説明

酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物及びその製造方法

【課題】 任意形状の固体基材表面が酸化チタンのナノ構造体で緻密に被覆されている構造物、及び該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】 硫酸チタニルと水と過酸化水素と強酸とを混合してpHを1.3以下の水溶液を得る工程、塩基性化合物を加えてpHを1.64〜1.67に調整する工程、固体基材を浸漬し、60〜95℃に加温して該固体基材表面を酸化チタン含有ナノ構造体で被覆する工程、固体基材を浸漬したまま水溶液を20〜30℃に冷却した後、酸化チタン含有ナノ構造体で被覆された固体基材を取り出し、該表面を洗浄し乾燥する工程、とを有することを特徴とする、酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物の製造方法、及びこれで得られる構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意形状の固体基材表面が酸化チタンで緻密に被覆されていることを特徴とする酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物、及び該構造物の製造方法に関する。より詳しくは、任意形状の固体基材表面にナノメートルの厚みであるアナターゼ型酸化チタンを主構成成分とする土台層に、ナノファイバー状のルチル型酸化チタンが緻密に並ぶことを特徴とするナノ構造体被覆型構造物、及び該構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンは白色顔料として古くから利用されてきたが、近年ではその高い屈折率に基づく光の反射・屈折現象を利用して、化粧料、干渉顔料等にも幅広く使用されており、フォトニック結晶の構成材料としての期待も高い。また、光触媒又は色素増感電荷分離機能では、酸化チタンは群を抜いた触媒材料であり、物質の光分解、水素製造触媒、酸化反応を利用した浄化、殺菌、抗菌、防臭システム等への応用から、エネルギー変換用の太陽電池、燃料電池への応用まで、幅広い分野と関連する。即ち、酸化チタンは日常生活から産業活動の全般まで応用されうる材料である。
【0003】
酸化チタンは一般的にチタン化合物の加水分解を経由して製造されることになるが、ほとんどの初期製造物は粉末状態である。従って、具体的に使用する際には、その粉末状酸化チタンを固体表面にコーティングしたり焼き付けしたりするなど、多くのプロセスが要求される。光触媒または太陽電池などへの応用でも、例外なくこのようなプロセスを経て酸化チタンの製品が作られている。
【0004】
粉末状酸化チタンを経由せずに、溶液中での金属酸化物の沈殿手法を駆使することで、溶液中の酸化チタンソースを固体表面で析出させ、簡便に酸化チタン皮膜を形成させる技術も開発されている(例えば、非特許文献1〜3参照。)。これは、通常基材表面にいわゆる自己組織化単分子膜(SAMs)を形成させ、その基材をチタンソース液中にディッピングすることで、酸化チタン結晶がそのSAMsに吸着する過程を経て、酸化チタン被膜を形成させる方法である。この技術では固体基材としてプラスチックまたはシリコンウェハなどを用いることができるが、いずれの場合でも、当該固体基材表面に化学官能基、例えば−SOH、−COOH、−OH、−NHなどを密に植え付けることが必要である。これらの官能基がナノサイズの酸化チタンの核として結晶成長を促進させ、結果的に酸化チタンのナノ結晶の連続膜を形成させるものである。
【0005】
これらの手法で形成される酸化チタン被膜は、あくまでも酸化チタン結晶そのものの連続膜であって、特殊階層構造の酸化チタン薄膜を形成するものではない。
【0006】
酸化チタンの複雑階層のナノ構造を基材表面の被膜層として形成させることも検討されている。例えば、一次元に成長したナノサイズの酸化チタンを基板に固定化した構造であるナノ芝、ナノワイヤーアレイなどがその代表例である(例えば、非特許文献4〜6参照。)。しかし、これらの製造プロセスでは、気相下での合成、または液相合成での多孔性アルミナメンブレンの使用、または200℃近くの高温での水熱合成法など、全体工程が煩雑であり、使用可能な固体基材が限定されるなど、工業化には不向きである。
【0007】
温和な条件下、例えば100℃以下の水溶液中、1次元酸化チタンのナノ構造体を固体基材に並べたような芝状被膜を作製するには、まずその条件下での1次元構造の酸化チタンの形成法、及びそれの規則的配列法が揃わなければならない。1次元構造の酸化チタンを形成するには、その前駆体チタン化合物の選定が重要である。硫酸チタニル(TiOSO)の加水分解反応では、ナノファイバー状の1次元酸化チタンのナノ構造体を形成しやすい。この現象を利用して、固体基板上での酸化チタン薄膜の作製法が検討されている。例えば、硫酸チタニルを塩酸水溶液中に溶解させ、その液中にガラス、プラスチックなどを浸漬し、60℃下1〜10日間保持させることで、固体基材表面に針状の酸化チタンの配列からなる薄膜を作製することができると提案されている(例えば、非特許文献7参照。)。しかしながら、前記非特許文献7の方法では、ルチル型酸化チタンまたはアナターゼ型酸化チタンの針状構造体が並ぶ様な薄膜はできるが、膜そのものには多くのクラックが発生しやすく、大面積で安定な酸化チタン被膜を得ることができるものではない。
【0008】
また、硫酸チタニルを過酸化水素、塩酸または硝酸中に溶解させ、それのpH値を1.62以下にし、その液中に基材を浸漬し、80℃で24時間保持することで、ルチル型酸化チタンをリッチにした土台層に針状表面を有する球状のアナターゼ型酸化チタンの粒が点在したような被膜が形成できることが知られている(例えば、非特許文献8参照。)。しかしながら、前記非特許文献8の方法で得られる構造物は、酸化チタンの薄膜と言えるものではなく、固体基材の表面に酸化チタンのナノ構造体が無規則に析出したに過ぎない。従って、大面積であっても欠陥がない緻密なナノ構造体からなる酸化チタン被膜を簡便かつ高効率的に構築することは依然挑戦的な課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Anke Dutschke et al.,J.Mater.Chem.,2003,13,1058−1063
【非特許文献2】Takashi Sakai et al.,JSME International Journal Series A.,2005,48,451−457
【非特許文献3】B.C.Bunker et al.,Science,1994,264,48−55.
【非特許文献4】Jyh−Ming Wu,Han C.Shih & Wen−Ti Wu,Chemical Physics Letters,2005,413,490−494.
【非特許文献5】Y Lin,G S Wu,X Y Yuan,T Xie and L D Zhang,J.Phys.,Condens.Mater.,2003,15,2917−2922.
【非特許文献6】Xinjian Feng et al,Nano Letters,2008,8,3781−3786.
【非特許文献7】S.Yamabi et al.,Chem Mater.2000,14,609.
【非特許文献8】F.Xiao et al.,J.Mater.Sci.2007,42,6339−6346.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、任意形状の固体基材表面が酸化チタンのナノ構造体で緻密に被覆されている構造物、特には、1次元構造のルチル型酸化チタンからなるナノファイバーが芝のように固体基材表面を完全に被覆し、大面積であっても安定な被膜を有することを特徴とする構造物、及び該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の酸化チタンソース水溶液に固体基材を浸漬し、酸化チタン生成反応を該固体基材上で制御することによって、上記課題を解決できる事を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち本発明は、硫酸チタニルと水と過酸化水素と強酸(i)とを混合して、pHを1.3以下の水溶液を得る工程、該水溶液に塩基性化合物(ii)を加えてpHを1.64〜1.67に調整する工程、得られた水溶液に固体基材(X)を浸漬し、60〜95℃に加温して該固体基材(X)表面を酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆する工程、固体基材(X)を浸漬したまま水溶液を20〜30℃に冷却した後、酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を洗浄し乾燥する工程、とを有することを特徴とする、酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物の製造方法を提供するものである。
【0013】
更に本発明は、前記の簡便な製造方法にて得ることができる、固体基材(X)の表面が酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物であって、該酸化チタン含有ナノ構造体(Y)が、アナターゼ型酸化チタンを主構成成分とする土台層(a)と、該土台層(a)上に、ルチル型酸化チタンを主構成成分とするナノファイバーがファイバー構造を維持したまま立ち並ぶ芝層(b)とからなり、且つ前記土台層(a)が固体基材(X)に接合したものであることを特徴とする、酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物は、任意形状の金属、シリコン、ガラス、無機金属酸化物、プラスチックなどの固体基材表面に、芝層を主とする酸化チタンナノ構造体被膜を含有するものであり、該構造物自体は、平面、曲面、棒状、管状等のいずれの形態であってもよく、また、管内、管外、容器内、容器外のいずれにも限定的または包括的に被覆させることができる。構造物の大小にかかわらず、その表面には1次元ナノ構造体(ナノファイバー)が形成されていることから、単位面積あたりの表面積(比表面積)は極めて大きくなる。また、固体基材表面のナノ構造体は基本的にルチル型酸化チタンからなる最表面を有するものである。従って、本発明での構造物は、各種マイクロ電池構築、触媒付与型マイクロリアクター、物質の分離精製装置、チップ、センサー、フォトニックデバイス構築、絶縁体または半導体構築、殺菌/滅菌デバイス構築、超親水/超疎水界面構築等として用いることができ、また、プラスチックの耐熱性、難燃性、耐摩耗性及び耐溶剤性改良技術への応用や、基材表面の屈折率調整技術などの、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】合成例1で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】合成例1で用いたシリコン基板表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図3】合成例1で得た構造物を異なる条件で処理した後のXRD回折パターンである。下:未処理の構造物;中:80℃蒸留水中15時間処理後の構造物;上:400℃で1時間焼成後の構造物。
【図4】合成例1で得た構造物を80℃蒸留水中15時間処理後の表面走査型電子顕微鏡写真である。
【図5】合成例2で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】合成例2で得た構造物のXRD回折パターンである。
【図7】実施例1で得た構造物表面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例1で得た構造物断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例1で得た構造物から削り落としたナノファイバーの透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例1で得た構造物から削り落としたナノファイバーの高分解能透過型電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例2で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例2で得た構造物のXRD回折パターンである。
【図13】実施例3で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例4で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例5で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図16】比較例1で得た構造物の走査型電子顕微鏡写真である。
【図17】応用例1における実施例2で得た構造物の水濡れ性写真である。左は未処理のガラス基材、右は被覆後の構造物。
【図18】応用例2における実施例3で得た構造物の水濡れ性写真である。左は未処理のポリメチルメタクリレート(PMMA)基板、右は被覆後の構造物。
【図19】応用例3における実施例4で得た構造物の水濡れ性写真である。左は未処理のポリ塩化ビニル基板、右は被覆後の構造物。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の構造物は、固体基材(X)の表面が酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物であって、該酸化チタン含有ナノ構造体(Y)が、アナターゼ型酸化チタンを主構成成分とする土台層(a)と、該土台層(a)上に、ルチル型酸化チタンを主構成成分とするナノファイバーがファイバー構造を維持したまま立ち並ぶ芝層(b)とからなり、且つ前記土台層(a)が固体基材(X)に接合したものであるである。
【0017】
本願における酸化チタン含有ナノ構造体とは、ナノメートルオーダーの酸化チタンを基本構造とする構造体を言うものであり、これらのうちナノファイバーとはアスペクト比が高く繊維状の構造体であり、ナノ粒子とは略球状の構造体を言うものである。
【0018】
固体基材を前駆体チタン化合物中に浸漬し、その表面に1次元構造の酸化チタンナノファイバーを固定しようとしても、基本的に酸化チタンの形成は溶液中で優先的に進行するため、固体基材表面での緻密薄膜を形成させることができない。例えば、硫酸チタニルを前駆体ソースとする際、これの加水分解から酸化チタンが生成するが、これは当然溶液中での反応であるため、結晶核から結晶体までの生長は溶液中で進行し、固体基材上には生長した結晶体が付着するに留まる。
【0019】
固体基材上に酸化チタン含有ナノ構造体を均一に固定するため、本発明者は、硫酸チタニルを前駆体とするプロセスから酸化チタン被膜を形成するに至っての基本モデルを次のように考案した。まずは、反応初期段階の短い時間で、固体基材表面に土台層となる酸化チタン被膜を速く生長させること、そして、その上で長い時間をかけて結晶層をゆっくり生長させることである。基材上にて短い時間で土台層を形成させることにより該土台層には必ず数多くかつ均一に分布した結晶核を提供できるので、その核からの酸化チタン結晶生長が可能と考えられる。従って、固体基材上に緻密な均一被膜を形成させるには、土台層の構築がカギとなる。本発明者は、上記モデルを満たす反応条件について鋭意研究を重ねた結果、硫酸チタニルの過酸化水素水溶液のpH値を1.64〜1.67の範囲に厳密に制御することで、任意基材表面全体が酸化チタンの土台層で被覆されることを見出したものである。
【0020】
[固体基材(X)]
本発明において使用する固体基材(X)としては、特に限定されず、例えば、ガラス、シリコン、金属、金属酸化物などの無機材料系基材、樹脂(プラスチック)、セルロースなどの有機材料系基材等、更にはガラス、金属、金属酸化物表面をエッチング処理した基材、樹脂基材の表面をプラズマ処理、オゾン処理した基材などを使用できる。
【0021】
無機材料系ガラス基材としては、特に限定するものではないが、例えば、耐熱ガラス(ホウケイ酸ガラス)、ソーダライムガラス、クリスタルガラス、鉛や砒素を含まない光学ガラスなどのガラスを好適に用いることができる。ガラス基材の使用においては、必要に応じ、表面を水酸化ナトリウムなどのアルカリ溶液でエッチングして用いることができる。
【0022】
無機材料系金属基材としては特に限定しないが、例えば、鉄、銅、アルミ、ステンレス、亜鉛、銀、金、白金、またはこれらの合金などからなる基材を好適に用いることができる。
【0023】
無機材料系金属酸化物基材としては、特に限定するものではないが、例えば、ITO(インジウムティンオキシド)、酸化スズ、酸化銅、酸化亜鉛、アルミナなどを好適に用いることができる。
【0024】
樹脂基材としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボナート、ポリエステル、ポリスチレン、ポリメタクリレート、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンアルコール、ポリイミド、ポリアミド、ポリウレタン、エポキシ樹脂、セルロースなどの各種ポリマーの加工品を用いることができる。各種ポリマーの使用においては、必要に応じ、表面をプラズマ、UV照射処理したものであっても、硫酸またはアルカリ等で処理したものであっても良い。
【0025】
固体基材(X)の形状については、特に限定されるものではなく、平面状若しくは曲面状板、またはフィルムでも良い。特に、複雑形状加工品の管状チューブ、管状チューブのらせん体、マイクロチューブ;また、任意形状の(例えば、球形、四角形、三角形、円柱形等)容器;また、任意形状の(例えば、円柱形、四角形、三角形等)棒または繊維状態の固体基材でも好適に用いることができる。
【0026】
[酸化チタン含有ナノ構造体(Y)]
本発明の構造物は、固体基材表面が酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆されていることを特徴とする。当該ナノ構造体(Y)被膜は、固体基材(X)と接合した土台層(a)としての酸化チタンと、その土台層(a)上に形成される芝層(b)としての酸化チタンとで構成されている。
【0027】
前記土台層(a)の酸化チタンは、アナターゼ型結晶相の酸化チタンを主構成成分とし、1次構造がナノ粒子状の結晶が堆積してなる膜であることを特徴とする。その土台層(a)の厚みは10〜100nmの範囲に調製できるが、製造上の制御の容易さから、10〜50nmの範囲であることが好ましい。尚、本願において「主構成成分とする」とは、その他の結晶相が多少混在していても良いが、XRDの回折パターンで明確に観測できる結晶相が特定の結晶相であることを示すものであり、また、意図的に第三成分を併用しない限り、原料由来の不純物以外にはその他の成分が当該構造体に含まれないことを示すものである。
【0028】
前記土台層(a)を形成する酸化チタン上では、ルチル型酸化チタンがナノファイバー状に結晶生長し、それが芝層(b)を構成する。該ナノファイバーの太さは2〜30nmであり、長さは50〜600nmである。
【0029】
前記芝層(b)は、ナノファイバーがその形状を保ったまま立ち並ぶことによって形成されるものであり、その平均厚みはナノファイバーの長さに比例して厚くなる。ナノファイバーは垂直よりもやや斜めに生長するため、概ね300nm以下に制御可能である。1段目の芝層(b)を形成させた後、更に結晶成長させることも可能であり、芝層(b)を重ねる回数を増加することで、複雑な階層構造を有するナノ構造体を得ることができる。その際、土台層(a)上に、平均厚みが600nm〜1.5μmの範囲の多段の芝層(b)を形成させることが可能である。
【0030】
[酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物の製造方法]
以下、本発明の構造物の製造方法について詳述する。
【0031】
[硫酸チタニルの水溶液]
本発明において、上記酸化チタン含有ナノ構造体(Y)を効率的に構築するためには、硫酸チタニルを必須の前駆体とする。まず、工程(1)として、固体化合物である硫酸チタニルを過酸化水素水と混合する。このとき、硫酸チタニル水溶液の濃度を10〜20mMol/Lに調整することが好ましく、この濃度に対し、2〜3当量の過酸化水素水を加えることが望ましい。また、硫酸チタニルを完全に溶解するため、該溶液に強酸(i)を加え、初期pH値を1.3以下に調製することが必要である。このとき用いることができる強酸(i)としては特に限定されるものではないが、工業的入手容易性、pH調整の容易性の観点から、塩酸、硝酸、硫酸を用いることが好ましい。このようにして、完全透明なオレンジ色の溶液を得ることができる。
【0032】
本発明では工程(2)として更に、前記で調整した硫酸チタニル水溶液に塩基性化合物(ii)を加えて、pH値を1.64〜1.67の範囲に再度調製することを必須とする。この範囲以外でのpH値では、硫酸チタニルの加水分解による酸化チタンまたは不溶性成分の形成が溶液中で優先的に進行するため、固体基材(X)上に緻密な膜を形成させることが困難となる。
【0033】
前記塩基性化合物(ii)としては、特に限定されるものではないが、工業的入手容易性と、pH調整の容易性の観点から、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩、アンモニア水、有機アミン化合物等を用いることが好ましく、具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸バリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、アンモニア水溶液、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エチルジアミン、ジメチルアミノエチルアミン、アミノエタノール、ジメチルアミノエタノール、ピリジン、L−リシンなどを用いることができる。
【0034】
尚、工程(2)において、塩基性化合物を使わずに水溶液のpHを1.64〜1.67の範囲になるようにしても良いが、これには強酸を含有する水溶液中からの揮発、有機溶剤類の添加等を利用することになり、細心の調製が要求される。
【0035】
工程(3)においては、前記工程(2)で調製した硫酸チタニル水溶液に固体基材(X)を浸漬し、これを60〜95℃に加温して、その温度で硫酸チタニルの加水分解反応により、浸漬部分の固体基材(X)表面に酸化チタン含有ナノ構造体(Y)からなる被膜を形成させる。加温時間は3〜30時間の範囲であることが好ましく、より好ましくは13〜24時間である。この工程(3)における最も好ましい温度は75〜85℃であり、最も好ましい時間は16〜20時間である。
【0036】
工程(3)において、固体基材(X)を溶液中に浸漬する際、被覆させる基材の面が下を向くようにするか、または垂直に立てることが望ましい。
【0037】
工程(3)において、固体基材(X)を浸漬してから1時間ぐらいで、該基材表面では土台層(a)を形成する酸化チタンの膜が全面に広がる。この時点での膜は結晶性に乏しく、アモルファス状態であるが、そのアモルファス状態だからこそ、欠陥がない緻密な薄膜の土台層(a)を形成でき、それがナノファイバー結晶生長の畑となり、時間と共に芝層(b)を作り上げる。良質な土台層(a)の初期形成、これは本発明での本質部分であるが、それを実現するには工程(2)におけるpHの精密な調製が前提条件として要求される。従来の技術では、この土台層形成及びそれの制御法は全く認識されていなかった。
【0038】
本発明での工程(3)において、加温して3時間以後の時間帯では、その溶液からの結晶成長は高度選択的にルチル型結晶相だけになる。この時点から固体基材(X)を浸漬させると、基材表面には土台層(a)が形成されず、その結果として、ルチル型結晶相の集合体が基材表面に点在するような構造物しか得ることができない。即ち、本発明のナノ構造体(Y)で完全に被覆された構造物を得ることができないものである。
【0039】
引き続き、工程(4)として、前記工程(3)の溶液を室温(20〜30℃)に冷却した後、酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を乾燥する。溶液から取り出した後、蒸留水、酸性水溶液または塩基性水溶液を用いて洗浄してから乾燥しても良い。この工程(4)によって、本発明の構造物を得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、特に断わりがない限り、「%」は「質量%」を表わす。
【0041】
[走査電子顕微鏡によるナノ構造体の形状分析]
単離乾燥したナノ構造体を両面テープにてサンプル支持台に固定し、日立社製走査電子顕微鏡「S−5000」にて観察した。
【0042】
[透過型電子顕微鏡によるナノ構造体の形状分析]
日本電子株式会社製透過型電子顕微鏡「JEM−2200FS」にて観察した。
【0043】
[X線回折法(XRD)による酸化チタンの分析]
酸化チタンを測定試料用ホルダーにのせ、それを株式会社リガク製広角X線回折装置「Rint−ultma」にセットし、Cu/Kα線、40kV/30mA、スキャンスピード1.0°/分、走査範囲20〜40°の条件で行った。特に、被覆膜の内部構造詳細の分析では、その測定条件を以下のように設定した。X線:Cu/Kα線、50kV/300mA、走査スピード:0.12°/min;走査軸:2θ(入射角0.2〜0.5°、1.0°)。
【0044】
合成例1[土台層表面構造形成]
スクリューガラス管中で、0.071gのTiOSO・nHO(硫酸チタニル、ナカライテスク社製)無色粉末を19mLの蒸留水(水質;比抵抗18.2mΩ・cm)に分散させ、ここに35%の過酸化水素水60μL(東京化成社製)を加えた。この分散液に数滴の硝酸(69%、キシダ化学社製)を加え、TiOSOが完全に溶解するまで室温で30分撹拌した。この溶液に再度硝酸を滴下し、pHを1.3に調製した後、0.036gの炭酸ナトリウム(キシダ化学社製、pH標準液用)を溶解させ、pHを1.65に調製した。pHは、Mettoler Toledo社(スイス)製pHメーターを用いて測定した。このようにして得られた酸化チタン前駆体の水溶液に、シリコン基板(n−Si、フェローテックシリコン社製)基板を立て掛けて浸漬させ、それを80℃で1時間静置させた。1時間後シリコン基板を取り出し、それを蒸留水で洗浄した。
【0045】
上記で得たシリコン基板表面を走査型電子顕微鏡で観察した(図1)ところ、表面全体は波を打つような構造の薄膜で覆われた。比較に未処理のシリコン基板では何の構造も観察できなかった(図2)。図1の構造物を400℃で処理、または80℃の蒸留水中に15時間浸漬した後、それらのX線回折を測定した。図3にはそれら回折パターンを示した。
【0046】
未処理の構造物のものは何のシグナルも与えなかった。即ち、アモルファスである。その構造物を80℃の蒸留水中15時間浸漬したものでは、25°当たりで、アナターゼ結晶の(101)に代表されるピークが現れた。同様に、400℃で1時間焼成した構造物も同じピークを与えた。このことは、図1の構造物はアモルファスであったが、それは加熱処理過程でアナターゼへ変化したことを強く示唆する。図4には、図1の構造物を80℃蒸留水中15時間浸漬した後のSEM写真を示した。図1に比べ、アナターゼ結晶へ変化した図4の表面は、波を打つ様な薄膜から不規則なナノ粒子で充填されたような薄膜構造に変わったことを確認できる。これらの結果から、土台層の初期構造はアモルファス酸化チタン薄膜で構成し、それを80℃の条件で長く静置させるとアナターゼ結晶の薄膜へ変化することが明らかとなった。
【0047】
合成例2[土台層なしでの表面構造形成]
上記合成例1と同様な酸化チタン前駆体溶液を調製し、その溶液を80℃で3時間予備加熱した後、その液中にシリコン基板を浸漬し、同じ温度で15時間静置させた。基材を取り出し、それの表面を蒸留水で洗浄後、SEMにて表面観察した(図5)。基板上には薄膜はなく、針状構造の集合を特徴とする複雑な階層構造束のみが観測された。それをXRDで測定した結果、ルチル型酸化チタンであることが判明した(図6)。
【0048】
この結果から、酸化チタン前駆体溶液を80℃で3時間加熱してしまうと、その溶液からは固体基材表面で土台層を作る駆動力が完全に消失し、替わりにルチル型結晶相のみを選択的に生長させることがわかる。
【0049】
上記の合成例1と2は、本発明者が本発明課題解決のために考案する、反応初期の短い時間帯で固体基材表面に土台層を形成させ、その後長い時間を掛けて、その上で芝層をゆっくり生長させるモデル機構の正しさを明確に証明するものである。
【0050】
実施例1[シリコン基板表面がナノ構造体で被覆された構造物]
上記合成例1と同様な酸化チタン前駆体溶液を調製し、該水溶液にシリコン基板を立て掛けて浸漬させ、それを80℃で18時間静置させた。溶液を室温で冷却後、ガラス基板を取り出し、それを蒸留水で3回洗浄し、室温で放置し乾燥した。
【0051】
得られた構造物をSEMにて観察した(図7)ところ、表面全体は草葉が生えた様な芝状構造であり、それが被膜を形成していることを確認した。また、この芝状の被膜を有する構造物の断面をSEMにて観察した。図8に示したように、断面写真イメージから、基板と接合した部分ではナノ粒子が堆積した構造が観察され、その厚みが90nm以下であることを確認した。その上から、針の様な1次元構造の集合体が芝のように上を向いて生えており、この芝層の高さは500nmに達した。
【0052】
図7と図8の結果を合わせてみると、シリコン基板表面全体は緻密な芝構造で覆われているが、その下地に土台層があって、その上で芝層が生長したことが明らかである。
【0053】
さらに、芝層の針状の構造を取り落とし、それをTEMにて観察した。太さが3〜5nmのナノファイバーが明確に観察された(図9)。また、高分解能TEM写真(図10)から、結晶格子縞の面間隔が0.218nmであった。これはルチル型酸化チタン結晶の(111)面の面間隔に相当する。即ち、芝状構造はルチル型酸化チタンで構成されていることを確認した。
【0054】
実施例2[ガラス基板表面がナノ構造体で被覆された構造物]
基材をガラス板にした以外、実施例1と同様な条件で、ガラス基板表面がナノ構造体で被覆された構造物を得た。図11には、構造物表面のSEM写真を示した。表面全体は緻密な芝状の被膜で覆われた。図12は、この被膜構造の詳細を調べたXRDの回折パターンである。被膜に当てるX線の角度、即ち、入射角を0.2〜1.0°に変えながら、測定を行なった。通常、X線の入射角を小さくするとX線は物体の最表層の構造を主に反映するが、入射角を大きくするとX線は物体の深くまで入り、物体厚みの平均構造を反映できる。入射角を一番小さく(0.2°)した場合得られた回折パターンでは、ルチル型結晶相由来のピークしか現れなかった。しかし、入射角をやや大きくするにつれて、ルチル型結晶相のピークに加え、アナターゼ型結晶相由来のピークが明確に現れた。このことは、芝状の被膜の底部はアナターゼ型結晶であり、その表層部はルチル型結晶であることを強く示唆する。即ち、ガラス基材と接合する部分はアナターゼ型酸化チタンによって構成される土台層であり、その上はルチル型酸化チタンによって構成される芝層で覆われていることを示すものであり、この結果は実施例1のSEM断面写真及び高分解TEM写真の結果と一致する。
【0055】
実施例3[ITO表面がナノ構造体で被覆された構造物]
基材としてITO膜付きのガラス板を用いた以外、実施例1と同様な方法で、ITO表面がナノ構造体で被覆された構造物を得た。図13には、該構造物表面のSEM写真を示した。ITO表面全体は緻密な芝状の被膜で覆われていた。
【0056】
実施例4[ポリメチルメタクリレート板表面がナノ構造体で被覆された構造物]
基材としてポリメチルメタクリレート(PMMA)板を用いた以外、実施例1と同様な方法で、PMMA表面がナノ構造体で被覆された構造物を得た。図14には、該構造物表面のSEM写真を示した。PMMA表面全体は緻密な芝状の被膜で覆われていた。
【0057】
実施例5[ポリ塩化ビニル板表面がナノ構造体で被覆された構造物]
基材としてポリ塩化ビニル板を用いた以外、実施例1と同様な方法で、ポリ塩化ビニル板表面が芝状のナノ構造体で被覆された構造物を得た。図15には、該構造物表面のSEM写真を示した。PMMA表面全体は緻密な芝状の被膜で覆われていた。
【0058】
比較例1[ガラス基板上での酸化チタン析出]
実施例2の方法において、過酸化水素水溶液を使わないこと以外、すべてが実施例2と同様な(初期pH=1.3、その後炭酸ナトリウムでpHを1.65に調製)方法で、ガラス基板上での構造物形成を試みた。図16には、これで得た構造物表面のSEM写真を示した。表面全体を被覆する被膜は形成せず、ナノ粒子の塊の粒が点在していることがわかる。このことから、過酸化水素なしでは、pHを調製しても芝状の被膜で被覆される構造物が得られないことがわかる。
【0059】
応用例1[実施例2で得た構造物の水接触角]
実施例2で得たガラス板表面が芝状の構造体で被覆された構造物表面での水濡れ性を調べるために水接触角を測定した。図17には被覆前後の接触角写真を示した。ガラスそのものの接触角は43°であるが、酸化チタン含有ナノ構造体からなる被膜を有する構造物表面の接触角は0°であり、被覆後表面は完全に超親水性に変わったことを確認した。
【0060】
応用例2[実施例4で得た構造物の水接触角]
実施例4で得たポリメチルメタクリレート(PMMA)板表面が芝状の構造体で被覆された構造物表面での水濡れ性を調べるために水接触角を測定した。図18には被覆前後の接触角写真を示した。ポリメチルメタクリレート(PMMA)板そのものの接触角は65°であるが、酸化チタン含有ナノ構造体からなる被膜を有する構造物表面の接触角は0°であり、被覆後の表面は完全に超親水性に変わったことを確認した。
【0061】
応用例3[実施例5で得た構造物の水接触角]
実施例5で得たポリ塩化ビニル板表面が芝状の構造体で被覆された構造物表面での水濡れ性を調べるために水接触角を測定した。図19には被覆前後の接触角写真を示した。ポリメチルメタクリレート(PMMA)板そのものの接触角は82°であるが、酸化チタン含有ナノ構造体からなる被膜を有する構造物表面の接触角は0°であり、被覆後の表面は完全に超親水性に変わったことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物は、各種マイクロ電池構築、触媒付与型マイクロリアクター、物質の分離精製装置、チップ、センサー、フォトニックデバイス構築、絶縁体または半導体構築、殺菌/滅菌デバイス構築、超親水/超疎水界面構築等として用いることができ、また、プラスチックの耐熱性、難燃性、耐摩耗性及び耐溶剤性改良技術への応用や、基材表面の屈折率調整技術などへの応用展開が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)硫酸チタニルと水と過酸化水素と強酸(i)とを混合して、pHを1.3以下の水溶液を得る工程、
(2)工程(1)で得られた水溶液に塩基性化合物(ii)を加えてpHを1.64〜1.67に調整する工程、
(3)工程(2)で得られた水溶液に固体基材(X)を浸漬し、60〜95℃に加温して該固体基材(X)表面を酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆する工程、
(4)固体基材(X)を浸漬したまま水溶液を20〜30℃に冷却した後、酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された固体基材(X)を取り出し、該表面を乾燥する工程、
とを有することを特徴とする、酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物の製造方法。
【請求項2】
前記工程(1)で用いる強酸(i)が塩酸、硝酸及び硫酸からなる群から選ばれる一種以上の強酸である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(2)で用いる塩基性化合物(ii)が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩、アンモニア水及び有機アミン化合物からなる群から選ばれる一種以上の塩基性化合物である請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(3)で加温する時間が3〜30時間である請求項1〜3の何れか1項記載の製造方法。
【請求項5】
固体基材(X)の表面が酸化チタン含有ナノ構造体(Y)で被覆された酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物であって、
該酸化チタン含有ナノ構造体(Y)が、アナターゼ型酸化チタンを主構成成分とする土台層(a)と、該土台層(a)上に、ルチル型酸化チタンを主構成成分とするナノファイバーがファイバー構造を維持したまま立ち並ぶ芝層(b)とからなり、且つ前記土台層(a)が固体基材(X)に接合したものであることを特徴とする、酸化チタン含有ナノ構造体被覆型構造物。
【請求項6】
前記土台層(a)がアナターゼ型酸化チタンを主構成成分とするナノ粒子の堆積物であって、その厚みが10〜100nmである請求項5記載の構造物。
【請求項7】
前記芝層(b)を形成するナノファイバーの太さが2〜30nm、長さが50〜600nmである請求項5又は6記載の構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2010−163314(P2010−163314A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6563(P2009−6563)
【出願日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000173751)財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】