説明

酸化物セラミックス焼結体およびその製造方法

【課題】低い熱膨張係数と高い剛性(ヤング率)を有し、かつ低密度で比剛性が高い酸化物セラミックス焼結体を提供する。
【解決手段】結晶相として、コーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3相を含む酸化物セラミックス焼結体であって、MgO、AlおよびSiOの含有量の合計を100質量%とした場合に、MgOを12質量%以上14質量%以下、Alを34質量%以上39質量%以下、SiOを47質量%以上51質量%以下含有し、MgOとAlおよびSiO以外の物質の含有量が全体の1.5質量%未満であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物セラミックス焼結体に係り、特に、半導体製造装置用の部材に適した酸化物セラミックス焼結体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コーディエライトを主成分とするコーディエライト質焼結体は、従来から低熱膨張セラミックスとして知られており、フィルター、ハニカム、耐火物、精密機器部材等として利用されている。
【0003】
近年、LSI(大規模集積回路)等における高集積化にしたがって回路の微細化が急速に進められ、それに伴い、半導体製造に使用される精密加工機や精密測定機では高い精度が求められるようになっている。特に、シリコンウエハに高精密回路を形成するための露光装置等の部材においては、わずかな温度変化に伴う寸法変化や、高速移動直後の静止時に発生する振動に起因する露光精度の低下が問題となっている。そのため、前記加工機および測定器を構成する部材の低熱膨張性と高剛性、低密度、および剛性を密度で除した値である比剛性の高さが重要となる。
【0004】
従来から、半導体製造装置用の低膨張材料としては、アルミナ、炭化ケイ素、窒化ケイ素等のセラミックスが用いられてきたが、これらのセラミックスは、常温付近での熱膨張係数がいずれも1.0×10−6/℃以上であり、半導体露光のような高い位置決め精度が要求される工程で使用されるには十分とは言えなかった。
【0005】
これに対して、コーディエライト質焼結体は、低密度であり、かつアルミナや窒化ケイ素に比べて熱膨張係数が十分に低い点で優れているが、半導体露光装置等における部材の高速移動直後の振動を抑制するには、剛性が低いという問題があった。
【0006】
そこで、コーディエライト質焼結体の剛性を高めるために、従来から、緻密質のコーディエライト質焼結体に高い剛性を有する副結晶を複合化する試みがなされてきた。コーディエライトの主結晶と複合させる副結晶としては、希土類元素の酸化物が知られているが、この酸化物は比重(密度)および熱膨張係数が高いため、希土類元素酸化物を副結晶とするコーディエライト質焼結体は、半導体露光装置等の精密機器の用途には好ましくなかった。
【0007】
低比重でコーディエライトの剛性を改善できる副結晶として、アルミナ結晶が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、特許文献1に記載されたコーディエライト質焼結体においては、焼結の際にアルミナの一部がコーディエライトと反応してしまい、熱膨張係数の高い副結晶が発生することがあった。そのため、コーディエライトを主結晶とし、アルミナを副結晶とする低熱膨張係数の焼結体を、再現性よく製造するための制御が難しかった。
したがって、コーディエライトと複合させる副結晶として、高温においてコーディエライトと熱力学的に安定に存在するものが望まれていた。
【0008】
コーディエライトを主結晶とし、副結晶として、低密度、低熱膨張でコーディエライトと高温においても安定に存在するムライトを含有させた焼結体が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。このコーディエライト質焼結体では、コーディエライトにムライトを副結晶として分散させることで、剛性および比剛性を高めている。しかし、特許文献2に提示された焼結体では、加えるムライト量に比例して剛性が高くなると同時に熱膨張係数も高くなる。そのため、低い熱膨張係数を維持しながら、コーディエライト質焼結体の比剛性を向上させるには限界があり、56.6GPa/g/cm(=56.6×10/s)を超える比剛性の実現は困難であった。このように、特許文献2の焼結体では、半導体露光装置等の精密部材の振動を抑えるために十分な剛性および比剛性を得ることができなかった。
【0009】
また、コーディエライトに副結晶としてムライトを分散させた焼結体では、特許文献2の段落[0008]に記載のように、スピネル相、ガラス相あるいはクリストバライト相が析出する可能性があり、含有する結晶相の熱力学的な安定性が不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−173878号公報
【特許文献2】特開2003−292372号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであって、低い熱膨張係数と高い剛性(ヤング率)を有し、かつ低密度で比剛性が高い酸化物セラミックス焼結体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、結晶相として、コーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3相を含む酸化物セラミックス焼結体であって、MgO、AlおよびSiOの含有量の合計を100質量%とした場合に、MgOを12質量%以上14質量%以下、Alを34質量%以上39質量%以下、SiOを47質量%以上51質量%以下含有し、かつMgOとAlおよびSiO以外の成分の含有量が全体の1.5質量%未満であることを特徴とする。
【0013】
本発明の酸化物セラミックス焼結体は、前記コーディエライトを主結晶とすることが好ましい。また、本発明の酸化物セラミックス焼結体は、21℃〜23℃における熱膨張係数が、−0.2×10−6/℃以上0.2×10−6/℃以下であり、かつヤング率が144GPa以上であることが好ましい。また、21℃〜23℃における熱膨張係数は、−0.02×10−6/℃以上0.02×10−6/℃以下がより好ましく、−0.005×10−6/℃以上0.005×10−6/℃以下がさらに好ましい。さらに、ヤング率が144GPa以上であり、かつ曲げ強度が200MPa以上で、そのワイブル係数が12以上であることが好ましい。またさらに、比剛性率が57.0×10/s以上であることが好ましい。本発明の酸化物セラミックス焼結体は、半導体製造装置用の部材として使用できる。
【0014】
本発明の酸化物セラミックス焼結体の製造方法は、コーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3種の結晶相からなり、21℃〜23℃における熱膨張係数が−0.005×10−6/℃以上0.005×10−6/℃以下で、かつヤング率が144GPa以上である酸化物セラミックス焼結体を製造する方法であって、原料粉末として、コーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末との混合粉末を用いることを特徴とする。
【0015】
本発明の酸化物セラミックス焼結体の製造方法において、前記コーディエライト粉末は、電融法により製造されたコーディエライト粉末であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の酸化物セラミックス焼結体は、室温付近における熱膨張係数が0(ゼロ)に極めて近いうえに、低密度で高い剛性および高い比剛性を有する。したがって、この酸化物セラミックス焼結体を、半導体露光プロセス等における精密機器の部材として用いることで、室温付近の温度変化に伴う部材の寸法変化や、高速移動直後の静止時に発生する部材の振動を抑制し、半導体装置の生産性や測定精度を向上できる。
【0017】
また、本発明の酸化物セラミックス焼結体は、結晶相がコーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3種からなり、熱膨張係数の変動要因となるガラス相の析出がほとんどない。ガラス相が析出する場合は、製造における焼成の際の冷却過程で、例えば冷却速度等の違いによりガラス相の析出量が異なるため、熱膨張係数の僅少な変化が生じるおそれがあるが、本発明ではガラス相の析出がほとんどないので、0(ゼロ)に極めて近い熱膨張係数を安定的に実現できる。
【0018】
本発明の製造方法によれば、前記したように、室温付近における熱膨張係数が0に極めて近く、かつ低密度で高い剛性および高い比剛性を有する酸化物セラミックス焼結体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1〜5における原料粉末のアルミナ添加量と熱膨張係数(CTE)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の実施形態の酸化物セラミックス焼結体は、結晶相として、式:2MgO・2Al・5SiOで表されるコーディエライトと、式:3Al・2SiOで表されるムライト、および式:4MgO・4Al・2SiOで表されるサフィリンの3相を含む。コーディエライトとムライトとサフィリンの3相から成り、他の結晶相を含まないことが好ましい。また、コーディエライトを主結晶とし、ムライトとサフィリンを副結晶とすることが好ましい。
【0021】
結晶相の確認は、X線回折装置を用いて同定することにより行うことができる。本発明においては、例えば、CuのKα線を用いたX線回折装置により測定されるムライトの主ピーク(2θ=30.7〜31.3°)の強度をImとし、コーディエライトの主ピーク(2θ=28.3〜29.0°)の強度をIcとしたピーク強度比(Im/Ic)が、0.001以上であるとき、ムライト相が存在するという。同様に、CuのKα線を用いたX線回折装置により測定されるサフィリンの主ピーク(2θ=27.0〜27.5°)の強度をIsとし、このピーク強度Isとコーディエライトのピーク強度Icとの比(Is/Ic)が0.001以上であるとき、サフィリン相が存在するという。
【0022】
そして、本発明の酸化物セラミックス焼結体は、MgO、AlおよびSiOの含有量の合計を100質量%とした場合に、MgOを12質量%以上14質量%以下、Alを34質量%以上39質量%以下、SiOを47質量%以上51質量%以下含有し、MgO、AlおよびSiOの3成分以外の成分の含有量が全体の1.5質量%未満となる化学組成を有する。
なお、前記化学組成は、例えばガラスビード法で作成した試料について、蛍光X線分析法により測定された値である。以下、ガラスビード法で試料を作成し、その試料について蛍光X線分析を行う方法を、ガラスビード蛍光X線分析法という。
【0023】
本発明の酸化物セラミックス焼結体に含有される化学成分は、析出する結晶相が複雑になることなく、できるだけ単純で熱力学的に安定な結晶相とするために、コーディエライトと化学成分が同一のMgO、AlおよびSiOから実質的になることが好ましい。なお、前記の「実質的に」とは、原料に含まれる不純物あるいは製造工程において意図せずに混入する不純物を除いて、MgO、AlおよびSiOの成分の合計が全体の99.9質量%以上であることを意味する。
【0024】
酸化物セラミックス焼結体の化学組成を前記範囲に限定したのは、この範囲を外れると、0に極めて近い値の熱膨張係数と高い剛性(ヤング率)を有し、かつ比剛性が高いセラミックス焼結体を得ることができないためである。
【0025】
本発明の実施形態の酸化物セラミックス焼結体においては、低熱膨張で負の熱膨張係数を有するコーディエライトの主結晶に対して、正の熱膨張係数を有するムライトおよびサフィリンを副結晶として所定の量を含有させ、前記化学組成を有するように調整することで、室温付近における熱膨張係数を0(ゼロ)に極めて近い値に調整できる。具体的には、21℃〜23℃における熱膨張係数を、−0.2×10−6/℃以上0.2×10−6/℃以下に、より好ましくは−0.02×10−6/℃以上0.02×10−6/℃以下に、さらに好ましくは、−0.005×10−6/℃以上0.005×10−6/℃以下に制御することができる。
【0026】
このように、熱膨張係数を極めて狭い範囲に制御するには、熱力学的に安定性の高い結晶を用いることが好ましい。本発明では、熱力学的に安定性の高い結晶である、コーディエライトとムライトおよびサフィリンの3相を含有することにより、上記のような極めて狭い範囲での熱膨張係数の制御を実現できる。ここで、熱膨張係数の値は、例えばレーザヘテロダイン干渉式熱膨張計を用いて測定することができる。
【0027】
また、実施形態の酸化物セラミックス焼結体においては、緻密体におけるヤング率が約140GPaであるコーディエライトに対して、ヤング率がより高いムライトおよびサフィリンを副結晶として適量含有させることで、ヤング率をより高く、具体的には144GPa以上にすることができる。なお、ヤング率は、JIS R1602(1995)で定める超音波パルス法により測定した値とする。
【0028】
さらに、実施形態の酸化物セラミックス焼結体においては、比剛性を56.5×10/s以上にすることができる。セラミックス焼結体の比剛性を56.5×10/s以上にすることで、高速移動直後の静止時に発生する振動を効果的に抑制できる。比剛性は、57.0×10/s以上がさらに好ましい。比剛性を57.0×10/s以上にすることで、部材の振動をさらに低減できる。なお、比剛性は、ヤング率をかさ密度で除することで算定される値である。ここで、かさ密度は、JIS R1634(1998)で定めるアルキメデス法により測定した値とする。
【0029】
またさらに、実施形態の酸化物セラミックス焼結体では、開気孔率を0.1体積%未満とし緻密化を達成することができる。酸化物セラミックス焼結体の開気孔率は、0.09体積%以下であることがより好ましい。開気孔率が低くなるほど、強度および絶縁破壊特性が向上し、例えば誘電体電極や半導体製造装置用部材として好ましいものとなる。開気孔率はアルキメデス法により求めることができる。
【0030】
また、実施形態の酸化物セラミックス焼結体では、曲げ強度が高く、かつ曲げ強度のワイブル係数が高い信頼性の高い焼結体を達成できる。なお、ワイブル係数は強度のばらつきの程度を表す指標であり、高いほどばらつきが小さくなる。
【0031】
曲げ強度は165MPa以上であり、かつそのワイブル係数は9以上であることが好ましい。曲げ強度は高いほど好ましい。特にワイブル係数が高い場合には、ステッパ−ステージのような製品への適用において、一つの製品内および製品ごとの曲げ強度のばらつきが小さくなり、信頼性が高い。曲げ強度は180MPa以上であり、かつ曲げ強度のワイブル係数は11以上がさらに好ましい。曲げ強度は200MPa以上で、ワイブル係数は12以上が特に好ましい。曲げ強度は、JIS R1601(2008)で定める室温曲げ強さの試験方法によって求めることができる。また、ワイブル係数は、JIS R1625(2010)で定める強さデータのワイブル統計解析法によって求めることができる。
【0032】
本発明の実施形態の酸化物セラミックス焼結体では、室温近くにおける熱膨張係数をほぼ0に近い値(−0.005×10−6/℃〜0.005×10−6/℃)に制御することができるとともに、比剛性(=ヤング率/かさ密度)を十分に高めることができる。したがって、この酸化物セラミックス焼結体を、例えば、半導体製造の露光装置用部材等に用いた場合、雰囲気温度の変化に対する寸法変化が小さく、優れた精度が得られるとともに、振動に伴う精度の低下も防止でき、半導体素子の品質と量産性を高めることができる。すなわち、ステージの高速移動と停止に対する制振性に優れ、露光精度、スループットが向上するため、例えば、シリコンウエハを載置し、露光処理を施す位置まで高速移動するような半導体露光装置のステージ等の部材に、好適に使用できる。
【0033】
次に、本発明の実施形態の酸化物セラミックス焼結体を製造する方法について説明する。
実施形態の酸化物セラミックス焼結体を製造するには、まず、原料粉末として、コーディエライト(2MgO・2Al・5SiO)粉末と、アルミナ(Al)粉末と、ムライト(3Al・2SiO)粉末と、マグネシア(MgO)粉末とを用意する。コーディエライト粉末としては、例えば、電融法によって製造された市販のコーディエライト粉末を使用できる。電融法によって製造されたコーディエライト粉末は、焼結性が良好で、均質であるので、本発明の原料粉末として好ましい。
【0034】
そして、これらの原料粉末を、例えば、コーディエライト粉末とアルミナ粉末との組合せ、あるいはコーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末との組合せで混合する。原料粉末の組合せとしては、コーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末の組合せが、高強度かつ高ワイブル係数を実現する点で好ましい。この組合せでは、他の組み合わせより固相反応の量を小さくして、焼結中の粒成長を抑制できるので、焼結体の粒子を比較的小さくすることができる。
【0035】
原料粉末の混合の際には、得られる焼結体の化学組成が、MgOが12〜14質量%、Alが34〜39質量%、SiOが47〜51質量%であり、かつMgOとAlおよびSiOの合計が100質量%になるように、所定の割合で評量し混合する。なお、使用する原料粉末は、焼結体が前記した化学組成になるものであれば、特に限定されず、いかなる無機化合物の粉末を用いてもよい。
【0036】
上記いずれの原料粉末の組合せにおいても、焼結体における結晶相がコーディエライトとムライトとサフィリンの3相となるように、適切な焼成温度、保持時間を選択し、焼結させることが好ましい。また、特に、原料粉末がコーディエライト粉末とアルミナ粉末との組合せの場合は、未反応のアルミナ相が残留しないようにすることが望ましい。焼結体中に結晶相としてアルミナ相が残ると、アルミナ相の残留量の精密な制御は困難であるので、所望の熱膨張係数から外れるおそれがある。評量した混合原料は、良好な焼結特性を得るために、平均粒径(D50)が10μm以下、好ましくは2μm以下になるまで湿式で粉砕し、乾燥する。
このように、コーディエライト粉末の平均粒径を小さくすることにより、強度の高い緻密質の焼結体にできる。なお、この平均粒径は、レーザー回折法により測定した値である。
【0037】
粉砕の方法に特に制限はなく、例えばボールミル、アトライター、ビーズミル、ジェットミル等により粉砕することができる。このとき、通常の条件よりもより平均粒径を小さくすることができる条件で粉砕を行う。例えば、ボールミルを用いた場合には、使用するボールを小さくし、適切な粘度、処理時間を選択することで、より小さな平均粒径の粉末を得ることができる。なお、粉砕は、天然のコーディエライト鉱石に対して行ってもよい。
【0038】
次に、得られたコーディエライト粉末とアルミナ粉末との混合粉末、あるいはコーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末との混合粉末を、所定形状に成形する。成形の方法に特に制限はなく、一般的な成形法を使用できる。例えば、静水圧プレスにより100MPa以上200MPa以下の加圧力をかけて成形することができる。また、混合粉末に有機バインダを加えた混合物を混練し、これをプレス成形や押出し成形、シート成形等により所定形状に成形することもできる。成形により得られる形状にも特に制限はなく、用途に応じて種々の形状とすることができる。例えば、円板状等の板状とすることができる。
【0039】
次いで、得られた成形体を、大気中で1400℃以上1450℃以下の温度で1〜48時間加熱することによって焼成する。前記したように、コーディエライト粉末とアルミナ粉末とを本発明の焼結体の原料粉末として用いる場合、アルミナの残存を避け、結晶相をコーディエライトとムライトとサフィリンのみにするには、原料の平均粒径を2μm以下にするとともに、1430℃以上の温度で5時間以上加熱して焼成することが好ましい。
【0040】
焼成温度が低すぎると、粉体の粒子同士が十分に焼結せず、十分な強度が得られない。一方、高すぎると、焼結体の一部が溶解して、焼結体が破損する、所望の寸法の焼結体が得られない、などの不具合発生のおそれが高まる。また、原料粉末としてコーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末とを用いる場合には、コーディエライト粉末とアルミナ粉末とを原料粉末とする場合に比べて、結晶相をコーディエライトとムライトとサフィリンの3相のみにし易い。原料の平均粒径を2μm以下にするとともに、焼成温度は1410〜1440℃の温度とし、1時間以上加熱して焼成することが好ましい。
【0041】
最高温度での保持時間に特に制限はないが、例えば1〜12時間、さらに好ましくは2〜8時間である。焼成雰囲気にも特に制限はなく、例えば、大気雰囲気、窒素、アルゴン雰囲気等の不活性雰囲気、水素、または水素と窒素の混合雰囲気等の還元性雰囲気を選択できる。
【0042】
こうして、本発明の実施形態のコーディエライト質焼結体を得ることができる。その後、この焼結体をより緻密化することが好ましい。緻密化は、例えば、熱間等方静水圧プレスによって行うことができる。具体的には、熱間等方静水圧プレスにより、100MPa以上200MPa以下の加圧力をかけつつ、1000℃以上1350℃以下の温度で加熱することにより、焼結体をより緻密化できる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0044】
実施例1〜5、比較例1,2
<セラミックス焼結体の作製>
実施例1〜3および実施例5においては、電融法により製造されたコーディエライト粉末(AGCセラミックス社製;ELP−150FINE、平均粒径14.1μm)に、平均粒径が0.2μmのアルミナ粉末(住友化学社製;AKP50)を、表1に示す原料粉末組成になるように加えた。
実施例4においては、前記コーディエライト粉末にムライト粉末(共立マテリアル社製;KM101、平均粒径0.8μm)およびマグネシア粉末(高純度化学社製;4NG)を、表1に示す原料粉末組成になるように加えた。
さらに、比較例1および2においては、前記コーディエライト粉末に前記アルミナ粉末とクレイ粉末(Kentucky-Tennessee Clay社製;#5Clay、平均粒径1.9μm)を、表1に示す原料組成になるように加えた。そして、混合粉末に対して、高純度アルミナボールを有するボールミルを用い、エタノールを分散媒として湿式混合粉砕を行った。粉砕後の原料粉末の平均粒径(D50)を、レーザー散乱法(測定装置;HORIBA製 Partica LA-9502)によって測定したところ、表1に示す値が得られた。
【0045】
次いで、得られた混合粉末を、室温で180MPaの静水圧プレスをかけて成形した後、大気中において、実施例1〜3では1450℃で5時間加熱し、実施例4および5では1430℃で2時間加熱して、それぞれ焼成を行った。また、比較例1においては1410℃で5時間加熱し、比較例2においては1410℃で2時間加熱して焼成を行った。その後、得られた焼結体を、1300℃において145MPaの加圧力で熱間等方静水圧プレスし、緻密化した。
【0046】
以上の工程を経て得られた焼結体の化学組成を、ガラスビード蛍光X線分析法により測定した。原料粉末の組成(コーディエライト、アルミナ、クレイ、ムライトおよびマグネシアの質量の合計を100%とする。)、粉砕後の原料粉末の平均粒径(D50)、焼成温度、および焼結体の蛍光X線分析による化学組成分析の結果を、それぞれ表1に示す。蛍光X線分析の結果は、SiOとAlとMgOの質量の合計を100質量%としたときのそれぞれの割合(質量%)を示す。なお、得られた焼結体においては、SiO、AlおよびMgOの3成分以外の物質の含有量の合計は、焼結体全体の1.5質量%未満であった。
【0047】
【表1】

【0048】
また、実施例1〜5および比較例1および2で得られたセラミックス焼結体について、構成する結晶相を以下に示すようにして調べた。また、セラミックス焼結体の物性(ヤング率、かさ密度、開気孔率、比剛性、熱膨張係数、曲げ強度およびワイブル係数)を、それぞれ以下に示すようにして測定した。これらの結果を表2に示す。
【0049】
<物性等の測定・評価方法>
(a)結晶相
結晶相の確認は、X線回折装置(Rigaku社製、装置名;RINT2500)により結晶を同定することにより行った。測定は、CuKα線を使用し、電圧および電流はそれぞれ40kV、200mAとした。
そして、得られたX線スペクトルにおいて、サフィリン相のピーク(27.0°≦2θ≦27.5°)の強度Isと、コーディエライト相のピーク(28.3°≦2θ≦29.0°)の強度Icとの比が0.001以上(Is/Ic≧0.001)であるとき、サフィリン相が存在するとした。ムライト相の確認も同様に行った。すなわち、ムライト相のピーク(30.7°≦2θ≦31.3°)の強度Imとコーディエライト相のピーク強度Icとの比が0.001以上(Im/Ic≧0.001)であるとき、ムライト相が存在するとした。
【0050】
(b)ヤング率
セラミックス焼結体のヤング率は、JIS R1602(1995)で定める超音波パルス法によって測定した。
【0051】
(c)かさ密度および開気孔率
セラミックス焼結体のかさ密度および開気孔率は、JIS R1634(1998)で定めるアルキメデス法によって測定した。
【0052】
(d)比剛性
セラミックス焼結体の比剛性は、前記方法で求められた(b)ヤング率を(c)かさ密度で除することで算出した。
【0053】
(e)熱膨張係数
レーザヘテロダイン干渉式熱膨張計(ユニオプト社製、装置名;CTE−01)を用いて、セラミックス焼結体の21℃〜23℃における熱膨張係数を測定した。
【0054】
(f)曲げ強度
セラミックス焼結体の曲げ強度は、JIS R1601(2008)で定める方法によって、4点曲げ強さを測定した。試験治具は、外部支点間距離30mm、内部支点間距離10mmのものを用いた。
【0055】
(g)ワイブル係数
セラミックス焼結体のワイブル係数は、前記曲げ強度の測定結果に対して、JIS R1625(2010)で定める方法で算出した。試験片数Nは30とした。
【0056】
【表2】

【0057】
表2から、以下のことがわかる。すなわち、実施例1〜5では、コーディエライトにムライトおよびサフィリンを含有させて結晶相とすることにより、熱膨張係数をコーディエライトに近い低熱膨張率(−0.2×10−6/℃以上0.2×10−6/℃以下)の範囲に調整しつつ、高いヤング率および比剛性を有する焼結体を得ることができた。
【0058】
実施例1〜5について、表1に示す原料粉末全体に対するアルミナ(Al)の質量の割合と、表2に示す焼結体の熱膨張係数との関係を示すグラフ(以下、Al−CTEの関係グラフと示す。)を作成した。このグラフを図1に示す。なお、実施例4においては、原料粉末としてアルミナ粉末を用いていないので、添加したムライト粉末の成分分析表からアルミナ量を求め、この値を基にして算出された割合を、図1に示した。
【0059】
図1に示すように、本発明の酸化物セラミックス焼結体においては、熱膨張係数が0(ゼロ)の前後で、アルミナの含有量(含有割合)に対して、熱膨張係数が直線的に変化(上昇)することが見出された。したがって、本発明の酸化物セラミックス焼結体では、熱膨張係数を高い精度で制御することが容易になる。
【0060】
このようにアルミナ含有量に対して熱膨張係数が直線的に変化するのは、本発明の酸化物セラミックス焼結体が、安定な結晶相であるコーディエライトとムライトとサフィリンとの3相から実質的に形成されたものであるからである。実施例4および5では、熱膨張係数として、0に極めて近い0.002×10−6/℃および−0.002×10−6/℃がそれぞれ得られたが、これは、実施例1〜3について作成されたAl−CTEの関係グラフから、熱膨張係数(CTE)が0(ゼロ)となるアルミナ含有量を計算し、その値に合わせて調製した結果である。
【0061】
さらに、実施例4および5では、曲げ強度が200MPa以上で、曲げ強度のワイブル係数が12以上と高い値が得られた。特に、コーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末とを原料粉末として用いた実施例4では、曲げ強度230MPa以上、ワイブル係数13以上が得られた。
【0062】
また、表2からわかるように、実施例1〜5においては、56.5×10/s以上の比剛性を有する焼結体が得られ、特に実施例2〜5においては、57.0×10/s以上の比剛性を有する焼結体が得られた。
【0063】
これに対して、比較例1および2の焼結体では、結晶相としてコーディエライトとムライトを含有し、サフィリンを含有していないので、0(ゼロ)に近い極めて低い熱膨張率を有しているものの、実施例1〜5の焼結体に比べてヤング率および比剛性が低いものであった。したがって、半導体製造装置用の部材として使用した場合、十分な制振性を達成することができない。また、比較例1および2の焼結体では、曲げ強度のワイブル係数が9未満と低い値であり、強度のばらつきが大きく、信頼性は高くないという結果であった。
【0064】
実施例6、比較例3
<セラミックス焼結体の安定性>
実施例6では、焼成時の保持温度の1430℃から1000℃までの冷却速度を表3に示すように変えた以外は、実施例4と同様にしてセラミックス焼結体を製造した。また、比較例3では、焼成時の保持温度の1410℃から1000℃までの冷却速度を表3に示すように変えた以外は、比較例2と同様にしてセラミックス焼結体を製造した。実施例6および比較例3で得られたセラミックス焼結体の結晶相、前記冷却速度および21℃〜23℃における熱膨張係数を、実施例4および比較例2についてのそれとともに、表3に示す。
【0065】
【表3】

【0066】
表3から、実施例4および実施例6のセラミックス焼結体は、冷却速度の違いに関わらず、ほぼ同じ熱膨張係数を有することがわかった。一方、比較例2と比較例3のセラミックス焼結体では、冷却速度の違いにより熱膨張係数に大きな差異が生じた。この結果から、本発明のセラミックス焼結体は、熱膨張係数に関して高い安定性を有することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明によれば、室温付近における熱膨張係数が0(ゼロ)に極めて近いうえに、低密度で高い剛性および高い比剛性を有する酸化物セラミックス焼結体を得ることができる。そして、この酸化物セラミックス焼結体を、半導体露光プロセス等における精密機器の部材として用いることで、室温付近の温度変化に伴う部材の寸法変化や、高速移動直後の静止時に発生する部材の振動を抑制し、半導体装置の生産性や測定精度を向上させることができる。さらに、本発明の製造方法により、安定性、信頼性の高い前記酸化物セラミックス焼結体を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶相として、コーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3相を含む酸化物セラミックス焼結体であって、
MgO、AlおよびSiOの含有量の合計を100質量%とした場合に、MgOを12質量%以上14質量%以下、Alを34質量%以上39質量%以下、SiOを47質量%以上51質量%以下含有し、かつMgO、AlおよびSiOの3成分以外の成分の含有量が全体の1.5質量%未満であることを特徴とする酸化物セラミックス焼結体。
【請求項2】
前記コーディエライトを主結晶とする、請求項1に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項3】
21℃〜23℃における熱膨張係数が、−0.2×10−6/℃以上0.2×10−6/℃以下であり、かつヤング率が144GPa以上である、請求項1または2に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項4】
21℃〜23℃における熱膨張係数が、−0.02×10−6/℃以上0.02×10−6/℃以下である、請求項3に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項5】
ヤング率が144GPa以上であり、かつ曲げ強度が200MPa以上で、そのワイブル係数が12以上である、請求項4に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項6】
21℃〜23℃における熱膨張係数が、−0.005×10−6/℃以上0.005×10−6/℃以下である、請求項4または5に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項7】
比剛性が57.0×10/s以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項8】
半導体製造装置用の部材である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の酸化物セラミックス焼結体。
【請求項9】
コーディエライト、ムライトおよびサフィリンの3種の結晶相からなり、21℃〜23℃における熱膨張係数が−0.005×10−6/℃以上0.005×10−6/℃以下で、かつヤング率が144GPa以上である酸化物セラミックス焼結体を製造する方法であって、
原料粉末として、コーディエライト粉末とムライト粉末とマグネシア粉末との混合粉末を用いることを特徴とする酸化物セラミックス焼結体の製造方法。
【請求項10】
前記コーディエライト粉末は、電融法により製造されたものである請求項9に記載の酸化物セラミックス焼結体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−100216(P2013−100216A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−189788(P2012−189788)
【出願日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】