説明

酸化バナジウム溶液及びその固形物

【課題】 酸化バナジウムを高濃度で含有する酸性の酸化バナジウム溶液で、しかも長期にわたり安定で利用価値の高い酸化バナジウム溶液とその固形物を提供する。
【解決手段】 五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸とを有機還元剤の存在下で反応させることを特徴とするバナジウム濃度がVとして15質量%以上である酸化バナジウム溶液である。
また、このような酸化バナジウム溶液を乾燥してなる酸化バナジウム固形物である。
この様な酸化バナジウム溶液及びその固形物は、殊に触媒等の用途に使用する場合、有害な腐食性のガス等を発生しないという利点を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バナジウムを高濃度で含有する酸化バナジウム溶液及びその固形物に関し、殊に触媒等の用途に使用する場合、有害な腐食性のガス等の発生しない酸性の酸化バナジウム溶液及びその固形物関する。
【背景技術】
【0002】
酸化バナジウムは、主として硫酸や有機酸の製造触媒、脱硫、脱硝用触媒、蛍光体、電池、フェライト、熱線吸収材料及び顔料等の機能性材料として多用されている。現在、バナジウムの化合物として入手できるものは価数の異なる各種の酸化バナジウム、例えば二酸化バナジウム、三酸化バナジウム及び五酸化バナジウムをはじめ、塩化物、フッ化物、硫酸塩、蓚酸塩、アンモニウム又はアルカリ金属の塩等が知られており、その他には特殊用途向けの高純度化合物としてバナジウムアルコキシドやアセチルアセトン錯体などがある。
【0003】
このような化合物の中でも、酸化バナジウムは、上述の如き幅広い用途に用いられる有用な材料である。酸化バナジウムは通常、バナジウム鉱、石油燃焼ボイラーの煙媒及び重油直接脱硫の使用済み触媒から製造され、生産メーカーから粉体または塊状で工業的に供給されるが、触媒その他の用途に用いるためにはしばしば担持、複合化などの工程を経る必要があり、供給された粉体や塊状でそのまま用いられる特別な場合を除き、バナジウムの塩化物、フッ化物、硫酸塩、シュウ酸塩及びアンモニウム塩を水溶液の形にして用いて、最終的に熱処理することで純粋なバナジウムの酸化物を得る方法で利用されている。
【0004】
しかし、塩化物、フッ化物及び硫酸塩は、触媒等製造時の最終的熱処理時に腐食性ガスが発生することから、その利用には環境管理上設備面での配慮が必要となる。また、蓚酸塩は蓚酸自身が有毒であること、遊離の蓚酸が低温で昇華することから工業的には利用が制限される。アンモニウム塩は分解して酸化バナジウムを得る際にアンモニアのみを発生することから安全で利用しやすいため、幅広く用いられているものの、水への溶解度が酸化バナジウムとして数パーセントであり、高濃度の水溶液として用いることができないという欠点を有している。これらの他、メタバナジン酸アンモニウムと有機酸とを反応させた酸性のバナジウム含有溶液も知られているが、この溶液も溶解度が小さく、バナジウム含有量が少ない。
【0005】
そこで、本出願人は、五酸化バナジウムがそれ自身酸、アルカリに溶解する両性の化合物で、特にアミン類に対しては高濃度で溶解することを利用して、五酸化バナジウムやメタバナジン酸アンモニウムをアミンに溶解させる方法で中性ないしはアルカリ性の高濃度でバナジウムを含む溶液を得る方法を提案した(特許文献1参照)。しかしながら、酸に対しては既存化合物である塩化物、硫酸塩、蓚酸塩が溶解して水溶液となることを除くとバナジウムを高濃度に溶解することができる酸はほとんどなく、特に分解時に腐食性ガスなどを発生しない酸性の高濃度バナジウム含有溶液は知られていない。このような酸性溶液の必要性について一例を挙げると、例えば、脱硝触媒はスラリー状の酸化チタン担体にバナジウムと共にモリブデンやタングステンを担持して製造する方法が採られている。このとき、酸化チタンスラリーやモリブデン、タングステンの原料である塩類は主に酸性材料であることから、材料同士の相溶性、混合安定性の面から酸性のバナジウム原料が望まれている。このような背景から、バナジウムを高濃度で含む酸性のバナジウム溶液が望まれていた。
【0006】
【特許文献1】特願2003−290339号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような現状に鑑み、本発明者らは、酸化バナジウムを高濃度で含有する酸性の酸化バナジウム溶液で、しかも長期にわたり安定で利用価値の高いものを得ることを目的として鋭意検討を重ねた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その結果、五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸とを有機還元剤の存在下で反応させることにより、高濃度で、安定性に優れた酸化バナジウム溶液が得られることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成させたものである。
即ち、本発明は、五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸とを有機還元剤の存在下で反応させることを特徴とするバナジウム濃度がVして15質量%以上である酸化バナジウム溶液に関する。更に本発明は、上記酸化バナジウム溶液を乾燥してなる酸化バナジウム固形物に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の酸化バナジウム溶液は、高濃度で長期に亘り沈殿や増粘を生じない酸性の酸化バナジウム溶液であり、例えばこれを触媒材料として利用する場合、担体上に担時する際にも、他成分系触媒材料と複合化させる際にも使用でき、均質で高性能な触媒を効率的に製造することができる。また、本発明の酸化バナジウム溶液を乾燥することにより得られた本発明の酸化バナジウム固形物は、水に容易に再分散することができ、各種用途に広く用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の高濃度で安定性に優れた酸化バナジウム溶液は、五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸とを有機還元剤の存在下で反応させることにより製造することができる。
以下、本発明をその実施の形態とともに詳細に説明する。
【0011】
本発明で使用するヒドロキシカルボン酸としては、乳酸、グリコール酸、グリセリン酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、トロパ酸、マンデル酸、ベンジル酸等が例示できる。殊にリンゴ酸、クエン酸、酒石酸等の二価以上のカルボキシル基を有するヒドロキシカルボン酸が少ない含有量で本発明の酸化バナジウム溶液を製造できることから好ましい。ヒドロキシカルボン酸の添加量に関しては五酸化バナジウム1モルに対して0.8〜1.5モルが好ましい。下限を下廻ると未反応の五酸化バナジウムが残存し、沈殿物が生ずるため好ましくない。一方、上限を超えると添加量に見合った効果はなく不経済であるばかりでなく、粘度が上昇し、ハンドリングが悪くなるため好ましくない。
【0012】
本発明の酸化バナジウム溶液は有機還元剤の存在下で五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸を反応させることでのみ製造することができる。有機還元剤を用いることなく反応させても本発明の酸化バナジウム溶液は得ることはできない。本発明の有機還元剤としては、アスコルビン酸、エリソルビン酸、グリオキサール糖類等を例示することができる。殊に、アスコルビン酸、エリソルビン酸は還元力が強く、バナジウム濃度が高く、安定性に優れた本発明の酸化バナジウム溶液が得られるので好ましい。有機還元剤の量に関しては、用いる有機還元剤の種類や反応条件等によって特定できないが、概ね五酸化バナジウム1モルに対して0.2〜0.5モルが好ましい。有機還元剤の量を上記範囲内に設定することにより、濃緑色〜濃紺色を呈する本発明の酸化バナジウム溶液を得ることができる。下限を下廻ると生成する溶液は黒褐色〜濃緑色を示し、スラリー状の粘調な溶液となり、ハンドリングが悪く好ましくない。上限を超えると添加量に見合った効果はなく、経済的にも不利である。
【0013】
本発明で特筆すべきことは、五酸化バナジウムに代えて、他の酸化バナジウム、例えば二酸化バナジウムや三酸化バナジウムを用いても、またバナジン酸塩やメタバナジン酸塩を用いても本発明の酸化バナジウム溶液を得ることはできないことである。
反応時の五酸化バナジウム濃度に関しては、特段限定されることはないが、反応時にあまり高濃度で行なうと粘度が高くなったり、激しく発泡したりするのでバナジウム濃度としては、Vとして15〜30質量%で行うことが好ましい。反応においては、なんら特別な設備や技術は必要なく、例えば所定量の五酸化バナジウム、ヒドロキシカルボン酸、有機還元剤及び水を適当な容器に添加し、五酸化バナジウムの固体が外観的に無くなるまで攪拌・反応させることで濃緑色〜濃紺色を呈する本発明の酸化バナジウム溶液を簡便に得ることができる。
【0014】
反応温度に関しては、常温以上で行えばよく、特段限定されないが、50℃以上で行うことで迅速に反応を進めることができる。反応時の初期過程では、反応熱によって液温が上昇すると同時に発泡することがあるので、反応温度は反応スケールに応じて適宜調整すればよい。
本発明の酸化バナジウム溶液製造時において重要なことは、反応に際して有機還元剤の存在下で五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸を反応させることである。単に五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸を反応させても本発明の酸化バナジウム溶液は得ることはできない。反応時間に関しては、仕込み量や反応温度、仕込み濃度等にもよるが、大略1〜2時間で充分である。生成した酸化バナジウム溶液は必要により、更に濃縮・乾燥することでバナジウム含有量を増加させることができる。濃縮は常圧下で加熱によって行ってもよいし、減圧下で行ってもよく、更には、乾燥機などで水を完全に蒸発させることでV換算40質量%以上を含有する粉体や塊状の固形物を得ることもできる。驚くべきことに有機還元剤やオキシカルボン酸の分解温度以下、例えば100℃程度で濃縮・乾燥して得られた固形物は、水を加えることで沈殿物を生じることなく再びもとの均質な酸化バナジウム溶液に戻すことができる。
【0015】
また、本発明の酸化バナジウム溶液は、バナジウム濃度0.1質量%のような希薄な状態でレーザー照射を行うとチンダル現象を示す散乱光が認められることから、コロイダルスケールの微粒子が分散しているものと考えられる。いずれにしても本発明の酸化バナジウム溶液はバナジウムを高濃度で安定に含有し、またこの溶液を乾燥して得られる固形物は容易に水に溶解し、熱処理によって容易に酸化バナジウムを得ることができる。
以下に、本発明の実施例を挙げ更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。尚、%は断らない限りすべて質量%を示す。
ところで、本発明で得られた酸化バナジウム溶液中の五酸化バナジウム含有量に関しては、白金皿に一定量の試料を計りとり、電気炉中600℃で1時間焼成して求めた。
【実施例1】
【0016】
五酸化バナジウム(和光純薬工業製)20g、クエン酸一水和物(和光純薬工業製)23g、L-アスコルビン酸(和光純薬工業製)5.8g及びイオン交換水51.2gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したところ、黄色の混合スラリーは攪拌、加熱と共に発泡しながら緑から青になり、最終的に固形物のない濃紺色のやや粘調な溶液となった。この溶液の五酸化バナジウム含有量は21.5%、粘度は25mPa・sであり、五酸化バナジウム(V)とクエン酸(H)との割合H/V(モル比)=1.0、VとL-アスコルビン酸(Y)との割合Y/V(モル比)=0.3であった。尚、この溶液を5℃、25℃及び50℃でそれぞれ3ヶ月放置したが、増粘、沈殿物等は認められなかった。また、この溶液をイオン交換水で200倍希釈してレーザー照射したところ、コロイド特有の散乱光が確認された。
[比較例1]
【0017】
五酸化バナジウム(和光純薬工業製)20g、クエン酸一水和物(和光純薬工業製)23g及びイオン交換水51.2gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したが、黄色〜緑色のスラリー状となり一様な溶液は得られなかった。得られたスラリーは放置すると褐色の上澄みと緑色の沈殿に分層した。
【実施例2】
【0018】
五酸化バナジウム(和光純薬工業製)20g、クエン酸一水和物(和光純薬工業製)23g、エリソルビン酸(和光純薬工業製)5.8g及びイオン交換水51.2gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したところ、黄色の混合スラリーは攪拌、加熱と共に発泡しながら緑から青になり、最終的に固形物のない濃紺色のやや粘調な溶液となった。この溶液の五酸化バナジウム含有量は21.0%、粘度は30mPa・sであり、五酸化バナジウム(V)とクエン酸(H)との割合H/V(モル比)=1.0、Vとエリソルビン酸(Y)との割合Y/V(モル比)=0.3であった。尚、この溶液を5℃、25℃及び50℃でそれぞれ3ヶ月放置したが、増粘、沈殿物等は認められなかった。また、この溶液をイオン交換水で200倍希釈してレーザー照射したところ、コロイド特有の散乱光が確認された。
【実施例3】
【0019】
五酸化バナジウム(和光純薬工業製)23g、DL-リンゴ酸(和光純薬工業製)18.5g、エリソルビン酸(和光純薬工業製)6.6g及びイオン交換水51.9gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したところ、黄色の混合スラリーは攪拌、加熱と共に発泡しながら緑から青になり、最終的に固形物のない紺色のやや粘調な溶液となった。この溶液の五酸化バナジウム含有量は23.8%、粘度は62mPa・sであり、五酸化バナジウム(V)とDL-リンゴ酸(H)との割合H/V(モル比)=1.1、Vとエリソルビン酸(Y)との割合Y/V(モル比)=0.3であった。尚、この溶液を5℃、25℃及び50℃でそれぞれ3ヶ月放置したが、増粘、沈殿物等は認められなかった。また、この溶液をイオン交換水で200倍希釈してレーザー照射したところ、コロイド特有の散乱光が確認された。
【実施例4】
【0020】
五酸化バナジウム(和光純薬工業製)23g、DL-酒石酸(和光純薬工業製)17g、エリソルビン酸)(和光純薬工業製)8.8g及びイオン交換水51.2gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したところ、黄色の混合スラリーは攪拌、加熱と共に発泡しながら緑から青になり、最終的に固形物のない紺色のやや粘調な溶液となった。この溶液の五酸化バナジウム含有量は22.0%、粘度は48mPa・sであり、五酸化バナジウム(V)とDL-酒石酸(H)との割合H/V(モル比)=0.9、Vとエリソルビン酸(Y)との割合Y/V(モル比)=0.4であった。尚、この溶液を5℃、25℃及び50℃でそれぞれ3ヶ月放置したが、増粘、沈殿物等は認められなかった。また、この溶液をイオン交換水で200倍希釈してレーザー照射したところ、コロイド特有の散乱光が確認された。
[比較例2]
【0021】
メタバナジン酸アンモニウム(和光純薬工業製)25.7g、リンゴ酸(和光純薬工業製)16.2g、エリソルビン酸5.8g及びイオン交換水52.3gを300ml容ビーカー中に添加、混合した。混合物を緩やかに80℃まで昇温し、そのまま60分保持したところ、濃緑色のスラリー状液体となったが、24時間後には大量の沈殿物が発生し、一様な溶液は得られなかった。
[比較例3]
【0022】
実施例1の五酸化バナジウムに代えて二酸化バナジウム(STREM CHEMICALS製)を用いて同様に攪拌、加熱したが、黒色の沈殿物を含むスラリー状となり、一様な溶液は得られなかった。
【実施例5】
【0023】
実施例3で得た溶液を105℃の通風乾燥機で乾燥して濃青色の固形物を得た。この固形物の五酸化バナジウム含有量は46.5%であった。この固形物10gと水10mlとを混合することにより、この固形物は容易に溶解し濃紺色の溶液を得た。尚、この溶液をイオン交換水で200倍希釈してレーザー照射したところ、コロイド特有の散乱光が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸とを有機還元剤の存在下で反応させることを特徴とするバナジウム濃度がVとして15質量%以上である酸化バナジウム溶液。
【請求項2】
五酸化バナジウムとヒドロキシカルボン酸(H)との割合が、H/V(モル比)=0.8〜1.5である請求項1記載の酸化バナジウム溶液。
【請求項3】
ヒドロキシカルボン酸がリンゴ酸、酒石酸およびクエン酸から選ばれた少なくとも一種以上の酸であることを特徴とする請求項1または2記載の酸化バナジウム溶液。
【請求項4】
五酸化バナジウムと有機還元剤(Y)との割合が、Y/V(モル比)=0.2〜0.5である請求項1、2または3記載の酸化バナジウム溶液。
【請求項5】
有機還元剤がアスコルビン酸又は/およびエリソルビン酸であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の酸化バナジウム溶液。
【請求項6】
請求項1〜5記載の酸化バナジウム溶液を乾燥してなる酸化バナジウム固形物。


【公開番号】特開2006−169025(P2006−169025A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−361952(P2004−361952)
【出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(000203656)多木化学株式会社 (58)
【Fターム(参考)】