説明

酸化物超電導導体用基材とその製造方法および酸化物超電導導体

【課題】各層の成膜過程や熱処理工程で膜剥離が生じ難く、また、基板を構成する元素の拡散が抑制され、さらに、拡散防止層の成膜時間を短縮することが可能な酸化物超電導導体用基材の提供を目的とする。
【解決手段】本発明の酸化物超電導導体用基材は、金属からなる基材本体2と、該基材本体2上に設けられた拡散防止層3と、該拡散防止層3上に設けられた酸化物超電導層とを備え、拡散防止層3は、基材本体2の直上に設けられた第1拡散防止層31と、該第1拡散防止層31上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層32とを有し、第1拡散防止層31に、第1拡散防止層31に含まれる元素と、基材本体2に含まれる元素との反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在され、前記第2拡散防止層の厚さが30nm以上である構造を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導導体用基材とその製造方法および前記基材を用いた酸化物超電導導体に関する。
【背景技術】
【0002】
RE−123系の酸化物超電導体(REBaCu7−X:REはYを含む希土類元素)は、液体窒素温度で超電導性を示し、電流損失が低いため、実用上極めて有望な素材とされており、これを線材に加工して電力供給用の導体あるいは磁気コイル等として使用することが要望されている。この酸化物超電導導体の一例構造として、機械的強度の高いテープ状の金属製の基材を用い、その表面にイオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)により結晶配向性の良好な中間薄膜を形成し、該中間薄膜の表面に成膜法により酸化物超電導層を形成し、その表面にAgなどの良導電材料からなる安定化層を形成した構造の酸化物超電導導体が知られている。(特許文献1参照)
【0003】
また、酸化物超電導層の結晶配向性をより高めるために、IBAD法で結晶配向性を整えつつ成膜した中間薄膜の上に、更にキャップ層を成膜し、キャップ層の結晶配向性をIBAD法による中間薄膜より更に高め、このキャップ層を下地として酸化物超電導層を成膜することで、超電導特性の優れた酸化物超電導導体を製造する技術が提供されている。(特許文献2参照)
【0004】
この種の中間薄膜やキャップ層を備えた積層構造の酸化物超電導導体の一例構造として、図8に示す如く、金属製のテープ状の基材100の上に拡散防止層101を形成後、IBAD法による中間薄膜102を形成し、その上にキャップ層103を形成し、更に酸化物超電導層105を形成し、その上にAgの安定化層106を形成した構造の酸化物超電導導体107が知られている。なお、前記拡散防止層101は、基材100から拡散してきた元素の拡散速度を低下させることで、拡散元素がさらに上部層へ拡散するのを抑制する機能を有する。これにより、拡散元素による酸化物超電導層105等の特性劣化が抑えられる。拡散防止層101は、Al層とY層の積層構造あるいはこれらのいずれかの単層構造とされることがあり、中間薄膜102はこの例ではMgO層から構成され、キャップ層103はCeO層から構成されている。
【0005】
また、拡散防止層101を略してIBAD法による中間薄膜102がこれらを兼ねる構造として、基材100の上にIBAD法によるGZO膜(GdZr層)を形成後、キャップ層103を形成し、酸化物超電導層105を積層した構造も提供されている。
前記構造の酸化物超電導導体107において、一例として、拡散防止層101は数10nm〜100nm程度の厚さに形成され、IBAD法によるMgO層は5nm程度の厚さに形成され、キャップ層103は400nm程度の厚さに形成され、酸化物超電導層105は数μm程度の厚さに形成されている。また、IBAD法によるGZO膜は1μm程度の厚さに形成されている。
【0006】
前記IBAD法に従い、中間薄膜102を成膜する方法の一例として、目的組成のターゲットに対しイオンガンからイオンビームを照射してスパッタ粒子を発生させ、該スパッタ粒子を基材上に堆積させると同時に、基材表面の法線に対し所定の角度(θ)傾斜配置したイオン源からイオンビームを照射することで、結晶配向性に優れた中間薄膜を成膜することができる。
【0007】
ところで、酸化物超電導導体の実用化や産業化を視野に入れた場合、製造に要する時間も実用レベルであることが必要となるが、現状での酸化物超電導導体の製造技術では、上述のように酸化物超電導導体が多層構成であることと、各成膜工程に時間がかかることとが相俟って、製造時間が長くなり、十分な製造効率が得られないという問題がある。
【0008】
酸化物超電導導体の製造時間を短縮するには、各層の厚さを削減することがまず考えられる。しかしながら、層厚を必要以上に削減すると、酸化物超電導導体を構成する各層の成膜過程や熱処理工程で層間剥離が生じること、歩留まりや信頼性が低くなること、目的とする結晶配向性や結晶構造を満足に得られなくなるという問題が生じる。また、層厚を削減していくと、各層同士の相互拡散、界面反応の影響も無視することができなくなるおそれがある。
【0009】
そこで、超電導線材を構成する金属基板の直上に、酸化クロムを主体とする酸化物層(酸化クロム層)を形成することで層間剥離を防止できるようにした構造が提案されている。(特許文献3参照)
この構造は、酸化クロム層を金属基板の直上に形成することで金属基板表面の界面反応を抑制し、これによって層間剥離を防止するものであり、各層の成膜過程や熱処理工程で生じる層間剥離は、主に金属基板表面の界面反応によって基板に亀裂が生じることが原因となっている、との考えに基づいている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第2721595号公報
【特許文献2】特開2004−71359号公報
【特許文献3】特開2010−123475号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献3における酸化クロム層は、膜剥がれを防止するには有効であるが、拡散防止層としての効果はあまり期待できず、拡散防止効果を得るためにAl層を160nm程度に厚く成膜する必要がある。このため、この拡散防止層の成膜に時間がかかり、酸化物超電導導体の製造効率が低くなってしまうという問題がある。
【0012】
本発明は、このような従来の実情に鑑みなされたものであり、各層の成膜過程や熱処理過程で膜の剥離などの問題が生じ難く、基板を構成する元素の他の層への拡散を抑制することができ、拡散防止層の成膜時間を短縮することが可能な構成の酸化物超電導導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明は、金属からなる基材本体と、該基材本体上に設けられた拡散防止層と、該拡散防止層の上方に形成された中間層を備え、該中間層の上方に酸化物超電導層が形成される酸化物超電導導体用基材であって、前記拡散防止層は、前記基材本体の直上に設けられた第1拡散防止層と、該第1拡散防止層上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層とを有し、前記第1拡散防止層に、該第1拡散防止層を構成する元素と、前記基材本体に含まれる元素との反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在され、前記第2拡散防止層の厚さが30nm以上であることを特徴とする。
本発明では、第1拡散防止層を構成する元素と、基材本体に含まれる元素との反応生成物または錯体が混在している。このため、第1拡散防止層は、反応生成物や錯体の存在が拡散防止層単体に比べて優れた拡散防止効果を発揮し、基材本体を構成する元素が酸化物超電導層側へ拡散するのを抑制する。また、第1拡散防止層は、反応生成物または錯体を生成させた効果により、基材本体に対する密着性が高くなり、酸化物超電導導体を構成する各層の成膜過程や熱処理工程に際し、基材本体からの膜の剥離や亀裂を抑制する。第2拡散防止層の厚さが30nm以上あることで、良好な拡散防止効果を奏する。
【0014】
また、反応生成物または錯体が混在する第1拡散防止層と、アモルファス構造を主体とする第2拡散防止層は、拡散防止効果を奏する仕組みが異なるため、元素ごとの拡散防止効果の有無や程度が異なる。このため、両方を組み合わせて拡散防止層を構成することにより、各層が互いに拡散防止効果を奏し、拡散防止層全体として、複数の元素に対し優れた拡散防止効果を発揮する。
このため、第1拡散防止層と第2拡散防止層を備えた積層構造の拡散防止層は、全体がアモルファス構造の単体の拡散防止層より膜厚を薄くしても、十分な拡散防止効果を得ることが可能となり、拡散防止効果を確保しつつ成膜時間を短縮することが可能となる。
さらに、第1拡散防止層と第2拡散防止層の各膜厚を、それぞれの成膜速度と拡散防止効果を考慮して最適化することにより、拡散防止層の成膜時間をさらに短縮することが可能となる。
【0015】
本発明において前記第2拡散防止層は、アモルファス構造の部分と微結晶が混在する下部層と、アモルファス構造を主体とする上部層から構成できる。
第2拡散防止層自体を下部層と上部層から構成することができ、微結晶が混在する下部層とアモルファス構造主体の上部層とを利用して元素ごとの拡散防止効果の有無や度合いの異なる拡散防止効果を得ることができる。
【0016】
本発明において、前記第1拡散防止層は、イオンビームアシスト蒸着法によって形成された層であり、前記第2拡散防止層は、イオンビームスパッタ法により形成された層であることが好ましい。
第1拡散防止層がイオンビームアシスト蒸着法(IBAD法)により形成される過程で、基材本体の表面付近に、基材本体の構成元素と拡散防止層元素との反応生成物または錯体が生成する。これにより、この第1拡散防止層は、基板に対して密着し、また、より優れた拡散防止効果を発揮する。
また、スパッタ法で形成された第2拡散防止層はイオンビームアシスト蒸着法による第1拡散防止層よりも成膜速度を高くすることができる。
また、イオンビームアシスト蒸着法とイオンビームスパッタ法では、真空容器やターゲット等の基本構成は同じ成膜装置を用いて成膜できるため、第2拡散防止層の成膜方法としてイオンビームスパッタ法を用いることにより、第1拡散防止層と第2拡散防止層とを連続形成できる。
【0017】
本発明において、前記第1拡散防止層と第2拡散防止層は、Alを主体としてなる構造にでき、基材本体はCrとMnを含むNi基合金からなる構造にできる。
この場合、各拡散防止層が、より優れた拡散防止効果を有し、基材本体を構成する元素の超電導層側への拡散を抑制できる。また、Alは、入手が容易で、安価であるため、これを拡散防止層の材料として用いることにより、酸化物超電導導体のコストを低減することができる。基材本体を構成するNi基合金は耐熱性に優れ、強度も高いので、酸化物超電導導体用基材として優れるが、Ni基合金に含まれるCrとMnの酸化物超電導層側への拡散が生じると超電導特性が劣化するので、これらCrとMnの拡散を第1拡散防止層と第2拡散防止層の組み合わせにより効率良く抑制できる。
【0018】
本発明において、前記拡散防止層は、前記第2拡散防止層上に、前記第2拡散防止層よりも密度の高い第3拡散防止層が設けられていることが好ましい。
アモルファス構造を主体とする第2拡散防止層は硬度が低いため、拡散防止層を形成した後に長尺の基材本体を巻き取るなど、取り扱いの際、その表面が露出していると傷付き易いおそれがある。一方、第2拡散防止層よりも密度の高い第3拡散防止層は、第2拡散防止層よりも硬度が高いため、耐摩耗性に優れる。このため、第2拡散防止層上に第3拡散防止層を設けると、第2拡散防止層を保護することができ、拡散防止層表面に耐磨耗性が付与される。その結果、基材本体巻取り時の拡散防止層表面の傷付きを抑えることができる。
【0019】
本発明において、前記第3拡散防止層は、少なくとも表面付近が、結晶構造を主体とする層によって構成されていることが好ましい。
この場合、第3拡散防止層の結晶構造を主体とする層によって、拡散防止層に耐摩耗性を付与することができる。
本発明において、前記第3拡散防止層は、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下側層と、結晶構造を主体とする上側層とを有することが好ましい。
この場合、結晶構造を主体とする上側層によって、拡散防止層に耐摩耗性を付与することができる。
【0020】
また、アモルファス構造は、結晶構造より硬度が低いため、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下側層の微結晶の割合や厚さを制御することによって、拡散防止層全体の硬度を調整できる。
本発明において、前記第3拡散防止層の厚さが、5〜10nmであることが好ましい。
この場合、拡散防止層の成膜時間を必要以上に長くすることなく、拡散防止層の表面に耐磨耗性を付与することができる。
本発明において、前記第3拡散防止層は、Alを主体として構成されていることが好ましい。
Alは、入手が容易で、安価であるため、酸化物超電導導体のコストを低減できる。
本発明の酸化物超電導導体は上述の種々の構成の基材本体の上にキャップ層と酸化物超電導層を備えている。
上述の種々構造の基材本体の上にキャップ層と酸化物超電導層を備えていることで、基材本体側からの元素拡散を効率良く抑制し、キャップ層と酸化物超電導層を成膜した場合に元素拡散の影響の少ない優れた超電導特性を発揮し得る酸化物超電導導体を提供できる。
【0021】
本発明の製造方法は、金属からなる基材本体と、該基材本体上に設けられた拡散防止層と、該拡散防止層の上方に形成された中間層を備え、該中間層の上方に酸化物超電導層が形成される酸化物超電導導体用基材であり、前記拡散防止層は、前記基材本体の直上に設けられた第1拡散防止層と、該第1拡散防止層上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層とを有し、前記第1拡散防止層に、該第1拡散防止層を構成する元素と、前記基材本体に含まれる元素との反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在している酸化物超電導導体用基材を製造する方法であって、金属からなる基材本体上に、イオンビームアシスト蒸着法により第1拡散防止層として基材本体構成元素と第1拡散防止層の構成元素の反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在している第1拡散防止層を形成し、次いで、成膜法によりアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層を形成することを特徴とする。
本発明の製造方法において、前記金属基材本体をCrとMnを含有するNi基合金から形成し、前記第1拡散防止層と第2拡散防止層をいずれもAlから構成することを特徴とする。
【0022】
第1拡散防止層をイオンビームアシスト蒸着法により形成する過程で、基材本体の表面付近に、基材本体元素と拡散防止層元素との反応生成物または錯体が発生する。これにより、この第1拡散防止層は、基板に対して密着し、また、より優れた拡散防止効果を発揮する。
【発明の効果】
【0023】
本発明の酸化物超電導導体用基材によれば、反応生成物または錯体が混在されている第1拡散防止層とアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層からなる拡散防止層を有していることにより、優れた拡散防止効果を有し、基材本体を構成する元素が酸化物超電導層側へ拡散することを抑制できる。
また、第1拡散防止層は、反応生成物または錯体を有しているので、基材本体に対して優れた密着性を有する。これにより、基材本体上に形成される各層の成膜過程や熱処理工程に際し、基材本体側からの膜の剥離や亀裂を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る酸化物超電導導体の第1実施形態を示す断面斜視図である。
【図2】図1に示す酸化物超電導導体が備える拡散防止層を示す部分拡大断面図である。
【図3】本発明に係る第2実施形態の酸化物超電導導体が備える拡散防止層を示す部分拡大断面図である。
【図4】本発明に係る第3実施形態の酸化物超電導導体が備える拡散防止層を示す部分拡大断面図である。
【図5】各実施形態において、第1拡散防止層を成膜する場合に用いるイオンビームアシスト蒸着装置の一例を示す模式図である。
【図6】図5に示すイオンビームアシスト蒸着装置が備えるイオン源の一例を示す模式図である。
【図7】第1拡散防止層の膜厚方向における基板元素の拡散状態を示すグラフである。
【図8】従来の積層構造の酸化物超電導導体の一例を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る酸化物超電導導体の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は本発明に係る第1実施形態の基材を備えた酸化物超電導導体1を模式的に示す概略断面図である。
この例の酸化物超電導導体1は、テープ状の基材本体2の上方に、拡散防止層3と中間層4とキャップ層5と酸化物超電導層6と第1の安定化層7と第2の安定化層8をこの順に積層して酸化物超電導積層体9が形成され、この酸化物超電導積層体9の周面を絶縁被覆層10で覆って構成されている。本実施形態において、基材本体2の上に拡散防止層3と中間層4を備えて酸化物超電導導体用基材Aが構成されている。
【0026】
前記基材本体2は、通常の酸化物超電導導体の基材本体として使用することができ、高強度であれば良く、長尺のケーブルとするためにテープ状やシート状あるいは薄板状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。例えば、ハステロイ等のニッケル合金等の各種耐熱性金属材料等が挙げられる。各種耐熱性金属の中でも、ニッケル合金が好ましい。なかでも、市販品であれば、ハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)が好適であり、ハステロイとして、モリブデン、クロム、鉄、コバルト等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。なお、Ni合金に集合組織を導入したNi−W合金のような配向性基材本体を用いても良い。基材本体2の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmの範囲とすることができる。
【0027】
拡散防止層3は、基材本体2を構成する元素が上部の酸化物超電導層6側へ拡散するのを防止する機能を有する。これにより、拡散元素による酸化物超電導層6等の特性劣化を抑えることができる。本実施形態において拡散防止層3の構成に特徴がある。この構成については、後に詳述する。
【0028】
拡散防止層3と中間層4の間には、ベッド層が設けられていてもよい。ベッド層は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される膜の配向性を得るために用いる。このようなベッド層は、例えば、イットリア(Y)などの希土類酸化物であり、組成式(α2x(β(1−x)で示されるものが例示できる。より具体的には、Er、CeO、Dy、Er、Eu、Ho、La等を例示することができ、これらの材料からなる単層構造あるいは複層構造でも良い。ベッド層は、例えばスパッタリング法等の成膜法により形成され、その厚さは例えば10〜100nmである。また、ベッド層の結晶性は特に問われないので、通常のスパッタ法等の成膜法により形成すれば良い。
【0029】
中間層4は、酸化物超電導層6の結晶配向性を制御し、基材本体2中の金属元素の酸化物超電導層6への拡散を防止するものである。さらに、基材本体2と酸化物超電導層6との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能し、その材質は、物理的特性が基材本体2と酸化物超電導層6との中間的な値を示す金属酸化物が好ましい。中間層4の好ましい材質として具体的には、GdZr、MgO、ZrO−Y(YSZ)、SrTiO、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等の金属酸化物を例示できる。
中間層4は、単層でも良いし、複層構造でも良い。例えば、前記金属酸化物からなる層(金属酸化物層)は、結晶配向性を有していることが好ましく、複数層である場合には、最外層(最も酸化物超電導層6に近い層)が少なくとも結晶配向性を有していることが好ましい。
【0030】
前記キャップ層5は、前記中間層4の表面に対してエピタキシャル成長し、その後、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て形成されたものが好ましい。このようなキャップ層5は、前記中間層4よりも高い面内配向度が得られる可能性がある。
キャップ層5の材質は、上記機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO、Y、Al、Gd、Zr、Ho、Nd等が例示できる。キャップ層5の材質がCeOである場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
キャップ層5は、PLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法等で成膜することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが好ましい。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、基材温度約500〜1000℃、約0.6〜100Paの酸素ガス雰囲気中で行うことができる。
CeOのキャップ層5の膜厚は、50nm以上であればよいが、十分な配向性を得るには100nm以上が好ましい。但し、厚すぎると結晶配向性が悪くなるので、50〜5000nmの範囲、より好ましくは100〜5000nmの範囲とすることができる。
【0031】
酸化物超電導層6は通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、REBaCu(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のもの、具体的には、Y123(YBa2Cu3Oy)又はGd123(GdBaCu)を例示することができる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、BiSrCan−1Cu4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。
酸化物超電導層6は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザ蒸着法、電子ビーム蒸着法等の物理的蒸着法;化学気相成長法(CVD法);塗布熱分解法(MOD法)等で積層でき、なかでもレーザ蒸着法が好ましい。酸化物超電導層6の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0032】
酸化物超電導層6の上面を覆うように形成されている第1の安定化層7は、Agからなり、スパッタ法などの気相法により成膜されており、その厚さを1〜30μm程度とされる。
第2の安定化層8は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層6が超電導状態から常電導状態に転移した時に、第1の安定化層7とともに、電流を転流するバイパスとして機能する。第2の安定化層8を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることがら銅からなることが好ましい。なお、酸化物超電導導体1を超電導限流器に使用する場合は、第2の安定化層8は高抵抗金属材料より構成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
第2の安定化層8の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmとすることが好ましい。
前記被覆層10は、樹脂絶縁層からなり、絶縁テープを巻回するなどの手段により酸化物超電導積層体9の全周を覆うように形成されている。
【0033】
次に、拡散防止層3の詳細構造について説明する。
図2は、第1実施形態の酸化物超電導導体1に設けられている基材Aに形成された拡散防止層3を示し、図3は、第2実施形態の酸化物超電導導体の基材Bに設けられている基材拡散防止層3Bを示し、図4は、第3実態形態の酸化物超電導導体の基材Cに設けられている拡散防止層3Cを示す。本明細書において、拡散防止効果とは、基材本体2から拡散防止層3、3B、3Cに拡散してきた元素の拡散速度を低下させ、拡散元素がさらに上層側、例えば酸化物超電導層6側に拡散することを防止する効果である。
【0034】
第1実施形態の酸化物超電導導体1において、拡散防止層3は、基材本体2の直上に設けられた第1拡散防止層31と、その上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層32とから構成されている。
第1拡散防止層31は、それ自身を構成する元素と、基材本体2に含まれる元素の反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在した層である。
第1拡散防止層31は、それ自体で拡散防止効果が得られる材料が用いられる。そのような材料としては、Al、GZO(GdZr)、CeO等が挙げられる。中でもAlは、優れた拡散防止効果を有するとともに、入手し易く、安価であることから、Alを拡散防止層3の材料として用いることにより、酸化物超電導導体1のコストを低減できる。
【0035】
第1拡散防止層31に、それ自身の構成元素と基材本体構成元素からなる反応生成物又は錯体が混在すると、第1拡散防止層31の構成材料のみからなる拡散防止層に比べて拡散防止効果が向上する。これは、反応生成物または錯体の混在によって、第1拡散防止層31を構成する組織が変化し、これにより元素の層内拡散の仕方が変化することが主な原因であると考えられる。そのため、この第1拡散防止層31と、後述する第2拡散防止層32とを組み合わせることにより、種々の元素に対して優れた拡散防止効果が得られる。
また、第1拡散防止層31に、基材本体元素と拡散防止層元素の反応生成物または錯体の少なくともいずれか混在していると、それらの混在効果により、第1拡散防止層31の基材本体2に対する密着性が向上する。これにより、この第1拡散防止層31は、酸化物超電導導体1を構成する各層の成膜過程や熱処理工程に際して、基材本体2からの膜剥離や亀裂を防止する効果を発揮する。
【0036】
ここで、例えば 第1拡散防止層31がAlからなり、基材本体2がハステロイにより構成されている場合、第1拡散防止層31を構成する材料に含まれる元素と基材本体構成元素との反応によって、例えば酸化クロム、酸化ニッケル、酸化モリブデン、アルミとハステロイを構成する元素との化合物等が反応生成物として生成される。
【0037】
第1拡散防止層31は、IBAD法(イオンビームアシスト蒸着法)によって形成されたものであることが好ましい。
IBAD法は、目的組成のターゲットに対してスパッタイオンビームを照射することによってスパッタ粒子を発生させ、該スパッタ粒子を基材本体上に堆積させると同時に、堆積したスパッタ膜にアシストイオンビームを照射し、配向性の低い部分を除去しながら膜を成膜する方法である。
【0038】
IBAD法による第1拡散防止層31の形成は、例えば図5と図6に示す装置により行うことができる。
図5に示す装置は、テープ状の基材本体2をその長手方向に走行するための走行装置20と、その表面が基材本体2の表面に対し斜めに向いて対峙されたターゲット21と、ターゲット21にイオンを照射するスパッタビーム照射装置22と、基材本体2の表面に対し斜め方向からイオンを照射するイオン源23とを有しており、これらの各装置は真空容器(図示略)内に配置されている。なお、図5において符号21Aはターゲットホルダを示している。
前記走行装置20は、一例として、成膜領域28に沿って走行するテープ状の基材本体2を案内するための転向リールの集合体である転向部材29、30を備え、これら転向部材群29、30に基材本体2を巻き掛けて成膜領域28に複数の基材本体2の走行レーンを構成するように基材本体2を案内できる装置として構成されている。
【0039】
本実施形態で用いる真空容器は、外部と成膜空間とを仕切る容器であり、気密性を有するとともに、内部が高真空状態とされるため耐圧性を有するものとされる。この真空容器には、真空容器内にキャリアガスおよび反応ガスを導入するガス供給手段と、真空容器内のガスを排気する排気手段が接続されているが、図5ではこれら供給手段と排気手段を略し、各装置の配置関係のみを示している。
また、イオン源23の内部構成の一例として、図6に示す如く、容器24の内部に、引出電極25と高周波コイル26とArガス等の導入管27とを備えて構成され、容器24の先端から希ガス等のイオンをビーム状に平行に照射できる装置を用いることができる。なお、図6に示すイオン源23において、アシストイオンビーム電圧とアシストイオンビーム電流値を適宜調整し、アシストイオンビームのエネルギーを調整することができる。
図5では記載を略した真空容器にこれらの走行装置20、ターゲット21、スパッタ装置22、イオン源23が収容されている。
【0040】
図5に示す装置によって基材本体2上に第1拡散防止層31を形成するには、真空容器の内部を減圧雰囲気とし、スパッタビーム照射装置22及びイオン源23を作動させる。これにより、スパッタビーム照射装置22からターゲット21にイオンを照射し、ターゲット21の構成粒子を叩き出すか蒸発させて基材本体2上にターゲット構成粒子を堆積させることができる。これと同時に、イオン源23から、アルゴンイオン等によるアシストイオンビームを放射し、基材本体2の成膜面に対して所定の入射角度(基材本体上の成膜面の法線に対する入射角度θ)で照射する。
【0041】
図5に示す装置を用いてIBAD法を実施する場合、アシストイオンビームの入射角度θについては、基材本体2の成膜面(本実施形態では下地層3の上面)の法線に対し一例として45゜、あるいは、45゜±5゜程度の範囲に設定することが好ましい。
また、アシストイオンビームを照射するイオン源の稼働条件としてイオンビーム電流値は一例として50μA、アシストイオンビーム電圧は一例として200〜1000eVの範囲を選択することができる。
第1拡散防止層31を成膜する際の成膜温度については特に制約はないが、500℃以下とすることができる。
【0042】
このIBAD法では、スパッタ膜(ターゲット構成粒子の堆積膜)に照射したアシストイオンビームがスパッタ膜を突き抜けて基材本体2にも照射される。このイオンビームのエネルギーによって基材本体2を構成する元素と成膜中のスパッタ膜に含まれる元素とが反応し、その化合物(反応生成物)または錯体が基材本体の表面付近に発生する。その結果、これら反応生成物または錯体が混在するスパッタ膜(第1拡散防止層31)が形成される。このようにして形成された第1拡散防止層31は、基材本体2の表面付近に混在する反応生成物または錯体の作用によって、基材本体2に対して優れた密着性を有するとともに、基材本体2から拡散してきた元素の拡散速度を効果的に低下させることが可能である。
【0043】
第2拡散防止層32は、アモルファス構造を主体とする層である。
第2拡散防止層32の構成材料は、第1拡散防止層31と同様とすることができる。
アモルファス構造は、元素が無秩序に配列しているため、結晶粒界を有し、粒界に隙間などを有する結晶構造に比べて元素を通過させ難い。このため、第2拡散防止層32は、アモルファス構造が本来有するべき拡散防止効果を発揮する。
【0044】
ここで、基材本体構成元素と拡散防止層を構成する元素との反応生成物または錯体が混在する第1拡散防止層31と、アモルファス構造を主体とするする第2拡散防止層32とは、拡散防止効果を奏する仕組みが異なるため、元素ごとの拡散防止効果の有無や程度が異なる。したがって、両方を組み合わせて拡散防止層3を構成することにより、各層の拡散防止効果が組み合わせられ、拡散防止層3全体として広範囲の元素に対して優れた拡散防止効果を得ることが可能となる。
【0045】
具体的には、ハステロイからなる基材本体2の場合には、Ni、Cr、Mnが他の層へ拡散する。なお、ハステロイからなる基材本体2には、Moも含まれるが、本発明者の研究の結果、Moの拡散は確認されなかった。
ここで、ハステロイの基材本体2の上に、アモルファス構造のAl膜(第2拡散防止層)を直接設けた場合、当該膜での各元素の拡散速度はNi<Mn<Crの順であり、アモルファス構造のAl膜は、Niに対する拡散防止効果は高いが、Crに対する拡散防止効果はそれ程高くない。一方、Alを主体とし、基材本体構成元素とAlを構成する元素との反応生成物又は錯体の混在する層(第1拡散防止層)を設けた場合、当該膜での各元素の拡散速度はCr<Mn<Niの順となり、混在層はMnとCrに対しての拡散防止効果は高いが、Niに対する拡散防止効果はそれ程高くない。したがって、両者を組み合わせることにより、基材本体2を構成する主要ないずれの元素についても優れた拡散防止効果が得られる。
【0046】
図3は本発明に係る酸化物超電導導体に設けられる第2実施形態の拡散防止層3Bを示すもので、この実施形態の拡散防止層3Bは、第1拡散防止層31の上にアモルファス構造を主体とし、微結晶が混在する下部層32aと、ほぼ全体がアモルファス構造からなる上部層32bとを設けた積層構造とされている。第1実施形態のように第2拡散防止層32をほぼ全体がアモルファス構造の単層構造としても良いし、第2実施形態のように下部層32aと上部層32bの2層構造としても良い。
ほぼ全体がアモルファス構造からなる層(下部層32aを有しない場合の第2拡散防止層32、もしくは、上部層32b)は、イオンビームスパッタ法によって形成されたものであることが好ましい。これにより、良質なアモルファス構造が形成され、拡散防止効果に優れた第2拡散防止層32を得ることができる。
また、イオンビームアシスト蒸着法とイオンビームスパッタ法では、同じ成膜装置を用いて成膜することができるため、第2拡散防止層32の成膜方法としてイオンビームスパッタ法を用いることにより、第1拡散防止層31と第2拡散防止層32とを連続して形成できるという効果が得られる。
【0047】
一方、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下部層32aは、第1拡散防止層31を、例えばIBAD法によって成膜する際、反応生成物又は錯体が混在する層が成膜された後、これに続いて形成される層である。本発明の酸化物超電導導体1は、このような下部層32aを有する構成も含むこととする。
【0048】
このような下部層32aでは、元素の拡散防止の観点から、微結晶の割合はできるだけ小さい方が良い。一方、下部層32aにおける微結晶の割合は、アシストイオンビームのイオンエネルギー及び電流密度によって変化し、この値が大きい程、微結晶の割合も大きくなる。したがって、IBAD法によって第1拡散防止層31の成膜を行う際には、拡散防止層元素と基材本体元素との反応性とともに、下部層32aにおける微結晶の割合も考慮して条件を設定するのが好ましい。
【0049】
図2に示すように第2拡散防止層32が下部層32aを有しない場合、該第2拡散防止層32の厚さは30nm以上であることが好ましい。厚さが30nm未満であると、十分な拡散防止効果が得られない可能性がある。
また、図3に示すように第2拡散防止層32が下部層32aと上部層32bによって構成されている場合には、上部層32bの厚さが30nm以上であるのが好ましく、下部層32aと、前述の第1拡散防止層31との合計厚が、46nm以下であるのが好ましい。
上部層32bの厚さが30nm未満であると、十分な拡散防止効果が得られない可能性がある。また、下部層32aと第1拡散防止層31との合計厚を46nmより厚く設定すると、例えば、AlをターゲットとしてIBAD法によって第1拡散防止層31及び下部層32aを成膜する場合、一般的な拡散防止層(例えばアモルファスAl膜:80nm)の成膜時間よりも長くなる可能性がある。
【0050】
図4は第3実施形態の酸化物超電導導体に設けられる拡散防止層3Cを示す。この形態のように、拡散防止層3Cとして、第2拡散防止層32上に、さらに、第2拡散防止層32よりも密度の高い第3拡散防止層33を設けた構造としても良い。
アモルファス構造を主体とする第2拡散防止層32は硬度が低いため、拡散防止層3を形成した後、テープ状などの基材本体2を巻き取る際、第2拡散防止層32の表面が露出していると傷が付き易い。一方、第2拡散防止層32よりも密度の高い第3拡散防止層33は、第2拡散防止層32よりも硬度が高いため、耐摩耗性に優れる。このため、第2拡散防止層32上に第3拡散防止層33を設けると、第2拡散防止層32の表面を保護できるとともに、拡散防止層3Cの表面に耐磨耗性が付与され、テープ状の基材本体2を用いてこれをリール等に巻き取る際、拡散防止層3Cの表面の傷付きを抑えることができる。
【0051】
第3拡散防止層33は、少なくとも表面付近が、結晶構造を主体とする層によって構成されていることが好ましい。結晶構造を主体とする層は、非晶質層に比べて密度及び硬度が高いため、これによって第3拡散防止層33の表面付近を構成することにより、拡散防止層3Cに効果的に耐摩耗性を付与することができる。
この場合、第3拡散防止層33は、全体が結晶構造を主体として構成されていても良く、図4に2点鎖線で示すように、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下側層33aと、結晶構造を主体とする上側層33bとから構成しても良い。
第3拡散防止層33が2層構成である場合には、上側層33bが高硬度であることにより、拡散防止層3Cに耐磨耗性を付与することができる。一方、アモルファス構造は、結晶構造よりも硬度が低いため、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下側層33aを有することにより、その微結晶の割合や厚さを制御し、残りの部分を結晶構造を主体とする上側層33bとすることで、拡散防止層3Cを所望の硬度に調整することが可能となる。
【0052】
図2〜図4の構造において、結晶構造を主体とする層、及び、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する層は、いずれもイオンビームアシスト蒸着法によって形成することができる。ここで、各層の結晶化の程度は、アシストイオンビームのビームエネルギー及び電流密度によって制御することができる。具体的には、アシストイオンビームのビームエネルギー及び電流密度を大きくすることにより、形成される膜の結晶化度を上げることができる。
【0053】
図4に示す実施形態において、第3拡散防止層33の厚さは、5〜10nmであるのが好ましい。厚さをこの範囲より薄く設定した場合には、十分な核成長を生じない場合がある。一方、厚さを10nmより厚くしても、それ以上の耐摩耗性を改善する効果は得られず、むしろ拡散防止層3の成膜時間が長くなる。
以上のように構成された拡散防止層を備えた酸化物超電導導体1では、拡散防止層3、3B、3Cが、比較的薄い膜厚としても十分な拡散防止効果を有するため、拡散防止効果を確保しつつ、拡散防止層3、3B、3Cの成膜時間を短縮することができる。
また、拡散防止層3、3B、3Cが、基材本体2の表面に密着性良く形成されているため、各層の成膜工程や熱処理工程で、基材本体2からの膜剥離や亀裂を抑えることができる。
このため、このような拡散防止層3、3B、3Cを有する酸化物超電導導体1は、拡散元素による酸化物超電導層6の特性劣化が抑えられ、良好な超電導特性が得られるとともに、基材本体2からの膜剥離や亀裂が抑制される結果、高い信頼性を得ることができる。また、拡散防止層3の成膜時間が短縮されることにより、製造効率の向上を図ることが可能である。
【0054】
以上、各実施形態の酸化物超電導導体について説明したが、各実施形態において、酸化物超電導導体を構成する各部は一例であって、本発明の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更することができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
「実施例1」
ハステロイC−276(米国ヘインズ社商品名)からなる幅10mm、厚さ0.1mm、長さ2000mmのテープ状の基材本体を用意し、平均粒径2nmのAl砥粒により、表面粗さRaが4〜5nmとなるまで研磨した後、アルコール及び有機溶剤によって洗浄した。
次に、図5に示す構造のイオンビームアシストスパッタ装置を用い、Alをターゲットとして基材本体上に成膜を行った。その結果、Alを母材とし、Alと基材本体構成元素との反応生成物又は錯体が混在している第1拡散防止層(厚さ10nm)を得た。成膜条件は以下の通りであり、スパッタレートは8.59nm/minであった。
「イオンビームアシスト蒸着法の条件」
イオンガンを4台使用し、各々1500eVでアルゴンイオンをAlのターゲットに照射しつつ、別のイオンガンから成膜中の膜に斜め45゜方向から、エネルギー200eV、電流密度50μA/cmのアルゴンイオン照射を行った。
【0056】
次に、イオンビームスパッタ法により、アモルファスAlの第2拡散防止層(厚さ30nm)を成膜した。成膜条件は以下の通りであり、スパッタレートは9.2nm/minであった。
「イオンビームスパッタ法の条件」
イオンガンを4台使用し、各々1500eVでアルゴンイオンをAlのターゲットに照射し成膜した。
【0057】
次に、イオンビームスパッタ法により、Yのベッド層(厚さ30nm)を成膜し、その後、イオンビームアシスト蒸着法により、MgOの中間層(厚さ5〜10nm)を成膜した。
次に、PLD(Pulsed Laser Deposition)法により、CeOのキャップ層(厚さ300nm)を800℃において成膜した後、X線解析装置によって面内配向度(Δφ)の測定を行った。
次に、前記キャップ層上にPLD法により、GdBaCu7−xの酸化物超電導層(厚さ1μm)を800℃で成膜し、その後、スパッタ法により、Agの安定化層(厚さ10μm)を成膜した。
そして、各層が形成された基材を、500℃で10時間、炉内で酸素アニールした後、26時間炉冷後取り出し、酸化物超電導導体を得た。
【0058】
「実施例2」
第1拡散防止層の厚さを46nmに変更した以外は、実施例1と同様にして酸化物超電導導体を得た。
【0059】
「比較例1」
第2拡散防止層の厚さを20nmに変更した以外は、実施例1と同様にして酸化物超電導導体を得た。
「比較例2」
第1拡散防止層及び第2拡散防止層の代わりに、イオンビームスパッタ法により、基材本体上にアモルファスAlの拡散防止層(厚さ70nm)を1層成膜した以外は、前記実施例1と同様にして酸化物超電導導体を得た。
「比較例3」
アモルファスAlの拡散防止層の厚さを80nmに変更した以外は、前記比較例2と同様にして酸化物超電導導体を得た。
「比較例4」
第1拡散防止層の厚さを35nmに変更し、アモルファス構造のAlの第2拡散防止層の代わりに、微結晶が混在したアモルファスAl層(厚さ50nm)を成膜した以外は、前記実施例1と同様にして酸化物超電導導体を得た。
【0060】
各実施例及び各比較例で作製した酸化物超電導導体について、4端子法により電流を供給し、その両端の電圧が1μV/cmとなったときの電流値を臨界電流値Icとして測定した。また、キャップ層のΔφの測定結果と拡散防止効果の評価を合わせて表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1の試験結果からわかるように、実施例1の酸化物超電導導体は、第1拡散防止層と第2拡散防止層の合計厚が40nmと薄いにも関わらず、他の酸化物超電導導体に比べて臨界電流値Icが高い。このことから、第1拡散防止層と第2拡散防止層とを組み合わせた拡散防止層により、基材本体から酸化物超電導層への元素拡散を効果的に抑制できることがわかる。また、実施例1の構造であれば、Δφと臨界電流値Icの面において同等性能の比較例3の拡散防止層に対し、第1拡散防止層と第2拡散防止層を成膜する時間の合計時間として比較し、成膜時間を大幅に短縮できている。
第2拡散防止層の厚さを20nmとした比較例1は、臨界電流値Icの低下が見られたので、第2拡散防止層の厚さは30nm以上必要であると思われる。
一方、アモルファス構造のAlのみを拡散防止層として設けた比較例2と比較例3を比べると、膜厚を70nmとした比較例2の臨界電流値Icは、膜厚を80nmとした比較例3の臨界電流値Icの半分以下であり、アモルファス構造のAlのみを拡散防止層として設ける場合には80nmの厚さが必要であることがわかる。
【0063】
また、上述の条件においてイオンビームスパッタ法でアモルファスAlを80nm成膜するのに要する時間は8.7分、30nm成膜するのに要する時間は3.3分であるため、その時間差は5.4分である。この時間で上述の条件においてIBAD法により成膜可能な膜の膜厚は46.7nmとなる。このため、IBAD法による第1拡散防止層、又は、第1拡散防止層と下部層との合計厚を46nm以下とするならば成膜時間を短縮できることが分かる。また、IBAD法による第1拡散防止層、又は、第1拡散防止厚と下部層との合計厚を46nm以下とした上に、イオンビームスパッタ法による第2拡散防止層(下部層を除いた第2拡散防止層)の厚さを30nm以上とすることにより、拡散防止効果を得た上に、成膜時間を短縮できると判断できる。なお、実施例3のように第1拡散防止層の厚さを10nm、第2拡散防止層の厚さを60nmと設定して試料を作成した場合も良好な拡散防止効果を得ることができ、成膜時間を短縮できた。
【0064】
次に、ハステロイC−276からなる基材本体上にIBAD法により成膜された第1拡散防止層31について、基材本体構成元素(Mn、Cr、Ni)の拡散状態について説明する。
先に説明した実施例1の積層構造(第1拡散防止層10nm+第2拡散防止層30nm)の積層膜において、800℃に90秒間加熱した後のそれぞれの元素の拡散距離を以下の表2に示す。また、対比のために、比較例3の積層構造(アモルファスAl80nm)における同等条件のそれぞれの元素の拡散距離も併せて表2に示す。
【0065】
【表2】

【0066】
表2に示す結果から、実施例1の拡散防止層では、比較例3の拡散防止層(第1拡散防止層が無く、アモルファスAl拡散防止層のみの場合)に比べ、Mn、Cr、Niの拡散距離を大幅に抑制できることがわかる。なお、Mn、CrとNiの拡散距離を大幅に抑制できることから、実施例1の構造における拡散防止効果が優れていることがわかる。
【0067】
次に、図7は、IBAD法により基材本体上に成膜したAl膜(膜厚100nm)において、膜厚方向における基材本体構成元素の分布を示すグラフである。図中、横軸はAl膜における深さ位置を表し、100nmの位置は基材本体とAl膜との界面、0nmの位置はAl膜の表面にそれぞれ相当する。また、縦軸は、その深さ位置における各元素の密度である。成膜条件は、先に説明した実施例1においてIBAD法を実施した場合と同等であり、膜厚が100nmになるまで成膜した試料を用いた。加熱処理条件は成膜後800℃90秒とした。
なお、この加熱処理温度は酸化物超電導導体を製造する場合にCeO膜の成膜時の温度に相当し、図1に示す積層構造の酸化物超電導導体1を製造する場合に最も高い熱履歴と言えるので、試料に対し800℃に加熱することは、酸化物超電導導体1を製造するために種々の膜の積層を行なう場合、実際に施される熱履歴のうち、最も高い加熱条件と同等の条件と見なすことができる。
【0068】
図7に示す結果から、IBAD法により成膜されたAl膜では、基板との界面位置から40nm程度の深さ領域(横軸の60〜100nmの領域)までNi、Mn、Crが拡散していることがわかる。このことから、IBAD法によって基材本体表面に成膜を行うことにより、形成したAl膜に含まれる元素と基材本体構成元素との化合物又は錯体が混在した状態でAl膜が形成されることを確認することができた。
【0069】
ただし、IBAD法は、形成した膜の一部を除去しながら成膜するため、アシストイオンビーム照射を行わないイオンビームスパッタ法による成膜に比べて、成膜速度が遅い。このため、IBAD法で成膜する第1拡散防止層31の厚さを必要以上に厚くすると、拡散防止層全体としての成膜時間が長くなる。
これに対し、本発明の酸化物超電導導体1では、第1拡散防止層31と、アモルファス構造を主体とする第2拡散防止層32とを組み合わせて拡散防止層3を構成するため、各層が互いに拡散防止効果を補い合う。このため、第1拡散防止層31と第2拡散防止層32の合計厚さを膜厚80nmのアモルファス構造のAl膜より薄くした場合でも、Al膜以上の拡散防止効果を得ることができる。このため、第1拡散防止層31の形成方法として成膜レートの低いIBAD法を用いても、拡散防止層3の全体の成膜時間を短縮することが可能となる。
なお、先の表2に示す結果において実施例1の各元素の拡散距離から見て、第1拡散防止層の厚さについて5nm程度は必要であると判断できるが、酸化物超電導導体1を製造する際に複数回の熱履歴に加え、CeO膜の成膜時の温度800℃の熱履歴に長い時間曝される可能性があることを考慮し、第1拡散防止層の厚さは10nm以上とすることが好ましい。即ち、第1拡散防止層の膜厚は、拡散防止効果と成膜時間のバランスを考慮し、5nm以上、46nm以下の範囲とすることができ、10nm以上、46nm以下の範囲とすることが好ましいと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、例えば超電導用送電線、超電導モータ、限流器など、各種電力機器に用いられる超電導導体の基材として利用することができる。
【符号の説明】
【0071】
1…酸化物超電導導体、2…基材本体、3、3B、3C…拡散防止層、4…中間層、5…キャップ層、6…酸化物超電導層、7…第1の安定化層、8…第2の安定化層、9…酸化物超電導積層体、10…絶縁被覆層、20…走行装置、21…ターゲット、21A…ターゲットホルダ、22…イオンガン、23…イオン源、24…容器、25…グリッド、26…高周波コイル、27…ガスの導入管、28…成膜領域、29、30…転向部材群、31…第1拡散防止層、32…第2拡散防止層、32a…下部層、32b…上部層、33…第3拡散防止層、33a…下側層、33b…上側層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属からなる基材本体と、該基材本体上に設けられた拡散防止層と、該拡散防止層の上方に形成された中間層を備え、該中間層の上方に酸化物超電導層が形成される酸化物超電導導体用基材であって、
前記拡散防止層は、前記基材本体の直上に設けられた第1拡散防止層と、該第1拡散防止層上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層とを有し、
前記第1拡散防止層に、該第1拡散防止層を構成する元素と、前記基材本体に含まれる元素との反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在され、
前記第2拡散防止層の厚さが30nm以上であることを特徴とする酸化物超電導導体用基材。
【請求項2】
前記第1拡散防止層は、イオンビームアシスト蒸着法により形成された層であり、前記第2拡散防止層は、イオンビームスパッタ法により形成された層であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項3】
前記第1拡散防止層と前記第2拡散防止層は、Alを主体としてなり、前記基材本体は、CrとMnを含むNi基合金からなることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項4】
前記第2拡散防止層上に、前記第2拡散防止層よりも密度の高い第3拡散防止層が設けられたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項5】
前記第3拡散防止層は、少なくとも表面部分が、結晶構造を主体とする層により構成されたことを特徴とする請求項4に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項6】
前記第3拡散防止層は、アモルファス構造を主体とし微結晶が混在する下側層と、結晶構造を主体とする上側層とを有することを特徴とする請求項5に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項7】
前記第3拡散防止層は、Alを主体としてなることを特徴とする請求項4〜6のいずれか一項に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の酸化物超電導導体用基材の上に、キャップ層と酸化物超電導層を備えてなることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項9】
金属からなる基材本体と、該基材本体上に設けられた拡散防止層と、該拡散防止層の上方に形成された中間層を備え、該中間層の上方に酸化物超電導層が形成される酸化物超電導導体用基材であり、
前記拡散防止層は、前記基材本体の直上に設けられた第1拡散防止層と、該第1拡散防止層上に設けられたアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層とを有し、前記第1拡散防止層に、該第1拡散防止層を構成する元素と、前記基材本体に含まれる元素との反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在している酸化物超電導導体用基材を製造する方法であって、
金属からなる基材本体上に、イオンビームアシスト蒸着法により第1拡散防止層として基材本体構成元素と第1拡散防止層の構成元素の反応生成物または錯体の少なくともいずれかが混在している第1拡散防止層を形成し、次いで、成膜法によりアモルファス構造を主体とする第2拡散防止層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項10】
前記金属基材本体をCrとMnを含有するNi基合金から形成し、前記第1拡散防止層と第2拡散防止層をいずれもAlから構成することを特徴とする請求項9に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−48050(P2013−48050A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186098(P2011−186098)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】