説明

酸化ストレスの判定方法

【課題】薬物投与によって組織障害や細胞の壊死を未然に防ぐことができ、各種薬剤の薬物生体反応学(pharmacokinetics)を考察する上でも有力なマーカーとなる、生体が受ける酸化ストレスを簡便かつ迅速に感知することができるバイオマーカーを提供すること。
【解決手段】生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度をキャピラリー電気泳動−質量分析計等の分析装置で測定することにより酸化ストレスか否かを判定する。また、抗酸化ストレス候補薬剤を、酸化ストレス状態にある非ヒト動物に投与し、オフタルミン酸の血中濃度を測定し、オフタルミン酸濃度の低下の程度を評価することにより、抗酸化ストレス剤をスクリーニングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)濃度が酸化により変化することに応じて血中で変動する物質を測定する酸化ストレスの判定方法や、抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体は外界から常にいろいろなストレスにさらされているが、そのストレスに抵抗するためいろいろな制御システムによって生体の恒常性を維持している。ストレスの中でも生体の内因性および外因性の原因により生じる活性酸素を生体が十分処理できなくなるために生じる酸化ストレスは代表的なものである。これに対して生体はレドックス制御と呼ばれる酸化還元状態を制御することによってストレスに対応し恒常性を維持するシステムを有する。このシステムは多くの外来性の因子、すなわち、薬剤、放射線、紫外線、環境汚染物質、高熱、低温、低酸素状態、感染症、さらにはガン、糖尿病、動脈硬化、高血圧、肥満などの生活習慣病で見られる酸化的ストレスに適応するように機能する。しかし、この制御機構がなんらかの原因によって破綻したり、十分な適応ができなくなると、酸化的ストレスを引き起こす。現在、細胞内のレドックス制御が機能しているかを簡便に捕らえたり、ストレスが起きたことを早期に検出できる分子マーカーが幾つか提唱されている。
【0003】
例えば、抗体として酸化されたアポリポタンパク質AIの酸化部位に特異的に反応する抗体と、アポリポタンパク質AIに対する抗体との2種類の抗体を使用し、サンドイッチ法により試料中に存在する酸化されたアポリポタンパク質AIを特異的に測定する、動脈硬化、糖尿病合併症(腎症、神経障害など)などの酸化ストレス関連疾患のメカニズムの解析または臨床診断に利用可能である生体内における酸化ストレスを検出する方法(例えば、特許文献1参照)や、生体内で発生する活性酸素及びフリーラジカルによる酸化損傷の大きさを示す酸化損傷項目(尿中における8−ハイドロキシ2’−デオキシグアノシンの体重当りの生成速度、尿中における8−エピプロスタグランジンF2αの体重当りの生成速度、血清中におけるコエンザイムQ10の酸化率及び血清中における過酸化脂質の含有量)を用いて計算される酸化損傷度を縦軸とし、生体内で発生する活性酸素及びフリーラジカルによる生体構成成分の酸化を抑制し、予防する抗酸化能力を示す抗酸化項目から計算される酸化防御能を横軸とした二次元座標であって、被験者の値を記入することができるようにした酸化ストレス特性の診断分析図等を利用する方法(例えば、特許文献2〜4参照)や、ジヒドロピリジン構造を特異的に認識する、生体内酸化ストレスに相関する物質を認識するモノクローナル抗体(例えば、特許文献5参照)が提案されている。しかし、血液や尿サンプルを用いて測定できる指標がほとんど確立されていないため、生体を酸化ストレスから未然に防ぐことが困難であった。
【0004】
他方、キャピラリー電気泳動-質量分析装置(CE-MS)による試料中の代謝物質測定法による細胞内の代謝物質の網羅的な測定方法(例えば、非特許文献1参照)は、ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該ヒトまたは動物の身体由来の液体サンプルの低分子化合物(代謝物質)パターンおよび/またはペプチドパターンを、定性的かつ/または定量的に決定する方法であって、ここで、該液体サンプルの代謝物質およびペプチドは、キャピラリー電気泳動により分離され、次いで直接イオン化され、そしてオンラインでインターフェースを介して、接続された質量分析計で検出される。長期間にわたって該ヒトまたは動物の身体の状態をモニタリングするために、該状態を示す参照値およびサンプル値、ならびに該値から導かれた偏差および対応は、自動的にデータベースに記憶される。キャピラリー電気泳動と質量分析を組合せて陰イオン性化合物を分離分析する場合は、キャピラリーの内表面が予め陽イオン性にコーティングされたコーティングキャピラリーを用いて、電気浸透流を反転することを特徴とする陰イオン性化合物の分離分析方法(例えば、特許文献7参照)が知られている。
【0005】
【特許文献1】特開2004−69672号公報
【特許文献2】特開2003−310621号公報
【特許文献3】特開2003−302396号公報
【特許文献4】特表2002−517724号公報
【特許文献5】特開平11−80198号公報
【特許文献6】特表2003−532115号公報
【特許文献7】特許第3341765号公報
【非特許文献1】Soga, T.,Ohashi, Y., Ueno, Y., Naraoka, H., Tomita, M., and Nishioka, T., “Quantitative Metabolome Analysis Using Capillary Electrophoresis Mass Spectrometry”, J. Proteome Res. 2. 488-494, 2003.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体のレドックス制御の主役である還元型グルタチオン(GSH)の濃度を血液レベルで測定できれば細胞内のレドックス制御状態を簡便かつ迅速に把握することが可能になる。しかし血中のGSH濃度は極微量であり、また容易に酸化されるため安定したデータの取得や検出は困難である。そこで、組織(細胞内)のGSHの濃度変化に応じて変動する血中の物質を発見し、このバイオマーカー物質を測定することによってレドックス制御が機能しているか判断することが可能となる。この予兆バイオマーカーを用いることで生体が受ける酸化ストレスを迅速に感知できれば、薬物投与によって組織障害や細胞の壊死を未然に防ぐことが可能になる。また、探索で見出されるバイオマーカーは耐酸化ストレス薬剤の薬効の指標にもなるため、診断のみならず活性酸素消去剤などの創薬開発と効果判定にも威力を発揮する。また細胞内グルタチオンは薬物代謝に伴う抱合体生成と分泌により減少するため、各種薬剤の薬物生体反応学(pharmacokinetics)を考察する上でも有力なマーカーとなると考えられる。本発明の課題は、薬物投与によって組織障害や細胞の壊死を未然に防ぐことができ、各種薬剤の薬物生体反応学(pharmacokinetics)を考察する上でも有力なマーカーとなる、生体が受ける酸化ストレスを簡便かつ迅速に感知することができるバイオマーカーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
酸化ストレスを与える薬剤をマウスに投与し、マウスの肝臓および血液をキャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)や高速液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS)、ガスクロマトグラフィー-質量分析計(GC-MS)、単体のCE、LC、GC、質量分析計(MS)、核磁気共鳴装置(NMR)等の分析計で測定することにより、レドックス制御の主役である肝臓中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度の摂動に関連して変動する血中のバイオマーカー候補物質を探索する。次にそのバイオマーカー候補物質の成分名を特定し、その物質が酸化ストレスによってGSHと関連して変動するメカニズムを解明して、理論的なメカニズムの裏付けが得られれば酸化ストレスのバイオマーカーと考えることができる。そこで、本発明者らは、細胞内の代謝物質を網羅的に測定することが可能なキャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)等の方法を用いて、酸化ストレスを与える薬剤アセトアミノフェンをマウスに投与し、肝臓内のGSHの濃度変動に応じて血中で変動する物質(バイオマーカー)としてオフタルミン酸を見い出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、(1)生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定することを特徴とする酸化ストレスの判定方法や、(2)オフタルミン酸の血中濃度をキャピラリー電気泳動-質量分析計で測定することを特徴とする上記(1)記載の酸化ストレスの判定方法や、(3)酸化ストレスが、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー等に起因する酸化的ストレスであることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の酸化ストレスの判定方法に関する。
【0009】
また本発明は、(4)抗酸化ストレス候補薬剤を、酸化ストレス状態にある非ヒト動物に投与し、投与の前後における生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定し、オフタルミン酸濃度の低下の程度を評価することを特徴とする抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法や、(5)オフタルミン酸の血中濃度をキャピラリー電気泳動-質量分析計で測定することを特徴とする上記(4)記載の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法や、(6)抗酸化ストレス剤が、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー等に起因する酸化的ストレス関連の疾病の予防・治療薬であることを特徴とする上記(4)又は(5)記載の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明で見い出した血中のオフタルミン酸(ophthalmate)は、薬剤、放射線、紫外線、環境汚染物質、高熱、低温、低酸素状態、感染症等によって引き起こされる酸化ストレスを迅速に感知し急増するため、酸化ストレスの判定・診断に有用であるばかりでなく、これらの酸化ストレスに対する薬剤の薬効マーカーとして使用できる。また、血中のオフタルミン酸はガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー等で見られる酸化的ストレスを感知できる可能性もあり、これらの疾病の早期発見にも使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の酸化ストレスの判定方法としては、生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定する方法であれば特に制限されず、また本発明の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法としては、抗酸化ストレス候補薬剤を、酸化ストレス状態にある非ヒト動物に投与し、投与の前後における生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定し、オフタルミン酸濃度の低下の程度を評価する方法であれば特に制限されず、上記非ヒト動物としては、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等を例示することができる。
【0012】
生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸、γ−Glu−2−アミノ酪酸、酸化型グルタチオン(GSSG)等の中でもオフタルミン酸の血中濃度、例えば血清中の濃度を測定することにより、感度よく酸化ストレスを判定したり、あるいは感度よく抗酸化ストレス剤をスクリーニングすることができる。
【0013】
オフタルミン酸の血中濃度を測定する方法としては特に制限されないが、キャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)、高速液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS)、ガスクロマトグラフィー-質量分析計(GC-MS)、単体のCE、LC、GC、質量分析計(MS)、核磁気共鳴装置(NMR)等の分析計で測定する方法を例示することができ、中でもキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)で測定する方法が好ましい。キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置による血中のオフタルミン酸の測定は、前記の非特許文献1記載の方法に準じて、あるいは後述する実施例記載の方法により行うことができる。
【0014】
本発明の酸化ストレスの判定方法をより具体的に説明すると、対象被検者から血液を採取し、分離した血清をサンプルとし、CE-TOFMS等を用いてサンプル中のオフタルミン酸濃度を測定し、その値が、当該対象被検者の正常時期(酸化ストレスがかかっていなかった時期)の値、あるいは、酸化ストレスのない正常人の値と比較して、有意に高かったときは酸化ストレスがかかっていると判定されることになる。
【0015】
酸化ストレスがかかっていると判定された場合、酸化的ストレス関連の疾病の疑いがあり、かかる疾病としては、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー病、パーキンソン病、アポトーシス、炎症反応、ぜん息、湿疹、高骨容量症候群(high bone mass syndrome)、大理石骨病、骨粗しょう症−偽性神経膠腫症候群、胃潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎等の消化器系疾患、高血圧症、狭心症、心筋梗塞、心筋症、慢性関節リウマチ、片頭痛、緊張性頭痛等の筋骨格系の疾患、気管支喘息、過呼吸症候群等の呼吸器系の疾患、種々の糖尿病合併症、脳神経疾患等を例示することができる。
【0016】
本発明の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法をより具体的に説明すると、抗酸化ストレス候補薬剤を、酸化ストレス状態にあるマウス等の非ヒト動物に投与し、投与の前後における血清中のオフタルミン酸の濃度を、CE-TOFMS等を用いて測定し、投与前と比較して投与後におけるオフタルミン酸の血清中の濃度が有意に減少している場合、前記抗酸化ストレス候補薬剤は、抗酸化ストレス剤として使用しうる可能性がある。このスクリーニングされた抗酸化ストレス候補薬剤を、正常状態にあるマウス等の非ヒト動物に投与し、投与の前後における血清中のオフタルミン酸の濃度が変わらないものをさらに選択することが好ましい。
【0017】
上記抗酸化ストレス候補薬剤の非ヒト動物への投与方法としては、注射(静脈内、筋肉内、皮下、皮内、腹腔内等)、経口、経皮、吸入などを挙げることができ、これらの投与方法に応じて適宜製剤化することができる。また、選択し得る剤形も特に限定されず、例えば注射剤(溶液、懸濁液、乳濁液、用時溶解用固形剤等)、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、液剤、リポ化剤、軟膏剤、ゲル剤、外用散剤、スプレー剤、吸入散剤等から広く選択することができる。また、これらの製剤調製にあたり、慣用の賦形剤、安定化剤、結合剤、滑沢剤、乳化剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、その他着色剤、崩壊剤等、通常医薬に用いられる成分を使用することができる。また、投与量も適宜選択することができる。
【0018】
マウス等の非ヒト哺乳動物を酸化ストレス状態にする方法としては、アセトアミノフェン等の酸化ストレスを与える薬剤の投与、放射線・紫外線の照射、環境汚染物質による感染症への罹患、高熱・低温・低酸素状態や水浸拘束等の物理的悪環境下への暴露などを例示することができる。
【0019】
本発明のスクリーニング方法によると、酸化的ストレス関連の疾病、例えば、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー病、パーキンソン病、アポトーシス、炎症反応、ぜん息、湿疹、高骨容量症候群(high bone mass syndrome)、大理石骨病、骨粗しょう症−偽性神経膠腫症候群、胃潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎等の消化器系疾患、高血圧症、狭心症、心筋梗塞、心筋症、慢性関節リウマチ、片頭痛、緊張性頭痛等の筋骨格系の疾患、気管支喘息、過呼吸症候群等の呼吸器系の疾患、種々の糖尿病合併症、脳神経疾患等に有効な抗酸化ストレス剤を得ることができる。
【0020】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
(AAP投与またはコントロールマウスから試料調整)
一晩絶食させたオスのマウスにペントバルビタルナトリウム(体重1Kg当たり60mg)を腹膜内注射して麻酔後、酸化ストレスを与える薬剤アセトアミノフェン(AAP)またはコントロールとして生理食塩水を(体重1Kg当たり150mg)を注射した。AAP投与1,2,4,6,12,24時間後のマウスから肝臓(約300mg)および血清(200μl)を採取した。
【実施例2】
【0022】
(肝臓から代謝物質の抽出)
マウスから摘出した肝臓(約300mg)は直ちに内部標準物質入りのメタノール1mlに入れ、ホモジナイズし、酵素を失活させ、代謝の亢進を止めた。500μlの純水を加えた後、300μlの溶液を取り出し、200μlのクロロホルムを加え良く攪拌後、さらに4℃で15分間、15000rpmで遠心した。静置後、分離した水−メタノール相300μlを分画分子量5kDaの遠心限外ろ過フィルターを通過し、除タンパクした。ろ液を凍結乾燥後、Milli−Q水50μlを加え、それをCE-MS(CE-TOFMS)測定に供した。
【実施例3】
【0023】
(血清から代謝物質の抽出)
血清200μlを内部標準物質入りのメタノール1.8mlに入れ攪拌後、800μlの純水および2mlのクロロホルムを加え、4℃で5分間、5000rpmで遠心した。静置後、分離した水−メタノール相800μlを分画分子量5kDaの遠心限外ろ過フィルターを通過し、除タンパクした。ろ液を凍結乾燥後、Milli−Q水50μlを加え、それをCE-MS(CE-TOFMS)測定に用いた。
【実施例4】
【0024】
(キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)による試料中の代謝物質測定)
CE-TOFMSを用いて陽イオン測定条件および陰イオン測定条件で質量数1000以下の代謝物質を網羅的に測定した。
(1)陽イオン性代謝物質測定条件
1)キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件
キャピラリーには、フューズドシリカキャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm)を用いた。緩衝液には、1Mギ酸(pH約1.8)を用いた。印加電圧は、+30kV、キャピラリー温度は20℃で測定した。試料は、加圧法を用いて50mbarで3秒間注入した。
2)飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件
正イオンモードを用い、イオン化電圧は4kV、フラグメンター電圧は75V、スキマー電圧は50V、OctRFV電圧は125Vに設定した。乾燥ガスには窒素を使用し、温度300℃、圧力10psigに設定した。シース液は50%メタノール溶液を用い、質量較正用にレゼルピン(m/z 609.2807)を0.5μMとなるよう混入し10μ/minで送液した。レゼルピン(m/z 609.2807)とメタノールのアダクトイオン(m/z83.0703)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正した。
【0025】
(2)陰イオン性代謝物質測定条件
1)キャピラリー電気泳動(CE)の分析条件
キャピラリーには、SMILE(+)キャピラリー(内径50μm、外径350μm、全長100cm)を用いた。緩衝液には、50mM酢酸アンモニウム(pH8.5)を用いた。印加電圧は、−30kV、キャピラリー温度は20℃で測定した。試料は、加圧法を用いて50mbarで30秒間注入した。
2)飛行時間型質量分析計(TOFMS)の分析条件
負イオンモードを用い、イオン化電圧は3.5kV、フラグメンター電圧は100V、スキマー電圧は50V、OctRFV電圧は200Vに設定した。乾燥ガスには窒素を使用し、温度300℃、圧力10psigに設定した。シース液は5mM酢酸アンモニウム−50%メタノール溶液を用い、質量較正用に20μMPIPESおよび1μMレゼルピン(m/z 609.2807)を加え10μ/minで送液した。レゼルピン(m/z 609.2807)とPIPESの1価(m/z301.0534)と2価(m/z150.0230)の質量数を用いて得られた全てのデータを自動較正した。
【実施例5】
【0026】
(酸化ストレス、薬物ストレスのバイオマーカーとしてのオフタルミン酸の発見)
酸化ストレスを与える薬剤AAPをマウスに過剰投与し、肝臓細胞の壊死を引き起したマウスとコントロールのマウスの肝臓および血液から経時的に代謝物質を抽出し、それをキャピラリー電気泳動-質量分析計(CE-MS)等で網羅的に定量分析した。AAP投与2時間後に肝細胞の壊死が観察された。図1にコントロールとAAP投与2時間マウスの肝臓中で増減した成分を示した。赤で示した点はAAP投与2時間後のマウスで増加した物質、青は減少した物質を示す。極端に減少した物質はGSH、酸化型グルタチオン(GSSG)である。また成分名は未知であるが、GSHと同じ時間に検出された質量数290の物質がAAP投与によって増加した。この物質はCE-TOFMSで得られた精密質量およびCE-MS/MSで得られた構造情報より、GSH(γ−Glu−Cys−Gly)の真ん中のCysが2−アミノ酪酸(2−aminobutyrate)(2AB)に置き換わったオフタルミン酸(γ−Glu−2ABs−Gly)であることが推測された。オフタルミン酸の標品を入手し、未知物質と比較検討した結果、未知物質は予想どおりオフタルミン酸であった。
【0027】
AAP投与による肝細胞の壊死は、図2Aに示したようにAAPの一部がチトクロム(cytochome)P450によって代謝され、毒性物質NAPQIを生産し、それが多くのタンパク質のSH基に結合(酸化)するためである。通常はGSHがNAPQIに結合し、NAPQIを尿中に排泄する。しかしGSHが枯渇すると、NAPQIはタンパク質と結合し、細胞の壊死を引き起こす。CE-TOFMSによって測定した各代謝物質の濃度変動(図2A)を比較するとコントロールに比べAAP投与2時間後のマウスの肝臓ではグルタチオン生合成経路の物質が軒並み減少した。一方グルタチオン合成経路にある酵素グルタミルシステインシンテターゼ(GCS)とグルタチオンシンテターゼ(GS)によって生産されるγ−Glu−2−アミノ酪酸(γ−Glu−2AB)とオフタルミン酸が増加することが確認された。
【0028】
さらに、本発明者らはGCSを阻害するBSO(buthionine sulfoximine)とAAP同様に酸化ストレスを与える薬剤DEM(diethylmaleate)をマウスに投与してこの代謝メカニズムを解明した。BSOはGSHのフィードバック阻害を受けなおかつグルタチオン合成経路の律速酵素であるGCSの活性を阻害する。したがってGCSの下流にある代謝物質γ−Glu−Cys、GSH(図2A)、γ−Glu−2AB、オフタルミン酸(図2B)は大幅に減少した。またDEM投与ではAAPと同様にGSHの枯渇、γ−Glu−2AB、オフタルミン酸の増加が観察された(図3)。これらの結果より、AAP投与によるGSHの枯渇によってGCSが活性化され、2ABを基質にしてγ−Glu−2ABさらにオフタルミン酸が生合成されたことが確認された(図2B)。GCSの活性化により、Cysを基質にしてGSHも合成されるが、1)GSHはNAQPIと反応し消費される、2)Cysが少ないためGSHが合成されない、どちらかの理由でGSH量は回復しない。しかし、オフタルミン酸はGSHのようにNAPQIと反応しないために細胞内に蓄積した。またGSSGはGSHとほぼ同じ変動傾向を示した。
【0029】
この結果からAAPやDEMによる酸化ストレスによるGSHの減少に反応して肝臓内のGSSG、γ−Glu−2AB、オフタルミン酸が大きく変動することが判明した。もし血液中のこれらの物質もGSHの減少に反応すればバイオマーカーとして使用することができる。そこで、AAPをマウスに投与して1,2,4,6,12,24時間後の肝臓および血清中のこれらの物質の濃度を測定、比較した(図4)。
【0030】
肝臓のGSHはAAP投与後肝細胞の壊死がおきる1時間後、2時間後で急激に減少した。しかし血清からはGSHは検出されなかった。GSSGは肝臓、血清中で肝臓中のGSHと似た挙動を示した。オフタルミン酸は肝臓、血清中で肝臓中GSHと反対の挙動を示した。またオフタルミン酸は肝臓のGSHが急激に減少した1時間後、2時間後で劇的に増加しコントロールのマウスとの統計的有意差も大きかった。以上のことから血中のオフタルミン酸は濃度も高く、肝臓のGSHの減少を感知して急激に増加するため、肝臓内のレドックス制御状態を反映する有効なバイオマーカーであることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】コントロールとAAP投与2時間後のマウスの肝臓で変動した代謝物質を示す図である。AAP投与後2時間で増加した成分は赤、減少した成分は青で示した。
【図2】コントロールとAAP投与2時間後のマウスの肝臓中代謝物質の定量値を示す図である。コントロールマウスの代謝の定量値は青、AAP投与後2時間は赤で示した。コントロールのマウスとAAP投与マウスの定量値のT検定結果(***p<0.001,**p<0.01,*p<0.05)。A)AAP代謝経路の物質。 B)オフタルミン酸生合成経路の物質。
【図3】コントロールとBSOおよびDEM投与2時間後のマウスの肝臓中の代謝物質の定量値を示す図である。コントロールのマウスと薬物投与マウスの定量値の統計的有意差検定(T検定)結果(***p<0.001,**p<0.01,*p<0.05)。
【図4】AAP投与後のマウスのA)肝臓およびB)血清中の代謝物定量値の経時変化を示す図である。コントロールの定量値に対するT検定結果(***p<0.001,**p<0.01,*p<0.05)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定することを特徴とする酸化ストレスの判定方法。
【請求項2】
オフタルミン酸の血中濃度をキャピラリー電気泳動−質量分析計で測定することを特徴とする請求項1記載の酸化ストレスの判定方法。
【請求項3】
酸化ストレスが、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー等に起因する酸化的ストレスであることを特徴とする請求項1又は2記載の酸化ストレスの判定方法。
【請求項4】
抗酸化ストレス候補薬剤を、酸化ストレス状態にある非ヒト動物に投与し、投与の前後における生体試料中の還元型グルタチオン(GSH)の濃度変動に応じて血中で変動する物質であるオフタルミン酸の血中濃度を測定し、オフタルミン酸濃度の低下の程度を評価することを特徴とする抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
オフタルミン酸の血中濃度をキャピラリー電気泳動−質量分析計で測定することを特徴とする請求項4記載の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
抗酸化ストレス剤が、ガン、糖尿病、動脈硬化、肥満、肝炎、エイズ、アルツハイマー等に起因する酸化的ストレス関連の疾病の予防・治療薬であることを特徴とする請求項4又は5記載の抗酸化ストレス剤のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−192746(P2007−192746A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−12955(P2006−12955)
【出願日】平成18年1月20日(2006.1.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、「網羅的代謝計測技術に基づく細胞機能シミュレーションとその応用並びに支援・基盤領域の研究開発」委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】