説明

酸化物超電導線材とその製造方法

【課題】厚膜の酸化物超電導層の場合でも、多結晶体部分の形成が抑制されて、充分な超電導特性を発揮することができる酸化物超電導線材とその製造方法を提供する。
【解決手段】塗布熱分解法を用いた酸化物超電導線材の製造方法であって、金属結晶粒の集合組織である配向金属基板31表面の金属結晶面が、配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板を作製する配向金属基板作製工程と、作製された配向金属基板上に中間層を形成する中間層形成工程と、中間層上に塗布熱分解法を用いて酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程とを備えている酸化物超電導線材の製造方法。塗布熱分解法を用いて形成された酸化物超電導層が、配向金属基板表面にある金属結晶粒の金属結晶面が配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板上に設けられている酸化物超電導線材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶体の生成が抑制され、超電導特性に優れた酸化物超電導層を備える酸化物超電導線材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体窒素の温度で超電導性を有する高温超電導体の発見以来、ケーブル、限流器、マグネットなどの電力機器への応用を目指した高温超電導線材の開発が活発に行われている。中でも、基材上に酸化物超電導層が形成された酸化物超電導線材が注目されている。
【0003】
このような酸化物超電導線材は、一般に、金属基板上にCeO(酸化セリウム)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、Y(酸化イットリウム)などの酸化物層を中間層としてスパッタ法などによりエピタキシャル成長させて基材とし、この基材上にREBCO(REBaCu7−δ:REは希土類元素)で示される酸化物超電導体などからなる酸化物超電導層を、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法(PLD法)等の気相法や、塗布熱分解法(MOD法)等の液相法等を用いて形成させ、さらに、Ag(銀)保護層、Cu(銅)安定化層を形成することにより製造されている(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−80780号公報
【特許文献2】特開2007−311234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属基板には、中間層およびその上に形成される酸化物超電導層のエピタキシャル成長を促進させるため、通常、多くの金属結晶粒の集合組織からなり、表面が結晶配向した配向金属基板が用いられている。
【0006】
しかしながら、塗布熱分解法を用いて作製された酸化物超電導線材の場合、配向金属基板上に酸化物超電導層を形成させているにも拘わらず、厚膜の酸化物超電導層の場合、結晶配向性が良好な部分(結晶配向部分)と結晶配向性が劣る多結晶体の部分(多結晶体部分)が形成されて、充分な超電導特性が得られないことがあった。図5は、厚膜タイプの酸化物超電導線材の酸化物超電導層の表面のSEM(走査型電子顕微鏡)画像であり、上部が結晶配向部分、下段が多結晶体部分である。図5に示すように、中央部の破線を境として、表面の結晶状態が一変している。
【0007】
図6に、厚膜タイプの超電導薄膜線材の酸化物超電導層の表面の結晶配向の分布を模式的に示す。図6において、6は酸化物超電導層、61は結晶配向部分、62は多結晶体部分である。なお、図5は結晶配向部分61と多結晶体部分62の境界部分を示している。図6に示すように、結晶配向部分61と多結晶体部分62が形成されると、多結晶体部分62は結晶間のつながりが弱いため、電流の通過経路としての寄与が小さくなり、線材全体の超電導特性が低下する。
【0008】
そこで、本発明は、厚膜の酸化物超電導層の場合でも、多結晶体部分の形成が抑制されて、充分な超電導特性を発揮することができる酸化物超電導線材とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するに際して、まず、厚膜の酸化物超電導層において、結晶配向部分と多結晶体部分の2つの結晶状態が混在する原因につき、検討した。その結果、厚膜の酸化物超電導層の結晶配向部分では、下地として用いている金属基板表面に対して金属結晶面が傾斜しており、一方、多結晶体部分では、金属基板表面に対して金属結晶面が傾斜せず平行になっていることが分かった。
【0010】
そして、金属結晶面が傾斜している金属基板上では酸化物超電導体が傾斜して結晶成長するため、表面まで充分に配向した酸化物超電導層を形成することができる(図1参照)。一方、金属結晶面が傾斜していない金属基板上では酸化物超電導体が金属基板面と平行に結晶成長する(図2参照)ため、酸化物超電導層の表面近くでは充分に配向することができず、多結晶体化することが分かった。なお、図1、2において、31、41は配向金属基板、32、42は酸化物超電導体の結晶である。
【0011】
そして、このような結晶状態の相違は、厚膜の酸化物超電導層の形成に限られず、図3のSEM画像に示すように、薄膜の酸化物超電導層の形成においても生じているが、薄膜であるために多結晶体化が余り進行していないため、超電導特性への影響が出ていないことが分かった。
【0012】
そこで、本発明者は、下地である金属基板として、金属基板表面の金属結晶粒の金属結晶面が金属基板表面に対して傾斜している金属基板を用いた場合、多結晶体領域の形成が起こらず、充分な超電導特性を発揮することができる酸化物超電導線材を提供することができると考え、実験、検討の結果、これを確認した。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
塗布熱分解法を用いた酸化物超電導線材の製造方法であって、
金属結晶粒の集合組織である配向金属基板表面の金属結晶面が、前記配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板を作製する配向金属基板作製工程と、
作製された前記配向金属基板上に中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層上に塗布熱分解法を用いて酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と
を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法である。
【0014】
また、請求項2に記載の発明は、
塗布熱分解法を用いて形成された酸化物超電導層が、配向金属基板表面にある金属結晶粒の金属結晶面が前記配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板上に設けられていることを特徴とする酸化物超電導線材である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、厚膜の酸化物超電導層が形成された場合でも、多結晶体部分の形成が抑制されて、充分な超電導特性を発揮することができる酸化物超電導線材とその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】結晶配向部分の酸化物超電導体の結晶の生成形態を説明する図である。
【図2】多結晶体部分の酸化物超電導体の結晶の生成形態を説明する図である。
【図3】薄膜タイプの酸化物超電導線材の酸化物超電導層の表面のSEM画像である。
【図4】本発明の一実施の形態の酸化物超電導線材の配向金属基板の金属結晶面の分布を説明する図である。
【図5】厚膜タイプの酸化物超電導線材の酸化物超電導層の表面のSEM画像である。
【図6】厚膜タイプの超電導薄膜線材の酸化物超電導層の結晶配向の分布を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施の形態に基づき、図面を用いて説明する。
【0018】
本実施の形態における酸化物超電導線材は、以下の手順により製造される。
【0019】
1.配向金属基板
はじめに、配向金属基板について説明する。配向金属基板としては、多くの金属結晶粒の集合組織である配向金属基板を用いることが好ましく、具体的には、IBAD基板、Ni−W合金基板、SUS等をベース金属としたクラッドタイプの金属基板を挙げることができる。
【0020】
図4は、本実施の形態の酸化物超電導線材の配向金属基板の金属結晶面の分布を説明する図である。図4において、1は配向金属基板、11は金属結晶粒である。
【0021】
なお、図4においては、全ての金属結晶粒11の金属結晶面が、配向金属基板1の表面に対して傾斜している。なお、ここでいう「全ての前記金属結晶粒」の全てとは、厳密に100%を意味するのではなく、表面が実質的に傾斜していると見なせる程度に傾斜していればよい。
【0022】
このような配向金属基板1は、例えば、配向金属基板の表面に対して、Arイオンなどのイオンビームをイオンガンで所定の角度で照射することにより製造される。イオンビームを照射することによって、配向金属基板の表面が削られ、金属結晶粒の境界で微小な段差が形成されると共に、各金属結晶粒の表面が一定の角度で傾斜する。傾斜の角度はイオンビームの照射角度を調整することにより適宜設定することができるが、0.05〜4°程度が好ましい。
【0023】
金属結晶粒の表面の傾斜方法としては、前記したイオンビームによる方法の他に、配向金属基板を圧縮する方法や研磨による方法なども採用することができる。
【0024】
2.中間層の形成
配向金属基板1上に例えばRFスパッタ法により、Y、YSZ、CeO、CeO/YSZ/CeOなどからなる500nm以下、好ましくは400〜500nm程度の膜厚の中間層を形成する。
【0025】
このとき、配向金属基板1上の金属結晶の結晶面が傾斜しているため、中間層も傾斜して結晶成長する。
【0026】
3.酸化物超電導層の形成
次に、公知のMOD法を用いて、中間層上に、YBCO(YBaCu7−δ)などREBCO系の酸化物超電導体からなる酸化物超電導層を形成する。
【0027】
傾斜した中間層上に形成された酸化物超電導体は、前記したように、良好な結晶配向性を有しているため、充分な超電導特性を得ることができる。
【0028】
なお、MOD法としては、フッ素を含む有機酸塩を原料としないフッ素フリーMOD法が好ましい。
【0029】
4.保護層および安定化層の形成
その後、酸化物超電導層の上にスパッタ法等により銀保護層が形成され、さらにめっき法などにより銅安定化層が形成されて、酸化物超電導線材の製造が完了する。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により、本発明をより具体的に説明する。
【0031】
(実施例)
1.酸化物超電導線材の作製
(1)配向金属基板
幅30mm、長さ1m、100μm厚のステンレス(SUS316L)に配向金属銅(18μ厚)を貼り合わせた後、配向金属銅の表面にニッケルめっき(2μm厚)を施し、さらに、ニッケルめっき面に対して照射角度2°でArイオンビームすることにより、表面にある全てのニッケル結晶粒の結晶面を2°傾斜させて配向金属基板を作製した。
【0032】
(2)中間層の形成
配向金属基板上に、RFスパッタ法を用いて、Y(100nm厚)、YSZ(260nm厚)、CeO(40nm厚)を順に成膜を行い、総厚400nmの中間層を形成した。
【0033】
(3)酸化物超電導層の形成
次に、中間層の両面にフッ素フリーMOD法を用いて、YBCO(YBaCu7−δ)の酸化物超電導層を形成した。
【0034】
具体的には、Y:Ba:Cuのモル比が1:2:3であって、Y+Ba+Cuの合計イオン濃度が1mol/LとなるようにしたY、Ba、Cuの有機金属塩を含むアルコール溶液(MOD溶液)を調製した。
【0035】
次に、MOD溶液を中間層上に塗布・乾燥後、加湿空気雰囲気(露点18℃)下、最高温度500℃で70分間保持して仮焼熱処理した。
【0036】
MOD溶液の塗布および仮焼熱処理を2回繰り返して、2層積層タイプ(1層の厚さが本焼後厚で0.125μm)の仮焼膜を形成した後、Ar+O混合ガス(O濃度100ppm)雰囲気下、最高温度800℃で90分間保持して本焼熱処理を行い、YBCOからなる0.25μm厚の酸化物超電導層を形成した。
【0037】
酸化物超電導層を形成後、XRD評価を実施し、酸化物超電導層の膜全体が配向成長していることを確認した。
【0038】
(4)保護層および安定化層の形成
その後、酸化物超電導層の表面に銀保護層(8μm厚)をスパッタ法により形成し、さらに、周囲にめっき法用いて銅安定化層(20μm厚)を形成した。これにより、実施例の酸化物超電導線材を得た。
【0039】
(比較例)
基板表面のニッケル結晶粒の結晶面を傾斜させる処理を行わない以外は、実施例と同様の方法により作製した配向金属基板を用い、MOD溶液の塗布および仮焼熱処理を2回行って2層の仮焼膜(1層の厚さが本焼後厚で0.125μm)を形成した後、本焼熱処理を行うことを1サイクルに3サイクル繰り返して、0.75μm厚の酸化物超電導層を形成したこと以外は実施例と同様の方法で、比較例の酸化物超電導線材を得た。
【0040】
なお、酸化物超電導層の形成後、XRD評価を実施した結果、酸化物超電導層の膜に無配向の多結晶成分が存在していることを確認した。
【0041】
2.酸化物超電導線材の評価
(1)評価方法
各酸化物超電導線材について、77.4Kの温度下、誘導法により臨界電流値Icを測定した。
【0042】
(2)評価結果
実施例のIc33A/cmに対して、3倍の厚さの酸化物超電導層が形成された比較例のIcは56A/cmであり、厚さの増加ほどIcが増加していない。これは、実施例の酸化物超電導層では膜全体が配向成長しているのに対して、比較例の酸化物超電導層では無配向の多結晶成分が存在して、酸化物超電導線材のIcを低下させているためである。
【0043】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。
【符号の説明】
【0044】
1、31、41 配向金属基板
6 酸化物超電導層
11 金属結晶粒
32、42 酸化物超電導体の結晶
61 結晶配向部分
62 多結晶体部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布熱分解法を用いた酸化物超電導線材の製造方法であって、
金属結晶粒の集合組織である配向金属基板表面の金属結晶面が、前記配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板を作製する配向金属基板作製工程と、
作製された前記配向金属基板上に中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層上に塗布熱分解法を用いて酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と
を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
塗布熱分解法を用いて形成された酸化物超電導層が、配向金属基板表面にある金属結晶粒の金属結晶面が前記配向金属基板表面に対して所定の角度で傾斜している配向金属基板上に設けられていることを特徴とする酸化物超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−109916(P2013−109916A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−252979(P2011−252979)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】