本開示は本発明を限定するのではなく、代表して提示するものである。本発明の原理の範囲および趣旨に含まれる多数の他の修正形態および実施形態が、当業者によって考案されうることを理解されたい。図は尺度どおりに描かれていないことがある。同様の参照番号が、同様の部分を示すために複数の図を通じて使用されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
矯正用物品の基部と、
前記基部の少なくとも一部に配置され、結晶性酸化ジルコニウムを含むコーティング、とを含む矯正用物品。
【請求項2】
前記矯正用物品が、矯正用ブラケット及び矯正用アーチワイヤから成る群から選択される、請求項1に記載の矯正用物品。
【請求項3】
前記矯正用物品がセラミックブラケットを含む、請求項1に記載の矯正用物品。
【請求項4】
前記コーティングが、白色反射率標準バックグラウンド及び黒色反射率標準バックグラウンドから成る群から選択される反射率標準バックグラウンドで、基部に対して約4.0以下のΔE値を示す、請求項1に記載の矯正用物品。
【請求項5】
前記コーティングの層厚さが約10μm以下である、請求項1に記載の矯正用物品。
【請求項6】
前記コーティングの層厚さが約5μm以下である、請求項5に記載の矯正用物品。
【請求項7】
前記コーティングの層厚さが約1μm以下である、請求項6に記載の矯正用物品。
【請求項8】
少なくとも1つのアーチワイヤスロットを有する矯正用ブラケットであって、
ブラケット基部と、
前記少なくとも1つのアーチワイヤスロット内のブラケット基部に配置され、結晶性酸化ジルコニウムを含む第一コーティングと、
前記少なくとも1つのアーチワイヤスロットで前記矯正用ブラケットと係合するように構成された矯正用アーチワイヤ、とを備える矯正用ブラケットを含む矯正システム。
【請求項9】
前記ブラケット基部がセラミック材料を含む、請求項8に記載の矯正システム。
【請求項10】
前記コーティングが、白色反射率標準バックグラウンド及び黒色反射率標準バックグラウンドから成る群から選択される反射率標準バックグラウンドで、ブラケット基部に対して約4.0以下のΔE値を示す、請求項9に記載の矯正システム。
【請求項11】
前記第一コーティングの層厚さが約5μm以下である、請求項8に記載の矯正システム。
【請求項12】
前記第一コーティングの層厚さが約1μm以下である、請求項11に記載の矯正システム。
【請求項13】
前記矯正用アーチワイヤが、ワイヤ基部と、前記ワイヤ基部の少なくとも一部に配置され、結晶性酸化ジルコニウムを含む第二コーティングとを含む、請求項8に記載の矯正システム。
【請求項14】
前記矯正用アーチワイヤが前記少なくとも1つのアーチワイヤスロットで前記矯正用ブラケットと係合する場合、前記第二コーティングが第一コーティングと接触する、請求項13に記載の矯正システム。
【請求項15】
矯正用物品の基部を提供することと、
前記基部の少なくとも一部に、結晶性酸化ジルコニウムを含むコーティングを成膜することとを含む、矯正用物品の製造方法。
【請求項16】
前記基部がセラミック材料を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
プラズマエッチング及び反応性イオンエッチングから成る群から選択される方法で基部を処理することをさらに含む、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
コーティングの成膜が、化学的気相堆積法、プラズマ化学的気相堆積法、スパッタコーティング、電子ビーム反応性コーティング、及びこれらの組み合わせから成る群から選択される、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
スパッタコーティングによる成膜が、酸素を含む大気中でジルコニウム金属ターゲット電極をバイアスすることを含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記基部の少なくとも第二部分を被覆することをさらに含む、請求項15に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−75191(P2013−75191A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2013−3643(P2013−3643)
【出願日】平成25年1月11日(2013.1.11)
【分割の表示】特願2008−545804(P2008−545804)の分割
【原出願日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【出願人】(505005049)スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー (2,080)
【Fターム(参考)】