説明

酸化物焼結体およびスパッタリングターゲット、並びにその製造方法

【課題】表示装置用酸化物半導体膜の製造に好適に用いられる酸化物焼結体であって、高いキャリア移動度を有する酸化物半導体膜の成膜における異常放電を抑制し、スパッタリング法による安定した成膜が可能な酸化物焼結体を提供する。
【解決手段】本発明の酸化物焼結体は、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属の酸化物と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、前記酸化物焼結体をX線回折したとき、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)相を主相とし、平均粒径10μm以下、且つ粒径30μm以上の結晶粒の割合が15%以下であり、相対密度85%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどの表示装置に用いられる薄膜トランジスタ(TFT)の酸化物半導体薄膜をスパッタリング法で成膜するときに用いられる酸化物焼結体およびスパッタリングターゲット、並びにその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
TFTに用いられるアモルファス(非晶質)酸化物半導体は、汎用のアモルファスシリコン(a−Si)に比べて高いキャリア移動度を有し、光学バンドギャップが大きく、低温で成膜できるため、大型・高解像度・高速駆動が要求される次世代ディスプレイや、耐熱性の低い樹脂基板などへの適用が期待されている。これらの用途に好適な酸化物半導体の組成として、例えばIn含有の非晶質酸化物半導体[In−Ga−Zn−O、In−Zn−O、In−Sn−O(ITO)など]が提案されている。
【0003】
上記酸化物半導体(膜)の形成に当たっては、当該膜と同じ材料のスパッタリングターゲットをスパッタリングするスパッタリング法が好適に用いられている。スパッタリング法では、製品である薄膜の特性の安定化、製造の効率化のために、スパッタリング中の異常放電の防止、ターゲットの割れ防止などが重要であり、様々な技術が提案されている。
【0004】
例えば特許文献1には、ITOターゲットについて、結晶粒の平均粒径を微細化することによって異常放電を抑制する技術が提案されている。
【0005】
また特許文献2には、ITOターゲットについて、焼結密度を高めると共に、結晶粒径を微細化することによって、スパッタリング中のターゲット板の割れを防止する技術が提案されている。
【0006】
更に特許文献3には、In−Zn−O系の複合酸化物を焼結後に還元雰囲気中でアニーリング処理することによって、ターゲット材料の導電率を向上させ、スパッタリング中の異常放電やターゲットの割れを抑制する技術が提案されている。
【0007】
近年の表示装置の高性能化に伴って、酸化物半導体薄膜の特性の向上や特性の安定化が要求されていると共に、表示装置の生産を一層効率化することが求められている。そのため、表示装置用酸化物半導体膜の製造に用いられるスパッタリングターゲットおよびその素材である酸化物焼結体は、高いキャリア移動度を有することが望まれているが、生産性や製造コストなどを考慮すると、スパッタリング工程での異常放電(アーキング)をより一層抑制することも重要であり、そのためにはターゲット材料およびその素材となる酸化物焼結体の改善が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−243036号公報
【特許文献2】特開平5−311428号公報
【特許文献3】特許第3746094号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、表示装置用酸化物半導体膜の製造に好適に用いられる酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットであって、高いキャリア移動度を有する酸化物半導体膜の成膜における異常放電を抑制し、スパッタリング法による安定した成膜が可能な酸化物焼結体およびスパッタリングターゲット、並びにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決し得た本発明の酸化物焼結体は、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属の酸化物と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、前記酸化物焼結体をX線回折したとき、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)相を主相として含み、前記酸化物焼結体の破断面においてSEMにより観察される結晶粒の平均粒径が10μm以下であり、且つ粒径30μm以上の結晶粒の割合が15%以下であると共に、前記酸化物焼結体の相対密度は85%以上であるところに要旨を有するものである。
【0011】
本発明の好ましい実施形態において、前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[Zn]、[In]、[Ti]、[Mg]、[Al]、[Nb]としたとき、[Zn]に対する[In]の比、[Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]に対する[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]の比は、それぞれ下式を満足するものである。
0.27≦[In]/[Zn]≦0.45
([Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb])/([Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb])≦0.1
【0012】
また本発明の好ましい実施形態において、前記酸化物焼結体に含まれるZnmIn23+m、In23、及び前記ZnOの合計に対する前記ZnmIn23+mの体積比は、それぞれ下式を満足するものである。
ZnmIn23+m/(ZnmIn23+m+In23+ZnO)≧0.5
(但し、ZnmIn23+mはZn5In28、Zn6In29、Zn7In210の合計である。)
【0013】
また、上記課題を解決し得た本発明のスパッタリングターゲットは、上記のいずれかに記載の酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットであって、比抵抗が0.1Ω・cm以下である。
【0014】
本発明の前記酸化物焼結体の好ましい製造方法は、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属の酸化物とを混合し、黒鉛型にセットした後、600℃/hr以下の平均昇温速度で焼結温度1000〜1150℃まで昇温した後、該温度域での保持時間0.1〜5時間で焼結することに要旨を有する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高いキャリア移動度を有する酸化物半導体膜の成膜における異常放電を抑制し、スパッタリング法による安定した成膜が可能な酸化物焼結体およびスパッタリングターゲット、並びにその製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明の酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットを製造するための基本的な工程を示す図である。
【図2】図2は、本発明の製造方法に用いられる焼結工程の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、酸化亜鉛と酸化インジウムとを含む酸化物焼結体について、スパッタリング中の異常放電を抑制することで長時間の安定した成膜が可能であり、しかもキャリア移動度が高い酸化物半導体膜を成膜するのに適したスパッタリングターゲット用酸化物焼結体を提供するため、検討を重ねてきた。
【0018】
その結果、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属(以下、M金属という)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、酸化物焼結体をX線回折したとき、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)相を主相とし、更にSEM観察したとき、平均粒径と粗大な結晶粒を制御すると共に、相対密度85%以上である構成としたときに所期の目的が達成されることを見出した。
【0019】
詳細には、上記酸化物焼結体をX線回折したときの相構成について、(ア)ZnとInは、これらが結合してZnmIn23+m(mは5〜7の整数)を主相とする相構成としたときにスパッタリング時の異常放電を大幅に抑制できること(イ)M金属はキャリア移動度の向上に有用な効果を発揮すること、(ウ)SEM観察したときの結晶粒について、平均結晶粒径を微細化すると共に粗大な結晶粒の割合を抑制することが異常放電抑制に効果があること、更に(エ)相対密度を高めることによってスパッタリング中の異常放電の発生の抑制効果を一層向上できること、を突き止めた。(オ)そして、このような相構成を有する酸化物焼結体を得るためには、所定の焼結条件で焼結を行えばよいこと、を見出し、本発明に至った。
【0020】
まず、本発明に係る酸化物焼結体の構成について、詳しく説明する。上述したように本発明の酸化物焼結体は、上記酸化物焼結体をX線回折したとき、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)を主相として含む酸化物焼結体としたところに特徴がある。
【0021】
本発明におけるX線回折条件は、以下のとおりである。
分析装置:理学電機製「X線回折装置RINT−1500」
分析条件
ターゲット:Cu
単色化:モノクロメートを使用(Kα)
ターゲット出力:40kV−200mA
(連続焼測定)θ/2θ走査
スリット:発散1/2°、散乱1/2°、受光0.15mm
モノクロメータ受光スリット:0.6mm
走査速度:2°/min
サンプリング幅:0.02°
測定角度(2θ):5〜90°
【0022】
この測定で得られた回折ピークについて、ICDD(International Center for Diffraction Data)カードの20−1440、20−1441、06−0416、36−1451に記載されている結晶構造を有する結晶相(それぞれ、Zn5In28、Zn7In210、In23、ZnOに対応)を特定する。またZn6In29は、下記参考文献(1)、(2)に記載されている結晶構造を有する結晶相を特定する。
参考文献(1)M.Nakamura, N.Kimizuka and T.Mohri: J. Solid State Chem. 86(1990) 16-40
参考文献(2)M.Nakamura, N.Kimizuka, T.Mohri and M.Isobe: J. Solid State Chem. 105(1993) 535-549
【0023】
次に上記X線回折によって検出される本発明を特定する化合物について詳しく説明する。
【0024】
(ZnmIn23+m化合物について)
ZnmIn23+m化合物(相)は、本発明の酸化物焼結体を構成する酸化亜鉛と酸化インジウムが結合して形成されるものである。この化合物の結晶構造は六方晶であり、酸化物焼結体のキャリア移動度向上に大きく寄与する。
【0025】
ZnmIn23+m化合物はホモロガス化合物であって、mは5(Zn5In28)、6(Zn6In29)、7(Zn7In210)の少なくともいずれか一つである。mが4以下、あるいは8以上の整数であると酸化物半導体膜の半導体特性が劣化し、キャリア移動度が低下するため望ましくない。なお、これらはZn、In、およびM金属との複合酸化物の結晶であるため、mは整数となる。
【0026】
本発明では、上記ZnmIn23+m(m=5、6、7)を主相として含んでいる。ここで「主相」とは、ZnmIn23+m(Zn5In28(m=5)、Zn6In29(m=6)、Zn7In210(m=7)の合計)が上記X線回折によって検出される全化合物中、最も比率の多い化合物を意味している。
【0027】
また本発明では、ZnmIn23+m(m=5、6、7)相のほか、In23やZnOが若干含まれていてもよい。ZnとInの組成比によっては上記ZnmIn23+m(m=5、6、7)だけでなく、In23やZnOが検出される場合もあるが、In23やZnOは、微量であれば本発明の効果に悪影響を及ぼさないからである。また本発明の上記ZnmIn23+mには、後記するM金属が固溶している場合も含まれる。
【0028】
本発明に用いられるM金属は、酸素との結合性の強い元素であって、M金属を固溶させることによって、Zn−In−O系ターゲットの酸素欠損を低減し、スパッタリングによって形成した膜のキャリア移動度の向上に有用である。M金属は、Ti、Mg、AlおよびNbよりなる群から選択され、単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。このうち半導体特性の観点から好ましいM金属は、Ti,Mg,Alである。
【0029】
M金属は酸化亜鉛と酸化インジウムのみからなる酸化物焼結体のキャリア移動度向上に大きく寄与する元素として選択された元素である。M金属を含有しない場合に比べ、本発明で規定するM金属を、好ましくは後記する所定の比率で含有する酸化物焼結体を用いることにより、キャリア移動度が向上する。
【0030】
なお、キャリア移動度向上効果を発現させる上でM金属は、少なくともその一部(好ましくはその大部分)が上記ZnmIn23+m相に固溶していることが望ましいが、本発明のキャリア移動度向上効果を阻害しない限り、M金属の一部は酸化物として存在していてもよい(例えば5体積%以下)。またIn23やZnOを含む場合は、M金属はこれら化合物中に固溶した状態で存在していてもよい。
【0031】
本発明では、酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットの破断面(厚み方向の断面の任意の位置、以下同じ。)においてSEM(反射電子顕微鏡)により観察される結晶粒の平均粒径を10μm以下とすることによって、異常放電の発生をより一層抑制することができる。好ましい平均粒径は8μm以下、より好ましくは5μm以下である。一方、平均粒径の下限は特に限定されないが、微細化効果と製造コストの観点から、平均粒径の好ましい下限は2μm程度である。
【0032】
結晶粒の平均粒径は、酸化物焼結体(またはスパッタリングターゲット)破断面(任意の箇所)の組織をSEM(倍率:400倍)で観察し、任意の方向に100μmの長さの直線を引き、この直線内に含まれる結晶粒の数(N)を求め、[100/N]から算出される値を当該直線上での平均粒径とする。本発明では20μm以上の間隔で直線を20本作成して「各直線上での平均粒径」を算出し、更に[各直線上での平均粒径の合計/20]から算出される値を結晶粒の平均粒径とする。
【0033】
また本発明では、酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットに存在する粗大な結晶粒の割合を制御することによって、異常放電の発生を抑制できる。異常放電の発生を抑制する観点からは、粒径30μm以上、好ましくは25μm以上、より好ましくは20μm以上の粗大な結晶粒の割合を抑制することが望ましく、具体的には15%以下、好ましくは10%以下、より好ましくは5以下に制御することが望ましい。
【0034】
粗大な結晶粒の割合は、上記平均粒径と同様、SEM観察して、任意の方向に100μmの長さの直線を引き、この直線上で切り取られる長さが30μm以上となる結晶粒を粗大な結晶粒とし、この粗大な結晶粒が100μmの直線上で占める長さL(複数ある場合はその総和:μm)を求め、[L/100]から算出される値を「当該直線上での粗大な結晶粒の割合(%)」とする。本発明では20μm以上の間隔で直線を20本作成して各直線上での粗大な結晶粒の割合を算出し、更に[各直線上での粗大な結晶粒の割合の合計/20]から算出される値を粗大な結晶粒の割合(%)とする。
【0035】
次に、本発明の酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)について説明する。酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[Zn]、[In]、[Ti]、[Mg]、[Al]、[Nb]としたとき、[Zn]に対する[In]の比、[Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]に対する[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]の比を下記特定の範囲内とすることが上記所望の効果を得る観点からは望ましい。ここで、[Ti]、[Mg]、[Al]、[Nb]はM金属の1種であり、各焼結体において例えばTiを含まない場合は[Ti]=0として算出される。
【0036】
[Zn]に対する[In]の比([In]/[Zn];以下、比率(1)という。)は、好ましくは0.27以上、より好ましくは0.28以上であって、好ましくは0.45以下、より好ましくは0.4以下である。比率(1)が小さくなると、[ZnmIn23+m]がm≦4の複合酸化物(Zn4In27など)が生成するようになり、抵抗率が高くなってキャリア移動度が低下する。一方、比率(1)が大きくなると、[ZnmIn23+m]がm≧8の複合酸化物(Zn8In211など)が生成するようになり、キャリア移動度が低下する。
【0037】
また[Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]に対する[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]の比(([Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb])/([Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]);以下、比率(2)という)は、好ましくは0.1以下、より好ましくは0.05以下、更に好ましくは0.03以下である。比率(2)が大きくなると、M金属がInやZnと複合酸化物を生成して薄膜の半導体特性が劣化し、キャリア移動度が低下するからである。なお、比率(2)の下限については特に限定されないが、上記M金属添加効果を十分に発揮させる観点からは、好ましくは0.001以上、より好ましくは0.005以上である。
【0038】
次に酸化物焼結体に含まれるZnmIn23+m(但しZnmIn23+mはZn5In28、Zn6In29、Zn7In210の合計、以下同じ)、In23、及びZnOの合計に対する各結晶相の体積比について説明する。以下では、ZnmIn23+m+In23+ZnOの合計に対するZnmIn23+mの比を[ZnmIn23+m]比と呼ぶ。
【0039】
[ZnmIn23+m]比は0.5以上とすることが好ましい。[ZnmIn23+m]比が0.5未満となると、異常放電や割れが多くなる。より好ましい下限は0.8以上、更に好ましくは0.85以上であって、実質的にZnmIn23+mのみで構成されていてもよい。
【0040】
本発明の酸化物焼結体に含みうる他の結晶相として上記In23やZnO以外にも、製造上不可避的に生成されるM金属の酸化物(例えばZn2TiO4、InNbO4など)を含んでいてもよい趣旨である。なお、不可避的に生成するM金属の酸化物の割合は、例えば5体積%程度以下の割合であることが望ましい。またこれらはXRDによって測定できる。
【0041】
本発明の酸化物焼結体、更には当該酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットは、相対密度85%以上、好ましくは比抵抗0.1Ω・cm以下であるところに特徴がある。
【0042】
(相対密度85%以上)
本発明の酸化物焼結体は、相対密度が非常に高く、好ましくは85%以上であり、より好ましくは95%以上である。高い相対密度は、スパッタリング中での割れやノジュールの発生を防止し得るだけでなく、安定した放電をターゲットライフまで連続して維持するなどの利点をもたらす。
【0043】
(比抵抗0.1Ω・cm以下)
本発明の酸化物焼結体は、比抵抗が小さく、0.1Ω・cm以下であり、好ましくは0.01Ω・cm以下である。これにより、一層スパッタリング中での異常放電を抑制した成膜が可能となり、スパッタリングターゲットを用いた物理蒸着(スパッタリング法)を表示装置の生産ラインで効率よく行うことができる。
【0044】
次に、本発明の酸化物焼結体を製造する方法について説明する。
【0045】
本発明の酸化物焼結体は、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;M金属の酸化物の各粉末を混合および焼結して得られるものであり、またスパッタリングターゲットは酸化物焼結体を加工することにより製造できる。図1には、酸化物の粉末を(a)混合・粉砕→(b)乾燥・造粒→(c)予備成形→(d)脱脂→(e)ホットプレスして得られた酸化物焼結体を、(f)加工→(g)ボンディングしてスパッタリングターゲットを得るまでの基本工程を示している。上記工程のうち本発明では、以下に詳述するように焼結条件((e)ホットプレス)を適切に制御したところに特徴があり、それ以外の工程は特に限定されず、通常用いられる工程を適宜選択することができる。以下、各工程を説明するが、本発明はこれに限定する趣旨ではない。
【0046】
まず、酸化亜鉛粉末、酸化インジウム粉末、およびM金属の酸化物の粉末を所定の割合に配合し、混合・粉砕する。用いられる各原料粉末の純度はそれぞれ、約99.99%以上が好ましい。微量の不純物元素が存在すると、酸化物半導体膜の半導体特性を損なう恐れがあるためである。各原料粉末の配合割合は、比率が上述した範囲内となるように制御することが好ましい。
【0047】
(a)混合・粉砕は、ポットミルを使い、原料粉末を水と共に投入して行うことが好ましい。これらの工程に用いられるボールやビーズは、例えばナイロン、アルミナ、ジルコニアなどの材質のものが好ましく用いられる。この際、均一に混合する目的で分散材や、後の成形工程の容易性を確保するためにバインダーを混合してもよい。
【0048】
次に、上記工程で得られた混合粉末について例えばスプレードライヤなどで(b)乾燥・造粒を行うことが好ましい。
【0049】
乾燥・造粒後、(c)予備成形をする。成形に当たっては、乾燥・造粒後の粉末を所定寸法の金型に充填し、金型プレスで予備成形する。この予備成形は、ホットプレス工程で所定の型にセットする際のハンドリング性を向上させる目的で行われるため、0.5〜1.0tonf/cm2程度の加圧力を加えて成形体とすればよい。
【0050】
なお、混合粉末に分散材やバインダーを添加した場合には、分散材やバインダーを除去するために予備成形後の成形体を加熱して(d)脱脂を行うことが望ましい。加熱条件は脱脂目的が達成できれば特に限定されないが、例えば大気中、おおむね500℃程度で、5時間程度保持すればよい。
【0051】
脱脂後、所望の形状の黒鉛型に成形体をセットして(e)ホットプレスにて焼結を行う。黒鉛型は還元性材料であり、セットした成形体を還元性雰囲気中で焼結できるため、効率よく還元が進行して比抵抗を低くすることができる。
【0052】
本発明では焼結温度:1000〜1150℃、該温度での保持時間:0.1〜5時間で焼結を行う(図2)。焼結温度が低いと、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)相を主相とする上記結晶相が得られなくなり、異常放電抑制等の効果が得られない。また十分に緻密化することができず、所望の相対密度を達成できない。一方、焼結温度が高くなりすぎると、結晶粒が粗大化してしまい、結晶粒の平均粒径を所定の範囲に制御できなくなり、異常放電を抑制できなくなる。したがって焼結温度は1000℃以上、好ましくは1020℃以上であって、1150℃以下、好ましくは1100℃以下とすることが望ましい。
【0053】
また上記焼結温度での保持時間が長くなりすぎると結晶粒が成長して粗大化するため、結晶粒の平均粒径や粗大な結晶粒の割合を所定の範囲に制御できなくなる。一方、保持時間が短すぎると上記ZnmIn23+mを主相とする上記結晶相が得られず、また十分に緻密化することができなくなる。したがって保持時間は0.1時間以上、好ましくは0.5時間以上であって、5時間以下とする。
【0054】
また本発明では予備成形後、上記焼結温度までの平均昇温速度を600℃/hr以下とすることが好ましい。平均昇温速度が600℃/hrを超えると、結晶粒の異常成長が起こり、粗大な結晶粒の割合が増大する。また相対密度を十分に高めることができない。より好ましい平均昇温速度は500℃/hr以下、更に好ましくは300℃/hr以下である。一方、平均昇温速度の下限は特に限定されないが、生産性の観点からは10℃/hr以上とすることが好ましく、より好ましくは20℃/hr以上である。
【0055】
上記焼結工程においてホットプレス時の加圧条件は、特に限定されないが、例えば面圧600kgf/cm2以下の圧力を加えることが望ましい。圧力が低すぎると緻密化が十分に進まないことがある。一方、圧力が高すぎると黒鉛型が破損する恐れがあり、また緻密化促進効果が飽和すると共にプレス設備の大型化が必要となる。好ましい加圧条件は150kgf/cm2以上、400kgf/cm2以下である。
【0056】
焼結工程では、H2、メタン、CO等の還元性ガス、Ar、N2などの不活性ガス雰囲気で行うことが望ましい。特に黒鉛型を使用する本発明では、黒鉛の酸化、消失を抑制するために、焼結雰囲気を不活性ガス雰囲気とすることが好ましい。雰囲気制御方法は特に限定されず、例えば炉内にArガスやN2ガスを導入することによって雰囲気を調整すればよい。また雰囲気ガスの圧力は、蒸気圧の高い酸化亜鉛の蒸発を抑制するために大気圧とすることが望ましい。
【0057】
上記のようにして酸化物焼結体を得た後、常法により、(f)加工→(g)ボンディングを行なうと本発明のスパッタリングターゲットが得られる。このようにして得られるスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗も、酸化物焼結体と同様、非常に良好なものであり、好ましい相対密度はおおむね85%以上であり、好ましい比抵抗はおおむね0.1Ω・cm以下である。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定されず、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適切に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0059】
酸化亜鉛粉末(純度99.99%)、酸化インジウム粉末(純度99.99%)、および酸化チタン、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化ニオブの各粉末(各純度99.99%)を表2に示す比率で配合し、水と分散剤(ポリカルボン酸アンモニウム)を加えてナイロンボールミルで20時間混合した。次に、上記工程で得られた混合粉末について乾燥、造粒を行った。
【0060】
このようにして得られた粉末を金型プレスにて予備成形した後(成形圧力:1.0ton/cm2、成形体サイズ:φ110×t13mm、tは厚み)、大気雰囲気下で500℃に昇温し、該温度で5時間保持して脱脂した。得られた成形体を黒鉛型にセットし、表3に示す条件(A〜G)でホットプレスを行った。この際、ホットプレス炉内にはN2ガスを導入し、N2雰囲気下で焼結した。得られた焼結体を機械加工してφ100×t5mmに仕上げ、Cu製バッキングプレートにボンディングし、スパッタリングターゲットを製作した。
【0061】
このようにして得られたスパッタリングターゲットをスパッタリング装置に取り付け、DC(直流)マグネトロンスパッタリングを行なった。スパッタリング条件は、DCスパッタリングパワー150W、Ar/0.1体積%O2雰囲気、圧力0.8mTorrとした。さらにこの条件で成膜した薄膜を使用して、チャネル長10μm、チャネル幅100μmの薄膜トランジスタを作成した。
【0062】
(相対密度の測定)
相対密度は、スパッタリング後、ターゲットをバッキングプレートから取り外して鏡面研磨し、反射電子顕微鏡(SEM)で観察して気孔率を測定して求めた。具体的にはSEM観察(1000倍)して写真撮影し、50μm角の領域における気孔占有面積率を測定して気孔率とした。異なる任意の20視野を観察し、その平均値を当該試料の平均気孔率とした。100%から気孔率を引いた値を焼結体の相対密度(%)とした。相対密度は85%以上を合格と評価した(表4中、「相対密度(%)」参照)。
【0063】
(結晶粒の平均粒径)
結晶粒の平均粒径は、酸化物焼結体破断面(酸化物焼結体を任意の位置で厚み方向に切断し、その切断面表面の任意の位置)の組織をSEM(倍率:400倍)で観察し、任意の方向に100μmの長さの直線を引き、この直線内に含まれる結晶粒の数(N)を求め、[100/N]から算出される値を当該直線上での平均粒径とした。同様に20〜30μmの間隔で直線を20本作成して各直線上での平均粒径を算出し、更に[各直線上での平均粒径の合計/20]から算出される値を結晶粒の平均粒径とした。結晶粒は平均粒径10μm以下を合格と評価した(表4中、「平均粒径(μm)参照」)。
【0064】
(粗大な結晶粒の割合)
粗大な結晶粒の割合は、上記平均粒径と同様、酸化物焼結体破断面をSEM観察して、任意の方向に100μmの長さの直線を引き、この直線上で切り取られる長さが30μm以上となる結晶粒を粗大な結晶粒とし、この粗大な結晶粒が直線上で占める長さL(複数ある場合はその総和:μm)を求め、[L/100]から算出される値を当該直線上での粗大な結晶粒の割合(%)とした。本発明では20〜30μmの間隔で直線を20本作成して各直線上での粗大な結晶粒の割合を算出し、更に[各直線上での粗大な結晶粒の割合の合計/20]から算出される値を粗大な結晶粒の割合(%)とした。粗大な結晶粒の割合は、15%以下を合格と評価した(表4中、「粗大粒率(%)」参照)。
【0065】
(結晶相の比率)
各結晶相の比率は、スパッタリング後、ターゲットをバッキングプレートから取り外して10mm角の試験片を切出し、X線回折で回折線の強度を測定して求めた。
【0066】
分析装置:理学電機製「X線回折装置RINT−1500」
分析条件:
ターゲット:Cu
単色化:モノクロメートを使用(Kα)
ターゲット出力:40kV−200mA
(連続焼測定)θ/2θ走査
スリット:発散1/2°、散乱1/2°、受光0.15mm
モノクロメータ受光スリット:0.6mm
走査速度:2°/min
サンプリング幅:0.02°
測定角度(2θ):5〜90°
【0067】
この測定で得られた回折ピークについて、ICDD(International Center for Diffraction Data)カードに基づいて表1に示す各結晶相のピークを同定し、回折ピークの高さを測定した。なおZn6In29については、ICDDカードに記載がないため、上記参考文献(1)、(2)に示される結晶構造に基づき、結晶構造因子計算により理論回折強度を求め、測定するピークを決定した。これらのピークは、当該結晶相で回折強度が十分に高く、他の結晶相のピークとの重複がなるべく少ないピークを選択した。各結晶相の指定ピークでのピーク高さの測定値をそれぞれI(ZnmIn23+m)、I(In23)、I(ZnO)とし(「I」は測定値であることを表す意味)、下式によって[ZnmIn23+m]の体積比率を求めた(表4中、[ZnmIn23+m]相体積比率(%))。
[ZnmIn23+m]=I(ZnmIn23+m)/(I(ZnmIn23+m)+I(In23)+I(ZnO))×100
【0068】
結晶相の比率[ZnmIn23+m]は50%以上を合格と評価した(表4中、「[ZnmIn23+m]相体積比率(%)」参照)。
【0069】
(スパッタ特性)
本研究の焼結体を直径4インチ、厚さ5mmの形状に加工し、バッキングプレートにボンディングしてスパッタリングターゲットを得る。そのようにして得られたスパッタリングターゲットをスパッタリング装置に取り付け、DC(直流)マグネトロンスパッタリングを行う。スパッタリングの条件は、DCスパッタリングパワー150W、Ar/0.1体積%O2雰囲気、圧力0.8mTorrとする。この時の100分当りのアーキングの発生回数をカウントし2回以下を合格と評価した(表4中、「異常放電回数」参照)。
【0070】
(キャリア移動度)
キャリア移動度は、上記のスパッタリング条件で成膜した薄膜を用いて作成したチャネル長10μm、チャネル幅100μmの薄膜トランジスタの移動度を測定した。キャリア移動度は15cm2/Vs以上を合格と評価した(表4には記載せず)。
【0071】
結果を表4に示す。
【0072】
【表1】

【0073】
【表2】

【0074】
【表3】

【0075】
【表4】

【0076】
本発明の好ましい組成、製造条件を満足するNo.1〜5、7〜9は異常放電が抑制されていた。すなわち、スパッタリングを行なったところ、異常放電の発生は2回以下であり、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られた上記薄膜のキャリア移動度はいずれも15cm2/Vs以上の高いキャリア移動度を有していた。
【0077】
一方、本発明の好ましい組成を満足しないNo.6は、キャリア移動度が15cm2/Vs未満の低いキャリア移動度であり、好ましい製造条件を満足しないNo.10〜13については、異常放電が多く発生し、キャリア移動度が15cm2/Vs未満の低いキャリア移動度であり、所望の効果を得ることができなかった。
【0078】
具体的には、No.6の組成は、InとZnの比率([In]/[Zn])が、本願規定を外れていた。酸化物焼結体には、m=5、6、7のZnmIn23+mは検出されず、Zn4In27(m=4)、Zn8In211(m=8)が検出された。No.6はキャリア移動度が低かった。なお、No.6では、Zn4In27とZn8In211の合計体積比((Zn4In27+Zn8In211+In23+ZnO)に対する割合)は72%であった。
【0079】
No.10は、本発明の規定の昇温速度を超えており、結晶粒の異常成長が生じて粗大な結晶粒の割合が多くなり、異常放電を抑制できなかった。
【0080】
No.11は、本発明の規定の昇温速度を超えており、結晶粒の異常成長が生じて粗大な結晶粒の割合が多くなると共に、相対密度を十分に高めることができず、異常放電が多くなった。
【0081】
No.12は、焼結温度(保持温度)が低いため、相対密度を高めることができず、また[ZnmIn23+m]相体積比率が低かった。そのため、異常放電が多かった。
【0082】
No.13は、焼結温度(保持温度)が高いため、結晶粒の平均粒径が本発明の規定を超えており、そのため、異常放電が多かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属の酸化物と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、
前記酸化物焼結体をX線回折したとき、ZnmIn23+m(mは5〜7の整数)相を主相として含み、
前記酸化物焼結体の破断面においてSEMにより観察される結晶粒の平均粒径が10μm以下であり、且つ粒径30μm以上の結晶粒の割合が15%以下であると共に、
前記酸化物焼結体の相対密度は85%以上であることを特徴とする酸化物焼結体。
【請求項2】
前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[Zn]、[In]、[Ti]、[Mg]、[Al]、および[Nb]としたとき、[Zn]に対する[In]の比、[Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]に対する[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb]の比は、それぞれ下式を満足するものである請求項1に記載の酸化物焼結体。
0.27≦[In]/[Zn]≦0.45
([Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb])/([Zn]+[In]+[Ti]+[Mg]+[Al]+[Nb])≦0.1
【請求項3】
前記酸化物焼結体に含まれる前記ZnmIn23+m、In23、及びZnOの合計に対する前記ZnmIn23+mの体積比は、下式を満足するものである請求項1または2に記載の酸化物焼結体。
ZnmIn23+m/(ZnmIn23+m+In23+ZnO)≧0.5
(但し、ZnmIn23+mはZn5In28、Zn6In29、Zn7In210の合計である。)
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットであって、比抵抗が0.1Ω・cm以下であること特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物焼結体の製造方法であって、酸化亜鉛と;酸化インジウムと;Ti、Mg、Al、およびNbよりなる群から選択される少なくとも1種の金属の酸化物とを混合し、黒鉛型にセットした後、600℃/hr以下の平均昇温速度で焼結温度1000〜1150℃まで昇温した後、該温度域での保持時間0.1〜5時間で焼結することを特徴とする酸化物焼結体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−95657(P2013−95657A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242893(P2011−242893)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】