説明

酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の定量方法

【課題】酸化物材料を成型体として利用する場合に水和反応による体積膨張に起因して成型体中に亀裂の発生や粉化・破壊等を引き起こす原因となる酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物の含有量を精度良く測定する方法を提供する。
【解決手段】予め前記酸化物材料の粉砕試料を重水(DO)又は重水酸化ナトリウム(NaOD)重水溶液中に浸漬し、該粉砕試料中のアルカリ土類酸化物を、それぞれ重水酸化物とした後、これらを昇温加熱した際に発生する重水及び水を定量し、前記酸化物材料の粉砕試料中のアルカリ土類金属酸化物の含有量を求めることを特徴とする酸化物材料中のアルカリ土類酸化物の測定方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から製鉄プロセスで生成される製鋼スラグ、不定形耐火物、セメント等の酸化物材料は、一般の土木・構造物材料や、加熱炉等の耐火物材料等の成型体材料として広く用いられている。しかし、これらの酸化物材料中に含有する酸化マグネシウム(MgO)及び酸化カルシウム(CaO)は、成型体中で(i)式及び(ii)式に示される水との水和反応により水酸化マグネシウムMg(OH)や水酸化カルシウムCa(OH)となる際に体積が約2倍に膨張するため、成型体中に亀裂を発生し、粉化・破壊を招く原因となっていた。
【0003】
MgO+HO → Mg(OH) ・・・ (i)
CaO+HO → Ca(OH) ・・・ (ii)
【0004】
例えば、製鉄プロセスで生成される製鋼スラグをセメントの代替材料として使用することが行なわれているが、この材料を道路路盤材等に利用した場合に、上記MgOやCaOの水和反応に起因する体積膨張によって路盤に凹凸や亀裂を生じ、車両の走行に支障を来たす等の問題が生ずる。このため、MgOやCaOを含む道路用製鋼スラグを使用する場合には、JIS A 5015「水浸膨張試験」(例えば、非特許文献1参照。)に準じて測定される水浸膨張率が1.5%以下である条件を満足させることになっている。
【0005】
従来、体積膨張の原因となる製鋼スラグ中のMgO量やCaO量を低減する方法として、次のような方法が知られている。
【0006】
(a) 自然エージング処理方法;所定粒度に破砕した製鋼スラグを山積みし、大気中の水分、雨水等によって、(i)式の水和反応を行なわせることにより、MgOをMg(OH)、CaOをCa(OH)として安定化する方法。
(b) 水蒸気エージング処理方法;所定粒度に破砕した製鋼スラグを山積みし、高温度で蒸気を吹き込み、大気中で48時間以上暴露することにより、MgOをMg(OH)、CaOをCa(OH)として安定化する方法(例えば、特許文献1参照。)。
(c) 温水エージング処理方法;所定粒度に破砕した製鋼スラグを、温水に浸漬することにより、MgOをMg(OH)、CaOをCa(OH)として安定化する方法(例えば、特許文献2参照。)。
(d) 赤泥添加処理方法;溶融状態の転炉スラグ又は電気炉スラグに赤泥を添加することにより、MgO及びCaOを消失させ、スラグの膨張性を安定化する方法(例えば、特許文献3参照。)。
【0007】
しかし、製鋼スラグ中のMgOやCaOは、スラグ塊の表面だけでなく、塊の内部に取り込まれているため、上記方法によりMgO及びCaOをMg(OH)及びCa(OH)として安定化するための処理時間は、自然エージング処理法で通常1年以上、水蒸気エージング処理法や温水エージング処理法でも、48時間以上の長時間を要する。また、上記赤泥添加処理法は、溶融状態のスラグに赤泥を添加することから、スラグの塩基度が低下することに起因し、転炉等の耐火物を損耗させる原因になっていた。
【0008】
上記方法を用いてスラグ中のMgO、CaOを低減する際には、処理前後のスラグ中のMgO、CaOを精度良く定量化し、処理条件に反映することが重要な技術課題である。道路用製鋼スラグについては、上記JIS A 5015「水浸膨張試験」に規定される方法によって被測定物全体の水和による膨張率は測定できるものの、膨張の原因となる被測定物中の成分含有量を測定することはできない。また、スラグ中の成分によって水和反応の速度は異なるため、水浸膨張試験の処理時間は、水和速度が遅い成分に律速され、長時間となる。特に、スラグの体積膨張を引き起こす成分中で、MgOの水和反応は、CaO等の水和反応に比べて非常に遅く、水浸膨張試験によるMgO量の測定に非常に時間を要するという問題があった。
【0009】
その他のスラグ中のMgO、CaOの評価方法としては、スラグ構成成分の状態図を基にMgO及びCaOを推定する方法(例えば、特許文献4参照。)や、熱力学平衡計算手法であるThermocalcを用いてMgO及びCaOを推定する方法(例えば、特許文献5参照。)等が知られている。しかし、これらの計算手法を用いてMgO及びCaOを推定する方法は、精度が悪いため、実用が困難である。
【0010】
また、スラグ中の成分をエチレングリコール又はトリブロムフェノールで抽出し、溶出したMg量やCa量からMgO量やCaO量を求めるエチレングリコール抽出法や、トリブロムフェノール抽出法(例えば、非特許文献2〜4参照。)が知られている。この方法では、エチレングリコール又はトリブロムフェノールに溶出するMg量、Ca量は、MgO、CaOが溶出したものの他に、Mg(OH)、Ca(OH)から溶出したMg、Caや、MgCOやCaCOから溶出したMg、Caも一部含まれることから、正確にMgO量又はCaO量を測定することができないという問題があった。
【0011】
また、スラグ以外の材料の水和度評価方法としては、MgOを主成分とする方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤の水和度の評価方法が知られている(例えば、特許文献6参照。)。この方法は、Mg(OH)を直接測定するものであるが、共存するMgOは測定できないという問題があった。
【0012】
【特許文献1】特開昭61−101441号公報
【特許文献2】特開平3−13517 号公報
【特許文献3】特公昭57−2768号公報
【特許文献4】特開2001−64714号公報
【特許文献5】特開2002−68789号公報
【特許文献6】特開2002−90300号公報
【非特許文献1】JIS A 5015「水浸膨張試験」
【非特許文献2】鉄と鋼:Vol.63 (1977) No.14 P50−59
【非特許文献3】鉄と鋼:Vol.64 (1978) No.10 P68−77
【非特許文献4】鉄と鋼:Vol.68 (1982) No.6 P97−104
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このように、従来の測定技術では、短時間で定量性良くMgOやCaO等のアルカリ土類金属酸化物を測定することができなかった。
【0014】
一方、酸化物材料を、重水又は重水酸化ナトリウムを溶解した水溶液中に浸漬して、試料中の酸化マグネシウム(MgO)及び酸化カルシウム(CaO)を、それぞれ重水酸化マグネシウム(Mg(OD))及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))とし、生成したこれら化合物を、赤外分光法により直接定量する手法も考えられる。しかし、この方法は、(I)赤外分光分析をするために、錠剤法や液膜法といった定量精度の良い分析のためには、熟練度を必要とする試料調整が必要、(II)試料中のMgOやCaOを定量するために、最も簡便な検量線法を用いて行うとしても、Mg(OD)あるいはCa(OD)のそれぞれの純試薬が必要、(III)各試料の測定毎に検量線の作成が必要、というように分析操作に手間を要するという問題がある。
【0015】
本発明は、上記従来技術の現状を鑑みてなされたものであり、酸化物材料を成型体として利用する場合に、水和反応による体積膨張に起因して成型体中に亀裂の発生や粉化・破壊等を引き起こす酸化物材料を対象とし、この酸化物材料中の体積膨張の原因となるアルカリ土類金属酸化物、特に、酸化マグネシウム(MgO)及び酸化カルシウム(CaO)の含有量を、精度良く簡便に測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その本発明の要旨とするところは、以下の通りである。
【0017】
(1) 酸化物材料中に存在するアルカリ土類金属酸化物(MO)の含有量を測定する方法であって、前記酸化物材料からなる試料を重水(DO)又は重水酸化ナトリウム(NaOD)重水溶液中に浸漬して、該試料中のアルカリ土類金属酸化物(MO)をアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))とした後、該試料を所定速度で昇温してアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))の脱水反応を起こさせて、発生する重水(DO)を定量することで、発生重水(DO)量からアルカリ土類金属酸化物(MO)の含有量を換算することを特徴とする、酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(2) 前記換算方法は、発生した重水(DO)量からアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))量を求めてから、該アルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))量からアルカリ土類金属酸化物(MO)量に換算する方法であることを特徴とする、(1)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(3) 前記重水(DO)の定量方法は、質量分析法又は赤外線吸光光度法であることを特徴とする、(1)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(4) 前記赤外線吸光光度法は、フーリエ変換−赤外線吸光光度(FT−IR)法であることを特徴とする、(3)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(5) 前記重水酸化ナトリウム(NaOD)重水溶液は、0.1mol/L以上の重水酸化ナトリウム(NaOD)濃度である重水酸化ナトリウム重水溶液であることを特徴とする、(1)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(6) 前記アルカリ土類金属は、マグネシウム(Mg)又はカルシウム(Ca)の一方又は両方であることを特徴とする、(1)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
(7) 前記酸化物材料は、スラグ、酸化マグネシウム含有不定形耐火物又はセメントであることを特徴とする、(1)記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、酸化物材料中に含有されるアルカリ土類金属酸化物を、迅速かつ高精度に定量評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0020】
本発明は、製鋼スラグ、不定形耐火物、セメント等の酸化物材料中に含有するアルカリ土類金属酸化物を定量する方法に関し、特に、酸化物材料を成型体として利用する場合に水和反応による体積膨張に起因して、成型体中に亀裂の発生や粉化・破壊等を引き起こす原因となる酸化マグネシウム及び酸化カルシウムの含有量を求める方法に関するものである。
【0021】
一般に、アルカリ土類金属の酸化物は水との親和性が強く、吸湿性があることが知られる。例えば、CaOやMgOは、空気中に放置すると空気中の水分を吸収し、水和反応を起こしてCa(OH)やMg(OH)といった水酸化物に変化する性質を持つ。
【0022】
一方、MgOやCaO等のこれらアルカリ土類金属酸化物を定量しようとする場合、従来手法では、MgやCa等のアルカリ土類金属の濃度を測定し、これを酸化物に換算して求めていた。しかし、先に述べたように、MgOやCaO等のアルカリ土類金属酸化物は、水和して水酸化物となるため、それぞれの水酸化物と分別し、正確に酸化物を定量することは困難であった。
【0023】
本発明者らは、上記の課題を解決できる酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物の含有量を精度良く測定するための方法を、鋭意検討した。
【0024】
その結果、
(A)アルカリ土類金属の酸化物材料を粉砕して重水(DO)水溶液中に浸漬する処理によって、アルカリ土類金属の酸化物は、重水酸化物に効率的に変えることができること、
(B) 前記処理後の酸化物材料を不活性ガスあるいは真空雰囲気において昇温すると、重水酸化物が分解し重水(DO)を発生すること、
(C) 重水酸化物を連続昇温したときに発生する重水の発生パターンは、その重水酸化物固有のもので、即ち、重水発生温度から目的の重水酸化物が特定できること、
(D) 発生する重水を、赤外線吸収法の場合は波数約2500〜3100cm−1の吸収帯を連続測定することにより、あるいは、質量分析計の場合は重水の分子イオンであるM/Z=20を用いることにより、重水の発生パターンと発生量を測定することができること、
(E) 前記処理において、各温度から発生する重水量により、重水酸化物の含有量を求め、これらを酸化物量に換算することで、前記処理前の酸化物材料中に存在する酸化マグネシウム(MgO)及び酸化カルシウム(CaO)の含有量を精度良く測定できること、
を見出した。
【0025】
本発明は、これらの知見を基になされたものである。以下に、本発明の実施形態について、特にCaO及びMgOを例に挙げて説明する。
【0026】
まず、分析目的のアルカリ土類酸化物を含む材料を粉砕し、乾燥デシケーター中等で1日程度保管し、該酸化物材料を恒量化させた後に分析に供する。粉砕による試料サイズは、後の重水の浸漬時間との兼ね合いから、例えば250μm以下が望ましい。重水の浸漬に十分な時間は、供試料の粒径に依存するが、通常250μm以下の試料サイズのものでは、常温で数時間〜数日程度浸漬すれば良い。浸漬後の試料は、ろ過等により重水中から回収し、分析試料とする。
【0027】
このように調製した試料を炉心管内に適切な量設置し、管状の電気炉で例えば5℃/minで加熱する。試料量や昇温速度は、検出器での重水の定量可能の範囲を超えないように、含まれる酸化物の量により調整することが必要な場合があるが、通常は1g程度の試料を10℃/min以下の昇温速度で行なうことが望ましい。このときの重水の測定方法は、特に限定されないが、例えば、赤外線吸光光度計や質量分析計等が使用できる。この場合において、操作やガス搬送等の測定条件のセッティングの簡便性から、フーリエ変換−赤外線吸光光度計(FT−IR)がより好ましい。
【0028】
以下に、FT−IRでの重水(DO)及び水(HO)をモニタリングした結果の一例を挙げながら、さらに詳細を説明する。
【0029】
図1は、試料を加熱し、発生する重水を測定するFT−IRを用いたシステムの例、図2は、重水(DO)及び水(HO)の赤外吸収スペクトルである。
【0030】
図2に示されるように、重水(DO)は、波数1880〜2400cm−1の赤外域には吸収帯は存在しない。同じく、水は、波数2150〜3300cm−1の赤外域には吸収帯は存在しない。即ち、例えば、重水のO−D伸縮振動に起因する吸収帯は、O−H伸縮振動に起因する吸収帯の波数(約3600cm−1)に比べて、より低波数側の波数約2700cm−1にシフトするため、それぞれの赤外吸収ピークは完全に分離し、両者は明確に区別できる。
【0031】
図3〜図5は、処理条件を変えたCaO試薬の等量を10℃/minで加熱したときに発生する水あるいは重水を、赤外吸収分光法でモニタリングした結果を示している。図3はCaO試薬そのままを、図4はCaO試薬を水和(Ca(OH)化)処理したものから発生した水を、図5はCaO試薬を重水(DO)で重水和(Ca(OD)化)処理したものから発生した重水を、それぞれ測定した結果である。
【0032】
図3に示されるように、酸化カルシウム(CaO)は、330〜480℃にかけて水を放出していることが分かる。これは前述したように、CaOが測定時に水和してCa(OH)を生成したためであり、また、このとき発生する水には、CaO試薬を保管中に自然に水和したものも含まれている。水の発生は、式(iii)で表される。
【0033】
Ca(OH) → CaO + HO ・・・ (iii)
【0034】
即ち、380〜480℃で分解反応を起こし、水(HO)を発生している。これは、図4に示すように、Ca(OH)と同様のHO発生パターンが得られることから理解できる。図3と図4に用いたこの例の試薬の場合、試薬の保管の間と測定時に、CaOの約0.9mass%がCa(OH)になっていることが分かった。
【0035】
一方、酸化物材料を重水(DO)中に浸漬し、酸化カルシウム(CaO)を重水酸化カルシウム(Ca(OD))とした場合のCa(OD)から発生する重水(DO)については、図5に示されるような発生パターンが得られる。これは、次式(iv)に従っている。
【0036】
Ca(OD) → CaO + DO ・・・ (iv)
【0037】
以上のような現象は、酸化マグネシウム(MgO)についても同様に生じる。即ち、重水化処理したMgOは、重水酸化マグネシウム(Mg(OD))となり、加熱した際に重水(DO)を発生する((v)式参照)。
【0038】
Mg(OD) → MgO + DO ・・・ (v)
【0039】
なお、図6に示したように、重水酸化マグネシウム(Mg(OD))は、この重水(DO)の発生温度域が320〜400℃であり、重水酸化カルシウム(Ca(OD))と異なるために、両者を区別して定量することが可能である。
【0040】
図7(太線)は、Mg(OD)とCa(OD)が混在していた別のスラグ試料を重水に浸漬し、10℃/minの比較的速い昇温速度で加熱した際に発生した重水(DO)をモニタリングした結果である。このように、両者が混在する場合、DOの発生は380〜400℃付近で同時に進行するため、それぞれの発生ピークが一部重複する。この場合、一般のクロマトグラムやスペクトル解析に用いられる波形分離の手法を用いて、それぞれの量を求めればよい(図7の細線)。あるいは、昇温温度を可能な限り遅くし、かつ試料の粒径を細かくすることで両者の発生ピークを急峻化でき、分解能が向上されるため、分離定量ができる。なお、試料に付着しているだけの水や重水は、上記試料加熱において、70〜120℃くらいで試料から離脱するので、上記の水酸化物から発生する水や重水とは分離できるため、誤差要因とはならない。
【0041】
以上、本発明では、予め酸化物材料を重水(DO)中に浸漬する処理によって、酸化物材料中のMgO及びCaOを、重水酸化マグネシウム(Mg(OD))及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))に効率的に変換させた後、加熱することにより、それぞれの化合物の分解に伴い発生する水及び重水のモニタリングから発生パターンを得ることで、前記置換処理前に酸化物材料中に含有する水酸化マグネシウム(Mg(OH))及び水酸化カルシウム(Ca(OH))の影響を受けずに、高い精度で重水酸化マグネシウム(Mg(OD))量及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))量を測定することができる。
【0042】
本発明において、酸化物材料中の重水酸化マグネシウム(Mg(OD))及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))の含有量は、前記重水(DO)水溶液の浸漬処理をした酸化物材料から発生する重水の測定量a(Mg(OD)からの脱水分(g))及びb (Ca(OD)からの脱水分(g))を基に、それぞれ(vi)、(vii)式に従って求めることができる。
【0043】
Mg(OD) = a/18×{24.30+2×(16.00+2)}
・・・ (vi)

Ca(OD) = b/18×{40.08+2×(16.00+2)}
・・・ (vii)
【0044】
本発明では、酸化物材料(試料)を重水(DO)中に浸漬処理をして、試料中の酸化マグネシウム(MgO)及び酸化カルシウム(CaO)を重水酸化マグネシウム(Mg(OD))及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))としてから、試料を加熱してそれぞれの水酸化物から発生する重水(DO)の量を求めた後、これらを酸化マグネシウム(MgO)量及び酸化カルシウム(CaO)量に換算することにより、前記重水(DO)水溶液中に浸漬する処理をする前の酸化物材料(試料)中に含有する酸化マグネシウム(MgO)量及び酸化カルシウム(CaO)量(試料中の質量%)を算出するものである。
【0045】
つまり、上記重水酸化マグネシウム(Mg(OD))量の測定値を基に、重水酸化マグネシウム(Mg(OD))の式量60.33と酸化マグネシウム(MgO)の式量40.30から、前記処理により重水酸化マグネシウム(Mg(OD))となった酸化マグネシウム(MgO)量を算出することができる。同様に、上記重水酸化カルシウム(Ca(OD))量の測定値を基に、重水酸化カルシウム(Ca(OD))の式量76.10と酸化カルシウム(CaO)の式量56.08から、重水酸化カルシウム(Ca(OD))となった酸化カルシウム(CaO)量を算出することができる。
【0046】
なお、前記重水(DO)中に浸漬する処理をする前の酸化物材料(試料)中に含有する水酸化マグネシウム(Mg(OH))量及び水酸化カルシウム(Ca(OH))量の測定も、上記重水酸化マグネシウム(Mg(OD))及び重水酸化カルシウム(Ca(OD))と同様な方法で測定することができる。
【0047】
また、本発明において、前記重水(DO)中に浸漬処理をする前の酸化物材料(試料)中に含有する水酸化マグネシウム(Mg(OH))は、当該処理により水酸基(OH)中の水素(H)が重水素(D)に置換されることは殆どなく、あったとしても無視できる程度である。一方、前記重水(DO)中に浸漬処理をする前の酸化物材料(試料)中に含有する水酸化カルシウム(Ca(OH))の場合は、重水(DO)のpHが低い条件で当該処理を行なうと、水酸基(OH)中の水素(H)が重水素(D)に置換され、それにより、酸化カルシウム(CaO)の測定精度が多少低下する恐れがある。したがって、水酸化カルシウム(Ca(OH))の水酸基(OH)中の水素(H)と重水素(D)の置換を抑制するために、前記重水(DO)水溶液中に重水酸化ナトリウム(NaOD)濃度が0.1mol/L以上となるように重水(DO)中に重水酸化ナトリウム(NaOD)を含有させ、pHを高くすることが好ましい。0.1mol/L以上の濃度で重水酸化ナトリウム(NaOD)を含有した重水(DO)水溶液(NaOD/DO水溶液)のpHは20℃で約13.1であり、水酸化カルシウム(Ca(OH))飽和水溶液のpH(約12.6)よりも高いため、Ca(OH)のHとDの交換を抑制できる。なお、この場合重水酸化ナトリウム(NaOD)の飽和量(約27.3mol/L,20℃)までのより高いpH範囲では、なんら測定に影響を与えない。
【実施例】
【0048】
A、B、Cの3種類の製鋼スラグを用いて、スラグ中のMg(OH)、MgO、Ca(OH)、CaOの測定を行なった。スラグ試料を0.1mol/LのNaOD/DO溶液24時間浸漬し、その後、ろ過してスラグを回収し、供試料とした。これらを、反応炉心管内において電気炉(管状炉)で5℃/minで昇温加熱し発生する水及び重水の挙動を、FT−IRによってモニタリングした。このとき着目するIRの吸収帯は、水が3460cm−1、重水は2795cm−1を中心とする±20cm−1の測定感度が良好ないずれも伸縮振動によるものとした。赤外吸収スペクトルで観測される吸収帯のピーク面積を求め、予め各水準量の純水及び重水で作成した検量線より定量評価を行なった。表1に、Mg(OH)、Mg(OD)、Ca(OH)、Ca(OD)に相当する吸収帯のピーク面積、表2に、ピーク面積から求めたスラグ中の各々の量を示す。
【0049】
また、同じ試料を用いて、重水の測定を質量分析により行い、スラグ中のMg(OH)、Mg(OD)、Ca(OH)、Ca(OD)量を求めた結果を表3に示す。このときの着目イオンは、水がM/Z=18、重水がM/Z =20である。両者はほぼ同等の結果を示したが、操作や装置の取り扱いの簡便性からは、FT−IRでの測定の方が有利である。
【0050】
このように、MgO及びCaOを直接測定することは難しいが、重水酸化してMg(OD)、Ca(OD)として、これを加熱することにより発生した重水量に着目することにより、容易にMgO及びCaOを測定することができる。このMgO及びCaOが、例えば、スラグを路盤材等に用いた場合、施工後に膨れる原因となるものであり、事前にMgO及びCaO量を評価することは、非常に有用である。
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
比較例として、表4に、重水で処理することなく、そのままスラグ試料を加熱し、発生する水のモニタリング結果から検量線によって各々定量評価を行なった結果を示す。この場合、MgO及びCaOに関する情報は、全く得られない。すなわち、表4の値では、Mg(OH)量およびCa(OH)量は、MgOおよびCaOを含む形となるため、過大評価となっている。この場合、表3と比較すれば、MgOの一部がMg(OH)に変化していることが、CaOは検討した製鋼スラグの全てについてその殆どがCa(OH)に変化していることが初めて分かる。
【0055】
【表4】

【0056】
さらに、通常の分析法、即ち、試料中のMg及びCaを炭酸塩緩衝液及びエチレングリコール抽出法により定量し、これらを比較のために水酸化物と見積もり換算して、Mg(OH)及びCa(OH)を求めた結果を表5に示した。Mg及びCaの他の化合物(酸化物等)も包括され、Mg(OH)及びCa(OH)の値を分離して得ることはできないため、値は高めに出ている。
【0057】
【表5】

【0058】
即ち、重水での処理を行なわない、あるいは従来の手法によりアルカリ土類の酸化物量を定量することはできないため、スラグの膨張等を予測することは困難である。
【0059】
以上説明したように、本発明によれば、製鉄プロセスで生成される製鋼スラグ、不定形耐火物、セメント等の酸化物材料中に含有されるアルカリ土類金属酸化物、特に、酸化マグネシウム量(MgO)及び酸化カルシウム量(CaO)を、迅速かつ高精度に定量評価することが可能となる。本発明方法を土木分野、耐火物分野に適用することにより、道路路盤材、耐火物等の成型体材料として使用する酸化物材料中のMgO、CaO等のアルカリ土類金属を定量化し、適切な条件でMgO、CaO等を安定化処理することで、これらの水和反応に起因する亀裂、粉化・破壊を抑制し、成型体の品質及び耐久性を向上することができる。
【0060】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】試薬を加熱した際に発生するHO、DOをモニタリングするシステムの一例を示す図である。
【図2】重水及び水の赤外吸収スペクトルである。
【図3】CaO試薬を5℃/minで加熱したときに発生する水を赤外吸収分光法でモニタリングした結果である。
【図4】CaO試薬を重水(DO)で重水和(Ca(OD)化)処理した試料を5℃/minで加熱したときに発生する水及び重水を赤外吸収分光法でモニタリングした結果である。
【図5】CaO試薬を水和(Ca(OH)化)処理した試料をそれぞれ5℃/minで加熱したときに発生する水及び重水を赤外吸収分光法でモニタリングした結果である。
【図6】Mg(OH)試薬を5℃/minで加熱したときに発生する水を赤外吸収分光法でモニタリングした結果である。
【図7】MgOとCaOが混在するスラグを重水和処理した試料を5℃/minで加熱したときに発生する重水(DO)を赤外吸収分光法でモニタリングした結果である。
【符号の説明】
【0062】
a 搬送及び雰囲気用不活性ガス
b 試料加熱炉
c 結露防止配管温度保持用ヒータ
d 水及び重水のモニタリング用検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物材料中に存在するアルカリ土類金属酸化物(MO)の含有量を測定する方法であって、
前記酸化物材料からなる試料を重水(DO)又は重水酸化ナトリウム(NaOD)重水溶液中に浸漬して、該試料中のアルカリ土類金属酸化物(MO)をアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))とした後、該試料を所定速度で昇温してアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))の脱水反応を起こさせて、発生する重水(DO)を定量することで、発生重水(DO)量からアルカリ土類金属酸化物(MO)の含有量を換算する
ことを特徴とする、酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項2】
前記換算方法は、
発生した重水(DO)量からアルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))量を求め、
該アルカリ土類金属重水酸化物(M(OD))量からアルカリ土類金属酸化物(MO)量に換算する方法である
ことを特徴とする、請求項1記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項3】
前記重水(DO)の定量方法は、質量分析法又は赤外線吸光光度法であることを特徴とする、請求項1記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項4】
前記赤外線吸光光度法は、フーリエ変換−赤外線吸光光度(FT−IR)法であることを特徴とする、請求項4記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項5】
前記重水酸化ナトリウム(NaOD)重水溶液は、0.1mol/L以上の重水酸化ナトリウム(NaOD)濃度である重水酸化ナトリウム重水溶液であることを特徴とする、請求項1記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項6】
前記アルカリ土類金属は、マグネシウム(Mg)又はカルシウム(Ca)の一方又は両方であることを特徴とする、請求項1記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。
【請求項7】
前記酸化物材料は、スラグ、酸化マグネシウム含有不定形耐火物又はセメントであることを特徴とする、請求項1記載の酸化物材料中のアルカリ土類金属酸化物含有量の測定方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−267924(P2008−267924A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−109832(P2007−109832)
【出願日】平成19年4月18日(2007.4.18)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】