説明

酸化物超電導薄膜

【課題】単層でも臨界電流特性を良好にする。
【解決手段】基材上に形成され、RE系超電導体20を主成分として含有する酸化物超電導薄膜であって、RE系超電導体20は、CuO面22と、CuO単鎖24と、CuO重鎖26とを有し、さらに、CuO単鎖24とCuO重鎖26が隣り合う異種鎖部と、CuO単鎖24同士又はCuO重鎖26同士が隣り合う同種鎖部と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導層内に超格子構造をもつ酸化物超電導薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、酸化物超電導材料を実用化するための技術として、基板を用意し、当該基板上に酸化物超電導体を成膜して酸化物超電導薄膜を得る方法がある。
【0003】
成膜する酸化物超電導体としては、例えば、液体窒素温度(77K)以上で超電導現象を示すRE系超電導体(RE:希土類元素)、特にYBaCu7−δの組成式で表されるイットリウム系超電導体(以下、「YBCO」と記載する)がよく用いられている。
【0004】
このようなRE系超電導体を用いた酸化物超電導薄膜は、超電導限流器やケーブル、SMES(超電導エネルギー貯蔵装置)等への応用が期待されており、RE系超電導体及びその製法に大いに注目を集めている。
一般に、純粋なRE系超電導体を用い良好な結晶配向性を持つように成膜された酸化物超電導薄膜は、無磁場下で高臨界電流特性を示す。しかし、前記純粋なRE系超電導体は、高磁場下で臨界電流特性が急激に低下するという問題がある。
その解決策として、酸化物超電導薄膜内に磁束をピン止めするピンニングンターを導入する試みがなされている。
【0005】
臨界電流密度を向上させる方法として、例えば特許文献1には、RE−123系超電導層と強磁性金属層とを交互に複数層積層することにより、当該強磁性金属層をピンニングセンターとして作用させる方法が開示されている。
また、特許文献2には、異なる酸素分圧や温度条件において成膜することで積層欠陥の量が異なる複数の酸化物超電導層を積層することにより、厚膜化した際にも臨界電流特性が劣化せず、磁場中での臨界電流値が高い薄膜の形成が開示されている。
また、特許文献3には、酸化物超電導層として、RE−123系の超電導材料で不純物を含まない第一超電導膜と不純物を含む第二超電導膜との積層体であって、前記第一超電導膜と前記第二超電導膜との界面を少なくとも備える構造を用いることにより、第二超電導膜内の不純物相に加え、前記界面における格子不整合などによる結晶粒界もまたピンニングセンターとして機能し、磁場下における臨界電流密度の向上が図れることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭63−318014号公報
【特許文献2】特開2005−116408号公報
【特許文献3】特開2009−283372号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3の構成では、複数の酸化物超電導膜を積層することが前提となる。
【0008】
本発明は上記事実に鑑みてなされたものであり、単層でも良好な臨界電流特性を有する酸化物超電導薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記課題は下記の手段によって解決された。
<1>基材上に形成され、RE系超電導体を主成分として含有する酸化物超電導薄膜であり、前記RE系超電導体は、CuO面と、CuO単鎖と、CuO重鎖とを有し、さらに、前記CuO単鎖と前記CuO重鎖が隣り合う異種鎖部と、前記CuO単鎖同士又は前記CuO重鎖同士が隣り合う同種鎖部とを有する、酸化物超電導薄膜。
<2>前記異種鎖部は、前記同種鎖部に対して1/4倍以上4倍以下である、<1>に記載の酸化物超電導薄膜。
<3>前記CuO単鎖及び前記CuO重鎖に隣接するCuO面の酸素イオンが、前記隣接するCuO面内の最も近くに隣り合うCuとCuの中間位置から前記RE系超電導体のab面方向に、前記RE系超電導体の1ユニットセルの1/8以上1/2未満偏って位置している、<1>又は<2>に記載の酸化物超電導薄膜。
<4>前記異種鎖部と前記同種鎖部分が前記RE系超電導体のc軸方向に混在した構造を有する、<1>〜<3>のいずれか1つに記載の酸化物超電導薄膜。
<5>前記異種鎖部と前記同種鎖部分が前記RE系超電導体の前記ab面方向に混在した変調層を有する変調構造を含む、<1>〜<4>の何れか1つに記載の酸化物超電導薄膜。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、単層でも良好な臨界電流特性を有する酸化物超電導薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜の積層構造を示す図である。
【図2】図2は、図1に示す超電導層を構成するRE系超電導体の結晶構造を示す図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態に係る超電導限流器の概略構成図である。
【図4】図4は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の一部領域のABF像を示す図である。
【図5】図5は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の他の一部領域のABF像を示す図である。
【図6】図6は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の他の一部領域のABF像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜について具体的に説明する。なお、図中、同一又は対応する機能を有する部材(構成要素)には同じ符号を付して適宜説明を省略する。
【0013】
<酸化物超電導薄膜の構成>
図1は、本発明の実施形態に係る酸化物超電導薄膜1の積層構造を示す図である。
図1に示すように、酸化物超電導薄膜1は、基材11上に中間層12、超電導層13、安定化層(保護層)14が順に形成された積層構造を有している。
【0014】
基材11は、低磁性の金属基材やセラミックス基材を用いる。基材11の形状は、特に限定されることはなく、板材、線材、条体等の種々の形状のものを用いることができる。例えばテープ状の基材を用いると、酸化物超電導薄膜1を超電導線材として適用することができる。
金属基材としては、例えば、強度及び耐熱性に優れた、Cr、Cu、Ni、Ti、Mo、Nb、Ta、W、Mn、Fe、Ag等の金属又はこれらの合金を用いることができる。特に好ましいのは、耐食性及び耐熱性の点で優れているステンレス、ハステロイ(登録商標)、その他のニッケル系合金である。また、これら各種金属材料上に各種セラミックスを配してもよい。また、セラミックス基材としては、例えば、MgO、SrTiO、又はイットリウム安定化ジルコニア、サファイア等を用いることができる。
【0015】
中間層12は、超電導層13において高い面内配向性を実現するために基材11上に形成される層であり、単層膜で構成されていても多層膜で構成されていてもよい。中間層12の材料としては、例えば自己配向性を有するCeO及びREMnO等が挙げられる。
【0016】
超電導層13は、中間層12上に形成され、RE系超電導体を主成分として含有している。なお、「主成分」とは、超電導層13に含まれる構成成分中で含有量が最も多いことを示し、好ましくは50%超であることを示している。RE系超電導体としては、代表的なものとしてREBaCu7−δ(RE−123)や、REBaCu(RE−124)、REBaCu15−δ(RE−247)が挙げられる。いずれも層状ペロブスカイト構造をとるが、内部に存在する構造はRE,Ba,Cuが酸素とペロブスカイト構造を持つ部分とCuと酸素が鎖状に結合している部分に分けられる。ペロブスカイト構造の部分は構造内にCuO面を持ち、超電導電流を通す部分として知られている。CuO鎖の部分はCuOが一つしかない場合のCuO単鎖と、CuOが二つになっているCuO重鎖が存在する。そして、すべてのCuO鎖がCuO単鎖のものはRE−123, CuO単鎖とCuO重鎖が交互に存在するものはRE−247、すべてCuO重鎖のものはRE−124と呼ばれている。
【0017】
上記REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、YbやLuなどの単一の希土類元素又は複数の希土類元素であり、これらの中でもBaと置換し難いという理由でYであることが好ましい。また、δは、酸素不定比量であり、例えば0以上1以下であり、超電導転移温度が高いという観点から0に近いほど好ましい。なお、酸素不定比量は、オートクレーブ等の装置を用いて高圧酸素アニール等を行えば、δは0未満、すなわち、負の値をとることもある。
【0018】
安定化層14は、超電導層13上に形成され、例えば銀等で構成されている。
【0019】
図2は、図1に示す超電導層13を構成するRE系超電導体20の結晶構造を示す図である。なお、図2に示す結晶構造は、図全体でRE−247の単位格子(ユニットセル)を示しているが、本実施形態のRE系超電導体20は、RE−247で構成されるだけでなく、RE−123やRE−124、RE−247が混在し、図全体の結晶構造がRE系超電導体20の単位格子の一部を構成する場合も含むものとする。
【0020】
本発明の実施形態に係るRE系超電導体20は、図2に示すように、REを挟んでc軸方向両側に位置するCuO面22と、BaOとBaOの間に位置するCuO単鎖24と、BaOとBaOの間に位置し、CuO単鎖24が二つあるCuO重鎖26とを有している。
この構成を実現するためには、RE系超電導体20を上述したRE−247とすればよい。しかしながら、RE−247単体を形成することは困難であるため、超電導層13がCuO単鎖24とCuO重鎖26とがランダムに現れる積層欠陥を有し、この積層欠陥を有する領域で、RE系超電導体20が、CuO面22と、CuO単鎖24とCuO重鎖26が隣り合う異種鎖部とCuO単鎖同士又はCuO重鎖同士が隣り合う同種鎖部とを有する超格子構造体を形成している。つまり、超格子構造体は、RE−123、RE−124、及びRE−247から選ばれる少なくとも2つで構成され、超電導層13の超格子構造体を除いた領域では、RE系超電導体20はRE−123又はRE−124で構成される。このように超電導層13が積層欠陥を有することで、ピニングセンターの導入を図ることができる。
なお、ピニングセンターとして有効に機能する点で、積層欠陥を構成する異種鎖部は、全ての鎖部のうち、20%以上80%以下の体積であることが好ましい。つまり、全ての異種鎖部の体積は、全ての同種鎖部に対して1/4倍以上4倍以下であることが好ましい。ピンニングセンターは、RE系超電導体(YBCO)のコヒーレンス長より短い間隔で導入されることが好ましく、異種鎖部が20%未満の場合には、RE系超電導体(YBCO)のコヒーレンス長以上となり、80%超の場合にも、RE系超電導体(YBCO)のコヒーレンス長以上となり、好ましくない。
超格子構造体の種類としては、単にCuO単鎖24及びCuO重鎖26がc軸方向に混在、つまり、異種鎖部と同種鎖部がc軸方向に混在する構造や、CuO単鎖24及びCuO重鎖26がab面方向に混在、つまり、異種鎖部と同種鎖部がab軸方向に混在する変調層を有する変調構造(この場合c軸方向にもCuO単鎖24及びCuO重鎖26が混在する領域がある)等が挙げられる。
また、この超格子構造体は、ピニングセンターとして有効に機能させるために、超電導層13の領域内で1μm以上の細かい間隔で存在することが好ましい。
【0021】
そして、本発明の実施形態に係るRE系超電導体20では、CuO単鎖24及びCuO重鎖26に隣接するCuO面22の酸素イオン30が、ハーフユニットセル位置32(具体的に、隣接するCuO面内の最も近くに隣り合うCuとCuの中間位置)からRE系超電導体20のab面方向に、当該RE系超電導体20の1ユニットセルの1/8以上1/2未満偏って位置していることが好ましい。なお、図中の酸素イオン30は、説明の便宜上、ハーフユニットセル位置32に位置している。このように酸素イオン30がab面方向34に1
/8以上1/2未満偏って位置すると、CuO面22のCuの価数状態が変化してピニングセンターのさらなる導入を図ることができ、もって単層でも良好な臨界電流特性を有する酸化物超電導薄膜1を得ることができる。
CuO面22の酸素イオン30の偏り度に関しては、RE系超電導体20(超格子構造体)の1ユニットセルの1/8以上1/2未満偏ることを前提としているが、1/8以上である理由は、ピニングセンターとして効果を発現するCuの価数値となるためである。また、1/2未満とする理由は、1/2だとCuと競合し、また1/2以上だと基準となるユニットセルが変わるだけだからである。なお、酸素イオン30の偏り度は、より強いピニングセンターとして機能させるという観点から、1/4以上1/2未満偏ることが好ましい。
【0022】
具体的に、超格子構造体が単にCuO単鎖24及びCuO重鎖26がRE系超電導体20のc軸方向に混在する構成だと、CuO単鎖24とCuO重鎖26の間に配置されるCuO面の酸素イオン30が、ab面方向に偏って位置する。
また、超格子構造体が、CuO単鎖24及びCuO重鎖26がab面方向に混在した変調層を有する変調構造だと、当該変調層を隣接して挟むCuO面22の酸素イオン30が、ab面方向に偏って位置する。また、CuO面の一部のCuも、RE系超電導体のc軸方向に偏って位置する。
そして、c軸方向においてCuO鎖とCuO重鎖の間に挟まれたCuO面の酸素イオン30が偏る場合に比べて、c軸方向にもピンが入り易くなるという観点から変調層とCuO重鎖26との間に挟まれるCuO面の酸素イオン30が偏る方が好ましい。
【0023】
酸素イオン30の偏りを実現するためには、中間層12をアニールした後超電導層13を形成したり、超電導層13の形成の際に高圧酸素雰囲気、好ましくは5気圧以上の高圧酸素雰囲気で形成したり、不活性雰囲気中750℃以上850℃以下、好ましくは780℃以上820℃以下で超電導層13を焼成したり、アルゴン雰囲気の焼成の後酸素雰囲気に切り替えて降温する等様々な工夫を用いる。
【0024】
酸素イオン30の位置の特定に関しては、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)によるABF−STEM法(角度制御環状明視野法)を用いることによって行うことができる。ABF−STEM法で得られるABF像は、小さい散乱角で散乱された電子を環状検出器で撮影することにより、酸素等の軽元素の検出が可能である。
【0025】
<変形例>
なお、本発明を特定の実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施形態が可能であることは当業者にとって明らかであり、例えば上述の複数の実施形態は、適宜、組み合わせて実施可能である。また、以下の変形例同士を、適宜、組み合わせてもよい。
【0026】
例えば、中間層12や保護層14は、適宜省略することができる。また、酸化物超電導薄膜1の超電導層13は単層である場合を説明したが、複数層であってもよい。
【0027】
また、本実施形態では、酸化物超電導薄膜1について説明したが、この酸化物超電導薄膜1は他の様々な機器に応用することができる。例えば超電導限流器、SMES(Superconducting Magnetic Energy Storage)、超電導トランス、NMR(核磁気共鳴)分析装置、単結晶引き上げ装置、リニアモーターカー、磁気分離装置等の機器に応用することができる。
【0028】
<超電導限流器>
次に、酸化物超電導薄膜1を超電導限流器に応用する場合の超電導限流器の構成を一例
として挙げる。
【0029】
図3は、本発明の実施形態に係る超電導限流器40の概略構成図である。
【0030】
本発明の実施形態に係る超電導限流器40は、超電導体のS/N転移(superconducting-normal state transitions)を利用して、通常時はゼロ抵抗で、臨界電流以上の過電流が流れた時には高抵抗となって過電流を抑制する機能を持つ機器である。
【0031】
この超電導限流器40は、容器本体42Aを蓋42Bで閉じて密閉される密閉容器42を備えている。
容器本体42Aには、冷凍機44が接続され、冷凍機44から密閉容器42の内部に液体窒素が導入される。蓋42Bには、密閉容器42の外部から内部へ電流を導入して流出する電流導入出部46が接続されている。電流導入出部46は、3相交流回路で構成され、具体的には3つの電流導入部46Aと、これらに対応する3つの電流流出部46Bとを含んで構成されている。
【0032】
電流導入部46Aと電流流出部46Bは、それぞれ、蓋42Bに対して貫通して垂直方向に伸びた導線48と、当該導線48を被覆する筒体50とで構成される。
電流導入部46Aの導線48のうち外部に露出した一端は、対応する電流流出部46Bの導線48のうち外部に露出した一端と、分流抵抗としての外部抵抗52を介して接続されている。
【0033】
各筒体50の容器本体42A内部にある端部には、素子収容容器54が支持されている。
この素子収容容器54は、密閉容器42に内蔵され、当該密閉容器42に充填される液体窒素により内部まで冷却される。
【0034】
素子収容容器54には、酸化物超電導薄膜1に電極を付けて構成された複数の薄膜型超電導素子60を含む限流ユニット56が内蔵されている。本発明の実施形態では、具体的に、薄膜型超電導素子60が4行2列で配列された組が3組で限流ユニット56を構成している。
この限流ユニット56は、電流導入部46Aの導線48のうち内部にある他端と、電流流出部46Bの導線48のうち内部にある他端と、支柱58で支持されており、3相交流回路を構成するように、電流導入部46Aの導線48のうち内部にある他端と、電流流出部46Bの導線48のうち内部にある他端とが、薄膜型超電導素子60を介して電気的に接続されている。
【0035】
ここで、超電導限流器の実用化には、できるだけ大きな電流を抵抗ゼロで流すことが求められ、そのためには、酸化物超電導薄膜の臨界電流特性を向上させる必要がある。本実施形態では、超電導限流器40の薄膜型超電導素子60として良好な臨界電流特性を示す酸化物超電導薄膜1を適用するため、より大きな電流を抵抗ゼロで流すことができ、実用化が可能となる。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明に係る酸化物超電導薄膜について、実施例により説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0037】
実施例では、酸化物超電導薄膜として、超電導限流器に用いられる薄膜型超電導素子を作製した。
【0038】
<実施例1>
具体的に、実施例1では、超電導層内に通常のYBCO(Y−123)やその超格子構造体(単なる積層欠陥や変調構造を含む)等が混在した酸化物超電導薄膜を備えた薄膜型超電導素子を作製した。
薄膜型超電導素子の作製では、まず、サファイア単結晶のr面方向が主面となるサファイア基板を用意した。次に、サファイア基板を1000℃でプレアニールした。
次に、電子ビーム蒸着法を用いて、3×10−2Paの酸素中でプラズマを発生させ、750度でサファイア基板を加熱した状態でCeOを20nm程度サファイア基板の切断面上に蒸着させて中間層を形成した。そして、基板を800度でポストアニールして、中間層の表面処理(平坦化・価数の制御)を行った。
次に、イットリウム、バリウム、銅の有機錯体の溶液を中間層の表面上にスピンコーターで塗布し、500℃空気中で仮焼成を行なった。そして、10ppm以上100ppm以下の酸素雰囲気中で800℃まで昇温し、焼成を行ない、降温時に100%酸素雰囲気に切り替える。これにより、よく酸素アニールされた特性の良いYBCOからなる超電導層を形成した。以上の製造工程を経て、酸化物超電導薄膜を作製した。
得られた酸化物超電導薄膜に金銀合金をスパッタ法で成膜し、電極を取り付けることで実施例1に係る薄膜型超電導素子を作製した。
【0039】
この薄膜型超電導素子は、液体窒素温度に冷やすことで超電導状態になるが一定以上の電流が流れると常電導状態となり限流を行うことが可能となる。
【0040】
<TEM評価>
得られた薄膜型超電導素子を加工し、TEMを用いて薄膜型超電導素子における超電導層のABF像を複数観察した。ABF像では、超電導電流を担うCuO面を有するペロブスカイト層とCuO鎖が積層した構造をとることが観察できるが、その中でCuO鎖が一つのもの・二重のもの・途中から一つから二重まで変調しているものが見られた。
具体的に、以下のような結果となった。
【0041】
図4は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の一部領域のABF像を示す図である。
【0042】
図4に示すように、超電導層の一部領域には、CuO単鎖とCuO重鎖がc軸方向に交互に存在していることが確認された。そして、c軸方向においてCuO単鎖とCuO重鎖の間に挟まれたCuO面の酸素イオン30がハーフユニットセル位置32に対してab面方向に1ユニットセルの約1/8周期分ずれている(偏っている)ことが確認された。
CuO面は超電導電流の輸送を担っているので、その部分の酸素イオン30が偏るということは超電導特性に大きな影響を与え、ピンニングセンターとなり得ると考えられる。なお、観察視野の関係で、図4ではCuO単鎖とCuO重鎖がc軸方向に交互に存在しているが、他の領域についても同様に観察したところ、CuO単鎖同士やCuO重鎖同士がc軸方向に連続して存在している部分と、図4のようにCuO単鎖とCuO重鎖がc軸方向に交互に存在している部分を確認することができた。
【0043】
図5は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の他の一部領域のABF像を示す図である。
【0044】
図5に示すように、超電導層の他の一部領域には、CuO単鎖24及びCuO重鎖26がab面方向に混在する変調層(図中の変調CuO鎖)が確認された。そして、c軸方向においてこの変調層に隣接するCuO面、すなわち、変調層とCuO重鎖26との間に挟まれるCuO面の酸素イオン30の位置がハーフユニットセル位置32に対してab面方向にユニットセルの約1/8周期程度ずれている(偏っている)ことが確認された。これは、図4の場合と同様にピニングセンターとなり得ることを示している。なお、観察視野の関係で、図5では変調CuO鎖とCuO重鎖がc軸方向に交互に存在しているが、他の領域についても同様に観察したところ、CuO単鎖同士やCuO重鎖同士がc軸方向に連続して存在している部分と、図5のように変調CuO単鎖とCuO重鎖がc軸方向に交互に存在している部分を確認することができた。
なお、図4に示す酸素イオン30と図5に示す酸素イオン30とでは、図5に示す酸素イオン30の方が、ハーフユニットセル位置32に対してab面方向により大きく偏っていることが分かる。
【0045】
図6は、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層の他の一部領域のABF像を示す図である。
【0046】
図6に示すように、超電導層の他の一部領域には、CuO鎖のうちCuO重鎖26のみがc軸方向に存在していることが確認された。そして、c軸方向においてCuO重鎖26同士に挟まれるCuO面の酸素イオン30は、ハーフユニットセル位置32に位置し、ab面方向に偏っていなかった。
【0047】
以上より、実施例1の薄膜型超電導素子における超電導層には、CuO面の酸素イオン30が偏る領域が存在しており、ピニングセンターとして積層欠陥だけでなく、CuO面の酸素イオン30の偏りが有効となることを見出した。
【0048】
<実施例2及び比較例1>
次に、実施例2として臨界電流特性の良い(Jc≒3MA/cm)薄膜型超電導素子を用意し、比較例1として臨界電流特性の悪い(Jc≒1MA/cm)薄膜型超電導素子を作製した。実施例2の作製では、中間層形成後に800℃でアニールを行った後にYBCOを形成した。一方、比較例1の作製では、中間層を形成後にアニールを行わないままYBCOを形成した。
なお、臨界電流特性Jcは、THEVA社製Cryoscanを用いて薄膜型超電導素子の液体窒素温度での臨界電流密度(Jc)分布を誘導法にて測定し、当該分布の中で最も高いものを評価した。
【0049】
そして、実施例2の薄膜型超電導素子と比較例1の薄膜型超電導素子について、各超電導層のABF像をTEMにより観察した。
この結果、実施例2の薄膜型超電導素子では、超電導層内にCuO鎖とCuO重鎖が分散して存在し、変調構造をとっている部分が数多く見られ、CuO単鎖とCuO重鎖に隣接するCuO面の酸素イオン30がハーフユニットセル位置に対してab面方向に偏っていることが確認された。
一方、比較例1の薄膜型超電導素子では、超電導層内にCuO単鎖とCuO重鎖が分散して存在し、変調構造をとっている部分が見られるもののそれほど多くなく、CuO単鎖とCuO重鎖に隣接するCuO面の酸素イオン30も、部分的にハーフユニットセル位置に対してab面方向に偏っていることが確認された。ただし、CuO単鎖同士やCuO重鎖同士がc軸方向に連続して存在していることは確認できなかった。
以上より、臨界電流特性とCuO面の酸素イオン30の偏りには相関があると言える。
【符号の説明】
【0050】
1 酸化物超電導薄膜
11 基材
20 RE系超電導体
22 CuO
24 CuO単鎖
26 CuO重鎖
30 酸素イオン
32 ハーフユニットセル位置(中間位置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成され、RE系超電導体を主成分として含有する酸化物超電導薄膜であり、
前記RE系超電導体は、CuO面と、CuO単鎖と、CuO重鎖とを有し、さらに、前記CuO単鎖と前記CuO重鎖が隣り合う異種鎖部と、前記CuO単鎖同士又は前記CuO重鎖同士が隣り合う同種鎖部とを有する、
酸化物超電導薄膜。
【請求項2】
前記異種鎖部の体積は、前記同種鎖部の体積に対して1/4倍以上4倍以下である、
請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項3】
前記CuO単鎖及び前記CuO重鎖に隣接するCuO面の酸素イオンが、前記隣接するCuO面内の最も近くに隣り合うCuとCuの中間位置から前記RE系超電導体のab面方向に、前記RE系超電導体の1ユニットセルの1/8以上1/2未満偏って位置している、
請求項1又は請求項2に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項4】
前記異種鎖部と前記同種鎖部分が前記RE系超電導体のc軸方向に混在した構造を有する、
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項5】
前記異種鎖部と前記同種鎖部分が前記RE系超電導体の前記ab面方向に混在した変調層を有する変調構造を含む、
請求項1〜請求項4の何れか1つに記載の酸化物超電導薄膜。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−6759(P2013−6759A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−117914(P2012−117914)
【出願日】平成24年5月23日(2012.5.23)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】