説明

酸化物超電導線材の熱処理装置。

【課題】焼成時の雰囲気調整が容易で製造速度の大きな酸化物超電導線材の熱処理装置を提供する。
【解決手段】熱処理装置1は、熱処理炉4と、この内部に配置された水平方向の回転軸に対して回転可能な円筒状の回転体5とを備え、回転体5の円筒体5aには多数の貫通孔5bが円筒体5aの全面に均一に形成されており、円筒体5aの一端側は蓋体により密封され、他端側は円筒体内部のガスを熱処理炉4外へ排出するためのガス排出管7が蓋体に接続されている。円筒体5aの外表面に離間して複数のガス供給管8が対称に配置されており、各ガス供給管8には多数のガス噴出孔が円筒体表面に向かって雰囲気ガスを噴出するように形成されている。YBCO超電導層の前駆体を成膜したテープ状線材6は、回転体5に巻回されて超電導体生成の熱処理が施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理装置に係り、特に超電導ケーブルや超電導電力貯蔵のような電力機器及びモーターなどの動力機器への使用に適したテープ状の希土類系酸化物超電導線材の製造に適した酸化物超電導線材の熱処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導線材のうち、YBaCu7−x(YBCO)超電導線材は、金属基板上に2軸配向した無機材料薄膜を1層あるいは複数層形成し、その上に超電導膜および安定化層を順次形成した構造をとる。この線材は結晶が2軸配向しているため、ビスマス系の銀シース線材に比べて臨界電流(Ic)値が高く、液体窒素温度での磁場特性に優れているため、この線材を用いることにより、現在、低温で使用されている超電導機器を高温状態で使用できることが期待されている。
【0003】
このYBCO超電導体の特性は、その結晶の配向性に大きく影響され、従って、この下層を構成する基板および中間層の結晶の配向性に大きく影響される。
【0004】
即ち、YBCO超電導体の結晶系は斜方晶であり、このため、通電特性において材料の特性を発揮させるためには、結晶のCuO面を揃えるだけでなく、面内の結晶方位をも揃えることが要求される。その理由は、僅かな方位のずれが双晶粒界を発生させ、通電特性を低下させることによる。
【0005】
YBCO超電導線材は、現在、種々の成膜方法で検討が行われ、テープ状金属基板の上に面内配向した中間層を形成した2軸配向金属基板の製造技術として、IBAD(Ion Beam Assisted Deposotion)法やRABiTS(商標:Rolling Assisted Biaxially Textured Substrate)法が知られており、無配向また配向金属テープ上に面内配向度と方位を向上させた中間層を形成したYBCO超電導線材が多く報告され、例えば、基板として、強圧延加工後の熱処理により配向集合組織を有するNi又はNi基合金からなる基板を用い、この表面上にNi酸化物の薄層、CeO等のMOD法により形成された酸化物中間層及びYBCO超電導層を順次形成した希土類系テープ状酸化物超電導体が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0006】
この内、最も高特性が得られているのはIBAD基板を用いた方法である。この方法は、非磁性で高強度のテープ状Ni系基板(ハステロイ等)上に、このNi系基板に対して斜め方向からイオンを照射しながら、ターゲットから発生した粒子をレーザー蒸着法で堆積させて形成した高配向性を有し超電導体を構成する元素との反応を抑制する中間層(CeO、Y、YSZ等)または2層構造の中間層(YSZまたはGdZr/CeOまたはY等)を設け、その上にCeOをPLD法で成膜した後、YBCO層をPLDで成膜した超電導線材である(例えば、特許文献2参照。)。
【0007】
しかし、この方法は、全ての層が気相法による真空プロセスで作られるため、緻密で平滑な中間層膜を得ることができるという利点を有するが、成膜速度が遅い、また設備コストがかかり、線材価格が上がるなどの問題点があり、このIBAD法の他にもいくつかの気相を使った成膜方法が検討されているが、コスト、製造速度の問題を解決する有効な手段は報告されていない。
【0008】
化学蒸着法(CVD)は、他の気相プロセスに比べて製造速度が速いが、高いIc値を得るために膜厚を増加させることが困難であるという問題がある。低コストを実現するために最も有効な方法は、金属有機酸塩あるいは有機金属化合物を原料として用い、塗布後に熱処理を施すことによってYBCO超電導層を形成するMOD法(Metal Organic Deposition Processes:金属有機酸塩堆積法)である。
【0009】
このプロセスは、真空プロセスを使用しないため、設備コストおよびメンテナンスコストがかからないという利点を有しており、低価格の超電導体を提供できることが期待されているプロセスである。この場合、中間層もMOD法で成膜することができれば、更にコストを下げることが可能である。
【0010】
このMOD法によるYBCO超電導層の成膜プロセスの中で重要な点は、焼成時の雰囲気調整、特に、仮焼膜表面に均一なガス流が吹き付けられるような焼成方法を確立することである。
【0011】
従来、管状炉の軸方向に安定した雰囲気を形成することを目的として、炉心管を二重構造にし、外管と内管の間に4枚の仕切板を設け2組のガス供給流路とガス排出流路を形成し、ガス供給流路に複数箇所のガス流出孔を、ガス排出流路に複数箇所のガス流入孔を設けた構造の雰囲気制御型熱処理炉が知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【0012】
【特許文献1】特開2004−171841号公報
【特許文献2】特開平4−329867号公報
【特許文献3】特開2003−121076号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のように、従来、線材送り出し機構および巻取り機構をトンネル炉の両端に設置し、線材を一定速度で炉中を移動させることによって焼成を行う(reel-to-reel)方式が検討されているが、トンネル炉方式であるため、炉内の雰囲気コントロールが困難であり、また、製造速度が遅いなどの欠点がある。
【0014】
本発明は、以上の問題点を解決するためになされたもので、仮焼膜表面に均一なガス流が吹き付けられ、これにより焼成時の雰囲気調整を容易にし、製造速度の大きな酸化物超電導線材の熱処理装置を提供することをその目的とする。
【0015】
本発明は、YBCO超電導層の成膜プロセスをバッチ型の電気炉で実施する場合に、雰囲気ガスの炉内流通を十分に行うことにより、ガス導入および排気を適正化させ、長尺の線材を一括で焼成することができる熱処理装置を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の酸化物超電導線材の熱処理装置は、熱処理炉と、この熱処理炉内部に水平方向の回転軸に対して回転可能に配置された被熱処理物を巻回するための円筒状の回転体とを備えた熱処理装置であって、前記回転体は、多数の貫通孔が形成された円筒体と、この円筒体の一端側を密封する蓋体と、他端側に前記円筒体内部のガスを前記熱処理炉外へ排出するためのガス排出管が接続された蓋体とを備えるとともに、前記円筒体の外表面に離間して前記回転軸に対して対称に配置され、多数のガス噴出孔が形成された複数のガス供給管と、前記ガス供給管に接続され、前記熱処理炉外から前記ガス供給管に雰囲気ガスを送給するための接続管とを備えるようにしたものである。
【0017】
以上の場合において、多数のガス噴出孔は、円筒体表面に向かって雰囲気ガスを噴出するように各ガス供給管に形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、円筒体の外表面に離間して回転軸に対して対称に配置された複数のガス供給管に形成された多数のガス噴出孔から、雰囲気ガスが被熱処理物である仮焼膜表面に均一なガス流として吹き付けられ、このガスは、円筒体に形成された多数の貫通孔から熱処理炉外へ排出されるため、仮焼膜表面の雰囲気調整が容易となり、製造速度を大きくして酸化物超電導線材を製造することができる。また、その構造も簡単であるという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図3は、MOD法によるYBCO超電導線材の製造方法の概略を示したもので、
2軸配向性を有するNi板上に、テンプレートとしてIBAD法によりGdZr中間層を成膜し、さらに、この上にPLD法によりCeO中間層を成膜した複合基板上に、(a)Y―トリフルオロ酢酸塩、Ba―トリフルオロ酢酸塩およびCu―ナフテン酸塩を有機溶媒中にY:Ba:Cu=1:2:3の比率で溶解した混合溶液をディップコート法により塗布した後、(b)仮焼し、この塗布および仮焼工程を所定回数繰り返した後、(c)結晶化熱処理、即ち、YBCO超電導体生成の熱処理を施し、次いで、(d)スパッタ法によりAg安定化層を施した後、(e)後熱処理を施してYBCO超電導線材を製造する。
【0020】
本発明の熱処理装置は、上記の(c)の結晶化熱処理に用いられるものであるが、上記の中間層の形成にも適用可能である。
【0021】
上記のNi板は2軸配向性を有するものであるが、配向性の無い金属基板の上に2軸配向性を有する中間層を成膜したものも用いることもできる。また、中間層は1層あるいは複数層形成される。塗布方法としては、上記のディップコート法以外にインクジェット法、スプレー法などを用いることも可能であるが、基本的には、連続して混合溶液を複合基板上に塗布できるプロセスであればこの例によって制約されない。1回に塗布する膜厚は、0.01μm〜2.0μm、好ましくは0.1μm〜1.0μmである。
【0022】
ここで用いるMOD原料は、Y、Ba、Cuを所定のモル比で含んだ金属有機酸塩または有機金属化合物である。モル数はY:Ba:Cu=1:(2+a):(3+b)とし、0.01<a<0.3、0.01<b<0.5とする。この範囲以外のモル数にした場合、超電導層が生成されないか、あるいは多数の不純物が生成するなどの問題点が生じる。また、金属有機酸塩としては、各元素のオクチル酸塩、ナフテン酸塩、ネオデカン酸塩、三酢酸塩などが上挙げられるが、1種類あるいは2種類以上の有機溶媒に均一に溶解し、複合基板上に塗布できるものであれば用いることができる。
【0023】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例】
【0024】
以下、図1および2を用いて本発明の構成について説明する。図1は、本発明の酸化物超電導線材の熱処理装置の一実施例の構造を示す概略断面図であり、図2はその内部に配置される円筒状の回転体を示す。この回転体は、石英ガラス、セラミックス、ハステロイまたはインコネル等の高温に耐え、酸化しないものにより形成する。
【0025】
熱処理装置1は、炉体2とこの炉体2の外部に配置された電気ヒータ3とからなる熱処理炉4と、熱処理炉4の内部に配置された円筒状の回転体5とを備えている。この円筒状の回転体5は、この熱処理炉4の内部に水平方向の回転軸に対して回転可能に配置されており、その外周に、被熱処理物である基板上に2軸配向性を有する中間層を形成した複合基板の上にY系(123)超電導層の前駆体を成膜したテープ状線材6が巻回されて超電導体生成の熱処理が施される。
【0026】
回転体5の円筒体5aには、テープ状線材6のテープ幅の1/2以下の径を有する多数の貫通孔5bが円筒体5aの全面に均一に形成されており、円筒体5aの一端側は蓋体により密封され、他端側は円筒体内部のガスを熱処理炉4外へ排出するためのガス排出管7が蓋体に接続されている。
【0027】
また、円筒体5aの外表面に離間して複数(少なくとも4本)のガス供給管8が回転体5の回転軸に対して対称に配置されており、各ガス供給管8には、多数のガス噴出孔(図示せず)が円筒体表面に向かって雰囲気ガスを噴出するように形成されている。ガス供給管8の長さは、円筒体5aの高さよりも長くすることが好ましい。ガス噴出孔の径は、ガス圧およびガス流量が均一になるように設計されている必要がある。ガス供給管8は、石英ガラス、セラミックス、ハステロイまたはインコネル等の高温に耐え、酸化しない材料により形成される。
【0028】
雰囲気ガスは、ガス供給管8に接続された接続管(図示せず)を通じて熱処理炉外に配置された雰囲気ガス供給装置(図示せず)からガス供給管8に送給される。
【0029】
上記の熱処理装置1は、熱処理炉内部を減圧雰囲気に保つことができるように構成されており、また、上記の雰囲気ガス供給装置は、不活性ガス、酸素ガスおよび水蒸気を供給するガス系統に接続され、熱処理のパターンに合わせてこれらの雰囲気ガスを変化させる機構を備えている。
【0030】
上記の熱処理装置1において、テープ状線材6が巻回された円筒状の回転体5が所定の回転速度で駆動機構(図示せず)により回転されるとともに、電気ヒータ3によって加熱雰囲気に保持された熱処理炉4の内部に、ガス供給管8の多数のガス噴出孔から雰囲気ガスが円筒体表面に向かって噴出される。一方、この雰囲気ガスは、円筒体5aの多数の貫通孔5bから円筒体5a内部に吸入され、円筒体5aの他端側に接続されたガス排出管7を経由して熱処理炉4外へ排出される。
【0031】
以下、本発明の具体例について説明する。
【0032】
2軸配向性を有するNi板上に、テンプレートとしてIBAD法によりGdZr中間層を成膜し、さらに、この上にPLD法によりCeO中間層を成膜した複合基板上に、Y―トリフルオロ酢酸塩、Ba―トリフルオロ酢酸塩およびCu―ナフテン酸塩を有機溶媒中にY:Ba:Cu=1:2:3の比率で溶解した混合溶液をディップコート法により塗布した後、最高温度450℃、水蒸気分圧5%の条件で仮焼し、この塗布および仮焼工程を所定回数繰り返した後、上記の熱処理装置を用いて、750℃、水蒸気分圧13%の雰囲気中で熱処理を施してYBCO超電導層を生成した。次いで、YBCO超電導層の上にスパッタ法によりAg安定化層を施してJcが1MA/cm以上のYBCO超電導線材を製造した。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明による酸化物超電導線材の熱処理装置は、ケーブル、電力機器及び動力機器への利用が可能な希土類系テープ状酸化物超電導体に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の酸化物超電導線材の熱処理装置の一実施例の構造を示す概略断面図である。
【図2】本発明に用いられる円筒状の回転体の一実施例の概略図である。
【図3】MOD法によるYBCO超電導線材の製造方法を示す概略図である。
【符号の説明】
【0035】
1 熱処理装置
2 炉体
3 電気ヒータ
4 熱処理炉
5 回転体
5a 円筒体
5b 貫通孔
6 テープ状線材
7 ガス排出管
8 ガス供給管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱処理炉と、この熱処理炉内部に水平方向の回転軸に対して回転可能に配置された被熱処理物を巻回するための円筒状の回転体とを備えた熱処理装置であって、
前記回転体は、多数の貫通孔が形成された円筒体と、この円筒体の一端側を密封する蓋体と、他端側に前記円筒体内部のガスを前記熱処理炉外へ排出するためのガス排出管が接続された蓋体とを備えるとともに、前記円筒体の外表面に離間して前記回転軸に対して対称に配置され、多数のガス噴出孔が形成された複数のガス供給管と、前記ガス供給管に接続され、前記熱処理炉外から前記ガス供給管に雰囲気ガスを送給するための接続管とを備えたことを特徴とする酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項2】
多数のガス噴出孔は、円筒体表面に向かって雰囲気ガスを噴出するように各ガス供給管に形成されていることを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項3】
被熱処理物は、基板上に1層あるいは複数層の2軸配向性を持つ無機材料薄膜層からなる中間層を形成した複合基板の上に、Y系(123)超電導層を構成する金属元素を含む金属有機酸塩または有機金属化合物を有機溶媒中に溶解した混合溶液を塗布後仮焼したテープ状線材であることを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項4】
被熱処理物は、基板上に中間層を構成する金属元素を含む金属有機酸塩または有機金属化合物を有機溶媒中に溶解した混合溶液を塗布後仮焼したテープ状線材であることを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項5】
混合溶液中の金属元素を含む金属有機酸塩は、オクチル酸塩、ナフテン酸塩、ネオデカン酸塩または三酢酸塩のいずれか1種よりなることを特徴とする請求項3または4記載の酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項6】
円筒体に形成された各貫通孔の径は、テープ状線材のテープ幅の1/2以下であることを特徴とする請求項3または4記載の酸化物超電導線材の熱処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−188755(P2007−188755A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−5830(P2006−5830)
【出願日】平成18年1月13日(2006.1.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導応用基盤技術研究開発」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【Fターム(参考)】