説明

酸化物超電導導体用基材及びその製造方法と酸化物超電導導体及びその製造方法

【課題】本発明は、酸化物超電導層の下地となる高配向度のキャップ層において従来必要とされていたLMOの下地層を用いることなく優れた結晶配向性を得ることができる技術の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、金属基板1と、該金属基板1上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層3と、該中間層3上に直接形成されて前記中間層3の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層5とを具備してなる酸化物超電導導体用基材Aであって、前記MgOの中間層3に前記キャップ層5の形成前に加湿処理が施され、該キャップ層5が優れた自己配向性を備えて前記中間層3の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を有していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基板上に中間層とキャップ層を備えてなり、該キャップ層上に酸化物超電導層が積層されて酸化物超電導導体の基材となる構造において、超電導特性の優れた酸化物超電導層を得るための下地となる配向性の良好なキャップ層を簡便に提供できる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−n:REはYを含む希土類元素のいずれか)などの酸化物超電導体は、液体窒素温度以上で優れた超電導特性を示すことから、実用上極めて有望な素材とされており、この酸化物超電導体を線材に加工して電力供給用の超電導導体として用いることが要望されている。
RE−123系酸化物超電導導体を作製するには、結晶配向性の高い基材上に結晶配向性の良好な酸化物超電導層を形成する必要がある。これは、この種の酸化物系超電導体の結晶が、その結晶軸の方向によって電気的異方性を有しており、酸化物超電導層を形成する場合、その結晶配向性を良好とする必要があり、酸化物超電導層を成膜する場合の下地となる基材においても、結晶配向性を良好とする必要が生じる。
【0003】
このようなRE−123系酸化物超電導導体に用いる構造として、図7に示す如くテープ状の金属基板101上に、IBAD(Ion−Beam−Assisted Deposition)法によって成膜された中間層102と、その上に成膜されたキャップ層103と、酸化物超電導層104とを積層形成した構造が知られている(例えば、特許文献1参照)。
前記構造においてキャップ層103の結晶面内配向性が高い方が、更にその上に成膜される酸化物超電導層104も高い結晶配向性となり、この酸化物超電導層104の結晶面内配向性が高くなる程、臨界電流密度等の超電導特性が優れた酸化物超電導導体を得ることができる。
以下、IBAD法により形成される中間層102とその配向メカニズムについて説明する。
【0004】
図8に示すように、IBAD法に用いる中間層形成装置は、金属基板101をその長手方向に走行するための走行系と、その表面が金属基板101の表面に対して斜めに向いて対峙されたターゲット201と、ターゲット201にイオンを照射するスパッタビーム照射装置202と、金属基板101の表面に対して斜め方向からイオン(希ガスイオンと酸素イオンの混合イオン)を照射するイオン源203とを有しており、これら各部は真空容器(図示せず)内に配置されている。
【0005】
この中間層形成装置によって金属基板101上に中間層102を形成するには、真空容器の内部を減圧雰囲気とし、スパッタビーム照射装置202及びイオン源203を作動させる。これにより、スパッタビーム照射装置202からターゲット201にイオンが照射され、ターゲット201の構成粒子が叩き出されるか蒸発されて金属基板101上に堆積する。これと同時に、イオン源203から、希ガスイオンと酸素イオンとの混合イオンを放射し、金属基板101の表面に対して所定の入射角度(θ)で照射する。
このように、金属基板101の表面に、ターゲット201の構成粒子を堆積させつつ、所定の入射角度でイオン照射を行うことにより、形成されるスパッタ膜の特定の結晶軸がイオンの入射方向に固定され、結晶のc軸が金属基板の表面に対して垂直方向に配向するとともに、a軸及びb軸が面内において一定方向に配向する。このため、IBAD法によって形成された中間層102は、高い面内配向度を有する。
【0006】
一方、キャップ層103は、このように面内結晶軸が配向した中間層102表面に成膜されることによってエピタキシャル成長し、その後、横方向に粒成長して、結晶粒が面内方向に自己配向し得る材料、例えばCeOによって構成される。キャップ層103は、このように自己配向していることにより、中間層102よりも更に高い面内配向度を得ることができる。従って、金属基板101上に、このような中間層102及びキャップ層103を介して酸化物超電導層104を成膜すると、面内配向度の高いキャップ層103の結晶配向に整合するように酸化物超電導層104がエピタキシャル成長するため、面内配向性に優れ、臨界電流密度の大きな超電導特性の優れた酸化物超電導層104を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−71359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
現在、上述のような技術背景から、酸化物超電導層の下地となる基材の構造例として、図9に示す如く金属基板110上に、酸化アルミニウム(Al)の拡散防止層111と酸化イットリア(Y)のベッド層112とIBAD法によるMgOの中間層(以下:IBAD−MgOの中間層と略称する)113とCeOのキャップ層114を備え、このキャップ層114の上に酸化物超電導層を形成する構造が知られている。
また、図10に示す如く金属基板120上に、スパッタ法による酸化アルミニウム(Al)の拡散防止層121と、スパッタ法による酸化イットリア(Y)のベッド層122と、IBAD−MgOの中間層123と、スパッタ法によるエピタキシャル成長MgO層124と、LMO(LaMnO)のキャップ層125を備え、このキャップ層125の上に酸化物超電導層を形成する構造が知られている。
また、図11に示す如く金属基板130上に、スパッタ法によるGZO(GdZr)の配向調整層131と、IBAD−MgOの中間層132と、LMO(LaMnO)の下地層133と、CeOのキャップ層134を備え、このキャップ層134の上に酸化物超電導層を形成する構造が知られている。
【0009】
これら従来の酸化物超電導導体の基材積層構造において、酸化物超電導層の直下には結晶の格子整合性(格子マッチング性)を考慮してCeOのキャップ層を設けることが多くの場合に採用されている。また、CeOのキャップ層の下地となるIBAD−MgOの中間層の結晶配向性も重要であり、IBAD−MgOの中間層の結晶配向性が比較的低配向の場合はIBAD−MgOの中間層の上に更にLMO(LaMnO)の下地層を設けてCeOのキャップ層の配向性の改善を行っている構造が採用されている。
これは、酸化物超電導導体用の基材構造において、図12に示す如くLMOの下地層が存在する場合とLMOの下地層が存在しない場合を対比すると、その上に成膜されたCeOのキャップ層の配向性に大きな差違が生じ、LMOの下地層を200〜500nm程度の膜厚で積層することにより目的とする配向度5゜前後のCeOのキャップ層を得ることができる。この配向度5゜前後のCeOのキャップ層の上に酸化物超電導層をエピタキシャル成長させて成膜すると臨界電流密度の高い目的の酸化物超電導層を得ることができる。
【0010】
しかしながら、図9〜図11に示す各種酸化物超電導導体用の基材構造はいずれの構造においても複数の層を巧みに積層して結晶面内配向度を向上させないと、酸化物超電導層の直下の層の配向度として5゜前後を得ることが出来ない問題がある。即ち、酸化物超電導導体としての製造コストを下げるためには、可能な限り少ない積層数の構造において目的の配向度5゜前後を達成する必要がある。
ここで本願発明者らは、酸化物超電導導体の基材構造において、配向度5゜前後、例えば7゜以下の層構造を実現するために、CeOのキャップ層の自己配向による配向効果をLMOの下地層が無い場合であっても得ることが出来ないか種々研究したところ、本願発明に到達した。
【0011】
本願発明は、酸化物超電導層の下地となる高配向度のキャップ層において従来必要とされていたLMOの下地層を用いることなく優れた結晶配向性を得ることができる技術の提供を目的とする。また、本願発明は、LMOの下地層を用いることなく優れた結晶配向性のキャップ層を得ることができるので、酸化物超電導導体用基材の積層数を少なくすることで酸化物超電導導体用基材の製造プロセスの単純化と低コスト化をなすことができる技術の提供を目的とする。
本願発明は、酸化物超電導層の下地となる高配向度のキャップ層においてLMOの下地層を用いることなく優れた結晶配向性を得ることができ、その上に優れた結晶配向性の酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体の提供とその製造方法の提供を目的とする。また、本願発明は、LMOの下地層を用いることなく優れた結晶配向性のキャップ層を得ることができるので、酸化物超電導導体の積層数を少なくすることで酸化物超電導導体の製造プロセスの単純化と低コスト化をなすことができる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するために以下の構成を有する。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材であって、前記MgOの中間層に前記キャップ層の形成前に加湿処理が施されて、該キャップ層が優れた自己配向性を備えて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を有していることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材であって、前記MgOの中間層と前記キャップ層との界面またはMgO同士の粒界にMgの水酸化物が存在され、該キャップ層が優れた自己配向性を備えて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を有していることを特徴とする。
【0013】
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記MgOの中間層と前記キャップ層との界面にMg(OH)またはMgCOが存在されてなることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記金属基板と前記中間層との間に酸化物のベッド層が介在されてなることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記キャップ層の面内結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦの値が、ΔΦ(220)で7゜以下であることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記加湿処理が湿分を含む雰囲気中でなされた処理であることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材は、前記キャップ層がCeOであることを特徴とする。
【0014】
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材の製造方法であって、IBAD−MgOの中間層を形成後、加湿処理を施し、次いでこのIBAD−MgOの中間層上に、直接、キャップ層を形成することを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記加湿処理を湿分を含む雰囲気中で行うことを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記加湿処理を湿分60%〜90%の雰囲気中、25℃〜60℃の温度範囲において、10分以上行うことを特徴とする。
【0015】
本発明の酸化物超電導導体用基材の製造方法は、前記キャップ層をCeOとすることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体は、先のいずれかに記載の酸化物超電導導体用基材の上に酸化物超電導層が成膜されてなることを特徴とする。
本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、先のいずれかに記載の酸化物超電導導体用基材の上に酸化物超電導層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、加湿処理されたIBAD−MgOの中間層上にCeOなどのキャップ層を形成しているので、従来構造においてIBAD−MgOの中間層上に設けられていたLMO(LaMnO)の下地層が無くとも、本発明構造により優れた自己配向性を発現したキャップ層が得られ、該キャップ層の結晶面内配向性が優れた酸化物超電導導体用基材を提供できる。また、従来構造においてIBAD−MgOの中間層上に設けられていたLMO(LaMnO)の下地層を略することができるので、積層数が少なくなり、その分、安価に製造できる酸化物超電導導体用基材を提供することができる。
従って、結晶面内配向性に優れたキャップ層上に酸化物超電導層を設けることで臨界電流密度の優れた超電導特性の優れた酸化物超電導導体を提供することができる。
【0017】
加湿処理を行うことによりIBAD−MgOの中間層上に設けられるキャップ層の結晶面内配向度が向上する理由については、加湿処理によりIBAD−MgOの中間層上にMgの水酸化物が生成することに関連性があると推定され、加湿処理によってIBAD−MgOの中間層上にMgの水酸化物が生成することにより、その上に積層されるCeOなどのキャップ層の結晶面内配向度を向上させることができる。
また、IBAD−MgOの中間層とその上のキャップ層との界面またはMgO同士の粒界にMgの水酸化物が存在することにより、IBAD−MgOの中間層の上に積層されるCeOなどのキャップ層の結晶面内配向度を向上させることができる。
【0018】
前記キャップ層の優れた自己配向化を発現することでキャップ層の面内結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦの値として、ΔΦ(220)で7゜以下を得ることができる。
前記加湿処理については、湿分を含む不活性ガスにIBAD−MgOの中間層を曝露する処理でも良いし、湿分を含む大気中などの雰囲気にIBAD−MgOの中間層を曝露する処理でも良い。これらのいずれの加湿処理であっても、IBAD−MgOの中間層上においてキャップ層の優れた自己配向化を発現させることができる。
IBAD−MgOの中間層を加湿処理する場合、処理時間は10分以上であることが好ましく、10分以上の処理時間により、ΔΦの値として、ΔΦ(220)で7゜以下のキャップ層を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は本発明に係る酸化物超電導導体用基材の一実施形態を示す断面図。
【図2】図2は図1に示す酸化物超電導導体用基材を用いて構成された本発明に係る酸化物超電導導体の一実施形態を示す断面図。
【図3】図3は図1に示す酸化物超電導導体用基材を製造する場合に用いる加湿処理装置の一例を示す構成図。
【図4】図4は図1に示す酸化物超電導導体用基材を製造する場合に用いる加湿処理装置の他の例を示す構成図。
【図5】図5は、IBAD−MgOの中間層に加湿空気暴露処理を施した状態と加湿Arガス暴露処理を施した状態と乾燥Arガス暴露処理を施した状態と加湿処理をしていない各々の状態において、CeOのキャップ層を形成した場合に得られる各試料におけるキャップ層のΔφ(220)の値と処理時間との相関関係を示す図。
【図6】図6は3層構造基材のIBAD−MgOの中間層に加湿処理した場合と加湿処理しない場合、並びに、LMO層を介挿した4層構造基材のIBAD−MgOの中間層に加湿処理した場合において、各中間層上に形成したCeOのキャップ層のΔφ(220)の値とCeOの膜厚との相関関係を示す図。
【図7】図7はIBAD法により形成した中間層を備えた酸化物超電導導体の一従来例の構造を示す図。
【図8】図8はIBAD法の基本原理を示す構成図。
【図9】図9はIBAD−MgOの中間層を備えた酸化物超電導導体用基材の第1の従来例を示す構成図。
【図10】図10はIBAD−MgOの中間層を備えた酸化物超電導導体用基材の第2の従来例を示す構成図。
【図11】図11はIBAD−MgOの中間層を備えた酸化物超電導導体用基材の第3の従来例を示す構成図。
【図12】図12はIBAD−MgOの中間層を備えた酸化物超電導導体用基材においてCeOのキャップ層の下地としてLMOを設けた場合と設けていない場合において、キャップ層のΔφ(220)の値と膜厚との相関関係を示す図。
【図13】図13は実施例において製造した試料においてIBAD−MgOの中間層表面の二次イオン質量分析結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態について、以下説明する。
図1は本発明に係る酸化物超電導導体用基材の第1実施形態を示すもので、この第1実施形態の酸化物超電導導体用基材Aは、長尺の基板1とこの基板1上にスパッタなどの成膜法によって形成された拡散防止層2とこの拡散防止層2上に成膜されたIBAD法による中間層3とこの中間層3上に成膜されたキャップ層5とを主体として構成されている。
また、図2は第1実施形態の酸化物超電導導体用基材Aの上に酸化物超電導層6を成膜してなる酸化物超電導導体Bを示している。
【0021】
本実施形態の酸化物超電導導体用基材Aにおいて、長尺の基板1の構成材料としては、強度及び耐熱性に優れた、Cu、Ni、Ti、Mo、Nb、Ta、W、Mn、Fe、Ag等の金属又はこれらの合金を用いることができる。特に好ましいのは、耐食性及び耐熱性の点で優れているステンレス、ハステロイ(登録商標)、その他のニッケル系合金である。この長尺の基板1の厚みは、酸化物超電導線材用などとして0.01〜0.5mm程度とすることができる。
【0022】
前記基板1の上には加熱処理時の元素拡散防止などの目的で拡散防止層2が形成されている。この拡散防止層2の構成材料は、耐熱性が高く、界面反応性を低減するためのものであり、その上に配される薄膜状の中間層3の配向性を得るために機能する。このような拡散防止層2は、必要に応じて配され、例えば、GZO(GdZr)、イットリア(Y)、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al、「アルミナ」)等から構成される。この拡散防止層2は、例えばスパッタリング法等により形成され、例えば厚さ数10nm〜200nm程度に形成される。
【0023】
中間層3は、イオンビームアシスト法(IBAD法)により形成された薄膜であり、この中間層3の構成材料としては、MgO、GZO(GdZr)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、SrTiO等を例示することができる。これらの中でも、結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦ(220)の値が、より小さくなる材料、即ち面内結晶配向度を良好にすることができる材料を選択することが好ましい。この中間層3の厚みは例えば、1nm〜1000nm(1.0μm)程度に形成される。多結晶中間薄膜29の厚みを1.0μmを超えて厚くしても結晶配向性向上効果の増大は期待できず、成膜時間が長くなって経済的にも不利となる。一方、中間層3の厚みが1nm未満であると、薄すぎて膜として生成できなくなるおそれがある。ここで用いるIBAD−MgOは、面内結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦの値として、ΔΦ(220)で10゜から15゜程度のものを用いることができるが、本発明では比較的ΔΦが良好ではないものであっても、後述の加湿処理を適用し、目的のキャップ層5に良好な自己配向効果を生じさせて目的の結晶配向度を達成することができる。なお、IBAD法の精度を向上させて10゜以下の結晶配向度とすることも可能であるが、その場合は製造条件が厳しくなるとともに生産性の面でも遅くなるので、これらの改善からΔΦ(220)で10゜〜20゜程度、あるいは10゜〜18゜のIBAD−MgOであっても本発明で目的の配向度のキャップ層5を得ることができる。
【0024】
キャップ層5は、その上に設けられる酸化物超電導層6の配向性を制御する機能を有するとともに、酸化物超電導層6を構成する元素の他の層への拡散を抑制する機能などを有する。
キャップ層5としては、特に、IBAD法による中間層3の表面に対してエピタキシャル成長するとともに、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て成膜される自己配向化する薄膜であることが好ましい。このように選択成長しているキャップ層は、中間層3よりも更に高い面内配向度が得られる。例えば、IBAD−MgOのΔΦ(220)で10゜〜20゜程度、あるいは、10〜18゜程度の場合であっても、キャップ層5として7゜以下のΔΦを得ることができる。
【0025】
キャップ層5を構成する材料としては、このような機能を発現し得るものであれば特に限定されないが、例えば、CeO、LMO(LaMnO)、SrTiO、Y、Al等を用いるのが好ましい。
キャップ層5の構成材料としてCeOを用いる場合、キャップ層5は、全体がCeOによって構成されている必要はなく、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいてもよい。
キャップ層5の適正な膜厚は、その構成材料によって異なり、例えばCeOによってキャップ層5を構成する場合には、50〜1000nmの範囲などを例示することができる。
このキャップ層5を成膜するには、PLD法、スパッタリング法等で形成することができるが、大きな成膜速度を得られる点でPLD法を用いることが望ましい。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、例えば、基板温度約500〜800℃、約0.6〜40Paの酸素ガス雰囲気中において、レーザーエネルギー密度1〜5J/cmの範囲で行うことができる。
【0026】
前記酸化物超電導層6は、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−X:REはY、La、Nd、Sm、Eu、Gd等の希土類元素)を用いることができる。RE−123系酸化物超電導体の中でも好ましくは、Y123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)等を用いることができるが、その他の酸化物超電導体、例えば、(Bi,Pb)CaSrCuなる組成などに代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。この酸化物超電導層6の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。この酸化物超電導層6についてはPLD法、スパッタ法、TFA−MOD法(トリフルオロ酢酸塩を用いた有機金属堆積法、塗布熱分解法)などの成膜法で成膜することができる。
また、酸化物超電導層6の膜質は均一であることが好ましく、酸化物超電導層6の結晶のc軸とa軸とb軸もキャップ層5の結晶に整合するようにエピタキシャル成長して結晶化しており、結晶配向性が優れたものとなっている。
【0027】
本実施形態の酸化物超電導導体Bにおいて、特徴的な構造は、IBAD法によるMgOの中間層(以下、IBAD−MgOの中間層と略称する)3とキャップ層5との界面またはMgO同士の粒界にMg(OH)などのMg水酸化物またはMgCOなどのMg化合物が存在する点である。これらのMg(OH)やMgCOなどのMg水酸化物あるいはMg化合物は、IBAD−MgOの中間層3の表面を加湿処理することで生成されている。
【0028】
IBAD−MgOの中間層3の表面を加湿処理する方法の第1の例として、基板1上に拡散防止層2とIBAD−MgOの中間層3を成膜後、全体を容器に収容し、水分を混合した不活性ガスを容器内に供給して所要時間曝露する方法を行うことができる。
また、IBAD−MgOの中間層3の表面を加湿処理する方法の第2の例として、基板1上に拡散防止層2とIBAD−MgOの中間層3を成膜後、全体を水分を含む大気中に所要時間曝露する方法を実施しても良い。なお、更に他の例として、湿分を含む活性ガス雰囲気に所要時間曝露する処理でも良い。
【0029】
上述した第1の加湿処理方法を実施する装置の一例を図3に示す。この例の加湿処理装置は、基板1上に拡散防止層2とIBAD−MgOの中間層3を成膜してなる積層体7を収容する密閉型の容器10と、この容器10に供給管11を介して接続された容器型の加湿器12とを主体として構成されている。前記容器10と加湿器12には図面では略しているが加熱ヒータが付設されていて、容器10と加湿器12とを個別に所望の温度に加熱保持することができるようになっている。
前記容器10は図示略の開閉扉を有していて、この開閉扉を開放し、内部に積層体7を収容してから扉を閉めることで内部を密閉することができるようになっている。また、容器10の一端側に加湿器12に接続されたガス供給管11が接続されるとともに、容器10の他端側に排出管15が接続されていて、加湿器12から供給される加湿ガスを容器10の内部に満たし、続いて排出管15から外部に排出することができるように構成されている。
なお、前記容器10は図3に示す実施形態では所定長さの積層体7を収容して密閉する構造として表記されているが、ロールに巻回した長尺の積層体を連続的に加湿する場合には、容器10を図3に示すよりも更に横方向あるいは縦方向に長い容器として形成しておき、ロールから供給した長尺の積層体が容器の一端から内部側に引き込まれて容器を順次通過する間に連続的に加湿処理できる容器構造とすることができる。または、容器10を大型として設け、内部に方向転向ロールなどを複数配置して長尺の積層体が容器内部を複数レーンに渡り往復走行移動できるように構成するなどの容器構造とするならば、長尺の積層体であっても、支障なく連続加湿処理することができる構造となる。
【0030】
前記加湿器12はタンク型に構成され、その内部に形成されている収容部12aに蒸留水などの水16を収容できるように構成され、その側部12bには該側部12bを貫通して前記収容部12aに突出するガス供給管18が接続されている。このガス供給管18はArガスなどの不活性ガス供給源19に接続されていて、加湿器12の内部に不活性ガスを供給できるように構成されている。加湿器12の天井部12cには、前記容器10に接続するガス供給管11が接続されているとともに、ガス供給管11の途中部分に分岐管20が接続され、この分岐管20は先の不活性ガス供給源19に接続されている。
また、前記分岐管20の途中部分に開閉弁21が組み込まれ、ガス供給管11の途中部分に開閉弁22が組み込まれ、ガス供給管18の途中部分に開閉弁23が組み込まれている。
【0031】
前記構造の加湿装置を用いてIBAD−MgOの中間層3に加湿処理を施すには、図3に示す如く積層体7を容器10に収容し、加湿器12に蒸留水などの水16を収容した後、開閉弁21、22、23を解放してから、Arガスなどの不活性ガスを不活性ガス供給源19からガス供給管18を介して水16の内部に供給しバブリングしながらガス供給管11を介して容器10の内部に供給する。この操作により容器10内の積層体7を所定湿分の不活性ガスにより所望時間曝露する加湿処理がなされ、IBAD−MgOの中間層3の表面にMg(OH)のMg水酸化物とMgCOのMg化合物が生成する。
この加湿処理の際、容器10の内部を25℃〜60℃程度とすることが好ましく、加湿器12の内部を21℃〜56℃程度の温度範囲に調整することが好ましい。
この加湿処理の際、容器10の内部を湿分60%〜90%程度の範囲に調整することが好ましい。
また、加湿処理の時間については10分以上であれば目的を達成するために望ましく、10分以上、3時間程度まで可能であるが、あまりに長い時間の加湿処理としても効果が飽和して処理時間が無駄になるので、30分〜60分程度の範囲が好ましい。
【0032】
前記加湿処理の後、この積層体7を容器10から取り出し、この後にIBAD−MgOの中間層3上にCeOのキャップ層5をPLD(パルスレーザー蒸着)法あるいはスパッタリング法などにより成膜する。PLD法によるCeO層の成膜条件としては、基板温度約500〜800℃、約0.6〜40Paの酸素ガス雰囲気中で、レーザーエネルギー密度が1〜5J/cmなどの条件で行うことができる。
このキャップ層5の成膜時において、IBAD−MgOの中間層3の表面が加湿処理されているので、キャップ層5はIBAD−MgOの中間層3よりも良好な結晶配向性でもって結晶配向する。ここで例えば、IBAD−MgOの中間層3の結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦの値がΔΦ(220)で(10〜20゜)の場合に、その上に直接CeOのキャップ層5を成膜しても、通常は自己配向化が弱く、従って従来技術ではIBAD−MgOの中間層の上にLMO(LaMnO)の下地層を形成し、その上に直接CeOのキャップ層を成膜することで始めて5゜前後の目的のΔΦの値を得ていたが、上述の加湿処理を施すことでLMO(LaMnO)の下地層を略してもCeOのキャップ層に強い自己配向化を発現させることができ、IBAD−MgOの中間層3上に直接CeOのキャップ層5を成膜しても、7゜以下、例えば5゜前後(4〜6゜)の目的のΔΦ値を得ることができる。
【0033】
IBAD−MgOの中間層3の上にLMO(LaMnO)の下地層を形成しなくとも加湿処理後に直接CeOのキャップ層5を成膜することで7゜前後の目的のΔΦ値を得ることができることについて、本願発明者らは種々研究中であるが、加湿処理後のIBAD−MgOの中間層3の上にMgOに加えてMg(OH)のMg水酸化物とMgCOのMg化合物が存在することを二次イオン質量分析(SIMS)により確認しているので、IBAD−MgOの中間層3の表面におけるこれらの存在が起因してCeOのキャップ層5が高効率で自己配向化し、7゜以下、好ましくは5゜前後(例えば4゜〜6゜)の目的のΔΦ値を得ることができると推定している。
なお、現状において、IBAD−MgOの中間層3の上にMg(OH)とMgCOがどのような態様で存在するかまでは観察できていないので、Mg(OH)とMgCOがどのようにキャップ層5の自己配向性向上に寄与しているか不明ではあるが、加湿処理を行うことで生成されたと推定できるMg(OH)のMg水酸化物の存在がキャップ層5の自己配向性向上に寄与していると推定できる。
また、HOが配向の悪いMgOと反応し、Mg(OH)になるため、配向の悪いMgO上に不純物として残り、そこからCeOがエピタキシャル成長しない結果、その他の部分ではエピタキシャル成長した配向の揃ったCeOになり、それが全体を占めるとも考えられる。更に、HOが配向の悪いMgOと反応し、Mg(OH)になるが、CeO成膜時にHOが脱離、MgOに戻るが表面が荒れる。そこからCeOはエピタキシャル成長しないので、その他の部分ではエピタキシャル成長した配向の揃ったCeOになり、それが全体を占めて結晶配向の揃ったCeOになるとも考えられる。
【0034】
以上説明した如く加湿処理を行うことで、IBAD−MgOの中間層3の上に直接CeOのキャップ層5を成膜することで7゜以下、例えば5゜前後の目的のΔΦ値を得ることができるので、このキャップ層5上に図2に示す如く酸化物超電導層6を成膜するならば、目的の高臨界電流密度の酸化物超電導導層6を備えた酸化物超電導導体Bを得ることができる。
図2に示す積層構造の酸化物超電導導体Bであるならば、従来構造の如くIBAD−MgOの中間層とCeOの中間層との間に設けていたLMO(LaMnO)の下地層を略することができるので、酸化物超電導導体Bとしての全体の積層数を少なくすることができ、積層数を少なくできるので、製造コストの削減ができ、従来より安価な酸化物超電導導体Bを提供できる効果がある。
【0035】
図4は、IBAD−MgOの中間層3を加湿処理するために用いる加湿処理装置の第2の例を示すもので、この例の加湿処理装置は、小型の恒温恒湿槽から構成されている。この形態の恒温恒湿槽30は断熱壁31に囲まれた扉付きの収容庫32と図示略の加熱ヒータ、送風機、加湿器、凝縮器などを備えて構成された汎用の恒温恒湿器からなり、一般的な構成で−40℃〜+100℃程度まで温度調節可能であり、収容庫32の内部を目的の温度に温度保持しながら目的の湿分(例えば60%〜90%)に維持できるように構成されている。
【0036】
この恒温恒湿槽30を用いてIBAD−MgOの中間層3に加湿処理を施すには、図4に示す如く積層体7を収容庫32に収容し、内部を目的の温度と湿分に調整してIBAD−MgOの中間層3を大気曝露しながら加湿処理すれば良い。
この加湿処理によっても先の例の装置と同様にIBAD−MgOの中間層3に加湿処理を施すことができる。
先の例の加湿処理装置の方が不活性ガスを用いながら加湿処理を行うので、不純物などの混入のおそれが少ないが、大気中に曝露しつつ加湿処理を行う恒温恒湿槽30を用いることによっても加湿処理が出来るので、本願発明の目的を達成することができる。
即ち、IBAD−MgOの中間層3の上にLMO(LaMnO)の下地層を形成しなくとも加湿処理後に直接CeOのキャップ層5を成膜することで7゜以下、例えば5゜前後の目的のΔΦ値を得ることができる。
【0037】
本願発明で行う加湿処理とは、図3、図4に示す加湿処理装置を用いた例に限らず、IBAD−MgOの中間層3上に湿分を供給できる処理であれば用いる装置や方法は問わない。例えば、工場や生産現場において湿度の高い雰囲気において大気曝露する一般的な加湿処理、あるいは、純水などを噴霧後乾燥する方法、純水などに浸漬後に乾燥する方法などのいずれであっても良い。
【実施例】
【0038】
幅10mm、厚さ0.1mm、長さ6cmのハステロイ276(登録商標)製のテープ状の金属基板の表面にイオンビームスパッタ法により厚さ110nmのGdZrの拡散防止層を形成し、その上にイオンビームアシストスパッタ法(IBAD法)により厚さ5nmのMgO中間層(IBAD−MgOの中間層)を形成した3層構造の積層体試料を複数作製した。この後、各積層体試料に対し後述する加湿処理を行った後、パルスレーザー蒸着法により厚さ500nmのCeOのキャップ層を成膜し、複数の酸化物超電導導体用基材試料を作製した。これらの基材試料において、用いたIBAD−MgOの中間層の面内配向度の指標であるΔΦはΔΦ(220)で15゜である。
【0039】
加湿処理は、図3に示す容器10の内部に、金属基材と拡散防止層とIBAD−MgOとの中間層の3層の積層体を収容し、加湿器12からキャリアガスとしてArガスを10ml/分の割合で容器に供給するとともに、加湿器12の内部の43℃の蒸留水16(3000ml)に対しArガスを噴出させるバブリング処理を行い、Arガスに対し90%の水分を添加して容器10の内部を湿分90%、温度45℃に各時間保持(10分保持、30分保持、60分保持、120分保持、180分保持)する加湿処理として行った。また、加湿処理を施していない3層の積層体の試料も作製した。
【0040】
前述の3層構造の試料(ハステロイ276(登録商標)の基材+GdZrの拡散防止層+IBAD−MgOの中間層)において、加湿処理時間に応じて得られた積層体試料に対し、IBAD−MgOの中間層上に成膜したCeOのキャップ層のΔΦの値を測定した結果を図5に示す。なお、配向度の指標であるΔΦの値は、CeO(220)のX線正極点測定から計測した値である。
【0041】
図5に示す結果から明らかなように未処理の試料と湿分を含まない乾燥Arガス(45℃)に曝露した試料においては、CeOのキャップ層のΔΦの値は(11.5゜)であり殆ど変わっていない。従って、ΔΦ=(11.5゜)のIBAD−MgOの中間層に乾燥Arガスを曝露した後、直接CeOのキャップ層を積層しても、自己配向化が弱く、CeOのキャップ層の配向度は向上しない。
これに対し、湿分を含む空気に曝露した試料、あるいは、湿分を含むArガスに曝露した試料では、加湿処理時間10分経過後の試料から著しくCeOのキャップ層の配向度が向上しており(ΔΦ(220)の値が小さくなっており)、自己配向効果が発現していることが分かる。図5に示す結果から、10分以上の加湿処理を行うならば、キャップ層の配向度においてΔΦ(220)で7゜以下、例えば5゜前後(4〜6゜)のキャップ層を得ることができ、30分以上加湿処理をした場合に加湿空気曝露試料あるいは加湿Arガス曝露試料のいずれにおいても5.5゜以下の優れた配向度のキャップ層を得られることが明らかである。なお、加湿Arガス雰囲気に曝露した場合に10分処理でもってΔΦ(220)が4゜になる(図5の×印10分保持試料)ので、できるだけ短時間の加湿処理で効果を上げるためには、大気中よりも加湿Arガス雰囲気に曝露することの方が望ましいと思われる。
【0042】
次に、前述の3層構造の試料(ハステロイ276基材+GdZrの拡散防止層+IBAD−MgOの中間層)において、加湿処理無しの試料と加湿処理有りの試料に対し、IBAD−MgOの中間層上にCeOキャップ層を成膜した場合のΔΦの膜厚依存性を試験した結果を図6に示す。また、前述の3層構造の試料(ハステロイ276基材+GdZrの拡散防止層+IBAD−MgOの中間層)に対し、IBAD−MgOの中間層の上に厚さ6nmのLMO(LaMnO)の下地層をスパッタ法により成膜した試料も作製し、この試料の下地層上にCeOキャップ層を成膜した場合のΔΦの膜厚依存性を測定した結果を図6に併せて示す。
【0043】
図6に示す如く加湿処理を施してなる試料は、IBAD−MgOの中間層の上に厚さ6nmのLMO(LaMnO)の下地層をスパッタ法により成膜した試料とほぼ同等のΔΦ値を示している。また、CeOキャップ層の膜厚においては、膜厚300nm以上500nmの範囲において7゜以下、例えば5゜前後(4〜6゜)の優れたΔΦが得られているので、IBAD−MgOの中間層の上にLMO(LaMnO)の下地層を形成しなくとも、加湿処理を行うことで、目的とする5゜前後のΔΦを示すキャップ層を形成できることが判明した。
以上のことから、IBAD−MgOの中間層の上にLMO(LaMnO)の下地層を形成しなくとも加湿処理後に直接CeOキャップ層を形成した基材により目的の配向度を得ることができるので、低コストで製造できる酸化物超電導導体用基材の提供をなし得ることが明らかとなった。
【0044】
次に、前述の例のうち、図5に示す(Wet Air 45℃ 30min)の試料について、加湿処理後のIBAD−MgOの中間層表面を二次イオン質量分析(SIMS)した結果を図13に示す。
図13に示す二次イオン質量分析結果から、加湿処理によりIBAD−MgOの中間層の表面にMg(OH)とMgCOが存在する比率が向上していることを確認することができた。従って加湿処理によりIBAD−MgO層の表面に生成したMg(OH)とMgCOの存在比率の向上が、CeOのキャップ層の自己配向化発現に寄与していることが明らかとなった。あるいは、加湿処理により、IBAD−MgOの中間層の表面もしくは粒界にMg(OH)とMgCOとMgOが存在する割合が好適な関係となっていることが原因とも思われる。なお、加湿処理前の二次イオン分析時の試料に既にMg(OH)とMgCOが検出されているのは、試料を一端大気中で分析用の試料のために取り扱う関係か、IBAD法で成膜後に成膜雰囲気から大気中に取り出した影響か、IBAD法実施時に既に図の状態になっているのかは現状明らかではない。いずれにおいても加湿処理により、IBAD−MgOの中間層の表面もしくは粒界にMg(OH)とMgCOとMgOが存在する割合がキャップ層の自己整合に好適な関係となっていることが推定できる。
【0045】
次に、図6に示す膜厚500nmのCeOキャップ層を形成した各試料においてキャップ層上にパルスレーザー蒸着法により、GdBaCuからなる組成の厚さ1.2μmの酸化物超電導層を成膜し、酸化物超電導導体試料を作製した。
得られた各酸化物超電導導体に対し、臨界電流値(Jc)を測定したところ、77K、0Tの測定条件において、いずれの酸化物超電導導体試料であっても、3MA/cm以上の値を得ることが出来た。
【符号の説明】
【0046】
A…酸化物超電導導体用基材、B…酸化物超電導導体、1…金属基板、2…拡散防止層、3…IBAD−MgOの中間層、5…キャップ層、6…酸化物超電導層、10…容器、12…加湿器、11、18、20…ガス供給管、19…不活性ガス供給源、30…恒温恒湿槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材であって、前記MgOの中間層に前記キャップ層の形成前に加湿処理が施されて、該キャップ層が優れた自己配向性を備えて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を有していることを特徴とする酸化物超電導導体用基材。
【請求項2】
金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材であって、前記MgOの中間層と前記キャップ層との界面にMgの水酸化物が存在され、該キャップ層が優れた自己配向性を備えて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を有していることを特徴とする酸化物超電導導体用基材。
【請求項3】
前記MgOの中間層と前記キャップ層との界面またはMgO同士の粒界にMg(OH)またはMgCOが存在されてなることを特徴とする請求項2に記載の酸化物超電導導体用基材。
【請求項4】
前記金属基板と前記中間層との間に酸化物のベッド層が介在されてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体。
【請求項5】
前記キャップ層の面内結晶配向度を表す指標である面内方向の結晶軸分散の半値幅(FWHM:半値全幅)ΔΦの値が、ΔΦ(220)で7゜以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の酸化物超電導導体。
【請求項6】
前記加湿処理が湿分を含む雰囲気中でなされた処理であることを特徴とする請求項1、3〜5のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体。
【請求項7】
前記キャップ層がCeOであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体。
【請求項8】
金属基板と、該金属基板上にイオンビームアシスト法(IBAD法)により形成したMgOの中間層と、該中間層上に直接形成されて前記中間層の結晶配向性よりも優れた結晶配向性を示すキャップ層とを具備してなる酸化物超電導導体用基材の製造方法であって、
MgOの中間層を形成後、加湿処理を施し、次いでこのMgOの中間層上に、直接、キャップ層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項9】
前記加湿処理を湿分を含む雰囲気中で行うことを特徴とする請求項8に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項10】
前記加湿処理を湿分60%〜90%の雰囲気中、25℃〜60℃の温度範囲において、10分以上行うことを特徴とする請求項8または9に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項11】
前記キャップ層をCeOとすることを特徴とする請求項8〜10のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の上に酸化物超電導層が成膜されてなることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項13】
請求項8〜12のいずれか1項に記載の酸化物超電導導体用基材の上に酸化物超電導層を形成することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−96556(P2011−96556A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−250488(P2009−250488)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)」
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】