説明

酸化物磁性材料及びその製造方法

【目的】 500kHz 以上の高周波領域で絶縁性に優れたMn−Zn系フェライト焼結体等の酸化物磁性材料とその製造方法を提供する。
【構成】 Mn−Zn系焼結体表面に、有機物のプラズマ重合反応により生成された有機高分子被膜は、化学的または物理的に相互作用し得る官能基からなる中間層を介して該焼結体表面に形成できる。この磁性材料の製造方法は、有機物蒸気の存在下のグロー放電中に該焼結体を通し、前記プラズマ重合反応により焼結体表面に成膜後、前記有機物の熱分解温度以下で熱処理する。また成膜前に該焼結体を有機物蒸気と化学的または物理的に相互作用し得る官能基を有する溶剤に浸漬後加熱乾燥して中間膜を形成する前処理工程を含むことも可能である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,主にスイッチング電源用に用いられるMn−Zn系フェライト焼結体等の酸化物磁性材料及びその酸化物磁性材料の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来,スイッチング電源等に搭載されるトランス等の駆動周波数は〜200kHz 程度であり,通常の粉末冶金法で製造されるMn−Znフェライト焼成体を何ら表面処理しないで用いている。
【0003】近年,各種電子機器の小型化,軽量化が極めて活発であり,そのためにより一層のMn−Znフェライトの低損失化を図り,さらにその駆動周波数を高くすることにより小型化,軽量化を図っている。この駆動周波数は,500kHz 以上,1〜3MHz という高周波領域が実用化されつつある。
【0004】さらに,近年の小型化に伴い,フェライトコア表面に直接巻線端子を形成する方策もとられつつある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来のMn−Znフェライトをトランス,チョーク等に用いて,上記した高周波領域でかつ上記した方式にて動作させた場合,Mn−Znフェライトが有する比抵抗の負の周波数依存性のために漏電現象が生じ,回路構成部品として機能しない場合があるという欠点を有していた。そこで,Mn−Znフェライトに対して高周波での低損失化を図るために,SiO2 ,CaO又はその他酸化物を微量添加することにより高抵抗な粒界相を形成させ,主にうず電流損失を低下させているのがこれまでの技術トレンドである。その結果2000〜4000Ω・cmもの高い比抵抗を有するものも得られている。しかしながら,前記した如くMn−Znフェライトの比抵抗は負の周波数依存性を有するため,直流での比抵抗が3000Ω・cm程度のものでも1MHz 付近では数10Ω・cmまで低下してしまうため好ましくない。これは,詳細は不明であるがMn−Znフェライトの誘電損失により高周波での比抵抗が低下してしまうものと考えられており,材質上の改善はまず期待できない。
【0006】そこで,本発明の技術的課題は,上記欠点を克服し,500kHz 以上の高周波領域においても絶縁性に優れたMn−Zn系フェライト焼結体等の酸化物磁性材料とその酸化物磁性材料を製造する方法とを提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】上述した従来技術の欠点を解消するためには,Mn−Zn系フェライト焼結体表面に何らかの絶縁方策を取ることが高周波領域でこのMn−Znフェライト焼結体を使用するためには不可欠であった。そこで,本発明者は種々の検討を行った結果,グロー放電を用いたプラズマ重合で形成される有機高分子被膜でMn−Znフェライトを被覆することにより絶縁性に優れ,しかも従来の塗装法による有機高分子被覆に比べ密着性の高い,即ち信頼性の高いMn−Znフェライト材を得られることを見い出したものである。また,本発明者らは,プラズマ重合により得られる有機高分子被膜が絶縁性以外にも優れた特性を有することを見い出し本発明を成すに至ったものである。
【0008】一般に,グロー放電中にガス状の有機物を導入すると有機高分子の薄膜を生成することができる。このような有機高分子の合成法はプラズマ重合と呼ばれ,新規な薄膜製造,表面処理法として,近年,実用化が進みつつある。この方法で形成した高分子膜は,従来の有機高分子の製造方法によっては得られない次のような利点を有する。
【0009】(1)官能基を持たない化合物からでも高分子が生成する。
【0010】(2)直接,基板上に高分子を生成し得る。
【0011】(3)グロー放電の条件によっては,同一出発物質から異った化学構造を有する高分子を生成し得る。
【0012】本発明者は,これらの利点を考慮し,Mn−Znフェライトに高分子被膜形成を試みた結果,上記した3つの利点以外にも,グロー放電によりMn−Znフェライトの表面が活性化され従来の塗装法などの被膜に比べ高い密着性を有する表面被覆が可能であることも見い出し本発明の完成に至ったものである。
【0013】即ち,本発明によれば,Mn−Zn系焼結体表面に,有機物のプラズマ重合反応により生成された有機高分子被膜を有することを特徴とする酸化物磁性材料が得られる。
【0014】また,本発明によれば,前記酸化物磁性材料において,前記有機高分子被膜は,前記有機物と化学的もしくは物理的に相互作用し得る官能基からなる中間層を介してMn−Zn系フェライトの表面に形成されていることを特徴とする酸化物磁性材料が得られる。
【0015】一方,本発明によれば,有機物蒸気の存在下のグロー放電中にMn−Znフェライト焼結体を通し,有機物蒸気のプラズマ重合反応によって生成される有機高分子被膜を前記Mn−Zn系フェライト焼結体の表面に形成する成膜工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法が得られる。
【0016】また,本発明によれば,前記酸化物磁性材料の製造方法において,前記成膜工程後,前記有機高分子の熱分解温度以下で熱処理する熱処理工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法が得られる。
【0017】更に,本発明によれば,前記したいずれかの酸化物磁性材料の製造方法において,前記成膜工程前に,前記Mn−Znフェライト焼結体を前記有機物蒸気と化学的もしくは物理的に相互作用し得る官能基を有する溶剤に浸漬した後,加熱,乾燥して中間膜を形成する前処理工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法が得られる。
【0018】ここで,本発明の製造方法を更に具体的に説明する。
【0019】まずMn−Znフェライト焼結体をトリクレン等の有機溶剤にて脱脂を行う。次にこの焼結体を所要の電極を具備した反応管の内部に置いた後に真空引きを行い10-3torr以下とする。次に反応管内に所要の圧力となるように有機物を導入しグロー放電を行い有機高分子で被覆された焼結体を得る。ここで,処理を施す焼結体は溶剤で洗浄したままでも,グロー放電を行うことにより表面が活性化され,密着度の良好な被膜を得ることが可能であるが,有機物の種類によっては,予め別途に表面処理を行って有機物と化学的に結合し得る官能基を導入することも可能である。具体的には有機物がビニル基を有するものである場合は焼結体表面にビニル基を,有機物がエポキシ基を有するものである場合は,表面にアミノ基を導入するのが効果的である。本発明に使用される表面処理剤としての前者の場合には,ビニルトリエトキシシラン,後者の場合はγ−アミノプロピルトリメトキシシラン等が挙げられるが,これらに限定されるものではない。次に,反応に使用する有機物としては,前述のように高分子化するための官能基を持たない化合物でも使用できるのがこの方法の大きな利点であることから,種々の有機化合物を挙げることができる。特に,ビニル基を有する化合物としては4−ビニルピリジン,スチレン,N−ビニルピロリドン等が,2置換エチレンとしてはα−メチルスチレン,メタクリル酸等が,また,いわゆるビニル系モノマー以外の化合物としては,4−メチルベンジルアミン,5−エチル−2−メチルピリジン,フラン,n−ヘキサン,ジメチルスルホキシド等が挙げられるが,これらに限定されるものではない。また,これらの有機化合物の反応管内への導入方法は通常は蒸気として導入するという方法が取られるが,この有機化合物が気化し難い場合は霧状,即ち液/気コロイドとして導入しても良い。
【0020】そして,グロー放電の出力としては本発明では同一の有機化合物を使用しても,放電のエネルギーによって,生成する高分子膜の化学的構造や,物性が異ってくるというのも1つの利点であるため使用する化合物等により適切な条件を選ぶ必要がある。しかし,あまり出力が小さいと反応が起こり難く,あまり出力が大きいと高分子生成反応よりも原料物質の分解反応のみ優先して起こるので,自ら限定され10〜300W程度とするのが適当である。
【0021】このようにして得られた高分子被膜は,そのままでも耐酸化膜として十分な密着性と信頼性を有するが,この高分子の融点以下で熱処理を施すことにより,被膜が緻密になり信頼性がより一層向上する。また,被膜の性質としては,フェライトコアの上に直接端子を形成する構造の場合リード線のハンダ付作業に耐え得る耐熱性を有するものが好ましい。
【0022】
【実施例】以下,本発明の実施例について説明する。
【0023】(実施例1)Fe2 3 −39MnO−8ZnO(mol%)を主成分としたMn−Znフェライト焼成体を通常の粉末冶金法により得た。この焼成体をトリクレンで洗浄脱脂後,反応管内に設置した。次に,この反応管内を真空引きを行い5×10-4torrとした後,トリメリット酸モノマー,ジ−P−アミノジフェニルエーテルモノマー,フッ素の各蒸気を導入し反応管内を0.1torrとして出力80Wでグロー放電を30分間行った。この間モノマー及びフッ素が消費されることにより反応管内が減圧したので,0.1torrの圧力を保持するよう適宜モノマー及びフッ素を補給した。このようにして得られた高分子被膜の厚みを測定したところ10〜30μm であった。さらにこの高分子被膜を赤外線吸収スペクトル分析を試みた結果ポリアミドイミド変性フッ素樹脂と同様の吸収スペクトルを示した。
【0024】(実施例2)実施例1と同様に製造,調整したMn−Znフェライト焼結体試料を反応管に設置し5×10-4torrに真空引きした後,メタクリル酸メチルモノマーの蒸気を導入し反応管内を0.1torrとして出力60Wでグロー放電を40分間行った。この間モノマーが消費されることにより反応管内が減圧したので,0.1torrの圧力を保持するように適宜モノマーを補給した。このようにして得た高分子被膜の厚みを測定したところ最小で13μm ,最大で20μm であった。
【0025】(実施例3)実施例1と同様に製造,調整したMn−Znフェライト焼結体をアリルトリエトキシシランで表面処理を行い約2μm の厚みの表面処理層を付着させた。さらに実施例2と同一条件の蒸気,グロー放電条件を行い。高分子被膜を焼成体表面に得た。
【0026】(実施例4)実施例1と同様に調整した試料を反応管内に設置した。次に,この反応管内を真空引きして5×10-4torrとした後,プロパンを導入し反応管内を0.2torrとした後,出力40Wでグロー放電を50分間行った。この間プロパンの消費により反応管内の圧力が低下せぬよう適宜プロパンを補給した。このようにして得た高分子被膜の厚みを測定したところ15〜25μm であった。
【0027】(実施例5)実施例1と同様に調整した試験片をトリクレンで洗浄脱脂後,反応管内に設置した。次に,この反応管内を真空引きして5×10-4torrとした後,テトラフルオロメタンを導入し反応管内を0.1torrとして出力120Wでグロー放電を40分間行った。この間実施例1乃至4と同様にテトラフルオロメタンを補給した。得られた高分子被膜の厚みを測定した結果10〜18μm であった。
【0028】(実施例6)実施例1で得た高分子被膜で被覆されたMn−Znフェライト焼結体を400℃で30分間熱処理した。
【0029】以上の実施例で得られたプラズマ重合により形成された高分子被膜で被覆されたMn−Znフェライトと何ら表面処理を施していないMn−Znフェライト焼結体(比較材)の500kHz ,1MHz ,2MHz でのμi ,駆動磁束500Gで温度60℃におけるコアロス(PB ),比抵抗(ρ)を比較した。
【0030】表1に500kHz ,表2に1MHz 及び表3に2MHz での比較結果を夫々示す。いずれの周波数でも磁気特性は,高分子被膜被覆による劣化は認められず,電気抵抗(比抵抗)が著しく向上し,高周波での絶縁性に優れた低損失なMn−Znフェライトを得ることが可能であることがわかる。
【0031】
【表1】


【0032】
【表2】


【0033】
【表3】


【0034】尚,本発明の実施例では,プラズマ重合による高分子被膜を数種示したが,これらに限定されるものではなく,プラズマ重合の可能な有機物質でしかも高い絶縁特性を示すものであれば同様な効果が得られることは容易に推察できるものである。
【0035】
【発明の効果】以上,述べた如く,本発明によれば,プラズマ重合により得られる有機高分子で被覆されたMn−Znフェライトは,磁気特性の劣化を伴なわず,極めて高い絶縁特性を有することができる。それ故,〜2MHz のような高周波領域においても漏電がなく回路と破壊することなく優れたスイッチング電源としての特性を有する酸化物磁性材料及びその酸化物磁性材料を製造する方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 Mn−Zn系焼結体表面に,有機物のプラズマ重合反応により生成された有機高分子被膜を有することを特徴とする酸化物磁性材料。
【請求項2】 請求項1記載の酸化物磁性材料において,前記有機高分子被膜は,前記有機物と化学的もしくは物理的に相互作用し得る官能基からなる中間層を介してMn−Zn系フェライトの表面に形成されていることを特徴とする酸化物磁性材料。
【請求項3】 有機物蒸気の存在下のグロー放電中にMn−Znフェライト焼結体を通し,有機物蒸気のプラズマ重合反応によって生成される有機高分子被膜を前記Mn−Zn系フェライト焼結体の表面に形成する成膜工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法。
【請求項4】 請求項3記載の酸化物磁性材料の製造方法において,前記成膜工程後,前記有機高分子の熱分解温度以下で熱処理する熱処理工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法。
【請求項5】 請求項3又は4記載の酸化物磁性材料の製造方法において,前記成膜工程前に,前記Mn−Znフェライト焼結体を前記有機物蒸気と化学的もしくは物理的に相互作用し得る官能基を有する溶剤に浸漬した後,加熱,乾燥して中間膜を形成する前処理工程を含むことを特徴とする酸化物磁性材料の製造方法。

【公開番号】特開平5−304017
【公開日】平成5年(1993)11月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−107432
【出願日】平成4年(1992)4月27日
【出願人】(000134257)株式会社トーキン (1,832)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)