説明

酸化亜鉛単結晶の育成方法

【目的】 水熱合成法による単結晶の育成に際し、種結晶の溶解を抑制し育成効率を向上したZnO単結晶の育成方法を提供する。
【構成】 ZnOを溶解させたアルカリ溶液を育成容器に注入し、水熱条件下でZnO単結晶を育成する。
【効果】 種結晶が育成中に溶解せず、歩留り良くZnO単結晶を育成できる。小さな種結晶を用いることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、酸化亜鉛(ZnO)の単結晶の育成方法に関し、更に詳細には、音響電気効果素子として好適に用いることができるZnO単結晶の育成方法に関する。
【0002】
【従来の技術】酸化亜鉛(ZnO)は、化学組成がZn過剰であるn形半導体であり、また、その結晶構造から圧電体としても注目されてきた物質である。現在、ZnOの利用は薄膜によって行われているが、膜が多結晶であるため粒界の影響を受け、伝搬損失が大となるため利用できないという問題があり、このため、高純度ZnOの単結晶化が重要な課題となっている。
【0003】ZnOの単結晶化に関しては、「高純度ZnO単結晶の水熱育成とストイキオメトリーの評価」(坂上 登著、昭和63年2月、秋田高専研究紀要第23号)が報告されている。この文献には水熱合成法によるZnO単結晶の育成が記載されており、この育成法によれば、ZnO焼結体を結晶育成装置内の下部に、一方、ZnO種結晶を該育成装置の上部にそれぞれ配置し、次いで、KOH及びLiOHから成るアルカリ溶媒を充填する。この状態で、結晶育成装置内を370〜400℃の育成温度、700〜1000kg/cm2の圧力で運転を行うが、ここで、結晶育成装置内の上部と下部で、下部の温度が上部の温度より10〜15℃高くなるように運転することにより、ZnOの単結晶を育成する。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上述のようなZnO単結晶の育成においては、結晶育成装置内の温度上昇につれて、ZnO種結晶がアルカリ溶媒に溶解してしまう場合があった。即ち、通常、種結晶は、貴金属線を貫通させることにより吊り下げて設置されるが、貴金属線を貫通されている種結晶の孔部が温度上昇につれて溶解し、この結果、種結晶が落下してしまい、単結晶の育成ができなくなるという課題があった。
【0005】また、このような溶解により、育成させるはずの種結晶が小さくなったり、最悪の場合には、完全に消失することもあるという課題があった。また、上述のような水熱合成法による育成においては、種結晶が六方晶構造のc軸方向にほとんど成長しないため、上記溶解により種結晶のc軸方向が短くなると、c軸方向の小さな結晶しか得られないことになる。更に、従来の方法では、種結晶として厚さの大きな結晶を用いなければならず、コスト的に不利であった。
【0006】本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、水熱合成法による単結晶の育成に際し、種結晶の溶解を抑制し育成効率を向上したZnO単結晶の育成方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、アルカリ溶媒にZnOを溶解させることにより、上記目的が達成できることを見出し本発明を完成するに至った。
【0008】従って、本発明のZnO単結晶の育成方法は、ZnO単結晶を水熱合成法を用いて育成するに当たり、(1) ZnOとアルカリ溶媒を育成容器内に充填し、(2) このアルカリ溶媒を加熱してZnイオンを溶出させた後に、ZnO種結晶を上記育成容器内に設置し、(3) 次いで、この育成容器を封止し、高温高圧下でZnO単結晶を育成する、ことを特徴とする。また、本発明のZnO単結晶の育成方法は、ZnO単結晶を水熱合成法を用いて育成するに当たり、(1) ZnOとZnイオンを含有するアルカリ溶液とZnO種結晶とを育成容器内に設置し、(2) 次いで、この育成容器を封止し、高温高圧下でZnO単結晶を育成する、ことを特徴とする。
【0009】
【作用】本発明の育成方法において、アルカリ溶媒に溶解させるZnOの作用機構は明らかではないが、以下のようなものであると推定される。即ち、アルカリ溶媒中におけるZnOの溶解度は、温度上昇とともに大きくなる。このため、従来の水熱合成法においては、結晶育成容器内の温度上昇につれて、育成原料であるZnOが溶解するだけではなく、ZnO種結晶も溶解し始めることになる。この種結晶の溶解は、アルカリ溶媒におけるZnOの溶解量が飽和又は過飽和状態になって始めて進行しなくなると考えられる。
【0010】従って、本発明の育成方法では、ZnOをアルカリ溶媒に溶解させることにより、アルカリ溶液中のZnOの溶解量を増大させることにした。これにより、上記過飽和等の状態にいち早く到達するので、ZnO種結晶の溶解が抑制されるものと推定される。よって、育成過程においてZnO種結晶がほとんど溶解せず、ZnO単結晶が育成効率良く得られる。
【0011】次に、本発明のZnO単結晶の育成方法について詳細に説明する。まず、ZnO単結晶を育成する原料として用いるZnOとしては、粉末や顆粒状のものを用いることができる。但し、イオン化していないZnO粉末がアルカリ溶液中に浮遊している場合には、この浮遊粉末がZnO種結晶に付着し、育成せんとする種結晶に混入することがある。従って、ZnO粉末を用いる場合は、ZnO粉末を多孔質又は孔あきの容器に充填し、この容器を育成容器内に設置すれば、ZnO粉末の浮遊を防止でき、上記種結晶への悪影響を回避することができる。以上のことから、通常は、ZnO焼結体を原料として用いるのが好ましく、この焼結体は、常法に従って焼成し製造することができる。得られた焼結体のうち1〜2mm程度のものを選別するのがよい。
【0012】次に、Ag又はPt等を内部に被覆した育成容器内、あるいはAg又はPt等で作製された育成容器内に上記ZnO焼結体を充填する。そして、所要に応じて、該容器内にバッフル板を設置して、ZnO焼結体を充填した原料充填部とZnO種結晶を配置する結晶育成部とに区画する。次いで、ZnO種結晶を該容器内の上方(バッフル板を用いた場合には、結晶育成部)に配置する。この種結晶としては、気相成長法で作製した単結晶も用いることができるが、気相成長法によるZnO単結晶にはLiが入っていないため、その結晶を用いて水熱合成法により育成を行うと、種結晶と結晶成長する育成部との整合性が悪くなることから、水熱合成法により得られた結晶を用いるのがよい。
【0013】次に、KOHとLiOHとから成るアルカリ溶媒にZnOを溶解させたアルカリ溶液、即ちZnイオンを含有するアルカリ溶液を、該容器に注入する。注入の割合は、該容器の容積の約80%とするのが好ましい。ZnOの溶解法は、特に限定されるものではないが、例えば360〜400℃、500〜700kg/cm2の高温高圧下で行うことができる。また、ZnOと上記アルカリ溶媒を育成容器に充填し、このまま上記のような条件で加熱・加圧してZnイオンを溶出させ、その後にZnO種結晶を育成容器内に設置してもよい。いずれの場合においても、ZnOを十分に溶解させ、飽和又は過飽和に近い状態にするのが好ましい。なお、このアルカリ溶液を注入する際、得られるZnO単結晶を高純度化するために、更にH22を注入してもよい。但し、この場合には、H22の酸化剤としての性質を考慮して、育成容器内部をPtで被覆するか又は、育成容器自体をPtで作製する必要がある。
【0014】次に、該育成容器を他の容器、例えばオートクレーブ内に設置し、圧力媒体をこのオートクレーブ内に充填して該容器を浸漬する。この圧力媒体としては、高温高圧下で腐食性の弱い物質であればよく、蒸留水が好ましい。かかる圧力媒体は、育成容器をオートクレーブ内に設置した際に残存する内容積(以下、「フリー内容積」という。)に対する充填率に応じて、その育成温度にて圧力を発生するが、この圧力が育成容器内の圧力と同等あるいは若干高めになるように、圧力媒体の充填率を調整することにより育成容器を保護する機能を果たす。上記の溶媒及び溶媒濃度において、圧力媒体として蒸留水を用いる場合には、その充填率は、オートクレーブのフリー内容積の約60〜80%程度とするのがよい。
【0015】次に、該オートクレーブを加熱炉内に設置し、上記育成容器の温度を上昇させて、上記結晶育成部と原料充填部とを所定温度に加熱する。この際、結晶育成部の温度を原料充填部の温度より約5〜25℃低くするのがよい。即ち、結晶育成部の温度は360〜400℃、原料充填部温度は380〜420℃とするのが好ましい。そして、この状態のまま10〜30日間定常運転して結晶を育成し、その後、加熱炉を停止して室温に下げ、ZnO単結晶を取り出す。
【0016】ここで、得られるZnO単結晶を、圧電性半導体、特に音響効果型探触子材料、超音波増幅材料及び圧電トランスデューサー等に利用する適性を向上させるためには、上記注入するH22の濃度を適宜調整して、ZnO単結晶の電気伝導度を10-3〜10-61/Ω・cm程度に調整することができる。この場合、H22濃度をアルカリ溶媒1lに対して0.02〜0.1mol未満とするのがよい。
【0017】また、H22濃度を上記の値より大きくしてZnO単結晶を育成し、育成後の単結晶にAl等の3価金属をドープして電気伝導度を上記の値に調整することも可能である。H22濃度がアルカリ溶媒1lに対し0.1mol以上の場合には、ZnO単結晶中に15〜120ppmのAlを拡散させれば、ZnO単結晶の電気伝導度を10-3〜10-61/Ω・cmに調整することができる。拡散方法としては、例えばAl(OH)3又はAl2(CO33溶液中にZnO単結晶を浸漬し、次いで、大気中又はO2気流中700〜1000℃で25〜300hr拡散処理すればよい。溶液濃度はZnO単結晶の大きさ及び溶液量によって異なるが、ZnO単結晶の大きさが5×5×5mmの大きさで、溶液量が5mlの場合には、Al濃度が50〜200ppmの溶液を用いるのがよい。
【0018】更に、H22を用いずに育成したZnO単結晶の場合においても、ZnO単結晶中にLiを15〜120ppm拡散させれば、ZnO単結晶中の電気伝導度を10-3〜10-61/Ω・cmに調整することができる。拡散方法としては、例えば、LiOH溶液中にZnO単結晶を浸漬し、次いで、大気中又はO2気流中800〜1000℃で100〜300hr拡散処理すればよい。溶液濃度はZnO単結晶の大きさ及び溶液量によって異なるが、ZnO単結晶が5×5×5mmの大きさで、溶液量が5mlの場合にはLi濃度が50〜200ppmの溶液を用いるのがよい。
【0019】また、上述の如く、ZnO単結晶を音響効果型探触子材料等に適用する際には、30cm2/V・sec以上のモビリティー(キャリアの移動度)を有し、該単結晶内における電気伝導度のバラツキが1021/Ω・cm以内であることが一層好ましい。モビリティーの調整は、上述の育成方法のZnO焼結体の焼成において、予め不純物重金属を除去することにより行うことができる。従来の方法ではZnO単結晶中にPb等の不純物が混入し、モビリティーを下げることがあった。Pbは、ZnO粉末中に約5ppm含まれているが、例えば、Znの蒸留を繰り返し、高純度のZnを精製した後、このZnを用いて高純度のZn粉末を製造することができる。更に、本発明に係るZnO単結晶を音響効果型探触子材料に使用する場合には、原料充填部と結晶育成部との温度差△Tを、育成過程の前半より後半に小さくなるように制御して、電気伝導度のバラツキを1021/Ω・cm以内にすることができ、このように処理するのが好ましい。この温度差△Tを、具体的には育成期前半においては10〜25℃、後半においては5〜10℃とすることにより、電気伝導度のバラツキを抑制することができる。
【0020】
【実施例】以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1及び2)
(単結晶の育成)ZnO粉末500gと蒸留水500gとを混合した後、2〜3mmの球状に成形し、100℃で2時間乾燥させた。得られた乾燥体を、酸素雰囲気下、Al23容器中1100℃で24時間焼結し、得られたZnO焼結体から粒径1〜2mmのものをふるい分けして選別した。
【0021】200gのZnO焼結体1を、図1に示す育成容器10に充填した。この育成容器10は、熱電対挿入部12、12’を備え、内径30mm×高さ300mmのほぼ円筒形状をなし、内容積は250mlであり、また、その内部にはPtが被覆されている。次いで、育成容器10内に開口率5%のバッフル板3を設置して、該容器10内を原料充填部14と結晶育成部16とに区画した。そして、Ptフレーム5に、A形状;5×10×1mm、又はB形状;5×10×0.5mmのZnO種結晶7を15個吊り下げ、このフレーム5を上記結晶育成部16に配置した。この際、種結晶7に貴金属線の一例であるPt線9を貫通させ、このPt線9の両端をフレーム5に締結することにより、種結晶7をフレーム5に固定した。
【0022】育成容器10に、3molのKOHと1.5molのLiOHに380℃及び700kg/cm2の条件下でZnOを溶解して得られたアルカリ溶液を、注入した。ここで、ZnOは、十分に溶解しており飽和あるいは過飽和状態である。また、アルカリ溶液の注入量は、育成容器10の内容積の80%とした。そして、更に、アルカリ溶媒1lに対して0.06molのH22を注入した。
【0023】次いで、図2に示すように、育成容器10をオートクレーブ20内に設置し、熱電対18、18を’配置した後に、オートクレーブ20に蒸留水22を注入した。注入量はオートクレーブ20の内容積の70%とした。次に、オートクレーブ20をキャップ24により封止し、このオートクレーブ20を電気炉30内に設置した。この電気炉30は、育成温度の微調整を可能にすべく上下2段型の構成となっており、かつ、熱電対32、34を備えている。
【0024】次いで、結晶育成部16の温度が、原料充填部14の温度より常に低くなるようにして昇温し、結晶育成部を380℃、原料充填部を395℃に昇温した。このままの状態で20日間定常運転し、その後に電気炉を室温に下げてから、ZnO単結晶を取り出した。
(比較例1及び2)上記3molのKOHと1.5molのLiOHとから成るアルカリ溶媒にZnOを溶解しなかった以外は実施例1及び2と同様の操作を行った。
【0025】(性能評価)上記各例で得られたZnO単結晶につき、厚さを測定し、その平均値(15個)を表1に示す。育成中に溶解していた種結晶の個数を併記する。
【0026】
【表1】


【0027】表1に示したように、本実施例においては、種結晶は1個も溶解していないことがわかる。また、種結晶の厚さも減少していない。このことから、種結晶の厚さを、従来法と比較して1/3〜1/4程度薄くすることが可能となる。
【0028】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、アルカリ溶媒にZnOを溶解させることとしたため、水熱合成法による単結晶の育成に際し、種結晶の溶解を抑制し育成効率を向上したZnO単結晶の育成方法を提供することができる。即ち、育成に際し、種結晶の溶解がほとんど進行しないため、種結晶の大きさを最小限に押さえることができ、経済的に有利である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る育成容器の一例を示す略示的斜視図である。
【図2】本発明に係る結晶育成装置の一例を示す略示的断面図である。
【符号の説明】
1 ZnO焼結体
3 バッフル板
5 フレーム
7 ZnO種結晶
9 Pt線
10 育成容器
12、12’ 熱電対挿入部
14 原料充填部
16 結晶育成部
18、18’ 熱電対
20 オートクレーブ
22 蒸留水
24 キャップ
30 電気炉
32、34 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ZnO単結晶を水熱合成法を用いて育成するに当たり、(1) ZnOとアルカリ溶媒を育成容器内に充填し、(2) このアルカリ溶媒を加熱してZnイオンを溶出させた後に、ZnO種結晶を上記育成容器内に設置し、(3) 次いで、この育成容器を封止し、高温高圧下でZnO単結晶を育成する、ことを特徴とするZnO単結晶の育成方法。
【請求項2】 ZnOを育成容器の下部に充填し、ZnO種結晶を育成容器の上部に充填し、且つ育成容器の下部がその上部より高温になるように調整することを特徴とする請求項1記載の育成方法。
【請求項3】 育成容器の上部及び下部を360〜400℃及び380〜420℃に加熱することを特徴とする請求項1又は2記載の育成方法。
【請求項4】 ZnOを360〜400℃、500〜700kg/cm2の高温高圧下で上記アルカリ溶媒に溶解させて、Znイオンを溶出させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の育成方法。
【請求項5】 育成容器内に充填するZnOが、焼結体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載の育成方法。
【請求項6】 ZnO単結晶を水熱合成法を用いて育成するに当たり、(1) ZnOとZnイオンを含有するアルカリ溶液とZnO種結晶とを育成容器内に設置し、(2) 次いで、この育成容器を封止し、高温高圧下でZnO単結晶を育成する、ことを特徴とするZnO単結晶の育成方法。
【請求項7】 ZnOを育成容器の下部に充填し、ZnO種結晶を育成容器の上部に充填し、且つ育成容器の下部がその上部より高温になるように調整することを特徴とする請求項6記載の育成方法。
【請求項8】 育成容器の上部及び下部を360〜400℃及び380〜420℃に加熱することを特徴とする請求項6又は7記載の育成方法。
【請求項9】 ZnOを360〜400℃、500〜700kg/cm2の高温高圧下で溶解させて、ZnOとZnイオンを含有するアルカリ溶液を調製することを特徴とする請求項6〜8のいずれか1つの項に記載の育成方法。
【請求項10】 育成容器内に充填するZnOが、焼結体であることを特徴とする請求項6〜9のいずれか1つの項に記載の育成方法。
【請求項11】 ZnO種結晶として、水熱合成法により得られたZnO単結晶を用いることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1つの項に記載の育成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平6−122595
【公開日】平成6年(1994)5月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−276292
【出願日】平成4年(1992)10月14日
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)