説明

酸化物薄膜の作製方法

【課題】真空蒸着中に銀の蒸気を添加することで結晶粒の増大を図るとともに結合度の向上も図れるようにする。
【解決手段】真空蒸着装置の真空室内に蒸着源としてNdとBaとCuとAgのインゴットを配置する。ついで、真空室内の所定箇所に酸化マグネシウム基板を配置し、真空室内を例えば、10-4程度の圧力状態とし、酸素ガスと活性化酸素ガスとの混合ガスを1.8sccmで真空室内に供給する。この状態で、真空室内に配置した各蒸着源を電子銃を用いて加熱し、各蒸着源を気化(昇華)させる。以上に示した蒸着法により、基板温度を690℃とした基板の上にNdBa2Cu37の薄膜が形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導酸化物などの酸化物薄膜を真空蒸着法により作製する酸化物薄膜の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化物薄膜を電子デバイスの材料として様々な分野で使用されている。例えば、超伝導酸化物薄膜は、マイクロ波フィルタをはじめとする電子デバイスに用いられている(非特許文献1参照)。
これらの電子デバイスの性能向上には、酸化物薄膜を構成している結晶粒の間の電気的な接触・接続の状態(結晶粒の結合度)が重要であり、結晶粒の結合度の向上が必要となる。結晶粒の結合度が高い超伝導酸化物薄膜では、表面抵抗の減小や臨界電流密度の増大が得られ、この薄膜を用いた電子デバイスの性能向上が見込める。
【0003】
上述した超伝導酸化物の薄膜形成では、電子銃加熱による真空蒸着法が用いられている。この真空蒸着法により形成される酸化物薄膜中の結晶粒の結合度の向上は、真空蒸着により薄膜を形成している雰囲気に、同時に銀の蒸気を供給することが有効であることが指摘されている(非特許文献2参照)。真空蒸着において、同時に銀の蒸気を供給することで、より大きな結晶粒が得られ、この結果、形成された薄膜の単位面積当たりの表面に存在する結晶粒の境界長が減少し、結晶粒の間の電気的な接続状態が向上し、結晶粒の結合度の向上につながるものと考えられている。
【0004】
なお、出願人は、本明細書に記載した先行技術文献情報で特定される先行技術文献以外には、本発明に関連する先行技術文献を出願時までに発見するには至らなかった。
【非特許文献1】B.A.Willemsen, IEEE Trans. Appl. Sup., 11(2001), pp.60-67.
【非特許文献2】W.Z.Zhou, D.H.C.Chua, S.Y.Xu, C.K.Ong, Y.P.Feng, T.Osipowicz and M.Chen, Supercond. Sci. Technol. 12(1999), pp.388-393.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した従来の技術では、より大きな結晶粒が得られているにもかかわらず、形成された超伝導酸化物の薄膜における結晶粒の結合度の向上が得られていないという問題があった。
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、真空蒸着中に銀の蒸気を添加することで結晶粒の増大を図るとともに結合度の向上も図れるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る酸化物薄膜の作製方法は、酸化物を構成する材料を蒸発源とした真空蒸着法により酸素を供給した状態で酸化物の薄膜を作製する酸化物薄膜の作製方法において、酸化物の薄膜の形成対象となる基板の上に、蒸発源から気化した原料の蒸気とともに、Agから構成された蒸発源より気化した銀の蒸気を供給し、酸素とともに、オゾン及び活性化酸素の少なくとも1つを、基板の上に供給するようにしたものである。
従って、基板に到達したAgが、オゾンもしくは活性化酸素により酸化されるようになる。
【0007】
上記酸化物薄膜の作製方法において、例えば600〜900℃程度と、基板を所定の温度に加熱するようにしてもよい。また、酸化物は、NdBa2Cu37であり、酸化物を構成する蒸発源は、NdとBaとCuであればよい。
【発明の効果】
【0008】
以上説明したように、本発明によれば、蒸発源から気化した原料の蒸気とともに、Agから構成された蒸発源より気化した銀の蒸気を供給し、酸素とともに、オゾン及び活性化酸素の少なくとも1つを、基板の上に供給するようにしたので、基板に到達したAgが、オゾンもしくは活性化酸素により酸化されるようになり、真空蒸着中に銀の蒸気を添加することで結晶粒の増大を図るとともに結合度の向上も図れるようになるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
本実施の形態における酸化物薄膜の作製方法では、所定の真空蒸着装置の真空室内に、形成対象の酸化物薄膜の蒸着源に加え、銀を蒸着源として配置し、加えて、酸化物薄膜形成のための酸素とともにオゾンもしくは活性酸素を供給するようにした。
以下、超伝導酸化物であるNdBa2Cu37の薄膜作製を例にして説明する。
まず、上記真空室内に蒸着源としてNdとBaとCuとAgのインゴットを配置する。これら蒸着源は、例えばるつぼ中に収容して真空室内に配置すればよい。
【0010】
ついで、真空室内の所定箇所に酸化マグネシウム基板を配置し、真空室内を例えば、10-4Pa程度の圧力状態とし、酸素ガスと活性化酸素ガスとの混合ガスを1.8sccmで真空室内に供給する。sccmは流量の単位であり、0℃・1気圧の流体が1分間に1cm3流れることを示す。
この状態で、真空室内に配置した各蒸着源を電子銃を用いて加熱し、各蒸着源を気化(昇華)させる。また、蒸着源より気化して基板側に供給されている各元素の量を、電子衝撃発光分光法により測定し、測定された結果が所定値となるように、各蒸着源の加熱が制御された状態とする。
【0011】
なお、活性化酸素ガスは、酸素ガスのプラズマを生成することで得ることができる。上述した場合、プラズマパワー(活性化電力)として350W程度とすることで、一部が活性化酸素となった酸素との混合ガスが流量1.8sccmの状態で得られる。なお、酸素ガスと活性化酸素ガスとの混合ガスの供給量は、0.1〜10sccmの範囲であればよく、これは、活性化電力100〜500Wで得られる。
以上に示した蒸着法により、基板温度を690℃とした基板の上にNdBa2Cu37の薄膜が形成できる。なお、基板温度は、690℃に限るものではなく、600〜900℃の範囲であればよい。
【0012】
このようにして形成されたNdBa2Cu37の薄膜は、図1の表面状態を示す写真に示されているように、結晶粒の間の界面にAgが析出していることを示す棒状の構造が見られない。ここで、Agを供給せずに真空蒸着したNdBa2Cu37の薄膜は、図2の表面状態を示す写真に示されているように結晶粒が小さいものとなっている。図1,2は、NdBa2Cu37の薄膜の表面を、原子間力顕微鏡により観察した結果を示す写真であり、図1では、寸法が0.5μm角の結晶粒が観察され、図2では、寸法が0.2μm角の結晶粒が観察されている。
【0013】
図1,2の結果から明らかなように、真空蒸着において同時にAgの蒸着源を用意してAg蒸気を供給することで、酸化物薄膜を構成する結晶粒を増大させることができる。Agが存在することにより、Agが触媒として作用し、結晶粒の増大がはかれるものと考えられる。図1に示す本実施の形態のNdBa2Cu37の薄膜によれば、図2に示す状態に比較して、結晶粒の境界の長さが、約1/5に減少している。
【0014】
加えて、本実施の形態によれば、酸素と同時に活性化酸素ガスを供給しているので、基板の上に供給されている銀が酸化され、結晶粒界におけるAgの析出が抑制できるようになる。酸化銀は、Agに比較して蒸気圧が高いので、真空蒸着を行う圧力下では気化して薄膜中に残留しにくい状態となる。
【0015】
図3は、各条件で形成したNdBa2Cu37膜における残留しているAgを二次イオン質量分析法(SIMS)で測定した結果を示す特性図である。図3の横軸は、上述した真空蒸着によるNdBa2Cu37膜の形成におけるAg蒸気の供給量を、Cuの供給量に対する相対値(mol比パーセント)として示している。なお、Ag供給量0.2の結果は、図1に示した本実施の形態によるNdBa2Cu37膜の測定結果であり、Ag供給量0の結果は、図2に示したNdBa2Cu37膜の測定結果である。
図3から明らかなように、いずれにおいても、Agは検出されていない。言い換えると、NdBa2Cu37膜のAgの残存量の各条件による差が、SIMSによる測定限界以下である。
【0016】
ここで、析出してある程度の大きさの結晶となったAgが、活性化酸素ガスにより酸化して昇華している場合、形成された酸化物薄膜の表面に、Agの結晶による孔が残るものと考えられる。しかしながら、図1に示すように、本実施の形態によるNdBa2Cu37の薄膜の表面には、上述した孔の形成が全くない。従って、析出して問題を起こす程度の大きさにまで成長したAgが、活性化酸素ガスやオゾンの供給により酸化銀となり昇華するものではないものと推測される。
【0017】
図4は、上述した本実施の形態による方法で作製した超伝導酸化物であるNdBa2Cu37薄膜の、直流電気抵抗率の温度依存性を示す特性図である。抵抗率が消失する温度が、超伝導酸化物の品質の指標となる超伝導転移温度である。図4に示されているように、本実施の形態によるNdBa2Cu37薄膜は、超伝導転位温度が94Kであり、良好な超伝導特性を備えていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】NdBa2Cu37の薄膜の表面を原子間力顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図2】NdBa2Cu37の薄膜の表面を原子間力顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図3】各条件で形成したNdBa2Cu37膜における残留しているAgを二次イオン質量分析法(SIMS)で測定した結果を示す特性図である。
【図4】超伝導酸化物であるNdBa2Cu37薄膜の、直流電気抵抗率の温度依存性を示す特性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物を構成する材料を蒸発源とした真空蒸着法により酸素を供給した状態で前記酸化物の薄膜を作製する酸化物薄膜の作製方法において、
前記酸化物の薄膜の形成対象となる基板の上に、前記蒸発源から気化した原料の蒸気とともに、Agから構成された蒸発源より気化した銀の蒸気を供給し、
前記酸素とともに、オゾン及び活性化酸素の少なくとも1つを、前記基板の上に供給する
ことを特徴とする酸化物薄膜の作製方法。
【請求項2】
請求項1記載の酸化物薄膜の作製方法において、
前記基板を所定の温度に加熱する
ことを特徴とする酸化物薄膜の作製方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の酸化物薄膜の作製方法において、
前記酸化物は、NdBa2Cu37であり、
前記酸化物を構成する前記蒸発源は、NdとBaとCuである
ことを特徴とする酸化物薄膜の作製方法。


【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−52439(P2006−52439A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−234439(P2004−234439)
【出願日】平成16年8月11日(2004.8.11)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】