説明

酸化パルプ中に残留する有機系酸化触媒の除去方法

【課題】N−オキシル化合物を酸化触媒として得られた酸化パルプから、残留するN−オキシル化合物を効率良く除去できる方法を提供する。
【解決手段】酸化パルプを超臨界二酸化炭素と接触させることにより、酸化パルプ中に残留するN−オキシル化合物を超臨界二酸化炭素中に抽出して除去する。こうして得られたN−オキシル化合物含量の少ない酸化パルプを用いることにより、N−オキシル化合物含量の少ないセルロースナノファイバーを調製することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−オキシル化合物を酸化触媒として用いて製造された酸化パルプから、水による洗浄だけでは除去できないパルプ中に残留するN−オキシル化合物を、簡便な手順で安全かつ経済的に除去できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系原料を触媒量の2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、TEMPOとする)と安価な酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムとの共存下で処理するとセルロースの一級水酸基をカルボキシル基およびアルデヒド基へと酸化でき、こうして得られた酸化パルプは、水中でミキサーなどの簡単な機械処理を行なうことにより、高粘度で透明なセルロースナノファイバー水分散液へと調製することができることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
上記の方法により得られたセルロースナノファイバーは、生分解性のある水分散型新規素材であり、ファイバー表面に局在するカルボキシル基を基点として、自由に改質することができる。また、上記の方法により得られたセルロースナノファイバーは、分散液の形態であるため、各種水溶性ポリマーとブレンドしたり、或いは有機・無機系顔料と複合化することで品質の改変を図ることもできる。さらに、セルロースナノファイバーをシート化したり、繊維化することも可能である。セルロースナノファイバーのこのような特性を活かした用途として高機能包装材料、透明有機基盤部材、高機能繊維、分離膜、再生医療材料などが想定されている。今後、セルロースナノファイバーの特徴を最大限活用することで循環型の安全・安心社会形成に不可欠な新規高機能性商品を開発することが期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Saito, T., et al., Cellulose Commun., 14 (2), 62 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記のTEMPOなどのN−オキシル化合物を触媒として製造された酸化パルプ中には、十分に水洗した後であっても、窒素分として10ppm程度のN−オキシル化合物が残留する。N−オキシル化合物が残留する酸化パルプを用いてセルロースナノファイバー水分散液を調製すると、当然ながらセルロースナノファイバー分散液中にもN−オキシル化合物が混在することとなり、セルロースナノファイバーを高機能性材料として利用する場合、その用途によっては、分散液中に残存するN−オキシル化合物が好ましくない影響を及ぼす場合がある。N−オキシル化合物の1種であるTEMPOやその誘導体は、環境や人体に対する毒性がいまだ明確となっておらず、セルロースナノファイバー分散液またはそれから調製されたフィルムを化粧品の増粘剤や食品用包装などの目的で使用することを想定すれば、分散液中にN−オキシル化合物が残存していないことが好ましい。また、例えば、分散液中にN−オキシル化合物が存在すると、セルロースナノファイバーの分散性が低下して分散液の透明度が低下し、セルロースナノファイバー分散液から調製されるフィルムの透明度が低下することも考えられる。したがって、N−オキシル化合物をできるだけ除去できる方法についての開発が望まれているが、現在のところ、パルプ中に残留するN−オキシル化合物を除去する方法についての報告はない。
【0006】
本発明は、パルプ中に残留するN−オキシル化合物を効率良く除去できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、かかる従来技術の難点を解消するために鋭意検討した結果、N−オキシル化合物を酸化触媒として得られた酸化パルプを、超臨界二酸化炭素と接触させることにより、酸化パルプ中に残留するN−オキシル化合物を超臨界二酸化炭素中に抽出することができ、N−オキシル化合物を酸化パルプから効率良く除去できることを見出した。また、こうして得られたN−オキシル化合物が除去された酸化パルプを用いることにより、N−オキシル化合物の濃度が極めて低いセルロースナノファイバー分散液を得ることができることを見出した。
【発明の効果】
【0008】
本発明では、N−オキシル化合物を酸化触媒として製造された酸化パルプを超臨界二酸化炭素と接触させることにより、超臨界二酸化炭素中にN−オキシル化合物を抽出することにより、パルプ中に残留するN−オキシル化合物の濃度が極めて低い酸化パルプを製造することができる。また、こうして得られた酸化セルロースを用いることにより、N−オキシル化合物の濃度が極めて低いセルロースナノファイバー分散液を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、酸化パルプ中に不純物として極微量残存するN−オキシル化合物を、超臨界二酸化炭素中に抽出することにより、酸化パルプからN−オキシル化合物を除去することを特徴とするものである。
【0010】
(N−オキシル化合物を用いた酸化パルプの製造)
本発明において、超臨界二酸化炭素と接触させる酸化パルプは、(1)N−オキシル化合物、及び(2)臭化物、ヨウ化物、若しくはこれらの混合物の存在下で、酸化剤を用い、セルロース系原料を酸化することにより、製造される。
【0011】
セルロース系原料の酸化の際に用いられ、かつ本発明により抽出することのできるN−オキシル化合物としては、下記一般式(式1)で示される物質が挙げられる。
【0012】
【化1】

【0013】
(式1中、R1〜R4は同一又は異なる炭素数1〜4程度のアルキル基を示す。)
式1で表される化合物のうち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−オキシラジカル(以下TEMPOと称する)及び4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−オキシラジカル(以下、4−ヒドロキシTEMPOと称する)を発生する化合物が好ましい。また、下記式2〜4のいずれかで表されるN−オキシル化合物のラジカル、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基をアルコールでエーテル化、またはカルボン酸若しくはスルホン酸でエステル化し、適度な疎水性を付与した4−ヒドロキシTEMPO誘導体は、安価であり、かつ均一な酸化セルロースを得ることができるため、セルロース系原料の酸化に好ましく用いることができ、また、本発明の方法により効率よく回収することができる。
【0014】
【化2】

【0015】
【化3】

【0016】
【化4】

【0017】
(式2〜4中、Rは炭素数4以下の直鎖又は分岐状炭素鎖である。)
さらに、下記式5で表されるN−オキシル化合物のラジカル、すなわち、アザアダマンタン型ニトロキシラジカルも、4−ヒドロキシTEMPO誘導体と同様の理由から、好ましい。
【0018】
【化5】

【0019】
(式5中、R5及びR6は、同一又は異なる水素又はC1〜C6の直鎖若しくは分岐鎖アルキル基を示す。)
セルロース系原料の酸化の際に用いられるN−オキシル化合物の使用量は、一般的に、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.01〜1mmol、さらに好ましくは0.05〜0.5mmol程度である。
【0020】
セルロース系原料の酸化の際に用いられる臭化物またはヨウ化物としては、水中で解離してイオン化可能な化合物、例えば、臭化アルカリ金属やヨウ化アルカリ金属などが挙げられる。臭化物またはヨウ化物は、一般的に、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度の量で用いられる。
【0021】
セルロース系原料の酸化の際に用いられる酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などが挙げられる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが、生産コストの観点から、特に好ましく用いられる。酸化剤は、一般的に、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度の量で用いられる。
【0022】
N−オキシル化合物、並びに臭化物及び/またはヨウ化物の存在下で酸化剤を用いて酸化されるセルロース系原料としては、特に限定されないが、各種木材由来のクラフトパルプ又はサルファイトパルプ、それらを高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末セルロース、あるいはそれらを酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース粉末などが用いられる他、ケナフ、麻、イネ、バカス、竹等の植物が用いられることもある。このうち、漂白済みクラフトパルプ、漂白済みサルファイトパルプ、粉末セルロース、または微結晶セルロース粉末は、量産化やコストの観点から好ましく用いられる。
【0023】
N−オキシル化合物、並びに臭化物及び/またはヨウ化物の存在下で酸化剤を用いて行なわれるセルロース系原料の酸化は、一般的に、15〜30℃程度の室温で、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加することにより、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持しながら、0.5〜4時間程度の反応時間で行なわれる。
【0024】
酸化反応の後、ガラスフィルターなどのフィルターを用いて濾過を行ない、水で十分に洗浄し、脱水濃縮して、固形分濃度10〜40質量%程度のウェットシート状の酸化パルプを得る。
【0025】
(超臨界二酸化炭素による酸化パルプの処理)
本発明では、上記の酸化方法により得られた酸化パルプを超臨界二酸化炭素と接触させることにより、酸化パルプ中に残留するN−オキシル化合物を超臨界二酸化炭素中に抽出して、除去する。
【0026】
本発明において超臨界二酸化炭素(超臨界二酸化炭素流体ともよぶ)とは、超臨界状態にある二酸化炭素、すなわち、温度31.1℃以上かつ圧力7.38MPa以上の条件下にある二酸化炭素を指す。
【0027】
本発明は、セルロースとN−オキシル化合物との超臨界二酸化炭素に対する溶解度の違いを利用してN−オキシル化合物を選択的に抽出し、除去することを特徴としている。超臨界点付近の超臨界二酸化炭素を用いると、N−オキシル化合物を効率よく抽出できるので好ましい。例えば、超臨界二酸化炭素の圧力は、8〜50MPaが好ましく、10〜20MPaがより好ましい。また、接触温度は、35〜95℃が好ましく、40〜80℃がより好ましい。
【0028】
超臨界二酸化炭素との接触処理は、ステンレス製の抽出容器などに上記の方法により得られた固形分濃度10〜40質量%程度のウェットシート状の酸化パルプを入れ、超臨界二酸化炭素を供給して酸化パルプと接触させることなどにより行なうことができる。超臨界二酸化炭素による処理の条件は任意に設定することができる。また、超臨界二酸化炭素による処理は、バッチ式で行なっても連続式で行ってもよく、適宜選択すればよい。
【0029】
本発明の方法により酸化パルプ中のN−オキシル化合物が効率良く除去できる理由について、詳細は不明であるが、超臨界二酸化炭素はN−オキシル化合物の良溶媒のひとつであるヘキサンと同程度の極性を有しており、かつ、パルプ繊維に存在する空隙に拡散・浸透し易いため、繊維の表面のみならず内部に吸着したN−オキシル化合物をも効率良く抽出および除去することができるためと推察される。
【0030】
(セルロースナノファイバーの調製)
本発明の方法により得られたN−オキシル化合物の含有量が極めて低い酸化パルプを解繊、分散することにより、幅2〜5nm、長さ1〜5μm程度のセルロースのシングルミクロフィブリルであるセルロースナノファイバーの分散液を調製することができる。
【0031】
解繊・分散に用いる装置の種類としては、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置が挙げられるが、透明性と流動性に優れるセルロースナノファイバー分散液を効率よく得るには、50MPa以上、好ましくは100MPa以上、さらに好ましくは140MPa以上の条件下で分散できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーで処理することが好ましい。
【0032】
本発明により得られた酸化パルプを用いて調製されたセルロースナノファイバー分散液は、N−オキシル化合物の残存量が極めて低いため、セルロースナノファイバーの分散性が良好であり、高い透明性を有する。本発明のセルロースナノファイバーの透明性は、0.1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液に対する波長660nm光の透過率に基づいて、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上である。
【実施例】
【0033】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、以下の実施例は、本発明の好適な例を具体的に説明したものであり、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0034】
<酸化パルプの調製>
針葉樹由来の漂白済み未叩解サルファイトパルプ(日本製紙ケミカル社)5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム754mg(7mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素5%)18mlを添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応させた後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗した後、脱水濃縮し、固形分濃度12質量%のウェットシート状の酸化パルプを得た。
【0035】
<パルプ中の残留TEMPO量の測定>
パルプ中に残留するTEMPOの量は、微量窒素量計(三菱化学、TN−10)を用いてパルプ中の窒素量として測定した。
【0036】
上記の酸化パルプの調製に用いた原料パルプである漂白済み未叩解サルファイトパルプの窒素量は、21ppmであった。また、上記の酸化パルプの調製により得られた酸化パルプの窒素量は、32ppmであった。酸化パルプの窒素量と原料パルプの窒素量との差は、酸化反応に用いたTEMPOの窒素量に基づくと考えられるため、上記の酸化パルプの調製によりパルプ中に残留したTEMPO由来の窒素量は、32ppm−21ppm=11ppmであると計算できる。
【実施例1】
【0037】
50mlのステンレス製抽出容器に前記酸化パルプ(固形分濃度12質量%)25gを入れ、40℃に加温した後、二酸化炭素を供給して20MPaまで加圧し、超臨界状態とした。酸化パルプと超臨界二酸化炭素とを2時間接触させた後、超臨界二酸化炭素を回収した。圧力を常圧に戻した後、容器内の酸化パルプを取り出した。得られた酸化パルプを70℃で乾燥した後、パルプ中の窒素量を上記の方法により測定した。その結果、酸化パルプの窒素量は22ppmであった。上記のとおり、原料パルプの窒素量は21ppmであったから、残留TEMPO由来の窒素量は22ppm−21ppm=1ppmとなったことがわかる。上記のとおり、超臨界二酸化炭素処理前に存在したTEMPO由来の窒素量は11ppmであったから、実施例1の処理により、TEMPOを91%の除去率で除去できたことがわかる。
【実施例2】
【0038】
酸化パルプと超臨界二酸化炭素との接触を80℃で行なった以外は実施例1と同様にしてパルプ中のTEMPOを除去した。得られたパルプ中の窒素量を測定した結果、21ppmであった。上記のとおり、原料パルプの窒素量は21pmであったから、実施例2の処理により、酸化パルプ中のTEMPOを100%の除去率で除去できたことがわかる。
【実施例3】
【0039】
実施例1により得られた酸化パルプの0.1%(w/v)スラリーをミキサーを用いて12,000rpmで15分間処理し、さらに、超高圧ホモジナイザーを用いて140MPaの圧力で5回処理して、透明なゲル状分散液であるセルロースナノファイバーの分散液を得た。こうして得られたセルロースナノファイバー分散液は、分散性が良好で透明度が高かった。0.1%(w/v)の水分散液における660nm光の透過率をUV−VIS分光光度計UV−265FS(島津製作所社)を用いて測定したところ、95.8%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)N−オキシル化合物、及び、(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物の存在下で、酸化剤を用いてセルロース系原料を酸化して得られた酸化パルプから、N−オキシル化合物を除去する方法であって、該酸化パルプを超臨界二酸化炭素に接触させることにより酸化パルプからN−オキシル化合物を抽出することを特徴とする、N−オキシル化合物の除去方法。
【請求項2】
酸化パルプと超臨界二酸化炭素との接触が、8〜50MPaの圧力下および35〜95℃の温度下で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
除去されるN−オキシル化合物が、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(TEMPO)を発生する化合物、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(4−ヒドロキシTEMPO)を発生する化合物、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基をエーテル化もしくはエステル化して得られる4−ヒドロキシTEMPO誘導体を発生する化合物、又はアザアダマンタン型ニトロキシラジカルを発生する化合物、或いはそれらの混合物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法により得られたN−オキシル化合物が除去された酸化パルプを、解繊・分散処理することにより得られる、セルロースナノファイバー。

【公開番号】特開2010−235669(P2010−235669A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82439(P2009−82439)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテク・先端部材実用化研究開発による委託研究、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】