説明

酸化物超電導線材の欠陥修復方法および修復装置

【課題】酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を適切に修復して、充分な歩留まりを確保することができる技術を提供する。
【解決手段】酸化物超電導線材の酸化物超電導層11に発生した局所的な欠陥11aを修復する酸化物超電導線材の欠陥修復方法であって、酸化物超電導層から欠陥が発生している箇所を除去する欠陥除去工程と、欠陥が除去された領域に、塗布熱分解法を用いて、酸化物超電導線材の酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程とを備えている酸化物超電導線材の欠陥修復方法。酸化物超電導線材の酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する酸化物超電導線材の欠陥修復装置であって、欠陥が除去された領域11bに、塗布熱分解法を用いて、同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成手段を備えている酸化物超電導線材の欠陥修復装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導線材の酸化物超電導層に存在する局所的な欠陥の修復方法および修復装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体窒素の温度で超電導性を有する高温超電導体の発見以来、ケーブル、限流器、マグネットなどの電力機器への応用を目指した高温超電導線材の開発が活発に行われている。中でも、基材上に酸化物超電導層が形成された酸化物超電導線材が注目されている。
【0003】
このような酸化物超電導線材は、一般に、長尺の金属基板上にCeO(酸化セリウム)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)、Y(酸化イットリウム)などの酸化物層を中間層としてスパッタ法などによりエピタキシャル成長させて基材とし、この基材上にREBCO(REBaCu7−δ:REは希土類元素)で示される酸化物超電導体などからなる酸化物超電導層を、レーザアブレーション法(PLD法)、蒸着法、塗布熱分解法(MOD法)等を用いて形成させ、さらに、Ag(銀)保護層、Cu(銅)安定化層を形成することにより製造されている(例えば、特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−80780号公報
【特許文献2】特開2007−311234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの方法により製造された酸化物超電導線材の酸化物超電導層に、キズ、異物(ゴミ)の混入による組成ずれなど、局所的な欠陥が存在していると、酸化物超電導層の超電導特性が低下して、酸化物超電導線材全体の特性が制限されるため、充分な歩留まりを確保することができないという問題があった。例えば、100m長の線材を製造したとしても、前記のような局所欠陥が1箇所でも存在していると、臨界電流密度Jcが低下して、充分な電流を流すことができなくなるため、不良品として廃棄せざるを得ない。
【0006】
このため、酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を適切に修復して、充分な歩留まりを確保することができる技術が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、鋭意検討の結果、以下に記載の発明により、上記課題が解決できることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0008】
請求項1に記載の発明は、
酸化物超電導線材の酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する酸化物超電導線材の欠陥修復方法であって、
前記酸化物超電導層から前記欠陥が発生している箇所を除去する欠陥除去工程と、
前記欠陥が除去された領域に、塗布熱分解法を用いて、前記酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と
を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の欠陥修復方法である。
【0009】
局所欠陥を元の酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導層で修復する方法として、PLD法や蒸着法は、真空装置を必要とし、この真空装置内で成膜する方法であるため、局所的な成膜を行うことが非常に困難であり、酸化物超電導線材の欠陥修復方法として採用することができない。
【0010】
これに対して、塗布熱分解法(MOD法)はY(イットリウム)、Gd(ガドリニウム)、Ho(ホルミウム)などのRE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物を溶媒に溶解して調製された原料溶液(MOD溶液)を塗布して塗布膜を形成した後、所定の温度で焼結して酸化物超電導層を形成させる方法であるため、PLD法や蒸着法と異なり真空装置を必要としない。
【0011】
そして、MOD溶液は、ダイコータなどを用いて、小さな面積から大きな面積まで、塗布面積を自由に設定することができる。
【0012】
このため、MOD溶液を局所的に塗布して、局所加熱することにより、小さな面積でも充分に酸化物超電導層を形成させることができる。このように、MOD法は、欠陥の修復が極めて簡便であり、酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する方法として極めて好ましい。
【0013】
具体的なMOD法を用いた局所的な欠陥の修復手順の概要は以下の通りである。まず、欠陥検査により発見された局所欠陥を除去する。次に、修復対象の酸化物超電導線材の酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導体が形成されるように調製されたMOD溶液を、局所欠陥を除去した跡に塗布する。その後、所定の焼結処理を行って、局所欠陥を除去した跡に修復対象の酸化物超電導線材の酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導を形成して、修復を完了する。
【0014】
請求項2に記載の発明は、
前記塗布熱分解法が、フッ素フリーMOD法であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の修復方法である。
【0015】
MOD法には、原料としてトリフルオロアセテートなどのフッ素を含む有機酸塩を用いるTFA−MOD法と、有機金属化合物を用いるフッ素フリーMOD法(FF−MOD法)とがある。
【0016】
しかし、TFA−MOD法を用いた場合には、MOD溶液はフッ素を含んでいるため酸性が強く、修復対象以外の箇所の酸化物超電導層を溶かす恐れがある。また、焼結時に危険なフッ化水素ガスが発生するため、フッ化水素ガスを処理する設備が必要となる。これに対して、フッ素フリーMOD法を用いた場合には、このような問題がない。
【0017】
請求項3に記載の発明は、
酸化物超電導線材の酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する酸化物超電導線材の欠陥修復装置であって、
前記欠陥が除去された領域に、塗布熱分解法を用いて、同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成手段を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の欠陥修復装置である。
【0018】
前記したように、MOD法は、酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する方法として極めて好ましい方法である。このため、このようなMOD法を用いた酸化物超電導層形成手段を備えている欠陥修復装置を用いることにより、容易に欠陥の修復を行うことができる。
【0019】
なお、MOD法におけるMOD溶液の塗布に際しては例えば、ダイコータなどの塗布手段を用いることが好ましく、焼結に際してはレーザーアニールなどの局所加熱手段を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を適切に修復して、充分な歩留まりを確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施の形態の酸化物超電導線材の修復方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本実施の形態における酸化物超電導層の局所欠陥の修復方法の概要は以下の通りである。
【0023】
(1)局所欠陥の検出
最初に、基材上に酸化物超電導層が形成された長尺の酸化物超電導線材の酸化物超電導層表面を全長に亘ってスキャンし、局所欠陥の有無を検査する。検査方法としては、誘導法による方法、ホール素子を用いた方法、レーザスキャンによる方法などを用いることができる。
【0024】
なお、検査対象となる酸化物超電導線材における酸化物超電導層の作製方法は限定されず、PLD法、蒸着法、MOD法など、いずれの方法を用いて作製されていてもよい。
【0025】
(2)局所欠陥の除去(欠陥除去工程)
次に、検出された局所欠陥箇所を除去する。具体的には、局所欠陥の部分に硝酸などの酸を滴下して、局所欠陥とその近傍を溶かした後、洗浄して局所欠陥を除去する。
【0026】
図1は、本実施の形態の酸化物超電導線材の修復方法を説明する図であり、(a)は平面図、(b)は断面図である。図1において、1は酸化物超電導線材、11は酸化物超電導層、12は中間層、13は配向金属基板である。そして、11aは酸化物超電導層11に発生した局所欠陥であり、11bは除去された部分である。
【0027】
除去された部分11bの大きさ(直径D)は、例えば、局所欠陥11aの直径dが100μmφ程度の場合、10mmφ程度に形成される。この程度の大きさに除去することにより、欠陥の発生が酸化物超電導体に及ぼす影響を確実に除去することができる。
【0028】
(3)欠陥の修復(酸化物超電導層形成工程)
次に、除去された部分11bに、フッ素フリーMOD法を用いて、修復対象の酸化物超電導線材の酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導層を形成させる。具体的には、除去された部分11bに、所定のMOD溶液をダイコータなどのコーティング手段を用いて塗布し、その後、レーザーアニールなどの局所加熱装置を用いて、所定の条件で仮焼熱処理、本焼熱処理を行うことにより、除去された部分11bに酸化物超電導層を形成させて、欠陥の修復を行う。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により、本発明をより具体的に説明する。
【0030】
[1]実施例1
以下の実施例においては、局所的な欠陥の修復により、酸化物超電導線材の超電導特性が向上することを検討した。
【0031】
1.試験体の作製
(1)酸化物超電導線材の準備
まず、幅30mm、長さ10m、150μm厚のNi/Cu/SUSクラッドの配向金属基板にY/YSZ/CeOからなる400nm厚の中間層が形成された基板上に、厚さ1μmのYBCOからなる酸化物超電導層をMOD法を用いて形成して、試験体作製用の酸化物超電導線材を作製した。
【0032】
得られた酸化物超電導線材の酸化物超電導層表面を全長に亘ってスキャンし、欠陥が発生していない部分を10m切断し、正常な酸化物超電導線材とした。
【0033】
得られた正常な酸化物超電導線材の臨界電流密度Jc(正常線材のJc)を、73Kの温度下、誘導法を用いて測定した。
【0034】
(2)欠陥の形成
得られた酸化物超電導線材上の所定の箇所5点に、濃度0.1mol/Lの硝酸を滴下して、径約1000μm×深さ約0.5μmの大きさの局所欠陥領域(前記した欠陥が除去された部分に相当)が形成された酸化物超電導線材を作製した。
【0035】
前記と同様に、局所欠陥領域が形成された酸化物超電導線材のJc(欠陥線材のJc)を測定した。
【0036】
(3)欠陥の修復
次に、形成された局所欠陥領域に、フッ素フリーMOD法を用いてYBCO(YBaCu7−δ)酸化物超電導層を形成した。
【0037】
(a)MOD溶液の調製
まず、Y:Ba:Cuのモル比が1:2:3であって、Y+Ba+Cuの合計イオン濃度が1mol/Lとなるように調整したY、Ba、Cuのアセチルアセトナート錯体を含むアルコール溶液(MOD溶液)を作製した。
【0038】
(b)酸化物超電導層の形成
前記局所欠陥領域にMOD溶液を100μl塗布して乾燥後、加湿空気雰囲気(露点18℃)下、レーザーアニールを用いた局所加熱により、最高温度500℃で60分間保持して仮焼熱処理を行い、さらに、Ar+O混合ガス(O濃度100ppm)雰囲気下、最高温度800℃で10分間保持して本焼熱処理を行って、YBCOからなる酸化物超電導層を形成させ、実施例の酸化物超電導線材を作製した。
【0039】
前記と同様に、酸化物超電導層形成後の酸化物超電導線材のJc(修復線材のJc)を測定した。
【0040】
2.酸化物超電導線材の評価
測定された各Jcを表1に示す。なお、表1において、欠陥線材のJcについては未修復時のJcであるため比較例とした。
【0041】
【表1】

【0042】
表1より、欠陥の修復を行ったことにより、Jcが0.3MA/cmから3.0MA/cmまで回復し、正常線材と同等のJcを有していることが分かる。この結果、局所的な欠陥の修復により酸化物超電導線材の超電導特性を回復させることができるため、従来は不良と判定されていた製品を良品化でき、充分な歩留まりを確保することができる。
【0043】
[2]実施例2、3
以下においては、超電導線材の製造方法と本修復方法との関係について検討を行った。
【0044】
1.試験体の作製
(a)実施例2
酸化物超電導層を、YBaCuOをターゲットとし、成膜温度770℃の条件下で10分間PLDを行うことにより形成したこと以外は、実施例1と同様にして局所欠陥の修復を行った。
【0045】
(b)実施例3
酸化物超電導層を、材料にYBaCuOを用い、成膜温度770℃の条件下で10分間蒸着を行うことにより形成したこと以外は、実施例1と同様にして局所欠陥の修復を行った。
【0046】
2.酸化物超電導線材の評価結果
表2に、実施例2、実施例3における正常線材のJc、欠陥線材のJc、修復線材のJcを示す。なお、表2には、MOD法で作製された酸化物超電導線材を修復した実施例1の結果を併せて示している。
【0047】
【表2】

【0048】
表2より、いずれの製造方法によって作製された超電導線材であっても、正常線材とほぼ同等のJcに回復されており、超電導線材の製造方法に関係せず、本修復方法を適用できることが分かる。
【0049】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。
【符号の説明】
【0050】
1 酸化物超電導線材
11 酸化物超電導層
11a 局所欠陥
11b 除去された部分
12 中間層
13 配向金属基板
d 局所欠陥の直径
D 除去された部分の大きさ(直径)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物超電導線材の酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する酸化物超電導線材の欠陥修復方法であって、
前記酸化物超電導層から前記欠陥が発生している箇所を除去する欠陥除去工程と、
前記欠陥が除去された領域に、塗布熱分解法を用いて、前記酸化物超電導層と同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成工程と
を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の欠陥修復方法。
【請求項2】
前記塗布熱分解法が、フッ素フリーMOD法であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の修復方法。
【請求項3】
酸化物超電導線材の酸化物超電導層に発生した局所的な欠陥を修復する酸化物超電導線材の欠陥修復装置であって、
前記欠陥が除去された領域に、塗布熱分解法を用いて、同一組成の酸化物超電導層を形成する酸化物超電導層形成手段を備えていることを特徴とする酸化物超電導線材の欠陥修復装置。

【図1】
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【公開番号】特開2013−114961(P2013−114961A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261461(P2011−261461)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】